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戲蛍  作者: うちょん
1/7

碧蛍


    登場人物


        (わだ)(なみ)

        ()ノ(の)()

        (とう)()

        永津(ながつ)

        初昊(そぞら)

        亜緋人(あひと)

















 もし夢を売っていたら、あなたはどんな夢を買いますか?

     トーマス・ロベル・べドス


















 第壱燮【碧蛍】














 「クソジジイ。どこに行きやがった」

 決して、悪党の親玉が発した言葉などではない。

 まだ齢16の男が発した言葉である。

 口が悪いのはこの際どうでも良いとして、なぜ16の男がこのような事を口にしているかというと、ほんの数分前に遡ると分かる。

 男はそのクソジジイと呼ぶ、きっと呼び方からして男よりは年上であろうその人物に連れられ、とある競技場のような場所まで来ていた。

 そこで何をしたかと言うと、男はその戦いに参加させられ、つい先ほどまで戦っていた。

 そしてその結果、男は優勝という素晴らしい成績を残すことが出来たのだが、そのクソジジイの姿が無くなっていたのだ。

 「あの野郎、最初からこの心算だったのか」

 共に参加をしていた男と決着をつけることも出来ず、イライラは募るばかりだ。

 とはいえ、そのクソジジイの心配など露ほどもしていないのは、そのクソジジイはそんじょそこらの奴にはやられないと分かっているからだ。

 男は、その一緒に参加していたもう1人の男と共に、クソジジイのもとで鍛錬を積み、今では歳のわりに少し老けて見えた。

 いや、それは鍛錬とは何も関係はないのだが、もともと整った顔立ちはしていたのだが、野性的になってしまい、眉間にはシワが寄っていることが常だった。

 「見つけ出したら、残り少ない希望を毟り取ってやる」

 わけのわからないことをブツブツと言いながらも探していたようだが、結局、そのクソジジイを見つけることは出来なかった。

 そうそう、紹介し忘れていたが、この見た目よりも老けて見える、16にして180以上ある大男は、誰であろう、海浪である。

 酒も煙管もやらず、何を楽しみに生きているのかと聞けば、この男は“食”だと答えるだろう。

 この頃の海浪は、相変わらず黒に包まれてはいるが、少し違った。

 両耳のピアスは良いとして、黒のコートのようなものを羽織る中には、紫の着物を着こんでいた。

 暑くないのかと問えば、その足に履いている雪駄で蹴飛ばされるだろう。

 「余計な御世話だ」とでも言われて。

 小さい頃はとても臆病な性格だったらしいが、この海浪を見ていると、とてもじゃないがそんな話嘘ではないかと疑ってしまうほど、男は堂々としている。

 だからといって、目立つのは好きではない。

 面倒なことに巻き込まれるのが嫌いな性質で、それゆえ、今回のことだって本当は嫌だったのだが、そのクソジジイに立ち向かって勝てるほどではなく、参加していた。

 これが、海浪が16の時に起こった出来事なのだが、それから1年ほどした時、海浪はある男と出会った。

 その男とは、これから出てくる桧ノ磨という男だ。

 海浪はクソジジイを探しに歩いていると、目の前から知らない男たちが数人、取り囲むように近づいてきた。

 倒そうと思えば倒せるのだが、何分、面倒なことが嫌いな性格故、ただただ、ため息しか出なかった。

 それに16には似合わない眉間の深いシワが、余計に男たちを不機嫌にさせる。

 「見ねぇ顔だな」

 「金目のもん置いて行きな。そしたら、見逃してやるよ」

 「痛い目見たくねえだろ?」

 自分たちよりは歳下だと分かったのか、それとも分かっていなくて声をかけてきたのか、それは分からなかったがとにかく、海浪はどうすれば相手にせずに切りぬけられるかを考えていた。

 「おい!何とか言えよ!!」

 「さっさと出すもん出せっつてんだろ!!」

 ぎゃーぎゃーと五月蠅い男たちに、海浪は拳を作る。

 そして男たちに向かってそれを投げようとしたとき、別に見知らぬ男がやってきて、海浪の前に立った。

 「お前達、まだこんなことしてたのか。足を洗ったんじゃないのか」

 「な、なんでお前がここに」

 「最近、この辺りでおい剥ぎのような輩がいると聞いてな。もしやと思って来てみれば、やっぱりお前達だったのか」

 「う、うるせえ!!そこをどけ!」

 「それなら、私が相手になろう」

 ふと、その男が役人であることに気付いた。

 山賊のようなこの男たちとも顔見知りのようで、海浪は助けられる形となった。

 男たちは文句を言いながらもその場を後にし、それを見届けると、その役人の男が海浪の方を見て来た。

 「君も、こんなところに1人でいたら危ないだろ。家まで送って行くよ」

 「いや、結構です」

 「そう言わずに。これも私の仕事なんだ。また奴らが襲ってきたらどうするんだ」

 「だから、結構です。つか、あんな奴等倒せるし」

 海浪の言葉に、男は目を丸くして驚いていたが、それが強がりと捉えたらしく、なぜか笑っていた。

 男は桧ノ磨と名乗り、やはり役人だという。

 精悍でもあり優しくもあるその男は、村に着けば人気者だった。

 庶民派なのかはさておき、桧ノ磨という男、人望はあるようだ。

 「桧ノ磨、相変わらずの人気だな」

 「桃襾、見廻りか?御苦労さん」

 桃襾という男は桧ノ磨の同僚で、常に口角が上がっているような男だ。

 ちなみに、2人とも妻子持ちだ。

 「そいつは?」

 桃襾が海浪に気付くと、さきほどの事情を説明していた。

 「良かったら家に来てくれ。私はまだ仕事があるが、お腹も空いてるだろう?」

 「腹は減ってる」

 「正直だな。桃襾、私もすぐに戻るから、所に戻っていてくれ」

 「あいよ」

 桧ノ磨の家に着くと、そこには桧ノ磨の妻とまだ幼い子供、そして桧ノ磨の両親もいた。

 桧ノ磨は事情を話すとすぐにまた出かけてしまったが、妻はにこやかに海浪を招き入れ、ご飯を用意してくれた。

 子供はなぜか懐いているし、どう見ても堅気には見えないその男を受け入れるところを見ると、桧ノ磨のことを信頼しているからこそだろう。

 「どうぞ」

 「どうも」

 食後にはお茶を用意され、それを啜っている間も子供が遊んでくれとせがんでくるため、さっさと飲んで遊び相手になる。

 桧ノ磨が帰って来たのは、皆が寝静まってそれから大分経った頃だ。

 起こさないように静かに家に入ってきた桧ノ磨だったが、海浪が起きていたのか起きたのか、とにかく、そのことに驚いていた。

 「すまなかったね。あの子の相手は大変だろう。私でも手を焼くくらいだ」

 子供相手くらい、鍛練中に相手をしていた野生の熊や猪、ワニにカバなどなどと比べれば可愛いものだが、これを話してしまうと確実に引かれるため、何も言わなかった。

 海浪は師匠と呼んでいる男を探していることを話すと、そのような男は来ていないと言われてしまった。

 しかし、役人をしている桧ノ磨の耳には情報が入ってくるため、もしそのような男がいたらいち早く教えると言われた。

 「君も早く寝ると良い。明日も探すんだろ?その人」

 「明日探して見つからなかったら、この村を出て行く」

 「出て行く?早すぎないかい?」

 「俺が来てると分かってて、長居するような人じゃない。多分、最初のうちは色んな場所を転々として探させておいて、最終的には誰にも見つからないような場所に腰を据える気だと思う」

 「そうか・・・。少し、手伝ってほしいことがあったんだが」

 「手伝うって、何を?」

 「いや、いいんだ。私の問題だからね。君を巻きこむのは、いけないことだ」

 結局、桧ノ磨が何を手伝ってほしかったのかは分からないまま、その日は寝た。




 翌日、桧ノ磨は朝から仕事で出かけた。

 海浪もクソジジイを探すために家を出ようとするが、そのとき、子供が裾を引っ張ってきた。

 遊ぼうと言われたのだが、探す人がいるからといって、桧ノ磨が帰ってきたら遊んでもらうと良いと伝えた。

 「ったく。本当にどこに行きやがったんだ。見つけたら殺しちまいそうだ。・・・いや、俺がやられるか」

 ブツブツと独りごとを言いながら歩いていると、団子屋を見つけた。

 そこに腰を下ろして団子を頼むと、曲げた膝に肘をつけて頬杖をついて、目の前を歩いて行く人々を眺める。

 運ばれてきた団子を頬張って会計を済ませると、すぐに歩きだした。

 「おい、大変だ!河原で人が死んでたってよ!!」

 「本当か?!」

 「しかも役人だってよ。怖ぇったらありゃしねぇ」

 そんな会話が聞こえて来たが、海浪は首筋をかきながらその場を去った。

 陽が沈みかけた頃、海浪は見つからなかったあのクソジジイのことを思い出していた。

 「くっそ。まじで見つかんねえ」

 しょうがなく、さっさと村を出て行こうと思い歩きだしたのだが、桧ノ磨の妻と子供、そして両親が歩いているのを見かけ、ついて行った。

 こんな時間にどこに出かけるのだろうと思っていると、そこは桧ノ磨が勤めていたであろう屯所だった。

 海浪は出入り口に立っていると、少しして、妻たちが何かを抱えて出て来た。

 目の前に立つと、海浪に気付いた妻たちは頭を下げてきた。

 海浪も同じように頭を下げ、何かあったのかと聞くと、桧ノ磨の両親が崩れるように泣きだしてしまった。

 「実は・・・昼間」

 そこで、桧ノ磨が亡くなったことを聞いた。

 しかもそれは、昼間男たちが話していた、河原で死んだ役人だったらしく、妻の手には桧ノ磨の遺品とも言える、職場に置いてあったものがあった。

 詳しいことを聞こうと思ったのだが、精神的に話せる状況ではないだろうと思い、海浪は家まで送るだけにした。

 「・・・・・・」

 静かに閉じられた戸から目を逸らすと、海浪は考えた。

 桧ノ磨が自分に手伝ってほしいと言っていたことは一体何だったのか。

 海浪は翌日、屯所に行って話しを聞くことにした。

 最初、部外者には話せないと言っていたのだが、外で待ちかまえて1人1人に聞いて行くと、そのうち口の軽い奴が現れる。

 「なんでもな、桧ノ磨さん、金を受け取ってたらしいんだよ」

 「金?どういうことだ?」

 「前前からあった噂なんだがな、屯所の誰かが、上納金の一部を猫ばばしてるんじゃないかって。上納金の警備をしてる連中が疑われたんだが、亡くなった桧ノ磨さんが、その金の一部を持ってたってんで、桧ノ磨さんが悪さしてたってことになったんだ」

 「なんで上納金の金の一部だって分かるんだ?」

 「だってよ、俺達みたいな役人が、そんな大金持ってるわけないだろ?桧ノ磨さんとこだって、妻も子供も、それに母親父親までいるのによ。ま、死人に口無しだけどな」

 小さく笑いながら、その男は去って行った。

 手伝ってほしいと言っていたのは、悪事に引きずり込もうとしていた?

 海浪の中で、何かが引っ掛かった。

 桧ノ磨の家は、決して贅沢な暮らしをしていないし、かといって、個人的に贅沢をしていたかと言うと、それもない。

 海浪の知らないところで金を使っていたなら分からないが、それを確認するためにも、海浪は色んな店に顔を出すようになった。

 「桧ノ磨さんだろ?いつも熱燗とサバ焼きくらいさね」

 「ああ、あの人なら蕎麦だよ。一番安いやつさ」

 「あたいらの相手なんて、一度もしてくれたことないよ。ねえ?家で妻と子供が待ってるって、いっつもそればっかりさ」

 「信じられないよ。裏切られた気持ちさ。あの桧ノ磨さんが・・・。うちには、接待の時しか顔出さないよ。普段の桧ノ磨さんはこんな高級な店に来ないさ」

 「・・・うーん」

 河原にある大きな石に腰かけ、海浪は顎に手を当てていた。

 何処に行っても、桧ノ磨の贅沢していた証拠は見つからなかった。

 そればかりか、どちらかというと節約を徹底していたように思える。

 もしも桧ノ磨が金を取っていたのなら、一体何処で、何に使っていたのか、それがさっぱりだ。

 「まだいたんだね」

 「あ」

 「ええと確か・・・」

 「・・・海浪」

 「そうそう、海浪さん。あんた、桧ノ磨のこと調べてるんだって?行く店行く店で、怪しい男が桧ノ磨のこと聞いてきたって言ってたよ」

 「俺の勝手だろ。あんたに迷惑かけちゃいないと思うが」

 「面白い男だ。それで、一体何を調べてるんだ?俺に協力出来ることがあるなら言ってくれ」

 「・・・・・・」

 海浪は、金を猫ばばしていたのは桧ノ磨ではないのではと話した。

 そのような形跡はないし、誰に聞いてもそんな金を使ったようなことも無かった。

 「女に貢いでいたとか」

 「そういうやつも見つからなかった」

 「だからといって、奴の罪が消せるほどの材料があるとも思えないが」

 「だから調べてる。何処ぞの阿呆が、あいつに罪を着せたのかもしれねぇからな」

 「何処ぞの阿呆、か。わかった。その件は俺の方でも調べておこう。あいつとは長い仲だ。少しは力になってやりたい」

 男、桃襾と別々の方向に歩いて行くと、海浪はしばらく団子屋で時間を潰した。

 そして夜になる頃、河原で1人ぼーっと、水面に映る月を眺めていた。

 その時、背後から忍び近づいてくる影があり、一斉に海浪に襲いかかった。

 「なに・・・!?」

 「どこへ消えた!?」

 「ここだ、ここ」

 黒頭巾に顔を隠した男たちは、振り下ろしたはずの剣の先にいない海浪を探していると、海浪は河原にかかっている橋の手すりに立っていた。

 「ひい、ふう、みい・・・」

 海浪は、自分を襲ってきた男たちが何人いるかを数えると、5人程だと分かった。

 「お前らか?桧ノ磨を殺したのは」

 「関係ないことだ」

 「俺を殺そうとしておいて、関係無いで誤魔化せると思ってんのか?お前等、何様のつもりだ」

 「貴様こそ、終わったことをいつまでも。下手に嗅ぎまわらぬ方が身のためだぞ」

 「身のためねぇ・・・」

 すると、海浪の後ろに、川から出て来た男が斬りかかる。

 「その言葉、そっくりそのまま返してやんよ」

 海浪は背後の男の攻撃を避けながら顔面を鷲掴みすると、橋の中央に下りる勢いそのままに、掴んだ男の顔面で橋に穴を開けた。

 当然、その男は意識を失い、そのまま川に落ちて行く。

 橋の役割を失ってしまった橋を他所に、海浪は男たちと対峙する。

 「かっ・・・かかれ!!」

 怖い物知らずというのか、無謀というのか、はたまた勇敢とでもいうのか、男たちは目の前にいる海浪という男の心情など何も知らず、襲いかかる。

 1人、また1人と、男たちをなぎ倒して行く姿に、男たちに指示を出していた男は逃げ出そうとしていた。

 その首元をぐいっと掴むと、海浪は耳元に口を近づける。

 「武士たるもの、背中見せちゃあいけねえよなぁ?」

 顔を青ざめている男は、持っていた剣を落としてしまう。

 「首謀者は誰だ?俺がブチ切れる前に教えてくれれば、お前の命は勘弁してやってもいいんだが」

 「は、話す・・・!!話す!!」

 男は簡単に口を割ると、海浪はその男を解放した。




 すぐさま逃げ出した男は、たった今口にしてしまった人物のもとへと、助けを求めて向かう。

 「騒がしいぞ、何事だ」

 「も、申し訳ありません!!」

 「まさか、失敗したのではあるまいな?あの男、ちゃんと始末したのであろう?」

 「そ、それが・・・!!あまりに強く、我々では太刀打ちできませんで!!申し訳ありません!!」

 「・・・それで、お前は逃げて来たのか」

 「申し訳ありません!!」

 「何をそんなに謝っておるのだ?俺の名を出したわけじゃあるまい?」

 「・・・!!」

 「なんと愚かな。ならば、全ての罪を貴様に着せるまで」

 帰ってきた黒頭巾の男に剣を向けると、逃げようとする背中に向かって振り下ろす。

 たったそれだけのことだったのだが、黒頭巾の男を殺すことは叶わず、代わりに、大事に飾っておいた掛け軸を斬ってしまった。

 その掛け軸は確か、部屋の隅にあったはずなのだが。

 「これはこれは。招いてもいないのに」

 「どうせこうなるだろうと思ってよ。それにしても、忠誠心の欠片もねぇ奴を雇ったもんだな。あんたの名前、すぐに割ったよ」

 「躾が足りなかったようだ。貴様を殺してから、じっくりとすることにしよう」

 「なんであんたがこんなことしたのかは知らねえが、俺の仁義に反する」

 「仁義だと?・・・あいつも同じようなことを言って、俺のしていることを批判した。だからあいつの最期を、無様なものにしてやったんだ」

 そう話しているのは、桧ノ磨の同僚であった男、桃襾だ。

 黒頭巾を被ったままの男を笑みのまま見ているが、それは笑みというにはあまりにも冷たく、心臓がバクバクするほどのものだ。

 「そいつを生かしてどうする?役には立たんぞ」

 「生き証人がいねぇと、信じちゃくれねぇだろ?世知辛い世の中だからな。桧ノ磨の濡れ衣を晴らすためにも、こいつには生きててもらわねえと困るんだ」

 「なら、やはりここでお前も殺しておくべきだな」

 「殺しておくべきは、その歪んだ正義だ。人として道を外した野郎が、人の上に立つ存在であって良いはずがねぇ」

 「面白い。やってみろ」

 そう言うと、桃襾は海浪に剣を投げてきた。

 それを使えということだろうが、海浪はそれを受け取らなかった。

 「なんだ、使わないのか。大人しく殺されるか」

 「よく知らねえが、それはあんたらにとって魂なんだろ。なら、あいつにとっても魂だったソレを、お前みたいな奴を殺すために使うのは気が引ける」

 「武士道とでも言う心算か。どれだけ立派な思想を並べようと、死ねば終わりだ」

 海浪と桃襾が向かい合い、じりじりと間合を取りながら部屋の中を回るように歩く。

 先に踏み出したのは、海浪だった。

 にや、と笑った桃襾は、いつの間にか後ろに来ていた黒頭巾の男を掴むと、自分の前に、まるで盾のように差し出した。

 「!」

 「馬鹿め」

 そして、その男の背中から突き刺すようにして、剣を刺した。

 剣は男の身体を貫き、その先にいた海浪の方に向かっていった。

 男と共に床にうつ伏せになった海浪に近づくと、海浪の頭に足を乗せ、ぐりぐりと力を込めて踏みつける。

 「折角だから、桧ノ磨の共犯として、お前の首とあいつの首、並べてやろう」

 海浪の髪の毛をひっぱって首が斬り易いようにすると、首元に剣をあてがい、口角をあげる。

 「俺に刃向かわなければ、もう少し長生き出来たものを」

 そう言って首を斬ろうとしたとき、がばっと、海浪の目が見開かれた。

 そして瞬時に桃襾の腕を掴んで剣を落とすと、桃襾の首に腕をからめ、足では桃襾の身体を拘束していた。

 あっという間の出来事に、桃襾はただ捕まってからバタバタ暴れることしか出来ず、それも虚しいだけだった。

 「俺に刃向かわなければもっと長生き出来ただ?お前、本当に何様だ?」

 「わ、わかった!!金をやろう!好きなだけやる!だから・・・」

 「金なんかいらねぇよ。そんなもんあったって、あいつは生き返らねえし、あいつの人生は手に入らねえ」

 「や、やめてくれ・・・!!」

 「なあに、殺しゃしねぇよ。ただちょっと俺のこのイライラを収めたいだけだから」

 「・・・!!」




 それからすぐ、桧ノ磨は何もしていないことが瓦版で広まった。

 桃襾の悪事については証明出来るものがなく、結局のところ、誰が黒幕だったのか、誰が実行していたのかは分からないまま。

 だが、桧ノ磨の濡れ衣が晴らせたことで、残された妻や子供、そして両親は余計悔しい想いをしているだろう。

 桃襾は未だ、同じ村で生活しているらしいが、そんなこと、もうどうでもいい。

 本当なら、桃襾を殺したいところだったのだが、殺してしまってはやっていることが奴等と同じになってしまう。

 そうなれば、きっと今頃どこかでのんびりと隠居生活をしているクソジジイに、口煩く文句を言われる。

 海浪は団子を口に入れながら、村を出る。

 「こんな面倒なことに巻き込まれたのも、あのクソジジイが消えたからだ。絶対ェ見つけ出してやる。そんでもって、腹いっぱい奢ってもらう」

 雪駄を引きずる音が、響く。




 「桧ノ磨の遺体が消えた!?どういうことだ?」

 「わかりませんが、消えました」

 「ふざけるな!!探せ!!」


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