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闇夜少女に提灯ゴースト  作者: 千羽稲穂
第二話 冬の花に咲いた腐った真実
8/10

冬の花に咲いた腐った真実(4)

 目の前に映るのはアパートのある一室だった。がなり立てられた声は痛い。鼓膜を揺らす声は耳をふさぐ手も何もかも突き破ってくる。隅にうずくまっていたのは一人の小さな少女だった。違う、と呟くと、どっと押し寄せてくる罪悪感。この感情は今までにないぐらいに激しく脳を揺さぶる。トラックや電車に追突したかのような痛みに悶える。違う、とそれでも呟いてしまう。


 ――ナオヤ


 遮る、涙の音にはっと気づく。俺はナオヤでトーカではない。目の前の血みどろの中にうずくまる少女ではない。

 

 それに気づいたとき、自分が駅のベンチに座っていることを悟った。トーカが座っていた場所からアパートでの一部始終を観察する。映画を見ているようだったが映画よりかは、拙い映像だった。


 たまに見る幽霊の思念の映像だ。


 トーカのこれはかなり鮮明なもの。今、彼女は封印した記憶を思い出しているのだろう。真実を見つめて、映像をすすめている。それのおこぼれが俺に見せる。


 赤く染まった包丁を持っているのは、肌のつやから見て若い大家さんだった。倒れているのは父親だ。先ほどのがなり立てた声音から、きっとこの父親が彼女ら家族にとって悪いことをしていたのは分かった。

 この頃のトーカはまだ小さかった。衣服がぼろぼろで、小さな胸がちらりと切れた服から見えた。肌には真っ赤な花が咲いている。


「トーカ、冬の花。皮肉な名前だ」


 血の花がそこにある。


「綺麗な名前だよ。白い花。冬花さんは、未遂だったんだよ。やったのは大家さん」


 見れば隣にセーラー服姿の少女が座っていた。とめどない涙をもう拭うことはしない。ピンクに色づく唇をそっと動かす。


 情景はすぐに消える。すぐさま現れたのはトーカが大学生になった姿だった。奨学金申請をして、必死にバイトをして、勉強をするトーカの姿だった。しかし何かから逃れようと必死な形相をしていた。たまにボランティアをして、誰かに貢献することで何かを忘れようとしていた。


「大家さんは世間的に前科なしだ」


 俺はこれまで調べ上げた話を少女に語る。

 秘めていたこれを開けるには今だと思った。俺だけがこれを知っていいことじゃない。目の前のことを見ている少女も知るべきだろう。


「トーカは、忘れようとしたんだ。大家さんとトーカが隠した父の死体のことを。捨てたのは樹海だ。奥深くに埋めた。父親はほとんど浮浪者みたいなものだったから、誰も気づかなかった。

 いや、本当は気づいていたけれど、みんな知らないふりをしていたのかもしれない。俺のようなやつがちょっと調べただけで父親の違和感を感じたんだし。案外みんな気づいていた。でも父親の日々の行いに対して呆れて、同情し、共犯者になった。みんな『あの夜父親はここには来なかった』っていったんだろう。

 祖母が生前言うには父親が失踪したあたりで大家さんは見えなくなったって言っていた。もしかしたら悪霊になる寸前、大家さんはその悪霊からトーカを守るため、全力で見える力を使って追っ払って浄化させたのかもしれない」


 大学生のトーカの表情は険しくなる一方だ。そして運命の日が来た。最小限の荷物を詰めて、アパートに書置きを残して、出ていった。『探さないでください』と。


「君、知りすぎでしょ」と少女が言った。

「うん、知りすぎた」と俺は苦々しく返した。


 でもこれら全て推測に過ぎない。俺は近くの霊に聞き回って、人にも聞いて、そこから推測を巻き上げて、駅のトーカにたどり着いた。まず初めてあった時、俺は終わっていたのだ。トーカを見てみないふりをしようにも彼女の首はそうはさせてくれなかった。


 樹海に言ったトーカは小さなスコップで遺体を掘り起こそうとした。モッズコートには土の汚れや枝で切り裂かれた跡が残っている。肌は幽霊みたいに白く、吐く息はまだ靄を作れた。樹海の中に目印がついている。

 おそらく彼女は、時期が来たらはなから掘り起こすつもりだったのだろう。でも途中でやめた。そして嗚咽を吐きながら、「私には無理だ」と何度もつぶやいた。それはあの血に濡れた時の「違う」と同じ声音だった。怖かったのだろう。遺体に向き合うのが難しかったのかもしれない。


「彼女は何を?」


 少女は尋ねるが、俺にも理解しかねた。でも彼女の気持ちを想像することはできる。


「憶測だけど、自分が殺したことにしようとしたんだろう。でも、無理だったんだ。遺体すらみたくないほどに、彼女は父を恐怖していた。

 でも自首して罪をかぶっていたらかぶっていたらで、きっと大家さんは自分がやったって言っただろうね。トーカのためだったんだから。でもトーカには大家さんのそういう思いすら重かったのかもしれない」


「そうだとしたら、トーカは、きっと大家さんを想ってできなかったんだよ。大家さんに全て背負ってほしくなかったんだ」


「真実はトーカにしか分からないよ」


「そうだね。真実はとっくに腐っていたんだよ。きっと」


 トーカはこの後、大きな枝の前に立った。冬の寒さが体を突き刺す。コートが揺らぐ。掘りかけたの穴は落ち葉が隠す。手の赤いスコップが滑り落ちた。落っこちた地面に寂しそうにスコップが横たわる。


 トーカが見つめていたのは垂れさがった丸いわっかの縄だった。

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