魂達の宴:4
寒い、と飛び上がった。
俺の周りは緑の雑草で埋め尽くされていた。
鼻につく生臭さ。口に残るは酒の香り。
舌を舐めてアルコールに酔う。
周囲を見渡すが、昨日の夜のことが嘘のようにいつもの雑草地帯が広がっている。
どうやら知らないうちに眠っていたらしい。
我ながら図太い。
そして頭を掻いていたら、
「おはよっ。ナオヤ」
とおぶさってきたのはセーラー服の少女。
確か黄色熊だったなあ、名前なんてどうでもいい確認してぼんやりと少女を見つめる。
足は薄くて見えないに等しい。はいているのは深い紺色のスカート。純潔の印としての赤いタイ。
寒空と雑草には似合わない組み合わせで、彼女は微笑む。その頬には涙はない。赤らんだ頬を死んだように青白い肌に写している。
くるりとした瞳でこてんと頭を傾げる。
「起きた?」
「起きたけど……」
あれ?とここで一つ疑問が上がる。
「なんでお前、此処にいるの? 昨日の宴に来たのは成仏するためじゃ……」
「へ? 私そんなことするって言ったっけ?」
するすると少女は俺をすきぬけては俺の頭上を回る。
「私が此処に来たのは噂で一回聞いたから、この宴に来てみたかっただけだよー」
「じゃあ、頼みって」
「本当の頼みはこれじゃないよー」
「教えろ。そして俺から離れてくれ。うるさくて仕方ない」
「離れないしぃ。教えなーい」
うふふと何かを隠すように口を手で押さえて、いたずらっ子のように俺の頭上をあっちへきたりこっちへ来たり。鬱陶しくなって振り払おうにも、とり憑いてしまった少女を払いのけるなんてことできなくって、スカートのひらひらを眺めることしかできない。
因みにパンツは見えない。
それから何回か同じやりとりし、少女は飽きたのか、手を俺に差し出した。俺は呆れてため息をつきつつ、少女の手を取る。確かな実態があるように思えたが、やはり霊といったところ感覚があるだけで掴めはしなかった。
透き通る白い肌。するりと手だけ抜けていった。
俺は生きていて、河を渡らなかった。それだけは確かだ。
立ち上がり、凍える体をさすった。ふぅと息を漏らすと白い煙が出てきた。温もりある白い煙を少女はくすりと笑い掴もうとするがそれもすり抜ける。もう一回俺は煙をつくると今度は楽しそうにちょんちょんと指先で煙をいじめる。
「とくさん、いい人だったね」
雑草を踏みしめて、俺は帰ろうとすると少女が懐かしそうに話す。
「そうだな。奥さんに会えればいいけど」
俺はとくさんの言葉を反芻しながら返す。
しかし俺の言葉に頷くと思っていた少女は予想外にも目を開けて驚いた表情を見せた。
「とくさん奥さんがもう天に昇ってること知ってるよ」
「は?」
「それでもまだ会いたいって思ってるんだよね。まだこの世にいるって信じたいんだよ。愛だよ、愛」
「なんだよ、それ」
愛よりもただの執念だろ、なんて言葉飲み込んで、笑いをこぼした。
俺に生きろとかほざいといてそれかよ。
どこまでも、霊という輩は矛盾していて付き合いきれない。俺を励ましといて自分は執念でこの世に居座り、天にも昇らずにいる輩もいる。
一方で、少女のように付き合ってしまう輩もいる。
そういう俺も矛盾していて、祖母もそうで、だがそれが人間なのではないかとほのかに感じた。
年の暮れ。
よいお年を。
来年までさようなら。