魂達の宴:2
少女に取りつかれた初日。
「夜になったらね、連れて行ってほしいところがあるんだ」
なんて少女が要求してきた。
俺は早く少女に離れてほしかったので、隙を見て誰もいない時間帯に抜け出すことにした。
俺は大学生で一人暮らしをしていた。親元は二時間もかければ帰れる程のところにあるし大学に通えないほどではなかった。
しかし祖母のゆかりのあるこの地を離れたくなく、大学は下宿しているアパート通いにさせてもらっている。
だからこんな年末に何しに外に行くんだいとアパートの大家さんに見られる危険性もあった。しっかりアパートの大家さんの動向を気を払う。
大家さんは人の良い人で魂の気にあてられた俺を何度も介護したことがある。それを思うと罪悪感もあるが、致し方ない。少女が変な気を起こし俺を何度も俺をぶっ倒すのなら、結局大家さんに迷惑を被らせるはめになるのだから。
抜き足差し足でアパートから抜け出す。
気づけば夜中の二時ごろになっていた。
少女は相変わらず俺の体に憑いたままで、俺が歩けばその数歩分歩く。ぴったりと隣にいて離れない。
とり憑かれたのは初めてではないが、少女は今までとり憑かれたやつらとは少し毛色が異なっているように思える。
今までのやつらはどちらかと言えば、「~をしろ」「~を呪ってやる」などと言ったいかがわしく恐ろしい文言しか言えない、あからさまの悪霊ばかりだった。
幸運なことにそれら全ての悪霊は数珠で取り払うことが出来たが、彼女は違っていたらしい。
俺に命令はしない。ただ頼んでるだけだ。頼んで、俺が拒否しないだけだかもしれない。
きっとはじめ会った時あんまりに涙で頬を濡らして同情してしまったから俺は拒否せず、少女にとり憑かれたままにしているのだろう。だから必然的に少女は命令をしてこない。
雪が降る中、彼女はしとしとと泣いていた。何を思ってか、何を感じていてかは分からない。そこに俺の祖母の後悔が合わさり、簡単にとり憑かれた。その方がしっくりくる。
近くの橋を渡る。この橋を越えれば駅までもうすぐだ。橋には点々と街灯があって、道を示している。こちらだよと、まるで魂が知らせているようだ。
こっちが三途の川だよ、と。
そこに祖母がいるのなら、俺は会いたいし渡ってしまうのだろうか。
「そういえば、君の名前聞いてなかったね」
そよそよと風が吹くとみつあみ癖がついた少女の髪が揺らぐ。流れても実態がないから良いにおいはしない。
「聞いてどうするんだ」
「別に。でも知っておきたいじゃん」
「お前は教えてくれないのに、なんで俺が教えなければならないんだ」
「そういえば、そっか」
お気楽にもほどがある。でも少女になら、悪い霊でもないし教えても問題ないだろう。ふと言ってから気づくなんて、恥ずかしい。
「ここからどこへ行けばいい」
俺が尋ねると少女は指をさす。
もう既に橋を渡りきっていた。少女は「こっち」とはにかむ。
そこは川の河川敷があるところだ。橋の下、陰りのある雑草地帯。疑いたくなるが、少女が指さすままに行くしかない。こっちはいわゆる人質状態だ。心も体も従わなければならない。
「俺は直哉」
そうして河川敷に体を向けるとき、恥ずかしいのでこそっと少女に告げた。少女は満足したのかふふふーと笑い声をあげる。
橋の下は、随分前に立ち入り禁止になっていて、柵が貼られていた。なんでもここで川の氾濫があった時、少女が溺れてしまったからそれ以来こうして立ち入り禁止にしているらしい。
中では案の定捨て犬とか、猫が居ついていたりするが、人々は無関心を決め込んでいる。そこに立ち入るのだから、相当の覚悟がいる。少女はお気楽に「早く」とまくしたてるが、俺は動ける服装で来ていないため手間取った。
こんなところ夜中二時頃にくるなんて、どうみても不審者だ。
見られていないか細心の注意を払い、柵を飛び超えた。生えっぱなしの雑草地域を少女の誘導のもと、進み、時折間違えて戻り、辿り着く。
そこは雑草が生えていなかった。どういったわけか人の世から抜け出ているのか、雑草は生えず、そこだけ光源なしに光っている。
しかも、どんちゃんと光の中影が動き、酒だーと乱暴な声を周囲にまき散らしていた。ほんのり温かい橙色の光の中踊りわめく者達。数人では足りない、数十人の男、女、子供、動物問わずうごめきだす。
受け取る感覚に悪も聖もあって、気分が悪くなる。くらりと一周頭を回し、それでも少女は「こっちだよ」と指さす方向に足が向く。
少女の足は俺と一体となっていた。
「ここは、なんなんだ」
雑草地帯を抜け出し、橋のたもとにある饗宴の場に俺は躍り出る。浴びるように酒が舞い、小さな白い光がどんどん天に昇っていく。動物が俺の足元に回り、そしてどこかへ行き光の雪になり、散ってゆく。
「魂達の宴だよ」