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惨事

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。


この部分には、スプラッタな描写がかなり含まれております。

恐れ入りますが、生理的にムリ!という方はバックするなり読み飛ばすなりご対処をお願いいたします。

「きさまら、いったい何者だ?」

「どこから湧いて出た?」


 あたしを警戒しながらも、アロイスに向かってがちゃがちゃと厚刃の反刀を抜き連れるルンピートゥルアンサ女副伯ご一行様。

 はっはっは、さすがに脱出口から逆侵入されるとは思ってなかったろうなー。

 なにせここ、潮が満ちてくると完全水没するとこなんですもん。隠蔽はほぼ完璧。

 おかげで監視の目も少ないどころがゼロとか。いやゼロはさすがにいかんだろゼロはと思うが、隠し通路の出口なんてもんは下手に監視をつけたら目立つもんね、確かに。

 

 人目をピノース河上流で起きた……いや、起こした爆発に集めておいて、あたしはアロイスとともに水路から海へと出た。

 必要以上に他人の生活インフラを破壊して回る趣味はないのよねー。

 迷惑だし、第一もったいないじゃん。整備にかかる金も誰のものかといえば、最終的には貴族が出すものだろうが、もともとは民衆の税金だったりするわけだし。

 

 タクススさんが脱出してきたとおぼしき地下牢は水没していたが、結界を手動潜水艦風味に使ってるあたしにかかっちゃ問題はない。アロイスにそこから入り込んでもらって、まずは商館側をさくっと制圧した。

 急げと言ったわりに何寄り道してんだとグラミィあたりが聞いたらつっこんできそうだが、ある程度の情報収集は必要なのだ。急がば回れ。

 相手はゲームのラスボスと違って生身の人間だ。移動したり逃げたりするのは当たり前、ならば普段の居場所といざという時の逃亡手段ぐらいは目星をつけずに突入してくわけにもいかんでしょーが。

 無闇に突っ込んでったらとっくにもぬけのからでしたー、ぐらいのことなら、さらに追っかければいいだけの話だ。だが勢い込んで乗り込んだ先に罠が仕掛けられてたとか、四方八方敵に取り囲まれたとか、火をつけられてまるっと蒸し焼きとかやらかされたら怖いじゃん?

 あたしにゃ効かないけどね!

 

 なので二人で手分けして作業をすすめることにした。なにせ時間が惜しい。

 あたしは構造解析と隠蔽看破の術式で、隠し戸棚とか細工引き出しとかを片っ端から見つけて重要そうな書類の数々を押収。鍵とか罠とかは説得(物理)でなんとかなるし、正しい手順を踏んで開けないと発火の魔術陣が起動するような書類入れは、魔術陣を破壊すればいいだけのことだし。

 おかげで人身売買に関する帳簿だの書類だのも大量に押収できたが、ここは拠点の一つにすぎなかったようだ。詳しいことは詳しい人に聞くべと、今は蝋引きした防水の袋にまるっと放り込み、背骨に縛り付けておく。

 アロイスはアロイスで、捕まえた人間を全員拘束して軽く尋問タイムに突入。

 そこで何が行われたか、なんて、あたしゃ知りませんよええ。知りたくもありません。

 だが捕獲した方々が素直にお話ししてくれたおかげで、いろんなことがわかりましたとも。

 領主館には何人もの腕利きが、複数の裏組織から派遣されて常駐しているとか。

 領主館の敷地周辺まで運河や水路はつながってはいないが、そのかわり真下には海蝕洞がいくつかあるってこととか。

 海神マリアムの礼拝堂につながってるのは、そこから儀式に使う海水を汲み上げるために使われてるとか。

 汲み上げた海水に花が入っているのを吉兆とするため、事前に海から花を大量に撒き散らす準備――てそれどんな八百長ですかい――があるため、礼拝堂につながる海蝕洞はどこにどのくらいの大きさの穴が開いてるかとかは割と周知の事実だけど、人が侵入することは想定外らしいとか。

 水没してる地下道も海蝕洞を利用した隠し通路の一つだとか。

 領主館からいざという時に落ち延びるための脱出口があって、それともつながっているらしいが、どこにつながっているかは不明だとか。

 タクススさんが意識のない状態で外から持ち込まれてたとか。

 ――結局タクススさんが、どこで捕まったかはわからず、捕まえた人間を捕まえることもできないままだったが、そのままになんてしておかないかんな!いつか見てろよ!

 

 だが今は、時間勝負だ。

 とりあえずは事情聴取に協力してもらった皆様に、彼らが売り物(人身売買の犠牲者)につけてた手枷足枷首枷口枷といった小粋なアクセサリー(拘束具)をフル装備してもらい、助けを呼ぶことも証拠隠滅を図ることもできないようにしておくと、あたしとアロイスは、今度は水没した地下道を逆に進んだ。

 暗闇でもくっきり視界なあたしだけでなく、アロイスもただでさえ夜目が利く上に、コッシニアさんに身体強化を教わったおかげで灯りいらずである。

 おまけに、構造解析と隠蔽看破はこういう時にじつに使い勝手のいい術式だ。曲がりくねった分かれ道もなんのその、どこにどうつながっていてどんな罠があるかがよくわかる。

 幸いと言っていいのかどうか、罠はすべて殺傷力の高いものだったが警戒用ではなかったので、いちいち回避したり解除したりする手間をかけずに、はまって起動させて結界ではじくという力技で押し通りましたとも。

 結論として、道中一番手強かったのが海水に濡れまくった岩場とそこに生えた海藻だったというオチがついた。

 あれってかなり滑るのだよ。身体能力が高い上に革靴のアロイスでさえよろよろしてたもん、あたしなんかこっそりギザギザにした結界を木靴の裏に発生させて、岩肌を削りながら歩いてたくらいだ。アイゼンかよとこっそりセルフツッコミしたが、下手にこけたら借り物(シルウェステルさん)の骨が欠けかねんもん。

 

 そして、この舟隠しに辿り着くと、あたしはアロイスを放流した。

 薄暗い水路に脱出用らしき底浅だが頑丈なつくりの小舟がいくつか繋いであったので、好きなようにやったんさい、と伝えたら……ほんとに好きなようにやったんだろうなー。

 全部影も形も見えないってことは、おそらく穴でも開けて沈めたか、もしくは舫い綱を切って海へと流したか。

 逃げ道塞いで相手に絶望を与えることに嬉々として全力で取り組むあたり、アロイスってばやっぱり戦場で武勲を掲げるより、こういうちょいと後ろ暗い表に出ない仕事のほうが性にあってるんだろうなー。


 その一方であたしは水路に飛び込み、海を経由して礼拝堂へと忍び込んだ。

 海蝕洞はギザギザの岩塊が突き出したりしてたけど、骨しかない超絶スレンダーなあたしならば、結界こみでも余裕で突入可能でしたともさ。

 後はよって件の如し。

 

 これは、目立つ方と目立たない方、どっちがいい?とアロイスに聞いたら、目立たない方でと言われたための役割分担だ。街中と違いアロイスを陽動に回す意味もなかったしね。

 あたしが陽動に回り、ついでに領主館を閉鎖するかわりに、アロイスには騒ぎが起きて、抜け穴を逃げ出してきた人間をあたしと挟み撃ちすること、あたしの姿を見て、予想以上に怯えた様子を見せた人間は生け捕りにするようにということを依頼してある。

 タクススさんをひどい目に遭わせた連中のこととか、引き潮になってからの大仕事とかが残ってるのだ、せめてルンピートゥルアンサ副伯の係累全体に関わることぐらいは、きっっちりケリつけておきたいじゃん?

 それに、死神の姿に反応するのはスクトゥム帝国の皇帝サマ=つまりは中身が異世界人の可能性があるからね。捕獲するのは当然です。

 あ、あともう一つのことを依頼してあるんだが、まあそれはいい。

 

 追い詰めたはいいがものの見事におばちゃん――おそらくはルンピートゥルアンサ女副伯――しか女性がいない。あとはむっきむきな外見からして戦闘民族な男性ばっかり、手練れ中の手練れしか集めてないって感じだ。

 理由は知ってるけど。

 

 大広間で構造解析と隠蔽看破の術式を顕界した時に、見てしまったのだ。

 一階の使用人スペースに投げ出されたように乱雑に積み重ねられた、複数の人体の存在を。

 おそらくは死体。それも周囲に飛び散った血飛沫の新しさからして――できたてに近いだろう。

 そう悟った時、自重や容赦だけじゃなく堪忍とか理性って言葉まであたしの辞書から脱走するかと思ったよ。

 

 いつどこの時点で彼女たちが手にかけられたのかまでは知らないが、あそこまで新しかったってことは、氾濫予定のピノース河からアルボーの住人を逃がすためという目的もあったアロイスの陽動についての知らせを受けたあたりのことじゃなかろうか。

 ということは、騒ぎを陽動=軍事行動の前兆と見抜く程度の知能はあったんだろうね。

 我が身の危険と結びつけたからこそ、逃走準備の一環として足手まといの口封じをさせたんじゃないか。

 ……という推察はできたが、理解はできない。

 人の命を惜しまぬ者、人に憐れみを持たぬ者にかける情け?

 そんなもんがあるわけないだろが。あったとしたってとっくに怒りで沸騰して蒸発してるっての。

 侍女の中には、結婚すらできずひたすら女主人に仕えて一生を送る者もあると聞いた。

 そんな長年忠義を尽くし仕えてきた腹心さえも、いらないとなったら即殺しにかかるとか、どんだけ情がないんだか。


 なあ。コークレアばーさんや。

 あんたにあるのは国を、そして自分の領地すらもひたすら腐らせる毒だけだ。

 だけど一番あたしが腹立ってんのは、そのことにまたもや気づけず間に合わなかったあたし自身にだ。もう少しでタクススさんすら、失いかけてたと思えば腹立ちも倍増ってもんだ。


 使用人の死を知らぬアロイスも、御領主様たちのことではらわたはとっくの昔に煮えくり返ってますからねぇ……。


「はて、表門を堂々と、わたくしが陛下の糾問使として叩いてもよろしいとおっしゃいますので、()ルンピートゥルアンサ副伯どの?」


 それはそれは冷やっこい笑顔でアロイスは嘲った。

 散ってる!背後にダイヤモンドダストが散ってるよ、真っ黒だけどな!

 

 あたしがわざと領主館に正面から突入し、ハデに大立ち回りをしでかしたのにも意味がある。

 彼女たちを逃げ出させ、隠し通路や最重要な秘匿事項についての情報を得るというね。

 ……それがコークレアたちに奪われた命より重要かと訊かれたら、何も言えないけれども。

 

 コークレアが関わった犯罪はあまりにも多すぎる。しかもそのどれもがかなり重大なものなのだ。

 全部明るみに出して裁けば、他国からランシアインペトゥルス王国の屋台骨が揺らいでいると判断されてもおかしくないレベル。したがって、コークレアたちの罪を表だって裁くのは難しい。

 表に出せぬのならば裏で始末をつけなければならん。だが裏で始末を済ませるには、大人数を出すことはできない。ならば情報を短時間で絞り取り、その痕跡すらも隠滅する人間が必要となる。

 だからこそのアロイス(人選)だ。……ってぇのは王子サマたちの思惑だったらしいけどね!

 あたしゃそこまで深く考えてませんでしたよ。

 あれだけアロイスが懐いてた御領主様の敵討ちなら、アロイシウスとプルモーとかいう二人のオマケで、ルンピートゥルアンサ女副伯もやってもらおうじゃないの、ぐらいに思ってたのだ。

 スピカ村でアロイスと話し合ってて、互いの見解の相違に気づいた時には愕然としたけどな!

 

「待て。そなたの名は?なぜわたしを妙な呼び方で呼ぶ?!」

「これはご無礼を」


 それはそれは見事な、慇懃無礼という四字熟語を三次元化したような騎士の略礼をアロイスはしてみせた。


「わたくしはウンブラーミナ準男爵……まあ、王都のことにも疎い方々には騎士アロイス・ムータェルムと名乗った方がわかりやすいでしょうね。あなたの愚劣なる息子と妹が毒を盛ったアダマスピカ副伯爵、ルベウス・フェロウィクトーリア様。またそのご子息の方々にも(ゆかり)ある者」

「プルモーが何の世迷い言を吐いたかは知らぬ。じゃが、プルモーもアロイシウスもとうに当家と絶縁済みじゃ。連座するような罪など我にはない」

「甘く見ないでもらおうか」

 

 アロイスの声が低くなる。


「貴様こそがすべての元凶。王の薬師を拉致殺害しようとした悪業、ボヌスヴェルトゥム辺境伯ならびに王弟テルティウス殿下を害さんとした叛逆、ランシアインペトゥルスの民を他国に売り払う暴挙、闇に沈んだ者どもならびにスクトゥム帝国の傀儡と成り果てた愚昧、そしてなによりアダマスピカ副伯爵位とその領地を狙い、フェロウィクトーリア一族を殺害に及んだ非道、すべて明白と思い知るがよい。すでにアロイシウス・アウァールスクラッススならびにプルモーは庶人に堕ち、コークレア・アウァールスクラッスス、貴様の爵位も剥奪された。我が剣は我が王の裁きの元に振るわれる。奸佞邪知を弄ぶ外道が。貴様がおこないは貴様自身の命脈を絶ちきったのだ」


 薄暗がりでもわかるほど蒼白になりながら、コークレアはなおも反論した。

 

「知らぬ!そのような冤罪を大真面目に問うとは呆れたこと、しかもあのような骸骨を、このアルボーの守り手、ルンピートゥルアンサ女副伯コークレア・アウァールスクラッススにけしかけてくるとはいかなる存念ぞ」

「はて、骸骨?そのようなものがどこに?」

「なんだと……?!」


 あたしとアロイスの間を忙しく複数の視線が往復する。


 もう一つアロイスにした頼み事は、『あたしと挟み撃ちをしたら、あたしが見えないふりをすること』だ。

 これは単純に混乱させるためだったんだけど、おかげでルンピートゥルアンサ副伯勢のみなさんの顔が面白おかしいことになっております。


「集団で幻覚まで見えるようになっているとは、どうやらおかしな薬でも召されましたか。……そう、夢織草とか申しましたかな?それとも佯狂(ようきょう)にて罪を減じようという存念でもおありですかな?愚策ですね、()女副伯どの?」


 動揺を誘うためと知ってはいるが、わざとらしいほど丁寧に取り繕いなおした敬語と笑みが限りなく怖いです。

 その弁舌の鋭さは、比肩する者なし。とは、タクススさんから訊いたことだが。

 アロイスってば剣を振るうより先に、ざっくざっくと相手を精神的に切り刻みまくっております。


「そもそも今まさに民も領地も捨てて真っ先に逃げだそうとしている貴様ごときが、アルボーの守り手などと名乗ろうとは片腹痛い。まして貴様が所業がゆえに、アルボーはこれより壊滅する。二重に無意味な自称だな。貴様の価値など一片もない」

「なん……だと」


 アロイスが動くのにあわせて、あたしもまたじわじわと距離を詰めれば、どちらを狙えばいいのか迷ったように、荒くれ連中はきょろきょろと刃先をさまよわせた。

 唯一杖を持ち、薄汚れたローブのひょろいおっさんも混じっちゃいるが、かちんと固まったままなのはどういうわけか。口はかすかに動いちゃいるが、詠唱……じゃないよな。術式を顕界させるどころか魔力(マナ)すら集まってないし。


「こ、こここここ……」


 ニワトリかい。

 

紅金の魔力(コッキアウレウスマナ)……」


 は?!

 紅金の魔力、って、アロイスのことか?

 

「アルガ。てめぇも魔術師ならそれらしく働けや!」


 コークレアの隣にいた男に蹴り出され、水路ぎわに転んだおっさんは悲鳴を上げた。


「イヤです!かないっこないじゃないですか!」


「てめぇ、裏切る気か!」


 殺気だった荒くれの一人にすごまれて、やけくそ気味におっさんは叫んだ。

 

「裏切る?ああ裏切れというならいくらでも裏切りますとも、『魔術師殺し』とこんな化け物相手なんてごめんですよ!」

「たかが騎士一人と骨でできた木偶一つじゃねえか?!木偶の後ろについてる操屍術師(ネクロマンサー)はちょいと面倒くさいかもしれんが、そいつも切っちまえば(しま)いだろうがよ」

「ああもう、だっっっからイヤなんだ、魔力の一つも感じ取れない鈍感連中は!」


 レッドデータブック入り確実な鋼色の髪をおっさんはかきむしった。


「その木偶すらアタシじゃ足下に及ばぬくらい緻密な結界術式を顕界してるんですよ?!どういうしかけかまったくわかりませんけど!その上いかなる影にも潜み必ず首を刈る『魔術師殺し』が目の前にいるということは、杖が折られたも同然ってことなんですぅ!」 


 てか、木偶とか化け物ってぇのは、相変わらずボットというか人骨製操り人形として見られてるっぽいあたしのことですか。シルウェステルさんのローブを置いてきたこともあって、あたし自身が魔術師とは思えないと。

 まー、あたしをどんどん侮ってくれるのはいいとして。

 『魔術師殺し』って、アロイスのことかな?何よその二つ名。


「なら、てめぇからぶった切ってやらぁ」

「やるならどうぞ、やってくださいよ!」

「……あ?」

「いいですか、あんたたちの潮風で錆びついた剣に切られるのは命の問題ですよそりゃ。ですけどね、彼らに刃向かうのは、アタシにとっちゃ、魂が破滅するかどうかって問題なんですよ!」


 ……どう魔力を見ても真剣です、この魔術士くずれっぽいおっさん。

 あまりの迫力に周囲の荒くれどもも若干ひいてるよ。だがこの状況はこれで使いようがある。このおっさんもだ。

 

「ほう、これはこれは。少しは目の見えるやつもいないわけではないようだな」


 軽く蔑みの笑いを漏らしてみせたアロイスは、おっさんの近くに無造作に進み出た。


「貴様、名前は何という?」

「あ、アルガです。ゲラーデのアルガと」

「グラディウスの人間か……。わたしの命に従うならば、助けてやらんでもな「是非お願いします!」」

「……なら最初の命だ。邪魔だ。退け」

「はいいぃいいい?!」

 

 食い気味にがばっと革靴の先に抱きつこうとしてきたアルガをしっしっと剣先で追いやると、アロイスはさらに冷笑を残りのご一行様に向けた。


「選ぶがいい。ここで骸と化すか、それとも命を繋ぐか」


 彼らは無言のままだった。

 それも、彼らが口にしてる言葉なみに戦意が高いから、アロイスの言葉なんて歯牙にもかけないって感じじゃないのよね。

 互いの顔を見ているだけとか、だめだなこれは。


(アロイス。こやつらすべてを取り込む必要はない。首領の側近すらいないと見える)

 

 あたしはアルガに気づかれるかもしれないと思ったが、あえて心話を使った。

 それには二つの意図がある。一つはあたしの推測をアロイスに純粋に伝えるもの。

 

「ふむ……ゴミか、貴様ら」

 

 おそらく。

 あたしが首領ならば、第一に考えるのは自分の保身。

 なら、ここに送り込んでくるのは、確かに手練れは手練れでも、あくまでもそこそこどまりの連中にするだろう。

 一番の腕利き?そんなん自分から離さないでしょうな。

 こっちにはそれなりに目端の利くのを情報収集用にくっつけておくだろうけど、それだっていつでも切れるトカゲの尻尾レベルの人間にするだろう。

 コークレアのばーちゃんが統治者でいるかぎりはしっかり紐付けて甘い汁を吸いまくる。だがやりすぎて王からの処罰が下りそうならすっぱり切り離して自分は地に潜り、次に来る領主の情報を集めて籠絡にかかるか、潜伏し続けるか、どちらかを選ぶ。

 ……つーことは、この派遣組ってば。

 

「これだけ時間をやり、せめてもの温情をかけて選ばせてやっても惑うということは、情報もろくに与えられずに見捨てられた下っ端というわけか。いや、組織の中の半端者、組織に置いては害となるような者もついでにまとめて処分しようという首領どもの目算か」


 わざわざ口に出してくれてありがとうアロイス。

 おかげでいーい具合に空気がギスギスしてまいりました!

 

 ええ、あたしが心話をつかったもう一つの狙いは、向こうに仲間割れを起こすためのものです。

 ついでに言うと、派遣組が互いの顔色うかがってたのは、バラバラの組織から送られてきたからじゃないのかなー?

 一抜けたーと言えない環境を作り出されてりゃぁ、そりゃもじもじ君も増えるわな。

 

「わたしを始末屋として使おうとは、なかなか肝の太い人物まじりのようだな、アルボーに巣くう者どもは。一度腹でも断ち割って見せてもらおうか」


 ……って、物理的にですかそれわ。アルボーの暗闇に首領さんたち終了のお知らせが聞こえました!


「ゲラーデのアルガ、貴様の身はわたしが預かる。それ以外の者は、死ね」


 じわりと歩みを進めるアロイスの迫力に負けてか、後ずさりする一行の最後尾で、苛立ったように元女副伯が叫んだ。

 

「ええい、ウンブラーミナ準男爵などというものは知らぬ!そもそもそのような者、アルボーに来なかったことししてしまえばよいだけのこと!裏切り者ともども、このまま始末してしまうがよい!」


 うわー、上様がこのような場所におられるわけがないレベルの理屈って。そして切れ切れ切り捨てぃ!な命令のしかたって。

 なにこのテッパン時代劇ムーブ。


 派遣組が抜いた小刀を構えて突撃してくるより前に、刀子っぽい短剣を一斉にアロイスたちとあたしに投げつけられたところがちょこっとだけ新しい。

 まあ、あたしもアロイスも盾持ってないもんね。

 だけど。ちょっとした地位なんてあってもなくても潜伏任務してる人間が敵に単独でぶつかるわけがないじゃん。アロイス一人始末したって、しらばっくれられるわけがないっての。

 そもそもそんな状況なんて可能性すら存在しないけどねー。あたしが結界を作り出せるって、おっさんがぶちまけてたでしょーに。


「うひぇええええ!……え?」


 おそるおそる目を開けたアルガのおっさんが、眼の前が刃の壁になってたのにびっくりして尻餅をついた。


 これも白い手を作っていた結界変形の応用だ。イソギンチャクの触手状の、比較的柔らかい結界を束にしたものの隙間に、投擲用の短剣がさくさくっと刺さってるだけです。

 魔力の感知できない人から見れば、飛び道具が宙に浮いたまんま固まってるように見えるだろうけど。


「ただの魔術だ、何を恐れる、囲んで切り刻んでおしまい!」


 コークレアばーちゃんの叱声に若干戸惑いながらも走り寄ってきた連中が、空中で静止している自分の得物たちの下を走り抜ける、その瞬間。

 あたしは結界を解除した。

 追っ手の上に得物ががたがた落っこち、悲鳴と罵声が入り交じる。


 見たか聞いたか秘技たらい落とし!いや、たらいじゃないけどさ。

 自分たちで作ったも同然なブービートラップに引っかかってやがんのばーかばーか。

 本気で傷を負わせる気なら、結界の向きを変えて刃先を真下に向けるだけでよかったんだけどねー、物理的な重傷者をこんなところで出す気はない。精神的にはそこそこダメージが入っただろうがな!


 アルガともども呆気にとられた顔になっていたアロイスがぷっと吹き出した。


(存外これは楽しいものだな)

「お気に召されたようでなによりですよ!」

(ならば、もう少しやってみせようか?)

「……は?」


 がっきん!という音に、憤激にためらいをすっとばしかけてた連中が後退った。


「何をやっている、とっととかから……?」


 コークレアばーちゃんも息を吞む。

 あたしとアロイスたちを中心に、つぎつぎと石の針が岩盤から生えてきているのが目に入ったのだろう。

 以前森のくまさん(仮)を仕留めたときに使った、極悪撒菱状態の岩製針で周囲の地面を覆ってみたのだ。

 ただし示威を兼ねて、棘部分は脛あたりまでくるほど長くしてある。しかもこれ、根元に細工をしたので、やわらか~く動くんである。


 人間なんだかんだ言っても目に見える脅威というやつに弱い。

 リアル針の山に挑めとか、しかもそれがうぞうぞと動いて拡大してくるとか。

 なにその無理ゲーと思っていただけたら成功です。


 ガチン、ガチンとぶつかりあう岩針がじわじわと増殖し、迫ってくる恐怖に怯えたのだろう。後ずさりを続けた一人が水路に落っこちた。

 ごいーんという音を立てて。


 ええ、とっくに水面も結界でコーティング済みです。あたしは水路を潜って逃げようなんて真似もさせるほど甘くはない。

 ほいでもって、その結界も水と密着したまま変形させれば、針山と地続きになったりして。

 

 ぞわぞわと水面まで棘だらけになり、さらに広がっていく様子に、男たちは慌てて水路から這い上がり、さらにバラバラと後退していく。

 その状況をアロイスが見逃すわけがない。

 アロイスは投擲可能な短剣もあちこちに仕込んでるし、アルボーの街中で水路に落っことしてた小剣も返してある。おまけに向こうが投げてきた武器も手近なところに転がってるから、投げつける武器には不自由しない。

 つまり、彼の継戦能力が落ちることはまずない。というかむしろセーブせえよと注意をするレベルだ。

 こと戦闘にかけては、アロイスってばあたしに輪をかけて容赦ないのが通常営業なんだもんなー。

 密閉された空間で発火陣を使うなよ?と念を押したら即座に使おうとするとか。押すなよ押すなよは押せの法則じゃないんだってば。

 なんとかなだめて商館の人間を大人しくさせる方法として、焼死ではない方法を選ばせたけどさー。


 その憂さ晴らしのように、諦めの悪い連中を的にダーツ投げに興じているアロイスを相手にするよりはまだましと見たのだろう。何人かはあたしの方に向かってきたが、そりゃ甘いってもんだ。

 わざわざ陽動に集まって下さった皆さんを抜いてあたしがここまで追っかけてこれたって意味がわからんのかね?

 あたしは、アロイスの足手まといにはならない。

 ついでにいうと針山は絶賛増殖中です。

 先頭の何人かの靴先すれすれ、というかむしろ少し刺さるくらいの勢いで、ぶすっと岩針を生成してやったら硬直した。その隙に、さらに彼らを取り囲むように岩針を大量発生させ、ガチガチガチガチ!とぶつけ合わせてみせたらどんどん後ずさりしていきましたとも。

 むこうが投げてきた刀子?結界の応用であたしが回収して、投げ返してますが何か?うっかり天井にいた不運な蝙蝠に命中させちゃったら、落っこちてきたのが悲鳴を上げてばたばた暴れたりしてたましたが?たよりない灯りのせいで、それがさらに彼らの恐怖の原因になってるようですけど何か?


 ……とうとう彼らが隠し階段を逆走してった後は、アロイスたちとあたしのいるとこ、そしてコークレアばーちゃんが立ってる周辺を除いては、すっかり針の山と成り果てていた。

 

「逃がしてよろしかったのでしょうか?」

(逃がすわけなどなかろう?上は上で閉鎖済みだ。だがこのような場所に死体を転がしておくより、足があるうちに歩いていってくれた方が後始末がしやすかろう)

「なるほど。ならば少々やり過ぎましたかね」


 短剣とか顔めがけて投げつけてたもんなー、アロイスってば。

 本気のアロイスがガチで投げた武器を叩き落とせるほどの腕前の持ち主はいなかったようで、顔を削られたり、腕に刃が突き刺さったまま逃げ出してた人も結構いたもんだ。

 頸動脈や気管をやられたのか、喉をやられた運の悪い数人は死体になっていた。

 だが、彼らだってこっちを殺しにかかってきたのだ、それだけの覚悟があってのことだろうからあたしは何も言わない。

 後味も悪いし罪悪感も消えないけど、それは異世界人であるあたしの感情の問題であって、アロイスの問題じゃない。

 

(と、アロイス。足下に気をつけよ)

 

 水面の結界を解除すると、あたしはてくてくとアロイスたちに合流した。

 動きを止めた岩の針?

 そんなもん、術者たるあたしが砂に変えればふつーの地面ですとも。針状の形は踏みつけるまで変わらないけど。

 うっかりアロイスがあたしの真似をしようとしたので、慌てて彼の周りの岩針には干渉したのだが。


「こんな虚仮威しで、よくも……!」


 怒りの形相で見ていたコークレアばーちゃん、目の前の針山をふんっとばかりに全体重かけて踏みつけました。

 そこ、岩のまんまですから!


 ……えーと。下っ端がバカなら親玉のあんたもバカですか。

 

 聞き苦しい悲鳴を撒き散らしながらコークレアばーちゃんが転倒しかけたので、二次的な大惨事を防ぐのに急いですべての岩針を砂に変えたけど、元女副伯がのたうち回る姿にちょっと頭蓋骨が痛くなったのはナイショだ。

 

「さて。いかがいたしましょう?」

(階上は制圧済みだ。元女副伯ドノから訊くべき事があるにせよ、満潮も近い。一度領主館へ入らぬか)

「さようですね。ちょうど人手もできたことですし」


 アルガのおっさんが、コークレアばーちゃんを背負ってくことが決定した瞬間だった。

 それに『魔術師殺し』に怯えたアルガが従わないわけがない。

 逆らったのは、コークレアばーちゃんの方だった。さすがに悪事をいくつもしでかすだけあって根性が据わってることだけは認めるわ。 


「寄るな下郎。そなたのような者の手にかかるくらいならばこの場で散り果ててくれるわ」


 そう言うと、コークレアばーちゃんはどっから出したか懐剣の刃を自分の首筋に向けた。だが別に手なんかかけてないっての。あんたの自爆だっての。

 それに、寄るなってんなら、お言葉に甘えまして。

 離れたまんま、あたしががちがちに喉から腕まで石で固めてやると、重みにばーちゃんはよろめいた。

 懐剣?刃を岩石コーティングしたところで、アロイスがあっさりもぎ取りましたとも。

 

「そうそう短慮などなさいますな。こちらもたっぷり伺いたいことがございますし、お怪我の手当も必要でしょう。ねえ、元女副伯どの?……そうそうたやすく死ねると思うな」


 ……あのねアロイス。

 踏み抜いた岩針を抜くという口実で、ぐりぐりと傷口を抉ってるって行為も、それをしながら浮かべてる、それはそれは柔和な笑みも怖いが、その冷え切った声が一番怖いです。

 

 痛みと恐怖で暴れる気力もなくなったのか、元女副伯がぐったりしたところで拘束し、アルガに背負わせ、その後ろをあたしとアロイスが歩いていく。

 おー、逃げた人たちが上の方でパニック起こしながら詰まってんなー。隠し通路の入り口に結界立てておいたもんねー。

 んじゃそれを変形してと。

 領主の私室にどかどかと転げ出た連中を結界で固めて、あたしたちも足を踏み入れた、その時だった。


 持っていた枝がリィンと鳴った。


〔ボニーさん!ヴィーリさん!聞こえますか!〕


 スピカ村にいるはずのグラミィの心話がくっきりと届いた。

 いったいなんだっての。なにごとが起きた?!


〔逃げて下さい!魔術士団長(あのバカ)が堰を切り放しました!〕


 なん……だって?!

グラミィ視点で何が起きたかは、ご要望があればアップしたいと思います。

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