撃砕
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
突然ですがここでクイズです。
異世界モノでつつましくしていれば「仕事しろ!」と罵倒され。それじゃあと張り切れば「自重しろ!」と雑言を浴びせられるものって、なーんだ?
答えは後書きで。
へらへらしながら真っ正直に立ち塞がった三人以外に誰か出てくるか、それとも彼らが呼び集めるかと思ったが、そんなことはない。
え、そこまで腕に自信あんの?!
よーし、じゃああたしもがんばっちゃうぞー。
あたしが鎌刃もどきをくっつけた杖を構えると、三人は素早く散開しあたしを半円状に取り囲んだ。
一人を取り囲んでフルボッコにする手順はそれなりに熟練済み、と。ヤな熟練だな。
だが放出魔力の量を見たところ魔術師らしき人もいないみたいだし、いくらあたしが放出魔力を抑えているとはいえ、魔術に対する警戒もしていないようだ。
舐められてんのか、それとも魔術に対する知識がないのか。
……。
ん?
……なんだ今の引っかかりは。
ともあれ、そっちがそうくるなら、あたしもそれなりの対応をしてやろうじゃないの。
さて、地水風火の攻撃魔術を使わずに、どこまであたしがやれるかな?
とりあえず、ご挨拶代わりに。
あたしはぺらっぺらの鎌を大剣の男に振った。間合いの外だが、飛んでくのは結界の刃だ。
鎌刃同様こちらも極薄にしてあるので……。
「な……?!」
すぱーんと相手の剣身が綺麗に二枚下ろしされました。斜めだけど。
あっぶねー……、うっかり拳ごとどころか胴体まで切り割るところだった。
念のため、剣身と相手の身体の間にもこっそり結界張っといてよかったよ。
「ダイ、どいてろ!」
じりじりバックしてた元大剣持ちの男を突き飛ばすように出てきたのは、長剣と盾持ちの男だ。
「俺もやるぞ。合わせろ」
「バぁ言え、ソウの槍もあの骨とは相性が悪ぃ。ダイと同じ目に遭うぞ。オレの後から来い」
へー。
あたしの武器破壊を回避するために、文字通り盾役で出てきたってつもりかね。
だが、あたしが飛ばせるのは刃状の結界ばかりじゃないんですよね。
ついでに言うと、日本語丸わかりっす。
つまりこいつらはあたしが日本語を理解できるとわかっちゃいない、むしろ人間語が理解できるとも思ってないってことですかそうですか。
計 算 ど お り で す 。
ちなみに、あたしが頑張っていかにも非人間的なボットっぽい動き方をしてるのも、さらに侮ってもらうためだ。
この連中みたくゲーム感覚丸出しな相手ならば、ゲームシステムの管理下におけるモンスター、特に雑魚キャラほど動きが雑いという先入観を持っているだろうという読みが当たったようだ。
まあ、確かにボットの思考ルーチンて単純なものが多いからねー。それよりめんどくさいのは中の人が入ってるキャラ相手のPVPだろう。
だけどあたしが得意なのは、どっちかっつーとアクション系より軍事戦略シミュレーション系なのですよ。
つまり、状況を操作し相手の思考を誘導して、特定の行動を取らせるように持っていくこと。
ま、リアル軍事戦略行動に従事してるアロイスや王子サマたちには負けて当然ですがね。なにせ選択肢なんてもんが提示されない状況で、国交にも関係するような戦略級の知略を回してるんだもん、彼らは。
アーノセノウスさんにも及ばないのも自覚してますよ。裏も表も裏の裏も知り尽くしてる上級貴族の権謀術数に先読みってコワイ。
だけど、こと数人相手な戦術レベルならば、選択肢が少ないぶん、あたしにもまだやりようがあるのだ。
「うぉおおおおおお、げふっ…」
離れていれば刃を受ける。受けたらやばい、ならば間合いを詰めて物理で殴ろうと、予想通り素直に考えてくれたのだろう。だがごくろうさま。
盾を構えて突進してきた長剣男には、球状の結界をぶつけて吹き飛ばしておく。
その背後に板状にした結界を、頭の高さに設置しておけば。
はい、ごっつい音とともに動かなくなりました。……首を軸に半回転した上に、べしゃっとダイビング五体投地を決めてたけど。
脳震盪ぐらいで気絶してくれてるといいんだけどなー、頸椎損傷や脳挫傷はさすがにあたしもなんともできません。
つか、そこまで責任見れません、てのが本音ですが何か?
こっちはとことん手加減してやってるんだ。
それでも死んでしまったら、あたしが責任を負うべきは乗っ取られ状態の身体の人の生命を奪ったことに対してである。勝手にモンスター扱いしてきた中の人たち相手になぞ、欠片も罪悪感は覚えませんともさ。
「「ジュン!」」
残り二人が血相を変えた。
確かに、傍目から見れば、死神の鎌で一撃された瞬間斃されたように見えたろうなー。
「ダイ!」
「ああ。……すまんジュン、剣を借りるぞ!」
長剣を取り上げた元大剣男があたしにさらに突っ込んできた。
得物が軽いせいか、確かにさっきまでの大剣よりも剣速は上がっている。長剣男の突撃よりも速い上に、途中でダッキングして剣の軌道に変化すらつけてきた。
だが。
「とっ……?!」
殺った、と思ったのだろうが、残念でしたー。
棒立ちのまま斬りかかられたあたしは、ひょいと上げた左腕で剣を受け止めた。
それだけだ。
至近距離で顔をのぞき込んだ格好になったので、ついでに、ソレガドウカシタノカ?といいたげに首の骨を傾げてやると、元大剣男は声にならない悲鳴を上げて尻餅をついた。
魔術陣と結界のコンビネーションは結構凶悪だ。
あたしが全身を覆った結界に施した魔術陣は、受け止めた武器の運動エネルギーを完全に止めてしまう『静止』である。
以前アロイスに使わない?と訊いたら、『反射』がいいと言われてボツったやつだ。
条件式に『衝撃を与えた瞬間に機能が発現する』ように組み込んでおいたのだが、これは魔術師の目からでも見ない限り、『死神に刃は通らない』という認識ができあがることを見込んでのこと。
ほんというと、長剣男にぶつけた結界にも『反射』を仕込んでおいたってよかったのだが、あれぶつかったところに集中してカウンターダメージがいくからねー。冗談抜きで盾ごと腕を粉砕するとか、頭蓋骨骨折といったあたりに重傷度がレベルアップしてしまうのだよ、ほぼ確実に。
そしてこの世界、HP回復ポーションだの、霊薬だの、蘇生薬だのなんてご都合アイテムは存在しない。
つまりそれは、重傷者が死亡する割合がとっても高いということでもある。
アロイスも自爆的に左腕の骨に罅を入れてたが、あれだって相当な重傷だ。
普通の閉鎖骨折でも折れ方が悪ければ動脈を傷つける可能性だってあるし、骨が肉の外に突き出るような派手な開放骨折であれば、ただの骨折だって生命にかかわるものに格上げされる。そこまでいかなかったとはいえ、アロイスがやらかした罅程度でも、むこうの世界におけるおぼろげな知識によれば、血栓は発生しやすくなる。ものらしい。
それが下手に脳や心臓に飛んだら梗塞起こして死ねますからね。二次的な影響とは言え、やっぱり生命にかかわる怪我になる可能性があるのですよ。
ま、アロイスは自己治癒のコツをつかんでもらったら、左腕も自分であっさり治していたけど。
魔術陣と自己治癒のご利用はぜひとも計画的にしていただきたいものである。コッシニアさんも心配してたし。
あたしは基本自発的に『人殺しをする気はまったくない』し、『可能な限り人殺しを回避するように行動する』ことにしている。
確かにこの世界で自分の身を守るためとはいえ、すでに他人の命を複数形で奪っちゃいるが、それでもむこうの世界で身につけた倫理観を捨てる気にはならない。あたしゃ無抵抗非暴力主義者ではないが、殺人行為に慣れる気はない。慣れたいとも思わない。
それに、この状態であたしが殺傷できるのは、おそらく転生だか憑依だかしてきた人間の『犠牲者の身体』なのだ。ヤるなら器がわりに使われている外側の、こちらの世界の人間ではなく、中身のむこうの世界の人間をヤらなければ意味はない。中身を直接攻撃できない限りは、スクトゥム帝国の皇帝サマ総進撃によるこの国へのちょっかいも、この世界の侵略も止められないのだ。
だから、あたしが今ここでやらねばならないことは、『スクトゥム帝国の皇帝サマたちを無力化すること』だ。
それも、できれば『身体の人を死亡させない』ようにすること、つまりできるだけ身体は傷つけないことが望ましい。
そんなわけで。
今、あたしが狙っているのは――彼らの心をへし折ることだ。
「ダイ、どけっ!」
槍男の声に、ビクッとした元大剣男は、後転してあたしから距離を取った。
が、肝心の槍男の攻撃がない。
後ろを振り向いた元大剣男はヒッと息を吞んだ。
腰が抜けたのか、そのまま手で後ずさってくる。戻ってくるなよ。
……しかも、あたしにぶつかったと知ったとたん失禁しおった。
きちゃねーな。
まあ、仲間の姿を見れば、驚くのも当然でしょうけど。
突撃体勢をとったまま、槍男は硬直していた。
地面から生えた、半透明の白い手に何本も絡みつかれて。
実は、これも結界である。
手の形にした結界で、足というか下半身を中心に全体を固定しているのだが、結界オンリーだと透明なので、『何かわけのわからんものに束縛されてる』としかわからない。それでは恐怖感は薄いので、大気中から集めた霧や煙の粒子を中に入れておいたのだ。
ついでに水分も多めに入れてあるので、ほどよく冷えた感触がいっそうリアルというね。
お化け屋敷レベルのしかけだが、領主館を取り巻いた氷壁のおかげで冷気が供給され、日が昇ってもまだうっすらと霧が漂っているせいで白い手の輪郭線が浮かび上がり、なかなかいい効果を上げている。
逃 げ ら れ る も ん な ら 逃 げ て み や が れ ?
ねえ、『一狩りいこうぜ』気分で人間を殺傷できるような武器を携行し、あまつさえあたしにすら向けてきたのだ。ゲーム系の異世界モノがお好きなんでしょ?
ならばとサービス精神を発揮して、お好みに合わせてあげただけのことですよ。
ただし『一狩りいこうぜ』じゃなくて、ホラーゲーム系に路線を変更、君らの配役も主人公(自称)からやられ役に格下げです。
失禁するほどあたしが怖いかね?
まだまだ、これからもっともっと怖くなるのだよ?
『知っているか、死神からは逃れられない』ってやつですよ。異論は認めません。サービス精神先生の次回作にご期待下さい。
あたしはゆっくりと鎌もどきを振り上げた。
「逃げろ、ダイ!」
「ダメだ、足が、足が動かねえ!」
座り込んでいた元大剣男が悲鳴を上げた。
靴からじわじわ色が変わり、岩石っぽい質感になっていくのは、端からはたぶんどう見ても石化中に見えるだろう。
慌てて見回し、自分の足も、そしてぶっ倒れてた長剣男も同様に石化していることにようやく気づいたのだろう。槍男の目からも、どんどん冷静さを装っていた色が剥げていく。
「た、助けて、ソウ……」
あたしが鎌もどきを振り下ろし終わるのと同時に、手を差しのばした形で固まった元大剣男は沈黙した。
ついでに槍男の穂先も結界の刃でちょんと切り飛ばしてやると、とうとうどっかの線がぷつんと切れたのか、槍男はケタケタと笑い出した。
……えー、ちなみに完全に石化したように見える元大剣男たちですが、全身の表面を岩石でコーティングしてあるだけです。動けばぱりんぱりん割れて粉になる薄さですよ。岩石部分はね。
わざわざ注釈をつけたのも、分厚い見た目の中身が実はほとんど氷だからです。全部岩石にしないのは後始末がめんどくさいからというのが半分、嫌がらせが半分だ。
せいぜいタクススさんの味わった苦痛の数分の一でも体験するがいいさというね。
ここは彼らの現実で、だからこそゲーム感覚のあんたらがあたしは許せない。
そうそう、口の中も見えるとこまで岩石だけでコーティングはしましたが、鼻の穴はしてません。呼吸だけはできるよう、鼻が詰まってないことを祈っといたげよう。
三人とも完全に気絶したことを確認すると、彼らの真ん中に魔術陣を一つ放り込んで、あたしは改めて領主館の大扉に向かった。
彼らが凍傷にならずにすむかどうかは、あたしがこの領主館制圧にかける時間次第だ。
なるべく早く助けに来るつもりではいるけどねー。
来なかったらそれまでのことだからねー。
親切な魔術師でもいて解放してくれるといいけどねー。
今のあたしの辞書からは、自重という言葉も容赦という概念も抜けている。
そいつらはタクススさんを救助した時に、ピノース河をどんぶらこっこと流れてった。今頃は離岸流に乗って、2kmぐらいは沖合に出てしまっていることだろうよ。
結界をぶつけて巨大な扉を手を使わずに開けると、大広間には武装した人間が何人も待ち構えていた。
外に転がしてきたやつの悲鳴が警報がわりになってくれたようだ。
――やっぱり、あの三人組は使い捨ての駒扱いか。
領主館に入れたとはいえ、ともに戦列を組むほど信頼できる相手じゃないという判断だろうな。ある意味正しいと思うよ、うん。
無造作に入っていくと、あたしの背後で扉がばったんと閉じる。ちょっと風をいじって勢いよく閉めただけだが、全員が一斉にびくぅっとするとかね。コントか。
海の男らしく赤い肌に纏うは革の軽い鎧、各々手に持つのが長柄武器なのはまだしも、全員が小剣というにはかなり幅が広く、反りの入った鉈っぽい形の剣を身につけている。
……外見からして、ルンピートゥルアンサ副伯爵の手下か、女副伯にがっつり食い込んでる裏稼業の人間、いずれにしてもアルボーの地元民っぽい。
正規の従士や騎士の姿がどこにもないってあたりが、この副伯領の統治者がどれだけ闇に踏み込んでいるかがよく分かる。
これはアロイスに教えてもらったことだが、彼らは荒くれでごろつきだ。己の腕に強烈な自負を持つが、利益のためなら一致団結して何でもやらかす手合いだそうな。
ま、騎士の偏見も混じってると思うけど、漁師が海賊も兼業していると言われても納得する風貌ですよね、みなさん。
そんな彼らの特徴は――とっても迷信深いことなんだとか。
自分の力に自信があれば、いやあればあるほど運否天賦の生き方をしていれば、神とか運命という壮大なモノの存在を肌で感じずにはおれないだろう。海という人智じゃどうにもならんものを相手にしていればそうなる。
で、そんな彼らが歩く骸骨の姿を見れば、どう思うでしょうかね?
あたしが一歩一歩近づくと、彼らもじりじりと散開していく。自然と包囲された状態になるが、あえて反応しない、ふりをしておく。
それに釣られたのか、真後ろに回り込んだ人間が突っ込んできた。
だがそいつは悪手だ。
あたしには魔力感知能力がある。
いつもはなるべく生身だった五感の感覚を維持しておきたいから自重して、前方中心のティアドロップ型をしたパーソナルエリア内での感知メインに留めているのだが、事ここに至っては切り札の一つでも切る。
あたしを中心とした真円状にパーソナルエリアの形状を変更、ついでに全体の感度も聴覚レベルから視覚レベルに情報処理速度を上げておいたので、今のあたしは『後頭部にも目がある』のと同等の状態になっている。
VRの画像が身体を動かさなくても全方位同時に見える感じ、といっても、グラミィには理解してもらえなかったが、頭上も見えるので○ーグルアー○よりもリアリティ感は上だ。
ま、どこまでいっても疑似感覚なんですが。
だが、こうなったあたしにゃ死角はない!大量の情報処理の負担で情報酔いを起こすのはあとでいい!
ついでに言うならあたしの関節可動域だってけっこうなもんなんですよ。
腕の骨だけ180度回転して、静止の魔術陣つき結界で覆った鎌もどきでひょいと剣を受け止めると、ついでに頭蓋骨もぐるっと180度回転させてコンニチハ。
後ろから殴るつもりなら残念でしたー、と笑いかけてあげたら。
……悲鳴だけはでかいっすね。とりあえず球形結界で鳩尾殴って黙らせましたが。
音響兵器と化して味方まで攻撃すんのは止めなさいって。
ただでさえ理解しがたいモノに人は恐怖を感じる。
それが、迷信深い彼らの目の前にですよ。あたしみたいな存在が立ち塞がり、しかも物理的攻撃の一切が通じず一方的に蹂躙かましてくるとしたら――逃走一択になってもおかしくないわな。
ならば、そうなるように全力で脅かしにかかりますよ!
この先ルンピートゥルアンサ副伯領でだだをこねる子どもを大人しくする呪文として『いい子にしていないと鎌持った骸骨が襲いに来るよ』とか唱えられるようになってもかまわねぇ!ほんとに聞いたらたぶんへこむけど!
さーて、つ・ぎ・は・だ・れ・に・し・よ・う・か・なー?
ぐるりんちょとねじりを戻しながら、さらに頭蓋骨を逆方向にも180度回転させてみせると。
360度横回転しまくる頭蓋骨の不気味さに耐えきれなくなったのか、練度の低そうな人が剣を放り出して叫びながら扉にしがみついた。
だが残念。そこはあたしが閉めたときに、きっちり開かないようにしてありますともさ!
ついでに触った瞬間、拘束結界が起動するおまけつきです。
うじゃうじゃと扉から生えてきた(ように見える)白い手と、それに絡め取られた人の姿に、大の大人全員がパニックに陥った。
だが逃がさねーよ。
奥にいた人間が何事か叫びながら、大広間の出口に突っ込んでいったけど、そのまんま勢いよくひっくり返った。
はい、そちらも結界で閉鎖済みですとも。もともと扉がないアーチ状態だったからって油断したね?
その間もあたしは混乱してるところに突っ込んでって、片っ端から結界でぶん殴り続ける。
魔術師じゃない人間から見ると、鎌もどきを肩にかけた骸骨が前進するたびに、人がふっとんでって気絶するという、なんぞこれなスラップスティックホラー状況。
昏倒させるのに、以前タクススさんに教えてもらった毒を使うというのも考えたんだが、麻痺の効用が強すぎると呼吸中枢も仕事しなくなって窒息死しかねんもんな。それにいちいち口に流し込んで飲み込ませないといかんのですよ。
物理的手段も危険性は似たようなものなのだけど。いや打撃だけじゃなくて、結界で覆って酸欠起こすというのも、脳死状態から完全死亡状態に移行しやすいしなー。
密閉空間にしとくだけで、こんだけ人間がいて、しかも照明に炎なんか使ってたらそれだけでデストラップにしかならないというね。
今度は、なんか催眠作用のある薬でも教えてもらおう。
……そのためにも、タクススさんにはとっとと回復してもらわねばな。
それじゃあ、ペース上げてぶっ潰しにかかりますか!
大広間にいた全員を気絶させ、拘束が終了したところで、あたしは構造解析と隠蔽看破の魔術を顕界させた。
範囲はこの領主館の敷地内、である。
……んー、なるほどねー。そうきたか。
なら。
あたしは、しらみつぶしに調べるように回ることはしなかった。
魔術陣を放り出した大広間から、いきなり二階へ上がると廊下をまっすぐ突き進む。
伏兵がしかけてあるのかなと思ったら、一人も出てこなかったんだよねー、構造解析の反応が。隠蔽看破の術式も顕界させたから、たぶん間違いはないと思う。
大広間で全戦力を集中させて叩くつもりだったんだろうか。ま、戦術的には間違いじゃないと思うけど。
おまけに罠も大量に仕掛けてありましたしね。
最低でも足止め、運が良ければ大広間で戦って消耗した追っ手を仕留めるコンセプトで仕掛けられたものだったんだろうけど、残念でした。
結界使うとたいていの罠は無効化できちゃうんですよ。正確には発動させても一切ダメージリソースにはなりゃしない、ですが。
最奥、領主の私室とおぼしい部屋に踏み込んだ時には、そこはもぬけの殻、に見えた。
だが詰めが甘い。
暖炉の脇の歪んだ壁に結界球をぶつけると、壁石はがらがらと崩れ落ちた。
構造解析どうこうより、石積みがそこだけぐちゃぐちゃだっての。
急いで逃げ出したせいだろうけど、逃走経路を隠す気なら、もっと気合いを入れてきちんと隠さんかい!
あたしは暗闇へ踏み込んだ。
ただし、階段を使わないで、結界で段を作って降りていくあたり、我ながら芸が細かい。
魔力の感知能力が低い人が見れば、宙に浮いてるように見えるかもねー。
加えて、履き替える暇もなかった木靴の固いカツカツという足音が、じつにいい感じの効果音になっております。
べ、別に無駄なホラー演出を楽しんでるわけじゃないのですよ?
これも階段にも罠が仕掛けられてる可能性と、逃げてる集団にスクトゥム帝国の皇帝サマがまだ混じっている可能性を想定してのことだ。
スクトゥム帝国の皇帝サマご一行たちの心を折るというのは、簡単に言うと『この世界でむこうの世界よりイージーモードで、おまけの人生暮らせるぜヒャッハー』とはっちゃけてる、その幻想を叩き潰す、ということだ。
むこうの世界同様、いやこっちの世界の方こそ、努力が結果に結びつかないことなんていくらでもあるのだ。なにせ身分制度がっちがちやし。
あたしだって、まだ生身には戻れないし、食事をするなんてのも夢のまた夢。
ひたすらもがき続けても結果が手に入らぬ、タンタロスの飢渇による苦患。
それを昔の人は『地獄』と称した。
ま、昔の人の考える地獄ってば、肉体的な苦痛メインなんだけど、それさえ除けばあたしたちは生きてる限り――というか、存在する限り地獄にいるようなもんなのだ。
それはこの世界にいたって同じ事。
だが、異世界モノの影響だかなんだか知らないけれど、無駄に苛酷で劣悪な状況に放り込んでも、これは新たな力を得るためのフラグぐらいにポジティブに考える人間が出てきそうってどうよ。相手をする方が疲れるわ。
だったら、スクトゥム帝国の皇帝サマたちには、この世界だってむこうの世界同様に、いやむこうの世界よりも最初から難易度MAX強制発動、チートも蘇生も皆無ってことを思い知らせ、とことん心を折って差し上げるべきだろう。
異世界に身を移したもの、その一切の希望を捨てよー、って方向で精神的苦痛をたっぷりとね。
彼らの心をとことん磨り潰すために有効だろう手段はいくつかある。
1.無駄にポジティヴな自己評価と、楽天的というよりネジが五六本抜けたような状況判断を粉砕する。
2.学習性無力感を植え付ける。
3.盲信させる。
現在のあたしは絶賛1と2実行中です。
なんでかっていうと、これがいちばんやりやすいから。
3は2をやりこんだ後でならやれることなんだが、めんどくさい上にやりづらいんだよねー。
なんでかっつーと、中身の人それぞれの望みをうまく掬い上げて、あたしに投影できるようねじ曲げる必要があるから。
人間ふつーに自発的にやってることではあるのだけどな。
受付嬢の職業上の微笑みすら、自分に気があるあの子というように『解釈』できるという、あれである。
恋とは誤解の上に成立する感情だとは言うが、そういう意味で言うなら、誰も自分のカレカノに、生身でなんか向き合っていないといえる。
だってそうでしょうよ?!トイレに行かず食事も適度、一生年を取らず容色は衰えない、なんて人間がいてたまるかい。
なのに一方的に理想と期待をおっかぶせても、誰も救いの天使、いや神になどなってはくれない。
だけど、理想を『裏切られた』と思い込めば、人間、いくらでも他人を『悪魔』にすることはできるのだ。
これストーカー殺人の構造の一要素ね。
だけど、外見死神なあたしをどう肯定的に受け入れられると?
魅了だか感情探知だかが使えるっぽい王子サマあたりに丸投げれば、盲信は簡単に進みそうだよなー、盲信の反転も起きないだろうけどなー、丸投げできるもんならしたいなー、あたしが悪い警察官役でいいから、誰かいい警察官役引き受けてほしーなー。
とはいえ。
下手にスクトゥム帝国の皇帝サマたちと接触させた場合、その人間がどう影響をこうむるかわからんしなー……あああ。
ともかく、スクトゥム帝国の皇帝サマご一行、一網打尽のかまえは崩さない。
ここで一人でも逃がしたら、あたしの情報がスクトゥム帝国へと漏洩されかねん。そりゃ必死にもなるのですよ。
いちおうボヌスヴェルトゥム辺境伯領の方には密偵さんたちに控えてもらってるけどね。
避難民の中に身を隠すような連中がいることを想定して、『日本語っぽく聞こえる謎呪文』をいくつか教えておいた。
それに反応するようなやつがいたら、仲間の敵だから問答無用で拘束ヨロ、とね。
だが――
一番いいのは、ここですべてに決着をつけることだ。
ルンピートゥルアンサ女副伯のことは、個人的にはおまけです。
急で狭い石段を降りきったところは、舟隠しのようになっていた。
このあたりは魔術で顕界した岩石と自然石が渾然一体となっている。
領主館を建てる時に構築したという岩盤と自然の岩盤、その境目だからこそうまい具合に海蝕洞をつなげたり隠し通路を仕込んだりとやりたい放題してたわけですな。
で、いざとなったら、ここから逃げようって算段でしたかね?
その割に舟はないけど。
……逃げようと思ったら、舟がなかったってヲチですかね?!
あたしが足音高く降りていったせいもあるだろうけど、きっちりこちらに灯りを向けている集団からは真ん中にいるおばちゃんを筆頭に、全員からあたしに対する敵意とか恐怖心とかが吹き付けてくる。
でもいいのかなー。あたしばかりをガン見してても?
「どこへ行かれる気ですかな?元ルンピートゥルアンサ副伯、コークレア・アウァールスクラッススどの?」
ぎょっと振り返った彼らが見たのは、冷笑を浮かべたアロイスが抜き身の剣を手に近づいてくる姿だった。
言っただろうが、逃がさぬと。
挟み撃ち、完・成だぜー!
ちなみに前書きの答えですが「ファンタジー」です。
なんでもありこそ難しいんですよね、書くのって。
そんなわけでちょっと難産な回でした。魔術師の肉弾戦ってどう書けばいいものかと悩みましたよ。
おかげでどんどん骨っ子のラスボスっぷりがアップしております。帝国の皇帝サマたちの情けなさっぷりも。
別連載の方もよろしくお願いいたします。
「無名抄」 https://ncode.syosetu.com/n0374ff/
和風ファンタジー系です。
こちらもご興味をもたれましたら、是非御一読のほどを。
ちょい詰まってますが、なんとかがんばって更新を続けていきたいと思います。応援よろしくお願いいたします。ネタは集めてますんで。




