表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/372

突入

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 あたしは完全に意識を失ってるタクススさんの首に指の骨を当てた。

 脈はある。が、弱々しい。

 呼吸は……しているが、浅い。

 頭からの流血が不安を加速する。

 早く手を打たなければ!


 あたしは速攻フルスピードでピノース河を逆行するのと同時並行で、結界を変形させはじめた。

 いくら霧に覆われていても、謎の推進機関で川を遡上する見えない舟というのは、万が一にでも見られたら不審がられて当然だ。下手に見咎められでもしたら、どんな騒ぎになるかわからない。絡まれでもしたら時間をロスしてしまう。

 河口付近であたしは結界を沈ませた。

 今度はタクススさんが窒息しないように、大量の大気を取り込んだものだ。浮力は重力操作を逆作動させて相殺、川底を這うようにぎゅんぎゅん飛ばす。

 謎の巨大魚発見とか言われそうだが気にしない!

 スピード勝負とばかり遡り、コールナーの魔力(マナ)を目印にざばぁと浮上する。


(戻ってきたか、ボニー。いきなり水に沈むから、二人が慌てていたぞ)

(それは、心配をかけたか)

(アロイスとかいうあの男とのやりとりが『聞こえた』から、説明をしてやった。……その人間が、捕まっていた知り合いか)

(その通りだ。コールナーにも世話をかけた。ありがとう)

(なに、たいしたことではない)

 

 結界の重心を動かして、ずりずりとタクススさんを水揚げしていると、コッシニアさんとアルベルトゥスくんが木立の奥から走り寄ってきた。

 

「シルウェステル師!……っ!」


 結界を開放すると、コッシニアさんが一瞬ふらりと後ろによろけた。

 魔力の反応もないが、アルベルトゥスくんどころかコールナーさえもたじろぐとか、いったい何の攻撃だ?!


(ボニー。臭い。その人間)


 思わず身構えたが、コルに嗅覚を共有されてあたしも理解した。

 ……半分海水に浸かったとゆーに、目に刺さる勢いの匂いってどんなんよ。しかもコル自身は、コッシニアさんたちが出てきた、川岸から離れた木立の影にいるってのにだ。

 だが、清拭はともかくタクススさんの身体を洗ってやる時間はない。傷の手当てが先だ。


(コールナー。すまぬが、匂いが不快であったら風上に遠ざかっていてくれぬか。それと、草を少々もらうぞ)

 

 あたしは箱橇(はこぞり)のような足つきの台を石で作ると、結界の刃を放った。

 馬たちのいるさらに10mぐらい向こうの草原、高さ30cmくらいのところで3m四方ぐらいをざくっと刈り取り、そのまま別の結界へイン。手元に移動してくる間に熱風乾燥をしておく。

 自重なく魔術を使いまくった草の穂を台へ敷き詰めれば、ほかほか殺菌済簡易ベッドの完成である。

 因幡の白兎の怪我に効いたような薬効成分のある草でもあればいいのだが、あいにく冬枯れの草原から刈ったのはからっからの茎がらばかりが目立つ。

 それでも、クッションがわりにはなるだろう。

 アルベルトゥスくんを手真似で使って、あたしはタクススさんを重量軽減を施したベッドごと、慌ただしく木立の影へと運びこんだ。


『タクススどのは救助できた。だが見ての通り負傷し衰弱している。介抱を頼む』

「わかりました」


 息も絶え絶えの様子のタクススさんを見、あたしの筆談に頷いたアルベルトゥスくんは、早速自分の顔に布を巻くと、焼石を取り出してタクススさんに抱かせた。

 ……タクススさんの身体は血の気がなかった。冬の、しかも早朝の海水に浸かっていれば冷え切るに決まってるじゃないか。

 温度を知覚しづらいとはいえ、全く気づけてなかった自分に舌打ちしたい気分だ。舌すらないけど。

 結界すら今の状態では張り続けてやることもできない。

 砦で張ったような保温用に術式をいじった結界は、まだ魔術陣化したことがない。あたし自身が張ることは可能だが、術者であるあたしがこの場所を離れたら解けてしまうものなのだ。

 そして、ここにいる三人の中で、最も早く動けてアロイスのサポートができるのはあたしだ。結界維持のためだけに留まり続けるというのは……難しい。

 ……まあ、タクススさんから漂うというか噴出している悪臭を密閉した空間というのもイヤなものがあるけど。

 

 荷物をほどき始めたアルベルトゥスくんの隣で、あたしはヴィーリから預かっていた種を四方に飛ばした。

 特にタクススさんの周囲に蒔いた種には、魔力を注いで発芽と生長を促す。

 気休め程度だが、この木々に布を吊せば少しは風よけになるだろう。

 ついでに石で壺を顕界し、お湯を満たしておく。

 (コルやレムレ)たちを洗ったげた時よりけっこう熱めなのは、冷めてぬるくなることを想定してだ。柄杓と桶っぽいものも作ったげたから、適当に水で割って使ってね。

 清拭用の布を桶風物体でお湯に浸しだしたアルベルトゥスくんを尻目に、あたしはコッシニアさんに近づくと文字を綴った。

 

『彼はルンピートゥルアンサ副伯爵家の悪事をあばく生き証人だ。すまぬが、傷の手当てをコッシニアどのに願いたい。王都へ生かして帰さねばならぬ』

「お任せくださいませ」

 

 コッシニアさんの顔も変わった。

 アダマスピカ副伯爵家のっとりを画策し、サンディーカさん以外の肉親を奪い去ったも同然のルンピートゥルアンサ副伯爵を追い詰めるためなら、彼女はなんでもするだろう。

 今だけは、それがありがたい。だって副伯爵家とはいえ貴族の御令嬢に、病人、それも男性を裸に剥いて治療してくれなんてこと、普通は頼めんもの。

  

 もちろん、コッシニアさんは普通の副伯爵家令嬢ではない。

 サバイバル技術のエキスパートの彼女なら、的確にタクススさんの傷の処置をしてくれるだろう。アロイス相手の傷の手当ても、なかなか堂に入ったものだったし。

 それでも、酷なことを頼んでることは自覚してる。


 傷からして、タクススさんが強く頭を打ってるっぽいことも気にはかかっている。

 だが、レントゲン装置もMRIも持たないあたしには、これ以上タクススさんの状態に打つ手がない。

 ならば、別方面で手を打つべきだろうね。骨の手でも有効打が出せるのならばよろこんで。

 

『彼を頼む。わたしはこれよりアロイスを追う』

「かしこまりました。シルウェステルさま、どうかアロイスを頼みます」


 あたしは頷き返すと、またピノース河へ向かった。

 と、念のために。

 あたしは、いくつか細工をした結界を、高台の上空に向け飛ばしておくことにした。

 いちおうあのあたりも城壁と同じ機能を持たせてあるのだろうが、空に炎が映っているところを見ると、アロイスの陽動を防ぐことはできなかったのだろう。いい感じに彼も暴れているようだ。

 だが、だいぶ上流の、それこそアルボーの城壁付近にまで火の手が上がってるって。いったいナニをしたアロイス。

 そりゃあ、投石帯(スリング)使うと石弾が100mぐらい楽に飛ぶって知ってるけどさぁ!

 それ以上遠くにも煙が見えるんだけどさぁ!


(ボニー)


 内心頭蓋骨を抱えてたら、コールナーが『声』をかけてきた。


(知り合いを取り戻したのに、また行くのか)

(アロイスがまだ向こう岸にいる。それに、悪いやつを放っておくと、また同じ事をされかねないのでね)

(されるかどうかもわからないことを?されたときにやり返せばいいのではないか)


 不思議そうな思念にあたしは苦笑した。

 グリグもそうだったが、彼ら魔物たちや馬たちと話をしていて違和感を感じるのは、こういうところだ。

 彼らには、過去はあっても未来はない。

 過去の学習や記憶が影響を及ぼすのは、今現在のこの瞬間でしかないということだった。

 どんなに心話が通じても、どれほど心を開いてくれても、ヴィーリとはまた違う意味で、徹底的に彼らと人間は違う種なのだと思い知らされる。

 

 コールナーは、魔晶(マナイト)採りらしき人間に何度か襲われたことで、人間というものに対する警戒心を持った。

 だが、彼は、人間が二度とやってこないようにするために、自分の領域に霧を張り巡らす、なんてことはしない。その都度撃退してくれば事は済むと判断する。

 物事を予測し、さらに未来に手を加えるために争いすら起こす人間たちとはどうしても異質な存在なのだ。

 だからこそ、――これ以上人間たちの争いに、そしてあたしの予測が正しければ、向こうの世界から中の人だけやってきた転生者たちの侵略行為に、できるだけこの世界を、コールナーを巻き込みたくはない。

 綺麗なものが破壊される様子に快感を覚えるような、歪んだところはあたしにはないのだから。


(大丈夫。わたしは、まだここにいる。心配してくれてありがとう)

(しっ……!心配など、しておらぬ!)


 鼻腔を赤らめてコールナーが後ずさった。かわいいなぁもう、このツンデレめー。


(それに、アロイスもわたしの仲間だ。今は彼の身も取り戻してこなければならない)

(仲間というものは、それほど大切なものなのだな)


 あたしは頷いた。

 

(コールナー。岸近くにはこれ以上近寄らぬ方がいい。アルボーの人間に、部分的に霧が濃いことを不審がられたら、今度は君の身が危険になる。美しい君が人間に傷つけられるようなことは起きてほしくない)


 本当のことを言えば、コールナーの身の安全ということを考えるならば、自分のねぐらであるマレアキュリス廃砦に彼だけ戻ってない方が不思議なくらいなのだ。

 それをここまで、心話ではなんだかんだと言いながらもあたしたちにくっついてきてくれているのは、『害意を持たない相手に対する淡い友好関係』における、彼の好意以外の何物でもない。

 その好意に、あたしは危険性の示唆という情報ぐらいしか返すことができない。


(君がわたしの仲間とともにいてくれることは確かに心強いし、ありがたいと思っている。だが、それでもし君が傷でも負うような羽目になったならば、わたしは悔やんでも悔やみきれない。どうか、自分の身の安全を第一に考えてくれぬか)

(わかった)


 コールナーが遠ざかるのを見て、あたしは再びピノース河へと飛び込んだ。

 

 流線型結界に骨身を包んだあたしが今度向かったのは、ピノース河からアルボー内へとつながる水路だ。

 アルボーでは道と水路がほぼ同等の役割を果たすという。馬車より荷の運搬が楽という意味では舟の方に軍配が上がるレベルで。

 ……まあ、下水道も兼用らしいですが……。

 そのへんは、水も漏らさぬ結界で防護している上に嗅覚のないあたしには、わりと問題ないことだけどな。


 しかも、そのぶん整備がされまくった水路伝いなら、あたしもアルボーの中をわりと目立たずに移動ができるのだ。結構な高速で。

 船底を見ながら水路の底を這うように移動すれば、下手な波もたちにくいしね。

 橋の下とか人目を引かないところで時々浮上し、眼窩だけ出して周囲を確認する。

 だが水路の高さだといまいち視線が通らない。魔力感知能力も水中からでは範囲が狭められる。

 おかげでどのあたりにアロイス本人がいるのかわかりづらいことこの上ない。喧噪が伝わってくるのは……一街区ぐらい向こうからか。

 とりあえずそっちへ近づいてみるか、と再度沈もうとしたところだった。


 急激に騒ぎが近づいてくると思ったら、隣の橋たもとに飛び出してきたのは、その張本人らしきアロイスだった。

 剣だの包丁だの棒だのいろんな得物を持った人たちに追いかけられてるあたり、放火してる最中に見つかったんですかあんたわ。


 それでもまったく平気な顔で十数人と渡り合うあたりが、アロイスのすごいところだ。

 小馬鹿にしたように回避行動をとりつつ、どうしても避けられないところだけを左手の小剣ではじき、右手は魔術陣をぽんぽん投げてます。

 右手をこねるように動かすだけで、いくつも球形の魔術陣を取り出しては投げつけ、追っ手に的確にヒットさせる様子は、まるで奇術師のようだ。

 時にフェイントを入れて距離を取り、さらにあちこちのかくしから弾を補給する動きがさらにその印象を強める。

 

 ……魔術陣そのものを投石がわりに人に投げつけろ、とは言ってないんだけどなぁ。あんな使い方してたら使い切りかねんだろうに。

 しかもそれに逆上した追っ手が走り抜けた後、人がいなくなったところでさらに発火するんですよアレ。なんつーハメ技ですか。

 陽動兼攪乱係としては存分に仕事してますけど、そろそろ撤退させるべきだろうなー。


 そんなことを考えるあたしが見ていると知るよしもないアロイスは、ちょっと人数の減った集団を相手に、一人大立ち回りを続けていた。

 つか、いつの間にやら着実に追っ手の数を減らしてるし……。

 

 アロイスは橋のたもとから橋の上に後退していた。

 たもとより幅の狭い橋の上ならば、たとえ一度に数人が向かってきても、取り囲まれてフルボッコという事態は避けやすい。後はぐるっと回り込まれて挟撃される前に、ほどほどなところで切り抜けて移動するつもりかなと見た。

 だが土地の利は向こうにもあった。

 長棒を抱えていた一人が、橋の脇に留めてあった小舟を足場に、小剣で正面から斬りかかってきた男と呼吸を合わせるようにして、横から突きを繰り出してきたのだ。

 それもアロイスは体勢を崩しながらも回避、刃を強引に左手の小剣で受けた。

 が、キンという金属音とともに飛んだのはアロイスの小剣だった。

 水路に落ちたのでこっそり回収しといてやろう。

 会心の笑みを浮かべた相手が小剣で斬りかかってくるのを、アロイスは左の籠手で受けた。あたしが結界の魔術陣を仕込んでおいたやつだ。

 よおっし、結界発動、無敵状態発生!

 ……と思っていたんだが。

 

 たしかに結界は武器を通さず壊れなかった。結界自体の強度もあるが、球形というのは強い形だからだ。

 だけど球形って、安定も悪いもんだね。うん。

 

 結果。

 

 踏ん張りが効かずにアロイスの方がものの見事にふっとばされました。

 ビーチボールのようにてんてんと橋の上を弾んでった結界は、唖然とした連中の目の前でそのまま通りをごろごろ直進してって……あ。消滅した。

 

 中でぐるぐる回転してたアロイスは、結界が消えるやいなや跳ね起きた。

 そのまま勢いを殺さずに角を曲がり逃走していった、ように見えただろう。

 怒号とがたがたと橋を踏みならす音を残し、連中が通りを走り抜けてった後。

 水路を回り込んで追いついたあたしは、アロイスの隠れていた物陰に近づくと、心話で話しかけた。


(アロイス、大丈夫か。目が回っているなら、しばらく動くな)

「シルウェステル師?御無事でしたか」

(わたしは無傷だ。ここにいる)


 水路の小舟の影からこっちこっちと腕の骨を振っておく。ついでに全部情報を伝えておこう。いいことも悪いことも残さずに。

 

(タクススは救助した。今はコッシニアどのとアルベルトゥスに手当を任せているが、状態はあまりよくない。発見した時にはいたるところに怪我を負っており、意識もほとんどない状態だった。捕まっていたのは、領主館から抜け道でつながっていた商館の地下牢だ)

「なんですと?!」


 小声とともに、すごい速さでアロイスの顔が逆さに河面をのぞき込んできた。

 あれだけぐるんぐるん回転してたのにもう回復するとか。三半規管もお丈夫なようでなによりです。


(商館に偽装した領主の地下牢か、それとも商館で人身売買した人間を領主館に引き込むための通路かは知らぬ。だが、いずれにしても行われていたことはろくなものではあるまいよ。そこでだ、そろそろ陽動より、本来の目的である女副伯の身柄確保に移らぬか?)


 アロイスが一も二もなくうなずいた直後、ピノース河の方から大きな爆発音がした。

 あ。発動した。

 

「いったいなにをなさったんですか!」


 ぎょっとした顔で振り返ったアロイスは、ひそひそ声で怒鳴るという器用なことをやってきたが。

 

(単なる虚仮威(こけおど)しにすぎんぞ?)


 気付け兼消毒用の蒸留酒を少量と、現地調達した針葉樹のヤニを結界に放り込んだものがネタのね。

 針葉樹からは、うまくすれば揮発性の高い青葉アルコールなるものが採れるらしいが、そんなことができる時間も設備もないので、あるものでありあわせただけだ。

 ただちょっと、結界と魔術陣の組み合わせが加わると凶悪になるだけで。


 結界を薄くしたら、取扱注意の危険物になった。

 ならば、もっと厚くできないかという実験もしてみたことがある。それはわりと簡単にできた。

 今爆発した結界は、その厚み部分に発火の魔術陣を刻んでみたものだ。

 火は外にしか顕界しないようにしてあるため、なんだか動きと見かけが人魂っぽくなったけど、人間の頭上数メートルぐらいの高さって、なかなか気づかれないもんである。しばらく怪しまれずにすんだのはそのせいだろう。


 魔術陣を刻んだ結界というのは、以外と長く保つもののようだ。

 とはいえ熱を遮断するようには構築したものではない。

 外からじわじわと熱がかかることで、中のアルコールと松脂もどきもすっかり気化していたのだろう。

 結界という狭い空間の中で気化したことで、内圧も高まっていただろうね。

 ほんでもって、火事につられて視線の上がった誰かさんが、人魂風味な何かに石でも投げた。

 もともと脆く作って置いた結界はあっさり壊れてガスに引火。

 で、大・爆・発と。

 なに、河の上空をふわふわ漂うように設定しておいたので、爆風も炎も街に及ぼす影響はたいしたことはないだろう。爆発音だけの紙火薬みたいなもんだ。

 ……薄い結界よりもかえって危険物になってんじゃねーかとか、ホントのことを言うでない!


(それより、追っ手らの目をそらしたのだ、今のうちに)

「わ、わかりました」


 アロイスは慌ただしく、あたしの側に飛び降りた。

 ……おい、あたしの足の骨踏んでるぞアロイス。


 あたしは領主館の敷地内にある礼拝堂の内部へと侵入した。

 海神マリアムを祀ってある関係とかで、このあたりは例の魔術で構築した石だけでなく、さらにその下の天然の岩盤がのぞいており、そこに穿たれた海蝕洞がぽっかり口を開けている。

 ま、そんなに大きくないですけど。武装したカシアスのおっちゃんなら、必ずどっかでつっかえて身動き取れなくなるんじゃないかってサイズ。

 しかもほぼ垂直な縦穴ともあれば、こんなとこから侵入してこようなんて酔狂なヤツぁ、あたしぐらいなものだろう。

 なに、満ちつつある潮の流れに沿って入り込み、ついでに海面に張った結界を足場に思いっきりジャンプしたら開口部に届いちゃったってだけなんですがね。

 海蝕洞の開口部は大きさが井戸っぽい上に、間違えて人が落ちないようにするためか、周囲に枠をきっちり設けてあった。

 そのせいで、出てくる時にはほんのり白ワンピースにロングヘアーで有名な某怨霊さん気分になったりもしたが、あくまで気分だけね。

 今のあたしはマントのフードを跳ね上げて頭蓋骨をさらしている。ついでにシルウェステルさんの杖には鎌の刃っぽく魔術で生成した金属をくっつけてある。

 ま、軽くするため鎌刃自体はぺらっぺらの板状である。もちろんそれだけでは殺傷能力なんてない。

 だが骸骨が鎌持ってるという、この姿にこそ意味があるのだ。

 そう、死神コスですよ。怨霊さん気分よりこの外見が大事。

 ……いちおう意味があんのよ?ただの遊び心だけではない。


 何をもって常識とみなしているかは、その人によって違う。

 特に転生者というやつは、ある程度むこうの世界の常識をひきずっている。

 むこうの常識フィルターを介して解釈するなら、たしかに今のあたしの外見は死神以外の何者にも見えんだろうさ。

 ただし、これはあくまでも、『むこうの世界における西洋風の死神』なのだよ。


 威圧抜きのただの骸骨を、この世界の人間は死神とは思わない。

 そのことに気づいたのは、山の砦から王都までの道中までのことだった。

 確かに一度ぎょっとはするが、それは思ってもなかったところで死体を見たという驚きが主成分のようだ。

 骸骨とは死の具現化イメージというより、『操屍術師(ネクロマンサー)に操られた死体のなれの果て』とか『自律型骸骨』扱いなのだよ。あたし調べだけど。

 唯一アロイスのみが、あたしに抑えきれぬ恐怖を感じ、急襲してきたこともあったが、それは魔喰ライ恐怖症をこじらせてのこと。

 

 つまり、この格好はあぶり出しなのだ。

 この領主館内にいて、今のあたしを『死神』として認識する人間は、中身が転生者という可能性が高いと判断してもいいだろうというね。

 スクトゥム帝国とルンピートゥルアンサ副伯爵がつながってるという人的証拠を確保するには、いい手だと思うのですよ。

 

 で、だ。

 彼らがスクトゥム帝国の皇帝サマたちが今のあたし(死神)を見たら、どう動くだろうね?

 

 あたしは岩を生成すると、領主館の正門にドンと降らせた。

 門番っぽい人が近くの小屋から飛び出してきたが、人力でどうにもならんサイズですからねそれ。


 まずは、皇帝サマご一行だけでなく、ルンピートゥルアンサ女副伯からも、『逃げる』という選択肢を封じる。

 ここ領主館の敷地はアルボーのミニチュア版のようなもので、城壁の簡略サイズな石塀によってアルボーの街区からは切り離されている。

 あたしはその外側に、あらかじめさらに高い氷の壁を張っておいたのだ。

 門を潰したのはむしろダメ押しに近い。

 さーて、それではカチ込みと参りましょうか。

 門番さんの両手両足に石枷をつけて転がすと、あたしは悠然と領主館の正面へ向かった。

 その前に立ち塞がったのは、武装した三人の男性だった。

 外見こそこの国の人たちとあまり違いのない、銅色に近い金髪碧眼だったが。


「へー、こんなモンスターポップすんだ。初めて見た」

「ランシア地方の情報ガイドになかったけど」

「んじゃレア度高み?ボーナス期待できるかなー」


 あたしの前に立ち塞がった三人は、それぞれの得物を構えながらじつにお気楽な会話を交わしてくれたもんだ。

 ()()()()()()()

 

 帝国の皇帝ご一同サマがあたしを見て、『逃げる』以外の選択肢を取った場合だって、とうに傾向と対策を準備しておりますとも。

 この世界をゲーム的に認識してる連中ならば、あたしを『死神』と認識したとしても、『死の具象イメージ(概念)』というよりも、『そういう外見のアンデッドモンスター=倒せる相手』と見なす可能性がある。

 ならば、そういう連中の反応は、『一狩りいこうぜ』になるかもなーとは思っていたけどさ。

 ここまで予想通りかというのも。なんだかガッカリ感がハンパないもんだなー……。


 ただ、彼らが今ここにいる、ってことで見えてくるものはけっこう多い。

 例えば、『一狩りいこうぜ』ってノリで襲ってくるには武装が不可欠だ。

 彼らも格好からして傭兵スタンスで潜り込んでいたのか、それぞれ槍と、大剣、長剣という新品っぽい得物を構えちゃいるが。

 そんな物騒なモン日常的に持ち歩いてる連中って、忌避されるのよ、普通は。


 むこうの世界における武士や、こっちの世界における騎士や従士のように、日常生活の中で武器を帯びていることが当然という人間には、それなりの身分がある。

 そしてちゃんとした身分がある人間ならば、一般人相手に、問答無用で武器を振り回すような無理無体はしないという、信用というか社会的な暗黙裡の認識がある。

 これがあるからこそ身分社会が成立していると言ってもいい。

 なのに、そういったカテゴリにおさまらず、何の意味もなく常に重装備してるような人間ってのは、いつどっちへその刃を向けるかわからない危険な存在だと自己主張してるようなもんだからねー……。

 そんな人間、誰が受け入れると思うかね?

 実際、むこうの世界で傭兵というものが発達したのも、銃火器の発達により騎士が凋落しはじめたからだし。それも、名を売って信用を得た傭兵団というものはそれなりに記録に残っているというが、いつごろつきとの境界線を踏み外すかわからんフリーの傭兵というのは、真っ先に敵にぶつかってもらう損耗対象だったらしいし。

 日本の戦国時代で落ち武者狩りなんてもんが争いの後に行われたのも、敵は残らず討ち取っとかないと思わぬところで復讐されかねんから、懸賞金で安全を買っとこうという勝者の危機管理と、近隣に定住していて迷惑を被った農民たちの、武装兵が盗賊化した場合の危険性を排除するため、兼、憂さ晴らし、プラス金目の物の剥ぎ取りといういろんなニーズが絡まり合ったものらしいしねー。


 つまり、そんな危険人物を自分の本拠地である領主館の敷地に置いているということは……ルンピートゥルアンサ副伯、あんたスクトゥム帝国との結びつきも、謀叛の意図も隠す気ないでしょ。

 何も隠さないっぽい姿勢は、皇帝サマたちも御同様なのかな。

 いや、日本語で会話してるのも、近くにいるのかもしんないルンピートゥルアンサ副伯の配下にはわからないようにというつもりなんだろうけどさー。

 むしろあたしにとっちゃ推測の裏付けくれてありがとう、なんですよ。

 ねえ、人的証拠一号さんたち?

いよいよアルボー蹂躙開始です。

別連載の方もよろしくお願いいたします。

「無名抄」 https://ncode.syosetu.com/n0374ff/

和風ファンタジー系です。

こちらもご興味をもたれましたら、是非御一読のほどを。

ちょい詰まってますが、なんとかがんばって更新を続けていきたいと思います。応援よろしくお願いいたします。ネタは集めてますんで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ