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潜入

本日も拙作をお読み頂きまして、ありがとうございます。

 ルンピートゥルアンサ副伯領最大の港にして領都であるアルボーは、海に頭を向けたてるてる坊主か、シーツ一枚かぶったおばけのような形をしている。

 鍵穴型というにはウエスト部分がルーズすぎてなきに等しい。

 その裾の部分に城壁があるのは、いちおう城塞都市ということなんだろか。

 頭のてっぺんというか、領主館のある突き出たところにも海岸沿いに城壁があるにはあるんだけれども。

 城壁と言うよりは城塔とそれに上るための階段と遮蔽といった、周辺施設だけが点在してるような感じらしい。

 言われてみれば、あたしが視認した限りでもそんな影が見えたような……?

 てか、そんな守りは大丈夫じゃない。問題だらけだろうが。

 いや、曲者(あたしたち)には、とっても都合がいいんですけどね?


 あたしたちはそのてるてる坊主のルーズなウエストあたりの、対岸へ来ていた。

 この辺りは塩分にも強い性質なのか、針葉樹っぽい木々が潮風を遮るようにそこそこ生えていた。

 おまけに、馬たちの身体すら覆い隠すほど丈の高い、アシのような草が密生したまま立ち枯れている。身を隠すのにもうってつけだろう。

 けれども、このあたりは河口近くということもあり、かなりの低地だ。

 いくら引き潮を狙って上流の堰を落とす手筈になってるとはいえ、冠水してしまえば泥に足を取られる。退避するのも困難になるだろう。

 だからあたしはアロイスに、コッシニアさんとアルベルトゥスくんには、この後もっと離れたところに移動してもらうようにと伝えている。寒さは昨晩発火の魔術陣に乗せて暖めておいた焼石でそれぞれしのいでもらう作戦だ。

 いくら見通しの悪い茂みが目隠しになってるからって、火を焚くのは危険だしね。

 炎の光は案外目立つ。アルボーから視認されたらここに不審者がいるぞーって目印も同然、それはさすがにまずい。おまけに足下は泥炭湿地、下手に火がついたらこの湿地帯全部が燃え尽きるまで延々燃え続ける危険性もある。

 

 ほんと言うと、二人は砦に置いてくるつもりだったのだよ。

 体力的にアロイスより劣る彼らには、連日の強行軍はちときつい。それに、馬の足でも数時間、それだけの距離がある砦の中にいれば、どんだけピノース河の水かさが増しても大丈夫だろうと。

 だけど、コールナーと最初に約束したことだったのだ、夜明けまでには彼の拠点から出るってことは。

 できれば今からでも二人をコールナーの領域に入れさせてほしいってのが本音ではあるけれど。その代わり二人には、潮が引き始めたら上流を目指すようにと伝えてある。

 ユーグラーンスの森のあたりまで行けば、ヴィーリがいる。あたしとグラミィの公式ストーカーの条件として協力を依頼している以上、最低限あたしの同行者である彼らの命ぐらいは保証してもらえる、んじゃなかろうか。たぶん。


 コールナーに頼み込んで二人をなんとか庇護してもらえないか、というのはあたしも考えたし、アロイスからも言われたことだ。

 だけどあたしは、その方法を敢えてとらないことにした。

 アロイスからも散々文句は言われたけどね!ちゃんと理由があるんだよ!


(アロイス。彼は敵ではないが味方でもない)


 ほんのり仲良くはなれたけど。

 でもそれはあくまでも、『害意を持たない相手に対する淡い友好関係』というやつにすぎないのだ。もともと人間に対していい感情を持ってないコールナーだ、早速利用したがるとこなんて見せたら、本格的に忌避されて、二度と話もできなくなるぞ。

 あんな美しい生き物に近づけなくなるとか嫌われるとか、なんて損害だ。

 

「わが国のとは申しますまい。せめて、シルウェステル師の味方になってはくれないでしょうか?」


 難しいと思うぞ。

 味方をしてもらうには、それなりの見返りってもんが必要なのだが、それが確約できない以上は、無理な負担を押しつけることはしちゃいかんだろう。それこそようやくできたうっすい信頼関係すら粉砕しまくりですよ。


(わたしが陛下よりいただいた権限は、ルンピートゥルアンサ女副伯の身柄を拘束し、アルボーを陥す、この状況に限られたものだ。彼に確約できるものをわたしは何も持たない)


 今後の状況がどう変化するかが全く読めない以上、またこの低湿地にくるからという約束すら、いや逆に二度とテリトリーを侵犯しないということさえも約束できないのだ。

 

「ならば、せめて魔晶(マナイト)採りの出入りをわたくしが禁じると伝えては」

(アロイス。そなたの一存で、本当に、破棄の可能性が皆無な約定を結びうるのか?)


 空約束をするなんてのは論外だ。

 心話で嘘はつけない。

 ちゃんとした実利を与えるには、それなりの権力というものが必要だ。

 例えば、コールナーの身の安全を保証するために、あたしたち以外の人間、魔晶採りたちとかもこの低湿地帯から閉め出すという、アロイスが提案したような約束をするにしてもだ。

 ここを領地と見なしている人間の、許可なり委任なりがなければ、その約束に効力はない。

 加えて、生計をぶっつぶした彼らと、魔晶供給先の魔術特化型貴族たちの恨みを片っ端から買ってもかまわないというだけの力がいる。こっちは武力でもかまわんが。

 アロイスがルンピートゥルアンサ副伯領を掌握するというのなら、魔晶採りへの規制はそれなりにかけられるだろうけどね。

 そう伝えると眼を細めてアロイスは考え込んでいた。

 絶対悪巧みで脳みそがぎゅんぎゅん高速回転してる顔だったね、あれは。


 というのが、昨晩というか深夜の一騒動だった。のだが。


 ……なんでついてくるのかなコールナー。単なる野次馬?じゃないよね?

 そりゃまあ確かに、君が一緒に来てくれたおかげで、あたしたちはわりといいスピードでここまでたどり着けたんだけど。


(ボニーたちが我が領域から出ていったと見せかけて、また戻ってくることのないようにだ)


 心話の中身こそ、今は敵じゃないらしいけど、まだ警戒なんて緩めてあげないんだからねっ、と言わんばかりだが。

 そっぽ向いたそぶりしながら、ちら、ちらと横目であたしたちを見てるのがねー。どんなツンデレさんですか。


(またいつか、叶うことがあるならば。マールムを持って、きみを訪ねてもいいだろうか?必ずとは言えないけれど)

(……ブラシも持ってくるなら、待っていてやってもいい)

 

 あー、もうもうもう、めんどくさかわいいなぁコールナーってば!

 馬たちがからかうように鼻を鳴らすわけだ。


 コールナーがここまでデレてくれたのはマールムだけなのか、ブラッシングのせいもあるのかはわからない。

 突然の邂逅に興奮気味だった生身組を、朝が早いからと、なんとかなだめてもっぺん休ませた後。夜明けが来るまで、あたしは彼に許可をもらって触れさせてもらったり、おしゃべりをしたりしていたのだ。


 ちなみに、彼がこの湿地帯という汚れまくりそうな環境にいながら、じつに綺麗な毛並みをキープしてるのは、全身に魔力(マナ)を濃くまとっているからだとか。身震いすればだいたいさらっとまとまる毛質なせいもあり、泥跳ねもほとんどなく、たとえついてもとれやすい、って、地味っぽいけどどんなチートですか。ヘアケアに悩むむこうの世界の女子の妬みを買い占めそうだなーもう。

 それに、あれだけ濃い霧の中にいたから、身体もじっとり濡れてるんじゃないかと思ってたんだが、そんなことはないそうな。

 あの霧は彼が操っているものだから、身体に触れないよう、ちょっと離れたところに作成するのも簡単なんだとか。


 ……そりゃぁ、あたしの魔力ソナーが利かないわけだよ。どんだけ全身に魔力を濃くまとってようが、そのコールナー自身が操る魔力が全体に回ってる霧とか、透過なんてできないもの。

 謎は解けた。


 霧や雨などで濡れることはなくても、寒いものは寒いとかで、暖房係はとっても喜ばれました。

 喜んでくれてなによりでっす。

 だからといって、コールナーに発火の魔術陣を預けるわけにもいかないんだよねー。

 なにせ、もとは放火攪乱用の小道具です。

 そりゃあ、岩を丸彫りしたこの砦ならば、延焼の危険性も低いとは思うよ?

 だけど、魔術陣なんてものは基本一度魔力を流せばそれが尽きるまで機能するもんだからね。条件式をよほど丁寧に組まない限り、ずっと発火し続けるのだよ。オンオフなんてできないのです。


 ならせめて、あたしがいるこのときぐらいは暖かく、居心地良くしたげよう。

 そう思って、生身組の安眠を妨害しないように、そーっと静かにコールナーにブラッシングしてあげてたら、痒がってるところにダニっぽい虫がくっついてるのを発見したり。


 脚の付け根とかって、確かに自分じゃ見づらいとこだよねー……。

 それに、虫は魔力による威圧にも反応しづらいもんなぁ。それはイヤってほどあたしも経験したからよくわかる。

 もちろんコールナーも虫除け対策をしていないわけじゃない。泥浴びをした後で、霧を操って全身を自分で洗ったりもするそうなんだけど、泥の中にも虫はいないわけじゃないだろうし。


 ちなみにダニもどきは、ピンセット風味を作成して近づけ、じわじわと熱をかけていったら生命の危機を感じたのか、ころりと外れたのでつまんで魔術陣の炎にイン。

 だけど、むこうの世界でも吸血性昆虫は病原体の媒介者になる。

 この世界ではもっとやばいような気がするので、あたしはかるく傷口から血を絞り出すと、よ~く水で洗い流し、傷口を乾燥させたところで気休めかも知れないが、持ってきた蒸留酒で消毒をしてあげた。

 包帯とか血止めといったものはしなかった。コールナーが嫌がったのと、魔力の多いものほど傷は自分で治しやすいという自己治癒の法則があるからだ。 

 だが、コールナーがまた虫にやられても、あたしが運良く気づいて取ってあげられる、なんてことはないっぽいんだよねー。

 そこで、草を燻した煙に当てると、虫害を少しは防げるらしいよーとタクススさんにもらった知識を教えてあげたのだが、彼は炎を操ることはできないというので、この対策はお蔵入りになった。

 

 コールナーの力は霧、つまり水を操る力のようだ。グリグんが風を操ってたのと同じだろう。

 グリグん同様ステルス機能持ってたのも当然だわな。

 まあ彼の場合、グリグんの魔力オンリーなものと違って、霧と複合することで、霧そのものを巨大な目隠しとして、自分自身の気配や存在感といったものだけじゃなく、魔力そのものすら隠しきってしまうという、さらにグレードが上なものなんだけど。

 だからこそ、魔力にのみ頼ってたあたしは感知できず、匂いか、それとも蹄の微細な音が焼け締まった土地に伝導したのを感知した馬たちだけが反応できたというわけなんだが、……それがなんだかちょっと口惜しい。

 今度ここに来たら、必ずコールナーがあたしを見つけるよりも先に、あたしがコールナーを感知してやるんだから。


(できるかな?)


 からかうような心話にあたしはコールナーの首筋をぽんと撫でた。


(やってみなくてはわからない。そうだろう?)

 

 そう、やってみるまではわからない。

 それはこれからやらかす潜入だってそうだ。


(アロイス。行こう)

 

 コールナーが操る目隠しの霧に加え、河面から立ち上る霧のおかげで、肉眼で見通せる範囲が非常に狭くなっているのは、馬たちに視覚を共有してもらって確認済みだ。今がチャンスだろう。


「シルウェステル師、船は」


 そんなもんいらん。


 あたしはひょいと河面に足を下ろした。

 正確には、河面に張った結界の上、だけどね。


 結界は魔術陣で作成するような球体で顕界するだけが能じゃない。いろいろ変形可能なのである。

 以前もアロイスを捕縛したときに、ドーナツ型にしたことがあるし、王猟地のお屋敷に潜伏してたときには実験で小盾サイズの結界を作ってみたことがある。

 結界の術式は硬度を高めれば高めるほど、大きく張れば張るほど、長時間顕界を維持し続ければするほど魔力を多く使うようだ。

 おそらくは、物理的な干渉能力が高いほど、鉄や木でできた実物の盾を創り出すのと同じ効果が見込めるからなんだろうな。


 じゃあ、防御のインパクト部分に一瞬だけ顕界したら魔力節約が可能なんじゃね?


 そう思ってアロイスやカシアスのおっちゃんに協力してもらって実験してたんだけど、怖かったのがそのフチ部分。

 結界の厚みなんて概念的なもんだと思ってたから、顕界した時の厚みなんて、正直あってなきがごとしに設定してたのよね。

 どれだけ厚く張ろうが防御能力に変わりないんだもん、と思ってたからなのだが。

 その薄ーいフチにぶつかった『剣』が。


 すっぱり綺麗に先端を切り飛ばされちゃいました。


 ……あかんやつだわこれ。

 乱戦でうっかり使ったら、至近距離で火球ぶっぱするトリガーハッピー(魔力酔い連中)とバトルジャンキー集団どころの危険性じゃない。

 ちっちゃい結界振り回しただけで周囲の人間の乱切りができてしまうわと、グラミィやカシアスのおっちゃんたちとも意見が一致しましたとも。


 そんなわけで、盾型結界開発はお蔵入りしました。


 でも、その結果が役に立ってないわけじゃないのだよ。

 結界を小舟の形に展開すると、あたしはアロイスを手招きしながら杖の端を突き出した。

 あ、結界の縁はさすがにカールさせて丸めてあります。危ないからね。

 

(アロイス。杖に捕まって水面に足を下ろせ。霧の流れで結界の形を読め)


 ぱかーんと口を開けたままのコッシニアさんとアルベルトゥスくんを置いて、あたしとおっかなびっくりのアロイスは川岸を離れた。

 結界を維持しながら、その後部から気流で風を作る要領で、水流を噴出させれば……。

 はい、音の静かなウォータージェット方式です。

 川の流れに逆らって上流にも動くのにはアロイスも驚いてたみたいだが、ぼけっとしている暇はないのだよ。


(どのあたりにつければいい?)


 あのあたりに、と指を指されたのは水面近くまで段差の刻まれた船着き場ではなく、そこからちょっと離れた岸壁の高いところだった。

 そのてっぺんを乗り越えられる高さに上らせろと。

 その挑戦、受けて立とうじゃないの。


 結界をさらに階段状に変形させ、足を置く場所を杖で示してやると、カンのいいアロイスはとっとと上っていった。

 ……これから数時間、彼は単独行動となる。

 いろいろ小道具は用意してあげたが、女副伯の首ないしは身柄の確保、ならびにタクススの保護というのは結構大変なミッションだろう。がんばれよー。

 木靴から履き替えた革靴を見上げ、乗り越えたアロイスに手を振って離れようとした、その時だった。


 海の方角から、爆発音が響いた。

 

 アロイスが鋭く息を吞む。


(あれは領主館の方角だな?)


 アロイスは小さく頷いた。


(わたしが海から行こう。そなたはそなたのなすべきことをせよ)


 ためらったようにアロイスが口を動かし、別の言葉を形作った。

 アルマトゥーラ(武神の)プレディーウム(ご加護を)

 ご武運を、か。


(そなたもな)


 言うやいなや、あたしは結界をさらに変形させるとそのまま川底に沈んだ。


 海の爆発。

 あれはたぶん、あたしの魔術陣の火球だ。


 あたしがタクススさんに渡した魔術陣は二つ。

 タクススさんから離すと作動する条件式つき火球の魔術陣。

 そして、もう一つは、魔力吸収陣を破壊すると作動する、結界の魔術陣だ。


 火球の魔術陣の条件式には、タクススさんの魔力パターンを照合する機能を組み込んである。

 といっても、タクススさんの魔力の大きさ、色、形、これだけしか判別しない。魔力識別についての知識があったら対抗手段が思いつくだろうものだ。

 むこうの世界の500円玉の方がよっぽど精巧じゃないかと思うくらいの雑さだ。


 それでも、その火球が『今頃になって』作動したということは、二つの意味がある。

 一つは『タクススさんが、火球が顕界する時点までは確実に生きていた可能性が高い』ということ。

 そしてもう一つは『タクススさんが、たった今窮地に陥っている可能性が高い』ということだ。

 

 直立姿勢のまま、川底まで深々と沈み込んだあたしは、足先から頭蓋骨のてっぺんまで結界でくるみこむと海へ向かった。

 ウォータージェットは当然のことながらフルスロットル、水の抵抗を限りなく減らすため、極端なほど流線型に維持している結界は、呼吸の心配をせずともすむ、あたしならではの超コンパクトサイズである。

 おかげで自分でもちょっとありえね?と思う速さで海へ出た。だが河の水流に押されてこのまま沖へどんぶらこってのはごめんだ。


 ぐるりと岸沿いにてるてる坊主の頭を半周したあたりで、いったん浮上して頭蓋骨だけ水面から出す。

 霧すら赤く染める炎が東雲の空に立ち上っている。

 あそこか。

 もう一度水中に潜ろうとして……あたしは動きを止めた。

 何か、丸いものが海面を移動してくる。

 ように、見える。


 まさか、な。


 あたしは頭蓋骨を出したまま、結界を岸へと近づけた。

 ぼんやりとしたシルエットだった塔がみるみる近づく。アロイスに教えてもらったところによるとあれがルンピートゥルアンサ副伯の領主館でー。炎が上がっているのが領主館の近くにある建物……じゃねえなこれ。

 崩れて丸見えになってますが、領主館から、ばっちり地下道掘られてますYO!しっかりつながってるじゃないですKA!

 緊急時の抜け穴用の仕掛け屋敷だったのか?

 いや、そらまあより城壁に近いところにあるから、海に逃げるには必要なのかもしらんが。

 その大きく崩壊した建物の中身が問題だ。

 ……なんで地下室が鉄格子で区切られまくってんのさ、ええ?

 どう見ても個室的牢獄がずらーりですよ。

 上の方はちょっと裕福な商家って感じに見せかけてあるのに、地下がこれって。

 コールナーが言っていた『夜中に海から聞こえてくる泣き声』のもと、つまり人身売買用だろうか。それも領主が直接関与していると見ていいだろうなこれ。状況証拠はばっちりだぞアロイス!


 その鉄格子が暴風に吹き倒された草のようにへし曲げられてるのがはっきりわかるほど、海岸に近づいた時。

 海面を滑るように沖へと向かってきていた巨大ビーチボール状態の結界が霧散するのが見えた。

 中に入っていた、小柄な人影は……タクススさん!


 あたしは大急ぎで海に沈みかけるタクススさんを、結界を小舟状にして持ち上げた。

 手足だけじゃない、顔も傷だらけだ。髪の毛がべっとりと……これ頭からの出血が止まってないのか?!

 いったいどんな拷問を受けたのか。

 靴もなく身につけているものは襤褸くずだけだが、これは見えないところにも怪我をしているかもしれない。

 いや、それだけじゃない。

 あの魔薬、夢織草の毒を喰らわされてる可能性も大きい。意識が朦朧とした様子なのは、ひょっとして。


(タクススどの、聞こえるか?わたしが誰かわかるか?)


 あたしはぺちぺちと軽くタクススさんのほっぺたを叩きながら心話で呼びかけた。

 確かに心話は秘匿事項にすると決めたことだけど、四の五の言ってる場合じゃない。


「っ、ぅ……」

(水だ。飲め)


 あたしはゴブレット型に石を、水をその中に顕界するとタクススさんの口もとにさしつけた。

 貪るようにすすり込み、むせる背中をなで下ろす。

 ……このやつれっぷりを見るだに、満足に食事も与えられてなかったんだろうな。

 苦しそうに咳き込みながらも、登り始めた朝日にあたしの頭蓋骨をそれと見分けたか。タクススさんの髭に覆われた顔がわずかに明るくなった。

 

「ぼ、…」

(無理に喋らんでもよい。アダマスピカ副伯領は正当なる統治者の手に受け継がれた。残るはここアルボーのみ。そなたのおかげだ、タクススどの)


 ひび割れたくちびるがかすかに笑ったようだった。


(アロイスもともに来ている。戻ればわずかながらも酒もある。祝杯を挙げるまで、もう少し耐えられるか?)


 はい、気つけ兼消毒用にお高い蒸留酒を荷物に入れてきてます。500㎖ペットボトルよりちっさい小瓶ですが。

 

「ぼ、に、どの、に」

(なんだ?)


 心話でやりとりをしながらも、あたしは結界を動かし始めていた。

 コッシニアさんは薬学の心得があったはずだ。早くタクススさんの手当をしてもらわねば。

 タクススさんの体調が移動に耐えきれるようなら、今のうちにアダマスピカ副伯領内へ引き上げてもらった方がいいかもしれない。


「お、むかえ、いただくとは」

(うむ)

「ぼう、が、いの、よろ、こ、び」

(喜ぶのは、陛下より直々にお褒めの言葉を頂いてからにせよ)


 だから、王都までこの冬のランシア街道を行けるくらいには、なるべく早く体力を戻さないとな。

  

「あろい、す、どの、が」

(アロイスがどうした?)

「おられる、な、ら」


 肩で息をしながら、タクススさんは奇妙なほどはっきりと笑った。


「後顧の、憂い、は、ござい、ませぬ。よろ、しく、お頼み、申し上げ、ま」

  

 最後の息が無声音になり、がくりとタクススさんの腕から力が抜けた。

 

(タクスス?……タクスス!)

ようやくボニーの目的の一つ、「タクススさん救出」が目の前まで来ましたが。

潜入したアロイスはどうしているのか、はたしてルンピートゥルアンサ女副伯は捕獲できるのか?

ミッションコンプリートといきますかどうかは次部以降にて。今しばらくお待ちください。


別連載の方もよろしくお願いいたします。

「無名抄」 https://ncode.syosetu.com/n0374ff/

和風ファンタジー系です。

こちらもご興味をもたれましたら、是非御一読のほどを。

ちょい詰まってますが、なんとかがんばって更新を続けていきたいと思います。応援よろしくお願いいたします。ネタは集めてますんで。

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