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『白き死』

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 この濃霧の中では昼も夜もないようなものだ。と思っていたけれど、陽が落ちればちゃんとそれなりに暗くなるものである。

 ならば生身の人間には休息の時間が必要というものだ。

 単身ルンピートゥルアンサ副伯領都であるアルボーに潜入してもらうアロイスには、とりわけ必要だ。

 

「周囲に岩壁があると、意外と野営でも暖かいものですね。風が防げるからでしょうか」

 

 そんなことをコッシニアさんが言っていたが、アルベルトゥスくんが首を傾げてるとおり、それは違う。

 大広間の空間内にあたしが結界を張っているからというのが大きいと思うよ。

 体育館の中にテントを張ってるようなもんだと思いねえ。防風はもちろん、暖房代わりに発火している魔術陣で暖められた空気が逃げないようにしてある。

 もちろん、ある程度の換気能力はつけてあるけど、虫や霧もこの中には入ってこないようにしてあるし。

 なにより直に石の床の上で火を焚いてるおかげで、床もほんのり底冷えがしなくてよろしい。生身に冷えは大敵だからね。

 

 明日の朝に、というか今日の真夜中過ぎに、あたしとアロイスはアルボー近郊にまで突っ込んでいく予定だ。

 満潮が明日の午前中に起こり、干潮は短い日の暮れかかったころに起きるというのが、星見台からもらった情報だったからだ。

 夜明け前の警備が手薄になる時間帯にアロイスをアルボーに滑り込ませた後、あたしはピノース河で待機していてアロイスの補佐をする。いろいろと。

 その間にじわじわと潮が満ちてきて、引いたころにスピカ村の堰が切られるわけだ。

 アロイスに渡しておく放火用の発火陣も、50ほど揃えれば十分だろう。

 

 しかもだね。

 あたしは砦の外に出て、馬たちの身体から洗い流した泥を少々掬ってきた。

 乾燥させたところで炎の中に投げ入れる。と、物の見事に泥は燃えだした。

 推測通り、ここは泥炭湿地だったようだ。


 冷涼すぎる湿地というのは、水の中に堆積した動植物の死骸が腐りにくい場所でもある。環境的に泥炭ができる条件を知っていたことと、ぬちょぬちょしたぬかるみが微妙に繊維っぽいことに気づいたのでひょっとしたら、と思ったら正解だったようだ。

 これと発火陣の組み合わせって、極悪じゃね?

 泥炭も少量アロイスには持たせておこうかと思う。数時間燃え続ける発火陣をこの泥炭でくるんでおけば、条件式以上に発火までの時間は延ばすことができる。外見泥団子じゃあ子どものいたずらにしか見えないだろうし。

 むこうの初動が遅れれば遅れるほど、乾燥した泥炭はいい延焼材になることだろう。


 と、放火魔みたいな準備ばっかりじゃない。

 あたしは火の番かたがた、いくつか別の魔術陣もこしらえていた。

 まず、結界の魔術陣は必須だよね。

 たった一人の実働部隊として身体を張ってもらうアロイスの分はもちろん、コッシニアさんとアルベルトゥスくんの分もだ。彼らにだって状況によっちゃ身体を張ってもらわらねればならなくなるかもしらんのだ、詠唱の暇がないかもしれないならそれ相応の防御策を与えておくべきだろう。

 加えて、魔力吸収陣もうまく使えないかとあれこれやってみたり。


「シルウェステル師、それはどのような効果をもたらす陣なのですか?」


 ……あのねぇ。

 コッシニアさんとアルベルトゥスくんも、なんで眼を爛々と輝かせてあたしの作業を見てるのよ。

 何度筆談で寝ろっちゅーた後だかわからんのだよ、この状態。

 魔術師である以上、彼らも魔術ヲタなんだろうし、その気持ちはわからなくもないが、いいから寝なさい。休息は大事です。

 それにだ。


『この陣は失敗だ。廃棄する。もう今夜はこれ以上考察することはない』

 

 あたしは筆談で示すと、魔術陣を刻んだ球を握りつぶした。


 あたしが作ろうと思っていたのは、魔晶(マナイト)っぽい何か、である。

 魔術師二人に渡しておけば魔力(マナ)切れの心配をしなくていいかなーと思ったんだよぅ。

 

 魔晶は簡単に言うと、何かの弾みで高純度の魔力が固形化するまで圧縮したもの、というよりも、何かしらの実体物を中心として、魔力が凝縮したもの、であるらしい。

 場合によっては小石が後には残るらしいから、魔力だまりの濃厚な大気中の魔力が、石に蓄積されてったんじゃなかろうかとあたしは考えてる。

 四元素魔術を構築するときも、もっとも顕界するのに魔力が必要だったのが、常温状態では唯一固体である石だったってことを考えるとね。気体である大気よりも固体である岩石の方が、魔力の受容体としては容量が大きいんじゃないんだろうかという推測は、そうそうトンデモ方向ではない気がしたのだよ。

 あたしがヴィーリ式魔力量増大法で、シルウェステルさんの骨の中に魔力をため込むことができるのも、魔術師のみなさんが髪の毛を魔力タンクにしているのも、そういう理屈によるんじゃないかと思えば納得ができるしね。

 なら、石を作るのに魔術陣を刻むことはすでにできてるわけだから、石に魔力吸収陣を刻めば魔晶ができるんじゃないかなーとね。


 吸収した魔力を石が放出しないようにするのは、割と簡単だった。

 陣そのものが術式の顕界まで魔力を必要とするものだし、陣自体に魔力が蓄積される余地があったからだ。

 魔力吸収陣だけを刻んだ石がじわじわ魔力を蓄積してくのを、こっそりわくわくしながらあたしも見守っていた。眼球ないけど。

 だのにだ。

 

 そろそろいーかな、と思って試しに疑似魔晶を使って、術式を顕界してみようと思ったら。

 まっーったく使いもんにならなかったのだよ、これが。


 あたしが指の骨でつまみ上げてる間も、たしかに周囲の魔力を吸収することはしてる。

 だけど吸収するばっかりで、その魔力をいざ術式の構築に使おうとしても取り出せないというね。

 むしろ魔力豊富なあたしからもさらにちゅーちゅー吸ってんですけど、コイツ。蚊かよ。

 

 イラっときたので、パキッとな。

 悪即斬じゃないけど、不快即壊とばかり魔術陣を砕いたら、魔術師二人組に身構えられました。

 どうやら術式が暴発する時のような危険性を想定したらしいんだけど、そもそも他人の術式破壊して魔力吸収するのはあたしの得意技ですからー。

 自分で作った魔術陣なんて壊せて当たり前ですとも。

 あふれた魔力?あたしの夕食ですが何か?

 自給自足っぽいけど。

 ……だーかーら、コッシニアさんもアルベルトゥスくんも、目を丸くしてないでえーかげんに寝なさい。


 ようやく三人とも眠りについた後も、あたしは夜なべ仕事の仕上げに入っていた。

 アロイスは服のあちこちに武器を仕込んでいる。が、薄手の革籠手にまで仕込めるようにしてあるとは思わなかった。

 なかなかかっこの良い革手袋、といった趣のやつを借りると、思わず落っことしそうになるほど重いとはどういうことかね。

 よくよく調べてみると、手首のスリットには金属片が入っていた。棒状の手裏剣に近い形状なとこを見ると、手首の防護強化兼投擲武器、といったところだろうか。

 と、いうことは。軽い打撃ぐらいならここで受けて跳ね上げることができるということだよね。

 あたしはそのスリットに、棒手裏剣ごと入るような薄さに調整した、『魔力吸収陣が破壊されると発動する』条件式つき結界の魔術陣を仕込んでおいた。タクススさんにも渡したものだ。

 もって数秒、だがその間は無敵状態になれるようなものなので、武器が砕ける反射の魔術陣よりは使えるはずだろう。結界が効力を失うまでは、アロイスからの攻撃もできなくなる。だけど魔力感知能力の高い彼なら、体勢を立て直して反撃のタイミングを量ることもたやすいだろう。


(ボニー)


 ん?!どした?

 馬たちの方を見ると、コッシニアさんの(カスタ)と眼窩が合った。


(外。いる。なにか)

(……りょーかい。教えてくれてありがとね)


 アロイスに心話をぶつけて起こし、素早く事情を説明すると、今度はアロイスが魔術師二人を起こしてくれた。

 とはいえ女性のコッシニアさんにも遠慮なく、敷いて寝ていた鞍下――馬に鞍を乗せる前に敷く厚めの敷物のことだ――を思いっきり引っ張るというやり方だったけど。

 いや手っ取り早いし、女性の身体に触れちゃいかんってマナーがあるのかもしらんからいいんだろうけどさー。

 せめて恨めしそうな目と文句ぐらい受けつけてやんなさい。今はそんなことも言ってられないんだろうから、後でたっぷりな。


 そんなオモシロ状況とは正反対に、あたしはけっこう緊張していた。

 外の気配がまるっきし読めないのだ。

 カスタが声をかけてくれた直後から魔力をパッシブソナーがわりに展開しているのだが、……なんだろうこの手応え。

 外は荒涼とした冬枯れの湿地だ。がらんと広がった空間なはずなのに、……なんか、こー、ぶにょんとした個体とも気体ともつかないもので覆われてるような、不思議な感覚だ。

 人間というか、生物がいるのかどうかすらもジャミングされたようにわからない。

 この状況でよくも馬たちが何かを感知できたものだ。あたしの魔力探知も、思ってるほど高機能ってわけじゃないのかな。


 あたしがひっそり悩んでいる間も、全員の迎撃体勢は整っていた。

 直線的な攻撃しかできない魔術師組は正面から狙撃の体勢を取り、アロイスは素早く入り口の死角となる壁に身を隠す。

 あたしはというと、アロイスと反対側、だけど入り口からは見える位置に立っている。

 魔術師組よりも入り口から近いところで放出魔力を増やせば、警戒心を煽るいいデコイがわりになるだろう。

 あたしに注意がそれれば、アロイスの不意打ちも有利になるというわけだ。


(ボニー。来た)


 ヴィーリの(ステッラ)の『声』とともに、カツカツと蹄の音が砦を登ってくる。

 アルベルトゥスくんが緊張したように杖を握り直したとき。

 あたしの脆弱な結界を破り、一気に濃厚な霧の塊が侵入してきた。


 なんだこの雲海に突っ込んだような状況。生身組のうろたえるような気配が伝わってくるが、さすがにこれじゃあたしにも何も見えない。

 風で上空へ霧を払う。

 と、そこには霧よりも純白な体躯が、あたしとアロイスの中間あたりに立っていた。


 それは、美しかった。

 月長石(ムーンストーン)色の角はさほど長くないが、優美に枝分かれして反りを打ち、天井の穴から差し込んだ蒼銀の月(カルランゲン)の光を跳ね返す。

 わずかに残った霧の粒子に反射するのか、周囲にまとう光が光背か炎のようにゆらぎ、動き、形を変えて見せるさまは強い魔力のうねりとあいまって、畏怖というより感動を覚える。

 真珠か透石膏(セレナイト)のような毛並みさえ、睥睨する菫青石(アイオライト)色にはかなわない。

 なんて。なんて。

 

(何者だ、おまえた(なんて綺麗なんだろう!))

(な……なに?!)


 銀色に見える蹄が微妙にぶれた。

 あ、心話に出てた?

 

(すまない、あんまり君が綺麗だったもんで、つい)


 警戒心すら消え失せるほど神秘的な外見だけでなく、『声』も素敵だ。

 コルやレムレたちの声がパンフルートだとすると、まるでパイプオルガンのように荘重さすら感じるのは……ああ、これ、『声』の『音域』が広いだけじゃない。『声』そのものも大きいんだ。グリグんとは比べものにならない。

 

 ……。

 …………。

 …………………。

 ……ってことは……

 

 おそるおそる振り向くと、生身組の全員が顎を落っことしていた。

 デスヨネー。


「う……一角獣(ウニコルレノ)が喋るなんて。聞いたこともありません!」


 落ち着け、アルベルトゥスくん。杖落っことしそうになってるぞ。

 魔力の感知能力が高い面々なんだもん、そりゃかれの心話の強さなら、アロイス以外にも聞こえておかしかないとは思ってたけど。

  

(あたたかいな、ここは。なぜ?)

(ああ、ちょっと工夫をした。そんな端っこより中に入った方がもっと暖かいよ。おいで)


 あたしが歩み寄ると、慌てたようにアロイスが飛び出してきた。


「危険です、シルウェステル師!それ以上近づかれるのは!おそらくこれが『白き死』です!」


 いや警告するのにわざわざ不意打ちの有利を捨ててくれたのはわかる。

 それに、アロイスの言葉に間違いはない。だけど。

 

(彼は言葉が通じる。それに理知的だ。話ができるのならしておきたい)


 心話で伝えながら、あたしはアロイスに杖を渡した。

 だいじょぶ。話ができればグリグんだって最後にはうまく誓約ができたんだ、ということにしておいてくれ。

 

「……成算がおありなのですね?わかりました」

 

 そんなもんはないけど。平和裡に事を納められるならそうすべきでしょ。こんなところで君らを消耗させたくないし。

 だから、魔術師組もその杖は下ろしてね?

 

「コッシニアさま。ここはシルウェステル師にお任せすべきではないかと」 

「いえ。それでも制圧の備えは必要でしょう」


 ……そういう感覚になってしまうのかー。どんだけ苛酷な状況の中生きてきたんだろうな、コッシニアさんてば。

 念願の心話初体験というに、警戒心をすてきれないとか。

 でもね。


(アロイス。コッシニア嬢に伝えてくれぬか。『魔獣というだけで警戒を覚えるのは仕方のないことだとしても、攻撃の意図を向けている人間に彼も警戒を覚えずにはおれまいということもわかってはもらえないだろうか?』と。『少なくとも、一部の人間よりもはるかに彼の方が話がわかると思うが?』)

 

 なにせ、なんかしようと思ったんなら、あたしすら感知できない状態で好き放題やられてたかもしらんのだぞ?

 おまけに、いくら魔力をケチってヤワに構築しといたとはいえ、あたしの結界をノータイムで破壊できちゃうとか。

 ギリギリまで近寄られて移動速度に物を言わせて、問答無用に攻撃をかませられてたら、こっちも無傷じゃいられなかったのだ。

 それをわざわざ蹄の音をたてて接近を知らせてくれるあたり、親切じゃないか。

 それに、生きてないって理由で、いきなり問答無用で攻撃されることもしょっちゅうだったあたしにとっちゃ、生きてる人間と比べて骨差別されないってだけでも、まだありがたいんだけどな。


 そうアロイス越しに伝えたら、コッシニアさんが突然涙目になって崩れ落ちた。


 ……あ。

 そういえば、彼女にも思いっきり殺意の高い攻撃かまされてたっけ。

 いやいやいや!コッシニアさんからは謝罪も受けてるから!もう気にしてないから!


 思わぬノーコン流れ矢を飛ばしちゃったが。

 なんとかなだめてね、とアロイスに丸投げると、あたしは『白き死』と向かい合った。


(わたしの連れがすまない。彼らの非礼を許してやってはもらえないだろうか)


 この通り、と深々頭蓋骨を下げる。

 魔獣に人の礼儀が通じるかはわからない。

 ましてや異世界の謝罪が通じるかなんて、もっとわからない。

 それでも、気持ちは心話だけでなく、身体言語でも伝えられるものなはずだ。

 ま、あたしの身体は借り物の骨ですが。


(お前たちはいったい何者なのだ?)

(わたしはボニーという。シルウェステル、とも呼ばれているがどちらで呼んでくれてもかまわない。後ろの人間は剣を帯びている男がアロイス、杖を持つ方がアルベルトゥス。女性はコッシニアという。馬たちはレムレ、コル、カスタ、ステッラ)


 よろしくーというように馬たちが鼻を鳴らすと、魔獣の後ろに伏せていた耳が次第に立ち上がってきた。

 

(なぜここへ来た。ここは我が領域(テリトリー)の最奥だ)

 

 あや、そうだったのか。

 ……なるほど、この城の灌木の実が喰われてたのも、彼のデザートだったと。


(それは、重ねてすまない。できるだけ早く、少なくとも夜明け前には出ていくから)

(そうすると、あたたかくなくなるのか?)

(まあ、そうなる。しかしここは、君の寝床なのだろう?)

 

 水たまりだらけのこの湿地では、碌に落ち着けるはずもない。

 この大広間まで、馬たちがスムーズに登れるほど瓦礫が取り除かれてたってのも、おそらく彼がここを拠点にしていたからなんだろうし。


(……夜明けまでなら許す。あたたかいから)

(それはありがたい。なら、もう一度結界を張り直してもかまわないかな?この空間を暖めるのに使っていたんだが)

(……わかった)

  

 目こぼししてもらえるなら、いくらでも暖房係を務めようじゃないの。

 その上、こんなに綺麗なものを思いがけず間近に見られるとは。いやあ眼福眼福。

 うっとりと眺めていると、菫青石色の瞳が懐疑を含んだ。

 

(……いったい、おまえたちは何をしにきたのだ?我を殺しに来たのか、それとも捕らえに来たかと思ったが)

 

 え?なんでそんなことしなきゃいけないのさ?


(君は生きているからこそ美しい。それに、綺麗な君には、柵も(くびき)も似合わないのに?)

(わかっているではないか)


 彼は誇らしそうに輝く角を軽く振った。

 ……なるほどね、こんな低湿地まで踏み込んでくるような訳ありの人間、イコール攻撃してくる動物、という認識だったのならば、ここまで警戒心ばりばりだったのも無理はない。

 だからあたしが霧を晴らした途端、魔力を放出してみせたのか。

 脇廊から逃げようと思えば、悪路だが道がないわけじゃないし。

 たいていの人間や動物なら、あたしサイズの魔力で威圧すれば問答無用で逃げるもんなー……。

 あれ。つーことは、最初から『追い払う』つもりで『攻撃する』つもりはなかった、ってことなのかな?

 会話の通じる馬連れとはいえ、自分の寝床に入り込んでいるような連中を排除するにしては、ずいぶんと平和主義なやり方だろう。ひょっとしたら、襲いかかってくるような人間相手にもそんなことをしてたんだろうか。

 ならば、逃走途中に必需品を忘れてったり落っことしてったりして、飢餓や疲労で湿原に吞まれた人間がいたとしても、そりゃ彼らの自己責任だわなー……。

 一晩暖房係ぐらいで寝床に滞在まで許してくれるなんて、めちゃくちゃ寛大といってもいいだろう。

 

(悪い奴らが河口近くの街にいてだね、知り合いが捕まっているようなんだ。ここは、彼を取り戻しに行くのに、一晩休むのに使わせてもらっただけだ。君を煩わせるつもりもなかったし、敵対する気もない)

(そうか)


 アルボーのイメージを送ると、どうやら納得してくれたようだった。


(アロイス。話はついた。夜明けまでならここにいてもいいそうだ)

「それは僥倖ですね」


 ほんとだよ。穏便にすんで助かった。


「まさか、馬たちが心を開くだけでなく、魔獣とも語らうとは……」


 アルベルトゥスくんが呟いたが、心話ってのはそーいうもんなんです。そこそこの知性があって理性的な相手なら、ちゃんと意思が通じるものなのだ。たとえそれがグリグんみたく鳥頭でも、馬たちみたいに本能に忠実でも。

 嘘もつけないけどね。


 でも、嘘がつけないって、それだけで貴族にとっちゃめっちゃ大きなデメリットだと思うんだけどなぁ?

 だから、コッシニアさんもそう眼を爛々とさせないでくれなさい。自分のものにしたからって、使えるとは限んないんだからさ。

 つか、立ち直り早くね?

 

(人も人を狩るのだな)

(まあ、そういうこともある、と思ってくれるとありがたい。基本的にわたしたちは、しないつもりだが)


 それでも、むこうが攻撃してきたから、危険から身を守るためだから、仲間と敵対しているから……いろんな理由であたしはこの世界で人を殺した。

 小隊規模、分隊規模とはいえ集団を殲滅したこともある。それを人狩りと言われたら、否定はできない。


(ここは海から風が届く。風に乗った音も)

(どんな音が?)

(人の泣き声、だと思う)


 ぎょっと、あたしたちは顔と頭蓋骨を見合わせた。


 この世界で、夜中に船を出すことは、まず、ない。

 理由は簡単、危険だからだ。

 危険を冒して夜中に出す船があるならば、それはおそらくただの漁船などではない。文字通りお天道様の下ではできないようなことに使われた可能性が高い。

 しかも、そこから人の泣き声が聞こえた、ということは……。


(方角は?)

(海。日が沈む側)


 おおまかに北西方向ということになる。

 そして、西へ、ジュラニツハスタを通り越して、さらに海岸づたいに南下していけば……。


 そこには、スクトゥム帝国が、ある。


 ……ルンピートゥルアンサ副伯爵家の悪事、状況証拠ばっちりじゃん。


(確かめたかったことの一つだ。ありがとう)


 状況証拠はいいけど、王宮で反逆罪を宣告するには証人能力がありませんがね!

 彼を連れてくなんてできない。

 ならば。


「確たる証拠を抑えればいいのでしょう?」


 アロイスは満面に笑みを浮かべた。怖いよ。


 さて、お礼もしないと。

 馬たちの挨拶が通じてるっぽい以上、彼も草食系、なんだろうな。

 ベリーっぽい実を食べてたらしいところを見ると、甘い物も好きらしいけど。

 なら……。

 あたしは食糧袋をごそごそすると、マールムを取り出した。


(何だ、それは)

((((マールムー))))


 ……馬たちよ。君たちの分じゃないの、これは。

  

(見たことがない)


 このあたりにゃ木自体が少ないもんね。マールムの木なんてないんだろう。


(おいしいのか?)

(おいしい)(好き)(ほしい)(食べる)

 

 だかーら。

 な・ん・で、君らが答えるのさ。興味がわいたのか、そわそわしてる彼の様子がかわいいから許すけど。

 

(食べるかい?)


 差し出すと、彼はあたしの手の骨に鼻を近づけてふんふんと嗅いだ。

 もちろん、なにも仕掛けなんかない。これは一晩の宿賃のおまけというか、ただの感謝の印だ。

 

(もらう)


 はくり、と頬張ってった口元は柔らかく、なんだかひどく和むものだった。


((((……あー))))


 ……他人が食べてるの見て惜しがるっって、どんだけ食いしんぼなの君ら。


(アロイス。どうやら馬たちも食べたがっているようだ。すまぬがマールムを与えてやってくれぬか)

「かしこまりました」


 アロイスが食糧袋をごそごそしだすと、早速耳をぴんとそちらに向けるとか。現金だよねー君ら。


(なるほど、おいしい。気に入った)

(喜んでくれてなによりだ。君、名前はなんていうの?仲間は?)

(仲間はいない。名などない)


 なんでそんなことを聞くのか、とばかりの答えが返ってきた。

 彼にとっては、それが当然なのだろう。

 だけど。

 

(……それは、さびしくないかい?)

(さびしい?)

(名を知りあい、時に話し相手になれるような存在がいないことだ。君ならきっと綺麗な名前があると思ったんだが。君という他人行儀な呼び方しかできないのは残念だ)

(そうなのか?……ボニー)

(なんだい?)

(我に名をつけてはくれないか?)


 おだやかな菫青石色の瞳に見下ろされて、あたしは一瞬呆けた。

 いや確かに『白き死』なんて無味乾燥なコードネームっぽいサムシングは、実際に見ちゃったら欠片も似合わないと思ったけど!もっと美しくて幻想的な名前の方が合うと思うけど!

 

(いや、でもいいのかい?わたしは、名づけで四脚鷲(クワトルグリュプス)一羽と誓約を交わしているよ。あと森精の一人にも名づけている)

(そやつらはどこにいる?)

(四脚鷲は、もともとの住処の山にいる。連れて歩く意味はないから。森精は用があると言って別の森に向かってる)


 菫青石色の瞳はゆっくりと瞬きを繰り返していたが、やがて考えがまとまったようにあたしを見た。


(なら、かまわない。ボニーは我に区切られた空と大地が似合わぬと言った。ならば、名づけで縛ることも)

(もちろん、しない)


 する必要もない。

 グリグんには、あたしやグラミィに敵対行動すんなという強制力のある誓約を確かにかけた。けど、それはあっちが突然襲ってきたからだ。

 そして目の前の彼が敵対行動をするのは、襲ってきた相手になんだろうし、彼を襲うにはこの広大な彼の領域を侵犯してこなきゃできない。

 今回の旅程のように、馬に任せて無理矢理につっこんでくるような無茶をしないのなら、この低湿地を簡単に踏破してこれるのは確かにあたしぐらいなもんだろうけど、あたしに彼と敵対する意思は欠片もない。

 万一彼が別の魔術師に誓約で縛られていたなら、領域とか関係なしに敵とみなされていたかもしれないが、人間嫌いな様子と名前を持たないということからしても、おそらく今後もわりと友好な関係を築くことはできるんじゃないだろうか。


(たしかにボニーと話をするのは、悪くない)

(そうか。ありがとう。わたしとしても、君と話ができるのは嬉しいよ)


 それじゃあ……湿地の支配者、美しき魔力溜まりの王。

 んー、魔王、というのもなんか違う気がするし。 

 ここは彼の特徴から名づけるべきだろう。輝く角、月光の毛並み、菫青石色の瞳……。


月の冠(コローナルナーエ)、というのはどうだろう。真名を隠すなら、呼ぶ時には、コールナー、というのは)

(いい名前だ。もらおう、ボニー)

(喜んでもらえてよかったよ、コールナー)

はい、以前からちょこちょこ噂に上がっていた『白き死』の登場でした。

ちなみに白馬に一本角な、よくあるユニコーン体型ではありません、彼。

レノは、トナカイのことだったりします。

食性も草食寄りの雑食なため、魚や鳥の卵も食べます、という設定。

骨っ子は気づいてませんが、馬たちが危険なものはいないかと問われて「いる。でもいない」と答えてたのは、めったにないことですが自分たちが喰われる可能性を敏感に感じ取ってたからだったり。


別連載の方もよろしくお願いいたします。

「無名抄」 https://ncode.syosetu.com/n0374ff/

和風ファンタジー系です。

こちらもご興味をもたれましたら、是非御一読のほどを。

ちょい詰まってますが、なんとかがんばって更新を続けていきたいと思います。応援よろしくお願いいたします。

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