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霧の砦

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。


 ぽっくりぽっくり馬任せに霧の立ちこめる低湿地を行く。

 北へ行けば行くほど放牧地らしき草地は減り、すっかりとぬかるんだ足下は馬たちも歩きづらそうだ。

 ……やっぱこのへんってば泥炭湿原ぽいなー……。

 いちおう蹄鉄もぐるっとくるんで滑りにくく、かつ泥濘にはまりにくいようにはしてあるんだけど。

 板かんじき系の方がよかったかなー。でもあれだと泥まじりの水をばっしゃばっしゃ跳ね上げそうなんだよねー。

 つまりあたしたちが飛沫をかぶりまくる。


 あたしたちの足ごしらえも木靴にしてきて正解だったわこれ。藁をクッション材がわりにしてあるから、あたしの骨しかない足でもしっかりフィットしてるのもまことによろしい。

 服も同様。裾が地を掃くほどに長い魔術師のローブなど、とてもじゃないが着てらんない。コッシニアさんすら、きりりと髪も一つにまとめた男装に、地味な色合いのマントで風雨を避けるスタイルだ。あたしやアロイスも似たような実用一辺倒の厚地の実用的な格好をしている。

 アロイスはさらにあっちこっちに刃物を仕込んでるようだが、コッシニアさんだって杖を仕込んでるもんねー。やっぱりこの二人はどっか似てるよ。

 唯一アルベルトゥスくんが最後までローブを脱ぐことにはじたばた抵抗していたが、泥だらけになるよーとアロイスに伝えてもらうとおとなしくなったのはちょっと笑った。魔術師の誇り=ローブなのかと。


 次第に霧が薄明るくなる中、乗馬に慣れないアルベルトゥスくんを前にのっけたアロイスを先頭に進む。警戒心の強い馬たちがわりと協力的なのは、あたしが視覚共有して霧も見通した状態の視界を提供しているからだ。

 ここまで仲良くなるまで道のりは長かった。

 最初なんかめっちゃ大変だったんだぞー。

 あたしの魔力(マナ)にまず反応され、そこは顔見知りのレムレたちとの会話でなんとか気を許してもらい、最後にブラッシングしまくって好感度を上げるというね。

 土木工事した後だったから、つくづく睡眠不要の(からだ)でないとできないお仕事だと再確認したもんである。


 その甲斐あって、道中もそもそと工作するくらいには余裕がとれるようになった。いいことである。

 手のひらを意識して魔力を集める。石を作る術式を構築。形を決定する際に、魔術陣を刻む。以上。

 馬たちも魔力に敏感なせいで、最初は何事かと文字通り野次馬しに来たけど。あたしが心話で説明してやって、大丈夫だとわかると落ち着いたようだ。

 一方、落ち着かないのが魔術師組である。乗馬状態で魔術の行使ってやっぱり非常識なことらしい。

 アルベルトゥスくんはともかくとして、コッシニアさんの詠唱速度なら顕界は可能だと思うんだけどなぁ?

 あそーか、術式を構築する集中が持たないのか。

 いやでも魔術陣作成って一度やったことだし。手順さえわかってれば意外と簡単よこれ?かぎ針と毛糸持ち歩いて音楽聴きながら電車の中で編み物するレベル。

 そりゃたしかに馬の歩みで多少座面はうねるし、岩石生成+魔術陣刻み込みをしながら馬たちの視界確保とヴィーリから預かった木の実を撒く作業との同時並行ではあるけれど、マルチタスクは現代人のたしなみです。このくらいの量の同時並行情報処理には慣れていますとも。

 アロイスも器用だしお得意そうだよね、マルチタスク。乗馬戦闘とか。 


 ちなみにこのマルチタスク、車を運転するレベルと言わないのは、そもそもあたしゃ馬に乗っけてはもらっているが、馬を御してなんかないからだ。気分は荷物である。

 あたしを乗っけてくれてる馬はコルという名前だが、彼にお願いしているのは、道案内の都合上先頭を行かなきゃならんアルベルトゥスくんと、乗馬に不慣れなアルベルトゥスくんをフォローしてるアロイスが二人乗りしてるレムレ()についてってね、ということだけである。

 コッシニアさんは並足ぐらいならわりと上手に馬を走らせることができるしね。


 周囲が明るくなるにつれ霧はひどく濃くなってきて、骨もしっとりうるおいの結露状態である。

 いやー、しっかりコーティングしなおしてきてよかったな、これ。

 この濃霧って昔からこんなだったの?とアルベルトゥスくんにアロイス経由で訊いてみたが、戸惑ったような顔が返ってきた。


 つーことは……。ふむ。


「いかがなさいましたか、シルウェステル師」

(そなたが以前話してくれた『白き死』というのは、本当に魔物だったのかと考えていたところだ、アロイス)

「魔物でないとすれば」

(この霧だよ)


 あたしは周囲の霧を指し示して見せた。

 太陽が出ていることは出ているのだろうが、霧に乱反射するせいで馬たちの眼を通せばどっちが右やら左やら。後ろを振り返れば、蹄の痕はじんわりと浸み出した泥水に隠れここまでの道すら碌に判別できない状態になるのは時間の問題だ。

 これじゃあ、アルベルトゥスくんみたく魔力で目印を感知でもできない限り。

 

(このような場所で道に迷わない方が不思議だろう?)

 

 おまけに足下の地面はねちょねちょのぬかるみ。うっすら茂った草が時に深い水たまりを隠す。


(我々は馬に乗っているからまだしも、徒歩の者にはただ歩くことすら困難。その上腰を下ろして休むこともできぬ地ときている。清浄な水すら、魔術師でもなければ得られまい?)


 これだけ水気たっぷりうるおいまくりな土地で飲み水すら確保できないとか、どういう皮肉だ。

 ……これ、迷い込んだらグリグみたいな魔物や肉食動物がいなくたって、疲労と飢餓に殺されるんじゃなかろうか。

 アロイス一人でこんなとこ踏破してってルンピートゥルアンサ副伯領につっこむ、なんてこと止めて正解だったよ。

 あたしにゃ快適空間なんだけどね!

 なにせあたしは魔力で地形も理解できる。ヴィーリの目印に撒いてきた種との位置もある程度は把握できてる。そして睡眠不要。

 一番ありがたいのは、この霧にも地面から立ち上る湿気にも魔力が濃いということだ。

 ふつーに吸収してるだけで、アダマスピカ副伯領に入ってから使った分の魔力がじわじわと回復してきてる。


魔晶(マナイト)掘りなどが霧そのものを魔物と見誤った可能性もある、ということですか」

(むしろ彼らがわざとその噂を広げているのかもしれんな)

「……なるほど」

  

 なにせ魔晶は人間にとっては魔術師にしか価値がないものだが、けっこうないいお値段がつく。

 需要の高さと人件費の問題だろう。

 魔晶掘りの肉体労働の過酷さはもとより、魔晶が生じる魔力だまりには魔物がいる、と言われているからだ。

 だけど、魔物がいるかいないかなんてのは、生息範囲に踏み込んで痕跡を見つけたり遭遇したり襲われたりでもしないかぎり、100%正しいかどうかなんてわかんないのだよ。

 そして知性がある限り、魔物だって損得を考えて行動するということをあたしはグリグんとの遭遇で知った。不利だと思えば彼らだって撤退もするし、妥協も交渉だってするだろう。

 だからこそ、ここに出るという魔物に魔晶掘りが『白き死』なんて恐ろしげな名前をつけた理由は、『魔晶の価値を吊り上げるため』なんじゃないかという気がしてきたのだよね。

 自分たちが流した噂で同業者がびびってくれれば競合相手が減るという嬉しいおまけまでついてくるわけだし。

 

 とはいえ、肉食動物がこの湿原にいないとは言い切れない。

 水があって草が生えるということは、昆虫や草食動物がいてもおかしくはない。それを捕食する動物の存在もだ。

 

(コルー。きみが危険だと思うような相手って、この辺りにいると思う?)


 馬専用の心話波長に切り替えて訊いてみると、眼窩の下で耳がぴっと動いた。


(いる。でもいない)


 どっちだよそれ。微妙な反応だなー……。

 あたしは心話を人間用に切り替えた。

 

(馬たちは、今のところ警戒はしていないようだ)

「それでも念のためです。魔物なり人を襲うモノがいると考えて警戒は続けましょう」

(それが賢明だな)


 うんと首の骨で頷いたら、……コッシニアさんがじとーっと見てたのに気がついた。

 あれは見たことがある。カシアスのおっちゃんの部下の中で一番馬好きなエドワルドくんが、あたしが馬たちと喋ってるのをじーっと見てた時の嫉妬満載なまなざしだ。

 そんな顔しなくても、アロイスは取りゃしませんがな。


「……うらやましい。まだわたくしが教えてもいただいていない心話をすんなり使っているなんて……」


 おう。睨んでたのはアロイスの方でしたか。

 

 んなこと言われてもなぁ。

 正直なところ、あたしは心話を使えるということはできるだけ隠したいし、使う相手もなるべくなら限定したいと思ってる。

 新しい技術をこの世界に広めることに、かなり抵抗を感じてるのにもわけがある。


 心話は声という『音』に自分の言葉を乗せるように、自分の言葉を魔力に乗せて相手にぶつけるものだ。魔力操作能力の高い魔術師なら、まず間違いなく簡単に使えるとは思うよ。

 だけどこれ、普及しちゃうとグラミィが日本語で喋ってたことがばれかねないのだよね。声を出すことができないあたしはともかくとして。

 彼女もすこーしずつ、このランシアインペトゥルスで使われているアルマ語を身につけつつはあるのだけれども、どうしても心話のせいで上達速度は遅くなってしまう。別のもっと便利な意思疎通方法があれば、ついついそっちに頼るのはわからんでもないけどね。

 だけどもスクトゥム帝国の転生皇帝サマご一行たちが使ってるのが日本語だってことが判明したことを考えると、下手すると同じ言葉を喋ってるグラミィが、スクトゥムのスパイって疑われかねんという危険性が浮上してきたのだよね。


 加えて、あたしとグラミィ間の心話のプロトコルも少しずつ変わってきている。

 最初はメール並みに言葉と添付ファイルのような画像データぐらいだったものに、絵文字っつーか……顔文字みたいなものや音声データも混じりつつあるようなものだ。

 つまりこれ、言語的な意思の疎通メインだったのが、非言語的なもの、感情の疎通につながるようなものにまで拡張しつつあるんじゃないかという問題が出てきたのだ。

 これがアロイスたちこの世界の人とではどうなのか、この世界の人同士ではどう変化するのかは未知の領域なんである。

 下手すると心話で結ばれた自我同士が融合するというおっそろしい可能性もないわけではないのだ。

 スクトゥム帝国の皇帝サマご一同のように、この世界に迷惑をかけるような羽目になるのはなるべく最小限にしたいもんである。恥ずかしいから。


(アロイス、コッシニアどのに伝えてみるといい。『わたしの言葉は未だ生者のものではない。人ならぬモノ、死に近い者には届きやすいもののようだ。聞こえることを敢えてうらやむものでもないのではないかな』と)


 ええちゃんと心話普及に消極的になる言い訳も考えてましたとも!

 あたしの代弁者として動いてもらってるグラミィは、中身こそ元JKらしいが外見は完璧年寄りだし。アロイスは戦場に騎士として立つどころか、あたしを襲撃してくれた手際に加え、どうやら国の後ろ暗い部分にしっかり根っこを生やしてるとこ見ると、暗殺なんかの実務もお得意そうだし。

 あとあたしが心話をしかけたことがあるのは、森精であるヴィーリと誓約で縛ってるグリグん。あと馬たち。

 見事に人間外ばかりですよ。

 ま、まあ、うっかりベネットねいさんにも話しかけちゃったこともあったけどね。ちょこっとだけ。あれは非常事態だったんだし。


「ならば、わたくしにもシルウェステル師のお言葉が聞こえて当然ではございませんか?わたくしとて戦火をくぐってまいった身。常に死を覚悟するような日々を送らなかったわけでもございません。そもそも人は生まれた以上死ぬものにございます」


 ……だめでしたやこっち方向の言い訳。

 コッシニアさん家は爵位こそ副伯とやや低めだが、武人としての評価が高かったフェロウィクトーリア家である。

 乗馬や護身用の短剣術もおとーさんのルベウスさんから直々に教えてもらってたという話を、王都で訊いてたのを忘れてたや。

 いざという時には確実に身を守れるように、生きて逃げ延びられるようにというサバイバル術の達人でしたね、そういえば。

 

「コッシニアさま。お気持ちはわかりますが、せめて今しばらくはわたくしにシルウェステル師との会話を預からせてはいただけませんでしょうか」

「アロイスまでそんなことを言うの」


 コッシニアさんが拗ねた。

 アロイスは珍しく困ったように笑っている。

 彼としては、護身術だのサバイバルテクニックだのなんて万が一の備えが機能しないくらいにはコッシニアさんを守りたいのだけど、肝心のコッシニアさんの方がどこへ飛んでくかわからん、というわけか。


(せめて、コッシニアどのがそなたに背を預けても良いと思ってくださるようになると良いな)


 一方的に守られるのではなく、守り守られることを受け入れてくれるくらいにはね。

 

「……精進いたします」


 アロイスはため息をついた。


「なんのお話ですの?」

「男同士の話というやつです、コッシニアさま」

「……みだりがわしい!」


 ……激しく誤解されてるぞおい。

 バルドゥスたちがいたら、遠慮なく腹を抱えて笑ったあげくに散々からかいのネタにされそうだね。

 アルベルトゥスくんまでなんとも言い難い顔をしてるじゃないか。

  

「シルウェステルさま、アロイスどの」

「どうした、アルベルトゥス」

「見えてまいりました。あれがマレアキュリス砦です」

 

 おや。アロイスへの同情ではなかったのね。

 アルベルトゥスくんが指さす方を見やれば、確かにようやく霧の帳の向こうから廃墟の影が見えてきたところだった。


 廃砦は一言で言うと、岩の塊、だった。

 てかここまででかいとむしろ山だよね。ずんぐりした砲弾ぽいそれがずどんと湿地帯に突き刺さったような形だ。

 上部は半分以上が原形を留めてないような状態だったが、残骸からすると中をくりぬき、岩肌に窓を刻み込んで城砦にしたんだろうな。

 そりゃ頑丈だ。しかもこのでかさならば、この湿地にあって十分な足場になるだろう。

 その周囲をぐるりとかつてはピノース河から引き込んだ流れが取り巻いていたらしい。今は草とじっとりと水がしみ出した水たまりのわっかにしか見えないが、そのせいで城砦は長方形になり損ねたモンサンミシェルっぽくも見えなくもない。


 ……ん?

 ぬっちょぬっちょという馬たちの足音が、いつのまにか土の道というか、石畳を歩いているような音に変わっている。

 霧を透かし見れば、足下は黒く焼けた土器のような質感になっていた。

 これって、もしかして。


「どうした、アルベルトゥス?」

「……アルベルトゥスどの。大事ないか?」


 これまでほとんどアルベルトゥスくんを無視してたコッシニアさんさえ、アロイスともども思わず声をかけたのも道理。

 マレアキュリス砦を間近に見上げたアルベルトゥスくんの顔は霧並みに白く、その手はひどく震えていた。


 無理もないか。

 ここは、アルベルトゥスくんにとっては敵も味方も皆殺しにした自分だけが助かってしまった、大罪の地。

 このへんの土が一度焼けたようになっているのも、おそらくはその時の痕跡なのだろう。いったいどれだけの熱が解放されたのか。

 だけど、もう自分の罪だけを見つめて命朽ちるまでうずくまったままにはさせやしない。

 まだ生きてるのに心から先に死ぬなんて贅沢させてたまるかい。いっそ殺してくれ的な生きるのを諦めた発言にキレたのにあたしゃ後悔はしていないぞ。その後やらかしたことに反省はしてるけど。

 あたしはコルに止まってくれるように頼むと、鞍から飛び降りた。


(アロイス。アルベルトゥスに伝えてくれ。『おのが悼みに目を背けるな』と)


 風を起こすと、アロイスが軽く息を吞んだ。

 霧を払えば払うだけ、十年近い歳月を経てなおほの白い骨が草の根元に点々と散乱している情景が広がっていったからだ。


 技術は進歩する。

 ただし技術の使い方は暴走する。

 どっちが早く社会に影響を及ぼすかは、歩くと走る、どちらが早いかと考えれば自明の理だ。

 だけど、どっちが持続力が高いか、これも考えれば自明の理だろう。

 問題は、暴走を止める技術が進歩しきる前に、人間が滅亡しないでいられるかどうかだ。


 この世界の魔術も技術の一つではある。

 そして、技術というのは『人の生活を安楽にする』ことを目的して開発されることが多い。

 人為でなんとかならないものを人為でなんとかしたい、面倒ごとは楽にやりたい、多人数でかからねばならぬことも一人の力だけでなんとかしたい、といったふうに。


 人為でどうにでもならないことをなんとかしたいという中で一番有名なのが、むこうの世界で言うところの『雨乞い/晴れ乞い』というやつだ。

 雨は多くても少なくても農作物に被害をもたらすからなんだろう。

 それに対して暑さ寒さについての願い事ってのがないのは、なんでなんだろね?極端な寒暖の変化による不作に対する豊作祈願というやつはあるのだろうけど、こちらの世界では全部ざっくりまとめて豊穣の女神フェルティリターテへの祈願ということになるのかね。

 他にはいわゆる神の奇跡的なものになるが、治癒や蘇生も人為でどうにでもならぬこと系だろう。

 だけどこの世界、治癒は治癒でも魔術師オンリーに近い自己治癒だし、蘇生だって見つけ次第あたしが速攻試す気でいるのだがまだ見つかっていない。

 神の奇跡というなら、食糧の入手とか加護系もまだ見たことないもの分類だな。

 反対の呪い系もか。

 

 面倒ごとは楽にやりたいという、個々人レベルでの生活環境改善の手段ならば、異世界ものでよくあるパターンが生活魔法というやつだろう。

 この世界でも魔術師たちは地水風火、わずかな量を生じさせる発火や微風なんかが使えるから、そのあたりが当てはまるかもしんない。

 

 多人数でかからねばならぬことも一人の力だけでなんとかしたいというものを戦闘に限るのならば、いわゆる範囲攻撃系魔術ということになるだろうか。

 直接的な破壊力としては最も高いのは運動エネルギーが直接乗る石弾だろうが、火球だって可燃物に当たれば延焼など二次的被害を広げることができる。

 では残りの風と水が無力かというと、そうでもない。

 むこうの世界でも、『砂漠の狐』とかいう異名で呼ばれた某将軍は、戦車の排気筒を地面に向け、砂塵を大規模に巻き起こして敵の視界を塞いだという。

 それと同様のことが、こちらの風の魔術でできないわけがない。魔術を顕界する際には少々魔力も拡散するから、魔術師すら知覚不能に陥るというおまけつきだ。

 収束した風にも砂塵を乗せれば簡単エアカッターの出来上がり。高速水流に土砂を混ぜても同じことが言える。

 操屍術(ネクロマンシー)というのも戦闘に使おうと思えばまあ使えるだろうね。というか、それ以外に使い所が見当たらない気がする。あたしに対する罵倒ぐらいにしかあまり聞かないから、いまいち忘れがちだけど。


 だが、このへんの魔術は対個人戦闘から戦場一つをコントロールできる要素になるという戦術レベルでの問題解決にしかならない。

 それ以上大規模に、それこそ国と国との争いなどで有用な戦略的な魔術はというと、一番わかりやすいのがテレポートなんかの転移系だろう。この世界にはないみたいだけど。

 もし転移系が大人数に対応できれば、物資輸送も人員の配置変更も思いのままだ。もしそれが戦略として確立しており、しかも手早く対応できるものならば、戦いはきっとコンピュータ同士の将棋の盤面のように、瞬間瞬間で点滅と消滅を繰り返すようなものになるんじゃなかろうか。

 定石と手筋の読み合いとか、やだよそんな戦争の駒になるなんて。


 このようにざっくり分類してみると、この世界の魔術は効き目があるのかないのかわかんない神への祈り以外は、戦術的なものと個人的な生活環境改善の二つに絞られるようだ。

 理由は一つ。魔術も個人技術とみなしているからだろう。

 武術は手足の延長として馬に乗り、武器を持つ。

 魔術は身体の延長として魔力があり、それを利用して魔術を行使している。

 魔術士隊の火球もコッシニアさんの鏃のような金属弾も、体内から体外へ魔力を放出し、術式を組み、顕界したのは『自分の目の前』だ。対象としていた『あたしの前』、じゃないのだよ。

 おそらくこの世界の魔術師には、この身体の延長としての魔力を考えてるという思考の縛りがあるのだろう。

 実際問題、体外に放出した魔力は距離を取ると途端に拡散・減衰し、本人の意思の干渉を及ぼしづらくなるかんね。

 けれども、あたしにゃそんな発想の縛りなんてもんなかった。

 術式を組むには自分の魔力を使うから、認識しやすいパーソナルスペース内部でということになるのは同じ。

 だけど、術式を顕界する際に『顕界点を対象者に設定』したんだよね。集団強姦魔たちの股間に火球を発生させたりとか。

 イメージ的には視界内というか、認識可能な範囲内の任意地点に、点火済みダイナマイトを投げつけるのではなく、設置するような感じだろうか。

 だって手元で発生させた火球をわざわざ移動させるなんて無駄なんだもの。運動エネルギーがのることで威力が増すには、実体がなきゃなんない。それら氷や金属弾と違って、火球を相手が反応できるような遠距離から投げつける意味はない。避けるなりなんなり対処されちゃうんだもん。

 ま、威力発揮の過程を考察して顕界点を自分から離した、その一点だけでもあたしの魔術はこの世界では異質だ。他人のパーソナルスペースで構築された他人の術式を破壊できちゃうというのもかなり異様らしいけど。


 だけどもあたしとはまた別の意味で、この世界で発生したものでありながら限りなく異質なのが、アルベルトゥスくんの魔術なのだ。

 彼の創り出してしまった、『魔晶をすべて魔力に変換する』という攻撃魔術は――彼はそれだけで攻撃を行うつもりではなく、その膨大な魔力を術式の構築と顕界に使おうとしたらしいのだが――、明らかに戦術級とは言えない。戦略級、つまり戦争一つの動向を変えてしまうことができるだけの威力を持っている。なにせひとつの戦場をまるごと消滅させてしまったのだから。


 ……発見当時は半死半生だったというし、アルベルトゥスくんが自分の目で自分がしでかした結果をじかに見るのは、これが初めてでもおかしくはない。

 そりゃ震えるわ。

 だけど、彼はアロイスに(レムレ)から降ろしてもらうと、祈りの言葉を唱えながら骨を拾い集めようとしたのだ。敵も味方も関係なしに。

 というか、城砦の外にあるってことはおそらくこの城砦を包囲していたランシアインペトゥルスの人間なんだろうけどね、その骨たちは。

 アルベルトゥスくんが罪悪感に押しつぶされて動けなくなるという、想定してた中での最悪の反応でなかったことにあたしはちょっと安堵した。彼もただ罪の意識を抱えるだけじゃなく、罪と向き合って贖おうとする意識ができてきたんだろうかね。


「アルベルトゥス。気持ちはわからなくもないが、まずは砦内への案内を頼む」

「……そうですね、失礼しました」


 アロイスの声に気を取り直したアルベルトゥスくんの案内に従って、あたしたちは馬を下りると廃砦へと歩みを進めた。


 複雑な表情だけど、どしたん、コッシニアさん。

 あたしはわざと歩みをのろくして内緒話体制を作ったげた。

 まだ心話は教えてあげないけど、話を聞くだけは聞いて差し上げますが?

  

「……正直なところ、わたくしはジュラニツハスタを今でも憎んでおります。彼らが無為な戦乱を解き放たねば、わたくしは戦禍の中を逃げ回ることもなく、二人の兄を失わうこともなかったのですから」


 だからか。道中ずーっとコッシニアさんはアルベルトゥスくんは眼にも入らないように振る舞い、へばってても手も貸すどころか声もかけなかったんだよね。

 直接ジュラニツハスタとの戦いに臨んでたアロイスの方が、そのへんのことは逆に割り切ってるようだけど、おそらくそれも戦闘員と非戦闘員の違いがあるんだろうね。望んでであろうがなかろうが、個人的感情はおいといて戦場に立って戦ったのは騎士としての責務を果たすため。戦場での敵意は、今のアロイスとアルベルトゥスくんという個人間の感情にはなんら影響を及ぼす物ではないと。

 国が憎けりゃ人まで憎いか。コッシニアさんの心情もよくわかるものではある。

 あたしゃ別にいいと思うけどね。アルベルトゥスくんを憎もうが恨もうが、それはコッシニアさんの感情だし、ようやくジュラニツハスタ人の一人としてではなく、アルベルトゥスくんという一人の人間として彼を見始めたからこそ、それまでの自分の行動に嫌悪を感じてしまう良識も好ましくはある。

 悩むがいいぞー、若人たちよ。

相変わらずマイペースな骨っ子でした。


別連載の方もよろしくお願いいたします。

「無名抄」 https://ncode.syosetu.com/n0374ff/

 桜の季節な和風ファンタジー系です。

 こちらもご興味をもたれましたら、是非御一読のほどを。

 ちょっと停滞してますが、なんとかがんばって更新を続けていきたいと思います。応援よろしくお願いいたします。

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