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荒地へ向かえ

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 まだ見慣れぬ星座が瞬く早朝に、あたしたちはスピカ村を立った。

 馬たちが無灯火の暗闇を、いくら道があるとはいえ、平気で走れているのは、夜戦訓練が施されてるせいだけじゃない。

 あたしが彼らに視界を共有しているためでもある。

 なにせこの一隊、魔力(マナ)感知能力が高い連中ばかりなので夜目が利くのだ。このアドバンテージを活かさずしてどうする。

 

 すっかり干上がった河沿いを馬たちにピノース村まで移動してもらいながら、あたしはついでに魔術でざっくざっくと川底を掘り下げていた。

 平たい氷のスコップで(えぐ)った川底が、薄暗い夜空をバックに、荒地から湿地帯へと変わりゆく対岸へと飛んでいく姿は……なかなかにシュールです。

 通り魔的な行きずりの土木工事なので、たいしたことはできないのだが、それでもユーグラーンスの森が見えるあたりまではそこそこ深く掘れたと思う。 

 ()()()にするスピカ村近郊のように川幅まで広げないのは、河の流れに勢いをつけるためだ。河川は幅が狭く、上流と下流の高低差がきつければきついほど急流になる。一度に流れる水量が同じならば狭いホースほど勢いよく噴出する理屈だ。

 これ以上下流は今のところ掘れないということもある。大潮が近い今は特に、海から潮が逆流して汽水域が広がったりしかねん。


 スピカ村とピノース村は徒歩だと半日近くかかる距離らしいが、黒々とした森の影の手前に丸木で組んだ橋が見えたのは、まだ夜明け前だった。

 体感だと1時間ちょいぐらいってところだろうか。いや骨しかない身ですが。


 ここで、あたしたちとヴィーリはいったん別行動を取ることになってる。

 ヴィーリはユーグラーンスの森に用があるそうな。

 あたしとグラミィのストーカーを公言してる彼が、あたしにくっついてくるより優先するのは何事かというのは確かに気になるが、森を守るとしか言わないのだよねー。

 後で追っかけてくるというし、いくら出身地とは違うとはいえ、森に入る森精を人間(の骨)なあたしが心配するような必要もない。と思いたい。

 いちおう、気をつけてねと伝えるついでに、アダマスピカの領民には被害を出さないようにとはお願いしておいたが。

 やりたいことというのが、カシアスのおっちゃんみたく罠をしかけるということでもないようだし。

 

 森に消えるヴィーリを見送り、スピカ村で入手してきた木靴に履き替えると、あたしたちは丸木橋を渡って湿地帯へと足を踏み入れた。

 村付近の地域は、湿地帯という名前で想像するほどぬかるんではなかったが、革靴より木靴のほうが防水性能は上なのだ、手回しは早いほうがいい。

 で、どっちに行けばいいのかな?


「……こちらのようです」

 

 羊っぽいオウィスって動物の放牧地にしていたりするという、一見草原っぽい風景をバックに、手を宙に差し伸べ、空中をなでるような仕草をしていたアルベルトゥスくんが、北東を指し示した。

 あたしが教えた放出魔力をセンサがわりにする方法で、道標となるものを見つけたのだ。

 

 ジュラニツハスタとの戦いでアルベルトゥスくんたちが籠もってた砦が孤立したのは、水運が潰されたせいもあるそうな。

 その水運の一つである、夏期の雨を集めて満々と流れてた、ピノース河の支流を止めたのが、魔術士団の数の暴力らしい。

 なんと彼らはピノース河からの分岐点を潰し、そこから支流をちまちまと土砂を作って埋め、逆に兵を派遣する道として石で足場を作ってたんだそうな。

 てか仕事してたんだ、魔術士団。

 

 泥というか、微妙に繊維質なとこみると泥炭っぽいのかなこの土壌――の中で、石というのはそりゃもう目立つ。

 含有魔力レベル的には魔術で生成された余波が抜け、周囲と同等になっていても、材質の違いというのはごまかせないのだ。

 では、案内役よろしく、アルベルトゥスくん。

 そして足はまかせた、レムレたち。


(((ブラシー)))


 はっはっは、ここまで(レムレ)たちがあたしのブラッシングテクにメロメロになってるとは、誰も思わんだろうな!

 あたしだって予想もしなかったもんな!


 ……あたしがここまであらゆる手を使ってスピードアップし、ルンピートゥルアンサ副伯領潜入を急いだ最後の理由は、暗部さんから聞き取った、異世界転生者だか憑依者だかの最期の言葉だった。


「痛え、リセマラしろってか。なぜだ、おれは、おれたちはリセマラアカじゃない。スクトゥム皇帝だ。帝国はおれのもの、おれたちのもの。おれは、おれたちは帝国のものなはず。おれは、おれたちはスクトゥム皇帝だ。ステアカなんかじゃねえはずだろ。そういえよ、なあ。もう一度死ぬのは嫌だ。なにもない。なぜだ。なぜ」

 

 ……リセマラ、ってのがいまいちよくわかんないけれど。アカ、はアカウントでいいのかな。

 おそらく中の人も自分たちが捨てアカ扱いされるとは思っていなかったからの疑問なんだろうな、というのはなんとなく理解できた。

 もうひとつ怖しいことも認識できてしまったけどな!


 それは、中身の人、帝国転生者だか憑依者の人たちが、どうやら本気で自分自身を『皇帝』であるのだと自己認識してるらしいということだ。

 正直王サマから最初聞いた時には、封建制度しか存在しないらしいこの世界における民主主義の解釈、なんじゃないかなーくらいに捉えてましたよあたしゃ。

 国民全員主権者、という発想がなければ、主権者=統治者ぐらいな把握もするだろう。伝言ゲーム的に帝国の主権者だから国民全員皇帝、なんてわやくちゃな解釈が生まれてもおかしくはないとね。

 だったら、そのまま放置もありかなという計算も実はちょっとしてた。

 もしそうなら、それは単に転生者集団降臨のせいで、一つの帝国が民主主義に政治形態が変わっただけだということにすぎないからと。

 自分の身体を他人に使われてるアバター状態な犠牲者のみなさんたちにはお気の毒だけど、なにしろ、あたしだってどうしたらその状態を解除できるかなんてわかんないものとね。


 だけど、彼は、自分自身が『皇帝』であると認識していた。

 その『皇帝』ってのが、地位なり資格なりを示す何らかの隠語であればいいと心底思う。

 だけど、密偵さんの中身の人は、自分たちが帝国を我が物としている『皇帝』なのだと言っていた。

 ってことは、字義通りの『皇帝』として認識しているのだと考えるべきだろう。

 帝国に出入りしてるだけの行商人が『皇帝』という自己認識を持つってことはですよ。帝国の貴族だか皇族だかも全員『皇帝』と自認しながら行動してるってことですか。皇帝ですか国民。

 

 互いに『やあ皇帝』と挨拶しあうスクトゥム帝国の日常風景を想像してしまい、あまりの馬鹿馬鹿しさについ笑いかけて……あたしの笑いは、喉仏の骨のあたりで凍りついてしまった。

 

 社会の枠組みがまちがっていると疑えないことがどれほど怖いかは、これまでの向こうの世界の歴史がいくらでも証明してくれる。

 そして、転生だか憑依だかしてきた人間を信じ込ませ、手懐けることがわりと簡単だってこともよーくわかる。

 なにせ、彼らがこの世界について持っている情報は、極めて少ない。

 根拠はあたしやグラミィだ。

 あたしたちは、身体の人の記憶を持っていない。

 ……まー、中の人たちが全員あたしたちなみに、身体の人の記憶を一切合切引き継いでないと考えると、帝国そのものの存続が危うくなるんじゃないかという気もする。住はともかく、衣食関係の供給ストップするかんね。

 なので、ひょっとしたら手続き記憶的なものは引き継いでるのかもしんないけれど。


 にしたって、情報がなく選択肢を認識できないで心細い状態というのは、心理的には一番最初に優しくしてくれた相手に心を開きやすい状態と言える。これほど洗脳しやすい環境はないだろう。

 そこへ、『われわれはスクトゥム帝国民であり、スクトゥム帝国は国民すべてが皇帝である。皇帝とは帝国のために身を尽くすものであり、ランダムにカバーとしての身分があり、それに伴ったスキルを備えている。皇帝たちは他国に自らが皇帝であることを隠したまま帝国のさらなる拡大と発展のために努力しなければならない』なんて『設定』を与えてやれば、……わりとあっさり、信じ込んだりしそうだと思うんだよね。疑うより楽なんだもん。

 

 たぶん、ちょっとした小道具と、ほんの少しむこうの世界よりも受け入れられていると思い込ませる待遇がされれば、それで十分彼らは心を開き、『設定』に納得するだろう。

 例えばの話、中の人がこの世界に来た最初の頃に『彼がステータスオープンと言うたびに、幻術でそれっぽい画面を作って見せてやる』ってことをするだけでMMORPG系異世界に飛び込んだような錯覚ができるのだ。

 後は何回か『スターテスオープンという言葉を聞くたびにそれっぽい幻を見せる』って機能のついてる魔術道具でも与えて身につけさせておけばすむことだ。数字が正しかろうが間違ってようがどうでもいい。密偵さんの中の人がやらかしたアホでイタい行動の理由は、そんなもんでもできあがる。


 何よりも、転生とか憑依とかっていう、いかにもなシチュエーションそのものが彼らを勘違いさせやすい。

 これは自分が主人公の物語であり、主人公である自分自身は、この世界の他の誰よりも特別な存在なのだと。

 たとえ外見がどんなにモブっぽく見えようが、身分的にも身体能力的にもどん底スタートだろうが、主人公であれば、必ずやハッピーエンドにたどり着ける、神を殴れるほどには成り上がれる、と『確信』できちゃうくらいにはね。

 ……いまさらだが、余計なバリエーション増やしやがってこんちきしょと異世界モノの作者の面々を恨みたくもなる。無駄にポジティヴになるような前向きモデルケースをいくつも積み立てやがって。

 ちったぁどこまでも後ろ向きだったり、主人公が言語も通用しない世界で野垂れ死んだり転生しても延々成り下がっていったり、チートが不可能なほど異世界の方が進歩してたせいで原始人扱いされるとか、そういう地に足の着いた話はなかったのか!

 ……いや、そんなお話、供給があったとしても需要がないってのはわかってる。誰が読むんだそんな鬱材料。そもそも転生したならその時点で後ろも斜め上も見られない、ひたすら生きるのに前を見るだけしかできないってことも理解はできる。理解はね。

 ついでに言うのなら、あたしだってこんな(からだ)に入れやがった神とかがいるんなら、いつか殴っときたいと考えてますが、それはあくまでも『願望』だ。『確信』なんてしてません。

 可能性が限りなく低いことはよーっくわかってますとも。ええ。

 

 話を戻そう。

 もちろん、与えられた『設定』を全員がまるっとすぐに信じるかどうかはわかんない。放り込まれた先の国を疑うというシチュエーションも異世界、特に転移モノではよくあることだ。

 だけど、信じるか信じないかはともかくとして、受け入れて動かねばならない状況に放り込まれたなら、人間ってわりとあっさり思考停止するもんである。

 例えばそーだなー、『スターテス』と『設定』だけ教えてもらったところでいきなり襲撃されました!自分をかばって教えてくれた親切な人が瀕死です!とりあえず逃げ出します!という、ホットスタートにもほどがあるシチュエーションでもこしらえたら、親切な人の知人とかの指示にはほいほい従いそうだよ。

 いったん疑うのをやめてしまったら、彼らがよりどころとするのは、スターテス画面という馴染んだシステムや、親切な人が語る『真実』。

 皇帝という身分を保障してくれるスクトゥム帝国への依存を深めてく、なんてのは簡単なことだろう。

 そして、何かに強い帰属意識を持つということは、他の組織外存在に向かって排他的攻撃性を示す可能性が高いということにも、まま直結したりするわけだ。

 

 もちろん、さらに手も打ってきたけどね!

 

「『アロイス、アークリピルムの内情を探ってほしい。可能であれば、より自発的に魔術士団に同行し協力してもらえるように協力を求めたいのでな』」


 王サマの眼前でそうグラミィに言ってもらったら、アロイスは、それはそれはものすご~くイヤそ~~な顔になった。

 王族の二人やカシアスのおっちゃんだけでなく、コッシニアさんたちもこっそり笑いをこらえるくらい。

 

「なにゆえ、わざわざ汚物に腕を入れるような真似をいたさねばなりませんのですか?」


 決まってる。価値があるものを探すため、だ。


「『なぜアークリピルム魔術伯が、アロイスを呼び戻そうとしたのかが知りたい』」

「あの男は以前よりわたくしを呼び戻そうとしておりましたが?もっとも、そのくせに三男アロイスの名は病死の届けが出ておりましたよ」


 ……自分が存在した記録すら抹殺されていたとあらば、アロイスが苦い顔をするのも、そりゃわからなくはない。

 だけどそりゃあますますもって、謎な話だ。


 貴族は対面を重んじる。

 エレオノーラのおうちみたいに弱小貴族ならともかくだよ。魔術伯なんて魔術特化型貴族の中でも上位の人にとっちゃぁ、たしかにアロイスという魔力ナシの存在は隠し通すべき汚点、なのかもしんない。

 小さいうちに放逐したり、死んだことにするくらいには。

 そこまでは納得はできないが、理解はできる。

 

 ならば、自分の手で死んだことにした亡霊に、戻ってこいと言っていたわけはなんだ?

 死んだ三男と同名の外にできた息子扱いにするのかもしれんが、あーんな風に汚点を王の前、しかも謁見の間でわざわざ曝してまで、アロイスを取り込もうとした理由とはいったいなんなのだ?

 有能だとしても、ただの手駒とするならこっそり囲い込めばいいだけの話だ。

 それもただの騎士、つまり魔力ナシを我が子として口に出すってことは、これまで一生懸命作り上げてきた魔術伯としてふさわしい体面を自分で潰しにかかってるようなもんでしょが。

 そこまでコストをかけて、アロイスを取り込んでどうする?

 王子サマサイドのスパイをさせるにしてもデメリットが多すぎないか。


「なるほど……」

「それは探る必要がありますね」


 理由を説明すると、渋い顔をしながらも、アロイスはカシアスのおっちゃんともども頷いた。

 そんじゃよろしく。

 アダマスピカ副伯領へ魔術士団を遠征させる打ち合わせという名目も、もれなくついてくるのだ。情報収集のために向こうとコンタクトを取るのは今がチャンスだろう。

 それともう一つ。


「『無駄に敵を作らぬ方が生きやすくはないか、準男爵』」

「……そういうことか」


 王子サマが面白そうに頷いた。

 

 おそらく、アロイスがこれから功績を積めば積むほど、アークリピルム魔術伯の勧誘は繰り返されるだろう。

 逃がした魚は大きすぎたと地団駄踏むくらいなら、まだかわいげがないでもない。

 が、役に立たないとみるや徹底的に切り捨ててるところを見ると、手に入らぬなら潰してしまえ、ぐらいの発想をお持ちかもしれないのだ、むこうさんは。

 ならば、貴族としての爵位を望むにせよ望まんにせよ、得てしまったからには、それ相応の貴族の付き合い方ってのを覚えて実践してくれなさい。

 そうでないとこっちにとばっちりが来そうです。

 

「たしかに、一度くらいは話をしておいても悪くはあるまい」

「敵にしなければいいのでしょうか?」


 冷たい笑みは殺る気かい。


「『縁は切るより利用すべきだろう?』」

〔けっこうボニーさんも貧乏性ですねー〕

 

 やかましいやグラミィ。

 王子サマに無駄な労力かけさせるんじゃありません。負担はあたしがかけるつもりなんだから。

 そう心話で伝えたら今度は呆れられた。

 いや、理由はもう一つあったんだけどね。


「『いくら気に食わない親であっても、そなたか、むこうか、いずれかが死んでからは話はできぬのだぞ?』だそうじゃ」


 ええ、骨のあたしがが言っても説得力ないでしょうけど!


「……わたくしを死んだことにした相手と、仲直りをしてこいと?」


 え。なんで。

 そんなむちゃぶりしませんよ?


「『そなたは魔術師になれなかったのではないと、ならないことを選んだのだと見せつけてきたらどうだ?』とのことじゃ」

「魔力ナシが魔術師になれるのか!?」

「以前、シルウェステル師は確かにわたくしに魔術師としての素質があると、そうおっしゃってくださいました。師の言を疑うつもりはございませんが、やつらが信じるとはまるで思えないのですが?」

 

 なんだろう、王サマたちやルーチェットピラ魔術伯爵家の皆様は単純に半信半疑というより無信全疑うっそだろーって顔なんだけど。王子サマからは微妙に別のものも感じるのよね。

 ま、いいか。


「『アロイス。額の包帯を取って、こちらへ来い』」


 証拠を見せちゃると手招きして、あたしは彼を王サマの近くに立たせた。

 ひいでた額にざっくりと入った傷は、未だにシズル感たっぷりだったけど。


「叔父上、なにをなさるおつもりですか?」

「『わたしがするのではない、彼にさせるのだ』」


 マールティウスくんの疑問にかまわず、あたしはすっとアロイスの前に人差し指の骨を立て、先端に魔力を集中させた。


「『この魔力がわかるな?眼を使わずに感知せよ』」

「は」

 

 あたしはそのまま彼の額の傷の上に、指の骨をさしつけた。アロイスの魔力が骨に響くほど近くに。


 この世界の魔術では、あくまで他人の傷を癒やすことはできない。

 ざっくり言うと、術者と治療を受ける者とでは固有魔力が違い、刻々と変化するから決まり切った術式の運用では対応できないからだ。

 その一方で、自分の魔力を使って自分の治癒速度を上げることはできる。

 だがそれは魔力適性、すなわち魔力感知能力や魔力操作能力がなければ意図的にはできない。

 あたしが見た限りでは、微量ながらも魔力を傷口に集めて修復する能力なら、この世界の人たちには基本的には備えているものらしい。

 だが、この魔力感知能力とは、自分の魔力を体外に広げて、他の人や物にぶつかったところで、それらのものが持つ魔力との反発によって形状や生死すら判別するもの。

 つまり、魔力操作能力の別名であると同時に、アロイスの得意技なのだ。


「『場所はわかったな。これからどんどん魔力を減らしていく。それを感知し続けよ』」


 薄い、薄い魔力を感知するには、自分の魔力をさらに体外に出さなければならない。

 そして傷口そばのあたしの指の骨を感知できるほど傷周辺に魔力を集めれば。

 

「傷が……」


 とっくに出血は止まっていたが、生々しかった傷口に薄く皮が張り、抉れた肉がゆるやかに盛り上がっていく。

 数分後に終了を告げた時には、すっかり『傷』は『傷痕』になっていた。

 

「『これだけの能力を見せたなら、疑うことなどできはしまい?』」

「魔力ナシを魔術師に変える。それがそなたの切り札か……」

「『まさか。切り札というのは見えぬように持っておくべきかと存じます』」

「……『見えぬ手札こそ最も有用なれ』か」


 頭抱えたね王子サマ。

 さあ、見えないあたしの手札に怯えるがいいさ。

 そんなもんもうほとんどないけどね!

 あるようにみせかけてないところから引っ張り出す、それが詐欺師の手口だ。


こンの逸般人(ボニーさん)てば……〕


 ……なんかひどい地の文が見えた気がするぞ、グラミィ。

 

 ちなみに、魔力感知操作能力を持つ以上、魔術師の方がそうじゃない人よりも自己治癒がしやすいと言える。能力的にはね。

 問題は、彼らが術式ですらない、ただ魔力を体外に放出するのではなく、自分の身体から離すことなく操作・集中させる手間が必要な自己治癒を理解できるかどうかだ。

 なにせ彼らは騎士団と仲が悪い。訓練であろうと生傷ができることの多い騎士団と接することがなく、自分たちは手を汚すことを嫌って後衛を気取る。

 ということは、自分の傷どころか他人の傷を見ることはほとんどない。


 傷に魔力を意識的に集めるという発想は、傷を見なければ出てきやしない。

 仮に、理論上は知っていたとしても、いざというとき思い出して、魔力操作によって実際にやろうとできるかは不明だ。

 負傷経験がなければ、手傷にパニックになりかねん。平静を欠いた精神状態でうまく魔力を操作できるかはちょい謎である。

 炎の館を脱出した後も、魔力による自己治癒を頼りに白刃を潜り抜けてきたコッシニアさんは、偉大なる例外なのだ。

 

 だけど、魔喰ライと化したサージの一件がある。

 あの裏切り者、上半身と下半身が泣き別れになった後も再起動したあげくにけっこうな距離を動いたからね。

 妖怪テケテケ状態になって、あれだけ移動能力が落ちなかったということは、あの大怪我を数十秒なり数分なりは、治癒能力を使ってなんとかすることができたからなのかもしんない。

 それも魔術師としての訓練で得た魔力操作能力と、地下牢に押し込められていた人たちから喰らった、大量の魔力を使って。 

 この理屈を説明すると、アーノセノウスさんやマールティウスくんたちも納得したように頷いていた。

 

 付け加えるなら、アロイスの自己治癒速度は、おそらくコッシニアさんどころか魔術士隊にさせるよりも遅い。

 それは魔術師としての修練で体内の魔力だけでなく、一度に術式に流し込んだり、動かしたりする時間あたりの放出魔力量の多寡による。

 同じ時間底の抜けたバケツからまきちらされる水に比べて、口の細いポットからちょぼちょぼと注がれる水の量が少ないのとおんなじだ。

 それでも、修練さえすれば、アロイスは魔術師になれる。

 だがアロイスは騎士になることを選んだ。

 選択情報として説明した、騎士の訓練をした人間が魔喰ライになった場合の危険性についてグラミィから伝えてもらうと、王子サマからはため息しか出なくなった。


「……アロイス。よくぞシルウェステルの誘いを断り、思いとどまってくれた。感謝するぞ」

「もったいなきお言葉です」


 無難な言葉に似合わないほどアロイスは満面の笑みを浮かべていた。

 なにせ、今のところ魔術師ではないものでこれほどの自己治癒ができるのは、アロイスだけだとあたしも太鼓判を押したようなものだからね。

 これを使えば『魔術師としての能力を持つアロイス』という極上の餌ができるのだから。

 絶対に手に入らぬところへ餌を吊り上げておいて、足下不注意を誘い、上げて落とすのはお好きなように。

 ついでに言うなら、一緒に湿地帯に行ってもらうのに、いらん怪我などないほうがいいしね。

 アロイス以外の同行者が全員魔術を使える面子な理由の一つでもある。

 なにせこの世界、清潔観念は微妙すぎる。低湿地を乗り越えるのに、少しでも傷は作れない。


 嬉々としてアロイスが退出していった後。

 あたしにも、王サマが声をかけてきた。


「シルウェステルよ。こたびの策が成功したあかつきには、何が望みだ」


 あたしが力を貸すのには、対価と条件がいると、ようやくわかってくださったようで。

 あたしも遠慮なく物が言えると言うものだ。

 もちろんグラミィ経由だったけどね!


「『スクトゥムへ送る糾問使をわたくしとグラミィにしていただきたく』」

「戦を止める気か」


 あ、やっぱりわかったか。さすが王サマ。

 

「『火遊び程度のくすぶりは早期に消すのが良策というもの。それに、戦が起きれば一将功成りて万骨枯るると申します。ならば陛下の足下には、わたくし以外にどれほどの骨が並ぶことでしょうか。それをいささかなりとも減らしたいだけにございます』」

 

 そう、まだギリで間に合う。

 険悪になってもまだ戦火は交えていない以上は、戦争状態ではない。

 ならば、戦争にしなければいいのだ。

 ええ、開戦の名目に使われてたまるもんですかっての。なら自助努力でも戦につながらないように持ってくべきでしょう?

 

「クラーワヴェラーレへの釈明が大変になるではないか」


 あたしは肩の骨をすくめてみせた。

 それこそ知ったこっちゃございませんな!

 そもそも、あたしを戦争のネタにしようとしたこと、許した覚えはいっこもないのですよ?

 それくらいは王サマだって苦労しやがれこんちきしょ。


「……副使はつけるぞ」

「『陛下の御心のままに』」

 

 にこやかにお辞儀したあたしに、引きつった顔でグラミィが聞いてきたっけな。


〔……ほんっきで戦争止める気ですかボニーさん〕

 

 おうさ。今後のピースメイカー(和平構築者)とでも呼んでくれたまえ。銃の名前だけどな!

 

 ……正直なところ、戦争で人が死ぬのを止めたいというのは紛れもない本心だが、最終的にはスクトゥム帝国を、もしくは異世界転生だか憑依だかのシステムをぶっ壊さないことには、この世界は詰むだろうとあたしは思っている。

 なにせ可能性としては、帝国全部どころかこの世界の人間全員転生だか憑依だかの犠牲者にできてしまうのだ。密偵さんの中の人が奴隷を引っ張ってこうとしたのも、犠牲者というかガワ要員ではないかとあたしは密かに疑ってる。

 そして、ガワにされた人とそうでない人、どちらも傷つき斃れゆくのはこの世界の人間だ。不毛すぎる消耗戦になるだろう。


 向こうが兵隊として引っ張ってくる転生者だか憑依者だかの数も問題だ。

 中の人候補を現代日本人口以下とし、こちらの世界人口が中世ヨーロッパ並みだとすると、こちらの世界の人間全員が複数回は使い潰されて絶滅してもおつりが来るほどの圧倒的多数なんだよね。

 しかも、向こうが手駒にしている中の人も、一回こっきり使い捨てとは限らない。

 それこそ何度でも同じゲームでも繰り返すように、ガワの人が死んだらまた別の犠牲者につっこむ、なんてことができかねん、というかやられかねん。

 

 それにだね。

 どうせこの帝国転生だか憑依だかのシステムをぶっ壊し、拡大を止めるのならば、それはあたしかグラミィがやるべきことだともあたしは思っている。

 このシステムが一方通行なのか逆回転モードつきなのかはわからない。

 だけど原理も不明なまま破壊し、知識すら後に残らぬよう瓦礫と化し、スクトゥム以外の国の悪用を防ごうとするのなら。

 十中八九、あたしたちはもとの世界に戻れなくなるだろう。転生だか憑依だかしてきた中の人たちもろとも。

 ならば、手を下すか否かは、彼らと同じ立場の、異世界に落っこちてきたあたしたち自身が決め、実行すべきことなのだ。


 ……ついでに言うなら、ランシアインペトゥルス王国だけでなく、この世界の人間を、これ以上可能な限りスクトゥム帝国に接触させちゃならんとあたしは考えてる。

 例外はあたしとグラミィ。

 あたしたちならすでに中の人が存在している以上、とっつかまって転生だか憑依だかの器にされるようなことがあったとしても難しかろうという読みだ。

 もちろん、そんなにあっさりとっ捕まる気はないのだし、加えていうならスクトゥム帝国よりまずはルンピートゥルアンサ副伯領対策が先決だけどな!

今回の異世界王道ぶち壊し要素は、「封建制度から民主主義を見たら理想の社会でもなんでもなかった件」「集団転生や憑依を使って異世界への侵略行為をやってみたを異世界側から見てみた」です。

しかもそれを(精神的に)支えてるのが既存の異世界系作品だったら……。


別連載の方もよろしくお願いいたします。


「無名抄」 https://ncode.syosetu.com/n0374ff/


 桜の季節な和風ファンタジー系です。


 こちらもご興味をもたれましたら、是非御一読のほどを。


 ちょっと停滞してますが、なんとかがんばって更新を続けていきたいと思います。応援よろしくお願いいたします。

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