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マキにも準備が必要です

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 ヴィーリの助言を受けた毒薬師の皆さんが、早速退出してった後。

 ルンピートゥルアンサ副伯爵家攻略の手がいろいろ増えすぎて、最善手を選べる自信がないと言い張ったグラミィの補佐には、マールティウスくんが就いてくれた。

 アーノセノウスさんが拒否ったせいだ。

 これはグラミィが嫌いというより、当主としてのマールティウスくんの権限強化に行動を切り替えたんですかね。そして自分は相変わらず王都に根を張っていろいろ企むと。

 グラミィともどもアダマスピカに行くのは、もちろんマールティウスくんだけじゃない。領主のサンディーカさんは当然として、カシアスのおっちゃん及び部下のみなさんに加えて、いつのまにやら戻ってきてたアロイスが副官の片割れ、マルドゥスを常駐させるよう願い出たのだ。

 バックアップ体制が分厚いのはありがたい。

 ついでに魔術士隊の連中も、コッシニアさんから管理権限を一時的にもらって、アダマスピカに置かせてもらうことになっている。彼らはグラミィに押しつける予定だ。

 主に、対魔術士団用作業員兼弾よけ代わりに。


 その彼らにしてほしいのは、基本的には水攻め準備中の魔術士団やグラミィたちから敵の目をそらさせるための陽動と、威圧だ。

 ルンピートゥルアンサ女副伯が逆ギレて、王都目指して兵を向かわせてこようとも、その前にピノース河を堰き止めておけば通行止めの一石二鳥。辺境伯領のベーブラ港を避けてロブル河を船で遡ってくるというのもできなくはないが、水量がいつもの二倍に増えた流れを逆上るのは難しかろう。

 どちらの河も、流れ沿いの道を歩いてくることもできるそうだが、ボヌスヴェルトゥム辺境伯領へと通じる、ロブル河沿いにフリーギドゥム海まで伸びているランシア街道はともかくとして。

 ピノース河沿いは、馬車一台が通れる程度の幅しかない上に、低湿地の中を通るようなもんなので、果てしなく足下は悪いんだそうな。

 ランシア街道だって、もちろん大人数で移動していればすぐに目につく。

 だから、隠密裡にまとまった兵を差し向けてくるのなら、ユーグラーンスの森を抜けるルートを取るだろう、というのが、カシアスのおっちゃんと、アロイスの見立てだった。


 だけどねこれ、潜入工作としてはアウトなルートなんだそうな。

 まず想定されやすい。

 もともと選択肢が限られている以上、しょうがないことなのかもしれないけど、想定されやすいってことは、監視や連絡要員を置く場所を決めやすい、ってことでもある。

 そもそも道がないところをわざわざ突っ切ってくるってだけで、怪しい上にやましい事情があります!と宣言しているようなもんだしねー。

 次に、森の中だから当然だけど、整然とした行軍なんて望めない。

 むこうの世界のロビン・フッドでもないが、小回りのきく少人数ならまだしも、大人数が足並み揃えて行動するには、身を隠して移動する木立や茂みが果てしなく邪魔だ。

 当然行軍スピードは落ちる。

 だから、森を抜けてくることを想定できた段階で、いくらでも対応のしようはあるんだそうな。

 おそらくユーグラーンスの森は、中心部の領境からアダマスピカ側にかけて罠まみれになりそうです。

 カシアスのおっちゃんがなにやらわきわきと考えてる笑顔が、珍しくツヤッツヤに黒いんですもの。


 一方、情報収集と打ち合わせを終えた直後に、あたしとヴィーリ、アロイス、コッシニアさんは日に夜を継いでランシア街道をひた走っていた。

 こっちはなるべく少人数で馬の機動力に物を言わせる構成だ。

 王都を立つ前に鳥便でアダマスピカ副伯領都、というにはちょいと鄙びたスピカ村に残留してるカシアスのおっちゃんの副官、エンリクスさんに連絡はとってはあるものの、かなりの強行軍だ。

 おまけにスピカ村からは街道や脇街道を外れて、素早くアルボーを目指す予定である。

 アロイスの後ろに乗っけてもらってるというのに、馬に慣れてないからってひーこら言ってるアルベルトゥスくんを道案内に湿地帯を突っ切って。

 アロイス、やったね。

 念願の湿地帯ルートでのルンピートゥルアンサ副伯領突入ですよぃ。


 コッシニアさんにとっては生死不明状態から初の帰郷だが、席が温まる暇もないのはほんとにすまないなーとは思ってんのよ。いちおう。

 だが彼女は元気だ。アダマスピカ副伯爵家の家宰さんと涙の対面を果たしながらも、新領主なサンディーカさんの委任状を盾に供給してもらってる物資の確認をしていたり。アダマスピカ近隣に隠遁してるのを引っ張り出すよう鳥便で依頼してた、魔術の先生だとかいう、つるっつるにお禿()げみになられた男性と密談していたり。

 アロイスはアロイスでエンリクスさんといろいろ情報の受け渡しをしたりしているようだ。

 

 その間、もちろんあたしたちも遊んでいたわけではない。

 まずはヴィーリが河の流れを止めた。

 すでにこのあたりも冬景色、とまではいかないが、晩秋の田園風景のバックにおさまる山々はとっくに白くなっている。

 ということは、上流の川も徐々に凍りついているということである。

 そのせいで水量もしょぼしょぼだったとは言え、ランシア河のピノース河とロブル河との分岐点に突き立てた枝にヴィーリが魔力を籠めると、急激に膨張して体積を増した木の枝根がうねくり、伸び、水門となっていく様子はじつに壮観だった……。

 いやあ、異世界らしさ満載。


 次にあたしがピノース河の川底に向かってがすがすと氷弾を打ち込んだ。

 ただし形状は弾ではなく平べったい楔状、というか、巨大なスコップの先端状である。

 

 川底というのは、意外と砂がしまっているものだ。

 水がにじみ出てくるほど地下水位が上昇していたり、逆に通水性がいい状態でなければね。

 そこを掘り起こすのは、氷が削っていきやすいよう柔らかくするついでに、少しでも多く氷を貯めておけるようにだ。

 ついでに、打ち合わせかたがたコッシニアさんが地元民の意見を集約してくれたものに合わせる形で、村の対岸側の川岸も削り飛ばし、ちょっと土手を横移動させることで川幅を広げている。

 一応これも、領主のサンディーカさんに許可をもらっての土木作業だ。

 向きや角度を調整して射出すれば、意外と土手の向こうまで土砂が飛んでいくもんなのである。

 ざっぱなあたしの力技に、もろもろの事務仕事が終わってやってきたコッシニアさんと、ウィクトーリアのラウルスさんとかいう、彼女の魔術の先生が顎を落としてたのは、……やっぱり呆れてたんだろうなー。

 

 だが、彼女もちゃんと川底削りに協力してくれた。

 先生の前でいいとこ見せたかったのかどうかは知らない。

 けれど、鉛筆サイズの複数の杖で図形を組むように指先で組み合わせ、時に形を変えながら、わずかな詠唱で氷弾をニードルガンのように打ち出す姿はさすがだった。


 ちなみに、アルベルトゥスくんは体力温存のため休養中という名目で寝込んでます。


 この強行軍の理由は、王都で得た情報にある。 

 もう少しルンピートゥルアンサ副伯領とスクトゥム帝国の情報がないかと尋ねたら、情報専門の暗部さんたちを王サマが引き合わせてくれたのだ。

 もちろん全員となんか合わせてもらえるわけがないけど。


「『すまぬが、記憶がないので、常識と思われようなことから教えてほしい』」


 頭巾と仮面とフードを付け直したあたしが、クウィントゥス王子サマの配下というか、直属の密偵スタンスだったシルウェステルさんだと身元を明かしたのがよかったのか。それとも王サマ式にぺこりと頭蓋骨を下げたのが効果があったのか。

 広域地図を見ながらのお話しはすごく友好的に進んだ。

 それはよかったんだが、話の中身がひどかった。


 以前もある程度は見せてもらったが、あれだけ広大な範囲をすべて記した地図を見るのは初めてだった。

 ランシア地方は、120度くらいのいびつな扇形をしている。その中心を南北にわたって大部分を占めているのがここランシアインペトゥルス王国、そして地方との境からこの国と国境を接して位置しているのがジュラニツハスタだが、他にも小国がいくつかある。群雄割拠ってこういうこと言うんだろうね。

 それに対して、スクトゥム地方はランシア地方の西南に位置し、地図で見る限りではランシア地方の三分の二ぐらいの大きさしかない。

 だが、それがすべて一つの帝国であるというのは、大きな脅威だ。

 

 スクトゥム地方とランシア地方の接点は、海がメインだ。あとは、例のランシア山を含む、急峻な山脈をがんばって越えるルートぐらいしかない。

 だからこそ、ルンピートゥルアンサ副伯爵家をやつらは狙ったのだろうか。わずかなりともランシア山を越えるルートがある以上、サージたちの裏切りも、ひょっとしたら。

 ……いや、推論に推論を重ねるのはよそう。

 

 ルンピートゥルアンサ副伯爵領、特に領都というか領港のアルボーは、点在する小島のような丘をつなげて岬というか港堤にしたような形をしている。

 外海からの波をうけづらい良港だ。

 おまけに、周囲が低湿地と森なので、陸側からは非常に攻めにくい。

 ……だから、ここに、スクトゥム帝国も目をつけたんだろうか。ランシア街道の通るボヌスヴェルトゥム辺境伯領側さえ抑えてしまえば、人の出入りはほぼ管理下に置けるもの。

 

 ルンピートゥルアンサ副伯爵家とスクトゥム帝国の癒着、並びにスクトゥム帝国の異様さが判明した発端は、スクトゥム帝国へ忍ばせていた一人の密偵の死だという。

 彼は、アルボーに拠点を置く諜報活動のベテランだったそうな。

 アルボーからジュラニツハスタの港を経由して、行商人の格好で諸地方間の往来を繰り返しながら情報収集をするのが通常任務というね。

 行商人に化けるというのは、そこそこの人数の密偵たちが同時に動く目眩ましにもうまい手だ。他国の商人が一カ所に定住するのは信用獲得までの道のりまで果てしなく遠い。よそ者に対する眼はどこの世界でも厳しいものだ。

 それよりは、旅の商人が入れ替わり立ち替わり動き続けている方が目立たない。なにせこの世界じゃマスメディアというものが発達していない、というかほぼないのだ。識字率が低いこともあるのだろうが、情報や物資が流通する広場だって、壁に告示が張ってあるわけでなし、むしろ口頭でのお触れがメインだ。

 まあ、だからこそあたしがやらかした、噂を流すなんて手法がうまくいったわけだが。

 

 そんなわけで平民層の口コミを集めて国の状況を分析したり、もうちょっと高級品を扱って情報源を上級貴族に絞り、おえらいさんたちに口を軽くさせたりするなど種々多様な任務を果たす人がばらばらと巡ることにより、王サマへ、常に、複数視点からの、かなり新鮮な情報を供給できる体制が作られている、らしい。

 もちろん、個別行動をとってるような彼らも、互いにコンタクトをまったくとらないわけじゃないようだ。

 というか、怪しまれないよう無駄な接触は避けるにしても、同業者間ぐらいの接点はない方が不自然だ。

 話してくれた暗部の人もまた、情報交換をしようと、亡くなった彼と接触を取ろうとしたのだという。

 だがその時、盗賊の一団に襲われたのだそうな。

 

 密偵さんたちも、自分の身を守る程度の腕っ節は身につけている。

 とはいえ、行商人として行動している以上はそれに見合った武装しかできないし、アロイスたちのように剣で喰っていけるほどの腕前があるわけでもない。

 そんな普通の平民レベルの防御能力で、たった一人が武装しまくった十数人を相手にできるわけがない。

 多勢に無勢。

 こういうときのセオリー通り、不利を見て取った密偵さんも、金目の物を放り出して命だけはとやった。だが、そいつらは金品を奪ったあげくに、口封じにと刃をさらに向けてきたのだそうな。

 こんなところで今抱えてる情報も伝えられずに犬死にするのか。悔しさを抱きながら、密偵さんが悲壮な覚悟を決めた、その時だったという。

 

 彼は道の反対側からやってきた。

 異様だったのは、野盗たちの殺気だった雰囲気を気にした風もなく、普通の足取りで近づいてきたこと。

 どこから持ってきたのか、明らかに行商人の格好にそぐわない、騎士が持つような立派な拵えの長剣を腰に下げていたこと。

 逃げろ、と叫んだが聞こえたふうもなく、ぶつぶつと何か口に出しながら近づいてきたこと。

 獲物が増えた、とドス黒い笑みを浮かべていた野盗たちすら困惑した様子になったほど、彼は平然と距離を詰め、剣を抜き、野盗たちに斬りかかったという。


 密偵さんたちはこういう場合、仲間を見捨てて逃げるよう教育されているんだそうな。

 一見非情に思えるが、情報を王へ届けるという任務を背負っている彼らにとっては、任務優先が当たり前、ならば、共倒れになるよりは誰か一人でも生き残らせる、というのが正しいってことなんだろう。

 ひょっとしたら複数人の暗部さんたちが同時に行動してる理由って、視点の多様性だけじゃなくて情報の伝達経路の冗長性も確保するためなのかもなー……。


 その教育からしても、彼の行動は明らかにおかしい。この場合は自分が野盗に身をさらすより、襲われている暗部さんを見殺しにすべきなのだそうな。

 そもそも、彼は臆病なほどに慎重な男だったという。おまけに、魔術師でも戦士でもない。

 なのに、彼はなおもぶつぶつぶつぶつと意味の分からぬ詠唱を続けながら、野盗に斬りかかったのだという。

 明らかに傍目にも素人丸出しの剣筋に、戸惑っていた野盗たちもあっという間に頭を切り替えたのか、反撃に転じた。彼の斬撃はことごとく避けられ、あっという間に一方的に劣勢に追い込まれていく。


 話してくれた密偵さんは、盗賊一団の注意が彼に向いたのを好機に反対方向へ逃げ出し、近くにあった林の中へと飛び込んだ。

 その林は、直線でつっきれば直近の村への最短ルートになる上、馬に乗ってた野盗たちには障害物となる。

 そうと悟って野盗たちも密偵さんを深追いしようとせず、ひたすら剣を振り回す彼を相手にしていたらしい。

 だが、密偵さんもただ彼を見捨てて逃げ出したわけじゃない。

 林の中で荷物を手早く放り出し、ぼろ布を頭からすっぽりかぶると、大きく道を迂回して襲撃現場に戻ったのだという。


 密偵さんに騒ぎ立てられ、村人たちに狩りたてられるのを恐れたのだろう。密偵さんが戻ったときには、野盗たちはすでに立ち去った後だったという。

 剣も荷物も持ち去られ、ズタズタに切りさいなまれた彼だけが、瀕死でそこに倒れていたそうな。

 彼が息を引き取るのを見守ると、密偵さんは村に駆け込んだ。

 野盗に襲われた、連れが斬られたと助けを求め、明るくなってから村人とともに現場に戻り、村で埋葬をしてもらったという。


 ぶつぶつ言ってた内容について尋ねると、意味はわからないまでも音は覚えているというので、口まねしてもらった。

 

「かんていしっぱいしっぱいしっぱいでもいまのステータスならいけるっしょ。すきるそーどまんせんぎばっしゅすらっしゅくりてぃかるちていげんいどうりょくぞうか」


鑑定失敗、失敗、失敗、失敗。でも今のステータスならいけるっしょ。スキル・ソードマン、戦技・バッシュ、スラッシュ、クリティカル値低減、移動力増加。

 

 あー……。

 見るとグラミィも死んだような目になっていた。

 これって、どう考えても。


〔あれですよね。MMORPG系異世界ていうか、スキルやスターテスが確認できちゃう系の〕


 うん。

 ネット上のアイタタタタな行動を現実に持ち込んじゃって、辻斬りをやらかそうとした大馬鹿者が反撃喰らって殺されましたとしか思えない。

 むしろ密偵さんだけじゃなく、無駄に斬りかかられた野盗さんにも、なんかこー、うちのガヤがまじすみませんでしたーという気分になるのはどうしたものだろう。

 てゆーか。どこのどなたか存じませんが、完璧な自業自得ですね!


 密偵さんが彼の服を探ってみると、数枚の紙が見つかったというが、これも読めないものが多かったという。

 さっき生成したピンセットで広げてみると。


〔日本語ですよね。これ〕


 確かにこの世界の人間には読めないだろう。読めなくて幸いだったと思う。

 なにせ、内容は、奴隷を買い込み帝国某所に売ることというものなんだから。しかも支払われる金額が……相当なもんだわこれ。


 しかし、奴隷を売買する制度というのは、この世界というかこの国にはほとんどない。

 強いて言うなら領主の財産物と見なされる農奴というやつが、奴隷の定義に一番近いだろうか。

 だけど、彼らは金銭で売買されることはない。

 そんなに人が余っているわけじゃないのだし、そもそも彼らの間にも情がある。物扱いで家族ばら売り、なんてことをされたら領主と領民の関係は最悪なものになると思わんかね?

 つまり、そんなことが可能なのだとしたら、それは領主側が領民を意思ある存在と見なしてないこと、領民の抵抗を一切無視できるほど鎮圧手段があるのが前提となる。

 結論。無理。

 少なくとも、ここアダマスピカ副伯領みたく地元密着型領主様が統治している領内では。


 書類の中には、読めるものもあった。

 スクトゥム帝国側の密偵への報告書、ならびにルンピートゥルアンサ女副伯宛の密書である。

 

 生ぬるい気分は一瞬でふっとんだ。

 異世界転生だか憑依だかは知らんが、スクトゥム帝国の人間が――というかこの国の密偵さんもやられてる以上は、スクトゥム帝国に足を踏み入れた人間が、と見なすべきかも知らんが――その対象になってるというのは本気でやばい。

 ある意味タクススさんの危機以上に、この世界にとってやばいことが起こっているのだと、あたしが骨身に沁みて理解した瞬間だった。

 

 なにせこの帝国転生だか憑依だかは、この世界の人間にとっては、ガワが本人のままなのに、中身がそっくり他人にされてしまうということを意味する。

 あたしやグラミィが言うなと突っ込まれたらそれまでだが、いやだからこそ分かることがある。これ洗脳なんてチャチなもんじゃないんだもの。

 あたしもグラミィも、身体の人の精神がどこに行ってしまったのか、なんて知らない。ただ、他人の身体であることだけはわかってる、この骨を、身体を、かつての自分の身体同様に手足を操作することができるだけだ。

 身体の持ち主に身体を返す方法?

 自分が消滅する以外思いつきませんが何か。その方法も不明ですけどさらに何か。

 つまり、身体の人は、一生、いや下手したら中身の人が死ぬまで、もしくは死んだ後も解放されない可能性があるのだ。

 

 ……この転生だか憑依だかが恣意的に可能であり、しかも中身の人たちが同じ境遇の人間を増やそうと考えたなら、そしてその周囲の人たちが彼らが別物になってることに気づけなかったら。

 ミイラ取りがミイラになってアイシャルリターンってもんじゃない、むしろゾンビハンターがゾンビ化して周囲にさらにゾンビ化を拡大するようなもんだ。被害の規模は冗談ではすまないレベルになるだろう。

 下手したら周囲を全部入れ替えてしまえば、王サマすらすり替える、というか中の人を入れてしまえるようになるかもしんない。

 そしてガワの王サマに、この国はスクトゥム帝国の支配下に入ると宣言させてしまえば、……それが国際上の正しい認識となる。

 密やかすぎるだろこの侵略方法。こえー。 

 早期に判明して助かったと言うべきか、密偵さんの中に入っていた人がバカで助かったと思うべきか。


 しかも、中身の人間はどうやら現代日本人の精神性を持ってるらしい。

 密偵さんに憑いてた人らしき言動をかんがみるに、あたしやグラミィみたく、異世界モノのジャンルに親しんでる人間もいるだろう。

 それがMMORPG系で生産職最強か乙女ゲーム系で悪役令嬢が逆ざまあか、内政チートで成り上がりかはどうでもいい。

 彼らにとっちゃ、この世界は自分にとっての異世界、という認識だけで十分なのだ。

 つまり、おまけの人生を過ごせる、ただのボーナスステージ。

 

 魔法陣がでてきてこんにちはか、トラックに轢かれたか過労死かバナナの皮に滑って後頭部を強打したかは知らないしどうでもいい。

 この場合もっともやばいのが、彼らがこっちの世界に自分の生身を持ってきてないということだ。

 生身でやってきた転移系なら、いちおうは『日常に帰る』という目標も持ちやすい。

 だけど、転生系はなー。

 なにせ、十全に生きるための努力をしたかしないかは知らないが、人生にまったく後悔のない人間なんていないのだ。一度死んだ身でもとの世界には戻れないという自己認識があったなら、人間、どんなやけっぱちをしでかすかわからない。

 ましてや、自分が主人公として遊ぶための舞台が死亡ボーナスで与えられましたぐらいの重みしか見いだせなければ、この世界は発火寸前状態になったダイナマイトをろうそく代わりにどかどか突き立てたバースデーケーキも同然だ。どんな惨状が待っているかは想像に難くない。

 

 憑依系だってそうだ。

 現代知識をばかすか自重せずに使いまくり、内政チートだなんだとか、好き勝手いじくり回して物資の需給を偏らせまくったあげく、国際経済が破綻したって知ったこっちゃないのだ、彼らには。

 なにせ彼らの生身、彼らにとっての『現存する自分』はここにはいない。

 生死に関わらず『本当の自分』へのデメリットがなければ、いくらでも彼らは無茶をするだろう。

 ルンピートゥルアンサ女副伯に国を売らせることすら簡単だったのだ、世界の破滅すら企むかもしらん。それも楽しんでだ。

 身体の持ち主のことを考えて自重しろ、なんて聞くわけがない。身体の人の存在すら意識してないんじゃなかろうか。

 密偵さんの中の人も目の前に迫ってようやく、この世界の死、というか身体の人の死が自分にとっての死になるとわかったようだし。

 

 帝国転生だか憑依だかをしてしまった人間にとっては、この世界の人間たちも、ゲームのボットや、いいとこ『ちょっとした物語のスパイスになるNPC』ぐらいにしか見えてない可能性がある。

 だとしたら、彼らはたとえ目の前で人が死んでも『わー、リアルすぎてグロいー』ぐらいにしか思わないんじゃないんだろうか。

 これは結構怖いことだ。

 複数の攻略対象に対して、ゲームと同じようなビ○チ行動で逆ハーレム構築に走る転生者の行動に振り回される転生主人公、なんてのも、恋愛ざまあ系ではよく見る展開だが。

 そんなふうに、自分の思うようにしかこの世界での物事は動かないものと、彼ら全員が信じ込んでいたならば?


 そして、どうやら、あたしの嫌な推測は当たっている可能性が大なのだ。

 根拠は密偵さんの中の人になった人の行動。

 彼もむこうの世界にいたときから、奴隷売買なんてもんを自分の人生の一部として受け入れられるほどような精神性の持ち主だったのかというと、甚だ疑問なんだよね。

 なのにやらかしてる。

恋愛系でも同じだ。

 ハーレムとか逆ハーとか、美形にちやほやされたい願望はあったとしても、現実にやらかそうとする人間はいない。自分の顔面偏差値や下半身八岐大蛇化を罵倒されたり、友達なくしたりと人間関係ぐちゃぐちゃになったりしかねんのだから。

 つまり、『自分の行動』に対し『自分と対等かそれ以上の人間』がリアクションとして、『今後の自分に与えてくるダメージ』を想像する頭があれば、欲望に忠実に行動はできないのが人間ってもんなのだ。

 あくまでもお話はお話、ゲームはゲーム、現実は現実。割り切りができるのはそのせいだ。


 加えて、現代日本の一般人は苦痛に慣れていない。より正確に言うなら、各自の倫理観や意思にそぐわない行為をすることされることに対する不快感に慣れていない。

 もちろん、その苦痛や不快感に慣れなくても行動してる人もいるのかもしれない。人を殺しても生き延びる覚悟を決めた、今のあたしのように。

 だけど、亡くなった密偵さんの中の人の持ってた書類を見る限り、その覚悟は感じられなかった。

 帝国某所に売りつける奴隷に対する数値目標はあっても、人身売買をすることに対する感慨は欠片もなく、『めんどくさいがやらなきゃいけない』『ただの仕事』扱いされていたこと。

 奴隷が手に入らなければ、諸都市に流入している不正規住民、いわゆる貧民街(スラム)の住人や、旅から旅へ暮らす行商人のような『比較的足のつきにくい人間を適当にかっさらえばいい』と書かれていたこと。

 ……ひょっとしたら、野盗に剣持って斬りかかったのって、襲われてた暗部さんが密偵仲間だったから、じゃないのかもしれない。野盗なら死のうが生きようが誰も気にしない、ってんで、適当に負傷させて身動き取れなくしたところで運んでいこうとしてたとか。

 うん、やっぱり自業自得だ。

 武装しまくった野盗十数人を一人で捕獲しようとか考えが甘い。自分の腕っ節というか、あるかないかもわかんないチートを過信してなのかは知らないけど。

 そもそも相手はボットでも採取依頼を受けた薬草でもない。おとなしく狩られてくれるわけがないじゃん。


 あたしはスクトゥム帝国に密偵さんが寝返ったということと、情報収集だけでなく人狩りの手先として動いてたらしいってとこだけ説明し、だから即座に手を打たなければならない、そう主張した。

 だが、王サマは難色を示した。

 帝国と関わり合いを持った者すら警戒対象にとらなければならない以上、あたしをそこに送ることは危険だというのだ。

 クラーワヴェラーレからの抗議があったこと、アーノセノウスさんのシルウェステルさんに対する情、あたしの能力評価、いろいろ他にも理由はあった。

 最終的にあたしが行くと押し通せたのは、グラミィを置いていくことを申し出たこと、同行するヴィーリの存在と、お目付役としてコッシニアさんとアロイスという二重の監視を自発的に受け入れたことが大きいのだろう。


 なぜそこまであたしがごり押しをしたかというと、密偵さんが口まねしてくれた内容のせいだ。

 

「いてえりせまらしろってかなぜだおれはおれたちはりせまらあかじゃないすくとぅむこうていだていこくはおれのものおれたちのものおれはおれたちはていこくのものなはず。おれはおれたちはすくとぅむこうていだすてあかなんかじゃねえはずだろそういえよなあおれはこうていだおれはこうていだおれはこうていだまたしぬのはいやだ」

体調不良のため、へれへれってますがなんとか更新しました。

今回の異世界王道ぶち壊し要素は、「異世界の人間から異世界転生や異世界憑依を見たら洗脳なんてチャチなもんじゃなかった」です。

次回の内容と組み合わせると、けっこう凶悪なネタになるのではないかと自画自賛しております。


別連載の方もよろしくお願いいたします。

「無名抄」 https://ncode.syosetu.com/n0374ff/

 桜の季節な和風ファンタジー系です。

 こちらもご興味をもたれましたら、是非御一読のほどを。

 ちょっと停滞してますが、なんとかがんばって更新を続けていきたいと思います。応援よろしくお願いいたします。

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