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こっから先はマキで行きます

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

〔タクススさんが危ないって、どーいうことですかボニーさん?!〕

 

 タクススさんはルンピートゥルアンサ副伯領都、アルボーに潜り込むと言ってアダマスピカを出たんでしょ?

 それから一ヶ月は軽くたってるということは、ボヌスヴェルトゥム辺境伯領を経由したとしても、とっくの昔についてるはず。

 だが、ボヌスヴェルトゥム辺境伯領のベーブラ港にもスクトゥムの人間が入ってきているということは、アルボーにもっと入ってきていておかしくはない。

 というか、王サマの情報収集が正確なら、敵対行動してる以上、スクトゥム帝国が手近なルンピートゥルアンサ女副伯の領地に巣窟の一つや二つこしらえてるのは、ほぼ確実なことなのだ。

 そこを作戦拠点にして、商人のふりとかで女副伯にあの夢織草(ゆめおりそう)エキス入り封蝋を納入したり、使うように働きかけたり、こっちの情報収集したりすることもだ。

 向こうがホントに全員転生者なら、軍事系知識の持ち主もいるでしょうな。

 彼らがそれらをフルに使ってたとしたら、作戦拠点が作られてる可能性はぐんと跳ね上がる。諜報だけじゃなく、暗殺や破壊活動を行うにしても、情報や物資を集め戦術的戦略的判断権限を与えた基地を作るのは軍事的な基本行動だからだ。


〔だから、なんで、そんな知識があるんですかボニーさんわ!〕


 ……むこうの世界にあったから。そんだけのこと。

 

 話を戻すよ?

 外務卿殿下も自分の寄親である港湾伯すらも毒にかけたのが、ほんとにルンピートゥルアンサ女副伯の意思によるものか、彼女が真実スクトゥム帝国の手先になってるかはわからない。

 が、スクトゥムの密偵のアジトがアルボーにあるのなら、これはやばい。

 なにせ相手は魔薬を精製・使用できる技術と能力持ち(推定)なのだ。

 王サマやクウィントゥス王子サマがアルボーに潜伏させてる密偵さんが今現在どれだけいるかわからないし、どれだけ腕が立つのかも知らないけれど。

 夢織草を使われたら、暗躍合戦はたぶんこっちの負けだ。のきなみむこうの手駒にされていないとも限らない。


 タクススさんが王猟地のお屋敷を出た時点で、すでにルンピートゥルアンサ副伯領は敵地だという認識があったのはもちろんのことだった。だから密偵を派遣することにあたしは反対した。

 だけど、むこうの世界との相似性をもっと早く悟っていたら、外務卿殿下と港湾伯の体調不良と夢織草の危険性を結びつけて考えていたら、あたしは()()()反対した。

 のほほんと王都に噂なんて流さず、むしろ相手に情報を全く与えることのない電撃戦を提案したことだろう。

 ルンピートゥルアンサ副伯領は敵地なんかじゃない。入る者を確実に仕留めにかかる地雷原になっているのだと見切りをつけて。

 

 ……タラレバの話はいくら考えても、現状を好転させることはできない。

 無論、相応の覚悟で乗り込んでいった以上、タクススさんが油断するとは考えづらい。

 だが、それでも味方と思ってた敵の手駒に刺されたら致命傷を負いかねん。

 しかも、使われているのはこの世界の常識には存在しないらしい形態の毒。

 タクススさんも防げるかどうかは微妙なところだ。


 そして、タクススさんが敵の手に落ちるとしたら。危険は二つある。

 彼の心身も危険にさらされるのは当然のことだが、何より危険なのは、タクススさんが持っている情報を洗い浚い暴露させられること。

 そう、あたしとグラミィの情報もまるっと筒抜けになる危険性が高いのだよ。

 バカみたいな魔力の持ち主の魔術師という情報が伝われば、これだけで警戒対象にとられるだろうね。王子サマが早々にあたしたちを紐付きにしようとした時とおんなじ理由だ。

 骨とばーちゃんという愉快な二人組っていう外見も知られてたら、こっそりお忍びなんてもんも無理になる。

 

 一方的に情報を握られた方が負けるというのはよくあることだ。

 それでもルンピートゥルアンサ女副伯で情報が止まるならいい。スクトゥム帝国の上層部まであたしたちの情報が上げられでもしたら、対策は取られ放題だ。

 亡命してみようなんて戯言も夢のまた夢、国境線越えた瞬間に拘束されてスパイ扱いされかねん。


 ならば、今できるのは。


「『一刻でも早く、クウィントゥス殿下の御命令通り、ルンピートゥルアンサ副伯爵家を潰しましょう。その折りにはアルボー港も壊滅的被害を受けるやもしれませんが、どうかそれは陛下にも御甘受いただきたく』」

「それは、タクススを助けるためにアルボーを崩す、ということか」


 目的の一つと結果はそうなりますね。

 かっくりと首の骨を動かすと、文官さんがぽろりと文書袋を落っことした。

  

「大口を叩くと思っていたが……本当にできるのだな?」


 ……もしかして、港がどうこうって話も半信半疑どころか完全に疑ってましたか?

 そりゃまあそうか。判断材料が少ないんだろうし。


〔怒んないんですか、ボニーさん?〕


 怒ってどうする。王サマの評価は王サマの判断の結果であって、あたしの知ったこっちゃない。

 極端なことを言えば、この王サマがバカ殿で、判断を誤った結果この国がなくなろうがどうでもいいのよ。あたし的には。

 ただ、知り合っちゃったタクススさんやアロイスとか、カシアスのおっちゃんとか、彼らはなるべく健康で平和に暮らせればいいと思うだけで。


「失礼ですが。なぜ、そこまでタクススに肩入れを?そもそも彼といつ面識を持たれたのでしょうか?」


 微妙敬語の暗部リーダーさんを見返すと、さっきまでのどこか素人をさげすむような眼ではなく、真剣な顔つきがそこにはあった。

 ……そっか、君もタクススさんと同僚だったか。

 毒のエキスパートってプライドだけは無駄に高かったが、研究者気質ながらも仲間を案じる気持ちはあるのね。

 

「『彼とは直接言葉を交わし、数日ほどともに時を過ごした。毒についても少々教えてもらったな』」

「それは……!タクススが何かお出ししませんでしたでしょうか?!」


 なにその動揺っぷり。出してくれたと言えば、ねえ?


「『彼の茶を飲んだが、なにか?』」

 

 グラミィの言葉に、暗部さんたち全員が挙動不審に陥った。


「ちなみに、ど、どのようにお飲みになられたので」


 どのように、って、言われても。


「作法はいまだ覚え直しておらなんだゆえ、一息に、こう」


 くいっとなとカップを傾ける仕草をしてみせるグラミィに同意するように、アロイスも頷いた。


「もしや、タクススが、毒薬師である、などとことは」

「『その前にタクススどのから直に聞いたが?』」


 …………。

 

 暗部のみなさんどころか王サマまで固まっちゃったよ、おい。

 えーと……、なんか、悪かった?

 タクススさんは怒ってなかった、と思うけど。魔力を見た限りでは。


「あのう、なにゆえ毒薬師の出した茶を受けられたのでしょうか?」


 いくら毒じゃないって言われても、普通なら警戒するって?

 だけども今のあたしにゃ強酸みたいな、それこそ骨をも溶かすような毒でもない限りはおそらく効かない。

 状況的にも、正常な思考能力があって、一応味方というスタンスにあり、自暴自棄にでもなってない限りは、毒薬師といえども自爆テロのような集団毒殺なんて仕組みはしないだろうという読みも確かにあった。

 それに、なにより。


「『記憶を失ってこのかた、温かい茶を振る舞われたのは初めてのことだったのでね。嬉しかったのだよ。それだけだ』」


 いくら飲み食いしなくても飢えも渇きもしない身体だとわかってても、ちゃんとあたしの分まで用意してもらったのは、ほんとに嬉しかった。ポツンはやっぱりいっちょまえの人間として認められてないような気分になるもんだ。

 ……そして飲んでみたら、やっぱり生身のようには喉を通らなくてねー。お茶がそのままじゃばっと椅子まで自由落下していきそうだったから、慌てて魔術を使って胸骨の中に納める羽目になったのも、初めての体験だった……。

 それ以降は、アーノセノウスさんやマールティウスくんからのお酒も受けないようにしてるけどね。


「タクススの杯をお受けになった方、どうか我らに御名を明かしてはいただけないでしょうか」


 ……急に低姿勢になったね。

 だが、ここまであたしもグラミィも名前を明かしていない。

 王サマやアーノセノウスさんも、暗部さんたちの前で、あたしたちの名前を呼んでいないのはそういうことだ。

 いいのかな、と見ると苦虫をじっくり咀嚼中の顔で王サマが頷いた。その視線の先は……文官さんか。

 ぼっち君も巻き添えの仲間ケテーイですね。いえーい(棒読み)。


「『我が名は、シルウェステル・ランシピウス』、そしてその通詞をしておるこのわしはグラミィと申す」

「はて。初めてお伺いいたしましたグラミィどのの名はともかく、シルウェステル師は、確か亡くなられたと伺っておりましたが……」

「『いかにも』」


 ごらんのとおり、と頭蓋骨をさらしてみせると、彼らは目玉が飛び出しそうなほど凝視してきた。

 あ、文官さんが気絶した。


「アロイス、頼む」

「は。監視もこちらでいたしましょうか?」


 王子サマの尋ねるような眼に王サマが頷くと、略礼を返したアロイスはさっさと文官さんを拉致っていった。

 さわりだけとは言え、彼もいろいろ知っちゃったからねぇ……。南無。

 

 だけどその様子には目もくれず、毒薬師さんたちはざっと片膝をついた。

 あたしを向いて。


「我らポーティオ小隊、シルウェステル・ランシピウス師のなさることに合力(ごうりき)申し上げます。いかようにも我らをお使いくださいますよう」


 まじで?

 王族ズが唖然とした顔を見合わせてるけど。

 やがて、王サマが深々とため息をついた。


「……よかろう。ポーティオ小隊に命ず。『骸の魔術師』に助力せよ。タクススの救助やアルボー攻めもむろんのことだが、まずは夢織草とかいったか。その毒を抜く方法があるのなら、それも伝授を願い、テルティウスやタキトゥスらの治療にも当たるよう」

「かしこまりましてございます」


 王サマの追認キタコレ。

 だけど、テルティウス殿下とボヌスヴェルトゥム辺境伯の治療方法なんて知りませんよあたしゃ。

 そもそも、王サマ直々の依頼である、『外務卿王弟殿下と港湾伯の体調不良の理由を突き止める』ってのは現在終了しております。本人たちの病状を診る前の段階で原因毒物ほぼ確定ってことで。

 でも、このタイミングで暗部のみなさんが協力的になってくれたのは助かったよ。早速使わせてもらおうじゃないの。


「『陛下、約定申し上げたことをどうかお忘れなきよう。テルティウス殿下とボヌスヴェルトゥム辺境伯にかけられた毒を特定し、治療を施されたのは、彼らポーティオ小隊にございます』」


 ということにしていただきたい。

 そう含みをもたせた言葉に王サマは片眉を引き上げたが、頷いてくれた。

 よし。

 毒薬師さんたちが驚いた顔になったが、正直あたしたち名義の手柄なんていらんのです。王サマに恩が売れたらそれでいい。

 なので、喜んで隠れ蓑に使わせてくれなさい。

 

 もちろん、彼らへの見返りを考えていないわけじゃない。

 頼みにできるとしたらヴィーリの知識だろう。他人の褌で相撲を取るようだが、使える知識は森精でも使わせてもらおうじゃないの。

 なにせ王弟殿下たちの症状の原因は麻薬ならぬ魔薬だ。

 魔力を不安定にし、魔力酔いを起こしているからこそ、ハイにつっこんだ余波が症状として現れているのなら、むこうの世界の薬物依存症状である、脳のシナプス構造の変容による幻覚よりは、まだ治りやすい、んじゃないかな。

 魔力酔いが治れば症状は改善されるはずだし。

 そもそもシナプスのつなぎなおしなんてもん、あたしができるわけないかんね、まじで。

 ……アハ体験をすればするほどシナプス構造はどんどん変容できるらしいが、感動しろ、ってぇのは治療方法として信頼されづらいだろうから、言わなくてもいいや。

 

(それは『知識の提供』に含まれると?)


 ええ、よろしく。

 夢織草の解毒作用のある薬草でもあればいいと心底思うが、そうそうご都合主義は通るまい。

 せいぜい新陳代謝を高めて体外に毒成分を排出するくらいしか効果的な治療方法は思いつかないが、被害がこれ以上拡大しないように暖炉に残った燃えかすなんかの処理をするのは、毒の取り扱いには慣れてる彼らにしてもらった方がいいだろう。

 それと、ただ一つ救いと言えるのは、外務卿殿下らの症状が、夢織草のエキスで(いぶ)されなくなってから出てるってことだ。

 つまり、今彼らが陥ってる精神錯乱などは、いわゆる離脱症状、夢織草の夢から出てきかけているからこそ現れた症状なんではないかと思われる。そのあたりを伝えてやってほしい。


(なるほど。星の子の囁きに従おう)

 

 頼むね。


 とはいえ、外務卿殿下も港湾伯も、回復するのにどれくらいの時間がかかるかわからない。 

 とりあえず、外務卿殿下の権限を誰かに代替してあげましょうや王サマ。

 ついでに、ボヌスヴェルトゥム辺境伯家のところも仲裁したってあげてください。

 あ、他にも情報と根回しは必要だね。


「『加えて、星見台の方々にもご協力願いたく』」

「星見台?」


 意外だったのか、いぶかしそうな眼になった王サマ。


「『次に最も激しい大潮が起きる日と、その干潮と満潮の時間を正確に知りたく存じます。カシアス……いえ、ルクサラーミナ準男爵ならば、星見台の方とも面識がおありかと』」

   

 なにせこの世界には三つも月が存在する。潮の満ち引きが月の満ち欠けと関係あるのはあたしも知ってるが、どう関係するのかなんて知らん。

 しかも三つの月のどれもが、大潮に最適な位置にいつ来るのか、なんて、軌道計算でもしない限りわかんないもん。専門家の手をお借りしますよ。

 暗部のみなさんにも不思議そうな顔をされたけど、あたしが考えてるアルボー港破壊活動には必要なことなんです。

 

「理由はわからぬが、必要なのだな。他には」

「『では、飛び出した鼠の始末、ならびに鼠退治に横やりを入れそうな各所へのお手配りを陛下にお任せしてもよろしいでしょうか?』」

「王を使うか」


 もちろんですとも。

 即座にかっくり頷いてやったら、アーノセノウスさんとマールティウスくんがぎょっとした顔ではうはうと手を動かした。

 不敬の極みの動作だろうから、動揺するのはわからなくもないけど。生身じゃない上に自分じゃ声も出せないあたしだから許されることだろう。

 実際、ルーチェットピラ魔術伯親子の様子を見た王サマは苦笑していた。


 王サマも、あたしに生前のシルウェステルさん同様の権限を認めたってことは、生前のシルウェステルさん並みには自分の配下に置きたいのでしょうがね。

 あいにくあたしにそんな気はさらっさらない。使える者は王サマであろうと逆に使いますとも。

 つーかね、ここまできたら、スクトゥム帝国とのドンパチは必ず起きる。というか、起こらざるをえないだろう。そこに他の国が容喙(ようかい)してみい、手がつけられなくなるじゃないか。

 ちょっと危険なのはジュラニツハスタかもな。

 以前の戦いでランシアインペトゥスに負けてる以上、恨みを持ってるのを『全員転生者の帝国による異世界侵略計画』なんて、訳の分からんもんに利用されてはたまらない。

 せいぜいデキムス王子殿下でもご利用の上、あたしじゃ絶対にできない外交努力ってものをお願いします。


 そして、利用するのは王族だけじゃないのです。

 

「『アダマスピカ女副伯どのにも、ご助力を願いたいのですが』」

「いかなることにございましょうか?」

「『蒼銀の月(カルランゲン)が一巡りするほどの間、アダマスピカ副伯領内の土地使用許可と、ピノース河を一時的に枯らす許可をいただきたいのです』」

「それは……、どのような用途にお使いになるおつもりでしょうや?」

「『水を貯め、一気に切って落とすために』」

「なるほど、ピノースの流れを堰き止め、貯めた水でアルボーを吞むつもりか」


 王サマ、惜しい!


 グラミィに見てきてもらったピノース河は、アダマスピカの領館がある村付近では、幅100mぐらいの穏やかな流れだ。

 そんな浅い河をただ堰き止めても、水はさほど貯められない。土手も低いしね。


 だけど、河に水を貯められないのなら、河じゃない場所に水を貯めたっていいだろうし、川に貯めるものが水じゃなくてもいいと思わね?


 幸いと言うべきか、小雪がちらつくほどには冬が近づいている。

 ならば、氷塊を魔力の続く限り作ってもらって積んどいてもらい、いざとなったら火球一発、溶かしてやったっていいのだよ。


「なるほど。面白いことを考えたものだ。だが、シルウェステル。いくら魔力が豊かといえども、それはそなただけでは難しかろう」


 たしかにそうなんですよねー。

 考えてたのは、あたしとグラミィの人外魔力量組が後退しながら作りまくるって方式でしたが。長篠合戦の織田信長勢よろしく、三交代のつるべ打ち形式にするには、ヴィーリは入れらんないだろうけど。

 なにせヴィーリは森精だ。人間、それもランシアインペトゥルス一国の内部の紛争になんか噛ませらんないでしょ。


「時の幸いと言うべきか、マクシムス魔術士副団長から申し入れがあってな。魔術士団を使ってほしいようだぞ」


 ……ほうほう。

 副団長とかいう人は謁見の間じゃあ見なかったけど。アークリピルム魔術伯やクウァルトゥス魔術士団長殿下の醜態でも聞いたかな?

 だとしたら、耳が早いだけじゃなく政治的な根回しもお上手そうだ。

 何かやるならいっちょ噛ませろ、手柄をこっちにも寄こせと。

 確かにそれはこちらにも好都合。

 というか、王命による国家事業レベルにまで話を膨らませたなら、王族クウァルトゥス殿下をトップに据えている以上、アーノセノウスさんたちと仲の悪そうな魔術士団としても、表だった妨害は下手にできまい。

 

 ……まさか、ね。


 ちら。と眼窩を向けた途端、国王陛下と王子サマが、そろって目をそらした。

 なんかやらかしましたね?裏取引とかその他もろもろ。

 いやこっちに利益があるなら、それはそれでもいいんだけども。

 

 大規模にできるのはこちらとしても、非常にありがたいのだが。そのぶん問題も大きくなるんです。

 軍隊規模で魔術士を動かすならば貯水池……というか貯氷地とでも言うべき場所から川へと流す水路も整備しやすいし、今後もアダマスピカ副伯爵家で使ってくれるというのならため池を作ってもいい。

 だけど、どっちにしてもかなりの場所が必要になる上に、土地が冷えるんだよね~……。

 加えて置き場所の土は、どうしても氷の重みでぎちぎちに固められることになる。

 川の流域に納めれば問題は少しは減るだろうが、それでは場所が足りない上に、スピカ村にも冷気が伝わりやすくなるだろう。


「ユーグラーンスの森の対岸あたりはいかがでしょうか?湿地帯が近いので、あのあたりでしたら、さほど耕地にも影響はないのではないかと」


 なるほど。さすがは地元民(ジモティ)のおっちゃん、目の付け所が違うね。

 んじゃあ、氷の置き場はそれでいいとして。

 

 魔術士団が来るんなら、団員全員が泊まれる場所も必要になる。

 おっちゃんたちが行った時はどうやったかまで知らないけれど、その十倍以上の人間が動くのだ、近隣の宿を接収しようたって当たるのはほんの一握りの人間だ。

 行軍用の天幕でも運んでって設営すればいいのかな。

 それにしたって、人間を湿地に置くのはまずいでしょ。氷じゃないんだから。


「麦の収穫は済んでいるのだろう?ならば、畑を使わせてもらえばいいのではないか?」

「アーノセノウスさま、軍勢が踏み荒らした土地というものは、衰えるものです」


 重みあるカシアスのおっちゃんの言葉には、むう、とマールティウスくんまで考え込んだ。

 土地が荒れれば、当然のことながら収量は落ちる。

 ならば。


「『陛下。アダマスピカ副伯領に対する不利益にもご配慮いただけないでしょうか』」


 来年アダマスピカ副伯領が不作になったら、そのぶん国家補償してもらえますかね?国家事業レベルの話なんだし。


「相わかった。来年国に納める税は不要とする」

「食糧も魔術士団に持ち込ませるべきだろうな」


 現実的なご意見ありがとう、王子サマ。さすが騎士団長の地位はダテじゃないね。

 ……魔術士たちにも重量軽減を覚えさせれば、輜重(しちょう)もぐっと効率的になるんだろうけどね。

 あたしゃ、潜在的敵対関係にあった組織になんて、魔術ではない魔力の運用方法を教えるつもりはありません。異端とみなされる危険もあるからね。

 せいぜい自力で頑張ってくれたまえ。


「魔術士団を派遣するとはいえ、ルンピートゥルアンサ女副伯がのぼせ上がって兵を向けてこないとも限らん。アダマスピカ女副伯、そなたの初陣に期待する」

「は、はい!ありがたきお言葉」


 背筋をぴんと伸ばしたサンディーカさんは……どうみてもド緊張のご様子。

 そりゃそうか、国が戦争してた空気はわかっても、自分が戦場に立つかもしんないなんてことは体験したことないんだろう。


「おそれながら、アダマスピカ女副伯どののみに荒事をお任せするのは、騎士としていささか心苦しゅうございます。陛下、なにとぞそれがしにもお命じください」

「ではルクサラーミナ準男爵、そなたにも任せた」

「謹んでお受けいたします」

「『では、コッシニアどのには、わたくしと同行していただきたい』とシルウェステルどのが申しておりますが」

〔って、ボニーさん?〕

「何をする気だ、シルウェステル?」

「『策をより確かなものとするため、ピノース河対岸の低湿地帯より、アルボー近郊まで潜入いたそうかと』」

「シル、なぜそなたがそこまでする?!」


 アーノセノウスさんが心配そうな顔で見ているが、一応理由がいくつかあるのよ。


「『魔術士団を派兵してくださるのでしたら、いくぶん魔術戦力に余剰が出ましょう。これを遊ばせておくこともございません。幸い、今のわたくしは毒にもかかりにくいようでございます。直接アルボーへ仕掛けを施すにはわたくしが適任かと存じます。コッシニアどのには、わたくしの仕掛けがどのようなものであるかを陛下の目として見届けていただき、いささか口下手なわたくしの代わりにご報告いただければと思う次第。魔術師のみで不安とあらば、……そうですね、ウンブラーミナ準男爵にもご同行願えれば幸いに存じます』」


 コッシニアさんとアロイスの功績が高まれば、戦後処理の人員配置もしやすくなるんですよね、王子サマ?

 

「『いまひとつの理由は、魔術士団の指揮官は団長であるクウァルトゥス殿下。わたくしがこの作戦の立案をした以上、全責を負う覚悟はございます。されど、わたくしがアダマスピカにおりましたならば、魔術士団の指揮系統に乱れが生じましょう。加えて、謁見の間にて、わたくしはクウァルトゥス殿下に怒りを向けられております』」

「シルウェステルの落ち度ではなかろう」


 ですよねー。あたしもそう思う。だけど、人の感情は理屈じゃないもんで動くのだ。


「『ありがたきお言葉。なれど、殿下に憎まれておりますわたくしがあえてアダマスピカ副伯領に留まらば、これまた魔術士団の士気に関わることとなりましょうゆえ』」

 

 あの地団駄おにーちゃん殿下は、プライドだけは無駄に高そうだったからねぇ……。


 タクススさんの身を案じてるってこともある。

 仮に今五体満足だとしても、一気にアルボーも流して更地にしちまえ、というこの荒っぽい作戦に巻き込まれたら、いくら魔術陣を渡してあるとはいえ、まじで命が危ないのだよ。

 逆に言えば、アダマスピカ副伯領は土木工事的な作業が必要とは言え、比較的安全だ。

 だから生身のヴィーリとグラミィには、アダマスピカにいてもらいたいのだが。


〔って、ボニーさん。それって、ボニーさんとニコイチ扱いのあたしまで、あのおじさんに憎まれてるかもってことですよね?!なのにいっしょにいろとか?!〕


 ……あちゃー、気づいちゃった?


〔なんですかその人を釣りの餌にするような扱いは!〕


 それでも、ただ目眩ましのためだけに、あたしがグラミィをおにーちゃん殿下(魔術士団長)の前に放り出すとは思わないんだ。


〔そんな使い捨て扱い、もったいないオバケなボニーさんがするわけないでしょうが!〕


 だいぶあたしの考え方が馴染んできたじゃないの、グラミィ。

 いかにもその通り。


「ならば、念のために魔術士団はこの作戦においてはそなたに従うよう命令書を渡しておこう」


 よし釣れた!


「『ありがたき幸せに存じます。されど陛下、わたくしが魔術士団とともに行動しえないこともあり得ますので、どうか、我が代弁者たるグラミィ、そして我が同行者たる星詠みの旅人(森精)、ヴィーリどのにも、わたくしが不在の折のみで構いませぬので、()()()()()()()()()()()()』」


 うやうやしくお辞儀をすれば、王サマの舌打ちが頭蓋骨の上を通り過ぎた。


 あたしがグラミィで釣りたかったのはこれ。

 指揮系統の一本化が必要な以上、お墨付きを王サマからもらっておくのは必要なことだ。

 何もそのトップである指揮官があたしである必要はないけどね。

 そもそも軍事的にはド素人です、あたし。

 そういうこと言うと、グラミィがまた逸般人認定してきそうだけど。ホントのことですよこれ。


 だが問題は、あたしたちに一方的に敵意を向けてる相手と、向こうがあたしたちより高い身分と権限を与えられてる状態で同行しろと言われてること。

 そんなん怖くてできませんがな。

 なので、あのおにーちゃん殿下から魔術士団の指揮権を一時的にでも奪い取ることができるという手段があるというのはとてもありがたい。

 ついでに言えば、その権限があたしだけに付与されるより、こっち側の全員が持っていることが必要なのだ。

 いざとなれば王命に抗ったという名目でおにーちゃん殿下を無力化することもできるのだから。


 もちろん、ちゃんとお仕事はしますよ?

 グラミィが。


〔って、ちょっとおぉぉぉ!ボニーさん!〕

 

 基本的には比較的計算ができるっぽい副団長さんに協力してあげればいいと思うの。こっちに敵対の意思はありませんよアピールね。

 おにーちゃん殿下が暴走しそうだったら止められる権限がグラミィたちにあるというのは、あくまでも、いざという時の備え的おまけです。

 シルウェステルさん(お貴族サマ)扱いのあたしならまだしも、平民扱いのグラミィたちが、王族であるあのおにーちゃん殿下にガチで対抗するにはなくてはならない、大事なおまけだけどね。

 というわけで、直に魔術士団をも抑えられるこの役は、グラミィ以外には頼めないのだよ。

 カシアスのおっちゃんやサンディーカさんだけじゃなく、他の人からも協力もらっていいから、よろしく頼むね。

 たぶん何もなくてもヴィーリが守ってくれるとは思うけど。

 代理権?ヴィーリにも与えてもらうのはただの保険ですよ。名目的なものだけど、ないよりはましというね。


〔うぅー……、またボニーさんの口車に乗せられてアダマスピカですかぁー……〕


 ぼやくなぼやくな。王サマすら使いたおすあたしが、グラミィ(運命共同体)を使いたおさないわけがないじゃん?

使える者は骨でも使う王族と、王サマすら使いたおす骨っ子。

さて、軍配はどちらに?


ちなみに、毒使いさんたちがなぜころっとボニーに従います宣言するほどにオちたかとか、なぜ王サマがあっさり追認したのかについてもちゃんと理由があります。

需要があるならEXにでも書きたいと思っております。



別連載の方もよろしくお願いいたします。




「無名抄」 https://ncode.syosetu.com/n0374ff/




 和風ファンタジー系です。


 こちらもご興味をもたれましたら、是非御一読のほどを。


 ちょっと停滞してますが、なんとかがんばって更新を続けていきたいと思います。応援よろしくお願いいたします。

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