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判明

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 異世界転生者しかいない帝国が、スクトゥム地方のみならず他の地方にまで侵略の手を伸ばしている。

 さすがにあたしも予想すらしなかった事態だ。

 そりゃあ、今回のルンピートゥルアンサ副伯家の暗躍をスクトゥム帝国が使嗾(しそう)してるって分析も、その一手として外務卿殿下と港湾伯を動けない状態にしたのだろうと王サマが推測したのも納得がいく。

 

〔どーしますボニーさん?現代知識チート総がかりでの侵略とか、この世界の人たちが抵抗できると思えないんですけどー〕


 まーね。その感覚はあたしもわかる。


〔いっそのこと、スクトゥムへ逃げ出して、転生者ですって言ってみます?〕


 そりゃ無理だ。

 まず痛帝国が実在するって情報源は王サマの配下からの報告なのだ。正確性は高いのかもしれないけど、あたしたちにとっては数少ない又聞きにすぎない。つまり、ホントかどうかもわかんない。

 実在するとしたって、あたしたちはスクトゥム地方がこの国の西にあるのか東にあるのかも知らないのだよ。

 この状態で、このランシアインペトゥルスから逃げ出すにしても、どうやって辿り着くおつもりで?

 第一、この国にいるからこそあたしたちには価値がある。全員転生者の国に行ったらあたしたちが持ってる現代知識の価値なんて大暴落すんのよ?

 そもそも同じ転生者だからといって庇護してもらえるかは疑問だし。グラミィはともかく、あたしは見た目が見た目だしねー。


〔じゃあ、どうするつもりなんですか?〕


 今できることをするだけ。つまり、ルンピートゥルアンサ副伯爵家攻略。それがこの国に対して間接的支援になり、スクトゥム帝国への敵対行動となっちゃうのは、もう、しょうがないと諦めよう。

 あ、あともう一つ。テルティウス外務卿殿下とボヌスヴェルトゥム辺境伯がくらった毒の確認だ。

 

 黒手袋と黒覆面で骨を隠し、仮面をつけた上からさらにローブのフードをかぶったところで、王サマが呼んでくれた専門家の人たちが入ってきた。


〔なんか、タクススさんみたいな人たちですね〕


 袖口は広くて長いがシンプルな服に肩口のスリット。腰のベルトからいくつか袋が下がっているところが確かに似ている。

 というか、たぶんタクススさんのお仲間なんだろうね。いわゆる暗部の人間ってやつだ。

 一人だけ袖口が比較的狭めで、袋もつけてない格好で、大きな袋を抱えて居心地悪そうにしてるのは、外務卿殿下おつきの文官さんなんだそうだ。文書を送ったり何か持ってきたりと、上の執政官なんかの使いっ走りにされていたそうな。

 どの人も表情が硬いなー。

 

 まあ、気持ちはわからんでもない。

 使いっ走りの文官さんは、王サマの御前に出ることはまずないだろうしね。緊張しててもおかしくはない。

 一方、タクススさんのお仲間にとっちゃ、毒のエキスパートとしての自負がある。殿下や辺境伯の侍医じゃわからんことでも自分たちなら分かると自信満々で引き受けたんだろうね。

 そして投げざるを得なかった匙をあたしが拾ったと。しかも王サマはあたしたちのこと説明はしてくんないし。

 彼らにゃ知らせない方がいいって判断なのかもしれないから、あえてこっちから自己紹介はしないどこう、ぐらいの自衛策しか打てないのが歯がゆい。


〔またいらないところで妬みを買ってそうですねー〕


 買い取り拒否はできるかなー。

 あたしはまだしも、グラミィ、あんたが狙われるのが心配だ。

 タクススさんに教えてもらった知識も使ってせいぜい自衛してくれい。


〔って毒殺の危険ありってことですか?ちょっと、ボニーさーん!〕


 そんなやりとりをしている間にも、王サマはさらっと経緯を説明してくれてたらしい。

 

「では、改めて状況を説明してもらおうか」

「かしこまりました」


 一礼するとリーダーらしき人が話し始めた。


 最初、外務卿殿下も港湾伯も一時的な体調不良だと思っていたようであること。そこで執務をしばらく休むことにしたらしい。

 ボヌスヴェルトゥム辺境伯は自領から王都に出てきての体調不良だったし、テルティウス殿下も軽傷ながら怪我をしていたこともあり、国政に関わる執務とはいえ、おつきの文官たちに任せられるところは任せることにして、大事を取って休養を取っていた、ということ。

 まー瀉血(しゃけつ)みたいに効果のない治療行為をするよりはましかね。

 毎日おつきの医師の診察と治療を受け、魔術を暴発させたことで負ったテルティウス殿下の怪我も順調に回復していたが、同時に奇妙な症状が見られるようになったという。


「お二人ともに訴えられたのは空腹感や不眠、平常心の喪失です。安眠できるようにと侍医は就寝前に適度な飲酒を勧めたとのこと」


 それくらいなら、ちょっとしたストレスでも耐性の低い人ならなりそうなものだよね。

 空腹感はちょっと疑問だけど。それを言うなら、二人して突然そんな症状が出るというのも妙か。

  

「そして、テルティウス殿下も辺境伯閣下も早急に執務を再開したいとおっしゃったそうです。むろん侍医は制止したそうですが、お聞き入れにならなかったとか」


 そうだな、と相づちを求められた文官さんは慌てて頷いた。


「辺境伯閣下の事は存じませんが、殿下は怪我をおして執務に戻られました。しかし、その頃より少々不思議な言動が見られることがあったと聞き及んでおります」

「どのようなことか、お聞かせせよ」

「は。同輩からの聞き伝えになります。殿下におかれましては、執務中に突然振り向かれることが多々おありだったそうです。また、『何か言ったか』『何か見なかったか』などという問いかけを周囲の執務官になさることもあったとか」

「『特に殿下に声をかけたり、何かが起こったりしたわけではない、と』」

「は、さようにございます」


 ……ふむ。


「さらに、深夜にも殿下は突然執務室に赴かれることがありましたとか。それまで一度もなさらなかったことです」


 だろうね。外交上の文書なんてもんは、平常時であればまず常識的には業務時間内に処理するものだろう。

 王城の門どころか市街門まで閉まってるような時間帯だ。それこそ戦争が始まった、ぐらいの火急の知らせでもないかぎり、深夜に飛び起きて対応にあたるなんてことはおそらくない。

 

「では、なんのために殿下は執務室へ足を運ばれたのか」

「それは小官(わたくし)にはわかりかねます。ただ、苛々なさっている様子だったのが、執務室を出られると落ち着いておられることがあったとか。それはよろしかったのですが、その」


 眼を落ち着きなくしばたきながら、文官さんは小声になった。


「その、おつきの小姓も執務室から閉め出すというので、彼が不審がりまして。あえて留まろうとしたところ、殿下とは思われぬほど声を荒らげて叱責なされたということもありましたので、こっそりと、戸の隙間からのぞいてみたのだそうです。すると、殿下は……」

「何をなされていたというのだ」

「その、……暖炉の灰を舐めておられたのだと」

〔うわぁ……〕

  

 こわっ。

 深夜の執務室で暗闇に一人四つん這いになり、暖炉に必死にかじりつく青年末期な男性の姿を想像すると……とってもホラーです。

 いや全身骨格標本状態のあたしが言うべきこっちゃないかもしれないけど。 

 

 妖怪暖炉舐め、もとい王弟殿下の奇行を目撃し、腰を抜かさんばかりに仰天した小姓が侍医に注進したことがきっかけとなり、テルティウス殿下は隔離措置を施され、魔術師の象徴たる杖も一時的に取り上げられることになった。

 小規模でも魔術の暴発を王城内でまた起こされでもしたらかなわんという判断は、意外な方向で正当性を認められた。

 外務卿殿下が精神錯乱を起こしたのだ。


 記憶力も優れ、思慮深く、自らの腕を磨くことにも熱心な魔術師であった――王族に対するお追従もあるのかもしれないが――優秀な殿下が軟禁状態に置かれたとたん、それまでとは人が変わったように短絡的な判断を下したり、記憶が120°ほど左斜めにねじれまくったりしているという。

  

 病気か毒かはわからないが、いずれにしてもその症状の奇矯さに危険を感じたのだろう。同じ場所にいた人間たちも危ないというので即座に彼らも隔離したところ、殿下と同様の症状が発生したという。

 ボヌスヴェルトゥム辺境伯の方も、似たような症状を示していたので、もしや、と同じ対処をしたところ、周囲の文官たちまで同じ症状を示したところまでそっくり同じということになる。

 ……で、タクススさんのお仲間さんたちが現場に入り、あらゆる検査をしたが、毒は検出されなかったということですね。

 

 だけどさー、話を聞くだに、幻聴だか幻覚っぽいものを見てたような言動とか、暖炉の灰を舐めるとか。

 明らかに感染症系の病気じゃないじゃん。むしろ向こうの世界のイメージ的には、異食症なんかの精神疾患方向を疑う症状だ。

 けれどいくらブラックな職場だからって、同じ精神疾患を、しかも王宮の外務卿殿下とお屋敷の港湾伯閣下という別の場所にいた人たちが全く同時期に発症するかというと、確かにこれまた疑問が残る。

 つーことは。消去法的に考えると、毒の可能性があると思うんだけど?

 

 そうグラミィに翻訳してもらったところ、鼻で(わら)われましたよ。

 リーダー格の人だけじゃない、文官さん以外の専門家全員にだ。

 

「我々の知るあらゆる毒物の残滓(ざんし)だけでなく、毒を盛られた兆候も全く見られませんでしたが?外務卿殿下にも、港湾伯閣下にも、そして執務官の方々にもですよ?」

 

 意訳すると、『門外漢が分かったような口をきくな』ですかね?

 タクススさんのお仲間にしてはおばかな人たちだねー。

 彼はちゃんと『自分が知らない毒がある可能性』を考慮に入れて物事を見ていた。それはつまり『知らない症状は見抜けないし対処ができない可能性が自分にはある』ということを知っていたということだ。

 しかもそのことを正直に申告できる人だ。自分の能力を軽んじられるかもしれないなんて、自己保身とは無縁の人だぞ。


「そもそも、なんの毒だとおっしゃるので?人に暖炉を舐めさせる毒などあるというのですか?」


 あるかもしれないし、ないかもしれない。

 だからそれを今から調べるんじゃないの。

 で、頼んだものも持ってきてくれました?


「まったく、このようなものがいったい何の役に立つというのだ……」


 半分わざと聞かせてんじゃないかと思う音量の独り言とともに、ぱらりこと卓上に広げられたのは間取り図である。

 外務卿殿下の執務室や居室は王城の中にあるというので、調べるのも持ってくるのもわりとたやすいだろうとは思うが。

 それと同じくらい無造作に、王都にある港湾伯閣下の屋敷の間取り図が置かれているってのがな~。

 やっぱり、この王サマ怖いわー。情報面強すぎ。


 まず問題の執務室の作りを見てみると、確かに暖炉があった。どちらにもだ。

 暖炉、ねえ……。

 王弟殿下が四つん這いになって舐めてたと思うとちょい微妙な気になるが。それは置いといて、暖炉の機能を考えてみよう。


〔暖炉の機能って。火を焚く、以外にですか?〕


 火を焚いて何に使うかが問題だ。

 たしかに冬に近づいているこの時期、暖炉には火が入れられるのが当然だ。

 つまり、暖炉は暖房として機能している。

 だけど間取り図を見ればわかるが、暖炉なら大広間にもあるのだよ。

 さすがに寝室は火事の危険性があるため、ないのが通常のことらしいのだが、テルティウス殿下は自分の居住区域の中にいくつかある暖炉には異常行動を示していない。港湾伯も同じ事が言える。

 そして、彼らがしたがる行動というのは、『執務を再開すること』だったという。

 書類さえ動かせば寝室でも執務はできなくはないかもしれんが、やはり使い勝手のいいのは執務室ですることだろう。

 加えて言うなら、外務卿殿下が灰を舐めたというのは他の部屋の暖炉じゃなくて、あくまでも『執務室の暖炉』なのだ。

 ……となると、執務室の暖炉に限っては、暖房以外の使われ方があるんじゃないのかな、と思うわけだが。


「『失礼ながら、陛下ならびにクウィントゥス殿下にもお伺いいたします。執務室の暖炉では通常どのようなものが燃やされているのでしょうか』とのことにございます」

「薪だな」


 即答ですね王子サマ。

 薪は、まあ燃えてても当然ですわな。

 逆に言うと、何か暖炉に木が燃えていても、異常とは思われんわけだ。


「『文官どのに伺うが、殿下の執務室で、何か通常と違う匂いを感じたことはないだろうか?』」

「いえ。その、もともと小官(わたくし)は執務室の中にいることはあまりございませんでしたので……」


 幸か不幸か、ほんっとに文字通りの使いっ走りだったわけねー……。一人だけ被害をまぬかれてるだけのことはある安定のハブられっぷりだ。

 

 有毒な木を燃やした煙を吸い込んでの死亡事故ってのは、むこうの世界で聞いたことがある。

 だから、可能性としてはありうるが、証拠はないと。

 それに、王城とか大貴族の屋敷に持ち込まれる薪にそんなもんが混じってるかっていうと、ちょい疑問ではある。

 ちゃんと監督する役人とかいるだろうし。


「おそれながら申し上げます」

「どうした、マールティウス」

「薪以外にも、燃やしてはおりませんでしょうか。例えば、()()()()()()()()()()()()()()()などはいかがでしょう」


 王サマたちが素早く目を見交わした。


〔後に残しておいてはいけないものって……〕


 十秒後には消滅させたいようなブツじゃないかね。非合法な指令文書とか。あとは機密に関するモノとか。

 

「……なるほど。そのようなものならば、確実に外務卿や港湾伯自身が目を通すであろうな」


 彼らが直接触れる可能性も高い文書、ってことですな。

 てぇことは、毒書って可能性もあるのか。金瓶梅じゃあるめぇし。


〔なんですか、それ〕


 簡単に言うとね。金瓶梅ってのは、中国古典ですんげえ有名な小説の二次創作なのよ。

 それ自体も古典なんだけど、中身は全く別物といってもいい。

 本編じゃちょびっとしか出番がない悪漢悪女、ただし美形ぞろいが入れ替わり立ち替わり、○○○○(ッピー)に×××(バキューン)上上下下左右左右(コナミコマンドか)っ!という勢いで△△△△(いやぁ~ん)しまくる激しいエロシーンが連続するというねー。


 グラミィが激しくむせた。


「失礼をいたした。年は取りたくないものでございます」

〔なんてことをいきなり言うんですか、ボニーさん!場所柄考えてくださいよ!そもそもそれが今この状況にどういう関係あるんですか!〕

 

 そんなもんが書かれた理由が関係するのよ。

 作者が好き者だからじゃなくて、好き者の読書家を暗殺するために書かれたという俗説があるの。


〔はぁっ?!〕

 

 紙を舐めた指でめくって読む癖のある、しかも好き者がだね、ひたすら長い長いあはんうふんなお話を読むとしたらどうだろう。

 興奮しまくって指をべろべろ舐めちゃめくり、舐めちゃめくりしそうじゃないかね?

 そんでもって、その本のページにはぜーんぶ毒が塗りたくってあったら。

 さて、どうなると思う?


〔毒書、ってそういうことですか……〕

 

 確かに中身もかなり毒だとは思うけどね。

 致死量の毒を暗殺相手が確実に摂取するようにってためだけに、筆才を浪費して一大長編をものするってのもどうかと思うし、まさか外務卿殿下や港湾伯閣下が読んでる機密文書の中身がそんなものということもないと思うけど。

 ……ないよね?


 ま、そんなわけで。


「『置かれていた文書の実物を拝見いたしとうございます。できれば未開封のものはございませんでしょうか。むろん、内容につきましては口外いたしませぬことを、この代弁者に誓わせ申し上げます』……なに?……これは失礼いたしました。そのように申しております」

「『そなた』は誓ってくれんのか?」

「『代弁者を通じねば語ることのできぬ身にございます。わざわざお誓い申し上げずともよろしいかと思いましたゆえ』とのことでございます」

「なるほど」

 

 ええ、表面上はね?

 この条件ならば、グラミィ以外の代弁者に喋ってもらえばいいだけなんですけどね?

 そもそも口外する以前に読めないかもしれないですがー、という含みもあったりする。

 どちらも口には出しませんがね!


「念のために持ち出しを許可しておいてよかったな」


 王サマが嘆息し、合図をすると下っ端文官さんが大きな布袋を卓上で開いた。

 生前のシルウェステルさんが魔力錠をしかけてた書類入れのような革筒に入れられたもの、丸められた羊皮紙を紐でぐるぐる縛ったもの、紙一枚を折ったものなど形も大きさもばらばらだ。

 だけど、共通しているのは蒼い封蠟が押されているということ。

 五百円玉くらいのスタンプが、溶かした蝋にべん、と押されているのだが、スタンプの細工がかなり精緻なんだろうね、これ。けっこう綺麗なもんである。


 ちょっと感心しながら、あたしは魔術を使う。金属質のものを創り出す術式だ。


 普通の鉱物ならフレキシブルに生成できるように組んだ術式でも、純粋に金属を生成することは難しい。

 なんでかなーと不思議には思ってたんだけど、コッシニアさんに(やじり)様の金属片を飛ばされた時に見えた術式のおかげで理由がわかった。

 それまで鉱物を生成する術式であたしが使っていたのは、『石』を意味する語句だけだったのだが、コッシニアさんの術式では『石』に加え、さらに別の語句が使われていたのだ。

 そこの部分だけいろんな角度から見た図をごりごりと書いてアルベルトゥスくんに見てもらったところ、『雷』と『熱』という古典文字が含まれてるのではないかということだった。

 ……たしかに金属は他の鉱物に比べりゃ電導性も伝熱性も高い、と言えるんだろうな。他にもなんか要素があるっぽいのが気になるが、とりあえずの用が足せればそれでいい。将来的には鍛鉄が作り出せるようになったらいいなーとは思うけど。

 極端な二等辺三角形の金属片を二枚作り、底辺でつなげて反りをつけると。

 はい、ピンセット(仮)のできあがりです。あたしが杖に触れもしないで術式を顕界したことに驚いてるっぽい暗部のみなさんの反応は気にしない。

 気にしないったら気にしない!

 直接触るなんて危険なことはできないのです。

 それこそ毒を染ませてあるとやばいからねー。あたしが、じゃなくて、その後あたしがうっかり触っちゃった相手が。

 一応表面は同一素材でコーティングしてるけど、本質的に骨というのは多孔質構造なので、触れたものを吸着しやすいのである。毒なんて触っちゃったら、どんだけ残存するかなんてあたしにもわかんないもんね。


 手近なものからピンセットでつまみ上げ、まずは外見をじろじろと観察してみる。

 ブルー系の封蠟は色の濃淡こそあれ、半透明に柔らかく光を透かす。何からできてるかはよくわかんないけれど、あたたかみすら感じるこの蒼色自体も綺麗なものだ。蒼銀の月(カルランゲン)の冴え冴えとした色合いとは全く違うが、こういうのもまたいいものだ。

 ものによっては、ドライフラワー……かな?爪の先ほどもない小さな花や、形の良い葉を中に閉じ込めてあるものもあったりして。

 

 ……んん?


〔どうしました、ボニーさん?〕


 んー、なんか、色が、ね。

 一枚の封蠟がついた巻紙を取り上げて透かしてみる。

 こうやって見比べると……明らかに、これだけ透明度が違わね?

 なんだか濁っている、というか、花とかではない、何か不透明なものが混ざっているように見えるのだ。


「それは、……ルンピートゥルアンサ副伯からのものだな」


 疑惑の相手の名前が出た途端、空気が軋んだ気がした。

 

「『封を開けてもよろしいでしょうか?』」


 王サマが頷いたのを確認して、あたしはもう一本ピンセットを生成した。

 慎重に二本のピンセットを操るのは、封を開けるというより、封蠟を剥がすのが目的だからだ。

 剥が取った封蠟を、これまた魔術でカッターナイフの刃をイメージして生成した薄刃で、うすーくスライスして断面を見ると……思った通り。花の後ろに紛れるように、ぶつぶつと混ざり物が顔を出してる。


「これを使うがよかろう」


 アーノセノウスさんがくれたのは、かなり上質な植物紙だった。純白だと色がはっきり見やすいんだけど、オフホワイトというよりベージュよりなのはしかたがない。

 あたしはそこに丹念にほじりだした混ざり物を乗せて、軽くこすりつけてみた。

 なんだろねこれ。

 もろもろとした見た目に比べ、ねちっ、という感触がある。

 色も茶褐色というか、セピア色というか。あんまり匂いを嗅ぎたいと思えないような、清潔感のない色合いだ。


〔なんだかチョコレートっぽく見える色ですねー〕


 そう言われたら、そう見えなくも……。

 待てよ、チョコレート?

 ……まさか、な。

 いや、でもなー……。


〔どうしました、ボニーさん?〕

 

 答えずあたしは振り返ってヴィーリを呼んだ。


(ヴィーリ。こんな感じの形をした葉っぱの草を知らないかい?)


 あたしもむこうの世界で実物は見たことない。だけど、デザインだけだったら文化の一つの潮流の象徴として、流通していたものがある。そのイメージを添付ファイル的に心話で送る。


(全体の姿は?)

(わからない。だけど、たしか……この葉っぱとか草の一部を燃やした煙を吸い込むとか、……食べたりするかもしれない。ともかく体内に取り込むと、酒に酔ったように素面と違う精神状態になるようものだと思う。特徴としては成長が早い。あと強い繊維が取れて糸や布の材料にもなる、と思う)

「おそらくは、夢織草(ゆめおりそう)のことではないか?」


 ノータイムで答えてくれるとは、さすがは森精。


「そ、その、夢織草とは、いかなる草なのでしょうか」


 暗部の人たちの血相が変わった。

 ……つーことはこれ、森精の間でしか知られてないのかもしれない。


(ヴィーリ。どんな草でどんな効果があるのか、彼らにもわかるように声に出して伝えてやってくれないか?)

(それは、以前に望んだ『知識の提供』か)


 そのとおり。

 うなずくと、ヴィーリは王サマたちにも向き直って話し始めた。


「夢織草は山中であろうと低地であろうとよく育つ草だ。低い木よりも丈は高く、早く伸びる。茎から糸を紡ぐこともできる。わたしの服も夢織草の布で作られている」


 ざわ、と暗部の面々がざわめく。毒を持つ草が布になるなど、彼らでは想像も及ばぬような話なのだろう。

 

「ど、どのような毒なのでしょうか」

「干した葉や花を口に入れると、魔力が不安定になる。だが、それだけでは、命に関わるような害もなく、後に影響を残すこともない。ただ一時魔力酔いを起こして、痛みを感じづらくなったり、森の主とも言える巨木になったような感覚になったりするという」


 その言い回し、他の人に通じてませんぞ。


「『それは他の者より自分が優れて力強くなった気分になる、ということか?』と聞いている」

「その通りだ」

 

 しっかし、魔力酔い、ねぇ……。それって自分の容量以上の魔力を抱え込んだ、魔喰ライ一歩手前のやばい状態のことじゃなかったっけ?

 それに、魔力が不安定になるってことは。

 

「『つまり、夢織草に酔っている時に、魔術を顕界しようとしたならば……』」

 

 グラミィの声に部屋は静まりかえった。テルティウス殿下が魔術を暴発させた理由を全員が悟ったんだろう。


「他に、どのような症状が現れるのでしょうか?」

「物覚えが悪くなったり、はきと物事を見極められなくなったりする。また普段は聞き取れないような音を聞き、見えないようなモノを見たりすることもある」


 感覚過敏か、幻聴とか幻覚かな。

 

(しょう)の悪いことに、一度口にした者は酒に溺れる者のように、何度も喰らおうとする。夢織草の夢から醒めるとと大木の中の(きのこ)になったようにすら思われるようだ」


 自分が矮小で劣った存在のように感じられる、ということかな。高揚感の反動によるものか。


「夢から醒めぬように摂取し続け、夢から出てこれなくなる者も、かつてはいたようだ」


 中毒になるってことですか。……それって、けっこう怖いわー。

 

〔しっかし、よくわかりましたねー、ボニーさん〕


 むこうの世界の知識が通用しただけだよ。非合法方向のスラングというやつだがな。

 あたしも実物は直接見たことはない。

 だけど、『チョコレート』という大麻樹脂の隠語だということぐらいは知ってた。それが外見の色合いや形状からきてるってこともだ。

 だけど機密文書の封蝋に混ぜてあるとはね。確実に執務室内で燃やされることを狙ってのしわざだろうな、こりゃ。

 

 暖炉で燃やしても、煙の大部分は煙突を通って外部に無害な濃度に拡散されるのだろう。

 が、山砦生活で知ったことだが、この世界の煙突とトイレは結構つまりやすい構造になっている。

 トイレは使用後水を流すことはない、大規模ボットン式ともいえるだろう。排泄物の放出口はたいてい水の中に設けられるらしいが、それでもひからびるものはひからびてこびりつく。らしい。施設の管理維持は大切だけど、掻き出すひとはご愁傷様としか言いようがないほど大変そうだね……。

 煙突も御同様、薪もヤニが多ければ煤と固まって通じにくくなることも多々あるわけだ。

 そして、執務室の主と一緒にいぶされていた、行動を共にすることの多い執務官たちブレインも、いっしょにぶっ倒れた、と。

 

 しょっちゅうそんなものを中毒になるほど吸っていたら、それに関する仕事をしていればなんとなくいい気分にもなるだろう。

 潜在的にでもなんとなくいい気分にしてくれる相手には、対応が甘くなるのが人間というもの。

 それが、ルンピートゥルアンサ副伯爵家に対するボヌスヴェルトゥム辺境伯家とテルティウス殿下の対応の甘さとなったのか。外部から見れば双方がルンピートゥルアンサ副伯爵家に庇護を厚くしてたとも、副伯家が双方を舐めてたともとれる現状につながっているのだと考えると、ちょっと怖い。


 そう考えると、命に関わる毒が使われなかった理由も推測できる気がするな。

 即効性のある致死毒なら、犯人ばればれだし。

 遅効性でも何ヶ月と体調不良でも続けば、後継者育成とか職務を譲ることを考え、引き継ぎをすることを考えるだろう。

 領地の経営も外交も止めることはできないのだから、すぐに次の人がその後釜に座り、仕事を回すだけのこと。それでさらに厳格な人が役職に就いたとしたら、ギチギチに締め上げてこないとも限らん。

 ならば、停滞させる方が良策だろう。

 そう、今のように『ある程度は籠絡した正当な管理者が存在するが、職務を果たすことができない状態』を維持するとか。

 復帰できるかどうかさえも曖昧とあらば、さらに遅滞戦術は効果を発揮する。


〔……そこまで見抜くとか。ボニーさんてば、いったい何やってた人なんですかー?!〕


 うーん、一概には言えないなぁ。

 ただちょっと物知りな一般人だと思っておくれ。


〔一般人じゃなくて常識を逸脱してるって方向性の逸般人(いっぱんじん)でしょうがボニーさんは!どこの世界に黒色火薬の成分まで常識扱いしてる一般人がいるんですか!〕


 いたじゃん、ここに。

 ……というのは冗談だが、グラミィが買いかぶってくれてるような逸般人だったら、こんな後手には回ってない。

 ブルッヘに思い至ったのなら、フランドルも想像しておくべきだった。


〔えっと、……どういうことですか、ボニーさん?〕

 

 以前、あたしはルンピートゥルアンサ副伯爵領のアルボー港も、ボヌスヴェルトゥム辺境伯家のベーブラ港も、砂の堆積によって港としてはさびれてく運命にあるところが、むこうの世界のブルッヘに似てる、と思った。

 『死都』ブルッヘはベルギーにある古都だが、かつてはフランス王国に併呑され、フランドル伯領となったという歴史を持つ。

 毛織物工業で栄え、芸術も盛んになった伯領の名は、英語読みするとフランダースとなる。

 昔々のアニメが好きな奇特な日本人の一部が反応することもあるらしいが、ただの寒村が今は連なるフランドル地方も、かつては織工業で有名だったという。が、材料は綿ではない。

 特に有名なのは毛織物で、16世紀ごろには高級毛織物工業でヨーロッパ随一の技術を持っていたこともあるという。

 だけど、麻織物も工業の中心だったはずだ。

 加えて、ブルッヘなど北海湾岸貿易に使われていた船のロープの原料もまた、耐水性の高さから麻が選ばれている。

 

 そう、麻なんだ。

 種は滋養たっぷりで七味唐辛子の一味にもなり、繊維も織物に重用されるが、大麻樹脂の原料にもなる、あの大麻草である。

 致死性の極めて低いソフトドラッグなどと侮ってはいけない。

 暗殺者(アサシン)の語源は大麻草(ハシシ)であるという説もあるのだよ。快楽のためなら人を殺せる人間を作りうると思われていたシロモノであり、脳の構造に変容をきたし、時には人格すら変えてしまえる物質だということだけは確かなのだ。


 この世界の動植物がむこうの世界の動植物と微妙に近縁種っぽいことは、蜜蜂にしろ馬にしろマールム(林檎)にしろ麦にしろわかっていたことだ。

 だけど、近縁種なんだよね。あくまでも。

 大麻もむこうの世界じゃ、薬理効果がほぼない繊維採取用のものから、いわゆるドラッグ系に改良された品種まであったはずだ。

 ならばこっちの世界には、それよりもっと無毒なものがあっても、もっと強力なものがあったって不思議じゃない。

 もちろん、夢織草というのが大麻草と完全に同じものとは思えないけどね。

 夢織草から作られるのも、麻薬というより魔薬というべきものだろう。なんせ魔力酔いを起こすとか魔力を暴発させるとか、向こうの世界から見れば何の冗談だと思うような作用があるらしいんだもん。


 だが、問題が一つある。出てきたのが樹脂だったってことだ。

 ヴィーリの話によれば、夢織草も乾燥葉で十分効果が出るものらしい。加工もそれなら干すだけで十分。

 だけど樹脂なんて成分の濃縮体(エキスの塊)、どうやって加工したんだろう。樹脂って事は水溶性ではないはずだ。

 肉なら煮込めば脂肪は溶けて浮いてくるし、冷やせば固まるだろうけど。熱をかければ気化するっぽい成分を煮出すのは悪手だろう。

 油性ならば、アルコールとか、ベンゼンとか、目的とする成分よりも揮発性の高い溶剤を使えば抽出できる……のかなぁ。

 だけど、それらの溶剤自体、揮発性が高ければ高いほどそれだけで危険物なんだよね。よほど管理設備と体制がしっかりしてないと爆発事故でも起きてそうだ。


〔ボニーさん。このつぶつぶが、そんな科学知識と技術がないとできないものってことはですよ。帝国のしわざかどうかはとりあえずおいといても、転生者なり転移者があたしたち以外にもいて、この国に攻撃をしているってこと、ですよね?〕


 ……それも微妙なとこなんだよねぇ。

 たとえば、今回使われたのが、アルコールで抽出された夢織草エキスだとする。

 すると、そもそも酒に薬草を漬け込んでエキスを侵出させるという発想自体が、向こうの世界の産物だとは言い切れない。経験知として、水には溶けない薬効成分もアルコールで抽出可能だってことぐらいは、知られていても不思議じゃないのだよ。

 確実に言えるのは、けっこうな金持ちが作成過程に絡んでるだろうということだけだ。

 

 アルコールは、デンプンか糖分があれば造れるという。パンあるところにビールあり、と言われるのも、デンプンという材料と発酵という過程を共有しているからだ。

 だけど主食になりうるデンプンや栄養になる糖分をほいほい無駄遣いできるかというと、それはまた別の問題になる。長年麦が豊作になってて穀物が安いとか、肥沃な領地を持ってるとか、酒が名産物として収入源になってるとかでもないとまず無理だ。


 加えて、商売としてきっちり利益が出るほど本格的な酒の醸造をするには、どうしたって設備投資と技術が必要になる。

 だが、しっかりした醸造設備で技術者が作り上げたような酒でも、せいぜいアルコール度数が十%~二十%前後のものだろう。

 もちろん、そういったアルコール濃度の低い酒に漬け、その酒が酢にならないように注意しながら、アルコール分と水分を時間をかけて蒸発させることでエキス分だけを取り出す、ということはできなくもないだろう。

 だけどそれでは酒はむろんのこと、時間も必要になる。

 もっと手っ取り早くてしかも効果的なのは、より純度の高い、高濃度のアルコールを使うことだろう。

 そして蒸留酒は、石鹸と同じくらい異世界チートネタに出てくるもの、なのだが。


 高濃度アルコールを得るための酒の蒸留には、醸造以上に設備投資と高度な技術が必要になる。あと燃料。

 加えて、原料となる蒸留前の酒だって、個人の密造レベルではとてもじゃないが足りない。アルコール分だけで考えても、原料酒の五分の一以下、いやもっと度数の高い酒なら十分の一ぐらいにしかならないのだから。

 当然のことながら、その産物である蒸留酒は非蒸留酒よりもお高くならざるをえない。

 逆を言えば、この世界でも麦があってビールっぽいものができるなら、設備と技術に投資できるお金さえあれば、ウィスキー(もどき)もウォッカ(風味)もできるのだろう。

 芋類はまだ見たことないから、ジンができるかは不明だけど。

 

 ちなみに、向こうの世界の歴史で最古と言われる有名な薬用酒を蒸留酒を使って作っていたのは、とある修道院だったりする。あくまでも薬として、だけどね。

 これも施療院的な機能も期待されていたとはいえ、金と権威の集まる場所でなければ作成はできなかったからではないかと推測できる。


〔なるほど。さっぱりわかりません〕


 おい。

 ……ま、国とはいわないけどそこそこ金と人と権威がある組織が相手だと考えておいた方がいい、ってことは覚えといて。

 そんな相手が一つの攻撃手段で満足できるとも思えない。他の毒物で攻撃してくる可能性もあるということだ。


〔またですかボニーさん……。毒についちゃ、タクススさんにも少し教えてもらいましたけどー〕


 できれば暗部の人たちにも、ちょっと教えてもらいたいくらいなもんだね。カシアスのおっちゃんも毒キノコについては少し教えてくれたけど。

 ケシの近縁種がこの世界にあるかは不明だが、アヘン系はすでに古代ローマ帝国時代から利用されてたという話もあるし、それより、怖いのは麦角菌の近縁種だろうか。

 向こうの世界の中世ヨーロッパではたびたび死に至る騒ぎが起きていたというが、実はその成分の一つは現代でも大きな問題を起こしている。

 いわゆる一つのLSD(幻覚剤)というやつである。

 ま、LSD単体については、それこそ近代を通り越して現代の科学技術がなけりゃ、純粋な幻覚成分の合成なんてもんはしづらいとは思うけどね。

 だけど、それより恐ろしいのは、麦角菌そのものだ。

 麦角菌に汚染された麦を軍隊の糧秣に混ぜ込まれでもしたら、それだけでその軍は死に体になりかねん。幻覚を引き起こすだけじゃない。身体の一部が壊死したりしたあげくに死に至る可能性もある毒なんてもん、正直あたしにゃどうしていいのかもわかんない。暗部さんたち毒薬師なら対処方法を知ってるかもしれないけれど。

 

 その暗部のみなさんは、つぶつぶ入り封蝋を眺めながら侃々諤々の討議の最中だった。

 こいつらも研究者気質か!

 この世界のヲタは、魔術分野アーノセノウスさんたち以外にも生息していたらしい。

 

「しかし、これは触れただけでは効かぬようですね。口に入れさせなければならぬようです」

「だがどうやって封蝋を口に入れさせる?封蝋に触れた指を口に運ぶことはあるかもしれんが、洗ってしまえばすむことだ」

「いえそもそもテルティウス殿下も港湾伯も封蝋のことは気にしておられなかったかと」

「すると暖炉の方にこそ仕掛けがあるのではないか?」

  

 ……ひょっとして。彼ら、知らないのかな?


〔なにをですか、ボニーさん?〕


 喫煙の影響について。

 

 この世界は、地誌的には中世のヨーロッパに似ている。

 隣国との小競り合いどうこうを見ていると、イメージ的には大航海時代前。

 ということは、たばこも知らないんじゃないかなーという気がしてきたんだよね。


 植物の葉を燃やした煙を吸引するという使用方法を知らなければ、向こうの世界でもたばこがそれほど普及したかは謎だ。嗅ぎたばこはともかく、噛みたばこ系のやつはひたすら唾を吐き散らす必要があるので下品なものとされたとか聞いたことがあるし。

 それに、喫煙自体、もともとは宗教的な儀式だったらしい。タヌキやキツネに化かされないように山中でたばこを吹かすという昔話があるのはその名残りだろう。


 で、だ。他大陸ぐらいに違う文化を受け入れでもしない限り喫煙という習慣が生じないのであれば、彼らに煙に薬効があるという発想がなくても納得だ。

 ちょっと試しに聞いてみて。


〔了解ですー〕

「『塊を口に運ばずとも、暖炉に放り込まれた封蝋の煙を吸ったのでは?』」

「まさか!」

「そんなことで、毒が効くなど聞いたことがないぞ!」


 ……やっぱりか。煙や気体に毒があるという認識がなく、あくまでも固体か液体の毒しか存在しないという考えしか持たないのなら、いつまでたっても堂々巡りだな。

 異世界知識を無駄に持ち込む是非は置いといて、ここは一つパラダイムシフトを起こすしかないだろう。


(ヴィーリ。夢織草を口にいれる以外の使い方について、知ってたら彼らに教えてくれないか?)


「夢織草は手の施しようのない病に苦しむ同胞の炉にくべることもある。煙を吸ううちに安らかに葉は散る」


 ……安楽死の手段ってことですかそれ。引くわー。

 だがヴィーリの言葉には、暗部の人たちもたじろいだようだった。


「『そなたらに聞く。燃やして煙を毒とする毒薬についての知識はないのだな?』」

 

 確認をすれば、返ってくるのは沈黙だけだった。

 そりゃそうだ、あればもう少し早くこの結論に達していただろう。


 だけど、暗部のみなさんが知らないということは。

 まさか。


「『もしや、タクススどのも大気に溶かす毒があることはご存じないのか』」


 暗部のみなさんの反応の鈍さに、じわじわとイヤな予感が背骨を這い上がってくる。

 タクススさんも彼らと同じ暗部の毒薬師だ。

 喫煙という概念を知らないのであれば、夢織草についての知識がないのだとすれば。


 …………。

 

 しまった。完全にあたしのミスだ。


「『タクススどのが危ない』」

今回もいくつか異世界転生王道モノぶっつぶし要素を混入いたしております。

混ぜるな危険的な要素ですが、このネタを思いついて第二章の中ほどに伏線を埋め込んだのは今年になる前です。

おかげで、某薬物に関するニュースが流れた時には頭を抱えました……。

いろいろ悩みましたが、伏線がある以上は書かねば、と今回に至った次第です。混ぜたったで危険。


他にもちょろちょろと。

『鉄と魔術の相性』、これは拙作では『人間の手によって加工された鉄は魔術干渉を受けづらい』という設定です。逆に言うなら鉄鉱など石は通常の岩石なみに、ふつーに魔術の効果を受けます。

この世界の人間も近縁種である以上、赤血球はヘモグロビンの色で赤いのですね。

ということは、人間の体内にも鉄は存在するんですよ。だったら魔力との反発なんてものが鉄だというだけで起きるわけがない。起きるんだったら魔術なんて顕界できないでしょ。という理由付けが背後にあったり。


あと、毒ガスの知識が暗部の方々にもないのは、この国に鉱山があんまりないせいもありますね。

よくつまる煙突構造的には一酸化炭素中毒死ってのもありえそうなんですが、建物の気密性があまりよくないのと、気体毒のイメージがないせいで別の死因で診断されてるんじゃないかと。


別連載の方もよろしくお願いいたします。


「無名抄」 https://ncode.syosetu.com/n0374ff/


 和風ファンタジー系です。

 こちらもご興味をもたれましたら、是非御一読のほどを。

 ちょっと停滞してますが、なんとかがんばって更新を続けていきたいと思います。応援よろしくお願いいたします。

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