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王は謝罪する

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 王サマのお呼び出しがかかったのは、それからわりとすぐのことだった。

 当然お召しには従いますともさ。

 だけど仮面もフードもとっぱらって、頭蓋骨むき出しのままなのは、ちょっとした嫌がらせだ。

 アロイスがそっと目を背けようが、呼びに来た侍従というか小姓というのかは知らんが、召使いらしい子が後ろをふりかえりながら、前方不注意で先導していくのも知ったこっちゃないもんね。

 つーか、あたしやグラミィ、ちょっと譲ってあたしの庇護下にあるってことになってるヴィーリだけならともかくよ?

 王子サマにアーノセノウスさんとマールティウスくん、アダマスピカ女副伯姉妹にアロイスとカシアスのおっちゃんという新準男爵コンビまでぞろぞろと呼ぶとか、どういうことかね?

 大所帯を緩衝材がわりにするつもりなら、緩衝機能が仕事しないくらいの衝撃(ドキドキ)をプレゼントしてあげたい気持ちで一杯でございますとも。


「シル。気持ちはわからなくもないが、先ほどのようなふるまいは陛下の御前でしてはいかんぞ」


 ぽそぽそと囁き声は忠告ですか、それとも叱責ですかアーノセノウスさん。

 ぷいっとなと、わざとそっぽを向いてみせたら、あからさまに涙目になられたけどなぁ。

 あんまり笑ってやるなグラミィ。


「そなたもあまり増長したようなふるまいを見せたならば、命にかかわると心得られた方がよかろう、グラミィどの」


 ほーら八つ当たられた。地獄の底から響いてきそうな声ですよしかも。


「叔父上」


 そんな困った顔すんなよマールティウスくん。だいじょぶ、君の面子は潰さないから。

 頷き返してあげたら、アーノセノウスさんがなんだかショックを受けたような顔をしてたが、そっちは知らん。


 扉を開けてくれた子に、軽く会釈代わりにうなずくと、あたしは抑えてた放出魔力(マナ)を少し増やした。

 ではいざ、ごたいめーん!

 至近距離からどうぞ頭蓋骨をごらんくださいな王サマ。


 と思って突入したんだけどねぇ。


「シルウェステル!……せんせい?」


 ……まさか幼児がいるたぁ思いもしませんでしたよ。

 いや、幼児というのは言い過ぎかな。

 9歳くらいだろうか、あたしの胸骨より下に艶のある金茶色の頭がくる感じだ。

 だけどその服がすごい。現役魔術伯であるマールティウスくんが宮廷に出仕するのに着てる服よりも豪奢に見える。

 あたしの頭蓋骨を見て、びっくう!としてるとこは、ただの子どもな感じですがね。


 つーか、この子、誰?!王サマの子?

 シルウェステルさん(あたし)を先生呼ばわりするっていったい。


 疑問はあるがとりあえず、お気遣いのつもりでフードをかぶろうとしたんだが。


「シルウェステル。そのままでよいからこちらへ来られよ」


 出たな、元凶その三にしてラスボス。

 反射的に放出魔力が膨れあがりそうになるが、慌てて急ブレーキ。

 さすがにあたしも、こんなちっちゃい子を巻き添えにしてまで威圧をかますような鬼畜なまねはいたしませんとも。

 ええ、ちっちゃい子を盾にするような鬼畜な王サマ?

 

 間近に見た王サマは金髪翠眼で、王子サマよりも背は高いが横は細い。

 そのせいで、美丈夫というよりは、もの柔らかな文人っぽく見える。

 だけど内臓はきっとダークマターだこの人。

 

〔いきなり暗黒物質扱い?〕


 黒いだけじゃなくて思考の底が見えないもの。

 グラミィ、こっから先は言葉や表情だけでなくから指先の動き一つにまで気をつけろよ。感情を表に出すな。

 この王サマ、かなりの手練れだ。


〔りょ、了解ですー〕


 あたしとグラミィのやりとりの間も、王サマは子どもに声をかけていた。


「デキムス殿下。シルウェステル師は海神マリアムの奥津城より戻ってこられたため、かなりのことを忘れているとのこと」

「わかりました。ではなのりましょう」


 男の子はこちんとお辞儀をした。

 

「ジュラニツハスタ国王が一子(いっし)、デキムスにございます。シルウェステル・ランシピウスせんせいにはぶじのおかえり、しゅうちゃくしごくに存じ上げます」


 いや無事でも祝着至極でもないけどね!

 でもまあ、この骨ボディでもちゃんとあたしを人間と認めてくれるならば、礼ぐらいは返してあげようじゃないの。

 グラミィ、通訳と自己紹介その他よろ。


〔わかりましたー〕

 

 あたしは魔術師の礼をとった。ただし、殿下の目線の高さに合わせて。


「『これはデキムス殿下。ご丁寧なお言葉、いたみいります』と申しております」


 常磐色の瞳でまじまじーっと見返される。

 そういやこの世界に来てからこのかた、こんなちっさい子に顔を合わせるのって初めてだね。

 久々に子どもならではの集中力で見つめられた気分だ。

 

「いたくはないの?」

「『ご心配ありがとうございます。今は特に痛みは感じておりませぬ』」

「じゃあ、さわってもいい、ですか?」


 ここまでストレートにぶっこんでこられると、Noって言い難いなぁ……。

 どぞ、お手柔らかにと頷くと、デキムスくんはたたっと走ってきてあたしの頭蓋骨にぺたしと触れた。

 

「……ほんとにほねだ」


 ええ、骨ですよー。幻術だと思ってたかな?

 デキムスくんは、おめめをキラキラさせて興味津々のご様子。

  

「死の門のむこうにはなにがあるの?」

「『さ、それは覚えておりませぬ。おそらく生者に語るべきではないということなのでしょう』」


 ……ほんと、子どもの純粋好奇心の破壊力ってば侮れん。

 よくも人を戦争のネタにしてくれやがってこんちきしょってな、恨みつらみ怒り腹いせその他諸々、負の感情とか毒気とかが鎮静化されてく気分だよ。

 無邪気な無防備は最大の防御ってか。

 生前のシルウェステルさんをよく知ってるからなのかもしれんが、骨なあたしにこうまで警戒心もなく寄ってくるとは思わなかったよ。

 

「デキムス殿下、シルウェステル師はわたしが用のため呼んだのだ。挨拶だけでもと思いそなたに引き合わせはしたが、遊び相手にではない」

「わかりました、へいか」


 しょぼんと手を離した男の子はあたしの眼窩をじっと見つめた。

 

「シルウェステルせんせい、またこんどおはなしをしてください!」

「『機会がありましたなら』」


 こくんとうなずくと、男の子は侍従さんらしき人に連れられて部屋を出ていった。


 ……で、今の茶番は何事で?

 

「あの子はジュラニツハスタ現国王ノーヌスどのの、今のところ末っ子だというデキムス王子だ。そなたは覚えていないようだが、いい子だろう?」


 以前戦ったっていう、ジュラニツハスタの王子ね。しかも現国王の子とか。

 明らかに人質ですな。 


 そのデキムスくんがなぜシルウェステルさん(あたし)に懐いてたかというと、王サマがシルウェステルさんをデキムスくんの先生にしていたから、なんだそうな。

 ルーチェットピラ魔術伯爵家と同等のアークリピルム魔術伯爵家は、伯爵自身が魔術士団長の師匠だったという縁が強すぎたので、そこから縁者を出してつけられなかったんだという裏事情は、後でマールティウスくんからも聞いた。

 確かに今でもおにーちゃん殿下(魔術士団長)にあんなにぴっちりくっついてるとこ見ると、下手にデキムスくんを預けでもしようもんなら、そのまんまいい獲物とばかり魔術士団に取り込まれそうだしね。


 それに比べ、魔術学院に導師として住み込んでたシルウェステルさんは、家からも距離を取った感じに見えただろうし、比較的自由に見えて使いやすかったんだろう。

 デキムスくんに導師として手ほどきしたのは、魔術よりも貴族としての一般教養的なものでもあったらしいけどね。

 これまでアーノセノウスさんに溺愛されるだけのポジションだったシルウェステルさんにしてみれば、マールティウスくん以外に愛でることのできる相手だったのかもしんない。

 ……しかし、そんな他国の人質王子をいきなりあたしに接触させるとはね。

 記憶を取り戻させようとでも思ったのかな?それとも別の目的があったのかな?


「陛下。デキムス王子をこの場へ連れてこられてもよろしいので」

「よい。必要なこと以外は聞かせておらんし、シルウェステルにはあの事も知っておいてもらわねばならぬ」


 ……ただの心理戦の一手というわけじゃないのか。そして知識をよこしてあたしが逃げ出しにくくなるように絡め取るのも兼ねてるとか。

 まったく、王子サマやおにーちゃん殿下より二枚も三枚も役者が上な王サマだこと。


「さて」

 

 ついで王サマが目を移したのは、……あたしを通り越して、ヴィーリに、だった。

 こっちじゃないんかーい!

 てか、ヴィーリは極力気配を消してたはずだが。


【旧き大樹の(すえ)に、かつて森の一部であった槍が相まみえる。幾久しき陽の恵みを御身に】

【大地を離れ、己が意がままに突き進むことを選んだ槍の子に、森の一枝が言の葉を降らせん。汝らが岩山に煌々たる火花の輝きを】

 

 ゆるゆると儀式めいた腕の動きに合わせて王サマが詩でも詠唱するように言葉を発すると、それに呼応してヴィーリもまた同じような動きと詠唱を返す。が、これは。


〔……ね、ねえボニーさんこれって〕


 たぶんグラミィの予想通りだと思う。

 心話を併用してるせいか、会話なら異世界語でも無条件に理解できてるあたしにも、通常の会話とはかなり異質な音のつながりに聞こえた。

 おそらくは、王サマが喋った言葉こそが古典文字で書き表される本来の発音での言葉。

 そしてヴィーリが心話を通じずとも理解しうる人間語なのだろう。

 

 王子サマはともかく、それ以外の人間は全滅ってとこを見ると、森精と王家はつながりがあると見てもいいのだろう。

 いや、王家とだけ、なのかもしれないけど。

 なにせ、向かい合って立つ二人は金髪翠眼の色合いといい、長身痩躯なところといい、外見だけ見たもかなり似ている。

 若干ヴィーリの方が色彩としては淡いし、顔立ちも異なるから一卵性双生児とまではいかんが、近縁者だって言われたら信じるかもしんないくらいには。

 加えて、彼らならばどちらも知識の長期保存が可能だもんな。

 森精は半身である木の魔物との共生により。

 そして、王家は、その権力により。


【旧き大樹の裔よ、汝が梢の風は何方(いずかた)へ】

【我に名づけし星追うままに】


 驚愕を抑えようとして抑えきれなかったのか、王サマの眉が勢いよく跳ねた。


「では、ランシアインペトゥルスとの(えにし)を求めてでのことではないのか?」


 あ、発音も戻った。

 

「シルウェステル・ランシピウス」


 王サマはしばらく考え込んでいたようだったが、ようやくあたしに目が向いた。

 あたしは礼も取らず、無表情のまま眼窩を向ける。

 ポーカーフェイスはわりと得意です。骨ですから、ええ。

 それでも怒っているということは伝わったのだろう。表情があらたまったと思うと、勢いよく頭を下げられた。

 

「このたびのことは、本当にすまなかった」


 後ろで王子サマたちが硬直してる。リアル土下座ぐらいのインパクトがあったようだ。

 ……これって、たぶん、王サマが、自分の私的空間で、とはいえ、身分的にできる最大限度の謝罪なんだろう。

 伝声管で盗み聴きしたことから、あたしたちが怒ってるのが信義の問題であること、戦争の旗印にされることだってことを知ったから、謝罪をするって方向で納めようとしたわけか。

 シルウェステルさんが生前の記憶を失っていること、それゆえに忠誠が当てにならんってことを知っての行動だと知らなければ、誠実な人に見えるだろう。

 何段構えかでこっちの勢いを挫きにきて、さらにとどめの謝罪で非難の一切を封殺するとは。やるな。

 しかもこれ、表情や魔力の動きを見るだに、計算尽くでの行動というより本能的なもののようだ。

 なるほど、これが王の器か。

 

「『どうか頭をお上げください、陛下。もったいのうございます』」

 

 ……そう言わざるをえないだろうこの場面。

 ちきせう、詰め将棋が上手そうな王サマじゃないの。

 だがこっちもぐいぐい押し込まれるだけじゃつまらん。


「『何に対して謝罪いただいておりますのか、わかりかねますうちは、承るのも恐れ多うございます』と申しておりますが」


 意訳すれば、謝罪一つであたしたちに対してさんざん手枷足枷をつけまくろうとしたこと、さらに国と国との火種にしやがったことに落とし前がつくと思うなよ、ああ?である。

 ヒゲむしるぞコラ。


 そんなあたしの内心は読めない王サマは、真面目な顔のままグラミィを見つめた。

 

「……そなたは、今はグラミィ、と名乗っておられるのだったな」

「さようにございます、陛下」

「ではそう呼ばせてもらおう」


 王サマはグラミィに対してもきちっと頭を下げた。

 

「そなたにも関わりのあることだが、まずはシルウェステルを危険な任務に送り出したこと、ルクスラーミナ準男爵カシアスと、ウンブラーミナ準男爵アロイスらの無礼について謝罪したい」

 

 カシアスのおっちゃんにも、アロイスにも、怪しまれたり斬りかかられたりしましたね、確かに。

 てか、おっちゃんたちってば、ちゃんと自分の失態も報告したんだ。


「お待ちを陛下、いや兄上。シルウェステルを送り出したのはわたくし、カシアスとアロイスの責は彼らのものにございます」

「だがクィントゥス、この国の王はわたしだ」

 

 すべてに責を持つのは、王冠を頂く者の責務だと言い切られて、王子サマどころかアーノセノウスさんまでしょぼんとした。


「そして感謝を捧げるのもだ。……アロイスらに助力さえ授けてくれたことに衷心より感謝する。その上で、望まぬことを押しつけたことにも謝罪しよう」

〔……どうしましょうボニーさん。意外とこの王サマ、ちゃんとしてますよ?〕

 

 確かにね。

 これなら、一応は謝意を受け取ってもいいだろう。

 だがこのまま素直に戦争の旗印にもなるとは思うなよ?そのへんきちんと雇用条件でひっくり返させてもらおうじゃないの。


〔なるほど、じゃあその線でいきますよー〕

 

「『これまでのことに対する陛下の誠意、この骨にも沁みましてございます。今後ともこのように互いに誠意を持ったお話しができれば幸いにございます。そう、たとえばなにゆえ糾問使などと仰せになられたかにもついて』とのことです」


 ちゃんと謝罪も礼も尽くしてくれた以上は、こちらもへりくだりはしますよ?王サマ相手ですしね?

 だけど、無条件の臣従を求められてもらヤですと断る気満々です、というのがよく伝わったのだろう。王サマは渋い微笑を浮かべた。

 たぬきだ。アーノセノウスさんたち以上のたぬき、いや大だぬきの親玉がおる。


「シルウェステル相手に、やはり下手な交渉などできんな」


 手強いと思ってくださってなによりですよ。ほとんど銃口をつきつけあってからはじめたような交渉ですもの。言い訳も効果はないかんね。

 ついでに言うとだね、話をアーノセノウスさんに通してそれで終わり、ではないのだよ。


「『加えておそれながら、今現在における事につきましても。死の門を越えた者として、陛下に申し上げたきことがございます』」

「なんだ」

「『現ルーチェットピラ魔術伯爵は我が甥マールティウスにございます。我が兄アーノセノウスではございませぬ』」


 王サマは一瞬虚を突かれたような表情になった。


 そうなのだよ、控え室でもマールティウスくんは王子サマべったりなアーノセノウスさんとは違った反応を示していた。

 彼も魔術伯だ。おそらくは、ある程度の報酬があたしにも渡されることは予測してたのだろう。

 だけど、糾問使云々の話はマールティウスくんも初耳っぽかったらしい。


 で、だ。

 あたしをシルウェステル・ランシピウスとして、ルーチェットピラ魔術伯爵家の一族として扱うんなら、家長に話を通すべきでしょ。

 その家長って誰だと思うのさ。

 明らかに、代替わりしてるんだよ。アーノセノウスさんじゃなくて、マールティウスくんにちゃんと接触して説明した上で了解を求めるべきだったんじゃないの?


 ……この王族どものリアクションも、ひょっとしたらマールティウスくんの自己評価ダウンにつながってるんじゃなかろうか。

 たしかにアーノセノウスさんは寵臣なんだろうさ。王サマにとっちゃ王太子時代ぐらいからずっと悪巧み相手だったのかもしれない。隠遁した、ということになってる今の身分なら、それすら隠れ蓑に動かしやすい駒でもあるんだろう。

 だけどね。

 今、これからの王族を支えていくために重臣として育てなきゃならんのは、それ相応に遇すべきなのはマールティウスくんなんじゃないのかね?

 筋違いもえーかげんにせえよ。というのを、『一度死んでますからー』という言い訳で無礼を打ち消して、苦言を直接呈してみた。


「なるほど、シルウェステルの言葉ももっともだ。すまなかったな、マールティウス」

「恐悦至極に存じます」


 頭も下げない言葉だけの謝罪だが、マールティウスくんは報われたような表情を見せている。

 本人がよしとするならそれでよかろう。


 それでは、これからのことをお話ししましょうか?


「『では陛下、わたくしが知っておくべき事というのはいかなることでございましょうか』」


 デキムス王子に関連することだとすると、このまま他の人たちに聞かせちゃっていいかどうかわからんのですがね?

 ぐるっとあたしが頭蓋骨を動かすと、王サマは右手を挙げて抑えるような仕草を見せた。


「かまわぬ。秘すべきことが何かぐらいはいずれもわきまえておるだろうからな」


 ……それは、アダマスピカ女副伯姉妹も巻き込んでよろしいってことですかね?

 まあそれが王サマの判断ならいいですけど。

 それならさらっと先制ジャブでも。

 

「『それは、わたくしが兄上とは血のつながりがない、ということも含めてのことでしょうか?』」


 グラミィに聞いてもらった途端、王族やルーチェットピラ魔術伯爵家メンバーだけじゃなく、アダマスピカ副伯家姉妹まで固まっちゃったよ。

 い、勇み足すぎたかな?


〔って、ボニーさん、マジなんですかそれ?〕


 うん、マジマジ。

 あたしの推測が正しければ、の話だが。


 アーノセノウスさんとマールティウスさんの魔力は、極楽鳥花にも似た茜色から萌黄にかけてのグラデーションだ。形は鋭角の直線が多い。

 つまり、魔力の色や形は血のつながりによって相似性があるようだ。

 この仮説は、ルーチェットピラ魔術伯爵家の家宰一族であるクラウスさんと、その息子さんのプレシオくんの魔力も観察したらよく似てたので、たぶん正しいんじゃないかなと思っている。

 ほいでもって、生前のシルウェステルさんと今の(あたし)の魔力は、熱の有無と動きの激しさについての違いを言われることはあっても、色と形についてどうこう言われたことはあまりない。シルウェステルさんラブなアーノセノウスさんにすらだ。

 ということは、あんまり魔力の色や形は変わってないのだろう。

 だけどあたしの魔力とグラミィとの魔力はよく似ているものらしい。

 自分の魔力はちょっと見づらいが、グラミィの魔力の色合いはロンドンブルーを基調に蒼や紫が中心となる。そして形は、グラミィのを見る限りよじれあわさったうねりだ。

 結論。アーノセノウスさんやマールティウスくんといった、ルーチェットピラ魔術伯爵家の正当な血筋を継承してる人たちと、シルウェステルさんとの間に、魔力的には相似性は認められない。

 ということは、シルウェステルさんと彼らとの間に血のつながりはないんじゃなかろうか。とね。

  

 この推測を確かめようと思って、ルーチェットピラ魔術伯爵家に滞在してる間、マールティウスくんに頼んでランシピウス一族の肖像画を見せてもらったのだ。

 フォービズムとかアヴァンギャルドってとこまで美術の潮流は届いていないらしく、肖像画はどれも写実的なものだった。

 まーそれは貴族としての栄華を残すだけじゃなく、写真的な意味合い――お見合い用とか記念品とかね――もあるからなんだろうけど。

 おかげで確認はしやすかった。

 マールティウスくんやアーノセノウスさんに、シルウェステルさんってば、どっからどう見ても似てないってこともよくわかったよ。

 髪や目の色だけじゃない。目鼻立ちや顎の骨格とかもだ。

 ……後は、グラミィにも伝えてないけど、グラミィと顔を合わせたあのお屋敷から持ち出した書類の中身。

 そして、アーノセノウスさんが激情のあまり漏らしたあの一言が決め手だったりする。


「……昔の話だ。我らが祖父が王であったころ、クラーワ地方の、とある国の王子が娘を一人連れ、ランシア山より聖槍の輪を越え亡命してきた」


 大魔術師ヘイゼル様(グラミィの身体の人)の話ですな、グラミィ。だからこっから先は落ち着いて聞け。感情をさらに抑えろよ?


「庇護を求めたかの王子に対し、我らが祖父王は慈悲深く匿うことを約した。一方、クラーワヴェラーレと折衝の末、王位継承権を放棄させることでかの王子を追わぬことを了承させた。折衝の対価としてかの王子に求めたのは、子が生まれたならばすべて王家が引き取ること」


 ……なるほど、さっきのデキムス王子みたいなもんか。

 むこうの国を掣肘する人質にしたわけですね。たっぷりスポイルして返すも良し、牙を抜いて国内に留め置き、おとなしく服従させるもよし。どちらにしてもいい手駒になると踏んだわけか。

 

「娘もたいへん能力の高い魔術師であり、多大な魔力を持っていたためか、生まれた子はたいそう魔力が多かった。そこで祖父王は、その子をルーチェットピラ魔術伯へと預けた。クラーワヴェラーレの王子の子ゆえ表に出せぬことを言い含めて」


 暗い顔つきのアーノセノウスさんが引き継ぐ。

 

「その子はおそろしく聡かった。ほんの赤子の時に迎え入れられたというに、育ての家族と血のつながりがないと早くから悟っていた。それでも唯一無二の家族として我らを慕ってくれ、我らもまたその子を慈しんだ。その一方で、その子は魔術師としても名を上げ、わずか齢十二にして魔術学院の初級導師の資格を得た。だがそれに飽き足らず、さらに己が優秀さを示し、ルーチェットピラ魔術伯爵家の名をも上げんと懸命に励み、危険な任務に我から身を投じ、……命を落とした」


 ……つまり。

  

〔つまり、ボニーさんって、あたしの子ということですかー?!〕


 ま、そういうことだね。

 だが落ち着けよグラミィ。

 記憶がないはずのあたしが動揺してみせるのはまだ自然だが、きっちりはっきり生き証人なはずのあんたが動揺するには理由が必要になる。

 それに、シルウェステルさんは、あんたの身体の人の子であって、あんた自身の子じゃないよ元JK。

 彼があたしの身体の人であって、あたし自身じゃないのと同じだ。

 

 グラミィの手を右手の骨で握ってやりながら、あたしはアダマスピカ女副伯姉妹に眼窩を向けると、頭蓋骨の前に人差し指を立ててみせた。

 これ王族とルーチェットピラ魔術伯爵家の秘事なんですよー。口外無用ってことで是非ともお願いしますー。

 ゼスチャーには、こわばった顔ながら、二人とも頷いてくれたからたぶん大丈夫だろう。たぶん。


「記憶を取り戻したのか、シルウェステル」

「……。『いえ。ただ、推測はしておりましたので』と申しております」

 

 おそらく、シルウェステルさんが優秀さを示そうとしたのは……引け目があったからなんだろう。恩義を感じていたからこそ、努力して、ルーチェットピラ魔術伯爵家をもりたてる裏方に回ろうとしたんじゃなかろうかね。

 でもね、あたしはシルウェステルさんじゃない。国にもルーチェットピラ魔術伯爵家にも恩義はないのだよ。


 だけど気になることがある。


「『しかし、なぜそのことを今わたくしが知っておくべきと思われましたので?』」


 でなけりゃ同じような立場のデキムス王子にわざわざ対面させることもないでしょ。

 生前のシルウェステルさんが不憫がってデキムスくんをかわいがってたのかもしれないけれども。


「理由はいくつかある。シルウェステル・ランシピウスの死亡を伝えたら、今更のようにクラーワヴェラーレから文句を言われたということもある」


 ……王位継承権を放棄した王子の子が死んだくらいで?

 むしろ跡目争いの種が潰れた方が、むこうの国的にはいいんじゃね、と思わなくもないけど。

 でも難癖はどうやったってつけようと思えばつけられるってことなのかな。


「もう一つは、ルンピートゥルアンサ副伯家を傀儡としているのが、スクトゥム帝国だと判明したことだ」


 ……だからこの場所に、アダマスピカ女副伯姉妹まで立ち会わせたわけですか。

 つかそれ、戦争を起こす口実じゃなかったんですな。シルウェステルさんの報告の裏が取れちゃったんですねそうなんですね。


「最後の一つは、シルウェステル・ランシピウスでなくばできぬことを頼みたいからだ」


なんだろ。


「『わたくしがごとき、己が蘇生もままならぬ一介の骸骨に陛下が望まれることとは、いかなることでございましょうか』」

「謙遜はいらぬ。杖なくして魔術をたやすく操り、死の門を越えて戻りし者。森精が追う星、そして港を潰すも活かすも意のままと豪語するそなただからこそ、厚かましいのは承知の上で助力を乞う」


 王サマはまたもや深々と頭を下げた。


「どうか、我が弟テルティウスとボヌスヴェルトゥム辺境伯タキトゥスを救ってはくれまいか」


 ……どゆこと?

王サマ、謝罪にも思惑が籠もりまくりです。


別連載の方もよろしくお願いいたします。

「無名抄」 https://ncode.syosetu.com/n0374ff/

和風ファンタジー系です。

こちらもご興味をもたれましたら、是非御一読のほどを。

なんとかがんばって更新を続けていきたいと思います。応援よろしくお願いいたします。

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