請願(その3)
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
あたしは英雄になんかなりたくありません。地味な裏方で十分です。
ついでにいうなら潤沢な報酬があればそれで言うことはありません。
てなわけで。
王宮に出てこいやという書面を見た瞬間、あたしはジョーカーになることを決めていた。
いやいや切り札という意味ではなくて。
どちらかというと道化ですね。
引っ張り出される理由は何かと考えたが、ンなもん王子サマか王サマの腹づもり次第でしょうよ。ただし危害は加えられない、だろう。これはアーノセノウスさんが噛んでる以上はほぼ確定。
もう一つ、見世物にされるのも十中八九間違いはないだろう。
だが目立つのなんて一瞬でいいじゃないですか。
ならば一発芸がウケた瞬間に消えればよいのだ。そう、あっという間にあの人は今?扱いをされる芸能人のように。
あたしが目指すのは、ニコイチの宮廷道化だ。
あたしとグラミィ、どっちが操り人形ともわからないように立ち回り、責任の所在をあいまいにしたまんまフェードアウトできれば最上である。
お茶目なやらかしもできますやります。ただし放出魔力の大きさと魔術師としての実力は侮り難し、というところまで持ってこれたら万々歳。
じつはこれ、アーノセノウスさんが以前やったのとほぼ同じことである。
宮廷の政治関係をめんどくさがり、魔術研究に打ち込みたいからって、自分の立ち位置を『魔術バカだけど政治的には無力なぼんぼん』と侮られるとこまで確立したときと同じようなものだ。
表面上はのほほんと昼行灯をきめこんでいるせいで、実力を知っていても通常時は誰も期待しないポジションとか。
ラクな上に楽しそうでいいよねー、そういうモブスタンスの裏では真の実力者ムーブ。
そんなわけで、あたしも構造解析と隠蔽看破の効果をあえて茶化してグラミィに伝えてもらったのだ。
……一応、嘘じゃないんだよーってことで、柱の裏側にいる人の服装をいちいち説明したりもした。
衛兵さんだったせいで、武装してたんだけど。
あたしの言葉を証明するためということで、鎧やら武器やら全部ひっぺがされてました。
巻き込んですまぬ。
だがついでに恋文の大公開をさせられたのは、あたしのしむけたことじゃありませんから!
……いやー、まさか剣の鞘に恋文を仕込んでるとはねぇ……。
女性なら腰の金属製のベルトに吊した装飾用のポーチにそういうものを仕込むのが定番らしい。男性がそうもいかないのはわからんでもないが。
だからって、細く巻き固めた恋文を隠すためだけに、細工を施してあるとは思わんのだもん。普通に隠し武器だと思っちゃったんだよ、形状だけで。
びろーんと広げられた恋文を読み上げられた衛士さんは悶絶してた。
君の恋心は尊い犠牲だった。敬礼。
いや、ほんとすまんかったー。
が、そのやらかしが功を奏したのかもしれない。
このまま片っ端から謁見の間にいた人間すべての心を折りまくるとでもと誤解されたのか、そうそうに証明は終了し、すっぱりあたしはシルウェステルさんであると認められた。
〔マジ災厄ですもんねー、ボニーさんってば〕
あんただってノリノリだったじゃないの、グラミィ。
〔マールティウスさんもすんごい笑顔ですよ〕
魔術士団長がまたぐちぐち言っていたので、ちらっと構造解析と隠蔽看破で見えたことをグラミィが言ってみたら、慌ててアークリピルム魔術伯が口を閉じさせてくれたのだが。
その後からずーっとマールティウスくんは輝かんばかりの笑みを浮かべてます。
ドス黒い輝きですがね!
イヤマジで怖いよその笑み。本気で魔術士団の振る舞いが腹に据えかねてたんでしょーねー。少しはストレス解消になったかなー。
〔なぜに棒読みな感じになるんですか〕
いやだって、あまりにも王サマが上機嫌すぎるんですもの。ぐっちゃぐっちゃにとっちらかった状態を合図一つで納めてくれたのはありがたいんだけどさ。
一発芸がウケるのはいいことだ。
だがウケすぎるのはちとまずい。しかも一国の王サマにというのはかなりやばい。
なぜなら、人の欲求は無限だからだ。
おもしろい芸を楽しむと次に来るのは『飽き』だ。単純に飽きたといって、『さらにおもしろい芸』を求められるのは困るのだよ。
その上国の最高権力者が望むものをはいどーぞと出せない場合、あたしたちの存在自体に『飽きて』放り出してくれるんならまだいいが、『つまんないからいらない』と言われるのは勘弁だ。
早急にフェードアウトしたいものでございます。
「なるほど、確かにシルウェステル・ランシピウス師独自の術式であり、しかもシルウェステル師でなくばなしえないことであるということは証立てられたな」
くっくっとまだ小さく笑ってる王サマが、典礼官の人に合図を送った。
「シルウェステル・ランシピウス師の代弁者どの。あらためて御名を聞きたいと陛下が仰せです」
グラミィはぎこちなく礼をして言った。
「我はボニーと並び立つ者として、グラミィと名乗っておりもうす」
周囲がさらにざわついた。
王が名前を尋ねるというのはよほどのことらしい。
第一に生来の貴族が初めて王宮に上がるとき。
第二に新しく爵位を得た貴族が王宮に上がったとき。
まあ、この二つは授爵式典の一部的な意味合いがあるらしいけど第三は違う。
女性の名前を訊いた時は――愛妾候補にするときなんだそうな。どこの古事記か日本書紀か。
まー、明らかに第三の場合じゃありませんがね!
それでも平民扱いくさいグラミィの名前を、この謁見の間で、王サマ直々に尋ねるとは。
かなり異例なことではあるのだろう。
〔名誉なことっぽいですよねー。緊張しましたけど〕
緊張どころかもれなく面倒事もついてきそうだけどね。だがそいつは任せたグラミィ。
〔ひどいですー〕
だってあたしの方が、よっぽど面倒事に巻き込まれそうなんだもん。
〔それは否定できませんけどー〕
ぜひとも否定していただきたい。
ざわめきが静まったところで、典礼官さんの声が謁見の間に通る。
「シルウェステル・ランシピウス師の此度の功績に対し、我らが王は達人の位を与え、魔術学院名誉導師に任ぜられた。また『骸の魔術師』の名を贈り、生前と同様の権利を与える」
……二つ名に絶望的なほどセンスがねぇ!
なんだよ、『骸の魔術師』って。
見たまんまな上に、この厨二感!
誰だ考えたの。
おまけに、やってくれるじゃん。
生前のシルウェステルさんなみの権利を寄こすとか。
さっそく面倒事がダッシュで突っ込んでまいりましたよ。
魔術学院とかいう知識の宝庫に自由にアクセスできる権限がもらえるのは、確かに嬉しい。
だけど権利にゃ義務がもれなくついてくるってことなんでしょ、もうわかってるから!
生前のシルウェステルさんなみに義務を果たせとか言われても、だが断ると返したいですよノンブレスで。息してないけど。
どうやら事前にこのへんは決まってたことみたいですがね!
こうもじわじわ外堀埋めに来てくれるとか。
場合によっては王子サマのもとからも逃げ出したいくらいには重いっす、この御沙汰。
実行に移すには、アルベルトゥスくんにしでかしちゃった治療が途中なのが気にかかりますが。
……せめて、しょわせられるんなら、せいぜい一般平民程度の義務にしておいてもらえませんかねぇ。
それくらいだったら、納税義務も王子サマから出た報酬をまるっと右から左へ差し出すぐらいでなんとかなるかと、ええ。
ぜひともその辺りで妥協していただきたい。
「だが、やはりそれだけでは足りぬな」
ええ?!
王サマ、まさか突然のサプライズ追加とかやめてくださいよいやマジで。
「今の余興にも報償を与えよう。シルウェステル。望みを述べよ」
だから十分ですって!
披露した余興だって、表舞台から消え失せるための一発芸なんですから!
「ありがたき仰せにございます」
いやだからアーノセノウスさんもわざわざあたしの隣にまで来て、礼なんかしないの!
……ひっさしぶりに、冷や汗が出せるもんならぴゅーぴゅー汗腺から吹き出してる気分だ。
だーれーかーたーすけーてー。グラミィでもいいからー。
〔むーりでーす〕
知ってたよちくせうめ!
うやうやしい礼の姿勢を取ったままあたしが縮こまっていると、頭蓋骨の上を、アーノセノウスさんの声が飛んでいった。
「ではございますが、領地も身分も名誉もこのような身には不要と我が弟は申しております」
そうそう!それでいいんですあたしは!
領民とか責任負わなきゃなんない相手はいりませんから!
内心ではヘドバンなみにがくがく頭蓋骨を頷かせております。
「我が弟シルウェステル・ランシピウスが最も強き望みは、生を取り戻すこと。己が身に血肉を取り戻し、生き返るために、再び魔術の研鑽に励むことを望んでおります。新たな術式を見出すまで、その身と代弁者他一名の庇護を求めております」
確かにそれは王子サマにお願いしました!てゆーかそれだけでほんとに十分なんですが!
「ならびになにゆえかような目にあわざるをえなかったかを知りたく、また死をもたらしたるものへの報復を望んでおります」
……おい。
内心ヘドバンを中断して、あたしは横目でアーノセノウスさんを睨んだ。
骨な以上、あくまでも気分的なもんですが。
前半はともかく報復なんてあたしゃ一言も伝えてないんですがねぇ。
どうしてこうなったのか知りたい、とグラミィに伝えた覚えはあるんだが。
「その命をかけてシルウェステル・ランシピウスが届けくれし報告書はすでに我が手中にある」
あー、あれ王サマに届いたのか。
「これによれば、彼を弑した黒き手の主はおそらくかの国であると思われる」
「御意」
かの国?あの報告書で心当たりがありましたかね?
地方名は出てきてたように思うけど。国の名前……出てたかなぁ。
「また、我が耳目の伝えるところによれば、かの国こそルンピートゥルアンサ副伯を傀儡となし、アダマスピカ副伯に仇なすようしむけし者ども」
だから、かの国ってどこー?
魔喰ライになったサージたちが通じてた国だとすると……、あの時名前が上がってたのはグラディウスなんちゃら、とかいうとこだったっけ。
あの岩山は王都の南、そしてルンピートゥルアンサ副伯領があるのは国境北限の海。
ぜんぜん違う気がするんですが。
ああ、いや、ぐるっと遠回りで越境できるような山中のルートがあるのか、それとも海伝いに行けるようなとこがあるのかもしんない。
昔の中世ヨーロッパでも地中海貿易が盛んだったらしいし。
あれって名前詐欺だからね。地中海と名前がついてるのは、貿易商がイタリアの商業都市に拠点を置いてたってだけだから。ジェノバとか。
南はアフリカ東はトルコ、北はと言えばフランス北部どころかもっと遠くまでぎゅるんぎゅるん船が往来してたらしいしねー。
おまけに陸路はさらにつっぱしってシルクロード爆走とか。商人のバイタリティすげぇ。
つくづく欲望というのはわかりやすいエネルギーではある。
「かの国の尖兵と成り果てていたプルモー、アロイシウスに慈悲を与えることはない」
慈悲を与えるってのは、毒を与えるから潔く飲んで死ね、という意味の婉曲表現だそうです。
つまり罪を犯した貴族として死刑にするための方法。
だが、家名をつけて呼ばないということは、すでに二人とも平民に落とした扱いになるのだろう。
殺しはしない、とわざわざ宣言する意味がわかりませんがね。
ひょっとして、ルンピートゥルアンサ副伯への人質に使う気かな。
それとも、平民として処刑をするぞということか。後でこっそり密殺すんぞ、ということかもしれないけども。
……そのへんはあたしの知ったこっちゃない。
復讐する資格があるのは、アロイスにカシアスのおっちゃん、そしてサンディーカさんとコッシニアさん。
つまりは、アダマスピカ副伯爵家に縁のある面々だけだ。
「また、早急にルンピートゥルアンサ副伯領を制圧し、かの国、スクトゥム帝国に糾問使を送ることとする」
……。
…………。
………………。
ハア?
やられた。
やってくれた。
そう思った瞬間、視界が歪んだ。怒りのせいで。
魔力がぶわっとあたしの全身から噴き出しローブがひるがえる。
だがそれがどうした。
ゆらぁりとその場に立ち上がろうとしたその時。
両脇からがしっと二組の手が絡んできた。
「落ち着け、シル!」
〔落ち着いてください、ボニーさん!つか正気に返ってください!〕
小声と心話が飛んできた。
アーノセノウスさんとグラミィがシンクロするとか。あまりにも珍しすぎ。
ちょっと毒気も抜かれ、あたしは引かれるがままに大人しく膝をつき直した。
魔術士団長さんがとうとうぶっ倒れたのが見えたので、放出魔力も調整しておく。といっても謁見の間にいる魔術師全員を集めても勝てそうにない、と思わせるくらいには多めにだが。
「ご無礼をいたしました。我が弟は喜びのあまり少々取り乱したようにございます、どうぞご懸念なきよう」
アーノセノウスさんがぺらぺらと取り繕うものの、あたしはじっと王様の顔を見ていた。
……汗をうっすらかいてるとこ見ると、今のあたしの放出魔力の大きさにたじろいでいるのかも知れないが。
威圧程度ですむと思うなよ?許す気なんか欠片もないからな。
〔なんで、そんなに真剣に怒ってるんですかボニーさん?魔喰ライに襲われかけた時なみにさっきのは怖かったですよ。ほんと〕
これが怒らずにいられるか。
国を相手に、罪を抗議するための、糾問使を送る?
文句言われたからって、むこうの国がはいすいませんでしたーと謝ってすむわけがない。
謝るってことは自身の非を、つまりは侵攻の事実とかシルウェステルさんの暗殺とかを認めるってことだ。
たとえほんとにやったことだとしても、拉致や侵攻や暗殺を国が認めるわけがない。
道義上の欠陥を言い立てて周囲の複数の国がフルボッコにかかるからだ。
そんな不利になるようなこと、まずしないでしょ。
万が一認めるとしたら、……『かつての領土を回復するための侵攻』とか『神の啓示に従う』とか。『こちらの法を犯した人間だから』といった理屈を立てた上で、正当性を主張するだろう。
もしくは、自分が劣勢でやばいと感じて状況を畳みにきたか。
国王の決定ではなく、国の中の貴族の一部の暴走でー、という言い方で蜥蜴の尻尾切りをしにかかれば、謝罪の要求とある程度の賠償で損切りもすむもんね。
だが今は、どっちの国が勝つか負けるかわからないどころか、水面上は国際平和が保たれてる状態なんだろう。詳しくは知らないけれども。
そんなところに、一方的に非難するような使者を送りつけるとか。国同士の関係はまず悪化するだろうね。
言いがかり扱いされても不思議はない。
因縁をつけられたから戦争で受けて立ってやる!ぐらいの反応もされかねん。
それがわかってて、この王サマはやらかします、と断言してるのだ。
ということは、狙いはただ一つとしか考えられない。
こいつら、あたしをダシに戦争をするつもりだ。
〔な……、ど、どーする気ですかボニーさん?〕
さて。どうしてくれようか。
あたしをひっぱりだした主な理由がコレというなら、お相手しないといけませんよねぇ……。
ねえ、王サマ?
誠心誠意、この骸骨がお相手いたしますとも。ええ。
全 力 で 。
〔眼が据わってますよボニーさん!眼窩しかないですけど!〕
表情を取り繕いながらも目だけは必死なアーノセノウスさんが裾を引く。
わかったよ。
退出の礼をうやうやしく教えられた通りにとりながら、あたしはゆっくりと王サマから視線をきった。
おい王サマ。
まずは、この後、玉座裏にでも顔貸してもらいましょうかね?
裏サブタイトルは「骨っ子、激怒」ですかね。
本気でぶち切れております。
さて、別連載のお知らせです。
「無名抄」https://ncode.syosetu.com/n0374ff/
和風ファンタジー系です。
ちみちみ頑張ってこちらも更新してますので、ぜひご覧ください。




