請願(その2)
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
「陛下の大恩に対し、騎士アロイス謝意を示す言葉もございません。なれど我が功績はわたくし一人のものにはあらず。どうか協力を願った、彼らにも恩賞を賜りたく」
うやうやしく騎士の礼をしてアロイスが指し示したのはあたしたちだ。
勝手に引っ張り出すんじゃありません。
はかったなぁ、と睨んだらうっすら口元が笑ってやがった。
仕返しか、仕返しなのかこんちきしょ。
それでも抵抗を諦めたりしませんとも!
つか、魔術師さん相手にあたしの魔力はとってもよく目立つらしい。警戒色みたいなもんか。ならば対策をしてこないわけがない。
魔術士隊やコッシニアさんとの初対面から問答無用で攻撃をしかけられてることを考えれば、無策で王宮なんかにこれるかい。怖すぎるわ。
もともとあたしとグラミィは、魔術士隊の面々ともども『いざというときの証人枠』で召喚されたことになっている。
魔術士隊はどんな噂がアロイシウスについて流れていたか、の証言をする役。
自分たちが流してましたというのは不要な情報なので言うでない!
グラミィはサンディーカさんが婚姻関係を結んだ当初から豊穣の女神フェルティリターテの祝福を得られなかったという不備があったためとされてる婚姻無効についての証人役である。サンディーカさんの副伯爵位継承の瑕疵として言い立てられたときに、『むしろ相手のペリグリーヌスピカ城伯が豊穣の女神の加護を失っていると思われるふしがある』ことを証言する役割。
妊娠できないのはサンディーカさんのせいじゃありません、とは言い切れないかもしれないが、少なくともサンディーカさんだけの問題じゃないだろうというところまで持ってくべきだもんね。
肝心のあたしにふられた役割はというと、実のところ不明確だ。うっすら見当はついてるけどね?
だけど目立つ必要はないのですよアロイス。
たとえ王子サマ直々に呼び出す前提で手紙をもらっていたって、出番までは目立ちたくございませんとも、ええ。
そんなわけで、あたしは極限まで放出魔力を減らしている。
そして隣にはグラミィ、反対側には魔術士隊の四人が揃っている。
この状態なら、魔術師じゃないヒトから見れば、『ローブ着てるから魔術師っぽく見える人』だが、魔術師から見れば、生身組の放出魔力に紛れて『魔術師の格好はしているが、魔力的にはあんまり魔術師らしからぬ存在』ということになる、と思う。思いたい。そう思ってくれるといいなぁ……。
念には念を、ということで、あの上級メイド長さんの技も借りて気配を消している。これはグラミィにも教えているので、不十分とはいえ、この場にいて一番目立たないのはあたしたちだろう。
このままあたしたちのことはスルーしてくださってもかまいませんことよ、王子サマ?
「まず、端の四人は魔術士団からお借りした者たちにございます」
アロイスの声に、ローブ姿のベネットねいさんたちが進み出るとうやうやしく礼を取った。
ああっ、隠身の壁がぁっ。……ま、これは想定内だしいいか。
「『そなたたちの望みとは何か』と陛下は仰せにございます」
「はい、我々は魔術士団を退団いたしたくお願い申し上げます」
今度はクウァルトゥス殿下が大きく目を見開いた。
うーむ、王子サマと同じような目の色なのに、ぜんぜん受ける印象が違うよなー。
噂拡散任務から回収した後、彼らもそのまま放流するわけにはいかん、ということで、魔術士隊の面々もアロイス同様ルーチェットピラ魔術伯爵家で捕獲済である。
さらにお話しをいろいろとしてみた結果、四人は『彼らの自由意志で』魔術士団を退団を希望している。
「訳をいえ」
「我ら、此度の任務にて魔術師としての未熟さを改めて思い知りました。それゆえコッシニア様に付き従い、より魔術の研鑽に努めたく存じます」
アークリピルム魔術伯も身を乗り出した。
「待て、それはコッシニア嬢は魔術師だと申すのか!」
ええ、とっても優秀な魔術師ですよー。魔術士隊の面々が部下にしてくださいと言うくらいには。
そして魔術士団は、彼らにとっちゃ、もはやたいして魅力的な居場所じゃないんですよ。
真面目な話、グラミィはあたしが教えた魔術しか使えないが、あたしの魔術もシルウェステルさんが杖に刻んだピーキーなオリジナル術式のデッドコピーと、アルベルトゥスくんが教えてくれたりして実際に見たことのあるスタンダード系術式がメインだ。
まあ、魔術陣作成にも手を出してるけど、それはちょいと脇に置いてと。
客観的に見るなら、あたしとグラミィの得意技は、術式の引き出しの多さじゃなくて、バカでかい魔力のごり押しなんです。
だが、コッシニアさんはサバイバル能力の高い魔術師である。
多人数相手の近接戦闘が可能なだけでなく、結構な継戦能力の持ち主でもある。
それは戦術の組み立てがうまいだけでなく、魔力切れを起こさないよう、少ない魔力をやりくりするのも上手だってことだったりする。
あたしとは真逆の省エネタイプ。
魔術士隊の面々のスタイルにはコッシニアさんの方があうだろう。
というのが彼らにとっての本音だが、あたしたちにとっては理由の半分にすぎない。
もう半分は、マールティウスくんの政治力強化が目的だったりする。
だったら素直に魔術士隊ズをマールティウスくんが抱え込めばいいじゃないか、というわけでもない。
マールティウスくんはルーチェットピラ魔術伯なのだ。
つまり、他の貴族からすでに力量が推し量られている存在。それは魔術師としての力量もある程度見切られてるということにもなる。
正直なところ、魔術師としてのマールティウスくんは、凡才ではないがアーノセノウスさんのような天才でもない。努力して秀才の地位が保てるレベル。
その彼が、魔術士隊が退団したいと思うほどに魔術師として心服する相手かというと……、ちょっと無理があるのです。
政治的には悪くない後ろ盾なんだけどね。
だがそれも、王弟殿下であるクウァルトゥスおにーちゃんが団長務めてる魔術士団に睨まれてでも欲しい後ろ盾かというと、ちょい微妙なところだ。
しかしコッシニアさんは完璧なダークホースだ。
なにせ一月前までは生死不明の行方不明だったのですよ。力量なんて当然全くの未知数なのだから、新進気鋭の魔術師、超絶技巧の持ち主としてフィーチャーするのにちょうどいい。
そのコッシニアさんをアーノセノウスさん、ひいてはルーチェットピラ魔術伯爵家が庇護しているというのは、現当主であるマールティウスくんがコッシニアさんを庇護できるだけの力量――一魔術師としてではなく、魔術伯としてね――を持っているということになる。
加えてサンディーカさん、つまりアダマスピカ新女副伯の妹でもあるコッシニアさんが魔術士隊の面々を預かるというのは、これまで生粋の武人筋だったアダマスピカ副伯爵家が魔術面での武力を得ると言うことでもあり、寄親である港湾伯ことボヌスヴェルトゥム辺境伯にはプラスになることでもある。というわけでルーチェットピラ魔術伯爵家とボヌスヴェルトゥム辺境伯爵家の関係がわずかながらも良好になるということでもある。
このへんのことはアーノセノウスさんからの返信にみっちり書いてあったことなんだけど、読んだ瞬間、あたしは仮想上の舌を思わず巻いた。
正直マールティウスくんの部下増やせないかなー、魔術師隊の面々をレンタル終わったからって魔術士団に素直に帰すって手はないよなー、くらいにしか考えてなかったんだもん。
貴族の家同士の関係改善なんて波及効果、そこまで思いつきません。
生粋の上級貴族の深読みって怖い。
だけど、どっちにもWin-Winの関係が築けるのならばありがたい。
もう一つあたしたちにありがたいのは、魔術士隊をコッシニアさんにまるっと預けられちゃうってことだ。
ぶっちゃけ、彼らの命さえ左右するような責任なんて負えませんもの。組織管理なにそれ美味ですか。
コッシニアさんも配下を持つのは初めてのことらしいが、それでも彼女には彩火伯の庇護つきにしてアダマスピカ新女副伯の妹という看板がある。まあそこそこは権威に物を言わせることだってできるわけだ。
この辺のことは、女子会(?)を開いて決めた。
アロイスは厄介事には巻き込みたくなかったみたいだが、当のコッシニアさんが嬉々として巻き込まれに来てくれるんですもの、そりゃご協力よろしくーとなるわけじゃん。
「宮廷内にも暗部があるようですが、衆生の中にも闇はあるのですよ。これでもある程度の暗さは知っております」
そう断言した彼女にしてみれば、おねーさんの協力者を増やす狙いもあったらしい。そのへんちゃっかりしているのが非常にたくましくてステキです。
ついでに、骨がシルウェステルさんであるということもコッシニアさんには明かしてある。驚かれるのは予測してたが、まさかグラミィとの会話を見てて、心話使いたいですと食いつかれるとは思わなかったよ。
魔術士隊をちゃんと仕込んでくれたら教えてあげなくもないよ、とは伝えてあるがさてどうなることやら。
「コッシニア・フェロウィクトーリアどの。『直答を許す』とのことでございます」
いったんは脇に下がっていたコッシニアさんが、しずしずと進み出ると淑女の礼を玉座に向かっておこなう。女子会の時のはしゃぎっぷりは、しっかりかぶった猫の下にしまい込んでますな。
改めてクウァルトゥス殿下たち魔術士団組の方を向くと、アークリピルム魔術伯が口火を切った。
「コッシニア・フェロウィクトーリアどのに伺う。魔術学院に学んだことは」
「一度もございません。されど、幼少の頃より魔術の手ほどきを受けておりました。師はウィクトーリアのラウルスにございます。魔術学院において中級導師として指導に当たられたのちに魔術士団にて最終任務を終えたと伺いました」
ウィクトーリアはアダマスピカ副伯領にほどちかい開拓村の名前らしい。ジュラニツハスタって国との国境に近く、また湿地の近くなせいで、基本どこも面倒を見たがらないという寒村なんだとか。
コッシニアさんが教えてくれたところによると、ラウルスさんは領地に数えられないようなとこなのに庇護をしてたアダマスピカ副伯家に雇ってもらえるんなら、地元での箔付けになるという目論みもあり、コッシニアさんの家庭教師役を引き受けてくれてたらしい。
お禿げみになったからというだけで、魔術学院の導師さんまで魔術士団に異動させられた上で首を切られるシステムになっていたとは知らなかったけど、まあ、髪の毛がない=魔力がない、という判断がされたなら、魔術を教える導師としても能力不足とみなされても仕方がないのかもしんない。
問題はだ。コッシニアさんがそのラウルスせんせーに魔術について学ぶだけでなく、いろいろ魔術学院や魔術士団について聞いてたってことである。
完全に魔術士団に取り込まれてれば、ラウルスせんせーも洗脳…げふん、魔術士団の忠誠を誓うようたたき込まれてたのかもしれないけれど、無理矢理首切るためだけに異動させられたところというのはなじみようもなく、居心地が相当に悪いものだったらしい。
そりゃあ、又聞きであろうがコッシニアさんも、魔術士団にいいイメージは持てないわな。この場の魔術士団長とアークリピルム魔術伯の様子を見れば、悪印象は強化されこそすれ、薄らぐこともない。
コッシニアさんの目が、完全にローブ姿の時のキレキレ状態に戻っております。
「師ラウルスの教えによりますと、中級導師が課程を修了したと認められる者にのみ臙脂のローブが与えられるとのこと。わたくしは中級導師である師よりローブを受けましてございます」
魔術師の格好をしている人たちの間から、大きなどよめきが上がった。
いやまあそりゃ大混乱もするでしょうなー。
カリキュラムによる洗脳を受けていない、有能な魔術師が存在できてしまう危険性に気づいちゃったんだもの。頭の回転が速い人なら、コッシニアさん一人の問題じゃないってわかるだろう。
平民から魔術師の素養のある人間を集める魔術学院の組織は、貴族には強制力はなく、魔術特化型貴族じゃない家から魔術師が出た場合、同じようなとりこぼしが出て当たり前ということに気づかずにはいられないはずだ。
今の制度下じゃ、コッシニアさんの非は一切ないと認めざるを得ないということも。
「ベネティアスらに訊く。その研鑽、魔術士団にいてはできぬと申すか」
「はい。その通りにございます」
「な、ならば、コッシニアどのが魔術士団の一員とおなりになればよろしかろう。そちらの四人をコッシニアどのの配下につけてもよい」
「お言葉ではございますが、わたくしは姉に従い、アダマスピカ副伯領の立て直しに力を注がねばなりません。このまま魔術士団に籍を置くことは難しゅうございます。どうか、ご寛恕のほどを」
一分の隙もない正論ですね。
懐柔に見せかけた強引な手を使ってコッシニアさんを引き入れようとしたってダメですよー、魔術士団長サマ。
新たに家を興す力もないような、下級貴族の、成人するかしないかぐらいの次男や三男を指先で転がすようにはいかなくて当然だい。
コッシニアさんは、サンディーカさんに万が一何かあったときにはアダマスピカ副伯に立たねばならない身の上なのです。
しかも彼女は世間知らずのお嬢さまではない。炎に包まれた館すら単身脱出してのけ、戦乱戦後を女性一人で流浪しながら生きてきた人だ。過酷な状況でも生き延びるすべと人を見る目に長け、したたかさを備えている。
言いくるめようったって無理に決まってんじゃん。
でもそんな裏事情、当然のことながら魔術士団長のおにーさん殿下はご存じないわけでして。
「我ら一同、今後とも杖を国王陛下に捧げ、忠誠を惜しむものではございません。どうか、魔術探求の機会をお与えくださいますよう」
さらに深く礼をする魔術士隊の面々の頭上を、典礼官の声が響き渡った。
「陛下は魔術士四名の願いを嘉された」
「…………!」
事ここに至って、自分がはぶられてるというのがようやくわかったようです魔術士団長。
根回ししてもらえない、というのは、交渉するまでもない相手だと思われたってことでもある。つまりは能力や権威に見切りをつけられたというバロメーターにもなるのだが。
王弟殿下という身分上、ナチュラルに周囲を見下してたっぽいこの王子サマのおにーちゃんてば、逆に見捨てられたり見切りをつけられるということに慣れてなかったらしい。
「……ええい、ならばかまわぬ!どこへでも行ってしまえ!」
「魔術士団長の寛容なお言葉、ありがたき幸せに存じます」
魔術士隊にお前らイラネ宣言が笑顔であっさり受け入れられたからって、地団駄踏むオッサンの図はかわいくないと思うのですよ。
ついでに言うと、魔術学院に彼らが返済すべき奨学金は、今後コッシニアさんが名目上は肩代わりしすることになっている。魔術士隊の面々は、今度は報酬からコッシニアさんにちょくちょくとお返ししていけばいいわけなのだ。これまで魔術士団のやっすい給料から天引きされてたぶんはさっ引いてね。
つまり魔術士団が、債務関係で彼らに接触することも不可能なんです。
いやー、飼い殺しルート脱出おめでとう、ベネットねいさんたち。
「待て。端にいる、そのフードのお前」
……さらに八つ当たりっすかクウァルトゥス殿下。
魔術師のローブを着ているからって、あたしにまで怒りの矛先を向けないで欲しいと思うの。
「いったい何者だ。さほどに少ない魔力しかないくせにローブを着るとは片腹痛い」
まあそう思いますよねー。抑えてるグラミィの魔力にすら埋没するよう偽装してるんだし。
だから笑ってやるなグラミィ。生身の人間からは異様すぎて警戒対象にしかならないらしいあたしの魔力を見抜けないのは、彼が無能なだけなんだから。
〔ボニーさんの方がよっぽどひどいこと言ってますよ!〕
そうかなあ?
「陛下の御前である!魔術士団長クウァルトゥス・トニトゥルスランシア・ランシアインペトゥスが命ず!フードを取れ!取らぬというなら、その仮面、手づからひっぺがしてくれよう!」
手荒く扱われるのはごめんだ。
仮面や頭巾程度ならばともかく、頭蓋骨が外れたらどうしてくれるんだっての。
ずんずんと鼻息荒く近づいてくるおっちゃん王子の目の前で、あたしはおとなしくフードを外し、仮面を取り、黒覆面を脱いでやった。
同時に、放出魔力量、最大。
ばあ、と頭蓋骨を突き出してやったら、謁見の間におっさん世代主体の、雑巾をぶっちゃけるよな野太い悲鳴が轟き渡ること。
〔ボニーさん、加減してくださいよー。ここ音の反響がよすぎて耳が痛いですー〕
……そんなもん、周りのお貴族様たちに言ってやんなさい。あたしが上げた悲鳴じゃないもん。
さーあ、幻術だと思えるもんなら思ってみるがいいわ、という気持ちがなかったとは言わないけどさー。
そんでもって。
確かに、放出魔力量は周囲への威圧や威嚇に使える。カシアスのおっちゃんが剣気と呼んでいるものも武人としての威圧というより魔力を敵に向かって自覚なく発しているものだ。
それまで置物レベルに減らしていた魔力がいきなり人外レベルになれば、確かにびっくりはするだろうさ。魔物があらわれた!ぐらいの存在感になるんだろうし。
しかも生身とは思えない外見に生身じゃありえない魔力持ちだし。
理屈はわかるから、あたしはそれ以上下手な動きはしません。
なので取り囲んでる警護の人たち。杖や剣を構えるのはいいけど、それ以上しかけてきたらあたしも応戦しないとならなくなるからねー。落ち着いてよー。
いや、あたしのほぼ全開な威圧に反撃態勢を取れるだけすごいとは思うよ?
ちらりと顔を見ればちょっと年のいっている二十代後半くらいまでの人は身構えているが、それより年下の人たちは全滅だ。
……たしか、カシアスのおっちゃんの従士だったとかいうギリアムくん世代、ぐらいかな。つまり大規模戦闘を経験してる世代と身分だと、突然戦闘が始まっても瞬時に覚悟が決められるってことか。
その中で、謁見の間なんて国の威信をかけて刃傷沙汰勃発、なんて絶対に防がなきゃならん以上は、この衛兵さんたちは、確かに精鋭揃いなんだろう。
だけどさ王子サマ。そのくらいあらかじめ根回ししといてちょうだいよ。
そう内心ツッコミをしていたら、衛兵さんたちを割ってマールティウスくんが近づいてきた。
「叔父上。御前に参りましょう」
かっくりと頭蓋骨を頷かせてみせる。
よし、行くよグラミィ。
〔あたしもですかー〕
通訳がいなくてどうすんのさ。こっから先はあたしとグラミィのシンクロ具合が大事なのだよ。
と、その前に。
だいじょぶですかー、と、腰を抜かしたまんまだったクウァルトゥス殿下に骨の手をさし出してやったら。
ふゅえぉぉぅぁぁ!とかいう、文字じゃ再現できそうもないような珍妙な声を上げながら、すごい勢いで後ずさりしてった。
いったいその声どっから出してんのさ。
「……叔父上はおやさしいですね」
マールティウスくん、肩が笑ってるよ。
いや、笑いがとれたならなによりです。
玉座の前、定められた位置まで進み出ると、あたしとグラミィは、マールティウスくんの後ろにクラウスさんから教えてもらった作法に従って跪いた。
頭蓋骨を垂れるとマールティウスくんが恭しく言上する。
「陛下に我が叔父、シルウェステル・ランシピウス魔術学院上級導師の帰還をお知らせ申し上げます」
コッシニアさんが魔術師だと判明した時より大きなどよめきが巻き起こった。
アークリピルム魔術伯は顎を落っことし、アーノセノウスさんはなんかもうやり遂げたような笑みを満面に浮かべているし。
さらに、アロイスもまたあたしたちに並んで騎士の礼を取ると声を上げた。
「ボニーと仮の名を名乗り、その身を賭して国を守らんがため、そしてわたくしにも助力をしてくださいましたのは、シルウェステル・ランシピウス師にございます」
いや、まあたしかに城砦防衛戦からこっち、協力と書いて共犯とルビを振るくらいにはしてますけどね?
「幻術とお疑いでしたら、魔術のすべを心得るすべての者に告げるがよろしいでしょう。その識に力を注げと。我が叔父の、この真の姿が見えるでしょうから」
うん、まあたしかに、このかっこは幻術じゃないですけどね?
だけどアロイスとマールティウスくんが交互に断言してくれたせいで、どよめきは収まらない。
つーか、どんどん猜疑の色が強くなってませんかねみなさん?
「どういうことだ」
「シルウェステル師は亡くなられたのではなかったか」
「陛下に虚言を吐かれたかアーノセノウス卿。不敬の極みだな」
どっかの魔術特化型貴族らしい人が吐き捨てると、アーノセノウスさんはにこやかに進み出た。
発言の許可を求め、許されるとぴしりと表情が変わる。
なるほど、これが、元魔術伯としてのアーノセノウスさんの顔か。
「先ほどどこのどなたとも存じぬ方がわたくしが虚言を申したと言われたが、わが弟シルウェステル・ランシピウスは間違いなくその命を落とした。黒き手の持ち主にかかってのことである。されど、幽明境を異にすれども本性は変わらず。王国の危機を感じ、死せるその身体を動かし、ここまで戻ってきてくれたこと、わたくしの名をもって証明する」
「たわごとを。そもそもアーノセノウス卿、そなたが操屍術師であるとは思いもよらなんだ」
吐き捨てたのはアークリピルム魔術伯か。そろそろ出番よ、グラミィ。
「『陛下。少々わたくしにも発言の許可をいただきたい』とシルウェステル・ランシピウスが申しております。『我が兄が我を操り陛下をたばかるとでも思われるのは不本意にございますゆえ』と」
「なんだ、きさまは」
グラミィを睨むアークリピルム魔術伯。確かに地味な色合いのドレス姿のばーちゃんは面妖な存在だろう。
「わたくしはグラミィと名乗っております。魔術学院の課程を修了しておらねば魔術師とは名乗れぬというなら、確かにわたくしは魔術師ではございませんな。なれど、ここにおられるシルウェステル・ランシピウスが帰還に助力し、かの通詞をつとめまするのは、我が魔力あるがゆえ」
そしてグラミィも放出魔力を普段並みに調節した。
またもどよめきというか、喘ぐような声が聞こえた。
あたしとグラミィ二人分の威圧に耐えきれず、数人がぱったり倒れたみたいだが。そこまで責任持てません。
つか、これで文句はさすがに言えんだろう。
……と思ってたんですがねぇ……。
「だだ、だ、黙れ、そこな端下女が。屍操術師がシルウェステル師を騙ろうとは片腹痛い。きさまとその骸骨の魔力が同じ色だと感知できぬとでも思うたか」
明らかにひるみながら言われても。
しかもそれ、前にベネットねいさんたちにも言われたことだし。対策考えてないわけがもちろんないのですが。
「わたくしがシルウェステルどのをこの世に召び戻したから、とはお考えになれませんので」
「その骸骨が真にシルウェステル師のものだとしてだ。そちの操り人形でないという証を立ててみい」
ちなみに、アルベルトゥスくんが教えてくれたところによると、この世界で骨な不死者が珍しいのは、バラバラになりやすいからだ、そうな。
……うんまあそりゃそうだわな。
あたしだって不思議ですもの。軟骨とか腱も残ってない、ほんとに骨しかないあたしが動ける理由はいまだに謎のままだ。
人間とは違うけど生きてるぞ系な不死者、たとえば吸血鬼みたいな存在ってこの世界にいるのかどうなのか、ちょっと微妙なところらしい。
はっきりしてるのは、人間の屍操術師なら物体になった死体を動かすことは可能だということだ。
ただし、残存してる運動機能が低ければ低いほど扱いづらい。結果としてなるべく原形をとどめてる新鮮な死体を操作することぐらいしかできないわけだが。
……どうしても絵面的にはゾンビ集団を操る悪の魔術師ですな。
だからなのか、死体を持ち歩いて疫病が発生する危険性もあるからなのか、術式のすごさとかに比べて、屍繰術師の評判は悪いものであるらしい。
「トリスティスの言うとおりだ!シルウェステル師はいくつも魔術を創っていたはず!その骸骨が、まことシルウェステル師というなら、その魔術を使ってみせよ!自我も持たず魔術も使えぬただの骨をシルウェステル師とは認められん!」
あー、やっぱりそーいう認識をされてた人なんだね、シルウェステルさんてば。
そして、魔術を使ってみせれば逆に骨をシルウェステルさんと認めてくれると。
それはかえってありがたい。
あたしが怖くて漏らしたかどうかは知らんが、唾飛ばして罵倒してくれた分だけは許してあげようじゃないの、魔術士団長サマ?
あたしは玉座を仰ぎ見ると、うやうやしく魔術師の礼を取った。
「『クウァルトゥス王弟殿下に言質を頂戴いたしました。ゆえに、御前にお騒がせをいたします許可をいただけますでしょうか、陛下』と申しております」
ええ、この場の、というかこの国の支配者は王サマですもの。許可は大事です。
「それはかまわぬ。が、杖がないではないのか」
お、直答してくれた上に心配ありがとう。いい人かもしんないね王サマ。
たしかに謁見の間には、護衛以外、魔術師は杖を、武官は武器を持ち込むことはできないということで、あたしもグラミィも事前に杖を預けさせられている。
安全確保上は大切なルールですね。
だけど、あたしにゃ基本いらないのだよ。
ま、ちょっと制御とかめんどくさくなるけど、たいしたことではない。杖は外付けボード…というか、電卓や算盤みたいなもんだ。計算するのにあると便利ではあるし、処理速度もちょっと上がるけれども、必須ではないのだよ。
あたしは人差し指の骨を立てて見せた。
「『陛下のご寛恕に深く感謝申し上げます。ですが問題はございませぬゆえ、お一つ披露いたしましょう』とのことでございまするよ」
顕界するのは主に構造解析の術式だ。これ使うのもだいぶ慣れてきたね。
範囲はこの謁見の間すべて。
ほいでもって、ついでに隠蔽看破も発動する。これも構造解析と同時期にシルウェステルさんの杖から読み取った術式だ。
構成を丁寧に、じわじわと魔力を均一に流し、その緻密さをじっくりと見せつけてやる。
そこらへんのザコ魔術士とは格が違うのだよ、格が!
〔悪人ぽい高笑いが似合いそうですよボニーさん……〕
じゃあ、あたしの代わりに高笑いしといて。あんただって杖に依存してる魔術師ではないしなー。
「これは……」
魔術士団長は顎を落とし、アークリピルム魔術伯も唖然とした顔になった。うろたえてるのは魔術士団の関係者だろうな。
アロイスも見えてるかな?
きょとんとしているのは武官さんたちか。魔術を通した術式は魔術師じゃない人には不可視なもんだし。
それじゃ、やっぱり解説しとかなきゃいけないかな。よろしくグラミィ。
〔えー……そのまま言わなきゃだめですかこれぇ?〕
だめです。
「『術式の見えぬ方たちにもご説明いたしますと、ただいまこの謁見の間全体におられるすべての方々がどのような武器をたばさみ、どなたがひそかに恋文を心臓近くに抱いておられるかも明らかにする術を施しました。ご質問がおありでしたら、どうぞ。この謁見の間にいかなる仕掛けが施されているかは陛下のご裁可なくては明らかにはできませぬが、どなたがおつむりの上にカツラを乗せておられるのか、どなたが生まれ持っての背丈より高い位置から周囲をご覧になられているのか、どなたが異性の下着をご着用におよばれており、どなたが仕込み武器を忍ばせておられるのか。時と場合とお尋ねの方によってはこの場にてお答えしないものでもございませんよ?』」
アーノセノウスさんが謹厳な表情のまま、力強く噴いた。
無差別全方位ざまあが炸裂いたしました。
さて、別連載のお知らせです。
「無名抄」https://ncode.syosetu.com/n0374ff/
和風ファンタジー系です。
ちみちみ頑張ってこちらも更新してますので、ぜひご覧ください。




