表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/372

請願(その1)

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 やってきました、ランシアインペトゥス王国王宮謁見の間!

 アロイスってば、どうせアロイシウスをぼっこぼこにするのなら、ほんとはここでやりたかったらしい。

 が、さすがにそれは無理だろう。

 向こうの世界で言うとだなえーと……、国会議事堂本会議場と平安御所と首相官邸と霞ヶ関――後ろ二つはがくっと違いすぎるか――を足さないで掛け合わせたようなところで、決闘というより一方的な殺人未遂沙汰はいかんでしょーが。


 ともかく格式ももちろんそうだが、重厚感がはんぱない場所です。

 慣れてない平民だの地方貴族だのを連れてきたら、まず萎縮して一言も喋れなくなると思う。今隣にいる魔術士隊の面々みたいにね。

 たぶん、それを計算して作られてるんだと思うけど、そうとわかってても重圧がすごいよこれ。

 しかもこの効果、他国からの使者とか、それこそ貴族としても下っ端向けというだけじゃないんですよ奥サマ(誰や)。

 公爵とか辺境伯とか、自国のいわゆる重鎮って言われてるような上級貴族が居流れるようなところの方が強いのだよ。

 より王に、そして玉座に、近ければ近いほど強くなるというのが、実にエグいです!

 実際反旗を翻されたら国が大きく揺らぐような実力者たちへ向けた、王には逆らうなー、という無言のメッセージを肌で感じずにはいられない。

 ま、今のあたしにゃ肌はございませんがー。


 むこうの世界で言うところの中世ヨーロッパでは、廊下というものはあまり存在せず、移動の際は部屋から部屋へ通過する間取りだったらしい。当然扉なんてないのが当たり前。

 だけど、この大広間は、きっちり側廊と広間が仕切られてる上に、飾り金具が飾り以上に()()()役割を主張しまくった扉がちゃんとつけられている。

 これはアロイスと初めて頭蓋骨を合わせた、あのランシア山の城砦の大広間も同じつくりではある。

 おそらくは、最終防衛線としての機能も同様に想定してるんじゃなかろうか。

 加えて石造りの建造物の構造上、何本もの柱がどうしても広間の中に立っている。

 もちろん装飾などで工夫はされているが、この林立する柱は入り口からの遮蔽としても機能するんだろうな。

 玉座まで一本の柱もないところまで近づくと、逆にそこは視覚的心理的効果を駆使しまくった上級貴族向けの重圧MAXエリアですし。

 非常時における他国の切り込み下っ端兵は言うまでもなく、通常政務時に謁見を許された自国の下級貴族であっても、何がしかの理由で御前近く進み出るとなると相当なプレッシャーを受けるわけです。無駄な要求など通せやしない。

 爵位認可の請願という、どうしてもやらねばならぬことをしてるサンディーカさんですら気圧されて当然ですね。

 だけど、この大広間というか謁見の間でなければ、請願はできない。

 しかもサンディーカさんの請願は、ただの一副伯家の継承問題に留まらない。領主同士の争いという国の問題であるのだ。ここは踏ん張ってもらわねば。

 サンディーカさん、がんばっ。


〔励まし、軽っ!軽すぎますよボニーさん!〕


 いやでもあたしだってトリっぽい立ち位置なんだもの。ちょっとぐらい気分を軽くしておかないともたないってば。

 

 そんなことを心話でとはいえ、壁際でごそごそやりとりしてるあたしとグラミィは、サンディーカさんが離婚してフェロウィクトーリアの名を取り戻したことを根拠に、アダマスピカ副伯爵位継承の許可の請願状が読み上げられてるところを見守ってるところです。

 この後、他の爵位継承権者によるサンディーカさんが爵位を継承することへの同意、もしくは不許可が示されたり、サンディーカさんを含めた全爵位継承権者の適不適が示されたりのだが。

 これがもう、めんどくさいことになってます!


 さっくりコッシニアさんは、おねーちゃんの爵位継承への賛意を示すことになってるし、アロイシウスは再起不能な域にまでアロイスが叩きのめしてる。

 なら、それで問題ないじゃん、というわけにいかないのは、むこうの世界で言うところのアダマスピカ副伯爵家の相続に関する民事訴訟に、アロイシウス側のやらかした犯罪の数々に対する刑事訴訟がもれなくくっついてる状態だからだったりする。


 御領主様の後妻さんの養子って体裁を取ってまで、爵位継承権的には対抗馬っぽい位置にむりくり押し上げられてたアロイシウスと、押し上げようとしてたプルモーおばさん……ほんとは実のおかーさんだったらしいですが……がやらかしたのは、まず御領主様ことルベウスさんの殺害。次にサンディーカさんの弟でもあるルーフス・フェロウィクトーリア前アダマスピカ副伯とその弟、コッキネウスくんの殺人企図。

 ええそうなんです、御領主様だけじゃなく、その近くに葬られたルーフスさんとコッキネウスくんのお墓にも、ヴィーリが枝を挿してみたところ葉の色が変わったんだとか。

 隠し棚から見つかった日記やら証拠品やらからしても、三人ともに毒を盛られた、ということはほぼ確定らしい。

 けれど、葉の変色が薄かったルーフスさんとコッキネウスくんが致死量まで毒を盛られてたかというと微妙らしい。20年近い歳月に毒物が薄められたからじゃないかとも個人的には思うのだが、ヴィーリが同様に経年変化をしているはずのルベウスさんと比較してみた結果だとするなら、わりと信頼できるデータではあるのだろう。

 とすると、ルーフス兄弟は毒を盛られて体調が悪化した状態で出陣。通常とはまるで違う腕の鈍りと多勢の敵軍に囲まれたことで、討ち死にした、ということになるのかな。

 それに加え、コッシニアさん暴行未遂およびその教唆については、きっちり日記に書き残してたらしいですよ、プルモー夫人って几帳面なのかアホなのか。あ、両方なんですねたぶん。

 さすがに殺害についてははばかるところがあったらしく、ルベウスさんとルーフスさんとコッキネウスくんについては、もにょもにょな書き方でごまされてたらしいけど。

 そんな犯罪の証拠の数々を洗いざらい、アロイシウスを返り討ちに見せかけてしばいたアロイスと、通常の巡回任務中に後ろ暗い人たちがしかけてきたのを叩きのめしたカシアスのおっちゃんが二人がかりで披露するわけです。

 何せコトはただの殺人じゃない。王国内の貴族が同格の他家のっとりを狙って、相手の領主一族の人間を殺しまくるとか。内乱と同じくらい国をも揺るがす大問題ですよ。

 だからこそ、サンディーカさんにくっついてきたコッシニアさんが、自身の生存の証だてとおねーちゃんの爵位継承への賛意を示すと同時に、アロイシウスの毒牙を危うく逃れた一人として、アロイスたち側の証人にもなってるわけです。

 明白な証拠はないけど、状況的には、コッシニアさん殺害未遂も、プルモー夫人の息がかかった人間の仕業っぽいしね。


 しっかし、感心するほどよく化けてるなぁ……。

 男女共用なだけあって身体の線が隠れやすく、ユニセックスな印象のある魔術師のローブを着ているときとは明らかに違う。

 伊達に修羅場をくぐってきてないだけあって、きっぷのいいおねいさんとか、若き女傑って言葉が似合いそうな凄みがあるコッシニアさんなのだが。

 ちゃんとドレスを着て髪を結い上げてもらい、化粧を施したとたん、サンディーカさんによく似た印象の楚々としたいかにもお嬢さまー、な感じに立ち振る舞いまですっかり変わっちゃうんだもん。

 いやあ、これぞ女装マジック。魔術的な意味じゃなくね。


 長々しい儀式張ったやりとりの果てに。

 サンディーカさんの爵位継承は問題なく認められ、彼女はアダマスピカ女副伯爵となった。

 コッシニアさんは、その妹というだけの身分しかないが、望むならば男爵家を立てて女男爵――日本語で考えると字面が妙だなこれ――となることができるそうだ。

 この世界における爵位というのは、家柄や人が一つしか保持できないものではない。らしい。

 通常は持っている中でも最上位の爵位で呼ばれるのが普通で、爵位授与式とか死亡時でもない限り全部一度に呼ばれることもないからあれだけど。

 むこうの世界でもヨーロッパ史を紐解くと、ノルマンディー公がイングランド王になったけど、それでもフランスの王家に臣従する貴族として公爵位を維持してたようなもんか。

 そんなわけで、コッシニアさんも歴代アダマスピカ副伯爵?家?が持ってた男爵位だけを割譲してもらうこともできるということだ。婉曲な言い回しで『今はやめときます』的なことを言ってたけど。


 そんでもって、ヴィーア騎士団第一分団カシアス分隊長には、ルベウス・フェロウィクトーリアを毒殺し、またルーフス・フェロウィクトーリアとコッキネウス・フェロウィクトーリアを死に追いやり、アダマスピカ副伯爵家を私していたプルモーの罪を明らかにした功績により、ルクサラーミナ準男爵位と、家名を立てる許可を与えられました!

 今後も騎士団の任務を果たしつつアダマスピカ副伯爵を支えよ、ということだそうです。わーぱちぱち。

 準男爵はかろうじて貴族である。貴族階級の風上に遠慮しながらこそっと置いてもらえなくもない、かもしんないぐらいの地位だけど。

 だがその準男爵位を、貧しい従士の家柄出身のおっちゃんが得たということは、アダマスピカ女副伯爵となったサンディーカさんと結婚することが、『絶対不可能』から『とっても困難』レベルには可能になったわけですよ。

 どうやら、マールティウスくんに代筆してもらった提案の意図は、しっかり王子サマにも伝わってたらしい。

 

 負傷中のアロイスを無駄に動かしてもあかんということで、決闘が終わった直後からは、アロイスをルーチェットピラ魔術伯爵家にこっそり滞在させてもらっていたのである。

 噂の結果は、アロイシウスをしばいたことで収穫しきったことだし、これ以上気にすることはない。

 だったら今後のルンピートゥルアンサ副伯領という本丸攻略を目前に、傷が悪化されても困るのだからおとなしくさせとけという判断です。

 その時に聞いちゃったんだけど、カシアスのおっちゃんってば意外と年上スキーらしい。

 というか、サンディーカさんが、おっちゃんのあわーい初恋のお相手だったそうな。

 けれど相手は大恩ある御領主様のお嬢さまである。

 いくら下々の者にも気軽に声をかけてくれる、ちょっと大人びた感じの、綺麗でやさしいおねえさんだったとしても、そんな思いは遂げることはむろん、告げることすらできはしない。

 ……いやぁ、身分が違いすぎて、ひたすら秘めるしかない片恋の初恋とか。きゅんきゅんするワード満載ですねぇ。


 なんでそんなこと、サンディーカさんが嫁いでった後にアダマスピカ副伯爵家へ預けられたはずのアロイスが知ってたかというと。

 酒でべろべろになった時に、おっちゃん自身が口を滑らせたから、らしい。

 サンディーカさんってどんな方だったのか、くらいに話を振ったら出るわ出るわ。そりゃもう微に入り細に入りそのステキさを語ってくれたというから相当なもんだ。

 いや、まあ、その、十歳くらいで、もうそんなトキメキを覚えちゃったカシアスのおっちゃんも、相当早熟だったと思うけどさぁ。

 

 そんなこんなで、カシアスのおっちゃんてば、アダマスピカ副伯爵家を離れてからもサンディーカさんのことはずっと心にかけて情報を集めていたらしい。やるなおっちゃん。

 わずか十四歳ぐらいでサンディーカさんが嫁がされてった、その相手であるペリグリーヌスピカ城伯に思うところがないでもなかったらしいけどね。

 でも、まさか一介の騎士でしかないおっちゃんが、いくら残念臭が漂うとはいえ城伯相手に戦いを挑めるわけもなく、法にのっとり婚姻の絆を結んだ伴侶を盗み出すというわけにもいかず。

 盗み出したところで、待っているのは名誉を棄てた逃避行、というか相手の同意がなければただの拉致だしね。

 裏から手を回してサンディーカさんを離縁させたとしても、下手すればサンディーカさんの名誉は泥塗れになる。

 おまけに、戻るべきアダマスピカ副伯爵家は弟さん二人が死亡、コッシニアさんも行方不明というガタガタぶり。

 そんなところへ戻したら、まずアロイシウスに襲われるか、プルモーとかいう諸悪の根源っぽい人に毒でも飲まされるかしか想像できん。ヤな二択未来予想図だなー。

 だったら、遠くから見守って、いざというときに駆けつけることができるスタンスを維持しよう、というのは、おっちゃんにとってもわりとギリギリの選択だったみたいですね。

 

 そのカシアスのおっちゃん自ら念入りにお掃除しまくったらしいし、当分アダマスピカ副伯領は安全安泰なんだろう。

 あとはカシアスのおっちゃんがどんどん功績を積み上げて爵位を上げるか、もしくはアダマスピカ副伯家に御婿入りを認められるような、でかめの武勲を一発上げれば万事めでたしってことになる。

 なんだったら、あたしのやらかしたこと(功績っぽいもの)で譲れるものは譲ったげったっていいんだけどなー。

 あたしによけいな報酬を寄こして取り込もうと画策するくらいなら、今、自分の手中の駒をやってくれてるカシアスのおっちゃんとアロイスを、ちゃんといたわっとけというのだ、王子サマ。

 ただ、サンディーカさんの年齢を鑑みるに、ご結婚までちょっぱやでないとお子さんができない気がする。後で個人的におっちゃんのお尻も蹴飛ばしといてあげやうじゃないの。ふひひ。


 んで、アロイスはというと。

 こちらも『騎士の風上にも置けぬアロイシウス・アウァールスクラッススにいわれもない言いがかりで神聖決闘をふっかけられたが、それを返り討ちにしたあげく、おごることなく彼の騎士号と爵位の剥奪を請願した』という――間違ってもないし、嘘でもないんだけど、なんだろうこのコレジャナイ感漂うお綺麗な理由は――功績で、同じくウンブラーミナ準男爵位と、家名を立てる許可を与えられた。

 これでルンピートゥルアンサ副伯爵家取り潰しの後、アロイスがルンピートゥルアンサ副伯領を監督できるようにするため、副伯爵位を押しつける下地は万全ってことですね。よくわかります王子サマ。

 言い渡された瞬間、すごい勢いで視線が来たが、こっちみんなアロイス。今は陛下のお言葉を賜ってる途中ですよ。

 いや、直接喋ってるのは典礼官とかいう、こういう場面を滞りなく取り仕切るポジションの文官さんですがね?

 そもそもあたしは提案しただけですよー。

 決定権なんてありませんよー。

 決定権があるのは、アロイスが頭下げてる王サマじゃないですかー、やだなー見る方向が違うじゃないですかー。


 カシアスのおっちゃんが策謀に向いてないってわけじゃない。それは立ち回りのうまさとか行動とかを見てればわかるんだけども。

 それでも、こういう時の反応を見ると、やっぱり後ろ暗い情報を吸い上げて素早く裏にあるものを感じ取り、判断を下すのは、アロイスの方が向いていると思う。癖者な副官ズもついてるし。

 あと、静養中のアロイスにコッシニアさんがくっついてたってのも、ポイントが高いか。


〔なんのポイントなんですかー?〕


 言わせんなよグラミィ。

 

 アロイスの傷の手当はさっくりと騎士団本部でしてもらってはいたものの、包帯はちゃんと変えなきゃならん。特に額の傷はちょっとグロくて大きいから目立つし治るのにも時間がかかる。傷が大きいのは、突き刺さった剣身の破片を取り除くのに、切開したせいもあるからだ。

 だけど、大きく開いた傷にもコッシニアさんは動じなかった。左腕も副木で固定されてるアロイスのお世話を、わりとかいがいしく焼いたりとけっこう仲良くやっていた。

 もうそのまんまルンピートゥルアンサ副伯家を取り潰した後で、次の領主夫妻として、着任しちゃってもいいよ君ら、ってなもんだろう。

 少なくともいいコンビにはなりそうだ。

 なにせ、コッシニアさんは突然襲撃者に取り囲まれたって、卒倒したりかばわれるたりするだけのお姫さま(お荷物)になど絶対ならない。

 そもそもこれから後ろ暗い荒事満載の予感がするアロイスにとって、近接戦闘に対応できる技量と胆力がある魔術師なんて得がたい存在、そうそういないと思うのだよ。


 いろいろ計算が頭の中を駆け巡ったのだろう。「身に余るお言葉、にありがたく拝命いたします」とアロイスが言いかけたその時だった。


「少々お待ちを」


 魔術師のローブを着た、淡い紅茶色の髪の壮年男性が発言の許可を求めた。

 ……なんだろう、この魔力の色合いと形。すっげえ既視感(見覚え)があるんだけど。


「アークリピルム魔術伯どの、発言を許すとの王意にございます」


 ふと見れば、アロイスの額にほんのり皺が寄っていた。

 アークリピルムって名前にもなんか聞き覚えが……。

 ああ、アロイスを捨てた家だったっけか。

 ということは、そうか、このおっさんはアロイスの血縁上の父親ってやつか。魔力の色と形が似ているのも納得だ。


「陛下に我が恥を申し上げます。これなる騎士アロイスこそ、見失っておりました我が子にございます」


 ざわ、と大広間がざわめいた。


「アロイス。おまえがアークリピルム魔術伯家に戻らぬというのならそれもしかたのないことと思う。だが、一家を立てるならばランシンウィディアはそなたの家名だということを忘れないでほしい」


 ……うわ。なんだろうお前が言うかな、という上から目線なこの発言。


 アロイスは以前、あたしにはっきりと言った。自分は『魔力(マナ)ナシの身ゆえに家名も名乗れぬ、ただの放浪騎士』だと。

 自嘲でしか彼が口にはできぬ魔術伯爵家としての家名ではなく、姓としての家名を恩着せがましく名乗っていいよーって。

 つまりそれは、爵位持ちの家であるアークリピルム魔術伯家の本流には絶対認めないけど、一族っぽい何かとしていくぶんかのつながりは認めてあげるよってことでしょ。

 自力でアロイスが爵位持ちになりそうなほど功績を立ててるから、慌てて取り込もうとコナをかけてきた、ってことなのかな?


「おそれながら陛下。わたくしにも発言の許可をいただきとう存じます」

「…許可する」

「なにやらアークリピルム魔術伯さまは勘違いをなされていられるのではないかと拝察いたします」


 やわらかな、淡々とした声だった。

 だけど圧がすごい。穏やかな無表情のアロイスに、近くにいるカシアスのおっちゃんの顔が引きつっちゃってるよおい。


「アークリピルム魔術伯さまとは、先日魔術士団本部に伺った際に初めてお会いしましたばかりにございます。魔術士団長クウァルトゥス王弟殿下ならびにマクシムス副団長、及びソフィア大隊長が同席されておりましたゆえに、魔術士団にご確認いただければ明白かと存じます。なにより、わたくしに親はございません。先々代アダマスピカ副伯ルベウス様が親代わりとなって庇護してくださった身ゆえ、わたくしは騎士として王国に身を捧げた者にございます。アークリピルム魔術伯爵さまがお子を見失われたお嘆きはさぞ深いことと推察申し上げますが、一介の騎士たるわたくしといたしましては、アークリピルム魔術伯様が生き別れになられたお子さまと再びお会いになれますよう、武神アルマトゥーラに願うのみにございます」


 ……まあ、そう言うよね。


〔予測してたんですか、ボニーさん?〕


 まーね。

 アロイスは自分で自分の道をもう決めてる。魔術師ではなく、騎士の道を歩むとあたしに宣言したもの。

 彼の性格上、二度と揺らぐことはあるまい。


 かつて棄てた子どもに棄てられる側となったらしいアークリピルム魔術伯だが、同情する気は欠片もない。わざわざこの王サマの御前で言い出したってことがまずやらしいんだもん。

 魔術伯爵と準男爵、明らかに貴族としても格の違う相手を、この場の重圧を利用して吞んでやろうって計算がなかったとは言わせない。ついでに王の御前でハイと言わせればそれが公的事実になることもだ。

 だからこそ、アロイスが『人違いでしょ』とこの場で明言したということはとても大きい。

 ただ単純に立場が逆転したってだけじゃなく、『アロイスには親がいない』が公的事実となるのだから。


 そもそも、利用価値が出た途端、手のひら返しで棄てた子を取り込もうとか。できるわけないじゃん。

 世の中そんなに甘くない、というより超強酸性です。特にアロイスは金をも溶かす王水に近い性格と毒舌の持ち主だ。アークリピルム魔術伯爵家が潰れるまでとことん反撃するかもな。

 そしてあたしはそれを止める気など指先の骨一つぶんもない。

 復讐するは我にはあらず。そもそもあたしの恨みじゃないもんね。


〔そーゆーわりには、さんざん実力行使してるじゃないですかー〕


 個人的にムカつく相手への嫌がらせなだけですよ。

 たぁっぷり残念ぶりを露呈して、ついでに再起の芽に除草剤でも撒くがいい、という気持ちがあるのは認める。

 でも、自分と他の人の憎しみをごっちゃにしてはいけないってラインは守ってる。つもりなのだよ。

 アロイスやカシアスのおっちゃんに共感することもあるけど、利害関係の違いで分けてるんですよ、一応は。


「魔術士団長クウァルトゥス殿下。『ただいまの騎士アロイスの発言、まことか。直答を許す』との陛下のお言葉にございます」


 王子サマと同じ色の髪のおっさんが進み出ると、立ったまま礼もせず咳払いをした。


「いかにも、騎士アロイスの言葉は真実である」

「殿下」

「我が前にてトリスティスと対面した際、騎士アロイスは『初めてお目にかかる』と言い、またトリスティスも初対面であることを否定はしなかった。その場にはマクシムスもソフィアも同席していたことを魔術士団長として証だてる」


 アークリピルム魔術伯が唖然としてる。上司だから有利な証言をしてくれると思ってたのかなー。いやいやこの国の最高権力者の前で嘘を吐くなんて事、証人がいるのにそんな危険なことをする理由がなかっただけなんじゃないかと思うけど。

 ……ひょっとしたら、魔術士団の内部で権力抗争が起きてるのかもしんない。身内の証人を黙らせるくらい、魔術士団長ならできなくはないはずだし。


「『ならば問題はない。騎士アロイス。そちが思うとおりの家名を立てよ』との仰せにございます」


 典礼官の声に、がっくりとアークリピルム魔術伯は肩を落とした。

 それが息子を永遠に喪ったという慨嘆によるものではなく、惜しい手駒を亡くした、という落胆からきてるもののようにしか思えなかったのは、あたしだけではないだろう。

ざまあはまだまだ続くようです。


さて、別連載のお知らせです。


「無名抄」https://ncode.syosetu.com/n0374ff/


和風ファンタジー系です。

ちみちみ頑張ってこちらも更新してますので、ぜひご覧ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ