邂逅
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
「おねえ、さま……」
「……ニア、なの?」
「ねえさま、サンディねえさま!」
「よかった。ニア、あなたが生きてくれていて、本当によかった……」
「ねえさま……」
「生きていてくれてありがとう、ニア、ニア……」
そして涙涙の抱擁です。
二十年近く生き別れだった姉妹の再会、という、実に心温まる光景ではある。
カシアスのおっちゃんがそっぽ向いたのは、もらい泣きのせいですかそうですか。
額にぐるっと布を巻いているアロイスが、右手でぽんぽんとその肩を叩いている。
怪我のわりには、アロイスもずいぶんとすっきりした表情だ。
つーか、大怪我してくんなとあれほど話をしてやったのに、それですかい。
コッシニアさんに心を痛めさせるなと忠告したげたり、防御用に魔術陣を剣に描いてやったりしたのにねー。
ちなみに、防御的なものに限っても、衝撃を全く受けないような魔術陣もいくつかあったのだ。
受け止めた武器の運動エネルギーを完全に止めてしまう『静止』とか。右から左へつるんと受け流す『回避』とか。
だけど、いくつか候補に挙げた魔術陣の効果から、一番影響の大きい『反射』を選んだのはアロイス当人だ。
発動したら自分も無傷じゃいられないとわかってて、相手に大きく隙を作ることができる上に、より魔術道具の効果には見えづらいから、と言い張るんですもの。まったく。
あ、家主であるマールティウスくんに、お屋敷の中で魔術道具を作る許可はもらってます。コッシニアさんに対するアロイスの素直じゃないとこを笑いのネタとして提供した見返りに。
クラウスさんが怒るかなーと思ったけど、コッシニアさんが突撃してきた直後なら、ちょっとした魔術の暴発とか魔力の集中とかも、コッシニアさんのせいにできるから、というので見逃してもらいました。
……まあ、怪我しちゃったこと自体は、終わったことだから、わりともうどうでもいいんだけど。
今のカシアスのおっちゃんもアロイスも、アダマスピカ副伯爵の家臣じゃないでしょ君ら。
感情移入もほどほどにしときなさいね。でないと問題になりかねんぞこれ。
ちなみに、あたしはどうなのかというと。
境遇に同情しないわけではないですが、そこはそれ。
必要だから、コッシニアさんの庇護も、マールティウスくんに頼んで受け入れてもらったわけだし。
だけど、おっちゃんとアロイスは違う。
二人とも今は王子サマの部下なんだから。いくらかつての主家だったり、妹スタンスの相手だったりと心の距離が近くてもさ。あんまり一貴族に肩入れしてるように見えるのはよろしくないぞー、ということを言いたいのだよね。あたしとしては。
……ふむ。逆に言うなら、一貴族に肩入れするのよりも、王子サマの部下であることを優先すればいいわけか。
〔なに、また、わっるい顔してるんですかボニーさん〕
表情変えようもない骨だけどな!
そもそも頭巾と仮面とフードで隠しまくってますが。
つか、おかえりグラミィ。そっちはいろいろどうだった?
〔聞いてくださいよボニーさん!泣ける話ですよもう!カシアスさんが真っ黒くて、真っ黒くて!〕
あー……。
まあ、ねえ。
おっちゃんがアダマスピカ副伯領でいろいろやらかしてくれた事が上がってきたのか、王子サマ経由情報をアロイスが持ってきてくれた時にはあたしも驚いた。
まっさか、嫁ぎ先で唯一無事が確認されてた長女さんの離縁を、カシアスのおっちゃんが勝ち取るとはねえ。口がうまいアロイスならともかく。
〔怖かったですよー!あたし一人であんな黒カシアスさんなんか止められません!ボニーさんに連絡取りたいと何度思ったことか!マジ携帯が欲しくなりましたよー〕
……あー、うん。
〔……どうしました?〕
ああ、いや、ちょっとね。びっくりしただけ。グラミィがマジ泣き入るくらいと思わなかった。
〔……そうですかぁ?〕
そーです。
ちなみにここはルーチェットピラ魔術伯爵家の応接室の一つである。
直接、格下貴族のご訪問という形で、サンディーカさんとカシアスのおっちゃんともども、ヴィーリやグラミィも正面から堂々と乗りつけてきたのですよ。
隠し事はこそこそするよりも、名目を設けて公明正大っぽくやらかした方がバレにくいってことでしょーか。
アダマスピカ副伯爵家の管理はほっぽらかして、おっちゃんだけ王都に戻ってきたのかと思ってたが、副官のエンリクスさんに実権預けて不正とか毒殺の証拠とかをもろもろあるだけ発掘しようとしているんだとか。
エンリクスさん、南無い、と思ったらそうでもないようで。
王子サマへの中間報告のついでに、財務や税務関係に詳しい人間をもっと送ってくれと王都のヴィーア騎士団に頼んだ際に、暗部の人間も何人か入れてもらったらしく。隠し戸棚のたぐいと後ろ暗いモノが山のように発見されたとか。
……南無かったのは、アロイシウスだけでなく後妻さんも、のようだ。
普通、アダマスピカ副伯みたいな地方領主が王都に来たときには、王宮内の客室を使わせてもらうか、寄親の大貴族――アダマスピカ副伯爵家の場合には、港湾伯ことボヌスヴェルトム辺境伯があたる――が、王都に構えている屋敷に、身を寄せるものらしいんだけどね。
変則的だが、あえて今のようにルーチェットピラ魔術伯爵家を巻き込んだ形式にしたのは、突撃(能動態)から捕獲(受動態)にモードが移行したコッシニアさんがいたということと、アダマスピカ副伯爵位の話にあたしが首突っ込んじゃったことと、サンディーカさん絡みのお話があるからだ。
ついでにいうと、後妻さんは王宮の一室で歓待という名の軟禁と尋問中だそうです。
あたしのぐだぐだな性格分析と予測が当たったと言うべきか、ヴィーリやグラミィまで調子に乗って襲ってくれたので、証人がたんと釣れたとか。
これで、御領主様ことルベウスさんの、直接の仇であるらしいアロイシウスと後妻さんについては、片がつくことになりそうだ。
ちなみに、サンディーカさんは、婚姻関係を結んだ当初から豊穣の女神フェルティリターテの祝福を得られなかったという不備があったため、離婚というか婚姻自体がなかった、ということにされた。
これを王に上奏し、認可されることで、サンディーカさんにもアダマスピカ副伯爵位の継承権が戻る。
……つーか、婚姻自体無効とか言うならサンディーカさんの二十年近い時間も返せ。と、思う。
が、まあそこはおいておこう。
コッシニアさんは、サンディーカさんが戻った以上は爵位を継ぐ気はあまりないようだ。
あいかわらず型破りな人なことで。
まあ、筋が通らない相手が爵位に就くのを阻止しよう、というのが、ルーチェットピラ魔術伯爵家に突撃してきた時のもともとの動機だったらしいしねー、彼女。
それはそれでいいんだけどね。姉妹で十分話し合っていただければいいことで、あたしにゃ別に関わらねばならぬことではない。
だが、サンディーカさんとコッシニアさん、どちらが継ぐにせよ、アダマスピカ副伯爵位の継承については、早急に請願をすべきだとカシアスのおっちゃんたちは考えているらしい。これ以上ルンピートゥルアンサ副伯爵家やその他もろもろの利権を嗅ぎつけてくるヒト型の虫がたかる前に、といったところか。
それらをもろもろ勘案すると、サンディーカさんがフェロウィクトーリア家当主となって、アダマスピカ副伯爵位を継ぐ、というのが一番揉めなくてすむのだろう。
しかも、サンディーカさんは他家へ嫁ぐために、事前にいわゆる花嫁修業をルベウスさんから受けていたそうな。
花嫁修業といっても、料理や裁縫の腕前を上げることではナイ。
この世界で貴族階級に求められる花嫁修業というのは、家の中の管理をし、場合によっては爵位を持つ旦那の代理人にもなれるという、領主ないしは統治者としての夫人としての教育のことだ。
知識があるのは大きなアドバンテージだね。
事実、コッシニアさんは行儀見習いの最中戦渦に巻き込まれる形で命を狙われて逃げ回るということになったので、正直そのへんの教育を受ける機会がほとんどなかったらしいし、知識のなさは言うまでもない。
ただ、アダマスピカ副伯爵位を今後フェロウィクトーリア家が保持する状態を保つには、大きな問題がある。
まずはサンディーカさんが再婚しないといけないということ。
そして、子どもを持つことが今後の爵位継承のほぼ必須条件になるということだ。
子孫繁栄、産めよ増やせよってあれ少子化対策じゃないからね。出生数に対し生存数が少ないからこその現実的対策だ。
サンディーカさん自身が不妊ならば、いくら当主になっても、爵位を継承しようと一代限り。
サンディーカさんがアダマスピカ副伯を務めてる間に、コッシニアさんが結婚して子どもが生まれて、その子に爵位を継承させたとしても、傍系扱いになってしまうのだとか。
あらかじめサンディーカさんの養子にするとかなんか抜け道はありそうですが、ともかく次代の継承権者の確保が必要なんだそうな。
グラミィによれば、そのあたりがほんのりサンディーカさんが爵位継承に積極的になれない理由ではないか、ということらしい。
でも、それもなんとかなるんじゃないかなー、と思っているんだけどね。あたしは。
なぜか、とっても心をグラミィに開いてくれたサンディーカさんがいろいろ話してくれたらしいが。
サンディーカさんの結婚相手って、もともと愛妾がいたとかで、あんまりサンディーカさんと……えーと、その、夜をともにすることはなかったそうな。
いろいろイタさなきゃ、そりゃ妊娠なんてできるわきゃねーじゃねーかと思うな。女性が一人で単為生殖するのには、人間やめないと無理でしょが。
だけど、その愛妾さんにもまだ子どもがいないとなると、話はさらに馬鹿馬鹿しくなる。
……それってさぁ。男性不妊てやつじゃないでしょーか、とね。
加えて、サンディーカさん自身も一時期生理がこなくなったんだ、そうな。
嫁いでから数年間。
その後もあまりよく眠れず、食欲もないまま無理に食べてたというが、グラミィが最初に見たときにも相当やつれてたみたいだし。
……ねえ、それってば、環境の変化と、心の通わない結婚相手との人間関係が原因のストレスによる、月経不順ってやつじゃないの?
〔たしかに、ある意味毒ですよねー……〕
小姑どころか愛妾との同居とか。侍女をほとんどつけてもくれない結婚相手は我関せずを決め込んでたとか。
そんな状況では、夫との会話とか、思い描いていた幸せな家庭とか、いろいろ思い描いたことも実現することは諦めるしかない。
そう心を決めた後は、なんとか体調も回復したらしいけど。
もうそのころには、結婚相手と夜をともにすることもなくなっていたらしい。
それも、サンディーカさんが妊娠の兆しがないからって理由でだ。
……だったら、子どもできないっての、その結婚相手の自業自得じゃね?
正妻であったサンディーカさんのせいにだけすんじゃねーよとつっこみたい。
表面上は穏やかに話してくれてた彼女の笑みが、急激に黒っぽくなるのもむべなるかな。
さて。
ストレスのもとである望まぬ結婚、というやつが解消された以上、サンディーカさんの体調はだいぶ回復しやすくなるだろう。
とりあえずは、ヴィーリとも話をして、身体にいい薬草茶でも出したげなさいなグラミィ。身体をあっためて血行をよくするというのは、大事でしょ。むこうの世界の健康常識的なものだったけど、石造りの建物の中にいると冷えて冷えてしょうがない、ってのはグラミィも前に言ってたよね?
〔そのくらいはしますけど。再婚相手はどーするんですか?〕
どうしようねぇ……。
こればっかりはあたしがほいほいと用意したげることもできないし、するわけにもいかない。
再婚したからといって、都合良く子どもに恵まれるかは謎だ。
とりあえずは、カシアスのおっちゃんに協力したげて、サンディーカさんがアダマスピカ副伯爵位を継げるように協力する、でいいと思うよ。
その代わりに赤い髪がよく似た姉妹のお二人には、ルンピートゥルアンサ副伯爵家攻略を手伝ってもらうということで。
ユーグラーンスの森まで抑えてもらえたならば、ルンピートゥルアンサ副伯領を陸地から封鎖するのはかなり楽になるもの。
コッシニアさん自身も、有能な魔術師としてはかなり特異な部類に入る。
まずは、魔術学院のカリキュラムを受けていない、魔術特化型貴族の家出身ではない魔術師であるということ。
つまり、家や学院の洗脳を受けていないんですよ彼女。
これは、魔術士団長や他の魔術特化型貴族への対抗策となる可能性がある。
次に、身体強化が使えるという意味では、とっても希少な魔術師であること。
しかも、それをかなりうまく使えるんだよね。主に近接戦闘を優位に進めるのに。
これは、やっぱり、実戦経験が豊富だからなんだと思う。魔術師のローブを着ていながら近接戦闘の戦術が組めるほど実戦経験が豊富にならざるをえなかった事情を考えると、なんとも言えないものがあるけど。
最後に、複数の杖の使い手であるということ。
魔術師が使える魔術は、魔術師の素質にも関わるが、杖の容量によっても決まる。そして杖の容量が限られている以上、一人の魔術師が実践レベルで使いこなせる魔術は有限。
だが、これってば、逆を言えば数十本の杖を持ち、それぞれに使う魔術のジャンルを絞れば、いくらでも魔術は広げられるということだ。
杖さえ用意できれば。
じつは、複数の杖を見えないところに隠し持ち、取り替えて使うというのはクラウスさんもやっていたことだったりする。
いつもどっから杖出したと思ってたんだけど、ちゃんと服に仕込みがあって、上衣のスリットからバンドに何本か吊した短めのものを抜き出せるようになってるんだとか。アルベルトゥスくんが質問したら見せてくれた。その後めっちゃアルベルトゥスくんが興奮してたけど。やっぱ男の子だね。
いや、確かにクラウスさんの抜き打ちスタイルもかっこいいけどね。
だがコッシニアさんの場合、質と量が遙かに違う。
あたしがすげーなと思ったのは、彼女が武装解除で差し出した数十本の杖以外にも、ローブの下にまだタクトとか鉛筆サイズぐらいの小さな杖を仕込んでいたことと、その組み合わせを見たせいだ。
隠匿性が高い杖をあちこちに仕込んでおけば、不意を打たれても、身体強化と組み合わせれば、一単語詠唱の魔術ならば顕界が可能ということになる。
それも、クラウスさんのように数本の杖を『使い分ける』だけでなく、同時に『組み合わせて』使う魔術師というのを見たのは、彼女が初めてだ。
ある意味魔術陣として使ってるのかもなー……。
彼女に協力してもらえるなら、かなり想定してたこっちの負担は楽になるだろう。
〔わーぱちぱちー〕
気合いのナイ合いの手をわざわざ心話でいれるなグラミィ。
〔だってー、ルンピートゥルアンサ副伯爵家攻略ってば、ボニーさんが何する気なのか、あたしぜんぜん聞いてませんもん。港潰すとか、領地水責めとかいろいろいってましたけど、正直あの川でそんなことできると思えませんし〕
写メのように送ってきたピノース河のイメージは……うん、確かに小川ですね。
だけどそれでいいのだ。お願いしたことやってくれたんでしょ?
〔ヴィーリさんもなんか木の実を放り込んでましたけど?〕
なるほど。じゃあ、本格的に動いても大丈夫そうですな。
「お…ボニーどの」
マールティウスくん。どした?
「これが届いております」
〔読めるんですか、ボニーさん?〕
読むこと自体は、だいぶ慣れてきたのだよあたしも。
ただまったりとアルベルトゥスくんの体調管理や、コッシニアさんの観察ばかりしてたわけじゃないのだ。
そっちこそ読めるんですかー、グラミィさんや?
〔……うー〕
口惜しそうなグラミィはさておいて。
内容は実にさらっとしたものだった。
フェロウィクトーリア家のサンディーカさんとコッシニアさんを、王宮へ連れてこい。
アダマスピカ副伯爵位継承の請願を受け、処遇を決める場を設けると。
……連れてこい、ということは、つまり、あたしも王宮へ来い、ということですな。
あたしをわざわざ王宮に呼び出すってことは、書かれてる内容以上のことを起こす気ですねそうですね。
アーノセノウスさんの仕込みだけじゃないだろうなーこれ。
王子サマが関与してない限り、王宮でわざわざ事を起こすわけがない。
起こした後には後始末が必要なのだが、いくら有能な魔術師とはいえ、アーノセノウスさんが全部の後始末をつけられるとは思えないもんなー。自称隠居の身らしいし。
そして、ただ王子サマが関与してるだけなら、王宮という場を用意するわけがない。
アロイシウス始末の一件のように、王子サマの完全管理下にある騎士団王都本部の中という、ある意味密閉された空間で片付けてしまえばいいことだ。
後には噂も残りません。
だから、たとえば、あたしが用済みになったとする。
よってたかってあたしを『いなかったことにしてしまおう』と始末するつもりなら、おそらく王子サマは騎士団王都本部へ呼び寄せるだろう。
まかり間違っても王宮なんてところには呼び出しませんね。
……ふむ。
返事にみせかけた提案の代筆をマールティウスくんに頼んでおこう。グラミィ、通訳よろ。
〔通訳はいいですけど、提案って〕
自己保身も図っとこうかなと。
あー、あと、サンディーカさんとコッシニアさんの服も、王宮内でそこそこ侮られない程度には整えたげないとな。
後見役と見なされてるルーチェットピラ魔術伯爵家の問題にもなるので、クラウスさんあたりに頼めば三人分くらい揃うだろう。
〔三人分?〕
喜べ、グラミィ。
憧れだった王宮デビューだ。
〔……へ?〕
あたしへの文句は受け付けない。元凶の王子サマと(たぶん)王様に直接言おうな。
〔だから、いったい、何が、どうして、そうなるんですかーっ?!〕
婆っ子たちが王都に戻ってきました。
さらにざまあが……起きるのかなぁ?
さて、別連載のお知らせです。
「無名抄」https://ncode.syosetu.com/n0374ff/
和風ファンタジー系です。
元旦0時よりしばらくの間、毎日投稿してましたが、今後こちらの投稿頻度は下がると思われます。
ストックも毎日書き上げる気合いもちょっと尽きてきましたが、今後も頑張って完結を目指しますので、ぜひご覧ください。




