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身代わり(相互)

本日も拙作をお読みくださいまして、ありがとうございます。

 ようやく蓋が開けられた。


 「長い間、狭いところでお待たせをいたしまして、大変失礼いたしました。どうかご寛恕くださいませ」


 いえいえー。クッション詰めてくれてたので、比較的快適でしたよ。

 のぞき穴も開いてたし。

 鍵を開けてくれたクラウスさんに気にすんなと腕の骨を振って、あたしは長櫃の縁をまたぎ出た。


 ここは王都にあるルーチェットピラ魔術伯爵家の屋敷である。

 騎士団本部から王猟地のお屋敷に出て行ったときと違って、今回は人目が切れない状態で屋敷内にも運びこまれなきゃならん。

 いや、人払いすればいいのかもしらんが、不審に思われちゃいかんでしょ。

 あたしが完全に姿を隠せて、しかも外部からの人間が入りづらい屋敷の奥にまで、丁重に運びこんでも当たり前の荷物に見せかけねばならん以上、さすがにただの木箱はアウトだろう。

 そんなわけで、荷馬車に積み込まれた時からずっと、あたしは長櫃に入って蓋をかぶっていたのである。

 いやー、肉がないと、人体って案外コンパクトだね。折り畳みもラックラク、てなもんである。クラウスさんの心配りも効いてたしね。

 とはいえ、さすがに身動きのしづらい狭い空間で長時間、荷~馬~車~が~ご~と~ご~と♪状況で過ごすってのは、ちょい辛くはあった。それは馬車の中にいても同じだったかもしれないけど。

 横になったまま運ばれるというのもずっとゆらゆらと揺られるようで、どうも実在しないはずの胃袋も落ち着かない気分になるもんだね。

 ついでに言うと、もしクラウスさんがアーノセノウスさんやルーチェットピラ魔術伯爵家にとって、あたし個人…つーか個体な故人を排除すべきと判断してたとしたら、なにか仕掛けられるタイミングかもなーくらいにはほんのり緊張していた。

 それは取り越し苦労だったようでなによりだ。


 小卓と椅子が並べてあるあたり、執務室というより客間とか応接間に近いのかな、この部屋は。

 クラウスさんとアーノセノウスさん、ちょっとおどおどびくびくしているようなアルベルトゥスくんはもとより、マールティウスくんの後ろに立ってるクラウスさんに激似な若者――息子さんだろうな――までいるとは思わなかったけど。

 なにこの主要人物勢揃い面談状態。

 いや、今後の方針についてしっかり話し合える、というかちゃんと情報がもらえるのはありがたい。

 しかも、クラウスさんの息子(?)くんが杖を構えて維持してるのは……消音結界か。

 この密談を相当重要視してるってことだね。

 それはいいんだけど。

 アルベルトゥスくん。その仮面と手袋はなんなんだ。

 かなり傾いたデザインだけど、石化した顔半分を覆うような感じなので、髪の一部さえ隠してしまえばぱっと見には生身ですな。普通に。

 合法ショタな外見だけに、ハロウィーン仕様のちみっこに見えなくもないのはさておこう。


「シルも座ってくれ。アルベルトゥスどのもくつろがれるがよい。少々話は長くなるのでな。――マールティウス、プレシオ。この二人を、今後しばらく当家で匿うことになる。見覚えておくように」

「は」

「了承いたしました」


 アーノセノウスさんの命令に、マールティウスくんと、プレシオと呼ばれたクラウスさんの息子さん(?)が、うやうやしく一礼をした。

 って、このやりとり。

 家の中心は現爵位持ちのマールティウスくんじゃなくて、まだアーノセノウスさんのままだってことを意味してないか?

 うわー……。マールティウスくんには辛かろう。


「お二人がおいでのことも、当然極秘事項といたします。すでに王猟地に同行した者らすべてには箝口令を下してございます」


 クラウスさんの言葉に、プレシオくんがそっと口を挟んだ。

 結界を維持しながら会話できるあたり、ベネットねいさんよりも熟練度は高そうだ。


「それは、名前もお隠しになるか、仮の名でお呼びする必要があるということでしょうか」

「お二人がご不快でなければ、その方がよろしいでしょうね」


 うん、まあ、それは全然かまわないっす。あたしにゃもともとグラミィにつけてもらった、ボニーって立派(?)な仮名があるしね。

 アルベルトゥスくんともども頷いたところ、アーノセノウスさんは、じとっとクラウスさんを見た。

 なんだその世にも悲しげな顔は。


「わたしがシルと呼んでもいかんのか……?」

「この室内でしたらまだしも、他の場所でお館さまが口になさったことで秘事が漏れねばよろしいとは存じますが。どうぞ、お館さまのお気持ちのままになさいませ」


 うわぁ。

 やっぱいい性格してんなー、クラウスさんも。逃げ道塞いで自己選択に任せたふりとか。

 つーか、いい性格してる人か、有能かつアクの強い、使いづらい人材が王子サマの配下やその係累に多過ぎやしませんかね?

 類友の集合体ですかじつは?


「秘事の性格上、お二方にはこの屋敷内におかれましても顔をなるべくお隠ししていただきます。アルベルトゥスどのにご着用いただいております仮面と、全く同じものをご用意いたしました。こちらは、シルウェステル様にも必ずご着用願います。幻影で普通の人間に見せかけるということも考えたのですが、魔術は魔力(マナ)の動きで感づかれやすうございますので」


 なるほど、むしろ魔術を使わない小細工の方が魔術師相手にはばれにくいってわけか。

 確かにここは魔術伯の屋敷だ、下手なことをしないほうが身内にも疑念を抱かせずにすむし、相手が魔術師を抱き込んでないとも限らない。おとなしく従っておいても損はないだろう。

 しかし、アルベルトゥスくんとあたしの仮面がお揃いってのは……ああ、なるほど。そういうことかな、ひょっとして。

 確認させてほしいとこだけど、砂皿は置いてきたもんな。

 新しく魔術で作ればいいようなもんだが、どれくらいの魔力なら感知されるかもわかんない。

 防音結界に頼らずとも密談専用らしきこの部屋のセキュリティは高いようだが、自作するのはやめといた方が無難だろう。


 ペンを持って書くそぶりをすると、察しよくクラウスさんが筆記用具を卓上に広げてくれた。植物性の紙かなこれ。


『身代わり?互いに』

「その通りだ」


 あたしよりアルベルトゥスくんの方が頭一つ分以上は背が低い。

 だけど、二人とも似たような黒ローブにフードをすっぽりかぶっている。

 あたしはさらにその下にはすっぽりと頭巾というか袋状の黒覆面をつけてるが、その上から同じデザインの仮面を着けていれば、一見同一人物に見えなくもないだろう。

 ……今のあたしにゃ耳殻がないので、この仮面、頭蓋骨にきっちり縛り付けるか、黒覆面に縫い付けでもしないと、なんかの拍子でズルッとずれそうだ。ちょっと怖いな。


 まあ、それは比較的どうでもいい。

 あたしの放出魔力が生身の魔術師のものとは異質にすぎるがそれはごまかしがきくのか、という疑問もあるっちゃあるけどね。

 アルベルトゥスくんの魔力特性のおかげで、ある程度はごまかせるだろうとアーノセノウスさんたちが判断したのなら、それでいいんだろう。


 実は、アルベルトゥスくんの魔力もじつは普通の魔術師のものとは違う。らしい。外部に放出するって動きは活発なんだけども、生身の人間としては熱量が低いんだよね。あたしほどじゃないにせよ。

 以前やらかした物質変換の悪影響か、それともそのせいで身体の一部が石化してるせいか……。

 アーノセノウスさんたちルーチェットピラ魔術伯爵家の面々と、魔術士隊の彼らぐらいしか比較対象がないので、あたしの判断材料としては母数が少ないのがちょっと不安だが、そのへんはアーノセノウスさんたちに任せた。イッツ丸投げ。


 身代わりと聞いてアルベルトゥスくんは諦めたような顔をしていたが、その肩をつんつんとつついて、あたしはさらに文字を書いた。

 あのねー、さっきも『互いに』と書いて見せたでしょうが。


『わたしは刺されても傷を負わない。いざとなったら我が背に隠れよ』


 正確には、骨が折れても治す方法は確立済みだし、たぶん生身のアルベルトゥスくんよりも致命傷は負いにくい、だけどね。痛いけど。

 ついでに言うと、あたしは無詠唱で結界術式が使える。アルベルトゥスくんよりもたいがいの物理攻撃には強いと思うのですよ。

 なにより、基本的に他人を一方的に盾にするような真似はあたしの性に合わんのです。

 だからプレシオくんともども唖然とした顔をしないでもよろしい。きみを使い捨てる気は、あたしにゃさらっさらないんだから。


「シル、お前がそこまでその身を危険にさらす必要はない」

『念のため。対応策必要』

「う、うむ、そうではあるのだが……」


 アルベルトゥスくんの魔力の使い方の理論とか発想とかって、めっちゃ斬新で独創性だらけなのだよ。

 それは、王猟地のお屋敷でやってた魔術陣の工作でよーく見せてもらった。

 かつての戦いで、味方の砦一つ溶解したというアルベルトゥスくんのやらかしが、嘘かほんとかはあたしには判断できない。判断できるのはあたしがこの目で見てきたアルベルトゥスくんの姿だけだ。

 眼球ないじゃんというツッコミはさておいて。

 それでも、王猟地のお屋敷で過ごした、ほんの短いつきあいの間だけでも、彼が術者としても魔術の研究者としても一流の人間だってことはよくわかってる。つまり、アルベルトゥスくんの重要性は極めて高い。

 ただの身代わり(デコイ)扱いで使い捨てるのは、あまりにもったいない人材でもある。

 だから、アルベルトゥスくんには、どうしても顔を出す必要のある、というか、生身であると思ってもらう必要があるところで、ちょいちょい顔見せしてもらい、あたしは暗殺者のたぐいが出張ってきそうな隙を中心に動けばいいんじゃなかろうか。

 適材適所、役割分担は大事です。


 それにね、クラウスさんやプレシオくんの力量を見ても、このルーチェットピラ魔術伯爵家の屋敷に侵入した上に、あたしやアルベルトゥスくんを手にかけようとするのはかなり難易度が高いと思う。

 で。

 カシアスのおっちゃんたちの話を聞く限り、そこまでアロイシウスたちが有能な捨て駒を持ってるかっていうと、あんま、考え難いんだよね。

 だから身の危険については、可能性としてゼロではない、ぐらいの警戒度でいいんじゃないかな。

 もっと重要なのは情報を抜かれないことだとあたしは思ってます。

 そっちの対策はどうする気かな?


「もう一つ、お二方にはこの屋敷内でも奥棟に、できればわたくしの部屋あたりより外にはお出にならないでいただきたいのです。当家の使用人とはいえ、無闇に顔を合わせる必要もございませぬ。お申し付けくだされば、入り用なものはすべてわたくしどもがお運び申し上げます。ご不便な思いはあたう限り感じずにお過ごしいただけるようにいたしますので、なにとぞお許しのほどを」


 なるほど、偽名と合わせて二重三重に情報セキュリティをかけるわけか。

 森精セコ○……いやいや、ヴィーリの迷い森には頼れない以上、クラウスさんじきじきに最終防衛線となって魔術師アル○ックをしてくれると。


 奥棟は家の主である人間、この場合はマールティウスくんやアーノセノウスさん、その家族の私室が置かれ、文字通りお屋敷の中でも奥まったところにある。

 それは、来客だの食料などを運びこむ下働きの人も、みな外部から来る人間が近づきにくい場所でもあるということだ。

 そこにあたしたちを隔離することで、情報統制をしようということなんだろう。

 接触する使用人が少なければ少ないほど情報は漏れづらいってことを考えれば、この行動制限もやむなしか。あたしたちが得られる情報も制限されるけど、それはまあ仕方がない。

 あ、だけど少し要求したいことはあったね。


『窓のある部屋希望。外から風が通れば、遮蔽があってもいい』


 はい、魔力を吸収する必要があるからです。

 王猟地のお屋敷は森が近くにあったし、長櫃にものぞき穴を仕込んでおいてくれたおかげで、出発するまでも、道中でも、周囲から魔力吸収するのに事欠かなかった。

 だけど王都じゃあ、ねえ。

 魔力を樹木から分けてもらおうにも、肝心の樹木自体が少なすぎる。

 いや、大貴族の豪邸ならきっちりした庭園とか付属してるのかもしんないけどさ。

 このおうちにもあるのかどうかあたしは知らない。のぞき穴からも見えなかったし。

 第一、屋敷の奥から出ちゃいけないんでしょ?

 ならば、せめて大気からでも吸収しやすい方がありがたいです。なにせアルベルトゥスくんもヴィーリ式魔力増大法をやってる最中なのだ。

 最悪あたしとアルベルトゥスくんの間で延々魔力を吸収、放出を繰り返すって手も打てなくはないが、はっきり言って人の吐いた息に含まれてる酸素で呼吸してるようなもんでしょうが。

 さすがにそれはどうよ。

 あたしの蓄積魔力を放出すればけっこうな日数アルベルトゥスくんは持つだろうけど、生理的にイヤでしょうが。

 宇宙実験室(スペースラボ)環境じゃあ当然ありなんだろうけど。地球環境規模とかで見れば酸素循環的には同じ事なんだろうけど!


「安心せい。以前のお前の部屋とその隣を使ってもらうつもりだ」


 それは、ありがとうアーノセノウスさん、でいいのかな?


 お隣のマールティウスくんはめっちゃ複雑な顔である。

 ……まさかここまであっさりと、(あたし)がシルウェステルさんだって、父親が認めるとは思わなかったのかもな、マールティウスくんは。

 書類入れの魔力錠をあたしが破ってみせたから、一応黙りはしたものの、納得し切れてないのかもしれない。

 おまけに当主の自分が与り知らぬところで、いつの間にやら自分ちまでその骨の考えに巻き込まれるとは、ってとこか。

 うん、あたしがやったことだけど気の毒だ。思わず肩ぽんしてねぎらってやりたくなるくらいには。

 実際にやったらびっくう!とされそうだから、やんないけど。


「では、今後の話をしよう。まず、シルには魔術士団の下っ端どもと会ってもらう。お前が言っておった真名の誓約の有無を確かめておかねばならんのでな」


 あ、アロイス経由で話がいってたのね。

 場を設定してくれるというのも、むしろこっちから頼みたいと思ってたことだ。それは素直にありがたい。

 魔術士隊を魔術士団からひっぺがすことができれば、そこからいろいろつつけることは多そうだしね。


「アルベルトゥスどのには、今後ともシルの補佐を願いたい」


 ちょい待ち。

 アルベルトゥスくんは頷いてるけど、それ、外部の人間には姿を見せないようにしないといかんからね。

 そっくりさんが隣にいたら、影武者の存在がちょんばれですよ。武者隠しとかあるのかもしんないけどさ。

 ……それとも、『今後とも』ってことは、魔術士隊への対応の補佐、じゃなくて、読み書き学習の続きにつきあえ、ってことなのかな。それはぜひともお願いしたいですが。

 てか、『おにーちゃんが教えてあげるよ』モードだったアーノセノウスさんが、その役目をアルベルトゥスくんに丸投げるなんて珍しいですね。

 つーことは、アーノセノウスさんご自身はどうなさるおつもりで?


「わたしはこの後、クウィントゥス殿下にお礼言上の日取りを決めていただく使者を送る。むろん建前だがな。その後は殿下のもとに詰め切ることになろう。宮廷内で動くことになるゆえに、あまりこちらに戻ってくることもできまい」


 ふむ。なるほど、それは。

 当主であるマールティウスくんの方が、隠遁を決め込んだアーノセノウスさんより、王子サマの手足となって動けるほどの力もなければ信頼もされてないって言われてるようなもんでしょ。

 隠遁してるってのを目くらましにしているのかもしれんが。

 そこは年の功と割り切ろうにもマールティウスくんには割り切りづらかろう。

 あたしはさらに文章を綴った。てかなんで、あたしがマールティウスくんをフォローしてるんだろうね。


『現ルーチェットピラ魔術伯を頼る』

「それがよかろう。マールティウスよ、この家は当主であるそなたの手の裡にある。家の中のことは任せた。わたしはただの隠遁者なのだよ」


 いやいやいやいや。

 アーノセノウスさん、普通の隠遁者ってのは、宮廷で暗躍しようだなんて考えませんからね?


 あたしの内心ツッコミを知らないアーノセノウスさんは、最後に息子に笑いかけた。それもにやり、と擬音がしそうな笑みだ。


「加えてマールティウスには、魔術士団への対応をしてもらう。幸いシルが下っ端とはいえ、数人を引き抜いてくれた。それを手がかりに、ゆるゆると、な」

「かしこまりました、父上。あの目障りな一団を切り崩してまいりましょう。ルーチェットピラ魔術伯の名にかけまして」

 

 折り目正しく一礼するマールティウスくんだが。

 ……あの、笑みが殺る気に満ち満ちててちょっとコワイです。

 よっぽど魔術士団に対して、鬱憤がたまってたんだろうか、これは。

 つか、魔術士団とルーチェットピラ魔術伯爵家、もしくは魔術師系貴族って、ひょっとして仲悪いのかしらん?

 エレオノーラとドルシッラのイメージのせいで、魔術士団には魔術師系貴族が食い込んでるってイメージがあったんだけど。


 この素朴な疑問には、後でクラウスさんが答えてくれた。素朴すぎたみたいでびっくりされたけど。

 記憶がほんとにないんだなーという生ぬるい目で見られたけど!


 勉強する人間が一人いれば、それだけ労働力が減り、衣食住+教材の負担が増える。大人数が集まればさらに負担は倍増する。

 だから普通は多少なりとも経済的余力が社会なり個人なりにあること、将来その学習成果である程度のリターンが見込めること、この二つが存在しなければ学習環境を整備する動因は存在しない。

 ましてや学者なんてものはそうそう職業として成り立たないものだ。

 ではなぜ魔術学院が存在するのか?

 シルウェステルさんは魔術学院の研究者たりえたのか?

 この二つの疑問にもじつは答えが直結していた。


 騎士見習いたちの教育環境は少人数学習だ。

 従士以上の家柄ならば、所属している家や他家で小姓などの仕事をこなしながら、武術と教養を身につけることになっている。

 少人数なら衣食住等の負担は少なく、また労働力としても少しは当てになり、最終的には結びつきの強い=裏切る可能性の少ない戦力として抱え込める、というリターンが望めるからだ。

 一方、魔術師たちの教育環境は一斉学習だ。

 魔術師の素質のある子は希少であるためだ。

 魔術系貴族はそこそこ血筋にこだわってこうは……げふん、婚姻関係を結んで血を濃くしているから十中八九……とはいかなくても、六七くらいまでなら魔術師を名乗れる放出魔力があるというが、平民ならば千人に一人以下と言われる。

 そのため、平民でも国家教育機関である魔術学院で一定の知識と能力を育成される。寮での生活費は基本無料、優秀であれば特待生として教授料の返還も免除される実力主義で運営されている。

 魔術師となった学院の卒業生たちは魔術士団に所属したり、数は少ないが貴族の家に直接雇われることもある。つまり安定した進路が確保されている。

 ……ここまではベネットねいさんたちにも聞いたことだったが、なぜ国が魔術師に対してだけ、そこまで公教育的な枠組みを作るのかっていう理由もわかんなかったんだよね。そういえば。

 踏み込んだ内情はエグかった。


 ランシアインペトゥス王国がわざわざ王都ディラミナムに魔術学院を置き、平民にも魔術学習の機会を与えるのは、魔力暴発による不慮の事故を防ぐのが第一の狙い。

 教授料など払えない平民については、働きで返せということで魔術士団に送り込み、そこそこ質の揃った魔術師たちによって、国全体の魔術戦力を上昇させることが第二の狙い。

 そして第三の狙いとしては、魔術師としての素質のある平民を御貴族様がつまみ食いする生け簀としての機能があるようだ。

 ……まあ、魔術系特化型貴族にとっちゃ、より高い魔力がある人間に子を産ませた方が遺伝的にも才能を期待できる、っていうのもあるのだろう。

 平民の中には、玉の輿というには不安定だが、御貴族様の愛妾目指して、自分自身なり自分の子なりに魔術師の素質を切望する、ということもないわけではないらしいし。ヤなWin-Winだとは思うけど。


 そして、第四の狙いは、国がカリキュラムを選定することで、魔術以外のお勉強で愛国心を教え込み、力ある者としての義務と責任をたたき込むこと。

 言葉だけ見れば、魔術という、一般人が持ち得ない力を得てしまった魔術師に、その責任を自覚させるってのは、とってもいいことにしか思えないんだけどね。

 ついでに魔術師たる優越感だの、魔術の使えない人間への蔑視だのまで仕込まれてるとなると、ちょっと問題がありすぎるだろう。

 おまけによほど有能でない限り、教授料返還という負債をしょったまま魔術士団に出荷された魔術師の卵たちは、さらに真名の誓約で束縛されることにより、国、というか上位者の命令に逆らうことはできなくなるという。

 貴族の家に雇われた人たちも教授料の肩代わり、という名目で、やっすい賃金で一生こき使われることになっているらしい。

 ……なるほど、魔術師の育成兼搾取方法としちゃあ、二重三重に金と義務とで(たが)をはめ込んである、実によくできたやりかたじゃないか。


 タチの悪いことに、この洗脳課程(カリキュラム)、魔術師系貴族の子女、特に嫡子連中には効果があまりないようにできている、らしい。

 だってさ、貴族の特権意識に凝り固まった、いわゆる『良家の子女』ってやつが、喜んで平民と机を並べるわけがないでしょが。

 彼らにとっちゃ『学院の課程を修了した』というのは、カリキュラム内容についての理解度さえ示すことができればいいのだから、各自家庭教師をつけて学んだ成果をもとに、教授料を払って得るただのステイタスにすぎない。

 一流の魔術師の講義を受ける聴講の機会は一応得られるし、聴講のみの聴講生という制度もあるという。これまた高い聴講料というものがかかるらしいが、プライドの前では金は湯水のようなものなのだろう。

 家庭教師は当然のことながら魔術学院の修了者ということになるが、それも一族の人間から選ばれていれば、魔術学院の組み上げたカリキュラムの強制力なんてあってなきがごとし。

 むしろ、それぞれの家独自の洗脳課程で、一族への献身と魔術理論をたたき込むところから本番ですが何か?ってところだろうか。


 そんなわけで、魔術師系貴族の一部が意欲的に魔術士団に食い込んでるのは確かだが、理由は魔術士団の役職狙いであるようだ。

 もっとも、わざわざそんなもんいらん、という家もないわけでもないようだし、魔術士団はある程度の実力主義なので、エリートとして上位スタートできるつもりだったのが、部下にするつもりだった平民たちにこてんぱんにされる貴族というのもいないわけではないようだ。

 ある程度、というのはトップに王族が座ってたり、上層部が積極的に食い込んだ魔術系貴族のほぼ世襲になっていたり、ということがあるからだそうな。


 また、一部の零細領地しか持たない貧乏貴族の中には、恥を忍んで平民のふりして真面目に魔術学院で勉強することもあるようだという。

 背に腹は代えられないというやつかね。


 ……カシアスのおっちゃんたちへの態度を考えると、正真正銘の平民らしいベネットねいさんやアレクくんすら騎士を蔑視してたのって、きっちり洗脳されまくった結果だと思うんだけど。

 エレオノーラとか、ドルシッラとか、魔喰ライになったサージは、いったいどっちだったんだろうなー……。


 質の揃った魔術師の卵が安定して納品されてる魔術士団にも、悩みはないわけじゃない。

 なにせ、学院修了時点でそこそこのお勉強内容は頭にたたき込まれてるとはいえ、あくまでもそこそこ、なのだよ。

 プライドだけは高い貴族の子女だって、尻に殻つけたひよっこたちと能力的には同列だったりする。

 つまり、どう頑張ってもアーノセノウスさんたちのような異才というか専門バカには勝てない。


 質でだめなら量でといっても、それが威力を発揮するような戦場なんてものはそうそう発生しないしねー。

 おまけに、アルベルトゥスくんも、敵側とはいえ参加してたジュラニツハスタとの戦いでも、名が上がったのは、弓兵による被害を出しながらも、集団戦闘により中距離火力を集中することで地道な戦果を上げた魔術士団よりも、彩火伯(さいかはく)としてすでに評価はされずとも宮廷内では有名だったらしいアーノセノウスさんや、魔術学院で研究に没頭してたシルウェステルさんのような強力な個人だった、らしいし。

 ……アレクくんの火球の飛ばなさ具合を思い出すと、わからなくもないよなーと思えてしまうのがなんとも。


 そんなわけで、ジュラニツハスタとの戦いの後、魔術士団上層部の恨みと歪みまくったプライドはズッタズタにねじ曲がって、手柄を横取りしたと逆恨みした相手である騎士団や名のある魔術師たち、その周辺の人間に向かったらしい。


 ……聞いたときにはなるほど、だから魔術士団長(おにーちゃん殿下)騎士団長(王子サマ)と仲が悪いんだと納得した。

 魔術士団長さん、悪いことは言わないから、素直に王都の周辺でも魔術で土木工事してた方がよっぽど存在アピールにならんかね?


 ツッコミはすでに遅い。

 ルーチェットピラ魔術伯爵家にも火の粉は飛んでいた。

 シルウェステルさんや、彩火伯という二つ名付きのアーノセノウスさんには手は出せなくても、その跡取りであるマールティウスくんなら与しやすしと見たのだろう。


 ある意味すさまじく効果的で、だからこそたちが悪い。

英雄扱いされている父親や叔父に対し、マールティウスくんが憧れと同時に劣等感を抱え込むことは、たやすく想像できる。

 もとからある火種を悪意の囁きで煽り、大火事にすることで目障りな魔術師たちどもの足を引っ張って相対的に魔術士団の立場を上げよう、という戦法だからだ。


 幸いなことに、マールティウスくんはそんな見え透いた手に載るには賢すぎたし、自制心もあった。

 だけど、アーノセノウスさんは残念すぎる兄バカだったらしい。

 さすがにクラウスさんも言葉を濁してはいたけど、努力してるマールティウスくんの前でひたすらシルウェステルさんを褒めに褒めたおすとか、やっちゃいかんでしょー?!

 やっぱりやらかしちまってたか、というべきか、やっぱりアホだったかと突っ込むべきところだろうか。


 とりあえずは常識人だったシルウェステルさんも、当時はしこたまアーノセノウスさんに苦言を呈したらしい。

 とりあえずというのは、シルウェステルさんがその場でルーチェットピラ魔術伯家の爵位継承権を放棄して、家を飛び出ちゃったそうだからだ。

 無駄にアグレッシブな上に、やることが極端すぎやしませんかね、シルウェステルさん?

 ――そこまでやんないと本格的にアーノセノウスさんとマールティウスくんとの仲に亀裂が入り、悪くすれば家が沈む、と、思ったからかもしれないが。


 以後、シルウェステルさんは研究者として魔術学院に籍を置き、家とのコンタクトは王子サマ経由だった、ようだ。

 これが一番アーノセノウスさんには堪えることだったらしい。

 だけど、ようやくおとなしくなったと思ったら、とっととマールティウスくんに家督を譲って隠居しちゃったとか。

 その後もシルウェステルさんのバックアップに協力しまくってたとか。

 骨になって帰ってきたシルウェステルさん(あたし)に、さらにべったり張り付きまくるとか。そのバックアップに家まで巻き込むとか。

 どう考えても、やっぱり兄バカは相手が死んでも治ってねーじゃねーかありがとうございました!と、つっこみたくてしかたがないです。


 つーか、聞けば聞くほどマールティウスくんがあまりに気の毒すぎる。

 頼りにしてるとか筆談じゃ書いたけど、アーノセノウスさんに対する愚痴ならいくらでも聞いたげるよ、マールティウスくん!

 そのくらいしか、あたしにゃできないからさ。

裏サブタイトルは「骨っ子、マールティウスくんに同情する」でした。


……あれ?


いつの間にやらマールティウスくんが可哀想な子扱いに。

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