解析の果て
本日も拙作をお読み頂きまして、まことにありがとうございます。
アーノセノウスさんご一行は、十日ほど王猟地に滞在したのち王都へと戻ることになっていた。
そのくらいがご厚意を示してくださった王子サマに謝意を表しながらも、アーノセノウスさんの負担がそれほど大きくならなくてすむ日数なんだそうな。
御貴族様や王族がたの考えることはよくわからんなー、などと思ってはいけない。
だって、馬たちの秣だけですら、荷馬車一台分ぐらいにはなるんだもの。おつきの人たちの食料、衣服、その他必需品までまとめて考えると、相当な量の荷物を持ち込んだことになる。
それでもグラミィたちが出立するのを見送ってからということになったのは、王都の騎士団本部から出るというカシアスのおっちゃんたちと、グラミィたちが道中で合流する方が数日早いから、なんだそうな。
……つーかそれ、明らかにアロイシウスに対する示威行動でしょうが。
これまで行ったことのないアダマスピカ副伯領に堂々と王都から、しかもアロイシウスの出没してた騎士団本部からおっちゃんたちが出立するとか。
まあ、それは薄い偽装を施したところで漏れることが予期できる情報なんだけどさ。
もちろん、それまでの待機時間も無駄にはできない。
あたしは読み書きの学習も一時放り出して、魔術道具に刻まれた魔術陣の解読と構築に全力をかけた。何徹しようがどうしてもやっておきたい、しなきゃならないことがあったからだ。
いやあ、ビバ睡眠不要の骨格標本状態!(やけくそ)
一番シンプルだったのは紋章布だ。
紋章を縫い取った金糸に隠れていたが、二つの陣が縫い込められていた。
それぞれの陣の端にあたしが指の骨を当ててみたら、魔力そのもので編み上げる術式の回路同様、スムーズに魔力が流れる。
ってことは、構築に使った糸も、魔力の籠もった特殊素材なのだろうか。一文字術式に使ってたのも、魔術で生成した砂だったしなぁ。
陣の確認のため、魔力を流すときに一番怖かったのは、陣の効果がわからないことだった。
陣はある意味、術式そのものを二次元に近い形で再構成しているようなものだから、これまで見たことのある術式から似てる部分を丹念に探し出していけば、たぶんこういう魔術陣じゃないかなーという推測はできるんだけどね。
だけど、未知の術式による陣は、一つずつ魔力を込めてみないと効果がわからない。
気分はリアル黒ひげ危機一○である。
心臓もないのにドキドキしながら調べた紋章布に縫い込まれていたのは、周囲の魔力を吸収するための魔術陣と、結界を展開する陣だった。
結界陣だとぱっと見でわかんなかったのは、外側にいろいろ書き足してあったせいだ。どうやらそれは発動条件の記述であるらしい。
試しに起動してみたら、魔力を登録した人間が紋章布に触れ、魔力が一定以上に供給されると、半径1mくらいの球形結界が展開されようになっているようだった。
おそらく登録者の緊急時には、紋章布に触れて魔力を込めることで、結界が生じるのだろう。すげえ。
……いや、すごいことはすごいんだけどね。
この発動条件だと、急激に魔力を放出し、陣に吸収してもらわないと、この結界は発動できない。
つまり、魔力操作に熟練している魔術師にしか使えないのですよ。
正直、あたしの目的の役には立ちません。
残念なお知らせにがっくりしたが、一応魔術陣を砂皿に描き写し、砂を固定させて固めたものを作っておく。
別の使い道とか改良方法が見つかったら、なんか応用が効くかもしんないからね。これは念のためであって、あたしが貧乏性だからではないと思いたい骨ことボニーです。
次に手を出した書類入れが、こっそり難物だった。
なにせ、第一の難関が、まず魔術陣を読めるかどうか、なのだよ。
魔力を流せば魔術陣は確かに反応する。
だが、何重にも重なっている魔術陣が同時に反応するとなると……じつに読みづらいんだよね。
色の違うペンで書き分けた文章だって、二重三重にかぶさってる内容を読み取れって言われたら難易度が跳ね上がる。
それがほぼ同じ色合いに見えてごらんな。解読に悩むに決まってるでしょうが。
しかも平面ですらないというね。繭状にしか見えない魔術陣とかどう読み解けと。
これを魔力錠だって一目で見抜けたマールティウスくんてば、相当優秀なんじゃなかろうか。
おそらく、数枚の紙――それも羊皮紙なのか植物繊維由来の紙なのかはよく知らんが――に分けて、魔力吸収陣と、発火陣と、施錠陣を描いたものを重ねてあるのだろう。
施錠陣は施錠条件陣と施錠機構の組み合わせかもしんない。
そんでもって、さらにその上に外側のケースをかぶせてあるんだろうなとは推測できる。
いや、推測はできるんだけどね。解体すれば、正しいかどうかもわかるんだけどね。
下手にシルウェステルさんの作品らしい書類入れをばらして、元に戻せなくなるとかいかんでしょ。破壊したら発火しそうだし。
それに、何よりアーノセノウスさんがもれなく泣きそうです。
突破口になったのは、ぶっ壊れ機能満載ローブだった。
書類入れと違って自己修復する機能があるのなら、ちょっとぐらいばらしても大丈夫だろうと思って、ちょびっと糸をほどいてみたんだけど。
まず、構造自体がすごかった。
普通のローブのように、厚地の布一枚で作られてるもんだと思ってたけど、なんと、表地と裏地の間に、薄布が何枚もサンドされていた。それぞれに魔術陣が施されて。
魔力吸収陣だけは紋章布から写し取っていたのでわかったが、それ以外の魔術陣は何が何だかよくわかんない。またもや黒ひげ危機○発式判別方法にたよる羽目になった。
自己修復陣に魔力を込めちゃった時は、ほどいた縫い目が急激に元通りになりかけた。
いやー、あたしの腕まで巻き込んで縫い込まれそうになったのにはほんとに驚いた。
クロックアップ陣はと言えば、魔力の吸収力がハンパなかったです。こちらも慌ててやめた。
なにより驚いたのは、これらの魔術陣が複合して機能しているということだ。何本もの糸で布同士を結びつけてるだけじゃないのだよ。
ひょっとして、身につけることで立体化することまで計算して作ってるんじゃないかコレ?
しかも、自己修復陣だけでも三つ仕込んであるとかね。
幾重にも直列並列して冗長化されているため、どっかでエラーが生じても修復機能が仕事する。
なので吸収できる魔力の量にもよるし、損傷部分に陣がどれだけかかってるかにもよると思うけど、半分くらい燃やされたとしても、いつかは元通りになるんじゃなかろうか。
ここまでメンテナンスフリーとは……すげーやシルウェステルさん。
ひょっとして、この自己修復機能も、遺失魔術扱いレベルの術式永続化を再現しようとした研究成果なのかもしんない。
夜中にあたしが描き写したそれやこれやの魔術陣に、日中アーノセノウスさんとアルベルトゥスくんの魔術ヲタコンビがとっても熱心に論議しながら、さらなる魔改造を施す。そしてあたしがまた手を加える。
この繰り返しで、驚きの短期間のうちに、いくつか作りたいなーと思ってた魔術道具が実現しちゃいましたよ。
ギークは世界語って言葉が向こうの世界にもあったけど。
むしろ世界をも超えてないかね、この概念は?
最終的に、試作品は親指サイズの球状になった。構造は外殻と内容物。のみ。
あんまり複雑にしてもなんだしね。
といっても、なんとか実用に耐えそうなレベル、でしかない。
ちゃんと機能するんだろうかと心配ではある。
まず外殻。
一文字術式で遊んでたとき、込めた魔力に耐えきれず、固めた砂や木簡などがはじけることが多々あった。
当然のことながら、はじけりゃ破片が多少なりとも飛ぶし、素材によっちゃ怪我もする。
なので、外殻を作ってそこに魔術陣を構成したものを詰め込むことにしたのである。
外殻自体も二重構造になっていて、内側にはこっそり魔力吸収陣を記述してあるのだけれど、あえて吸収する魔力を極小レベルに抑えている。
放出魔力量という点では一般人なタクススさんや、アーノセノウスさんのおつきの人たちにも協力してもらった。彼らが持ち歩いてても、吸い取られる魔力で不都合が生じないレベルに抑えられるよう、テストを繰り返した成果がこの魔力吸収陣である。
ちなみに、ぶっ壊れローブの魔力吸収がとんでもなかったのは、四つも魔力吸収陣が仕込んであったからだった。
中にはローブのほぼ全面を使って構成したものもあったんだぞ。
魔術陣は大きければ大きいほど効果が跳ね上がる。
ローブの構造を知らない並の魔術師が無闇に手を出したら吸い殺されるわな、そりゃ。
初見殺しもいいとこだ。
外殻の内には、魔術陣を描いたモノを小さく丸め込んで封入する。
陣は大きいほど、そして設定が緻密なほど長持ちする傾向があるようだ。
たとえば『炎』を出すならば、炎の温度、範囲、位置、顕界時間、発動条件といった具合に、記述内容を精細にすればするほど、回路全体に魔力が行き渡った状態で安定する。
あたしの作った一文字術式が半日もたなかったのは、サイズに不釣り合いなほど魔力を籠めすぎたからだけでなく、設定条件を何も記述してなかったからという理由もあったようである。
そんなわけで、直径一センチあるかないかの円形空間に封入するのに、どんだけ情報を微に入り細に入り記述した魔術陣を詰め込めるかが、一番の課題になった。
少しでもスペースを省略するために、細い線できちきちに詰めた魔術陣をひたすら描くという細かい作業に没頭もした。
おかげで今のあたしは米粒に写経できる自信がある。
炊いて、練って、ペースト状にしたご飯粒をぺらぺらに伸ばした上に書きこんで、米粒型に丸めるようなことをしでかしちゃいるけどね。
一番設定するのに悩んだのは、発動条件だった。
登録した人間の魔力供給が絶たれる、つまり身につけていたものを手放すというのをキーにするのが最も手っ取り早くはあるのだが。
……ぶっちゃけ、魔力錠の施錠条件ならまだしも、ろくな使い道が思いつきませんでした。
例えば、火球の魔術を仕込んどいて、遠くに放り投げて、わずかなタイムラグに全力で退避するとかね。
手榴弾かっての。
そっち方面につきつめちゃうんなら、パイナップル型にするとか、周囲にトゲトゲの小石や鉄玉を仕込んで、クレイモア地雷テイストにするとか。物騒な案も出しちゃいたくなるではないか。
発動の反対ということで、停止条件にも悩んだ。発動条件を記述しないでも作れるものは何かと考えた結果だ。
発動しっぱなしでも困らない術式として、まず思いついたのは結界だった。
紋章布から連想して、魔力の供給ができているかぎり維持できる防御結界というのを思いついたのだけどね。
使用者を基点におさまるぎりぎりの大きさに張っても、風が通らないのなら確実に蒸れるぞというツッコミをアルベルトゥスくんとアーノセノウスさんにくらいました。ダブルで。
気密性が高ければ窒息死する可能性だって出てくる。
じゃあ、もっと大きい結界にすればいいのかとも思ったんだけど、水も入らないため餓死や渇死といった死に方のバリエーションが増えるだけらしい。
……なんというデストラップか。
発動条件をいじれば、カラーボールなみに敵にぶつけて使える捕縛結界というのもできるじゃん、などと思ってたけど、その結果を想像したらあまりにも殺意が高すぎるので諦めた。
目の前で酸欠起こして死亡されるとか目も当てられませんよ。
ちなみに、結界術式そのものを壊せば顕界は中断できるんじゃないかと思ったんだが、術式破壊ができるのは、術者本人のみなんだそうな。通常は。
だから紋章布は魔術師専用だったのか。納得した。ついでに、疑問もできた。
やってみたら結構簡単にできたけどね、術式破壊。生魔力ちゅーっと。
そうグラミィに呟いたら、やっぱりボニーさんは異常ですと返されてしまった。
なにその言われよう。三角座りでのの字描いちゃうぞ。
結局、試行錯誤の末にタクススさんに渡したのは、火球と結界術式のものになった。
火球は他に発動条件が思いつかず、手榴弾形式にした。
登録したタクススさんの魔力が感知されなくなった途端に爆発するものだ。
結界術式も発動条件をいじって、外殻の魔力吸収陣が破壊されたら発動するようにした。
これならあっというまに魔力切れになるから、どんなにがんばっても数分くらいしか結界がもたない。
これで窒息死は阻止できる。あと結界が球型なのはどの方向からでも攻撃を受け流しやすくするためだ。
どっちも一発使い捨てタイプである。
術式からして、どうやら魔術師を使用者として、永続的に効力を発揮できる魔術陣の開発を目指してたらしきシルウェステルさんとは逆方向の発想だろうが、正直なところ、最初からあたしの開発コンセプトは、タクススさんやカシアスのおっちゃんたちといった、魔術が使えない人間にも使える最後の切り札的自衛策なのだ。
おっちゃん分の結界術式を持ってってくれるように頼んだグラミィには、あたしにはなにも自衛用にくれないんですかーとねだられたけどさ。
魔術が使えるじゃんアンタは。放出魔力をセンサがわりにする感知方法も教えてあげたでしょ。
そもそも、これは魔術師じゃない人間に、魔術が擬似的に行使できるというアドバンテージを与えることが目的なんだから、と、説明して納得してもらった。
それにこれ、タクススさんにも各種類一つずつしか渡していないしね。
なにせ、火球術式のものだって、何個も渡しておけば、投石器一つでちょっとした攪乱戦までできてしまう。火力を強化して弾数を揃えれば、魔術師ではない人間が一人で市街地一つくらいは壊滅させることだって、できなくもないのだ。
だけど、そこまでこの世界のパワーバランスに手出しするつもりはない。
やたらと積極的に開発協力してくれたアーノセノウスさんが熱量高かったのは、どうやら魔術ヲタというだけではなかったようである。
頭蓋骨を見せたあたしにたじろいでしまったのを恥じたのだろうか。
いやまあそれは、結果的にすごく助かったからありがたかったんだけど。
問題は、アーノセノウスさんが、ますますあたしべったりになったことである。
毛布かあたしは。そしてあんたはライナスか。
そしてそれをひっそりと背後から生温かい目で見守るくらいなら、アーノセノウスさんの骨ラブっぷりに歯止めをかけてくんないかなぁ、クラウスさん?
ほんのり恨み言まじりになってしまったが、じつはそこそこあたしはクラウスさんを評価してる。グラミィの部屋でベッドが泥塗れ事件は二度と起きなかったから。
ちなみにそこそこというのは、完璧にできた家宰だったら、あんなヌルい事件起こすわけないじゃん、と思うからだ。
すべての配下の動きに目を光らせて下手な動きをさせないようにするか、もしくは問答無用でグラミィを抹殺し、目撃者の口を塞いで証拠隠滅に走る方がまだ納得がいく。
それを、責任をなすりつけられるような第三者が存在できない、ヴィーリの迷い森とお忍びという状況下で、嫌がらせのみで終わらせたって。
中途半端すぎるでしょ。
どこの馬の骨、いや馬じゃなくても骨や婆に弱みを作るような部下の管理の甘さを露呈するかな?という疑問が抜けないのだよね。
……いや。ひょっとしたら、あえて隙を作ることで、アーノセノウスさんの暴走にブレーキをつけるつもりだったのか。
それとも、仕掛けられたグラミィやあたしの対応を見るための試剤にしたのだろうか。
だとしたらやっぱり油断のならない人だ、クラウスさん。
アーノセノウスさんの敵陣営に取り込まれたから地道に嫌がらせをしてる、という可能性もなくはないが、そこはもうアーノセノウスさん、というかルーチェットピラ魔術伯爵家の管理責任の範囲内だ。知ったこっちゃありません。
ともあれ、グラミィとのぎすぎす感が表面上のものとはいえ、穏やかになったのはありがたいことだ。
グラミィには未だにほんのり慇懃無礼なクラウスさんも、もっと露骨なアーノセノウスさんも態度だけは氷点下から改善されたようだし。ほんのちょびっとだけど。
なんかした?とクラウスさんに訪ねたら、『我が主もお諫めを耳に入れ、不和は敵の幸いと思われたのでしょう。わたくしごときの微力がおよぶものではございません』と、返答されてしまった。
意訳すると『この件が片付いたら、グラミィの認識も敵に戻ります』かな。
彼らには、あたしとグラミィの組み合わせは、捨てられてもすがるシルウェステルさんと、それをいいように手玉に取る悪女、とでも見えているのだろう。
実質的には女性同士の相棒ですがね!
『この姿になる前のことはあまり思い出せない。だから、この姿になってからこの身で感じたことをもとに判断をしている』
そう伝えてはおいたけどなー。
ちなみに、シルウェステルさんの享年は、44だそうな。
アーノセノウスさんは次の新年で57。グラミィ、というか大魔術師ヘイゼル様は60前後くらい、らしい。
16~18歳くらいの年の差か。
若い――とはいえこの世界じゃ、嫁ぎ遅れというまででもないが、出産適齢期ではあるようだ――母親か、それとも年の離れた男女の仲か。うーむ。
外見だけ見ると、こっちの世界の60歳ってば、むこうの世界における日本の90歳ぐらいのイメージらしくはあるんだが……。
資料があるところに行ったらね。忘れないようにしておこう。
いろいろすったもんだがあったものの、グラミィたちが立つのを見送った後、いよいよアーノセノウスさん一行も王都にゆるゆると戻ることになった。
紅葉も散り初めて、いい感じの晴天である。
アロイスとバルドゥスが護衛に混じっているのもいい偽装っぷりだ。
アルベルトゥスくんがアーノセノウスさんの隣に乗ってるのも、あたしの存在を隠すためである。
そして、肝心のあたしはというと。
荷馬車の荷台で箱をかぶっております。
……あれ?
来たときレベルで扱いが雑いよ?!
裏サブタイトル的には『分離行動開始』ってとこでしょうか。
そして相変わらず裏読みばっかりしてます骨っ子。表と行間も読みましょう。




