はじめてのおもてなし
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
部屋の外が騒がしくなった。
なんだろうと思っていると、おつきの人が出ていき、また戻ってきてアーノセノウスさんに耳打ちをした。
……アーノセノウスさんさんが怒り顔と困り顔の中間みたいな表情になっちゃいましたが。どうしました?
「シル、料理人が恐慌を起こしている。厨房に置いてあるのは、いったいなにかと」
えーっと……。あれのせいかな?いやあっちのせいかも。
「『氷の箱と、鍋の中身、どちらのことでしょうか』と訊いておりますがの?」
「氷の箱だと?」
アロイスが控えめに進み出た。
「氷の箱はボニーどのが作られたものです。中には二日前に捌いたフェルムルシデの肉が入っております。鍋の中はその頭と骨が入っております」
「フェルムルシデだと?!」
「はい、ボニーどのが手づから仕留められました」
単語をオウム返しにするたびにアーノセノウスさんは大きく目を見開き、しまいにはそれまで全く音をさせていなかったおつきの人すら、茶器をかちゃりと落っことしそうになった。
ちなみに、アロイスの言う氷の箱とは、氷を板状に成型したもので組み立てた簡易冷蔵庫です。
もちろん、いくら組成をいじって堅くしまったものにしたって、氷は氷、溶けるものは溶ける。あたしがずっとくっついて冷やし続けるわけにもいかない。
なので、排水を考えて、厨房でも戸口に近い、火から離れたところに据えてある。
ちなみに、アルベルトゥスくんによると、普通の魔術師に氷を作るのは難しいらしい。
水は作れても、氷は攻撃魔術の術式という頭があるのだろうか。魔術士隊がただのボケマスターというわけではなかったのかもしんない。
で、その簡易冷蔵庫でいい具合にチルド状態になってるのは、熊っぽい動物の生肉だったりする。
あたしにもどっかに油断があったことは認める。
ヴィーリがひょいひょいと森に入っては、しょっちゅうきのこや蔬菜を取ってくるので、頭から安全な森だと思いこんでたってのも、あると思う。
気分転換に散策でもしてみようかと思ったんだけど、ただぶらぶらするだけで動物たちを警戒させるのもなんだしと思ったから、放出魔力を少な目に調整して、ヴィーリなみに気配を薄くしてたってのも、まあ、逆に働いちゃったんだろう。
だけど、一応安全策も取ったのだよ。蜜を分けてもらった蜂の近くにいたヴィーリにはちゃんと『声』もかけたし。
そしたら、食べられる木の実があっちに生えてる、と教えてくれたもんで、ついついそっちに足の骨が向いた。ヴィーリが持ってた現物も見せてくれたから、散歩のついでに採集もできるかなー、なんて軽い気持ちで。
てかなぜヴィーリが分身の木に花を咲かせてるのかとか、なぜそこに蜂がたかってるとか。そっちに気が行っていたのかもしんない。
たしかに、ベリーっぽい実をたくさんつけた灌木の茂みが、ヴィーリの教えてくれた方向にはありました。
が。
くまさん(仮)にも出会っちゃいました、森の中。
空腹だったところに、ベリーっぽいものを、もぐもぐやりはじめたばっかりだったらしい。
こりゃ失礼をいたしましたー、と、じりじりバックしようとしたら、くるりとね。
ガチでこっち見んなと思ったのは初めてかもしんない。
……後ろ姿から熊っぽいかもなー、と思ってた顔は、ほぼ想像どおり猛獣系だった。牙以外は。
セイウチかサーベルタイガーかってながーい牙が、口の外にまではみでてるとか。予想外すぎるでしょうが。
やば、と思ってたら、威嚇のつもりかぬっと立ち上がって、のしのし近づいてきた。
そのでかいこと。
向こうの世界でのツキノワグマですら、お相撲さんが世界陸上短距離記録な勢いで向かってくるようなもの、といわれていたっけか。ただの骨に物理でどうにかできるわけねーじゃん。
つーか、こっちがどうにでもされるレベルですよ。
咄嗟に、威嚇には威嚇返しっ、とばかりに放出魔力を上げたら、くまさん(仮)の足は一瞬止まった。
ほんとに一瞬だけだった。
威圧のせいで、あたしは追い払うべき邪魔者から殲滅すべき敵にランクアップしたのだろう。そんな評価の上方修正は願い下げだ。
十数メートルは離れてたはずなのにダッシュで数秒とかね。
反射的に、戦術シークエンスを組んでみてた魔術の的となっていただきました。南無い。
ちなみにこのシークエンス、あたしやグラミィのように無詠唱ならば、近接戦をしかけられてもなんとか不利にならずにすむんではないか、というので、アロイスたち騎士が最もやがりそうなことを聞き出して、アルベルトゥスくんからは使えそうな魔術を教えてもらって組んでみたものだ。
グラミィにも結界以外の近接戦をしでかしてくる相手への対抗手段を持ってもらわなきゃな、と思ってのことだ。
なにせ、カシアスのおっちゃんの生まれ故郷とはいえ、向かってもらうアダマスピカ副伯領は敵地とみるべき場所なのだし、いつ何時何があるかもわからない。
まさか、予想していたよりも早く、しかもあたしが使う羽目になるとは思わなかったけれども!
初手は距離を詰められないよう、地面から極悪撒菱状態で岩を針にして発生。
騎士が相手ならこれで馬は止まるし、そうでなくても機動力は殺せる。
これだけでもグラミィにはえぐいと言われたが、これでも想定の中では大人しい方だ。あらかじめタクススさんにもらった毒を撒いておいた地面から突き出したら毒針にもできるのもの。
ま、そこまでは自分の身がよほど危なくない限りはやんないつもりだったが。
つか、いざとなったら、そんな下準備してる暇もないということが骨身に沁みてよーくわかったけど。
くまさん(仮)も、足裏をぶっ刺されるのは相当痛かったらしい。
動きが鈍ったところで火球をぶつけるのがセオリーらしいが、悲鳴を上げるくまさん(仮)には、氷漬けになってもらって、一撃。終了。
身体を完全固定すれば、正直なところ、あとは逃げるが勝ちを決め込んだってよかったんだけど、あえて岩を楔状にして眼窩に打ち込むという形で斃したのは、こんなのと生身のグラミィたちがでくわしちゃったらやばいよな、というのもあったからだ。
アロイスたちに任せて知らんぷりというのもできなくはないが、死に物狂いで暴れられたら、分厚い氷も砕けないという保証はないからね。
後はヴィーリやアロイスたちを呼んで、血抜きや解体の処理をしてもらいました。
長期的には、ど素人なあたしやグラミィが技術を覚えるのにチャレンジするというのも必要かもしれないけど、短期的には、ど素人がするより経験者に手早く上手に無駄なくやってもらった方が、いい肉が食べられるという判断です。ついでにど素人も手順ぐらいは見て覚えられるし。
おかげで剥いでもらった毛皮も足裏以外はほとんど傷すらついてないという超美品である。鞣す下処理もヴィーリがやってるみたいだが、どうやるのかは良く知らない。
新鮮な肉!ということに、一番喜んだのはグラミィかもしらん。
解体現場じゃ、やれスプラッタだの血の匂いがすごいだのグロいだの、ぎゃーぎゃー心話でわめいてくれたけど、いざ食べるとなったら現金なもんである。
嬉々として焼いたのにベリーっぽいものでソースを作って添えたり、獣脂を使った炒め物や煮込みスープでおいしそうにいただいております。
まあ、こっちの世界に来てから、塩漬け肉か干し肉しか食べてなかったらしいしねぇ……。
それは、道中いっしょだったアロイスやカシアスのおっちゃんたちも、ほとんどそうだったらしいけど。
だが、問題が一つある。
ここが王領地の中でも狩猟に使われる土地、いわゆる王猟地であるということだ。
香草や蔬菜、蜂蜜やベリーなどは猟の獲物じゃないと言い張ればグレーゾーンかもしんないが、このくまさん(仮)は、完全にアウトだろう。
無断で殺っちゃったあたしは、王族の獲物を横取りした密猟者、ということになってしまうんですな。
殺っちゃったのは事実。とはいえ、半分以上自衛であると主張はしたいけど。
そして自衛とはいえ、殺っちゃった以上は肉をほったらかしにして腐らせるなんてこと、できんのです。
埋めて知らんぷりを決め込むなんてのも、もってのほか。もったいない精神クリティカル。
いのちは大事にいただくものです。
でも、あたしは食べることができない身だから、グラミィたち生身組に食べてもらってるだけなんですよー。
……と、いうわけで。
王子サマにはうまーく話をしていただけるとありがたいのですが、どうでしょうかアーノセノウスさん?
かっくん、と小首をかしげてみた。
我ながら、フードの下も黒覆面状態の髑髏がするような仕草じゃねーなと思ったが、アーノセノウスさんには効果があったらしい。
肉!新鮮な肉!しかも王猟地のものを調理できる機会などない!という、廊下から目だけ覗いている料理人さんが無言で発する気迫に押されたせいもあったのかもしれないが。
「もう少し早く耳に入れておいてくれたなら、心構えもできたのだがな、アロイスどの。老体をあまり驚かすものではないよ」
「申し訳ございません、つい失念いたしておりまして」
「……しかたがない。この件は、わたくしから殿下に言上しておこう」
やったよ!ありがとうアーノセノウスさん!
料理人さんも廊下でお辞儀しているのに目を止めたアーノセノウスさんは、にこりと笑って声をかけた。
「その代わり、わたしの肉はいつものように、上手く焼いてくれよ?」
「あ、ありがとうございます、旦那さま!」
……さらっと、事後共犯になる意思表明と料理人さんの腕に対する賞賛を同時にするとか。
かっこいい大人な気配りのしかただよねー。
「しかし、フェルムルシデの肉ともなると、用意してきたものがかすんでしまうな。久々にシルと食事ができると思って、秘蔵の酒も持ってきたのだが」
……すいません、あたしの身体は飲食不要っす。つーか味覚もありません!
豪勢な食材はあたし以外が喜ぶと思います。
あ、料理人さんにはすんごい嬉しそうにお礼を言われました。
ついでにと、蜂蜜を一壺と、ヴィーリが作ってた蜂蜜酒を分けたら握手を求められました。
ついついつられて応じたら、ドン引きされました。
ええ、手も骨ですが、何か?
……いいもん、どうせあたしゃ骨ですよーだ。ふん。
なお、アーノセノウスさんは蜂蜜をたっぷりかけたパンを笑顔で何枚も食べていた。
甘党だったのね、おにーさん。
「いや、シルの採ってきた蜜はほんとうに美味だ」
……弟評価も相当甘いですよね、おにーさん。
昼食の後は、あたしたち側の話を聞きたいというので、アーノセノウスさんのお部屋で話をすることになった。
暫定的にあたしが使うことにしてたお部屋の真向かいってのはわざとか。わざとだろうな。
どんだけアーノセノウスさんはシルウェステルさんが好きだったんだろう。
……半分くらいは本気で気を許してもいい人かもしんない。
はい、つまりあたしは、こっそりアーノセノウスさんのことも疑ってます。ええ。現在進行形で。
王子サマサイドの人で魔術師。これだけでもアーノセノウスさんのことは相当最初っから警戒せざるをえなかったんだよねー。
なにせこっちには『大魔術師ヘイゼル様』と『努力チート魔術師シルウェステルさん』を騙ってるという、かなり深くて大きな脛の傷がある。
そこほじくり返されたら、ほんと、どうしようもない。
だからこそ、無条件であたしをシルウェステルさんだと信じて扱ってるようなアーノセノウスさんの様子もブラフじゃないかと思ってた。こちらに気を緩めさせる手段じゃないかとね。
任務終了したところで、さー約束のご褒美を、とのこのこ出頭したところで、出しまくったボロを指摘されたら身分詐称のぶんこちらの分が悪い。
物理的にか社会的にかは知らないが、あたしとグラミィと、ついでにヴィーリも闇の中に葬ってまえば、後腐れなく手柄をアロイスとカシアスのおっちゃんたち、もともと王子サマ子飼いのものにできるわけだし。
そのへんの駆け引きとかもめんどくさいから、名誉とかそのへん最初からいらないって明言しといたんだけどなー。
どこの馬の骨ともわからん人間(と骨)を陣営に引き入れるのを嫌うというのなら、どうしようもないなとは思うけど。
「さすがは殿下もお使いになられる邸宅だな!これほど快適とは思わなかった!」
……ご機嫌このうえないアーノセノウスさんの顔を見ると、そんな魂胆があるようには思えなくなってくるんですがね。
あと、快適なのはお掃除のせいっす。
グラミィがどうもノミやシラミ系の虫に夜中に喰われているようで痒いというので、昨日はアーノセノウスさんを迎える準備も兼ねて、全部のベッドから敷布をひっぺがして洗って、ヴィーリとタクススさんにも助けを求めてみたのだ。
鼠っぽい小動物なら、あたしが放出魔力を上げれば、たいていは威圧に負けて逃げ出すらしいのだが、問題はやはり昆虫なんだそうな。
ま、威圧をかけて追い払えるんなら、蜂蜜だってもっと簡単に取れるはずだわな。
しょうがないのでヴィーリに除虫効果のある草を教えてもらい、それを水で濡らして火をつけ、煙がでるようにして、一部屋一部屋呼吸不要なあたしが持って回ったのだ。結界を使って床に貼ってある敷物やベッドの下に煙を吹きつけながら。
……いや~、すごかった。
砦の経験があったから、少しは予測してたけど。
燻蒸したとたん、想像を絶する数の虫やら鼠っぽい何かがぞろぞろぞろぞろ出てくるんだもん。床の色が見えないレベル。
直接触りたくなかったので、出てきたものは全部結界へ投入。一部屋終了ごとに結界を窓の外へ出して、その中に火球を発生させて焼き尽くす。
……単純作業なんだけど、精神的に疲労するお仕事でした。大きい猫かチワワサイズの鼠系の悲鳴とか、暴れたりする振動とかが結界を伝わってくるんだもの。
気分的に嫌だったので、マットも八つ当たり的に、さらに熱風を通してカラッカラに強制乾燥させるというおまけつき。
ちょっと熱風温度の調節が難しかったので、近くに濡れた布を置きながら仕事してました。
熱風を布に通して、湯気が立つくらいならOK。湯気が見えないということは100℃以上の水蒸気になっているかぬるすぎるということになるからね。
皮膚の温感がないと、40℃以上の温度調整って意外とめんどくさいです。
洗濯――というか、一部は熱湯での煮沸消毒に近い――をまかせたグラミィが、風呂桶だと思って使ってた巨大なたらいが洗濯桶だったことに、ほんのりしょぼんとしてたらしいけど。
ちなみに、むこうの世界の中世ヨーロッパでは、大広間も不潔だったらしいが、寝室とかもひどかったらしい。
室内土足は、まあ、いい。ベッドに天蓋がついたのも、ムードを演出するためではなく、防虫防寒防塵のためだったというのも、蚊帳を年中釣ってるようなものだと思えば納得できる。
だけど、地域によっては、大きなベッドに素っ裸に近い状態で数人が雑魚寝、これが王族でもデフォルトだったとか。
そこに犬や猫が乗ることもよくあることだったとか。
風呂に入るというのは習慣ではなく病気の治療であったとか。
衛生的に明らかにあかんでしょー!?
ノミダニシラミの一大繁殖地になりますわな、そりゃ。想像しただけで痒くなりそうだ。
こっちの世界では、魔術師が水をある程度供給できることもあって、そこまでひどくはない。らしい。のだが。
どうも、みんな肌がびみょんにきれいじゃないのは、虫刺されのせいもあるんじゃなかろうか。
吸血性昆虫は流行病のウィルスも媒介するから、要注意である。
あとはカビの問題もある。
建物が石造りであるってことは、熱の伝導率が良すぎるってことでもあるのですよ。当然のことながら、断熱材なんてもん、使われていないしね。
タペストリーがかかっているのは壁面装飾というよりも、壁から伝わってくる冷気を内部と遮断するためだろう。
つまり、石が剥き出しになってる壁が結露してないわけがない。人体からだって水分は蒸発してますから。
だからこそ、むこうの世界の中世ヨーロッパで、長櫃とか長持という木製の箱が、布類だけでなく食器にいたるまで保存用に使われていたとか、そのための小部屋を任せられていた役人の身分が、統治者直属の権力者集団、つまり内閣の表現に使われるようになった、なんて話も聞いたっけな。
……つーことは、この屋敷も目地が真っ黒なのは、燻されたせいで煤の色になったというより、カビの色なんじゃ……と思い至ってしまったので、思わず壁にも熱風をぶち当てて強制乾燥させちゃいました。
湿気が回りきってたせいで、崩れかけてたっぽい漆喰みたいな壁の塗りがもろもろと剥げてきたのには焦ったけど、転んでもただでは起きてやんないのがあたしである。
この補修に、グラミィの練習素材が使えね?
石を生成する魔術で、石の組成を指定しないと、白亜……というか、石灰岩っぽい石ができるのだ。理由はわからないが推測はできる。
おそらく王都が白っぽいのも、同じような素材でできているからなんだろうぐらいにはね。
で、これを細かく砕いたものが外に山盛りにあります。
組成に干渉して、さらに細かく砕きます。
最初、それに水を加えて練ったものを、漆喰代わりに、板か何かを鏝の代用にして塗ろうと思ったんだけど、天井が高すぎて諦めた。
そこで次の手。
まずは、剥げかけた塗りを風を起こしてできるだけきれいに払い落す。
そこに蒸気を当てて、うっすら結露したところへ、細かくさらっさらな微粒子レベルに砕いた石を結界に封じて放り投げ、壁に張りつけたところで結界の中に風を起こして吹き付ける!
うっすらパウダーが乗ったところで、あとは風を当てずにじんわり室温を上げ、水分を蒸発させればできあがり。
……壁が白くなったせいか、タペストリの方がくすんで見えるくらい室内が明るいです。やりすぎたかもしんない。
が、反省はしない。
アルベルトゥスくんやタクススさん相手の座学では、少しでも明るい方が生身組には楽なんだし、カビの胞子吸いまくりとかマジ身体によくない。
生身組の生活環境改善がメインとはいえ、アーノセノウスさんの機嫌がいいのはありがたいことだ。なにせグラミィがいるだけで、局地的に精神的ブリザードが発生するんですもの。巻き込まれる身としちゃたまったもんじゃねーわ。骨でもな。
……まあ、あたしが筆談可能だって見せてしまったせいで、グラミィに出ていけよがしにするのに遠慮がなくなってる、ってのもあるかもしんない。
〔あたしは、席外したってかまいませんよ?心話が気づかれてるのもまずいでしょ?〕
いや、最悪心話の内容が傍受されてなきゃ、グラミィには同席してほしい。
というか、グラミィはいるべきだ。
正直なところ、アルベルトゥスくんも魔術師として正式な教育を受けた人間だから、魔術に関する知識は当然のことながら、あたしやグラミィよりも遥かに上だ。古典文字も流暢に読み書きできる以上、公文書や古文書の類もきちんと読めるのだろう。
だけど、それでもあたしにとって、アルベルトゥスくんより、グラミィが重要だってこと、グラミィは余人に代えがたいということを強調しとかないといけない。
でないと、いつまでたってもアーノセノウスさんの態度は変わらないだろう。
つまりここは、魔術師としての有用性をグラミィがアピールする場としてこっちから活用していくべきなのだ。どんなに居心地が悪かろうと。
肝心の有用性が嵩上げ底上げなのはしかたがない。
それに、現実問題としても、筆談より心話経由でグラミィに通訳してもらった方が、話がスムーズにいく。あたしの語彙もまだまだ発展途上形だし、何より筆談は時間がかかりすぎるのだ。
内緒話なら、介助ポーズで手を添えちゃるから。
〔……わかりましたー……〕
グラミィが半分死んだ目になってるのは、またアーノセノウスさんが精神的ブリザードが発生させかけてるせいだろう。
アルベルトゥスくんやヴィーリの存在に、ブリザード回避の是非はかかっているといっても過言ではない。今回ばかりはいくらでもシルウェステルさんをほめたたえてくれてもかまわないぞ、アルベルトゥスくん。
それでアーノセノウスさんの上機嫌が買えるものなら安いものだ。
……ソウオモッテイタトキモアリマシタ。
「ボニーどのは、わたしの恩人です。わたしの症状を一目で言い当てられ、もはや余命いくばくもないと覚悟しておりましたわたしに時間をくださったのです!」
「さすがはシル、優秀であることに変わりはないのだな!えらいぞ!」
「すばらしいお方ですね!」
「そうだろう、シルは人柄もいいのだよ!」
……なぜかいたたまれない気分になります。ここまでハイテンションにべた褒めされると。
つーか、ヴィーリ式魔力量増大法は、ヴィーリとグラミィに教えてもらってたでしょーがアルベルトゥスくん。
魔術師同士、アーノセノウスさんと魔術について話が合うのかもとは思ってたけど、まさかシルウェステルさんラブで意気投合するとは思わなかったや。
しょうがないので、強引に古典文字から術式を引き出した話をグラミィに振ってもらったところ、アルベルトゥスくんがいろいろしでかした実験を自発的に語ってくれた。
それにアーノセノウスさんがまた食いつくんだよねー。
で、簡易魔術陣みたいなものが組めないかという相談をもちかけてみたら、二人とも目をキラキラさせて身を乗りだした。
どうやら、遺失魔術扱いに近い存在である魔術陣、しかもその改良というのは、魔術ヲタ二人の興味を激烈に惹いたようだ。
あいにくと、あたしに二人やシルウェステルさんのような学問的な興味はない。
だけど、遺失魔術レベルに完成度を上げることができたなら、術式作成者じゃなくても、それどころか魔術師じゃなくても、魔力を流してやることさえできれば魔術が使えるようになる可能性がある、この一文字術式というのは二重の意味でかなりヤバいと考えている。
長期的には、この世界における魔術師と武官のありかたやバランスが根底から覆ることになるのだから。
短期的には、こちらの戦力を増強させることができるという大きなメリットがあるんだけどね。
なにせ、アロイスやカシアスのおっちゃんはおろか、騎士よりも魔力量の少ないタクススさんにでも、魔術が使えるようになるかもしらん、しかも魔喰ライになる危険性ナッシングというのは、相当でかいポイントだ。
自衛手段が増えるってだけでも、かなりの安心材料になるだろう。
自重はしませんよ。ええ。
とはいえ。
今の一文字術式なんて、普通の魔術よりも使い勝手がよろしくない。あたしが自作したものを顕界しても威力は低い。はっきり言って一発ネタレベルなのだ。
魔力を流す、つまり術式に通すというのも、魔術師として魔力操作の訓練を受けた人でないと難しいらしいし。
だけど、この使用者超限定の劣化術式に改良を加えるとしたら、どうやったらいい?
流すための魔力をどう込めたらいいのか、そしてどうやって流せばいいのか、発動条件の設定をどうすればいいのか見当もつきません。
そう伝えたら、アーノセノウスさんに不思議そうな顔をされたでござる。
「魔力錠を使えばいいのではないか?」
骨っ子「おもてなすなら食事と居住性は大事ですよねー……と思っていたら、一番食いつかれたのは魔術談義だったでござる」
そしてこっそり手持ちの札を強化することを考えてます骨っ子。




