お忍びは忍ばずに
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
これまでアロイスやカシアスのおっちゃんが交互に仕立ててやってきてた荷馬車がかわいいレベルで、いやってほど荷物が運び込まれ、そして最後に落ち着いた色合いだが豪奢な感じのする馬車がやってきたのは、それから数日後のことだった。
表面的には、シルウェステルさんが亡くなったことを深く悲しむ、アーノセノウス・ランシピウス先代ルーチェットピラ魔術伯を見かねた王弟であるクウィントゥス殿下が、情け深くもその嘆きを見かねて、転地療養的気分転換として、王猟地にある荘園邸宅への滞在を許した、ということになっている。らしい。
……身内の不幸を嘆くからって王族でもない魔術伯を王領地で歓待するとか。どんな嘆きかたなんだとか、すんげえ好待遇に見えるけどいいのかな王子サマとか。他人事ながらいろいろ心配になる贔屓っぷりですよ。
だいじょぶかなー。贔屓の引き倒し的に政敵とかにつけこまれなきゃいいんだけど。具体的には魔術士団長のクウァルトゥス殿下あたりとか。
「大丈夫ですよ」
あたしたちに並んで、先代ルーチェットピラ魔術伯さんを待っていたアロイスが諦めたように笑った。
「おそらく余計なちょっかいを出すような馬鹿者をあぶり出すことも殿下はとうにお考えです。それに、人は人の中に隠すのが一番です。先の魔術伯が格式にあわせた人数を揃えてくださったおかげで、我々も王都に戻る際にはうまく護衛の騎士に紛れ込ませてもらえるのですよ」
なるほど。騎士は騎士の中に隠せ、ということか。
あたしじゃ思いつきも実行もできない案だなぁー。ハハハ。
……いくぶん現実逃避気味なのは、アーノセノウスさんとやらが王子サマの配下の中でも、『彩火伯』と二つ名がつくほど有能で強力な魔術師さんだってことを確認しちゃったからだ。
カシアスのおっちゃんたちに教えてもらった王子サマ配下の情報確認したら、大当たりですよ奥様(誰や)。
それがシルウェステルさんのお兄さんとか。
……いやあ、シルウェステルさんも術式から考えて相当有能で強力でクセのある魔術師さんだったようだし。その身内ならそうだといわれりゃそうなのかと思うしかないでしょうよ。魔力が体外に勝手に放出されるほど多めか魔力制御が下手っつーのが魔術師の才能として遺伝するかというと謎ですがね。
そんな人相手に完璧にシルウェステルさんのふりをし通せるかどうか、心配で心配で夜も眠れませんでしたよええ。元から眠れない仕様みたいだけど!
騙せないなら、どんな上手な物真似でも意味がないのだ。
いつ『誰やコイツ』と言われないかとドキドキしちゃいますよ。心臓もないんですがね!
〔設定をつっこんで打合せしておいてよかったですねー〕
ホントだよ。都合の悪いことはすべて必殺技『記憶にございません』で右から左に受け流そう。グラミィ、フォローよろしく。
そんな心話を交わす間に、馬車の前に恭しく台が置かれ、戸が開けられた。
降りてきたのは長い銀髪を額に巻いた金属の帯で止めた男性だった。
色は違えど同じ髪型のせいもあってか、シルウェステルさんの甥っ子とかいうあのマールティウスくん、当代のルーチェットピラ魔術伯の彼と似ているのがよくわかる。
似ているのは外見だけじゃない。魔力の色合いと形が、なんというか絢爛豪華に咲き乱れる極楽鳥花って感じなところとかも。
ん?
……。
…………。
このひと……。
〔どうしました、ボニーさん?〕
思い出した、『かべのなかにいる』状態だった人だ。
初めて王子サマと対面したときに、武者隠しみたいなところに潜んでた伏兵魔術師さん。
構造解析の術式ではだいたいの外見しかわかんなかったし、物質を基本透過するはずの魔力もなんか壁に仕掛けがあったのか、覗き穴からちょびっと漏れてたくらいだったからわからなかったけど。
え、ちょっと待って。
じゃあ、あの時からしっかりはっきりめっきりマークされてたってわけか、あたしたち?
うわー。うわー。うわーぁ……。
「どうしたんで、骨どの?」
マルドゥスと交代したばかりのバルドゥスが不審げに振り返った。
……グラミィ、言ったばっかりで悪いがちょっとした賭けをする。伝えてみてくれ。
「『……あにうえ?』じゃと?」
そのグラミィの声に、推定アーノセノウスさんの表情がぱっと変わった。
典雅ですらあった仕草を視界の外に放り投げ、すごい勢いでローブの裾を蹴立てて突進してくる。
「思い出したのか、シル!」
純度100%、全開の笑み。
ひっかけだなんて欠片も考えてないことがわかるその表情に、ちょっぴり実在しないはずの心が痛む。
ホントにすいませんごめんなさい、推論の帰結だってだけです。
というか、心底シルウェステルさんが好きだったのね、この人。
「『申し訳ない、なぜか慕わしさを感じたもので、つい、失礼な呼びかけをいたしました』と言うております」
「……そうか……。いや、何かを感じてくれたならそれでいい。シルも焦ることはない、ゆっくりと記憶を取り戻してゆけばいい」
とは言いながら、がっくりしょぼーんと髪までしおたれたような意気消沈ぶりですよ推定アーノセノウスさん。
グラミィが生温い目で声をかけた。
「失礼をいたしました、この婆はグラミィと名乗っております。こちらはボニーと呼んでおりますが、お好きなようにお呼びくだされ」
居ずまいを正した推定アーノセノウスさんは、実に貴族的な冷笑というやつをグラミィに向けた。
「これはご丁寧な挨拶をいたみいる。わたくしはアーノセノウス・ランシピウスと申す。シルウェステル・ランシピウスの…兄と見知っていただこう、グラミィどの。わたくしは彼をシルと呼ばせてもらおうか」
明らかにあたしとグラミィに対する態度が違うな。他人行儀という言葉では足りない。隔意?拒絶?否定?
やんわりとした印象だが、どれもマイナスの感情だ。
〔おじさまモテですかボニーさん〕
ぼそっとつっこんだグラミィの心話に、確定アーノセノウスさんの目がすっと細まった。
え、まさか心話してんのがばれてる?
……これも、ちょっと予想外だ。
魔術士隊の面々からアルベルトゥスくんに至るまで、ある程度の魔術師には触れてきたつもりだったが、心話ができたのはヴィーリだけだ。
……つーことは、心話でやりとりすることにもこの人の前では気をつけなきゃならんね。
心話に気づけたってことは、心話の存在を知っていることはたぶん確定、使える可能性もありと。
ほんでもって、正統な魔術の使い手で有能な魔術師さん。
下手すると話の中身まで傍受されかねん、ぐらいに警戒しといた方がいいかもな、これ。
寒い戸外で立ち話もなんだしということで、アロイスがうまく取り持ってくれて広間へ移動した。
ティールームでないのは、この人数だと狭すぎるからだそうだ。
王侯貴族の空間感覚ってば、やっぱしおかしいと思う。
だっておつきの人は屋敷内にとっくに散ってるし、カシアスのおっちゃんと副長のエンリクスさんはすでに王都に戻っているのだよ。アダマスピカ副伯領出立の準備をしているのだ。ちなみにグラミィとヴィーリは、ここから直接タクススさんが、おっちゃんたちとの合流地点にまで連れてってくれることになっている。
ちなみに、広間にあった食卓は、備えつけの家具だと思ってたが違うのねあれ。
普段は砦同様畳んでしまっとくものらしい。おっちゃんたちが片付けてくれてたやつを、アーノセノウスさんおつきの人たちがてきぱきと広げて、お茶席の準備が整えられる。
……このおつきの人たちも、かなり厳選されてるんだろうな。
あたしたちの事情をどこまで知らされているのかはわからんが、アロイスたち騎士に対しても、あたしやアルベルトゥスくんのような外見不審者に対しても物腰は実に丁重で、荷物から持ち出された茶器はいいものだし。
茶葉はやっぱり薬草茶っぽいものだったけど。
〔……どんなに豪華にととのえられても、ヴィーリさんやタクススさんのよりおいしくないお茶ですねー……。おまけに目の前から敵意ビシバシ飛んでくるし〕
うっかりぼぞっと愚痴を心話で伝えてきたグラミィを、ちらりとアーノセノウスさんが氷点下の視線で貫いた。
これが平民を見る貴族の視線のデフォなのかと思うと、……なんだかもにょる上に疑問がどよどよと湧いてくる。
だって、シルウェステルさんの骨を見るその目が、あまりにも優しすぎるんだもん。
あたしとグラミィを見るたびにアーノセノウスさんの視線の温度が乱高下するせいで、精神的に風邪をひきそうです。
グラミィに対する敵意の理由はあたしも知っときたい。
ついでに言うなら、好意と言わないがせめて中立ぐらいにはもっていっときたい。
というわけで、アルベルトゥスくん、よろ。
フードを頷かせると、待ち構えていたアルベルトゥスくんが即座にお茶の置いてないあたしの前に皿を置いてくれる。
そこへ魔術で砂をさらさらっとね。何も指定しないと白亜の粉みたいな真っ白くてきめの細かいものになる。
均したところに木の枝を差し込んで文字を書く。石板もなにもないので、これがここでのあたしのノートがわりだ。
『お話を聞かせていただけますでしょうか?』
くるりとアーノセノウスさんの方を向けると……を?なんでいきなり目がうるうるしてんの?!
「もうそこまで文字を覚え直したのか、シル!偉いぞ!」
お兄ちゃん は 感激 している!
アルベルトゥスくん は ドン引き している けどな!
いや、なにもここ数日サボってたわけじゃない。むしろ確かに超がんばってたよあたしたち。
そのうちの一つが『分割多重学習』である。
あたしはアルベルトゥスくんから魔術師としての礼儀作法や常識、読み書きを学び。
グラミィはタクススさんとヴィーリから毒と薬の知識を学ぶ。
そして、ヴィーリがアルベルトゥスくんに魔力を増やす方法を教えている間、あたしとグラミィは互いに役割分担して得た知識を教え合う。心話で互いに得た情報を交換すれば、学ぶ効率は二倍になる計算だ。
うっかりして、さらにお勉強すること増やしちゃったけどね。
これまであたしは、魔術士隊の面々からも読み書きは学んでた。文字と単語、そして例文を書いてもらったりしてね。
けれど彼らが教えてくれたのは、近代文字といって、文書に使う言語でも会話文に近いものに使われるものに限られるものだったそうな。
表音文字に近い、アルファベットやひらがなのような性質のものらしい。
しかも文章に使う言語が二つあるとかこっちは初耳だよ?鼓膜も耳殻もないけど。
アルベルトゥスくんに正式な文章も読めるようになっておきたい、と伝えたら、古典文字という表意文字に近い文字を見せられたんだが、これがもーぱっと見模様にしか見えないレベル。織物というのがテキストの原義だという意味がよーくわかるわ。これだから魔術士隊の子たちは近代文字を教えてくれたのかー。
などとまじまじ見つめていて、気づいてしまった。
つかこれ、術式の一部と似てるんじゃね?と。
術式はあたしが言うならば、一筆書きの要領で魔力のパイプをぐりぐりーっと三次元的に複雑に構成することで、『概念』を実存に変える回路だ。あたしがわりと早く魔術を使えるようになったのも、魔力を『視る』ことができたからだろう。
そして、『概念』に魔力を通して顕界させると、回路で規定した地水風火などの元素や結界というものが、指定した位置と量でこの世界に生じる。
それを術者の側から見た形の一部に、古典文字はすごくよく似てるのだ。違うのは一筆書きではないということだが、それは魔術的効力を持たせるためのバイパスを意図的に切ってあると考えられなくもない。
そう思ったあたしは、ためしに、アルベルトゥスくんに頼んで、火球の術式の一部に似てると思った『炎』という字を皿の砂の上に書いてもらった。
それを砂を固めて取り出し、三次元化したところで遮断されていると思った線をつなぎ、魔力を通してみたら……。
可燃成分が欠片もない素材でできた『炎』という字が火を噴きました。てへ。
アルベルトゥスくんは唖然とするわあたしは慌てて消火作業に追われるわで、大騒ぎになった。
飛んできたアロイスとグラミィにはこっぴどく怒られたが、アルベルトゥスくんがとりなしてくれたおかげで、その後も何度か実験を繰り返すことができた。
そして判明したことは、文字が大きいほど通せる魔力も大きく威力も増大するということと、あたしが作るものは、基本的には使い捨てだということだった。
顕界時間を伸ばそうと魔力を込めすぎたら、逆に文字がはじけるのが早くなってただの爆発物にしかならなかったというヲチまでついた。
これは平面に書いた文字でも同じだった。
木片や砂の層の厚みにめり込む筆圧が厚みを作り出し、完全な二次元にはならんからじゃないかなとあたしは推測してるが、当たってるかどうかはわかんない。
おまけに木片などに書いた文字だと、すんげー威力は弱い。
たとえば、『炎』という字を親指の爪サイズの文字で三次元化すると、あたしの魔力だとこの大広間を数時間は、ほどよく温めることができるくらい。
けれど、これが木片に羽ペンでごりごりっと書き込んだくらいだと……、あー、ライターの代わりにはなるかな、くらい?
しかも顕界時間は数秒というね。
この発見に嬉々としたのはアルベルトゥスくんだった。あたしが教わってたはずなのに、逆にくらいつくようにあたしに質問、仮説を構築、実験と楽しそうに取り組んでた。
やけに熱っぽくとりなしてくれたのはそのせいか!
彼は根っからの理論派魔術ヲタだったらしい。
……ま、死んだ目で自分の寿命が砂時計の砂のように減っていくのを見つめてるだけってよりはずっとましかな。
ちなみに、この世界で紙などに書いた魔術なんかを発動する、いわゆる魔術陣ってのは、わりとよく知られた知識なのかなーと思ってたんだよねあたし。
真名での誓約に使う誓紙とか、シルウェステルさんのでたらめローブがあったから。
でも、真名での誓約は別系統の魔術らしい。血とかも使うからかな。
純粋な魔術陣は、むしろ遺失魔術に近い扱いだった。
理由は、どうもあたしほど他の魔術師には術式がはっきり見えてないらしいってことと、『森精の城』と言われる廃墟で見つかった記録があったから、である。
……ま、まあ、術式がくっきりはっきり見えてれば、とっくの昔にあたしと同じ発想に至った人がいないわけがない。
それに、石に掘ったりすれば立体化の問題はクリアできるもんね。
おまけにあたしのやり方と何が違うのか、永続的に使える仕様のものもあったらしい。
ついでに魔術師がいなくても、魔力を注入できさえすれば誰でも魔術使い放題というね。
あぶねーじゃんそれ。
もちろん、対策として魔力錠ってのもあるそうです。
……あれ?
それって、なんか聞き覚えアリマスヨ?と、すっとぼけようとしたら、グラミィに『書類入れの封印に使われてましたよね?』と言われてしまったちくしょー。
つーかこの古典文字、よくよく考えれば、あの書類の文章に使われてたわ。
……えー、つまりシルウェステルさんは、結構なインテリで古文書も原文で読めちゃう上に書くこともできて、ついでに遺失魔術の使い手だったらしいっす。
どんだけゴイスなチートなんだあたしの骨は。
つーことは、このローブってシルウェステルさんに押し付けられたトラップ、なんじゃなくって、シルウェステルさんが作った逸品ってこと?
……などと、ちょいと気が遠くなりそうな事実が判明しちゃったりもしなくもないと思うにやぶさかにあらずなこともありましたが。
下手な魔改造をしなければ、古典文字だけでも文章が作れることが判明。
あとは主語と述語と目的語の順番さえ覚えれば、漢文の白文(原文)を作る要領で意思の疎通が可能になりました!わーぱちぱち。
おかげで、『わたし いく そと』ぐらいの意思表示も『私は他出いたします』ぐらいには格上げできたのだ。
しかもこれ、もっとも厳格な文書でも使われる書式なので、貴族階級における敬意表現の差異も文書上はまるっとスルーできるという、おもいがけないおまけつき。
さらに、表音文字な近代文字で記述するより時短な上に、単語の変化には対応しなくていいので、すんげー楽です。
単数形と複数形とか、女性格とか男性格とか中性格とか、格変化の36形式とかいちいち覚えてらんないっつの。
やったね。こっくりさん用紙よ、さらば!
……あ、意思表示をさらに時短するのに、例文集はまだまだ有用です。わざと分厚くした木札をじゃらじゃらまとめた中に、術式化した文字を書いたものをさらっと混ぜて目立たなくさせるってこともできるしね。
それに、発音と単語を一致させるのは重要です。馬たちの耳越しに聞いても何もわかりませんでしたー、というおまぬけなことをやらかすのは一度で十分だ。
「アルベルトゥス、よくやってくれた」
「いいえ、ボニーどのの覚えが素晴らしいのです」
「そうか、さすがはわが弟だな!」
お兄ちゃん感激モードからようやく落ち着いたのか、アーノセノウスさんはアルベルトゥスくんを労った。
いや、あんまり落ち着いてないよねこれ。おつきの人たちは平然としてるけど。
……平然としすぎだよ。職業上の良心ってやつにしても度が過ぎね?
まさか、アーノセノウスさんってば、兄バカってよりバカ兄に近いこの状態がデフォルトなのか?
あたしは戦慄した。
こんな砂糖に蜂蜜かけて練り上げて、ついでにキャラメルソースをトッピングしたようなだだ甘なにーちゃんがいて、よくちゃんと勉強できたな、シルウェステルさん!
偉いよ、こんなにーちゃんにスポイルされずに、曲がりなりにもぶっとんだ成果を出すまで魔術師として研鑽を積んだってだけで、あたしはあんたを尊敬する!努力型チートえらい!
「さて、何から話そうか」
『王都のことを』
砂に書いて見せたとたん。
「シルの願いならば聞かねばな!」
目をキラキラさせて身を乗り出すアーノセノウスさんに、ほんのりアロイスが苦笑してる。でもほんとにダメなやつと見極めをつけた相手へアロイスがとる態度を知ってるあたしには、おそらくアーノセノウスさんはほんとに有能でいい人なんだろう、と思われてならない。
だからこそアーノセノウスさんには、今後グラミィへの反感を抑えて、せめて中立の態度を取るようになってほしい。正直おつきの人や王都に対する影響の大きさを考えると、アーノセノウスさんへの好意を買おうとグラミィになんかしかける人が出てこないとも限らないからなー。
アーノセノウスさんは、まず最初に王子サマのことを話してくれた。
魔術士隊は引き取りが終了したという。心配だったエレオノーラとドルシッラの家、エクシペデンサ魔術副伯爵さんには、アーノセノウスさんが『お話』をしたら、じつにこころよく二人の身柄を預けてくれたそうな。
……いったいどんな説得をしたんだろう。聞きたいような聞きたくないような。
で、現在は四人ともまるっと暗部の情報操作能力の高い人間たちで抱え込み、余計な情報は漏らさぬよう礼儀作法に読み書きのお勉強中なんだそうな。
お勉強苦手っぽかったもんね。アレクくんとかアレクくんとかアレクくんとか。
それはいいんだけど、いいんだけど。……それってもしかして筆跡を入手して、なんかに使う気も満々じゃね?
さすがは暗部。こええ。
問題は王子サマに丸投げをした、ルンピートゥルアンサ副伯に威を借られているボヌスヴェルトゥム辺境伯と外務卿テルティウス殿下の方だ。
先王の第三王子であるお兄さん王子は魔術師なのだそうだが、クウィントゥス殿下との対談の席で負傷した姿で現れたんだそうな。
それも、些細な魔術を暴発させて怪我をしたという、普段の外務卿では考えられないような理由だ。
裏付けも取ったそうなので、怪我をしたこともその理由もすべて真実であるそうだが。いやどう裏付けをとったかとか興味はあるけど訊かないよ?好奇心は骨をも殺しかねんからね。
港湾伯も王都に到着し、王子サマとの面談が終わったのだが、彼もまたどうもこう、いまいち精彩を欠くというか、ピントがずれるというか、どうにも反応が鈍かったという。
……どういうことだろう?
ルンピートゥルアンサ副伯の寄親と、寄らば大樹の陰されてる王族、この二人の不調。
ボヌスヴェルトゥム辺境伯はそこそこいいお年であるそうだが、お兄さん王子の方は、まだ四十代にもならないという。平均寿命が短そうなこの世界でも、いきなりボケるような年ではあるまいに。
だがまあ、どちらもクウィントゥス殿下に頼んだ方向でうまく動いてくれることは了承してくれたという。ルンピートゥルアンサ副伯に向け、着々と王手がかかっている。
港湾伯は王都に出たついでに、しばらく滞在するそうな。
それはいいことだ。王子サマの手が届きやすいところにいてくれるというのは、不確定要素が減る上に何かしら対策が必要なときに意思の確認がしやすいということでもある。
でも何だか、魚の骨が生身の喉にひっかかったような気分だ。
だけど今の状態であたしたちができることは…難しいな。
「さて、ここからはクウィントゥス殿下からの御下問だ。シルよ」
はい、なんでしょう。
「『王都で噂を広めることも、アダマスピカ副伯領にヴィーア騎士団を派遣することも待ちの戦法としては理解できた。お前が指揮をとりどうとでもするがよい』。しかし、『アルボー港は本当に干上がるのか、そしてお前が変えられるのか?』とな」
確かにそこは為政者としては見逃せない問題だろう。
あたしは皿の砂に干渉し、アダマスピカ副伯領からルンピートゥルアンサ副伯領までを立体地図化した。とはいっても、色がないせいでびみょんに枯山水風味だが。
「『ピノース河はユーグラーンスの森の下流で水量が増えていますが、これは低湿地から流れこんだ水のため。いつわりの大河にすぎません』」
グラミィの言葉にあわせて、皿に水を流す。ジュラニツハスタの領地から広がる低湿地には、もちろんそっちがわからも水が流れてきているので、それがピノース河に流れこんでいる。
このあたりのことは、何度か枯山水模型を作って試したことだ。
蛇行しているいくつかの流れと低湿地の土に濾過された水がユーグラーンスの森付近で集まり、ピノース河を一見豊かな流れに見せてはいる。
だけど、それはみせかけだ。見る間に枯山水模型の砂が水とともにピノース河を模した溝に流れ込み、埋め立てていく。
「『この皿の上同様、実際のピノース河も砂に埋められていることでしょう。これが、アルボー港がいずれは使えなくなるというわたしの推論です。そしてわたしができることは、ピノース河下流からアルボー港にたまっている砂を取り除くくらいのことです』」
「どうやって、かな?」
「『アダマスピカに助力を願います』」
ピノース河とロブル河が分岐する箇所にとん、と枝を立てる。
「『さいわい、季節は冬が近い。これまでピノース河に流れていた水もロブル河に流したとて、こちらも低湿地が広がっているばかり。港湾伯の領地にもさほど被害は出ないはず。低湿地から流れ出る水だけならばなんとでも。まずは低湿地との境に杭を打ち、それ以上土砂が流れ込みづらいようにしたうえで、砂を掘り上げるなりフリーギドゥム海に流しだしてしまうなりすればよいのです。そうすれば、今しばらくはアルボーも港として使うことがかないましょう』とのことにございます」
グラミィにしゃべりきってもらった後も、誰も口を開こうとはしなかった。
……えーと、話が大きすぎました、かね?
アーノセノウスさんもなんだか茫然としているし。
「シ、シル。お前は……」
はい、なんでしょう?国家レベルの土木工事と思えば、王都を作るよりも簡単だと思ってたんですがねえ。
「なぜそのようなことを思いつける。死の門をくぐったお前は、いったい何を見たのだ?」
……別にチートスキルをくれそうな女神にゃ会ってないんだけどなぁ。
じーさんとかショタな外見の神様にもだ。
今からでも会えるんなら、誠心誠意助走をつけてフルスイングをたたき込みにいきますよ?釘バットで。
もしくは、いかにしょーもないことしいのいらない子なのかを存在していてすみません消滅しますので許してくださいと泣いて謝るレベルまでチクチクつつこうかと。
〔ボニーさんってばそういうところは、あいかわらずひどいんですねー〕
こんな異世界で骨や婆やってる、あたしやグラミィの方がよっぽどかわいそうでしょー?!
まだまだ悪巧みは侵攻中です(誤字にあらず)




