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石と毒薬

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

 バルドゥスが王都に戻って数日後のことだ。

 馬車と荷馬車を引き連れて、アロイスがお屋敷にやってきた。カシアスのおっちゃんの副長さんであるエンリクスさんもいっしょだ。

 たまたま外にいたおかげで、あたしたちもわりと早くから馬車の音に気がついた。おかげで顔を隠すのは十分間に合ったが、一隊が迷い森の結界に入る前、一番最初に音とも呼べない音に反応したのは、やはりと言うべきかヴィーリだった。

 本日もヴィーリ感知は絶好調である。


 荷馬車を走らせてきたのがバルドゥスだったのがちょっと笑えた。何にも変装らしい変装をしてないのに、いつもの着崩した騎士隊のかっこで違和感がないとかね。

 や、とあたしたちに手を挙げると、そのまま勝手知ったるとばかりに、お屋敷の裏手に荷馬車を回してく。今日はやけにだんまりだね。


 ……。


 荷馬車と入れ替わりに、車溜まりに止まったのは馬車だった。

 降りてきたのは御者台にいた、ちょっとあやしげな小柄な男性と黒ローブさんだった。


〔なんかボニーさんに似てますね〕


 似てるとこなんて、フードを深くかぶってるってのと、性別不明な外見だけじゃないの?

 あれだけすっぽり顔を隠してるあたり、なんか訳あり、ってところは似てるのかもしれないけど。

 

 人数も増えたことだし、とりあえずお茶の準備でも、と思ったんだけど。

 あたしやバルドゥスが動くよりも早く。


「いえいえ分隊長や副長どのらに雑用など。わたくしがいたしましょう」


 小柄さんがそう言うやいなや、さくっと両袖の肩口にあったスリットに腕を通した。

 へろんと垂れ下がった袖を折り返すと、袖口につけていた紐で首の後ろで手早く縛る。

 ……へー。袖口がびろーんと長い服でも、たすき掛けみたく邪魔にならないようにする手段ってあるんだね。

 しっかし、年齢がいまいちよくわからんが、動きの速い人だなー……。


〔……なんかネズミっぽい人ですね〕


 どういう評価かい。


〔じゃーボニーさんはどう表現するんですかっ?〕


 えらく腰の低い人。


 服装の発展形というやつはむこうの世界でもちょいと学んだことだが、基本形ができると身分が上の人ほど上質な生地や飾りで差別化を図るものらしい。

 もう一つの差別化としては、富裕層になればなるほどひだひだやフリルをたーっぷり取って、飾りにも生地を大量に使うデザインのものを好んで着るようになるというものだ。

 当然、服は重く動きづらくなる。だがそれがいい。

 富貴な者は自ら動かず人を動かすものであるからだ。

 動作もせこせこしてるより、ゆったりした方が権威づけに重みが出るというのもある。

 逆に、下働きをする人は身軽に動ける薄着になる。時代によるが、丈も偉い人に比べて短くなる傾向があったようだ。

 これは利便性だけじゃなくて、使われてる布地が少なければ少ないほど服が安くなる、という経済的な都合もあったようだ。


 そういう観点で見るとだね。

 使用人用の食堂に、しゅたたとティーセットを持ってきた彼は、上衣も飾りこそ少ないが、袖丈も着丈もやや長めで生地も良いものを着ている。このあたりも王子サマたちの服を見てなかったら、わかんなかったことだろうけど。

 腰回りにいくつもつけた袋がなんか浮いてるが、そこそこ身分が高いか頭脳職系、なんじゃないのかな。

 そーゆー人が、わたわたと手を出そうとしていたローブくんも座らせて手際よく茶を注いでるところを見ると、腰が低いなんてもんじゃないくらい低いぞ。


「ご挨拶代わりに茶を持って参じました。わたくし手製のものですが、出来は悪くないかと存じます。どうぞお召し上がりを」


 口上とともに、あたしのぶんまで注がれたのは、薬草茶かな?


〔結構いい香りですねー。ヴィーリのお茶とタメはるくらい〕

「早速にかたじけない。ありがたくいただこう」


 グラミィが手を伸ばしたそのときだ。彼はにこやかに言い放った。


「あ、お飲みになる前に一言。申し遅れましたが、わたくしのことはどうかタクススとお呼びください。しがない毒薬師でございます」


〔……ゑ?〕


 グラミィだけでなくカシアスのおっちゃんの指も止まった。


 その反応を予測していたのだろう、ニヤニヤしながらタクススは言う。


「ああ、ご懸念なきように。もちろん、毒など、って、えええええ?!」


 驚きの声を上げたのも無理はない。

 お面状態にかぶった黒布の下に差し込んだカップを、あたしが一気に呷ったのだ。


 ごっくん。(ただし見かけ)


 とん、と空になったカップを置いたところで、通訳をよろしくグラミィ。


「……『たいそううまい茶を馳走になった』だそうじゃ」


 グラミィが笑いをこらえている。

 まあそうだよねー。あたしに毒は効きません。

 ついでにいうと、お茶は確かに口の中……というか、顎の骨の中から頸椎の前経由で胸骨の中に流しこんだけど、今は水球の魔術の応用で、胸骨の中にふわふわ浮かせている。

 まわりじゅうびしょ濡れにはできんもの。


 口をあんぐり開けていた毒薬師は、居住まいを正すとあたしに頭を下げた。


「大変ご無礼を申し上げました。いやはや、参りました。まさかわたくしの名乗りをお聞きになって、なお即座に茶を飲み干されるとは。お熱くはなかったでしょうか」

「『いや。わたしも言い遅れたが、このような身なのでね』」


 ひょいとローブの頭巾を引き下ろして向き直ると。

 ……さすがに顔がひきつってやんの。やーい。


〔なにいたずら返ししてるんですか〕


 いーじゃん、やられたらやり返すのがあたしだ。ただし何倍返しにするかは気分次第だけど。

 でも、巻き込んじゃった黒ローブくんがびくっとした上におどおどしてるから、もうやんない。


「『毒薬師というならちょうどいい。タクススどの、わたしにどのような毒が使われたのか、教えてくれぬか?』と言うておるが」

「……ご無礼いたします」


 グラミィの言葉に、タクススさんはプロの顔つきになってあたしの頭蓋骨を凝視した。

 いやん。そんなにまぢまぢと熱い目で見られても照れるんですが。


〔覗き込まれてもボニーさんは骨じゃないですかー〕


 グラミィがばーちゃんなのとおんなじだね。


〔う。……やめましょーよツッコミのクロスカウンター〕


 う、うん。まあちょっと自分でもむなしさを感じたりそうでもなかったり。


〔それに、ひょっとしたらボニーさん、もしかしたら、生身だったとしても同じことをやらかすつもりでしたか?〕


 あ、バレてた?


 毒ってね、あたりまえだけど体内に入らなきゃ効果は出ないのだよ。

 つまり、闇討ちの手段にされたらこれほど恐ろしいものはないが、毒使いだと名乗って正面討ちを仕掛けてくる手段がお茶とか。飲む前にご丁寧に名乗るとか。

 あまりにも迂遠すぎるのだ。

 タクススさんが敵で、室内のこの状態で毒使いと名乗るんなら、……そうだなー、気体化した毒でも使って、全員が罠にかかったことを確かめたうえでの勝利宣言にしかできん。

 つーかそれは同じ室内にいる自分自身も毒をくらってますってことですがな。なにその自爆戦法。

 つまり、どう考えても、これはタクススさんのお茶目にすぎない。

 何より無表情を取り繕ってるアロイスの、口元がぴくぴくしてるとか。どう考えても笑いをこらえてるようにしか見えんでしょ。


〔そりゃ理論的には正しいのもわかりますけど。もしあのおっさんが毒じゃないものと思わせられて毒を仕込まれてたら、その場合は油断したところに自主的に毒飲んで無駄死にってことになりますよ?もちょっとボニーさんも自分を大切にしてください、ってことです〕


 お、おう。わりとストレートに心配してくれてたんだ。

 専門家に毒を仕込むってかなり大変だと思うし、一応、安全策はあるんだけどね。

 ヴィーリが淡々とお茶に突っ込んでる葉っぱね。

 あれ、毒に反応すると色が変わるんだって。


〔……ならいいですけどー……〕


 心話での解説を知らない毒薬師は、診察を終えると一歩引いて礼をとった。


「わたくしの診立てでは、毒を使われた形跡はおそれながらございません。わたくしの未だ知らぬような毒があるのやもしれませんが」

「『そうか』」

「わたくしの言葉を、お疑いになりませんので?」

「『タクススどのは、疑われるのがお好みかな?』」

「いえ。ですが、疑われるのに慣れすぎておりまして。根拠も何もなく信じていただけるなどという状況は、どうも落ち着かぬのですよ」


 自嘲の笑みは、きっと疑われ続けてきたからこその本心だろう。

 ひょっとしたら、その言動も格好も、わざわざうさんくささを印象づけるためのものかもしれない。

 けれど。


「『わたしは疑わない。少なくとも、タクススどのは自分ではわからない毒があるかもしれないという可能性を素直に告げてくれた。自身の知識が完全ではないかもしれないと、わからぬものはわからぬと告げくれしそなたの、薬師としての良識と判断を賞賛する。その謙虚なまでの真摯な姿勢を信じずに何を信じればいいのか』」


 だいじょぶ。きみくらいのひねくれかたならバルドゥスに比べたってだいぶ素直だ。

 さっきからずっと笑いを噛み殺してるアロイスに比べたら、ひねくれ作法アマ白帯以前なくらいだよ。


〔たとえが翻訳しづらいですボニーさん!〕


 まあ適当によろしく。


 こめかみを抑えながらグラミィが伝えるとアロイスは爆笑し、怒るかなと思っていたバルドゥスはぽかんと口を開けた。


「……隊長が腹の底から笑うなんざ、ランシア山が引っこ抜けるようなもんでさあ」

「そうでもないぞ」


 カシアスが鼻を鳴らした。


「こいつは存外人を揶揄(からか)うのが好きでな」

「いや、それはイヤというほどわかってますがね。隊長が笑う時なんぞ、せいぜいが落とし穴を掘って嵌めた相手にニヤニヤしながら砂を上からかけて遊ぶくらいです。大笑いなぞしませんや」

「そうか……」


 溜息をついたカシアスのおっちゃんは、なぜかバルドゥスとがっちり握手した。どういう共感だそれは。

 つーか、意外なところであんたも苦労してるんだね、バルドゥス。


 ……?

 何かがひっかかったが、それはおっちゃんたちの会話に遮られた。


「ということは、タクススどのはアロイスにも仕掛けたのだな?」

「ええ、ちょいとしたご挨拶でしたがね。クウィントゥス殿下の御前でしたのに、卓の反対側まで一瞬で詰めてこられてコレですよ」


 とん、と指先を揃えて首筋に当ててみせる。

 アロイスのことだから、小剣の抜き身でも突きつけたんだろうな、きっと。


「挨拶には挨拶を返すのが礼儀というものでしょう?そのまま茶に口はつけましたよ?万が一にでも異変を感じたら、そのまま切り捨てるところでしたが」


 ……やっぱ、ひねくれ度合いはあんたが一番だと思うよ、アロイス。


 タクススは優秀な薬師なのだそうだ。だが、人体における薬理作用を研究しているうちに毒物にも手を出すようになった。らしい。

 毒も使いようで薬に、薬も毒になる、ってことの科学的な解明をしようとした、ってことかな。まあ生体実験とかしだしたら小動物を殺して回る怪しい人にしか思われないか。

 そう考えると、おそらくは奇矯な言動も、毒物に傾倒しているうちに、他人を寄せ付けない自衛策として身に着けたものなのだろう。

 アロイスがほんのりにおわしたところによれば、やっぱりアロイスの所属する国の暗部の一員らしいし。

 やたらとあたしに丁寧に接するようになった理由はわからんが。


卒爾(そつじ)ながら間近にお顔を拝見いたしました際、歯が濡れていましたこと、茶の香りがすることを知りました。そのような御身体でありながら不自由なく動かれるほどの魔術師でおられるならば、わたくしの茶なぞ、飲まずとも飲んだふりもなんとでもできましょうに」


 それをわざわざ飲み干した上に、ありがたきお言葉を頂戴いたしまして感謝申し上げます、と深々と頭を下げられた。

 ……えーと。そこまで感じ入られるというのもなんだか気恥ずかしいものがあるなぁ。


〔暗殺よりも褒め殺しが上手な人なんですかね?〕


 うっさいよグラミィ。

 

 さて、タクススさんはグラミィに毒物の知識を教えてもらう人材、ということになる。ぜひともヴィーリともどもタクススさんとはきっちり情報共有していただきたい。


〔ちょっと苦手かもしれないですー。めっちゃ癖が強そうな人ですし〕


 わかりにくい冗談が好きな人なんだと思っておけばいいんじゃない?

 あたしとしてはアダマスピカ副伯領への同行も頼みたいくらいだよ。目はいくつあってもよいものだ。いい目とあればなおさらだ。


〔……〕 

「そちらの方は、なんとお呼びすればよろしいかの?」


 ……逃げたな、グラミィ。


 黒ローブさんは、礼儀作法や文章の読み書き教授方、ということになるのだろうか。

 ふつーの魔術学院かなんかから講師を引っ張ってくるわけにはいかない以上、この人も暗部に所属しているのかね。

 ……だけど。


「彼はアルベルトゥスと申します。顔をお見せせよ」


 アロイスの命令におずおずとフードを取った顔に、グラミィはちょっと目を丸くした。


 現れたのはまだ幼さの残る少年の顔だった。それも、半ば石化した。

 石仮面を三分の一ぐらい、縦割りにして砕いたのを張り付けたような、その顔だけじゃない。

 髪の一部も、グラスファイバーを束ねたように質感が変わっている。

 だが、問題は外見だけではないだろ、これ。


「……アルベルトゥスどの、『顔と、その髪をよく見せて欲しい』と、ボニーが言うておる」

「ボニーどの、とおっしゃるのは……」

「その骨じゃ」


 アルベルトゥスくんはおずおずとだったが、素直にあたしの近くに寄ってきて見せてくれた。


 何度も繰り返すが、あたしの視覚は魔力(マナ)知覚の応用みたいなものだ。ふだんはそれこそ裸眼視力なみの雑さに抑えているが、それは単に情報過多に陥って処理がしんどいからだ。

 それでも、ローブのフードで隠してた上から見ても気になるほど、アルベルトゥスくんの魔力はいびつだったのだ。


 髪を払い、患部を露出してもらった状態で、あたしも魔力知覚を集中させ、精細な魔力の流れを追いかけた。

 ……石化してんのは、髪や顔だけじゃないなこれ。左手、胴体、足にも石が散っている。

 しかも、そのせいで。


「『その状態になってから、倦怠感、疲労感はないか。もしくは以前よりひどくなってはいないか』じゃと」

「え、ええ。あ、はい。その通りです」

「……失礼ですが。ボニーどのは、アルベルトゥスどのがなぜこのようなお姿になったのか、もしや一瞥なさっただけでおわかりなのですか?」


 いんや、全く。

 薬師の顔になったタクススさんに、あたしは頭蓋骨を振ってみせた。

 だけど、わかることはある。


「『おそらくその倦怠感は魔力欠乏によるものだ。石化した部分に生身の魔力が吸い取られている』」


 魔術師は魔力タンクにするために髪の毛を伸ばす。そして、魔力の多い魔術師ほど髪がキラキラしているというのが当然だ。

 ま、これは魔力が知覚できる魔術師同士にしかわからんことなんだけども。

 だけどね、その輝きが魔力であるとわかってると、疑問ができるのだ。


 なんで、貯蔵してる魔力がタンクから勝手に出てんのさ。それも知覚できるくらい大量に。


 ちょっとした謎だったんだが、魔術の練習をしてたグラミィを見ていて、ふっと思いついた。

 髪の毛を単純な魔力タンクと考えるから、矛盾が生じるんじゃないかって。


 エレオノーラによれば、魔術師の中でも貴族は幼児期から魔力量を大きくする訓練をしているという。魔術学院ではどうだかは知らない。だがまあなんらかの方法で魔力量を増やそうとはしてるんだと思うよ。髪の毛伸ばしたりとか。

 グラミィだって、ヴィーリ方式で魔力量を増やしている。

 だけど、同じ期間同じやり方でやっていても、魔力量が増えたのは圧倒的にあたしの方が多かった。

 その理由は、別に努力や資質の問題じゃないと思う。

 あたしが生身じゃなかったからだ。

 

 周りの大気や日光から魔力を吸収してアホみたいにだばだばと溜め込んでた時に、ヴィーリにこれだけは注意するようにと言われたことがある。

 無理を絶対しないこと、魔力の流れを自分の内部と外部で断ち切らないこと。

 自然に流れ出している魔力を止めてしまうと、魔喰ライになってジ・エンドだって。

 だけどね、骨なあたしならまだしも、生身で魔力の流れを断ち切るってほぼ不可能だと思うのよ。言ってみれば無意識にやってる呼吸や新陳代謝を止めろっつーのに等しいんだもん。

 じゃあ、ためすぎた魔力はどこへ行くのか。

 あたしになくて、グラミィたち生身組にある魔力タンク……。

 あるじゃん。髪の毛ってのが。

 

 つまり、生身の魔術師にとって、自身の体内の蓄積できる魔力量は限られているし、ずっと蓄積できているわけではない。魔喰ライでもない限り、どんなに大量の魔力を外部から取り込んでも、ためこみきれない魔力は放出するような安全弁が存在する。その一つが魔力タンク兼任の髪の毛ではないかと推測したわけだ。


 ほんでもって、アルベルトゥスくんの石化した部分とそうでない部分の放出魔力量だけを、比較してみたところ。

 石化した部分からは太陽のフレアかって勢いで一定の魔力が噴出していた。

 ただし、熱は感じない。

 一方、石化してない皮膚から感じられるのは、かなり弱弱しい魔力だった。それこそ動きも勢いも、魔術士隊の面々と比べてみてもあまりない、カシアスのおっちゃんぐらいに少ない魔力量。それでも熱だけは人肌レベル。

熱と氷、流れとよどみの一体化。

 おそらく、アルベルトゥスくんの安全弁は暴走している。


 石化している部分は言わば負の魔晶(マナイト)だ。魔力を溜め込むのではなく、アルベルトゥスくんの体内から吸い上げ、外部に排出しているのだろう。

 そして魔力減少が倦怠感をもたらすのは、あたしが自分の身…つーかシルウェステルさんの骨をもって体験している。

 あたしはそれでも短期的な魔力減少だったからまだいい。長期的な魔力減少がなにをもたらすのか。断言はできないけれど推測はできる。

 保有魔力量の多い魔物は身体能力と知能が上昇し、ついでに体格まで大きくなった。

 少なくなれば、つまり逆のことが起きるんだろう。

 身体能力は下がり、身体も大きくなれず、そして思考能力も、おそらくは寿命も。

 

「わたくしの毒も薬も生身の人に効くものでしてねぇ……」


 タクススさんが首を振った。さすがの毒薬師も打つ手がなかったのか。そりゃ原因がわからなきゃなぁ。


〔なんとかなりませんか、ボニーさん?〕


 なんとかって。

 石化してんのをどうにかしろって?

 そもそもあたしだって石化した原因なんぞわからんのだし。


〔ひょっとして、バジリスクとかに睨まれたり、とか〕


 いや、それは違うと思うぞグラミィ。

 そりゃあ、この世界にどんな魔物がいるのか、あたしはまだほとんど知らない。

 それでも生身の相手を石化させるようなことができるかというと、たぶん無理だろう。

 生物、特に動物の持つ魔力に干渉することが死ぬほど難しいのは、ギリアムくんの治療の時に大騒ぎしたから覚えてる。

 そして人間は霊長類っぽいサル系魔物から進化したとおぼしき存在。たいていの動物より魔力量が大きい。ということは、干渉できたとしても、普通の生物相手にするより、もっと難しくなる、ということだ。


〔じゃあ、どうしてこんな…〕

「皆様、お気遣いありがとうございます。ですが、この身体もぼく、いえわが不徳の結果にございます」


 色をほとんど感じない声だった。口を開いても石の部分は当然のことだが動かない。表情は不均衡にひきつり、声も一部不明瞭だ。だが不思議と室内にいるすべての人間の耳に届く声だった。


「わたしはさほど長くはございません。この国に係累もおりません。御用がお済みになりまして口封じなさる際も、どうか御懸念なきよう」


 ……。


 …………。


 ……………………。


 ……こ、い、つ、はー……。


「アロイス。お前、こやつをどう言いくるめて連れてきたのだ」

「人を人買いのような言い方をせんでくれ。俺はちゃんと文字の読み書きが教えられる人間をというボニーどののご要望を殿下にお伝えしたぞ。殿下がアルベルトゥスにどう命じられたかは知らんがな」

「殿下に責任を転嫁するな!」


 ぎゃいぎゃいと人前で口喧嘩するなよ隊長ズ。

 あたしはコツコツと指の骨でテーブルを叩いてやった。


「これは、失礼をいたしました」

「アロイスがとんだ醜態をお見せしまして」

「んな」


 はいそこ静かに。注意は二度目だ。

 

「『アルベルトゥスに訊ねたい。そなた、死にたいのか?生きようとあがかぬのは早々と幽明境を異にしたい理由でもあるのか?』」

「……望まずともいずれそうなりましょう。人は死ぬものです」

「『わけもなく、生きながらすでに死んでいるそなたが、さらに死ぬのか?』」


 ばっさりと切って捨ててやったとたん、彼の目が昏く光った。


「失礼ながら、あなたにわたくしの何がおわかりになりますか」

「『ならばそなたにわたしの何がわかるのか。人交わりもならぬ死者の身と成り果てながら、その故もわからぬ。この惑いがわかるのか?このような身となっても、骨が砕ければ痛みもする、人と争えば失われたはずの心さえ血を流す』」


 頭蓋骨だけでなく、隠していた腕の骨も剥き出しにして、ずいと突きつけてやれば、アルベルトゥスくんは微かに息を呑んだ。

 

〔何そんなに怒ってんですか、ボニーさん?!〕


 あたしが苛立ってんのは、彼が諦めきってるからだ。

 そりゃあ見た目のせいで周囲の人からドン引きされるってこともあるのだろう。魔力欠乏で身体がしんどいせいもあるのだろう。

 だけどな。生きてる人間に目の前で生きることを諦められてみろ。生き返りたい一心で動いてる骨身なあたしの立つ瀬がないってもんじゃないかね?

 見も知らぬ人間を必要だからと殺し、これから先も必要であれば被害を出す、その覚悟であたしがこれまでこの世界でやってきたことは、いったいなんなんだっつーの!


「『わたしとそなたが最も違うのは、そなたが、まだ生きているという一点だな』」


 あたしは立ち上がると、硬直した彼の頭に手を伸ばした。

 水晶の針のように石化した髪に指の骨を絡めると、放出魔力を軽く増やす。


「何をするつもりじゃ、まさか」


 黙ってなグラミィ。

 魔力が足らないなら、増やせばいい。

 生身の魔力に干渉できないのなら、無機物と化したものに干渉すればいい。

 魔力を排出するというなら、欠乏している生身に取り込ませればいい。

 あたしの覚悟をたかだか死を悟ったくらいのことで全否定させてなるもんか。

 それくらいなら、彼の諦念をあたしが全否定してやる。

 魔力を発散する魔晶だって、最初は濃い魔力があってこそ凝集する。ならば周囲の魔力をより濃いものにしてやったなら、発散の代わりに吸収するんじゃなかろうか。

 そしてあたしは生身のグラミィから魔力をもらった経験がある。体外に放出された魔力を吸収し、凝縮し、そして放出した経験がある。

 ならば、できることをやってやろうじゃないの。


 触れた石の髪から放散される魔力とあたしの魔力が押し合う。拮抗した圧力が風となり周囲に散る。あたしとアルベルトゥスくんのローブがばさばさはためく。だが逃げ場はない。とっくに360度あたしの結界で取り囲み済みだ。

 するりと外へ向かう彼の魔力を捉え、石化した髪に押し込み、さらにあたしの魔力を押し込もうとする。放水用のホースを両側から蛇口に繋いだようなものだ。だがもちろんこのままでは問題解決にはならない。

 圧をかけたまま、あたしはもう片方の手の骨で、さらにアルベルトゥスくんの頭を包み込んだ。

 じかに触れてわかったが、頭皮や毛根から石化しているわけじゃなく、途中から石化している髪がある。これならうまくいくかもしれない。

 あたしは魔力のバイパスを石化した部分から生きた髪にと伸ばした。ただし、静脈をイメージした弁つきのものだ。万が一にも生身から石化した髪へ魔力が逆流しないように。

 その上で、バイパスを開き魔力を生きた髪へと流す!

 魔力タンクである髪に流れがつながってからも、あたしはしばらく手を放さなかった。他人の魔力は馴染みが悪い。そのことはグラミィから魔力をもらってた時にイヤってほどよくわかったことだ。

 いくら石から噴出していた魔力が、あたしのもの同様に熱がなく放出という動きをもつものであってもだ。


 どのくらいそのままの状態でいただろう。

 気がついた時には、あたしの両手の骨にアルベルトゥスくんの手が重なっていた。

 あたしの魔力はストレートに石の髪へと流れ込み、石化した部分の魔力は、生身の髪へと流れ込んでいた。バイパスを通じて。


〔ボニーさん、ボニーさん!〕


 心話でわめくな、そして結界をがんがん叩くなグラミィ。


〔言ったそばから目の前で無茶して、そのくせあたしに心配もするなって言うんですか!〕


 ……そういうつもりはなかったんだけどなー……。

 すまぬ、グラミィ。

 結界を解除して魔力を収めると、あたしは元の椅子に座り込んだ。……あー、疲れた。


「骨どの、アルベルトゥスどの、いったい何を…」


 えー。説明すんのもしんどいんだけどな。


「ぼくにも、よくわからない術式でした。ですが、ボニーどのが下さったのは、時間です」

「時間だと?!」

「ええ、驚くほどぼくの魔力量が増えています」

「……『増やしたわけではない。水漏れする皮袋にさらに水を注いだようなものだ。幾分の応急措置はしたがな』だそうじゃ」


 そうだよー。あたしがいじったのは髪だけ。全身に散ってる石化した部分からは相変わらず魔力が駄々洩れてます。

 それでも時間稼ぎができることはわかった。

さて、アルベルトゥスくん。きみはそれでもすべてを諦めたままで死んでいくのを待つつもりかな?


 その見た目でドン引きどころか差別されることだって、もちろんあるだろう。残念なことに自他の差異をことさらに取り上げて騒ぎ立てる性質が人間には――どうやらこの世界でも――あるらしいからね。

 もっとも人間はそういうことを繰り返してきた。むこうの世界の人種差別なんかあれ、古典文学作品読むとめちゃくちゃヤバいからね。オランウータンとアフリカンの従者を同一レベルで扱って『冗談』で流すとか。読んだ時には唖然としたもんだ。

 あたしが唖然とすることができたってことは、時代が変ったから認識も変化しているから、なんだろうけど。

 だったら、この世界でだって、認識なんて変えるよう操作することができるんじゃなかろうか?


「『わたしはこのような身体だが、それでも消滅したくはない。取り戻したいものも多い。また友人と呼べる存在もいる。アルベルトゥス、そなたにはそのようなものはないのか。注げば魔力は増えるとわかった。枯渇というおそれが遠ざかった今、それでも死にたくないとは思わぬか。友人と呼びうる相手が欲しくはないか?』」

「……はい。はい!はい!!」

「『ならば、ともに精一杯あがこうではないか。おのが命を磨り減らすにしても、やりようというものがあろう。この世が運命(さだめ)牢獄(ひとや)というならば、牢番に一杯食わせてやるのも一興というものだろう?』」


 こくこくと頷くアルベルトゥスくんの生身の目から、一筋の光が溢れ、流れ出たのには、誰もが気づかないふりをしてやった。

骨っ子「むしゃくしゃしてやった。後悔はしてないけど……(グラミィを見て)ちょびっと反省はしている」

裏サブタイトル的には「悪だくみ準備中(その5)」ってことになるんでしょうが、あまり悪だくみ要素ないですね。

そして、新キャラたち登場です。

『石』ことアルベルトゥスくんはともかく、『毒』のタクススさんが書いてるうちにどんどん癖者になってきたのがなんとも。

バルドゥスとどっちがいい性格なんでしょうかね?


タクスス・バルドゥス「「アロイスどの/隊長にはかないません」」

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