表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/372

中間報告

本日も拙作をお読みいただき、ありがとうございます。

 王族仕様のこのお屋敷で、主賓が食事をする部屋というか、広間が豪華でないわけがない。

 ……それはいいんだけどね。

 豪華っつー定義にバカでかい食卓の存在が入るのはいかがなものかと思われる。

 まあ、あのキングサイズ皿のことを考えると、あれが置けるような食卓にはそれ相応の大きさが必要ってのもわかるけど。端っこと端っこで会話が届かなそうな距離とかなんなのさ。

 当然、部屋自体もバカでかい。食事もできないあたしも入れて、今このお屋敷には四人しかいないってのに。

 ナニコノ空間の無駄。

 そんなところへいちいち食事を運ぶのもなんだし、ということで、カシアスのおっちゃんとグラミィたちが話しあった結果、人数が増えない限りはもーちょっと狭いお部屋で食事をしようということになった。

 貧乏性と言わないでいただきたい。

 あのだだっぴろい広間で、もそもそかたまって食事すんのも味気ないし、おまけに厨房から遠いせいで食事が冷めるだろうし。

 その点、ヴィーリを問い詰めたティールーム的なお部屋は手ごろな広さで、おまけに厨房からもほど近いのだが、万が一にも汚すと後始末が大変そうだと意見が一致した。

 そんなわけで、生身組三人は、厨房脇の使用人用の食堂っぽい場所へ料理を運んで食べている。

 あたしは食べられないけど、ついでだ。


〔意外に、このきのこスープおいしいですね。色がスゴいからどうかなーと心配してたんですけど〕


 ……それは、味じゃなくて毒の心配じゃないかね、グラミィ?まあ食べられてしかも美味しいんならなによりだ。


 満足したのか、生身組が食後のハーブティ(これもヴィーリが森で摘んできた香草だ)を飲んでる最中に、不意にヴィーリが頭をもたげた。

 野生動物のようにシャープな動きだ。


「誰か来た」

「アロイスか?」

「木々に迷わされている」


 ……つーことは、魔力を認識させたアロイスじゃないってこと?

 いやあセキュリティいらずですよ、一家に一人一ヴィーリ(何)。


「……山の岩屋でわたしに何かと話しかけてきた人間のようだ」


 誰やそれ。


「それがしも出てみよう」


 部屋を連れだって出てったヴィーリとカシアスのおっちゃんは、もう一人連れて戻ってきた。


「や、これはどうも、グラミィどのと骨どの」


 なんだ、バルドゥスじゃん。

 ということはアロイスからの伝令役かな?お疲れさん。


 まだ残ってたパンとかまどの灰に埋めて焼いてあったマールムをおっちゃんが出してやると、バルドゥスは豪快かつ下品にかっくらいながら話しはじめた。ティールームに通さないで正解だったなこれ。


 シルウェステル・ランシピウス師の死亡を確認したと、ルーチェットピラ魔術伯爵家が当主マールティウス・ランシピウスより国王に奏上したということ。

 これで愛しのマイボディこと、シルウェステルさんの死亡は公的な事実となるわけだ。南無。


 王子サマことクウィントゥス殿下が、ボヌスヴェルトゥム辺境伯と外務卿テルティウス殿下に書信を送りつけたとのこと。

 丸投げしたお仕事をさっそくやってもらったようで、ありがたい。

 王子サマが家の取り潰しをあたしたちに命令してきたルンピートゥルアンサ副伯家は、交易港であるアルボーを領都としている。

 その立地条件のせいで、ルンピートゥルアンサ副伯爵は、直接の寄親であるボヌスヴェルトゥム辺境伯だけでなく、外務卿殿下の庇護も受けているのだという。

 先王の第三王子だという外務卿にしてみれば、国外との接点を自分の手でぎっちり握っておくのに、ルンピートゥルアンサ副伯爵に若干の飴を与えてるってことなんだろうし、ルンピートゥルアンサ副伯にしてみれば、外務卿には辺境伯の、辺境伯に対しては外務卿の庇護を受けてるってことで、両方からいろんなお目こぼしを狙って受けてる二重庇護ってことなんだろうな、これ。

 ダブルで虎の威を借りる狐とか、変なところは頭が回ることで。

 けれど、それはつまり、ルンピートゥルアンサ副伯家を政治的に叩くためには、この両方の庇護を断ち切っておけばいいってことでもある。

 というわけで、ボヌスヴェルトゥム辺境伯と外務卿、つまり王子サマのお兄ちゃんにはシルウェステルさんが入手したルンピートゥルアンサ副伯家の裏切り情報を早急にチクっておく必要があったのだ。

 外務卿にしても、国外との交易やら外交やらの窓口になっているルンピートゥルアンサ副伯家を庇護して生じるデメリットは早く潰しておきたいだろうという老婆心、というか骨心でございます。

 

 というかね。

 下手すると港に被害が出るような案を飲んでもらうためには、ルンピートゥルアンサ副伯に対する庇護を打ち切らせるだけじゃ足らんのだ。

 衝撃的な情報をぶつけたところで、そこでさらに行動指針を提案した上に、それを実行しなかった時のデメリットとした時のメリットを呈示したりとか、さらに国の重鎮ズと交渉を行う、なんてことは、骨のあたしにゃ荷が重すぎる。将来的にはアルボー港自体が使えなくなるという情報だって、生身でないってだけで信用されづらい気がする。

 身分的にも、策謀特化型頭脳のデキ的にも、王子サマが最適任なのだ。


 まあ、王子サマといえど、王都にいるお兄ちゃんと連絡をつけるのは比較的簡単なんだけども、領地に帰っているボヌスヴェルトゥム辺境伯との交渉は、まず最初に会談しようって連絡を取るのもちょいと大変だそうな。距離が離れてるから当然ですな。

 そんなわけで外務卿の方はまだしも、辺境伯との交渉の成果が出るには時間がかかるそうだが、まあそれはしょうがない。相手はいわゆる有力貴族っぽいし。鳥便なんて簡易で格式のない、らしい手段で呼びつけられるとも思えないし。


 そーいや、聞いたことなかったけど、今のボヌスヴェルトゥム辺境伯ってどんな人?


「公平であろうとなさる方だ」


 ……その表情の苦さより、正義を重んじる方、という表現でないあたりが、内心をよく暴露してるぞおっちゃん。


 つっこんで聞けば、もともとボヌスヴェルトゥム辺境伯爵家は、王国の北に位置するフリーギドゥム海に面した巨大な領地を有する大貴族であったという。

 別名『港湾伯』。

 ベーブラ港を領都として栄えていたころに、腹心だった男爵家に副伯爵位を与えて重要な土地の管理を任せた、というのがルンピートゥルアンサ副伯家のもともとの起こりのようだ。

 ……子孫はダメダメのグズグズですがね。

 まあ、当代の港湾伯が、一人二人の騎士をつぶしても副伯家の意志を通す人だというのは、アロイスとカシアスのおっちゃんの話でわかった。

 つまり、善悪の判断よりも損得の計算で動く人物。

 いや貴族としては正しいんだろうし、交渉相手としてもそれほど悪いと思えない。

 正義とか悪という倫理基準は、突き詰めて言うなら大義名分、ないしは共有しやすい個人的な価値観に過ぎないとあたしは考えている。

 その個人的な好悪より、辺境伯として抱え込んでる中小貴族間の調整を優先したということは、組織運営能力はあると見ていいだろう。

 とはいえ、港湾伯とアロイシウスとの仲も今はそんなによろしくはないという。


「あの豚はアダマスピカ副伯家名代を名乗り、一応辺境伯に恭順する姿勢は示しているが、御領主様や若様の頃ほど重用されていない」


 ……あー、まあ、一時は自分ちの家宰にまで引き立てた、御領主様の息子と、その潜在的敵じゃあねぇ。

 港湾伯的には、比較すればするほどイラっときてもしょうがないか。

 おまけに見捨てた格好になったアロイスが王子サマに重く用いられてるとか。さぞかし胃にクる事態だろう。


 ちなみに、アロイシウスを豚っつーのは悪口じゃなくて比喩の問題に近い。

 騎士団王都本部の入り口ですれ違った時に、こっちを睨みつけてった金髪リアルオークが、まさかアロイシウス・アウァールスクラッススご本人とは思わなかったけどな。

 カシアスのおっちゃんによれば、豚鼻はアロイスに反撃をくらったせいで潰れたからだそうな。

 とはいえ、でっぷりと太った巨躯はご当人の不摂生によるものだろう。おまけにアダマスピカ副伯領を無駄に搾取してるとか。

 真面目に仕事しろし。


 ……いずれにせよ、港湾伯は中立か、うまくやればこっちに引き入れることも可能と見てもいいだろう。裏切りプラス、アロイスに対するちょっとした引け目もつつけば、ルンピートゥルアンサ副伯家に見切りをつけてくれるとこまではなんとかなりそうだけど。

 それ以上こちら側、というか王子サマ側に動いてくれるかどうかと考えると……ちょいと微妙か。

 損得で動いてくれるというなら、得をぶらさげたら動いてくれるかな?

 手札として港の回復可能性、をぶらさげてもいいとはアロイスには言ったが、信じてくれるかどうかがポイントだね。

 廃港になりつつあるあの港を、使えるようにできる人間なんて、喉から手が出るほど欲しいだろうに。

 骨だけど。


〔けど、ホントにそんなことできるんですかボニーさん?〕


 できるよ?

 というかだね。これからルンピートゥルアンサ副伯領都にあるアルボー港を、あんた(グラミィ)に一時的に潰してもらった後で、復旧させるってのがあたしの基本プランの一つなのだ。


〔うわー……ひどいマッチポンプじゃないですかやだー〕


 スクラップアンドビルドと言ってくれなさい。

 ついでに言うとアルボー港はテストケースにすぎない。うまくいったらほかにもあるだろう廃港の復旧要望って、必ず来ると思うんだよね。

 その時に、ベーブラ港を最優先で復旧するという条件を出してみたら、これは港湾伯に対してかなり有力な餌になると思う。

 港性能の競合ということになるから、相対的にルンピートゥルアンサ副伯家お取り潰し後に入る統治者の増長も防げるもの。

 だけど、これは単純な治水問題にとどまらない。それどころか貴族王族の力関係にすら首を突っ込むことになる。この国の形すら、地理的にも政治的にも変えうることかもしれない。

 だから、王子サマあたりに要相談案件だったのだ、これは。


「魔術士隊の取り込みは早速とりかかったため、身柄確保は本日中に完了の見込み、てのが今日の昼の話でさぁ。今頃は騎士団本部にでも連れ込まれてるんじゃねぇですかね」


 ほうほう、それは思ったより早いかも。

 かえって申し訳ない気がするくらいだ。

 王子サマサイドにゃメリットもあるけど、基本あたしのわがままだからなー。


 ハーブティを飲み干したバルドゥスが、気まずそうに口を開いた。


「……あー、骨どの。ご要望には従いましたが、あの魔術士隊の取り込みには、隊長もクウィントゥス殿下も疑問をお持ちだったようですぜ。できりゃ、あまり仲のよろしくないクウァールトゥス殿下に借りを作りそうな理由を教えてもらえませんかね?」

〔あ、それはあたしも教えて欲しいですね。あんなに使えない人たちを引き取るとか、なんでわざわざそんなこと頼んだんですかボニーさん?それも、できるかぎり早急にとか言ってましたよね〕


 理由はいくつかある。

 まず、第一に、あたしらの情報がどこまで流れたのか確認しておきたくないかね?

 ここまで隠密裡に動いている以上、情報が漏れるとしたら、彼らからの可能性が一番高いのだよ。

 ……機密保持という観点で言うならば、ホントは、あのソフィアとかいう強烈なおばちゃんに引き渡される前にインターセプトできればベストではあったんだが。

 さすがにあの段階じゃ騎士団に引き取ってくれと頼むのは、不自然すぎてできませんでした。

 あたしたちの庇護についても、王子サマと交渉する前のことだったしね。ましてや別組織の人間をや、だ。

 

 第二に、彼らならば、場所さえ選べばいい具合に情報拡散に役に立ってくれそうなこと。

 アダマスピカ副伯領へはカシアスのおっちゃんとグラミィ、ヴィーリで行ってもらい、王都はあたしとアロイス、それから彼らでアロイシウスの動きを掣肘する予定でいる。

噂を撒くだけの簡単なお仕事です。

 とはいえ、あたしはなにせこの外見だし、心話しか使えない以上、通告はなくても戦力外は決定だ。

 必然的に実働部隊はアロイスの統率する情報部隊と彼ら魔術士隊ということになる、のだが。

 アロイスを見る限り、騎士の恰好や身分すら捨てた諜報特化な人じゃないと騎士の変装ってボロが出そうなんだよねー。

 ぱっと見はともかくとして、栄養よさげな農夫とか、筋肉ごりごりむっきむきな腕の富商とか、姿勢がやけにぴっちりした職人とかって、違和感の塊だと思うの。

 騎士は騎士、たとえアロイスのようにちょっと砕けた格好をしようが、農夫の服を着ようが、あれ見る人にとってはわかるかんね。ふとした立ち居振る舞いに騎士らしさが出てしまうのは、日頃の訓練とかでできあがった身体や動きの細密さのせいだろう。

 いや、国の暗部がどんだけこの手の活動に精通しているかなんて知りたくもないから、アロイスよりもっと変装が上手な人も多いのかもしらんけどさ。いざとなったら彼らが騎士として噂を流すことにして、働きかける対象を騎士階級に絞った方がいいんじゃね?

 加えて、いざ行動開始となったら時間が勝負なんだと思うのよ。噂をふりまく口は一つでも多い方がいい。

 都合のいいことに、彼らの出身身分は結構バラバラだ。

 エレオノーラは下級貴族、ドルシッラはそれにかなり近い富商の娘、アレクくんとベネットねいさんはもっと貧しい一般庶民。

 ならば、エレオノーラには高級侍女の動きを仕込めば王城内に。ドルシッラは富裕層に、アレクくんとベネットねいさんは行商人相手に違和感なく溶け込む。

 そして噂は一つの身分階級から聞こえるよりも、複数の階級から聞こえる方が、拡散速度は早く、信頼性が高いと人は判断する。互いに互いを補完しあうような情報の流し方をすればもっとハマるのかもしらんが、そのへんはアロイスたち専門家に任せればよかろう。

 あわせたジグソーパズルのピース次第で微妙に違った情報が手に入るようにしておけば、情報が誰にどう流れたかがわかるし、ということは見えなかった勢力図やらつながりというものも見えてこようというものだ。


〔うわ、あいかわらずあくどいですよボニーさん……〕


 ほっとけ。


 ついでにいうと、彼らは動かしやすいという意味でもかなり使える。

 特にベネットねいさんとアレクくん、彼らにはまだ『大魔術師ヘイゼル様のすごい魔術』はいい餌になるだろう。

 魔術士団の中での昇進を狙ってるらしいエレオノーラとドルシッラはちょいとアレだが……。

 あのソフィアとかいう強烈なおばちゃんが、騎士団員を攻撃して、それも失敗した上王子サマにまで暴露されちゃうという、自分のボスの顔に盛大に泥を塗るような真似をしでかしてくれた連中を、そのままおとなしく飼っておくとは思えないんだけど、どう思う?


「確かに。少なくとも降格、減給程度の懲戒はされるでしょう。何かしら汚名返上の機会でもない限り、肩身が狭い状態が続きましょうな。魔術士団は騎士団と異なり組織が分かれておりませんので、転任しても傷のついた評価がついて回りましょう」


 カシアスのおっちゃんの言葉にバルドゥスも無言で同意した。

 けど、汚名返上の機会といってもねえ……。

 一番わかりやすいのは戦場でなんか功績を立てる、というやつだろうけど、彼らの魔術の腕前を考えると、まじ無理ゲでしょ。あたしだって彼らを魔術士としてはそんなに高く評価してない、つかできない。

 ならばいっそ、それを伝えた上で、完全に魔術士団から引っこ抜いて、王子サマの方で保護するなりあたしとグラミィの手元に置くなりするというのもアリだと思うの。


「できますかね?魔術士団は入団の際に真名にかけて忠誠の誓約を強制するそうですが」


 皮肉っぽい口調だが、バルドゥス。

 できるかできないかでいうなら、できる。

 何せ彼らには『真名の束縛』がないんだぜ?


「……あぁ!」


 思い出したか、グラミィ。

 そうとも、襲われた時に裏切り者のサージが奪った、『真名の束縛』の媒体である誓紙はあたしが焼き捨てた。

 その後カシアスのおっちゃんに魔術士隊の統括権限は正式に譲渡されており、さらにあたしとグラミィに委譲されたままなのだよ。

 権限は帰都の段階で返却される、などといった移譲行為効力の消滅条件はつけてなかったから、グラミィが『魔術士隊の統括権限の返還』を表明しない限りは、一応まだ彼らはあたしたちの手の中にいる、ということになる。

 もちろん、『真名の束縛』を一時的に失ったことが、どれだけ早く魔術士団長に伝わってるかはわからん。

 だけど、『真名の束縛』だって絶対じゃない。

 誓紙を手にしたサージがこの国への裏切りを口にしてた以上、なんらかのやりかたで『真名の束縛』の効力は回避できるのかもなーとあたしは考えてる。

 忠誠を誓わされるとかいう誓約の文言を弄って、抜け道を作るとか。誓紙を作るのに使う血を他人のものにすり替えるとか。


 詳細な報告がどれだけ早く上がるかはしらんが、『真名の束縛』がない状態だって情報が伝わらないうちに身柄を奪取できれば、彼らを魔術士団を抜けさせることも可能だろう。

 ……で、これ、一方では魔術士団全体の『真名の束縛』に対抗する手段となりうると思うのだよ。彼らはその生き証人だ。

 この抜け道情報と対策をクウァルトゥスおにーちゃんに売るもよし、配下の魔術師を魔術士団に放り込んで団内の情報収集に使うもよし。

 王子サマにとっても、騎士団にとってもなかなか得られない情報だと思わないかい?


 「先の先、此度の一件のみならず騎士団の全てにまで思いをいたされるとは……」


 カシアスのおっちゃんが唸った。


「シルウェステルどのが魔術師でなかったならば、一軍を動かす知将と呼ばれましたでしょうに」

「『過分な言葉だ』と言うておる」


 いやだから、いろいろ理屈はつけてるけど、基本はあたしのわがままなんだってば。

 見知っちゃった人間があたしの見えないところでとはいえ、謀殺されるおそれがあるってのは、やっぱりなんとなくイヤなのだ。それだけのことだ。

 正直、彼ら全員がベネットねいさんぐらい賢く周囲を見極められる眼を持ってるなら、こんなに心配はしないんだけどね。

 ねいさんだけなら『真名の束縛』があっても、情報を小出しにするなりして、なんとか自分の身を守るために頑張れろうとするんじゃないかな、ぐらいには評価してる。

 状況がねいさんにそれを許すかは別だけど。


「『真名の束縛』をかけなおされている可能性もあるんじゃありませんかねえ?」


 冷水を浴びせるように、バルドゥスが首を傾げてみせた。


 確かにそれもありうるだろう。かけなおされているかいないかは、五分の賭けとあたしは見ている。

 あたしは王子サマのお兄ちゃんの人柄はよく知らんが、警戒心が強かったり、他人の生命を重くみなかったりすると、身柄を要求した時点で『真名の束縛』どころじゃない手段だってとりかねんとは思う。彼らに対して身内を人質に取るとか。

離間策なんてのは考える人間が送り込む人間に思い入れがあったらできない。

 むこうの歴史を考えると、よくわかる。

 お兄ちゃん殿下はどんな人かな?


「それがしにあの魔術士隊を同行させよという命がございましたのも、もとはと申せばクウァールトゥス殿下の横車ゆえのことでしたな」


 ……あー、じゃあ王子サマサイドへの警戒心ばっりばりってことか。


「そんな獅子身中の虫なんぞ、飼いたかねえんですがねぇ」


 その懸念はもっともだ。

 ……てか、この世界にライオンいるのかね。獅子身中の虫て。

 似たような意味の言い回しを勝手に心話経由で翻訳してるだけなのかもしらんが。


〔いや、そんなのほほんと分析してないでくださいよー〕


 でも、この場合は比較的安心していいとあたしは考えてる。

 もし 『真名の束縛』がかけなおされたとしても、それが誓約の形をとっているならば、彼らの魔力(マナ)はなんらかの形で誓約者とつながっているはず。

 たぶんそれは直接あたしが見ればわかるだろう。

 なにせあたしはグリグんと誓約を交わしてる。おまけにこれまで『真名の束縛』ナシの彼らの状態を見てきたわけですよ。不自然な魔力の流れがあればわからないわけがない。

 どうしても必要だと思うんなら、『真名の束縛』を解除することも試みてみようと思ってる。


 さらに、お兄ちゃん殿下の行動に心理学的な推論を加えてみよう。

 基本的に兄弟仲って近ければ近いほど悪くなる。それも弟が優秀でしかも兄と年齢差がほとんどない場合は激悪になる。

 

〔力量が互角だと、兄から弟がライバル視されやすいということですね〕


 加えて、弟も兄の上を行こうとする。小さいことならおやつの大小から親の愛情の取り合いとかね。

 だからこそ王子サマことクウィントゥス殿下の配下のカシアスのおっちゃんの動向にすら、お兄ちゃん殿下が割り込もうとした。それはわかった。

 だが、ここで王子サマは戦力を削られた、と判断するだろう材料がある。

 シルウェステルさん死亡の公表だ。


 魔術師全体とは言わんが、魔術士団全体ぐらいには騎士を軽んじる風潮があるというのは、魔術士隊の面々に加えてソフィアおばちゃんの言動からも理解できた。

 なら、騎士団を統轄してる王子サマの戦力の中で、お兄ちゃん殿下の最重要警戒対象の一つってばシルウェステルさんだったんじゃね?

 それが死んだというのは、これはかなりの戦力ダウンに見えるんじゃないのかなー?

 魔術士隊の身柄をよこせ、というのも戦力補充の動きに見えてたりして。

 そんな状況下でだね、(あたし)が動いてるってことが魔術士隊から伝えられたとしてだ。常識的にどれだけ信じられるかね?


「それがしとてグラミィどのがいらっしゃらなければ、まずこの目と己が正気を疑いましたな」

「信じたとしても、まず思いつくのは操屍術師(ネクロマンサー)がいる、ってことぐらいですかね。何のためにとは思うでしょうが」


 なら、クウァルトゥスさん、だっけ。

 お兄ちゃん殿下の目から見れば、弟の王子サマは戦力ダウンで大コケ。それに自分の手駒である魔術士隊も魔喰ライ発生で巻き込まれたような感じがするが、比較的傷は浅くすんでいる。となれば。

 行動としては王子サマより、自分の目の前つっぱしってる自分のお兄ちゃんこと外務卿テルティウス殿下を叩く方向にいく、んじゃないかな?

 たとえ王子サマ勢力を叩けるときに叩いていこうって判断をしたとしても、外務卿殿下にも注意を向けてる以上、今この状態でこっちに送り込む魔術士隊に与えられる命令なぞ、たぶん『王子サマサイドの情報をよこせ』『クウァールトゥス殿下への忠誠を尽くせ』、もしくは『敵対禁止』ぐらいだと思うのですよ。

 そこへ、『第三王子の息がかかった』ルンピートゥルアンサ副伯家を陥れるような任務を与えるのだ。

 情報漏洩という心配はあるが、妨害という方向ではあたしはそれほど心配していない。

 その理由がおわかりいただけただろうか。


〔なるほどー〕


 いずれにせよ、彼らに与える情報は必要最低限にすべきだろうけど、そのあたりのことはアロイスだってよくわかってるはずだ。人質策の可能性とか、その対策とか。


「……なるほどねぇ。具体的には、連中にどんな噂を流させる気ですかい?」

「『最終的には、アロイスかカシアスへ、アロイシウスから喧嘩を売らせるように』」


 アロイスとカシアスのおっちゃんから聞き取った中でも、あおりに使えるのは『弱い者いじめ大好きな騎士不適格者』『豚鼻の理由は卑劣な行為に反撃を受けたから』『身分が下の女性に手を出しまくったせいで、同程度以上の身分の女性には軽侮されている』というあたりか。

 これ全部事実なんでしょ?

 事実というのは嘘より強い。それらを盛大に広めて騒いでもらおうじゃないの。

 これまでもこれからもアロイシウスからヘイトを集めまくるはずのアロイスもカシアスのおっちゃんも、相手に負けているのは身分ぐらいなものだろう。

 それも、騎士としての手柄、手腕、王子の側近ってあたりでかなり盛れる。

 存分に言葉の剣で切り刻んでちょうだいな。そう、アロイスに伝えといて。

 『あんたを負け犬と見下してきた相手が見下され、同情されるように持っていけ』って。


「了解です」


 じつにイイ笑顔でバルドゥスは頷いた。

 いやあ、やっぱりお仕事は心の底から楽しめるものほど、効率よく進むよねー。


〔他人の復讐にそこまで楽しく手を貸せるボニーさんもイイ性格ですよね……〕


 おうさ。

 アロイスやカシアスのおっちゃんにとっちゃ、これは私的な復讐という正義の行使だ。それに、あたしにだって、ここまで踏み込んじゃった彼らに思い入れがないわけがない。せいぜい頑張ってくれたまえ、という気になって何が悪い。

 彼らにとってのハッピーエンドを望むってとこは、グラミィだって同じでしょ?


〔いや、そりゃ、まあ。そー言われればそうですけど〕


 ついでに言うと、リアルタイムで国を揺るがすガチバトルが、裏方兼任とは言え、特等席で見られるんですぞ?


〔そっちが本音じゃないですか!〕


 何を今さら。

 もともと一つの家を取り潰せってのが、王子サマから信頼と庇護を得るために必要なクエストなのだよ。

 だったら、あたしは自分のためにそのクエストをこなすだけだ。アロイスとカシアスのおっちゃんが自分の手で復讐したいって願いをかなえるってのと、あたしが人を殺さないようにしたい、って条件を組み込んだせいで、めんどくさくなってるのは確かだけどさ。


 そうそう、噂には毒のある事実に加えて、攪乱も入れてもらおう。これはルンピートゥルアンサ副伯家への攻撃だ。

 以前考えてた『アルボー港ヤバイ』に加え、『ルンピートゥルアンサ副伯家ヤバイ』は必須だな。

 外務卿がルンピートゥルアンサ副伯家を見捨てそう、とか、ボヌスヴェルトゥム辺境伯がルンピートゥルアンサ副伯領へ直接査察を行うらしい、とかね。

 本拠地であるルンピートゥルアンサ副伯領か、それとも王都か。

 警戒箇所を二つに絞らせたところで、カシアスのおっちゃんたちがアダマスピカ副伯家を揺さぶりにいく。

 相手を敵対行動に出たらある意味こっちのものだ。グラミィとヴィーリも加わって、できれば向こうから証拠持って出頭してくれた証人を生きたまま捕獲していただきたい。


 アロイシウス自身は王都にいるっていうから、第一段階の噂で釣れる可能性が高いと思うけど。

 その場合に必要なのは証拠じゃない、醜聞です。

 相手から手を出させるように煽りに煽ったところで、騎士の名誉を賭けた決闘に持ち込ませるのが理想かな。

 おっちゃんたちは自分たちの手で決着をつけたいだろうし。

 アロイシウスはアロイスかカシアスのおっちゃん個人を狙うか、一対一では勝ち目がないと集団戦をしかけてくるか。


〔集団戦の決闘って激しく矛盾してる気がするんですがー〕


 そう言ってもねぇ……。

 むこうの世界じゃ騎士の試合というのは集団戦がメインだったらしいから。

 こっちはどうだか知らないけれど。

 あーあと、相手がホントに考えなしだったりすると、王都で暗殺者を出してくるってこともあるかな。

 その対策もよろしくと伝えてもらおう。


 そんなわけで、あたしは正直、グラミィたちにアダマスピカ副伯家を引っかき回すのは失敗してもかまわない、ぐらいに思ってる。攻めやすいところから攻めるのは大事なことだ。 


〔あ、なんか気分がラクになりましたー〕


 じゃあ、アルボー港潰しはよろしくね。


〔げ〕


 なにせ、カシアスのおっちゃん言うところの若様死亡すら数年前の事件なので、こちらからその証拠や証人を探し出すのは難しい。だからここは別件逮捕的な方法で相手の発言力を削ぎ、孤立させた上で状況証拠を突きつけたいところだ。

 そっちも自白にまで持って行けたらパーフェクト。

 まあ、よほどの奇跡が起きないと難しいだろうけど。


 納得したらしきバルドゥスが部屋を出ていこうとして振り返った。


「ああ、教師役は後ほど隊長が連れてこられるそうですぜ」


 ……なるほど、それはまたいろいろと忙しくなりそうだ。

裏サブタイトル的には「悪だくみ準備中(その4)」ってところでしょうか。

かなり骨っ子の悪だくみも全容が見えてまいりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ