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貴族の内情はドロドロです

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

「ところで、肝心なことを聞き忘れておった。先代のアダマスピカ副伯にお子はおられなんだのか?」


 グラミィの純粋な疑問から、カシアスのおっちゃんの授業は再開された。


 確かに、誰か一人でも継承権のある子がいれば、アロイシウスなんて親族的には外様っぽい人間がのさばるのが常態なんつーひどいことにはなっとらんわな。

 しかし、亡くなった――カシアスのおっちゃんたちによれば毒殺された――先代御領主様には四人も子どもがいたという。

 じゃあ問題ないじゃん。


「それが……」


 沈痛な面持ちになったおっちゃんによれば、四人とも、先代御領主様を毒殺したと思われる奥様の子ではないという。

 んじゃ愛人かなんかとの間にできた庶子かといえば、そうでもないという。

 なんぞこの人間関係クイズ。


 ちなみに正解。

 奥様、後妻さんでした。

 ……無駄に恥ずかしがっとらんで、はよ言えやおっちゃん!頬を赤黒く染めるでない!

 いまいちこの世界の人間の、というか、騎士(おっちゃん)の羞恥心の対象が、いまだによくわからない骨ことボニーです。


 ちなみに先妻さんの子は女男男女の順で、男性と女性が二人ずつ。

 カシアスのおっちゃんが7歳のころアダマスピカ副伯家に入り、住み込みで小姓や従士の仕事を身につけながら身体を鍛え続け、戦闘訓練をようやく本格的に受けられるようになった10歳のころ。

 長女さんが別のお貴族様へとお嫁入り。

 その後1年経つか経たないかくらいに、嫁いできたのが例の後妻さん。

 なぜ受け入れちゃったんだよ先代御領主様。

 生さぬ仲の後妻さんと残り三人の子たちの関係がほどよくギスギスしまくっていたのは、嫁入りのついでに連れてきた甥っ子、アロイシウスの態度がめちゃくちゃ悪かったこともあるらしい。

 小姓から始める騎士見習いの出発時点で、ボクチン偉いんだぞ!と、そこの家の実子を見下すとかいろいろダメすぎるだろ……。

 そんな不良債権処理を押しつけられた反動でか、当時アダマスピカ副伯家に預けられたアロイスは、残りの三人にめちゃくちゃかわいがられてたらしい。もう一人兄弟ができましたレベルで。

 おねーちゃん好きすぎるだろ。そして後妻さん嫌いすぎるだろうをまいら。

 一番上のおねーちゃんがお嫁にいっちゃってさみしいからって、よってたかって他家から預けられた人間を遊び相手(おもちゃ)にしてやらないでくれなさい。


 ……まあ、カシアスのおっちゃんの話を聞く限りでは、アロイスも家族に捨てられたも同然な状態だったらしいし。だとすれば、そこまで無条件にかまってくれる相手がいたというのは不幸中の幸いだったんじゃなかろうか。

 もっとも、アロイスが心を開くきっかけになったのにはカシアスのおっちゃんも関係してそうだけどな。


 だが、幸せな時間はそう長くは続かなかった。

 御領主様の命で、長男はボヌスヴェルトゥム辺境伯預かりとなり、辺境伯家の家宰見習いとなった。

 こんなふうに他のお貴族様のところで、小姓や従士に始まって、いろんな仕事を覚えるのは、当然のことなんだそうな。たしかむこうの世界の中世ヨーロッパでもよくあったことだと思う。

 むしろ、騎士号叙勲まで自分ちにいたのは珍しい方だろう。

 それも武術指南役がけっこう能力がある人な上に、武術修練に使う設備を新しくしたということもあったみたいだ。

 ……わざと自分の子どもの成長に合わせて訓練環境まで整えてたんだとすれば、先代御領主様も相当な親馬鹿、いや子ども思いなところがあったのかもしれんが。

 次男は次男でやはり別の辺境伯と縁がある伯爵家に預けられ、従士となったという。

 だけど、これもその伯爵家とのつながりを作るためという政治的な意図があったので、年に数回は帰ってきては武術指南役の指導を受けていたらしい。

 後妻さんはヤな顔してたみたいだし、アロイスにしてやられた産業廃棄物(アロイシウス)も、どうにか嫌がらせをしようと目論んでたみたいだけどね。

 ほとんど返り討ちにあってたみたいだけども!

 いやあ、十代の頃の年の差って、ほんの数年間でもなかなか越えられない壁だよねー。


 次女さんも別のおうちに行儀見習いの名目で預けられ、残っていたのは血のつながりのない家臣たちばかり、カシアスのおっちゃんやアロイスたちのような騎士や騎士見習い、従士たちとなった時に――

 御領主様が亡くなった。


 子どもたちは四人とも御領主様の死に目には会えなかった。

 最も近いボヌスヴェルトゥム辺境伯領にいた長男ですら、馬を駆って戻ってきた時には埋葬がすんだ後。

 彼は土を掴んで嘆いたという。


 そのころには成人し、すでに辺境伯家の家宰の一人として重用されていた長男は、慌ただしく辺境伯家での業務引き継ぎを済ませるとアダマスピカ副伯爵として立った。

 長男と入れ替わるようにボヌスヴェルトゥム辺境伯に預けられたカシアスのおっちゃんは、その話を辺境伯領で聞くしかなかったそうな。

 アロイスは正式には騎士となれないまま、騒がしい情勢の国内を転々と放浪し、おっちゃんもまた自分の能力の底上げに必死になり、アダマスピカ副伯家の内情までは気を配れないまま時は過ぎていった。

 隣国ジュラニツハスタとの戦いまで。


 戦いの中でカシアスのおっちゃんもクウィントゥス殿下に仕えることになり、アロイスとも再会を果たしたが。

 王都に戻って判明したのは、長男――新アダマスピカ副伯爵と、騎士になった次男の戦死だった。


〔うわ……。二人揃って戦死とか。怪しくないですかボニーさん?〕


 めちゃめちゃ怪しい。ぷんぷん匂うわ。

 もちろん、直接アロイシウスなり奥様なりの配下が、ぶっすりぐっさり手を下したわけじゃないのかもしれない。

 お得意らしい毒殺をやらかしたわけじゃないのかもしれない。

 けどさ、場所は戦場だ。

 正直、出陣前に麻酔薬や眠り薬を使われただけでも充分致命的だ。

 動きが鈍った状態だったから、実力を発揮できずに殺される。

 その結果は?

 はい、戦死報告のできあがりです。


「しかし、カシアスどのの話では姉妹がまだ残っているのではないかの?それとも、女性では家は継げなかったかの?」

〔だとしたら、ひどいですよね。男女差別〕


 残念ながら、女性に継承権を認めないってのは、むこうの世界の中世ヨーロッパにもあったことだ。

 それを明記してある法典があったはすだ。たしかサリカ法典とかいったかな?

 もちろん、その法典を受け入れない国には女性君主がいたし、そういう一人が別の国の男性君主と結婚して一つの大きな国にまとめて共同統治したとかいう例もあるのだから、男女差別の問題というより、単なる王権の正当性を主張する政争のダシに使われただけという気がしないでもないけどな。

 それに比べりゃ、偏見じみたものはむしろ現代日本でよくある話だった気がするよ。非犯罪行為であろうと犯罪行為であろうと、どっちにしろ他人をおとしめないと自分Sugeeができない人間のやることとしか思えないけど。

 

 ちなみに。

 カシアスのおっちゃんの説明によれば、このランシアインペトゥス王国では貴族も王族も男女問わず嫡子であれば無条件で、庶子の場合も認知や現当主の認可などの一定条件を満たせば、爵位や王位の継承権を持ってるんだそうな。

 ただし、他家の養子になったり嫁いだりした場合には、放棄しなければならない。

 そんなわけで、お嫁入りした時点で長女さんのアダマスピカ副伯の爵位継承権は放棄されてるんだそうな。

 じゃあ、そこで継承権が絶えてしまうのかというと、そうでもないらしい。

 出生数こそ多いが死亡率も高いこの世界では、直系の人間ばかりに継承権を認めてばかりいると、子どもが生まれなかった時点で詰むもんなー。主に家が。

 長女さんの場合も、長女さんが子どもを産めば、その子にもアダマスピカ副伯の爵位継承権が認められ、子どもが成人するまでは長女さんとその旦那さんに後見人としての代理権が付与されるんだそうな。

 もちろんアダマスピカ副伯家から見れば傍系になるので、継承権も相当低い順位らしい。

 後妻さんの甥っ子という、御領主の血統から考えればまるっと赤の他人であるアロイシウスに比べれば、やや高いくらい、という、ほとんどナイよりマシレベルのものとのことなんだが。

 問題は、嫁いでから10年以上経つってのに、子どもが一人もいないということだったりするわけで。


 聞いた時にはあっちゃーと思っちゃったよね……。

 だってさ、それって、嫁入り先のおうちがちょっとでも強欲だったり領土拡大の野心を持ってたりしたら、あっさり長女さんの立場が悪くなったんじゃないの?

 単純過去形というより、過去進行形でしかも現在進行形なレベルで。

 その対抗手段ってなんかあるかなー。

 配偶者の庶子を認知した上で養子として迎え入れれば……無理かな。

 現代日本のおぼろげな法知識しかない人間が深読みするには難しい問題だ。


〔今のボニーさんは人間じゃなくて人間の骨ですけどね〕


 やかましいわ!


 最後の一人、次女さんは行儀見習いとしてどっかの貴族の家に行った後、ジュラニツハスタとの戦いのさなか、戦火の被害を受けてうやむやのうちに行方不明になってるとか。

 ……なにこの念入りにもほどがあるアダマスピカ副伯爵位継承権者全員死亡(KIA)行方不明(MIA)報告。疑わしさマシマシにもほどがあるわ。


「いちおう、次女の方の行く先は今も探し続けているそうですが……」


 カシアスが言葉を濁した。

 だよねー。ほぼ絶望的だってことはあたしにもわかる。


 身分ある人間を一人かくまうのは、平民一人隠すのと訳が違う。

 むこうの世界の中世ヨーロッパの戦争でも、身分の高い人間は保釈金目当てで捕虜にされることが多く、金を払うまでの生活レベルは保証されてたようだ。

 身分の高い人間は。

 逆に言うなら、平民の兵士とかは問答無用で殺されてたことになる。身分に相当する水準の生活ができるようにし続けなきゃならんのって、結構大変だからだろう。金のないやつぁ死ね、ということか。


 で。

 そんな大変な手間をかけてまで、次女さんをかくまうような大貴族がいるなら、とっくの昔に名乗り出てそうなもんだわな。

 後妻さんが謝礼を出すとは思えんが、そんな端金をもらえるかどうかなんて些細なことだ。

 国王あたりに話を通せば、次期アダマスピカ女副伯の後見人という地位が転がり込んでくる。そうすれば間接的に副伯領を好き放題できるということになるからねー。

 ということは、捜索むなしくとっくにお亡くなりになられてるか、あるいは貴族うんぬんを抜きにして他国にでも売り払われているという公算が高い。


 いずれにせよ、とりあえずは、居所がはっきりわかってる長女さんの現状を知る必要がありそうだね。


「それは、アロイスが戻ってきてからの話になりましょうな」

「それでよかろう。頼みますぞ、カシアスどの。……ところで、話は変わるがアロイスどのは結婚しておられたかの?」

「いえ、あやつは女嫌い、というより人嫌いでして。なかなかたやすくは打ち解けぬ男です。それがしをかっちん玉などとよく言いますが、あやつの方こそ女心もよく知らぬというもので」


 それでどうしてもてるのか、などと私怨混じりにぼそっとつぶやくなおっちゃん。

 しっかし、アロイスもチャラ系の外見なわりに難儀なやっちゃね。諜報活動にも支障とかありそうなコミュ症にしか聞こえんのだが、任務の時はどうしてんのかな?金に物を言わせたりとかしてんのかなー。


「ほぉ。そういうカシアスはどうなんじゃ」

「そ、それがしは任務がございまして。なかなかそのような話も持ち上がりません」


 そーかなー?

 任務というより、おっちゃんが気づいてないからとか、だったかもしれないよ?

閑話と現在の状況をつなぐ肝心の後継者問題でした。グラミィはほんのり隊長ズの恋愛事情に興味があるようですが。

裏サブタイトルは「悪だくみ準備中(その2)」ってことで。

悪だくみは一つとは限らないし、一度に一つのターゲットにだけしかけるものとも限らないのですよ……。

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