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苦い果実

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

 朝早く、アロイスは王都へ帰っていった。

 ちゃんと騎士っぽいかっこうに着替えて、カシアスのおっちゃんが連れてきた馬に乗って。

 その前に、あたしが馬たちとは餌やりブラシ掛け会話の三点セットで、荷馬車引いてきてくれてた子ともどもすっかり仲良くなってやってたけどな!

 カシアスを乗せてきてたのは顔見知りのブレイだったので、彼と会話してたら無駄な警戒をあっさり解いてくれたのはじつにありがたい。レムレというアロイスの馬も、実は砦から王都までいっしょだったみたいだけど、話してなかったもんねー。 

 ついでに馬たちのぶんだけじゃなくて、人間サイドの朝ごはんも準備してやった。味見はできんが、やることないと暇だし。

 と言っても、朝ごはん用の薪の準備と鍋に水を汲んで沸かすくらいだけどな。


〔ボニーさんの手料理は……ちょっと、いやかなりパスしたいですー〕


 気づいたグラミィにも言われちゃったしね。

 ちくせう、むこうの世界じゃ結構料理好きだったんだぞ!

 一番の得意料理はあり合わせの材料で作る適当鍋だけどな!

 だけど、まあ、おたまや包丁で食材には直接触れないようにして作ったとしても、やっぱり骨格標本状態の手で作られたものには嫌悪感を感じると言われてしまう気持ちもわからんではない。

 食欲減退のいやがらせはほどほどにしておこう。


〔ほどほど?アロイスさん死にそうな顔してましたけど〕


 彼の場合は、魔喰ライ恐怖症こじらせて死体系もトラウマ傾向だからねぇ……。

 克服には本人のやる気が必要だ。これは激励だと思ってくれたまへ。


 ちなみに、アロイスってば、とりあえずの必需品ってことで、一週間分ぐらいの食糧と筆記用具をあたしたちといっしょに荷馬車に積んできていたのだ。そのあたりの手回しはさすがに早い。

 ……まー、昨日の晩ご飯は王都で買ってきたらしき冷えた焼き肉とかっちかちのパン、あとは生のマールムだったらしいですが何か。


〔まじすっぱいんですよねーあれ〕


 うん、知ってた。

 クライたちに感化されたのか、ブレイまで無駄に感覚同調してくれたからね。香りと味はわかってる。馬感覚だけどさ。

 あげてみたらレムレたちも喜んでくれたけど。


 そういえば、料理人の手配もしないといけない、なんてアロイスが言ってたけどさ。ここまで隠密活動してる以上、関わる人間を減らすのは重要でしょ?

あたしがやるってのがナイなら、グラミィが料理する?火力は薪だけど。


〔魔術使っちゃダメですか?〕


 いんや。するならどーぞお好きなように。

 あたしが湯沸かしに小枝拾ってきたり薪割ってたりしたのは、ただ単に魔力をケチってたころの感覚が残ってただけだし。

 借り物とはいえ、身体を使うのも悪くはないってのもあったけど。


〔じゃあ、〕

「わしが料理をしてもかまわんかの?」

「え」


 ……どしたん、アロイス。まじまじグラミィを見つめるとか。


「いえ。まさか、賢女さまが自ら包丁を握られるとは思いませんでしたので」

「森に住んでおれば、必要なことぐらい覚えんでおられんわ」

〔家庭的に見えなくて悪かったですねーだ!〕


 いやそれグラミィ、たぶん違うと思う。

 アロイスは騎士や貴族階級の見方で判断してるんじゃないの。

 むこうの世界の中世ヨーロッパだって、いわゆる貴婦人は、料理人を監督する家宰なんかを監督することはあっても、直接厨房に立つことも、料理を自分で作ることもなかったはずだ。


〔……ドジ踏んじゃいましたか、あたし?自分で料理することに慣れてる階級ってことは、貴族よりも平民よりの人間だってのバレましたよね、これ〕


 たぶんねー。

 でも今さらでしょ。『大魔術師ヘイゼル様』はどう考えても生粋の貴族とか王族出身とは思えない。話からの推測だけど。

 そもそもグラミィがいたお屋敷にも使用人らしき人の気配はなかった。

 なら、グラミィの身体の人が料理や掃除をしてたっておかしくはない。

 それより、料理をするならするで、飢え死にしない程度にはできるようになっといてね。

 こっちの世界の料理もそこそこ食べ慣れたことだろうし、材料や作り方は推測できるでしょ。


〔はうぅ。墓穴掘ってますね……〕


 まあ、煮込み料理の火の番ぐらいなら手伝ったげる。

 なんだったら、最初はカシアスのおっちゃんに男の手料理というか行軍料理あたりから教えてもらえば? 


 そんなやりとりをしながら食器類の片付けを手分けしてやった後は、アロイスは王都へ悪だくみと悩みの種を山ほど持ち帰っていった。

 あたしたちはカシアスのおっちゃんを先生に社会科のお勉強の時間である。

 お題はアダマスピカ副伯領の地理と歴史と政治と経済。

 倫理がすっこぬけている気がするが、まあ、アロイシウス・アウァールスクラッスス、だっけ?

 ルンピートゥルアンサ副伯家の息子というかカシアスのおっちゃんたちの不倶戴天の敵がのさばってる以上は、人道という意味での倫理がなくてもしかたないのかもしれない。

 おっちゃんの語るエピソードを話半分に聞いてても、なんかもういろいろ引っこ抜いてやりたくなるような人間性らしいし。


〔引っこ抜くって何をです?髪ですか、それとももっと別のナニかなんですかボニーさん?!〕


 グラミィのツッコミをしれっとスルーしながら、アロイスが置いてった地図で昨日のおさらいをする。

 アダマスピカ副伯家があるのは、ランシア河を王都ディラミナムより下った、かなり北の地方だ。そのため農業依存型領地としても農作物、とりわけ穀物の生産効率はやや低く、質実剛健といえば聞こえがいいが気質も倹約傾向にあるそうな。

 ただの貧乏領かと思えばそうでもないらしいけど。

 ルンピートゥルアンサ副伯領へと流れるピノース河とボヌスヴェルトゥム辺境伯領へつながるロブル河、この二本の河から取れる魚とユーグラーンスの森の豊かな恵みで補っている、という土地柄なんだそうな。

 住民は一千人弱。

 副伯家城館、というほどたいしたもんじゃないらしいが、副伯家の拠点があるスピカ村がピノース河とロブル河の分岐近くにあり、そこの人口が五百人というから、だいたい十~五十世帯くらいにはなるだろうか。

 それ以外に主要な村は、ピノース河とロブル河がそれぞれユーグラーンスの森に接する近くにある。

 どちらも農作よりかは森や水を利用した工業メインで生計を立てているらしい。

 ……本格的に産業改革が起こったら、スピカ村と他の二つの村、立場が逆転すんじゃねーの、これ。

 それとも水運的に有利なスピカ村が商業の中心にもなってるとか?


「ロブル河はともかく、丘陵を抜けてゆくピノース河は、ユーグラーンスの森の向こうへ出ないとさほどの大河とは申せません。舟を浮かせるなど、とてもとても」


 手を振るカシアスのおっちゃんによれば、子ども達の水遊びに最適レベルの水量であることがほとんどらしい。

 まあ、そんなしょぼしょぼでも水は涸れたことがないというし、不自由はないようだ。

 このへんの地域で作られてる穀物は稲っぽいというより麦っぽく見えるし。

 熱帯原産だったか、高温多湿の環境に適応した稲とは違ってそんなに水が大量に必要、というわけでもないこともあるのだろう。田んぼと畑の作物の違いって大事だね。


「しかし、スピカ村に立ち寄る行商人が他の村に立ち寄らんという話は出てきませんでしたな。むしろ一人旅の鞣革工などが、直接ピノース村やロブル村の方に行ってしまうという不満はスピカ村であるようですが」


 カシアスのおっちゃんが実際にいたことがあるのはスピカ村が中心、しかも10年以上は前のことだというが、当時の土地勘に加えて直近の知識も仕入れてきてたらしい。

 情報戦におけるアップデートの重要性を抑えてるあたりは、さすがアロイスのお仲間といったところだろうか。

 加えてアロイスからも、ルンピートゥルアンサ副伯家とアダマスピカ副伯家の領地についてはある程度聞き取ってるしね。

 隊長二人の情報をあわせればかなりの精度が見込めるだろう。けど。


「『ピノース河沿いで、人目につきにくいところは?』」


 さすがにこんなことは土地勘のある人間じゃないとわかんない。

 グラミィにやらかしてもらう悪だくみの都合上、なるべくはアダマスピカ副伯領のはずれの方がいいのだが、あんまりおっちゃんたちと分断されやすいようじゃ危険性も高い。

 カシアスのおっちゃんが言うにはユーグラーンスの森の中、それも森番の小屋をはずれたあたりが一番希望にかないそうだ。森の中ならヴィーリが迷い森にできるのも都合がいい。

 後はもっとスピカ村寄り、ピノース村との中間くらいのとこだろうか。丘陵地帯から湿地帯へとなだらかに続く、あまり耕作に適した場所ではないらしく、隠れるようなものがないというが、これもヴィーリが目眩ましをかけてくれればわかりにくくなるだろうし。

 地図に木炭の欠片で軽く印をつけておく。いざとなったらパンの欠片ででもこすれば消えるだろう。


 経済面はというと、カシアスのおっちゃんはそれもきっちり調べ上げていた。

 さすがは『王の目』『王の耳』とも呼ばれるというヴィーア騎士団の分隊長なだけはある。

 税務関係の情報だけでもと無理を言ってアダマスピカ副伯領の担当者に抜き出してもらっただけだとおっちゃんは謙遜したが、昨日追っかけてくるまでの数時間で、そこまで無理を聞いてもらえるっていろいろ厚くないとできないでしょ。おっちゃん自身の人望とか。王子サマの威光とか。

 ともかく、それによれば先代とは比べものにならないくらいひどいらしい。

 今じゃ国に納めるもの以外のすべての税が高騰してるとか。

 後先考えない搾取の典型だなこれ……。

 不満の声が上がってないわきゃないと思うんだが。そのへん誰かから聞けないのかな?


「もそっと詳しい話をしてくれそうな知己は?おらんのか?」


 カシアスのおっちゃんの親類縁者とか兄弟姉妹とか。

 そうグラミィが聞くと、おっちゃんはちょっと苦い顔をした。


「それがしはクウィントゥス殿下に取り立てていただいたとはいえ、一介の騎士にすぎません。それに姉や弟は従士の家柄とはいえ、自ら鍬を取って畑仕事もするような平民に近い身ゆえ、できれば、事が終わるまでそっとしてやりたいのですが……」


 ……う~ん……。

 おっちゃんの気持ちはわからなくもないけど。でも、それはちょっとヤバイかな。

 正直あたしの見たところ、もうヤるかヤられるかというとこまで来ている。事を起こせば、おっちゃんたちへの人質扱いされる危険もあるとさえ思ってる。

 だったら、むしろとことん巻き込んでしまった方がまだマシだ。


 命の危険だけを回避するのなら、今のうちにこっそり領内から呼び寄せて、おっちゃんがこの騒ぎの間面倒みるって手も打てなくはないけどさ。

 でも、たぶんそれやったら、騒動が収まった後は彼らが村中から爪弾きになると思うぞ。

 わかってるんでしょ?

 そう伝えると、おっちゃんは項垂れた。


 ギリアムくんを見てもわかるけれど、従士ってのは、騎士として叙勲『は』されていない人間のことだ。

 けれどそれは騎士と同じ価値観を持たないということを意味しない。

 騎士に従い、時には騎士と同等の働きすら求められる。それが従士だ。

 勇敢であることが騎士の美徳なら従士だってそうなのだ。それが仕える家の大騒動でいのちたいせつとばかりに身を隠す?

 信頼されなくなるに決まってるでしょ。


 カシアスのおっちゃんの係累の身を案じるならむしろ、王子サマの威光を借りまくったおっちゃんが積極的に庇護すると宣言し、それに応じた協力をしてもらったほうがのちのちの始末はやりやすいと思うよ?

 この手は他の人にも使えるはずだ。

 従士時代からの馴染み、武術指南役や家宰といった人たちも取り込めないかな。


「……シルウェステルどのは、それがしに何をせよとお考えか。確かにそれがしはヴィーア騎士団に属しておりますが、任務地は主に南ランシア街道沿いです。比較的王都に近いとはいえ、北ランシアに赴くだけで不自然と思われそうなのですが」

〔あ、それ、あたしも聞きたいですー。カシアスさんたちが何するのかわかってないと、あたしも無茶ぶり対応できませんから〕


 簡単に言うと、おっちゃんたちに頼みたいのは、囮というか、勢子役だ。

 獲物の巣穴をつっつき回し、大きな音を立てて追い回し、ぜひとも茂みから飛び出させてほしいのだ。

 というわけで、不自然結構。

 ぜひとも、わざと相手に伝わるように大騒ぎしていただきたい。

 後ろ暗いところがあれば盛大な反応があるはずだ。それも別件でアロイシウスをつるし上げる証拠にでっちあげられる。

 ちょうど季節は秋も半ばを過ぎようとしている。夏の収穫が一段落し、冬に向けて塩漬け肉を作ったり秋蒔きの作物に手をつけているころだという。

 そして、カシアスのおっちゃんたちにとっては『いつもの』税務と巡回法廷の季節なんでしょ?

 アロイシウス自身は今じゃ王都に詰めきりで、めったに領地に来ることもないそうだが、その取り巻きだった連中もいるんだろう?

 おっちゃんが真面目くさって「御懸念なきよう」とわざわざ挨拶をしておくだけで、どんな表情になることか。ちょっとおもしろくはないかな?

 もちろん、表の情報収集部隊であるおっちゃんたちだけじゃ、ちと心許ない部分もあるだろう。

 税務関係とか。それはいつも担当してる人に入ってもらえばいい。

 ただし、それが『いつもの』ように見えるのが、表面上のことでしかないことがはっきり伝わるように、演技してもらうといいかもね。領主館の一室を借りるとかナイから。

 よそよそしく、敬語で、しかも一杯付き合うとか絶対しないようにしてもらって。天気が良ければ村の広場とか、あと多人数の目があるようなとこ。密室は避けてね。


 〔危険だからですよね、それって〕


 もちろん、けっこうな危険だ。

 なにせ相手は勢子に脅えてくれるようなかわいげのある獲物じゃない。自尊心たっぷりのお貴族サマだ。反撃されるのは目に見えている。

 正面から正々堂々襲ってくれるならまだしも、闇討ちがちょっと怖い。加えて先代御領主様が毒殺されたってのがほんとならば、二匹目のドジョウ狙いで同じ事をしてこないとは思えないのだよね。

 正直、手を出させてからカウンターしないと、正当性が確保できないのがきつい。

 毒でやられるとマジ死ねるからなー。


 だからこそ、グラミィには毒の知識をきっちり身につけてもらわねばならんのだ。

 ちゃんと学問として成立してるんなら、いちいち身をもって覚えるより教えてもらったほうがまだしも楽だろう。

 もちろん、ヴィーリにもついていってもらうが、彼の知識はどこまでいっても森精の知識である。植物やキノコの毒については詳しいだろうけど、それがこの世界の人間が使う毒と完全に一致するとは思えないからね。

 あと、裏の情報収集はアロイスに要相談だけど、誰か一人借りられないかな?

 魔術方面はグラミィとヴィーリがカバーするとして。


〔えー……でも……〕


 ……グラミィ、新鮮な魚が食べられるチャンスだよ?川魚だけど。


〔行きます!塩漬けのなんかちょっと匂う肉も干し魚もうんざりしてたんです!〕


 ……あんたも胃袋に引きずられるタイプか。クライたちと変わらんなー。


 騎士隊の中に放り込めばどうしても異質なグラミィとヴィーリだが、そのへんカシアスのおっちゃんにはぜひともうまくごまかしておいてほしいものである。

 服装さえなんとかすれば、副官とか文官とかに見せかけられるかな?

 ヴィーリは見た目中性的なので、うまくやれば、騎士隊の誰かが連れてきた女性に見えるかもしれない。

 誤解ほどただで煽れる火の粉はないのだ、うまくちょっかい出してきたのを取り押さえられれば万々歳だけど。


 あれこれ言い過ぎたようで、カシアスのおっちゃんもちょっと混乱気味なようだな。ひとつ気合いを入れてさしあげよう。

 グラミィ、通訳よろ。


「『カシアス、これは戦いだ。この戦いに先制攻撃はかけられず、終始受身とならざるをえない苦しい戦いだ。ここに騎士の武勲はない。誇りもない、泥と闇の中に隠すべき戦いだ。得られるものは復讐の苦い果実のみ。それでも勝たなければ、そなたたちが死ぬ』だそうじゃ」


〔この言葉、マジなんですね〕


 まあね。グラミィも、手段は選んじゃいられないと思ってくれ。

それこそ、あんたが生き残るために。

裏サブタイトルは「悪だくみ準備中(その1)」。

まだまだ骨っ子の悪だくみは続きます。

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