なかまができました
暖炉からぱちぱちと薪の爆ぜる小さな音がしていた。
「……火、熾してくれたんだ」
(まあね)
「ライターとかないのに、どうやって?」
あたしは家の外から拾ってきた石と、暖炉の脇にあった火かき棒を指さしてみせた。
(頭は使いようってね)
骨しかないけど!
石英質の岩石は昔から東西かまわず火打石に使われている。堆積岩だろうか火成岩だろうが変成岩だろうが、あまり関係ない。
といっても、発火するのは石ではない。石に打ち合わせる、火打ち金と呼ばれる金属から火花が発生するのだ。
子どものころ、鉄製のバトミントンラケットをアスファルトに引きずったら、火花がはっきりと飛んで仰天したのを覚えている。
いやあ、あれは忘れられない。
面白がって何度もやったせいでガットがすり切れ、ものすごい勢いで母親に怒られたから、なんだけど。
……あー、まあ、要は、ある程度純度の高い鉄とそこそこ硬度のある石を打ち合わせれば火花は出せるってことだ。
戸口の近くにタンポポっぽい植物が生えていたのも運がよかった。綿毛部分だけむしってきて火口にしたら、うまいぐあいに火を熾せたんだから。
しかし、ばーちゃんの中の子、火も熾せなかったところを見ると……。
どうやら、本気でただの高校生なんだろうな。
サバイバル技術なし。この世界の知識なし。あたしになくてこの子にあるのは……。
「えっと……ありがとう、ござい、ました」
お、敬語がついた。ぺこんと頭だけ下げるお辞儀は安っぽいけど。
「お礼言ってなかった、です、ね。ごめんなさい」
おいおい、いきなりえらく素直に見えるように振る舞うようになったじゃない。
本音は助けてくれそうなら骨でも頼る、かな。そのための印象操作をしようぐらいは頭は回るらしいね。
けれど、女子高生なしぐさは外見ばーちゃんがするとイタいぞ。
そもそもね、女に女のぶりっこが通用すると思う?
「ええっ?」
その驚愕っぷり。……あたしを女性だと思ってなかったってわけね。
骨格標本な外見でわからなけりゃ、気づけ、一人称で!
「や、だって、オネエ系の人かと」
ほー。
とりあえず、一発殴っていいかな。角ゲンコツで。
逃げ回るばーちゃんの中の子、略して婆っ子による必死な言い訳によれば、あたしの声は中性的に聞こえてるんだそうな。
で、なぜか無自覚に男性だと思っていたと。
……ふむ。自分を庇護してくれそうという思い込みが庇護してくれそうな男性に誤解させたと。勝手に理想像が投影されるとか、現象としてはちょっと面白い。
おんぶにだっこを要求されることは不愉快だけどな。
(言っておくけど、あたしはあんたを助けたげる気はないよ)
きっぱりことわったらえらく驚いた顔をされたが、あたしが気づいてからやってることの半分くらいは、情報収集と確認のための行動だ。
この異世界は何があるのか、自分が理解している物理法則のうち、どれだけがこの異世界に通用するのか、というね。
(というかね。骨に人間が助けられると思う?そもそも何からどうやって助けろと?)
「えーとですね…定番としては、もとの世界に戻るとか」
(戻れると本気で思ってるの?)
「思ってないんですか?」
(えっ)
「えっ」
……だめだ、やっぱりこの婆っ子、認識が甘いわ。甘すぎる。
世界を越えて戻るのがどれだけ難しいか考えたこともないんだろうね。
ちなみにあたしの推測では、一個人が太陽系外探査宇宙船を一から理論を構築して、資材を集めて、建造して、打ち上げて、帰還させるだけの技術と産業を生み出す方がもっと簡単、だ。
実際、海外じゃ火星まで行く事業を民間で目指してる人がいたもんな。着実な宇宙開発のために、月面探査機の開発競争に賞金かけたのは、別の団体だったかもしれんが。
それにひきかえ、この婆っ子の計画性のなさったら、まったくもう……。
必要なリソースをどこからどうやって調達するつもりなのかもわからないけど、それを考えなきゃいけないこともわかってないのか。
「そこは、ほら、転生なんだから神様がなんとかしてくれるもんでしょ」
(それ、本気で言ってんの?)
眼球とまぶたがあったらジト目で見てやるところだ。
(こんな面倒事に何にも説明もなく放り込む神様がいたとして、無条件に信じられると思ってんの?)
しかも骨と婆に転生(?)ってアボカドバナナかと。
それに、召喚ものならいざしらず、転生しちゃったらもとの世界に戻れるとも思えない。
下手したら来世はミミズか微生物、って可能性もあると思うんだけど。
……ひょっとして、生まれ変わりじゃないのなら、もとの身体にさえ戻ればなんとかなると思ってるのかな。
思いついたヤな仮説が大当たりしてたら、この子の身体はばーちゃんの身体の人が使ってることになるってのに。
もしそうだったりしたら、すんなり取り戻せるとは思えない。
死んだ記憶がないって言ったって、前提を間違えてるだけなのかもしれないしね。
それこそ死んだショックで覚えてないとか。
生きてるとしても、もとの身体がどうなってるのかもわからないのにね。脳死とか植物状態とか。
最悪、今見ているのは、むこうの世界で死ぬ間際の走馬灯っぽい胡蝶の夢という可能性だってないわけじゃない。
そこまで悲観的に考えてるあたしが落ち着いてるのは、……なんでだろう。
骨だからって理由だけじゃない気がする。
未練はないわけじゃないけど、後悔はなるべくしないように生きてきたつもりだからだろうか。
この骨が、もともとのあたしのものじゃないのは確認済みだから、もとの身体が生きているのか死んでいるのかわからないのはいっしょだけど。
「それじゃ、この世界で生きていくつもりなんですか?」
(生きるも何も骨だけどね)
それでも、もとの世界に戻るよりはこっちの世界で存在する方が可能性としては高いと思ってる。
存在するだけなら。
なにせ衣食住は不要な骨だし。
活動エネルギー源がちと不安だが、こっちの世界には魔法があるようだし。
だけど、存在するだけじゃ、後悔せずに生きてることにはならんだろう。
だから、ずばり今の暫定目標は、最初に持った「『どうしてこうなった』に答えを見つけたい」ということに加えて、「こっちの世界で活動しやすい身体を手に入れる」、つまり「生身になる方法を手に入れる」ことだ。
ハードルは二つある。
骨から生身になるってことは、蘇生ということになるんだろう。
けれど、蘇生手段があったとしても、死体どころか骨からの蘇生ができるかってことと。
方法があってもそれを使ってもらえるか、ということ。
例えば、異世界の権力者を対象に考えてみよう。
定番どころといえば王様なんだろうけど、普通王様が死んだって、後継者がいれば、その人があっさり王位を継ぐ。生き返らせるなんて手間をかけたところなんて見たことないよ。
つまり、おお、死んでしまうとはなにごとだ、って台詞で生き返らせてもらえそうなのは、魔王と戦ってる勇者ぐらいなもんだってことになる。
つまり、あたしが生身に戻るには、自分で生き返る手段を入手するか、そのへんの国のトップよりもこの世界にとってかけがえのない人材になるか、どっちかをクリアしなければならない。
人材というより、骨材?
「な、なら、もう一つの定番で異世界知識のチートを」
(マッチの作り方、知ってる?塩の精製は?砂糖でもいいけど)
婆っ子はようやく沈黙した。
へー、ミルクティ色の肌って、青ざめると土気色になるんだー。
……ともかく、自分がお荷物ポジションだってことはわかってくれたようだ。
(あたしに一方的にあんたを助けたげる義理も気もないってのはわかったね。だけど、協力してくれるというなら、あたしも力を貸したげてもいい)
ぶっちゃけ、骨のあたしよりこの子の方が人にはなじみやすかろう。だからだ。この世界で生きるための第一歩、人間相手の交渉なら、あたしよりこの子の方ができる、と思う。
(寄生なし、貸し借りなしの助け合いなら、どう?)
「じゃあ、それでよろしくお願いします」
こちらこそ。って、名前、なんだったっけ?
異世界転生ものの王道要素ぶち壊し、三つ目は「転生システムがバグったようです」です。