隠れ家生活始めました。
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
荷馬車でごとごと揺られております。
子羊になった気分だ。そして数時間で王都よさらば。
……えー、ただいま移動中です。
さくっと商人っぽいかっこに変装したアロイスが御者をして、その隣にヴィーリが座っている。
で、あたしとグラミィは荷台で木箱をかぶるとかね。いろいろひどくね?
などなど言いたいことはたくさんあったが、騎士団本部から見慣れない顔の人間が、いかにも魔術師っぽいかっこで出て行くのは目立ちすぎると言われてはしかたがない。
ルーチェットピラ魔術伯さんとか魔術士団の副長さんみたく顔パスが効くならまだしも、あたしに至っては見せられないもんね、頭蓋骨。
それに、確かにヴィーリが一番あたしたちん中で目立ちにくくはある。
これ、格好の問題だけじゃないんだそうで、違和感を軽減したりできるからなんだそうな。
放出魔力を減らして存在感を薄くする以外にもいろんな小技があるものだ。
幻術系だったらぜひとも教えてもらいたいなー、と思っていたら心話がダダ漏れになってたらしくてOKしてもらえちゃいました。やったね。
まあ、王都から出たら、グラミィもクッションもらって木箱から出て荷台に座ってたけど。
確かに、グラミィも杖と放出魔力さえ隠せば、ただの地味なかっこのばーちゃんだもんな。
なぜようやくたどり着いた王都からわざわざ出てきたかというのにも意味がないわけじゃない。
まず、複数の騎士団が使用している騎士団本部にも宿泊設備はあるそうなんだが、あたしたちを泊めるわけにはいかないんだそうな。
複数の騎士団が出入りしているから、騎士団本部はアロイスたち暗部の人も紛れやすいことは紛れやすい。
闇を隠すなら人の中。闇も影も人とともにあるものだしね。
とはいえ、人の出入りが激しい騎士団本部にあたしたちを隠すのが難しいのは了解です。魔術師っぽいかっこで出ていけないのと同じ理由で。
骨のあたしならまだしも、飲食不要なのでとりあえず隠し部屋にでも放り込む、ということもできるし、夜中ならステルス移動もできないわけじゃない。
だけどグラミィとヴィーリは食事もするし日も浴びたかろう。人が生活するというのは痕跡が必ず残るものなのだ。
けどそれは『シルウェステルさんの現状』だけじゃなく『大魔術師ヘイゼル様の存在』も隠しておきたい王子サマたちには不都合なのだ。
だいいち、騎士団本部は王都にある騎士団なら使える施設という建前がある以上、わりと侵入し放題なわけだ。
まあアロイスたちも手は打ってあるんだろうけれど、どこから仮想敵の密偵が入り込んでくるかわかりゃしない。
それはクライたちの眼を借りて見た、王都全体にも言えることなのだが。
城門外のスラム街っぽいところは論外。
階級的なものもあるだろうが、よそ者に対する警戒の目は物理的なセキュリティ同様に強いのだ。
富裕層が住む辺りだって、あの王都内の建物密集ぶりを考えるとねー。
塀一つ越えれば隣近所からのぞけてしまうようなところで隠れるとか無理っしょ。
完全情報封鎖なんてできるわけないし、したらしたで、『不自然なまでに情報がない住民がいる』という情報が漏れてしまうことになる。
それも、情報操作の腕前がどのくらいかということまで含めてだ。
貴族の屋敷街みたいなところは、さらに困難。
政治闘争している御貴族サマ同士、国中の情報が集まってくるだろう王都で、情報戦に力を入れていないわけがないし、そもそも先祖伝来のお屋敷、誰がどこの屋敷の主でどんな人間が出入りしてるか、お互いに把握してるだろうし監視網が何世代にもわたって構築されてても不思議じゃない。
王宮に住んでるとおぼしき王子サマがお忍び用の物件を押さえているのかもしれないけど、それだって貴族階級の人間が調べようと思えば調べられる情報だろう。
つまり政敵にも筒抜けって可能性が高いのよね。『王弟殿下の手中に魔術師っぽいのが入っていった』って情報、漏れないと信じるのは使用人の忠誠心という精神的なものだけじゃ信用しづらいのもわかります。
というわけで、やってきました某御猟地!
王都から馬車で数時間?
王族所有の森にある一軒家……というにはデカイお屋敷で、これからしばらく三人共同生活なんだそうです。
隔離ともいうが一度されているから気になんない。むしろ王都に最寄りとはいえ、貴族の娯楽である狩猟用の森の中に放り込まれるとは思わなかったや。
この一軒家も王族が鹿狩りとかをする時に使うものらしい。そりゃこのでかさも納得だわ。随身取り巻き大勢いそうだもん。
あの、『かべのなかにいる』状態だった人とかもその一人かな?
〔なんですかそれ?〕
騎士団本部でのことなんだけどね。
マールティウスくんだっけ、ルーチェットピラ魔術伯さん。
あの人がなんで途中で退席させられるかなーと疑問だったのよ。
アロイスもカシアスのおっちゃんも王子サマ自身も、魔力の使い方を見るからに、魔術師というより騎士寄り。
つまり、王子サマにとっちゃ初見で信頼できるかどうかもわかんない、あたしたちみたいに強力な魔術師――それも自慢して言うが魔力と威力だけは相当に凶悪だ――に直接対抗できる魔術的手段がないに等しいのにも関わらず、魔術師系のマールティウスくんだけ退席させるってヘンじゃない?
魔術道具ってもんがあるのはわかってるから、打てる手がまったくなくなったとは言わないけど。
それでも妙なことには変わりない。
だから、ひょっとしてと構造分析かけてみたら、きっちり真後ろにいたのよねー、伏兵が。
隠し部屋、というかあの狭さから言って武者隠しみたいなものかな?
剣というより杖っぽいもの持ってたみたいだから、たぶん魔術師で間違いはないと思う。
それもかなり凄腕の。
あれ、あそこであたしたちが――手の込んだやり方で入り込んだ暗殺者か何かだったとして――何らかの敵対アクションを起こしかけた瞬間に背後から一撃、後はおっちゃんとアロイスで切り刻む、ってことも可能だったんじゃないかな。
ついでにいうと床にも落とし穴系の仕掛けがなんかあったみたいだし。
〔マジですか?!〕
うん、わりとあの部屋はヤバかった。
話そのものはこっちにもメリットある状態で和やかに終了したから、『お仕事お疲れー♪』の意味を込めて、武者隠しののぞき穴に手は振っといたけど。
〔それって、『隠れてんのはバレバレだから下手なことすんな』って脅しじゃないですか!〕
やだなぁ。メッセージをどう受け取るかなんて解読する人次第じゃないか。
あたしにばれてると思えば、今後あの部屋で会おうとするかどうかも考えるでしょ。
〔確信犯がここにいまーす!〕
そんな心話をかわしながら、あたしとグラミィは手分けしてお屋敷の中を見て回ってた。離れてても会話ができるってラクでいいやね。
浴室らしき部屋があったのにグラミィがものごっつい喜んでたが、それはまあいい。
玄関の戸が開く音にホールを覗いてみると、ヴィーリとアロイスが戻ってきたところだった。
荷馬車を置いてきてたアロイスはいいとして、ヴィーリは何してたん?
「我が分身を守りに置いてきた」
……まーた杖の枝を折っては挿してたのか。
魔力の感知範囲を広げると、確かに屋敷の四隅からヴィーリの魔力を感じる。
それ、あたしも魔力をやっといた方がいい?
「グラミィとアロイスにも、魔力を頼む。さもないと、一度出てしまうと二度とこの建物に入れなくなるから気をつけてほしい」
おい。今度はいったいなにやらかしたアンタ。
ティールームっぽいところに移動してからヴィーリを問い詰めたところ、根付かせた枝を基点に人払いの結界を張ったとあっさり言いおった。
結界といっても、あたしが術式を魔改造して作ったような物理的なものではなく、人間の認識をねじ曲げるものらしい。精神に作用する効果があるとか。
木々で囲んでしまえば迷い森効果もあると聞いてアロイスが頭を抱えたが、数秒で立ち直った。慣れって怖いね。
「森の民よ、その木々の植え替えは可能なのだろう?」
「幼いうちならば」
「なら、用が済めば森のどこかにでも植え替えておけばいいことだ」
それなら結界が消え失せずともかまわん、不要な人間の一人や二人迷っても……っておい、ぼそっと極悪な発言が聞こえたぞ?
王族所有の御猟地というか、情報漏洩の危険性を考えたならあの王弟殿下の所有地っぽいここで人間が行方不明になるってどんな魔の樹海だよ。ただの謀殺にしか見えないじゃねーか。
それはともかくとして。
「『アロイス、聞きたいことがある』とボニーが言っておる」
「何でしょうか」
「『まず、一つ目はクウィントゥス殿下のもとに、どれだけ魔術師がいるか』」
構造解析で真っ先に確かめたことだがこのお屋敷、年期こそ入っちゃいるが、王子サマのお部屋のようなトンデモからくりや伏兵がない。
ということは、ここでの隔離はアロイスの説明通り、単純にあたしたちの情報漏洩防止が目的なんだろうね。
それでも移動のタイミングから考えるとね。
あたしたちが王都に着く前には、ここのお屋敷が隔離場所として準備されてたってことになる。
おそらくは、アロイスの鳥便を受けてのことだろう。
つーことは。
あの王子サマにとっては、あたしたちの取り込みは確定事項だったんじゃないかな。理由はまるでわからないけれど。
だけど、元配下っぽいとはいえ、能力も伝聞でしかよくわかっちゃいない骨と老婆を、能力が高そうだからってだけでウェルカムしてもらえるほど魔術師系人材がいないってオチはないと思うんだよねー。
実力はたいしたことないかもしらんが、あのマールティウスくんとか。武者隠しに忍んでたあの凄腕さんの存在を考えると。
と、なると。
有能な人材を求めてるのは間違いないけど、ぺーぺーを入れた以上は最初の肩書きが魔術師系鉄砲玉風味下っ端、になるのかもしれないとか勘ぐっちゃったりもしてしまうのだ。
なにせこちらも片や骨、片や元JKのばーちゃん。
この詰んでる状況下、すがれるものになら藁にもすがりたいのが本心だが、だからといって泥船かどうかは確かめておきたいのですよ。
端的に言って、利用するだけし尽くされてポイされるインスタント手駒は勘弁です。せめて環境にもやさしくリサイクルを。ポイ捨て反対。
もちろん、あたしにゃただの下っ端ですます気なんてさらっさらないけどね?
鉄砲玉だって跳弾するんですよ?
どうせするならナインボールショットなみの手際を見せてやりたいが、それには目隠しナシであることが最低条件だ。
そーゆーわけで意訳すると、使える魔術師情報をとっとと吐いてくれやがりなさい、ってことなんです。
アロイスもカシアスのおっちゃんもあたしたちに貸して寄こしたあたり、王子サマも自分んとこの人材情報があたしたちに流れて使われたりするのも覚悟の上なんでしょうしねー。
「『二つ目は、そなたとカシアスどのがルンピートゥルアンサ副伯家と、アダマスピカ副伯家、この両家とどういう関わりがあるか。三つ目は両家の領地、両家が所属する派閥――長だけでない、構造と特色すべて――について』じゃそうな」
あんだけにっこり笑うって、相当私怨がたまりまくってるってことなんでしょ、アロイス。
さーて、きりきり吐いてもらおうじゃないの、その腹の底にたまりまくった憤懣を。
あ。ちなみに、あとで迎えに来るというカシアスのおっちゃんにもきっちり聞きまくるけどね。
裏サブタイトルは「隠れ家へドナドナ」。まんまですな。
ちなみに骨っ子は頭蓋骨内にて熱唱中。ロックテイストで頭上マフラータオルを振り回しながら。




