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因縁は腐れ縁

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

 いきなり王子サマが葬式とか言い出したのは、目眩ましのため、なんだそうな。

 いったん、シルウェステルさん死亡ということにしてそれを公表する。まあシルウェステルさんがお亡くなりになったのは本当のことだもんね。

 その裏で、あたしはシルウェステルさんとは別人の魔術師として、鼻先にぶら下げられた人参を追いかける、もとい、王子サマが出すお題を解いて、実力を証明せよということである。

 で、一段落ついたところで、王子サマの名前で、じつはこれこれこういう状態でしたと骨なあたしをさらすか、生き返ったあたしを表に出す。

 そしてシルウェステルを暗殺した実行犯とつながっていた外国を掣肘する、と。

 ……この王子サマ、やりおるな。

 一つの策であたしの見極め兼、シルウェステルさん暗殺黒幕を押さえる一手を打つという一挙両得を狙うあたり、やっぱアロイス以上に策略特化型なんじゃねーの?

 で、肝心の実績作りの課題ってなんですのん?


「不穏な気配のある副伯家がある。それを洗って欲しい」


 ……まあ、ざっくり聞いただけだとなんとも言えませんな。もちょっと詳しく。


〔これ以上聞いたら、拒否権なくなるんじゃないんですか、ボニーさん?〕


 何を今さら。ここまで来たら、拒否権なんてもんはないです。あるのは条件闘争だけだ。


〔ええー〕


 えーじゃないです。いい条件で手を結べるようにするのが最優先なんだから。


「問題の副伯は、ルンピートゥルアンサという」


 その一言でカシアスのおっちゃんとアロイスの顔色が変わった。

 なんぞ?


「副伯にしては内証がかなり裕福だ。領地に交易港と魔力だまりがあるからな。そこに集まる交易品や魔物、魔晶(マナイト)を目当てに一攫千金を狙う人間が集まり、欲に染まった人間が闇を作る。じつにわかりやすい構図だろう?」


 王子サマはうんざりしたように息を吐いた。

 どんどんかぶってた猫が脱げてませんか。いや気を許してくれるのはとっても嬉しいんですが。


「闇を作るような者など、尾を振ろうがすり寄られようが、一線を越えさせぬのが領主というものなのだがな」


 つまり、ルンピートゥルアンサ――舌噛みそうな名前だな、今のあたしにゃ舌ないけど――には、後ろ暗い連中がぽこぽこと跳梁しまくってると。そして領主が跳梁を許しているということか。

 王子サマは領主が連中に取り込まれたと見ているけれど、逆に領主が連中を取り込んだというセンもないわけじゃないのかもな。

 その結果治安が悪化していてようが、基本的にはその領内の話だし、腐敗した貴族ならばないわけではない話、らしいが。


 これだけのお話でも、わかることが結構あるもんですな。


 このランシアインペなんたら国がゆるやか~に中央集権なのかもしれないが、そんなに厳密な統治体制のできた国家じゃないってこととか。

 必ずしも絶対王政が成立しているわけでもなさそうだってこととか。

 逆に、各領地内には王族も無理に干渉できないらしいってこととか。


 だって相手は副伯爵なんですぜ?

 男爵ほどではないが、それでも下から数えた方がいいような下級貴族。

 なのに、王族が公然と調査ができないって。

 よほどの理由があるんでしょうな。


 権力尽くで一方的に叩きのめせない理由として、ぱっと考えつくのは、副伯の上に王族でも憚るような大貴族がいるというパターン。

 王弟殿下といえども、権力的には引けを取らないような大貴族相手にはうかつに動けない。

 それこそ国を揺るがすような権力争いになりかねんし、無理矢理強引な真似でもしたら、王族に悪感情を持つ貴族達がばらばらに敵対行動を起こしかねないというね。

 束になって、まとめてかかってきてくれれば、まだいろいろとやりやすいのだけど。


〔今、さらっと怖いことを考えませんでしたかボニーさん?〕


 虫の知らせなんじゃないのー?


〔気のせいじゃなくて確定じゃないですかー!〕


 それはいいから、今は王子サマの話をよく聞いとこうってば。


「現当主は女性だ。その妹がアダマスピカ副伯家に嫁いだのだが、そこの領主が十数年前に亡くなった。それ以来ずっと、アダマスピカ副伯爵家にルンピートゥルアンサ当主の子を養子として送りこみ、副伯の座を継がせようとしているが、難癖を付けてあしらっているところだ」


 ふと隊長二人を見てあたしはぎょっとした。

 カシアスのおっちゃんが険しい顔になっているのはともかく、うっすらとアロイスが笑ってる。

 ヤベェ笑みだこれ。よっぽど腹に据えかねる何かがあるようだけど。


「よほど宮廷というものを見くびってくれているようでな。ただの他家の乗っ取りにおいそれと手を貸すような者が生きながらえるほどぬるい場所だと思うのか、それとも集う我々を愚かだと思いたいのか」


 唇だけで王弟は笑い、手にした羊皮紙っぽい書類を振った。


「さらに、これだ」


 ……えーとそれ、あたしが書類入れから出したやつですよね?


「『ルンピートゥルアンサに近づく勢力あり』と、スクトゥム地方に赴いたはずのシルウェステルの文には書いてあった。どうやら地方を越えて誘いの手が伸びていたようだな」


 カシアスのおっちゃんがぎちりと革籠手を嵌めたままの手を握りしめた。

 許せませんか、そうですか。

 まあ、おっちゃんのように真面目~にお仕事をこなしてる人から見れば、腐敗した上に乗っ取りだとか国を売る内通者だとかふざけんな、と言いたい気持ちもほんのりわからんでもない。

 だが、あたしたちが優先すべきはおっちゃんたちの感情でも正義でも真実でもない。


「『では、クウィントゥス殿下はいかなる結末をお望みですかな?』」

「賢女どの、それはいかなる意味だ」

「わしの言葉ではございませんぞ、カシアスどの。ボニーの言葉じゃ。『確かに事実を探ればいくつかの真実は見えてまいりましょう。されど、それは殿下の望まれる決着を導くものとは限りませぬ。ゆえに、まずは殿下がお望みの結末とはいかなるものかお教えいただきたい』じゃと」

「……さすがだな、シルウェステル。幽明境を越えてもわたしの意図を見抜くか」


〔どゆことです、ボニーさん?〕


 つまりだね。

 問題はルンピートゥルアンサって貴族の素行不良だけに留まらんのだよ。アダマスピカというおうち乗っ取りに手を出してる段階で、国法で裁くべき事柄なのだろうし。

 外国と通じてるって話にいたっては、これ、反逆罪じゃないかね。むこうの世界の中世ヨーロッパみたいに複数の君主に最初から仕えてたわけじゃなさげだし。


 ただ、どれもこれも決め手に欠けるのだろう。

 他家の乗っ取りは違法らしいが、王弟殿下の言葉によればそれは防げているのだし。

 外国の勢力と近づいているというのも、おそらくは現在のところ、生前のシルウェステルさんの報告だけであり証拠はない。

 ついでに言うと、証拠があったって、権力闘争の中では意味が薄いかゼロになるとあたしは考えてる。

 法治国家がなんぼのもんじゃ。どんなにはっきりとした真実を暴いてみせても、向こうにもケツ持ちがいるのなら、そして庇うだけの価値が長ったらしい名前の副伯家にあると認めているのなら、なあなあの処分で済まされかねんのだ。

 だから、今まで王子サマも動けなかったのだろう。

 そこへ確実な証拠を掴んだからって、有頂天で飛び込んで『異議あり!』とかやったって、黙殺されるだけだろう。

 黙殺されるだけならまだいい。逆恨みで狙われたりしたらたまったもんじゃないと思わないかね?

 頼むから政治闘争はあたしの知らんところでやっておくれ。面倒だから、というのがあたしの偽らざる本音。なのだが。


 裏を返せばいくらでもやりようはあるのだよ、グラミィ。

 逆恨みされたくなかったら、恨まれてもぐうの音も出せないほど最初から最後まできっちり踏み潰しておくとか。

 権力闘争で明確な証拠の価値が失われるなら、ルンピートゥルアンサを最初から孤立させとくとか。

 庇えば旨い汁を吸えるからという理由で、向こうの味方をしている貴族達だって、庇うだけの価値がなくなれば、もしくは自分たちも一蓮托生で裁かれかねんと思えばあっさり逃げていくことだろう。

 必要なのは、貴族視点での正義。貴族の中での世論を味方につければ正義は我にありといくらでも言える。

 ……まあ、血縁などで逃げ切れない人はご愁傷様だけどね。


〔うわ、久々に真っ黒いですよボニーさん〕


 おうさ。王都に来るってことはこーゆーこともありなのだよ、覚悟してたかい?


〔するわけないですよー〕


 じゃあ今しておけばいいじゃん。

 そもそも、最初から王弟殿下は『やらかしたっぽい貴族の犯罪を明らかにしろ』と言ってるのだ。

 つまりそれは証拠が嘘でも真実にしてしまえ、断罪しろってことなのだ。


〔うわぁ……王子様も真っ黒でしたー。夢も希望もなくなりますー〕


 王弟殿下は萌えターゲットから外れてたんじゃなかったっけ?

 ともあれ。

 王子サマが望むのは問題の家のお取り潰しか、降格か。当主の首のすげ替えで温情を見せるのか、他家の乗っ取りに送り込んでるとかいう子どもまで一族まとめて処刑なのか。

 目的によってこっちが取り得る手段は変わるんですがね?


「はっきり言おう。ルンピートゥルアンサは我が国の傷だ。膿爛れて蝿のまつわりつく傷だ。蛆虫が湧き全身に毒が回る前に、すっぱりと切除して治療をしなければ手遅れになる、わたしはそう考えている。愚か者も、裏切り者も、王族を見下す者もこの国にはいらぬのだ」

「証拠なぞないまま処断されたとしても、たとえ冤罪だったとしてもまったく心は痛みませんね」


 つまり、すっぱりヤれってことですか。後腐れのないようにやっちゃっていいと。

 ……イイ笑顔を浮かべたまんまのアロイスの場合は、鬱憤がたまってるというか、私怨じみてるというか。


〔ずいぶん大きな話になってきてませんか?ハードル高すぎだと思うんですけどー〕


 だから、これが能力試験なんでしょ。

 お使いレベルじゃ十全な結果が出せて当然なんだろうけど、普通の情報収集だったら、下っ端の斥候でもできるのだ。

 自分で考えて、状況にある程度対応できるようなら、まあおっちゃんたちの部隊に放り込めるくらい。

 でもここまで深読みして、状況そのものを動かしうる相手だということをアピールできれば、それでこそ大魔術師ヘイゼル様として扱ってもらえるというものだ。


 王子サマたちが欲しいのは、能力の高い駒だ。

 ある程度情報を既に知ってたおっちゃんたちでも、対処しきれなかったことを洞察し、なおかつ膠着した権力構造すらこじ開ける力があるなら、きっと大事に庇護してくれるでしょうよ。

 こき使われもするってぇのは目に見えてるけど。

 それでも、王子サマたちがいい大駒扱いをするということは、下手にあたしたちを切り捨てにくくなるということでもあるのだよ。

 高評価とずぶずぶな癒着大歓迎です。

 そう思えば高いハードルも跳びがいがあるでしょ?

 むしろ蹴倒して走ったって問題はなし!


 それはさておき。

 いっくら腐敗してるとはいえ、貴族の家一つをどうこうしろと丸投げしてくるならば、あたしらだけじゃ手が足りないんですがね?

 そもそも骨のあたしに何をどう情報収集しろと?


「こちらからはアロイスとカシアスを貸そう。その手勢、任務、好きなように使ってよい」


 それはありがたい。というか、すげえ大盤振る舞いだね。よほど手に余ってたのか、それとも。

 ……ところで、おっちゃんとアロイスはそれでいいのかな?


「罪にはその昏さにふさわしく重い罰を。それが俺の望みだ」

「ついでに、この手で裁きを下せたら申し分ないですね」


 ……さらりと条件を積み上げたなアロイス。というかカシアスのおっちゃんもむちゃくちゃ殺る気になってるって、ほんと、ルンピートゥルアンサ副伯ってば何をやらかしたんだか。

 

 ともあれ。

 隊長ズのその望み、かなえてやろうじゃありませんかの。

 そのかわり、きっちり知る限りの情報を吐いてもらう必要があるけどね!

 その後は手足となって、とことん動いてもらうけどね!


「アロイスどの、カシアスどの。『全力を尽くすが、巻き添えにする以上罪人になる可能性もある。覚悟はあるか?全てを失う覚悟、二重生活をする覚悟、そして自分の誇りを曲げる覚悟が』じゃと」

「待て、あ、いやお待ちを。最後の一つはなんですかな?」

「二重生活というのもよくわかりませんが」

「『悪評を立てる以上、隊長として、騎士としての生活がこれまで同様には営めなくなる可能性がある』そうな。それと、もう一つは、『醜聞が隊長どのの今後に差し障るおそれがある』からじゃと」

「かまいません」


 即答したな、アロイス。

 ……まあ、誰が裏切り者かわからんランシア山の砦に踏み込んでった時の偽装を思えば、ねー……。

 ある意味醜聞で偽装するベテランと言えるか。


「それがしも、騎士として全てを失う覚悟はつねにございます」


 ……う、うん。死ぬより辛いことも人生たまにはあるかもしれないけど、頑張れおっちゃん。


「では、シルウェステル。今必要なものはあるか?」

「『いろいろとございますが、まずは情報と、情報。この準備が最も重要かと』」

「違いがあるわけだな。一つ目の情報とはいかなるものだ?」

「『こちらが活用すべき情報』」

「二つ目の情報とは」

「『あっちにくれてやる情報』」


 あたしとグラミィの答えにちょっと目を見開いた王弟殿下は、……それはそれはおもしろそうに微笑んだのだった。


「……シルウェステル師は亡くなられてから陰険になられましたな」


 失敬だなアロイス!


「『備えは万全にすべきだろう?』」

裏サブタイトルは「混ぜるな危険、混ざった以上安全地帯ナシ」。

アロイスが赤狐だとすると、クウィントゥス殿下は銀狼って感じでしょうか。

そこに骨っ子の手によって放り込まれたグラミィの運命やいかに?(おい)

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