探り合う腹は二重底だらけ
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
ようやく席を勧められて座ることができた。
隊長二人は『おうぢさま』の護衛ってことで両脇に立っているが、それはしかたあるまい。むしろわかりやすく警戒してくれてありがとうって感じだ。
だってこの部屋の狭さ、壁がどんだけ厚いんだって思うくらいだし。
断熱防音効果はもとより、なんか仕掛けがあってもおかしくはない。
武者隠しとか、隠し通路とか、落とし穴とか。
……忍者屋敷並みにからくりの仕込まれた騎士団本部ってなんだかなと思わなくもないが。アロイスの任務を考えるとあながち間違っちゃ無いのかもね。
「ところで、イニフィニアス殿はいかがなさっておられますかな?カシアスはお目にかかれなかったそうだが」
「あの方は、な……」
〔って、誰ですかー?〕
覚えとけよ。魔術士隊が言ってた、『ヘイゼル様の王子様』のことだ。
あたしが心話で突っ込んだ途端、瞬速でグラミィの表情が変わった。
深刻な苦悩を抑え込もうとするように顔を背け、目元を拭ってみせる。
マヤかおのれは!
〔やれって言ったのボニーさんじゃないですか。つーかそっちだって芸が細かいですよね!さりげなくあたしの肩を抱いて慰めるポーズを取るとか〕
いや。一応リアクションに不信を持たれた時のフォローのつもりだったんだが。
まさかあんたが肩まで震えるほど爆笑しかけるとは思わなかった。あぶねーあぶねー。
でも泣いてる演技にリアリティが出るぞこれ。
〔つまり、最初から追い打ちをかけるつもりだったと。楽しんでますか実は〕
ここまで来たら、綱渡り状態も楽しまにゃ損だという気がしてきてもおかしくないんじゃない?
心話の内容のわからない相手がおたおたしてるのも、人間観察のチャンスだくらいに考えておいたほうがいいくらいにはね。
開き直りとも言うがな!
なにせ、向こうサマだって、きっちし本人確認にかかってくれてるんだもの。
膨大な魔力量を見せつけたから、相当な力はあると認めたはずなのに、王弟殿下自ら不意打ち気味で『ヘイゼル様の王子様』の話をふるとか。
ここまで念には念を入れてくれるんだもん。せいぜいボロが出ないよう、あたしはシルウェステルさんを、グラミィは大魔術師ヘイゼル様を騙るしかないっしょ。
〔ですよねー。ほどほどに頑張ります〕
おー。笑いも収まったことだし、頼むよ。
「グラミィどの、お心持ちが落ち着かれぬのでしたら、何かご用意いたしましょうか」
「……いや、カシアスどの。お心遣い痛み入る。こちらこそ、不意にあの方の名を耳にしたとはいえ、年甲斐もなく殿下の御前で取り乱すなど、見苦しいところをお見せいたした」
グラミィが謝罪してみせると、複雑ーな顔でマールティウスくんが口を挟んだ。
「失礼だが、グラミィとは……」
「今はそう名乗っております、ルーチェットピラ魔術伯どの。もはやあの方が呼ばれた名を他の口より聞くのもつらく思われましての」
「なるほど。いや、立ち入ったことを伺いました」
よし。
グラミィの言葉遣いがちゃんと敬語になってるよ。
エレオノーラ、ありがとー!
多少怪しくても敬意が伝わるのは大事である。
そのおかげもあって、マールティウスくんは大魔術師ヘイゼル様に対する疑念をほぼほぼ解いてくれたようだ。
素直な子は交渉相手としてはじつにありがたい。
ひねくれまくったアロイスと、その上位互換っぽい上司が控えているだけにな!
「では、そちらが報告にあった『ボニーと呼ばれている骨どの』か。すまぬが顔を見せてくれぬか」
上司サマがお望みならば、こっちはかまいませんけど。
アロイス、いいの?
ちらとフードを向けるとアロイスは苦笑して首を振ってみせた。
では遠慮なく。
フードを下ろし、黒覆面状態にかぶってた頭巾を外すと、マールティウスくんははっきりと息を呑んだ。
クウィントゥス殿下はさすがにここまでストレートに表情に出さんだろうと思ってたが、微妙に眉を寄せている。
とっくに骨格標本状態だって、報告行ってたはずなのにね?
〔『王子様』なら、グロ耐性なくてもしょうがないんじゃないんですかー?〕
そっけないなグラミィ。『王弟になっちゃったなら王子様じゃないですー。それに期待してたのより年上過ぎてぜんぜん萌えません!』と強く主張していただけのことはある。
まったく、いらんところでぶれないよね。
「その、顔だけがそのように見せかけてあるということはないのか?」
マールティウスくんの問いに素直に手袋を外して、巻いてた布をほどいてみせる。
幻影じゃないですよー。てゆーか、幻系魔術はやっぱしこの世界にあんのね。教えてくれてありがとう。
感謝の気持ちを込めて、サービスしたげよう。
尺骨の間にご覧の通り、布も通そうとするとちゃんと通りますよ?
通した布がするんするん動くのに、種も仕掛けもございませんよほーれほれ。
……実演してたら、マールティウスくんの顔が面白いくらい青くなったのは予想外だったけど。
「もういいだろう、マールティウス」
あ、そうですか。じゃあ見世物興行もこのへんで打ち止めってことで。
布は巻き直すのに時間がかかるから、手袋だけでも嵌めとこうと思ったが、殿下に止められた。
「いや、気遣いは無用だ」
イヤイヤイヤ、王弟殿下みたいな権力者にあたしの存在がばれた以上、ある程度の迎合は必要だと思ってますとも。多少のお気遣いくらいはいたします。でないと化け物扱いで排斥されても仕方ないのだもの。
国のトップレベルの人間に排斥されるというのは、その旗下に付いている何千人、何万人という人間に排斥されうる可能性があるということなのだ。
というか、これはほんのりアロイスも気遣ってあげての行動だ。お気になさらず。
「ルーチェットピラ魔術伯さま、これでボニーなる骸骨が動くだけでなく、人語を解するということは理解していただけたかと存じます」
「しかし、アロイスどの。それがシルウェステル叔父上ということは、やはり信じがたいのだが……」
まあ、その気持ちはわからんでもないわな。
「そもそも、以前の叔父上と魔力の質が違う。焔と氷ほどにもだ」
あ、アロイスがひっそり頷いてる。確かにそれは魔術士隊にもアロイス自身にも指摘されたことだね。生身の魔力と異質すぎるってのは。
「色あいは変わっていないように思われるのだが……それが、グラミィどのとあまりにも似ているのだ。それこそグラミィどのが操っていると思われてもおかしくはないほどにな」
似てるんだ、あたしたち?自分の魔力の色とかよくわからんのですが。
〔言われたこともありませんでしたねー〕
「魔力の質が変わったのは、やはり越えがたき死の境を越えてしまった身だからではないかな。確証はないが」
「いや、ただの推測に是非は申せません。それより似ているという事実はいかに」
「ルーチェットピラ魔術伯どの」
にっこりとグラミィが穏やかに言う。アロイスの真似かこれ。
「親と子が似ているのはなにゆえと思われるかの?」
「は……?いや、しかし……もしや!」
ぴしっとマールティウスくんが固まった。
いろいろ考えてんだろうけどなー、全部的外れだと思うぞ。
今のは単なる対話法によるごまかしだ。あたしとグラミィにしかわからんが。
これ、相手に相応の知識と考える力があることが前提の攪乱方法なのだ。
頭のいい相手ほど、勝手に高度な答えを出してくれるステキな弁論術である。
サンキューソクラテス!まさかこんな異世界で使われるとは思わなかっただろうけどね!
「シルウェステル師であると断じた証拠はこれにございます」
紋章布と短剣、細い筒状の書類入れをアロイスが差し出す。几帳面にちゃんと持ってきてたんだね。
「報告書にも記載いたしましたが、崖より墜落した馬車より発見されたものにございます。紋章布はランシピウス家のもの。短剣にはシルウェステル師の紋がございます」
「あ、ああ。拝見いたす」
かくかくと再起動したマールティウスくん、鑑定を始めると次第に落ち着いてきた。
いざとなるとちゃんと頭が切り替わるのか。そのあたりはさすがだね。
「……ふむ。確かに当家の紋と、叔父上の個人紋に間違いはない」
「見覚えは」
「ない」
「では、こちらの書類入れはいかがでしょう」
マールティウスくんがちょっと焦点のぼけた眼差しになり、手をかざす。魔力を流しているのかと見てみれば、あたしにも繭のような編み目が見えた。
「これは……魔力鍵にて封印がなされております。開封は施した者か、開封可能と指定された者にしかできません」
え?そんなもんあるの?すっぱり開けちゃったよあたし?
〔これまで気づいてなかったんですか、ボニーさん?〕
や、だってなんか重要そうだったから極力出してなかったし。それに砦でアロイスに渡してからは見てなかったもの。
しかもこれ、マールティウスくんが魔力流したから気づいたけれど魔術道具だ。
周囲から魔力を取り込んで、指定した術式や鍵を維持するようになっている。
ごく普通の人間が触っただけでも微量の魔力を吸い取り、いっそう固さと術式を維持するだけじゃない。
魔術師みたいに魔力の強い人間が解錠したり壊そうとしたりしたとしても、触れれば触れるほど魔力量は増大するようになっている。
うわー。開けようといじればいじるほど、とんでもなく強固に封印される術式とかタチ悪いなー。
「壊して開けることは可能だろうに」
「おやめになった方がよろしいかと。外装に強化を施してありますが、それでも耐えられぬ力が加われば焔を噴き出す術式が組んであります」
……証拠隠滅手段までばっちり実装してるんじゃねーか。
最初に触った時、蝋などで封印されてないのを不思議に思ったけど。いらんわな、そりゃ。
「ふむ。どれ」
王弟がかるくつまんで引っ張ってみる。
「やはり開かぬか」
「わたくしも入手いたしてからいろいろ試したのですが……。壊して開けることを諦めて僥倖でした」
そっかー、開けられなかったかー。しかたないなー(棒)。
では開けてみせよう。
〔そんな、堅いジャム瓶の蓋を開けてみせよう、ぐらいのお気楽さでいいんですか?〕
いいんです。
なにせ一回開けてるし。もっぺん開けられたなら、それはつまりあたし=シルウェステルさんって証明にもなってくれるということだから。
……これで開けられないとかいうヲチだったらどうしようとはちょびっと思わなくもないけど。
ちょいちょい、と寄こしてみろという手真似をした。
四人は顔を見合わせたが、王弟殿下の目配せで書類入れをカシアスのおっちゃんが持ってきてくれた。
では。運命の一瞬です。
内心ほんのり緊張したが、指の骨先でつまんで引っ張った蓋はするりと開いた。
……なんだ、もうちょっと驚いてよ。カシアスのおっちゃんとか殿下とか。
マールティウスくんだけだよ、素直に顎を落っことしそうな顔になってくれてるのは。
〔アロイスさんの報告を信じてたら、予期されててもしかたないんじゃないんですか?〕
それもそうか。
ほい、と開けた筒を返すと、おっちゃんはそのまま王弟の手元へと持っていった。
……渡しちゃったあたしが言うのもなんだけどさ、毒針の罠が仕掛けてあるとか疑わなくていいのかね?
〔あれだけ厳重な封だったのに?泥棒対策のため、金庫の中にドーベルマンを入れてます、ぐらい意味がないと思うんですけどー〕
そうかなあ?
殿下が引っ張り出した書面にさっと目を通したと思った途端、すごい勢いで二度、三度と読み返した。
何事もなかったように表情は取り繕ってるけど。何が書いてあったんだろうなー。謎です。
〔一度開けて見たんですよね、ボニーさん?〕
うん。開けて見たよ。
見ただけだがな!
なにせあの時がこの世界の文字の初見だったもんねー。読めるわけがない。
〔……納得しました〕
「マールティウス。この魔術鍵を開けられた以上、かの者をシルウェステルと認めるか、否か?」
「認めざるを得ないでしょう」
「では、先ほどの話の通りによろしく頼む。今後もルーチェットピラ魔術伯家の忠義に期待する」
「承知いたしました。それでは、御前を失礼いたします」
あたしたちの会話の向こうで、どうやらマールティウスくんもうまく丸め込まれていたようだ。
あたしたちに目でやや丁重に会釈をすると、部屋を退出していく。
…………。
ん?
んー。
……ふーん。なるほど。
あたしはひっそり構造解析の術式を顕界した。アクティヴソナーがわりなので、ほんの一瞬だ。
ふむふむ、やっぱりか。
一人納得していると殿下の視線がこっちに来たので、慌ててグラミィともども居ずまいをただす。
「さて。シルウェステル・ランシピウス。よく戻った、と言うべきかな。無事にとは言い難いが」
ですよねー。骨ですもんねー。
内心同意しながら、腰に吊した袋から例のこっくりさん用紙と例文集を取り出した。わざと無防備にもそもそ動いているように見えるかもしれないが、カシアスのおっちゃんが警戒しているのもちゃんと気づいていたりする。
さあ、今こそ異世界語の学習成果を披露するとき!
かたんと薄板を卓上に置き、例文を指さす。のぞきこんだアロイスが片眉を器用にしかめて読み上げた。
「『大変ご心配をおかけしましたわ。ごめんなさいね』?」
…………。
エぇ~レぇ~オぉ~ノぉーラぁああああ!
なんだこの微妙に女性言葉の例文はぁ!
さっきの感謝がお空の彼方にすっ飛んでったじゃねーか!
しかも、敬語も王族相手のものじゃないだろこれ。頑張って家長相手ぐらいの軽さって。
ううう、微妙な沈黙が痛すぎる。
アロイスにとことん監修しといてもらえばよかったよー。
内心がっくり落ち込みながら、今度はヴィジャボードを指さす。
よく使いそうな単語を周囲の空白にびっしり書いてもらってあるので、なんか見た目がどす黒っぽいが、あまり気にしないでいただきたい。
「ええと、『初め』、『今』『わたし』『口』『ない』、『終わり』」
「……『今のわたしは喋ることができない』ということか?」
おっちゃん、正解!
ヴィジャボード上の『はい』を指さす。
「『初め』、『これ』『使う』『話す』……『はや、く、ない』?」
「ええい、まどろっこしいな!もっと手早い意思疎通手段はないのか?」
あ。殿下が軽くキレた。
いずれこうなることはわかってたけど。普通の会話に比べればたるくてしょうがないもんね、これ。
しょーがない。グラミィ、ここは通訳頼む。
〔わかりましたー〕
いいもん、頑張った結果がここで役に立たなくても、別の機会はあるさ。たぶん。
あたしはヴィジャボードを指した指で自分の歯並びを指し、グラミィの口元を指した。
「『では、代わりにこの婆に伝えたいことを喋ってもらうことにする。言葉が乱れるのはご容赦いただきたい』だそうじゃが。って、誰が婆じゃ。まったく」
くっとカシアスのおっちゃんと王弟殿下の口元が笑いに歪んだ。
「暗森の魔女どのが通訳とはありがたい」
「わしゃそんな大それた名乗りを上げたことはございませぬ。殿下もどうかグラミィとお呼びくだされ」
たぶん、この対応で正しいはずだ。
グラミィというか『大魔術師ヘイゼル様』は、あくまでも『異国で王子様に見初められた女性』としか聞こえてこない。
魔術士隊の話ですら、神!降臨!レベルにまでモリモリに盛りまくった内容だったのにもかかわらず、『王族』とか『貴族』の娘という話は一切出てこなかったのだ。
つまり、本人の身分は平民なみに低い可能性がある。
ならば、『大魔術師』と呼ばれるような存在であっても、『王子様に惚れられた女性』であっても、王弟殿下の前ではへりくだった姿勢をある程度見せておくべきなのだ。
「では、グラミィどのと呼ばせてもらおう。ところで」
すうっと王弟の目が細くなる。
「シルウェステル。記憶がないとは聞いたが、実のところどうなのだ」
「『赤子のようなものだと思っていただければ』と」
まあ、赤ちゃんというには足りないものが多すぎるけどな!
かわいげとか命とか生身の肉体とか。
「『文字も読めぬのに難渋いたしております。ようやく読み方を覚え直し始めたところゆえ、不調法なところはお許し願いたい』」
「では、あの文の中身も知らぬ、と?」
かっくりうなずいて見せる。いかにもそのとーりです。ホントのことだからしょーがない。
「……にしては、魔術の才も魔力の制御も以前と変わらぬように思えるが」
「魔力の暴発のおそれがございましたゆえ、制御法はとり急ぎわしが教えもうしました。魔術も少々手ほどきはいたしましたが、今ではわしが教えていない魔術も、わしが知らぬ魔術も使うことがございます。おそらくは、文字通り骨身に刻んだ術式の記憶を読み取っているのではないかと」
このへんの設定は、あらかじめこっそりグラミィと口裏を合わせておいたものである。
この世界の常識を知らなくても、シルウェステルさんが残したぶっ壊れ術式を顕界しても、ある程度言い訳が立つように設定するのはちょいと大変だった。
なお、あえて魔術以外の知識を伝えていない、ということにしてあるのは、魔力の暴発という傍迷惑なことを起こさないようにするのが最優先だったから、プラスグラミィの知っている知識が旧くなっているおそれがあるから、という理由を付け加えてある。
ちょっとつつけばぼろぼろ粗の出る設定なんだけどね。
たとえば、魔力制御も魔術の術式も、『概念』を知らなければわからない。
ついでにいうとその前提として『概念』を伝達するための言語知識がなければならない。
そして、言葉をグラミィからしか教えられていないという設定をそのまま通すならば、あたしの喋っていることになっている言葉は、すべて女性の言葉遣いになるのだよ。
さすがにそれは想像するとちょっとサムい。エレオノーラの迷例文のせいで、想像できてしまうから余計にサムい。
まーあたしの場合、生命体としては肉体依存度が下がっているので、魔力の認識や制御が上手になっている部分はあるのだろうけど。あくまでも推測だ。
「知識量は少のうございますが、知識の無きところに知識を作ることがございます。もしくは事実の断片をつなぎ合わせて真実にたどり着く力があるのやもしれませぬ」
はい、グラミィにもあたしのスペックは未知数です。あたし自身よく知らんのだし。
それを明言しておけば、グラミィがあたしの総責任者扱いになっても少しは当たりが柔らかくなる。かもしんない。
「これは今さらの疑問かもしれんが、グラミィどのは、なぜ骨どのと話ができるのだ?」
おっと、ストレートにぶっこんできたね、カシアスのおっちゃん。
「おそらくは、でございますが。わしが召喚せし者だからではありますまいか。また、落ち着くまではわしが魔力を与えておりましたゆえ、言うなれば誓約した魔物と術者のようなつながりがかたちづくられたからでありましょう。魔力の色あいが似ているというのもそのあたりが原因ではないかと推察いたしておりまする。とはいえ、わし相手でも気が向かなければ喋りませぬし、気が向けばわし以外にも話しかけるようではありますが」
ちらりとヴィーリに目をやりながら言う。
よしよし、こう言っておけば、アロイスやベネットねいさんに話しかけちゃったのもごまかせるんじゃなかろうか?
「ということは、今は、グラミィどのは魔力を与えておらんのですか?」
「いかにも、アロイスどの。ヴィーリから少々知識を得ましてな。おかげでわしも老骨に鞭打って魔力を養うこともせずにすんで助かっております」
「ほう……」
これも本当のことだ。
と、なんか話がずれてるね。戻して戻して。
「ボニー――と仮の名で呼んでおりますが――によれば、『少しでも記憶が戻ればと思うのですが、殿下のことも幽明の彼方に沈み、この身にありました忠誠の思いもまた寂寞として無のごとし。今は、殿下の御身すら他国の王族のように縁遠き方のように思われてなりませぬことをお許し願いたい』とのことにございます」
つまり、余計な忠誠心とか期待しないでねってこと。一方的な献身という名前のただ働きはイヤです。
だからといって王族がくれそうな爵位だとか土地だとかは、まったくもっていらんのだけど。
今のあたし達の魔力はかなりでかい。王都を壊滅できるようなヴィーリほどじゃないけど、それでもやろうと思えば、小さな村ぐらい、簡単に地上から消滅させることができてしまうのだ。
こんなもん、統治者からすればただの歩く災厄にすぎんでしょ。芽の内に摘んでしまいたいという気持ちはわからなくもない。
だからって、できてしまうという可能性はあっても、してやろうという意志は今のところ欠片もないってのに、権力でぷちっと排除とかされたくはないのがこっちの偽らざる本音である。
実力行使されるんならこっちもしたろうかレベルで、ですよ。
それを考えると砦での共闘――つーか、アロイスにうまく使われたことも悪くはない。取引のできる相手であるということが情報として伝わってるなら、やりようはある。
うまく取り込めるかもしれんと思うのは向こうの勝手だ。
「なるほど。生前のそなたから得た忠誠を、今のそなたから得られるかは、この身の器量次第ということか、シルウェステル」
お。わかってるね、王子サマ。
まあそうでもなけりゃ、危険人物(複数)に、王族自ら身をさらしてまで取り込もうとはしないかふつー。
こちらもムダに敵対する気もないし、アロイスたちのつないだ縁もある。王子サマの旗下に入るにやぶさかではない。
が、このまま取り込むにも取り込まれるにしても、いまいちつながりが弱いんだよね。
王子サマにとっては『あたしたちを取り込んで得られるメリットとデメリットが不確定』なんだろうし、こっちも『今から別の人間に取り入る選択肢は少ないがないわけではない』のだよ。
なにせ『王弟殿下に目を付けられた』というだけで、別の派閥にとっちゃ『取り込んだりちょっかいを出したりする価値のある相手』に格上げされているのだろうから。
そこであえて王子サマの手を取り、庇護を受ける代わりに、王子サマの敵の派閥に狙われる可能性のある道を選ぶには、何かが足りないとは思わんかね?
というわけで。
それでは王子サマ、あたしたちが積極的に味方になりたいと思わせるだけのプレゼンを、どぞ。信頼関係の構築はその後だ。
王弟殿下はしばらく沈黙していた。目の輝きがぜんっぜん、違う。
……ん?んんっ?
〔ボニーさん、やっぱりこの人も、魔力が……〕
グラミィも気づいたか。
カシアスのおっちゃんともアロイスとも違う形で魔力を使ってるとは思わなかったや、王子サマ。
(おそらくは魅了か、それとも感情を『見て』いるのだろう)
蒼銀に近い目の光は、それか。魔力そのものの働きを解析することは、やはりヴィーリが一枚も二枚も上だ。
どうやら騎士のように魔術を操れない人も、魔力を発することで何らかの効果を得ているというのは間違いがなさそうだね。
「では、まず聞こう。シルウェステル、今のそなたの望みはなんだ?」
「『最も強き望みは、生き返ることにございます。ただし、それはシルウェステル・ランシピウスとしての権利を以前と同等に主張するものではございません』じゃと」
「なに?」
「『いまだ生前の記憶が戻らぬ以上、おのれがシルウェステル・ランシピウスとしての価値を認められないことは骨身に沁みて理解しております。ゆえに、わたくしが現在最も切望するのは知識を得ること』」
あ、隊長二人がなんだかえらくしみじみと頷いてる。なんでだろ?
「『殿下には、せめてこの身が血肉を取り戻すまで翼下にお守りくださること、魔術の研鑽を改めて積むことの許可を願いたい。可能ならば魔術学院の学生としてでも初歩の術理から学びたく思っております。失った知識を再び身につけることがかなうならば、再び殿下に衷心より忠誠を誓う暁には、ご下知にもよりよく応じうるかと』と」
王弟殿下は意外そうに眉を上げた。そんなにあたしの主張は予想外だったかなー?
もともと魔術学院で学究の道に励んでて、その裏で王子様の密偵役もやってたシルウェステルさんは、おそらく貴族らしくない貴族だったと思うのですよ。
そんなシルウェステルさんでも、死んでました、でも動いてます、相続で財産みんななくなっちゃいましたなんてマジ勘弁、全部返してとか主張しようとしたら、貴族の家一つ揺るがす大騒動を起こせるのだ。
だけどそんな身分や財産がらみの人間関係で揉めるのイヤです。
活動資金は欲しいけど、資産はいらん。
死んだ気で成り上がれ?
ヤですよめんどくさい。こちとらとっくに死んでます、ってなもんだ。
それに、骨だけに、というわけじゃないが、正直あたしの魔術はデッドコピーもいいとこなのだ。
魔術士隊からくらった魔術を覚えて改変したり、シルウェステルさんの杖に刻まれた魔術の術式を解析したりしているが、正直それにも限界がある。
そもそも杖に刻まれた、あの膨大な術式を全部解析できるかはかなり疑わしい。
杖に魔力を通せば術式が刻まれるということは、すでに刻まれた術式に魔力を通せば、そのぶん杖の術式が削られるということでもあるのだから。
いいかげんこのあたりで正統な魔術の術式の知識が切実に欲しいもんである。
「相変わらず、死んでも欲がないことだ。……めんどくさいやつだなまったく」
……今、本音をぶっちゃけやがりなさいませんでしたかこの王子サマ?
「富や名誉で釣れるなら事は簡単だというに。互いに信じ合う物を持たぬのだ、そのきっかけぐらいは作らせてくれてもよいではないのか」
なんなんだその愚痴は。
生前のシルウェステルさんも世俗の価値には重きを置いてなかったらしいてのはわかるけどさ。
あたしたちだって、正直権力者の権威は利用したいけれども借りは作りたくないんだけどなー。
むしろ恩を売って滅茶苦茶恩に着せようと思ってますよ!
あたしたちが王子サマに力を貸すのは、できないこっちゃない。
権力者なら格下の人間にみみっちい真似はできないでしょ。だからこそ返せないくらいの恩をさしあげたいところですとも。
だけど、まあ下手に貸しは作れないという王子サマの気持ちもわからんではない。
「『ならば、同道したこの婆』……じゃから婆呼ばわりはやめいっちゅうに。『と、もう一人、森精の行動及び身分の保障と庇護を願いたい』?」
グラミィがぎょっとしたようにこっちを向くのに合わせて、かっくりとうなずきを返す。
こっちの要求を上乗せして、王子サマの心の天秤をひっくり返そう作戦です。
「『もう一つの願いは、この身がなぜかようなことになったのかを知ること』じゃと」
「それはそなたの仇を取れ、と言うことか」
そういうわけでもないんだけどなー。まあ暗殺者の黒幕自体は知っておきたい。だがむしろあたし的には責任者出てこい、一発殴らせろ、ですよ。
初志貫徹は大事です。
「殿下。少々、よろしいでしょうか」
「申してみよ、アロイス」
「蘇生しうるかはさておき、シルウェステル師が心ゆくまで魔術を学び直すことも、師を暗殺せし首魁を突き止めることも一朝一夕ではかないませんでしょう。それゆえ、何か一つ殿下が任務をお命じになられてはいかがでしょうか?師が任務を果たしたなら、魔術学院でもへんくつ…いや、口の堅い導師を紹介するなり、首魁についての情報をさしあげるなりなさるというのは」
「……なるほど。任務の報酬として、シルウェステルの願いを叶えよ、ということか」
そうきたか。
馬の鼻先に人参ならぬ、クライたちにマールムとブラッシング作戦てか。
報酬を餌に仕事を与えておいて、それをどんな手段でどう達成したか、その行動から能力と人格を評価する。
一方で、仕事を与え受けることでさくっとつながりを作っておくと。
完全子飼い状態にするまでのつなぎ期間だが、外部からみれば囲い込み完了扱いになる。砦でアロイス自身がやってくれたのと同じやり口だね。
ワンパターンだが、効果的ではある。
〔どうします、この話?〕
利用する気満々ってのは丸見えだけど、いい落としどころだとは思うよ?
あたしたちを活用しようと思うんなら、最低限の情報や活動資金は整えてもらえるだろうし、あたしたちが動きやすい環境を作ってもらえることになる。
なにより、以前と同じ評価方法ということは、傾向と対策把握済みってことです。上手い具合に王子サマの懐に飛び込むこともできそうだ。
あ、でも条件はつけておきたいね。
これ以上人を殺せとか強制されたらたまらん。
他人の命より自分優先という覚悟は一度は決めたけど。だからって、大量破壊兵器扱いはごめんだ。
それに、今の状態でムダに敵を作ったら、いい蜥蜴の尻尾切りに使われてしまう未来がくっきり見えてしょうがない。
〔じゃあ、受けるってことで返事しますねー〕
「『やぶさかではございません。条件次第、ではございますが』じゃそうな」
「ほう……。即断か。おもしろい」
王子サマは顎を撫でながらにやりと笑った。
「ならばとりあえず、シルウェステルの葬式が必要だな」
……。
…………。
………………はい?
もしもし王子サマ、なんでいきなりそうなんの?
人の話聞いてないって通知表に書かれたことはありませんかね?!
〔この世界に通知表はないと思いますー〕
うっさいよグラミィ。言葉の綾ってやつだ。
隠居した父親に命じられて初交渉。そして早速先制ボディブローくらったあげく、ルーチェットピラ魔術伯さん、退場。
……という裏設定があったりなかったり。




