王弟クウィントゥス
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
通された部屋は思ったより小さかった。
アロイスを先頭に魔術士隊の面々とあたしたち、カシアスのおっちゃんと総勢九名が入ってったせいもあるが、さらに狭さが際立つこと際立つこと。
中にいたのはつるっと頭が眩しいおぢさんと、キツそうなおばちゃん、それから青年二人。
「大隊長……」
ちっさい声はドルシッラだろうか。おばちゃんがレーザービームかってくらい威力のある視線を向けた途端、悲鳴を飲み込んだような多重音声が魔術士隊の面々から聞こえたのは気のせいだ。うん、きっと。たぶんおそらく。
〔なんでボニーさんが率先して目をそらしてんですか?〕
そらすような目どころか眼球自体ないです。
というお約束はおいといてだね。
グラミィたちも、もちょっと放出魔力を減らしといた方がよくない?おばちゃん以外の三人からも視線が痛い気がするし。
急に人口密度が高くなった不快感のせいかしらんが、それは部屋を手配した人の責任だと思うの。
(わかった)
〔了解ですー。八つ当たられてもイヤですしねー〕
しゅるしゅると気配を薄くしたついでに、こそっと魔術士隊の面々を盾にしておく。
がんばれ、アレクくんたち。君らの上司のお怒りは君らが受けておいてくれ。あと不況時の圧迫面接とかこんなもんじゃないから。たぶん。
「クウィントゥス殿下、ヴィーア騎士団分隊長カシアス帰参いたしました」
「同じくフルーティング城砦警備隊長アロイス、職務を終了いたしましたことを御前に報告申し上げます」
戸をきっちり閉めたカシアスのおっちゃんとアロイスがざっと片膝をつき、一番奥の青年に向かって騎士の礼らしいことをする。
それを見た魔術士隊たちもおたおたと杖を脇に置くと両手を組んで胸に当てた。あれが魔術師の礼かな?
〔あたしたちも何か礼をしなきゃいけないんじゃないんですか?〕
したけりゃグラミィ、あんたがすればいいんじゃないの?
あたしは『記憶が無い』ことになってるんだもの。むしろしちゃいけないだろう。
グラミィだって臣下じゃないんだから、やらなくてもいい気はするけどねー。
下手に真似ても慣れない動作は見苦しいだけだし。へこへこしすぎるのも信頼度を下げるよ?
〔『無礼者!』って手打ちにされませんかね?〕
それ、時代劇の見過ぎだと思う。こっちの失点としてねじこんでくるかもしれないが、いきなり命にかかわるようなことにはならないと思うよ?
なにせ、この場を設けたのはアロイスとカシアスのおっちゃん二人なのだよ。つまりはそんだけあたしたちに価値を認めてるわけだ。
〔それにしては、めっちゃ長髪のおにーさんからの視線が刺さるんですけどー〕
あのおばちゃん並みに魔術師系っぽい人ね。気配薄くしてるのにこっち見んなと言いたいが、やりようはあると思う。
それより、問題は『殿下』という呼称の方だ。
やったね、グラミィ、念願の王族とのご対面だよ!
見た目だけなら、そこそこ整った銀髪蒼眼というのはそれだけで目の保養だろう。
ただし美青年ではない。そんな線の細そうな表現は似合わない。
顔立ちも体格も美丈夫と言った方がいいくらい、がっちりとした武人っぽい風格がある。
アロイスと同じぐらいの年かな?
にしても、かなり役者が違いそうだけど。
王族という肩書のせいか、老成した雰囲気があるせいもあるのだろう。
綺麗に後ろで一つにまとめた銀髪は肩甲骨を覆うぐらいだろうか。これはどこまでも伸ばしまくる魔術士とも、短く刈り揃える騎士ともちょっと違う感じのするヘアスタイルだ。王族専用なのかな?
髪の色がアンティークシルバーとでもいうのかな、やや沈んだ色合いなのが、紺藍の瞳とあいまって落ち着いた雰囲気を醸し出しているが、なんちゅうか、オーラがすごいや。
統治者の三要素のうち、二つは生まれながらに兼ね備えてるって感じだね。
ちなみに一つはカリスマ、二つ目は伝統、血筋だ。
〔三つ目はなんですか?〕
合法。
エレオノーラの話とかを聞くに、どうやらこの国では長子相続が確定らしいのだが、それはつまり現王やもっと高い王位継承権者がいる限り、彼はこの国の王にはなれないということを意味する。
それが不文律であれ、明文化された法律であれ定まり、遵守されるものであると認識し続けられてきたから、下手に悪あがきしたら廃嫡される。
まあこの人はいきなり王位を求めて内乱を起こすような、頭悪いことしなさそうだけど。
〔どうしてそう思います?〕
アロイスのせい、かな。
彼が砦で言った言葉、覚えてる?
『一騎士としての武勲より国が荒れないために力を尽くす』だったかな。
国王になりたいという野心がないのかもしれないけど、この人は国を守る方針で動いてるのだろう。
その方針に従ってるから、アロイスはああ言ったんだろうとあたしは考えてる。
〔なるほどー〕
ちなみにこのクウィントゥスという『おうぢさま』、先王の第五王子であるそうな。爵位はない。
臣下となるより、あえて王族に残ることで地位を担保し、王権のかなりの部分を担っているとは後で知ったことである。
カシアスおっちゃんの所属するヴィーア騎士団や、アロイスの所属している部隊――正式名称は教えてくれなかった。たぶん国の暗部なんだろう。いやいやもちろんあたしゃ何も知りませんし聞きたくもありませんからってゆーか言うな!あーあー聞ーこーえーなーいー――も、彼が表向きも裏向きも統括しているんだそうな。
表向きってのはなんなんだと思ったら、王弟とは名ばかりのぼんぼんを担ぎ上げたお飾り職、というめくらましもかけているから、らしい。
それをいっしょに聞いてたグラミィもすんげぇ微妙な顔になっていた。
……なんつーか、ものすごーくアロイスの上司っぽい人ですな。うん。情報操作の方向性とかに悪影響を感じる。
でも、王弟ともなれば、そのくらいの用心は必要なのかもしれないね。王位継承権なぞもかなり高い順位で持ってそうだし。
そんな国のVIPが、このタイミングでいきなりこっちに身をさらしてくるとは思わなかったけど。
付け加えると、おっちゃんたちの所属するヴィーア騎士団というのは、いわゆる名前を出せる『表』の騎士団に属するそうな。一応は。
ただし、本来の任務は『墜落したお星さま探し』なんて、今回のように脳天気なものではない。
実は、『王の目』とか、『王の耳』という異名を持つ国内の情報収集部隊兼巡回法廷騎士団なんだそうな。
つまり、司法官、警察官、税務官の兼任に情報収集力をプラス。
専門職もいるのだろうけど、騎士団が担当官の護衛任務のみを担当してるのではなく、それらの職務を全部遂行してるってのは相当すごい話だと思う。
特に警察権の行使なんておっちゃんに適任だと思うね。
その中でもおっちゃんの担当するランシア街道――このランシアインペなんたら国を縦断している国境の両端と王都を結ぶ大動脈――を任されるのはごく一握りなんだそうで、つまりはすごい騎士団の中でもエリートということになる。
そんな王弟殿下やおっちゃんたちと同席できてるってことは。
卵頭のおぢさんとおばちゃん、長髪のおにーちゃんは相当高位の貴族なのか、それともなんらかの権力を持っているということになるのだが、それが血筋によるものなのか、能力によるものなのかは見てのお楽しみといったところだろうか。
カシアスのおっちゃんとアロイスへ、『殿下』が軽く頷くように答礼するやいなや、口を開いたのは卵頭のおぢさんだった。
ハゲ頭を隠してないとこ見るに、魔術師じゃないんだろうなこの人は。
「カシアス殿。『墜ちし星』の探索の成果はいかがでしたかな。星そのものをお持ち帰りいただきたかったなどとは欲を申しません。二つも『星』は墜ちたのですから、どちらか片方の欠片でも入手しただけたのでしょうか。さもなくば墜ちし場所は、痕跡は、つかめましたかな」
興奮のあまりかハゲ頭を赤く染め、わきわきと指を動かしておっちゃんにせまるその姿にも、おばちゃんと長髪おにーちゃんは表情を動かそうとはしない。
だが、イヤそーにほんのり浮いた眉間の皺をあたしは見逃さなかった。
すごくわかるぞその気持ち。
こういう自分の興味のある物にしか反応しないだけならまだしも、過剰反応しかしない上に周囲の空気の読めないおぢさんって困るよねー。
〔妙に実感こもってますね〕
カシアスのおっちゃんは上座に目を向け、殿下が頷くのを確かめてから卵頭のおぢさんに向き直った。
「オーウムどの。申し訳ありませんが、今しばらく報告書を差し上げるまでお待ち願えませぬかな」
「いやしかし、貴殿らの任務は我々星見官の依頼申し上げた『墜ちし星の調査』ではございませんでしたか?なれば」
「おっしゃることもごもっとも。されど、グラディウスファーリの侵攻は喫緊の対応が必要な国の問題。後ほど報告書をお送りいたしますので、それまでのご猶予を頂戴いたしたく」
「……いたしかたありませんな。それでは、あたう限りお早く願います。いや、いっその事このままカシアスどのに星見台までともにおいでいただき、我らの質問にお答えをいただけたなら」
「オーウム。今、わたしの手元からカシアスを持って行かれるのは非常に困るのだが」
「……大変、失礼いたしました、殿下。『墜ちし星』がいかなるものか、明らかになることに、つい、心がはやりまして」
……うわぁすげぇ、つるっとさん。
やんわりした口調だが『殿下』がたしなめたのに、ここまで露骨におあずけをくらったわんこみたいに不服そうな顔をするとか。
王族に先んじて口を開くというフライングもひどかったが、ここまで貴族的常識が髪の毛並みに絶滅してる人をこの世界で初めて見たや。
エレオノーラはまだしも取り繕えてるもんね、騎士以外には、だけど。
政治的センスはまるっとゼロっぽいな。こんなのが王族と同席できるとか、大丈夫かこの国。
他人事ながらそんな心配をしたくなっていると、アロイスがやんわりと口を挟んだ。
「オーウムどの、実は『墜ちし星』は三つあるとのことですが」
「なんと!まことですかな、それは!」
喰い気味にとびつくおぢさんの勢いを、アロイスは手を上げておしとどめた。
「ええ。ランシア山に古くより住む者から聞いたことにございますが、なんでも『墜ちし星』は此度の二つのみならず。五十年ほど前にも、『ランシア山の向こう側に星が墜ちたことがある』とか。わたくしどもではその真偽を辿れませぬが……」
「なるほど、星見官の記録ならば!ご助言感謝いたしますアロイスどの!」
『殿下』への礼もそこそこに、卵頭おぢさんはすっ飛んでった。
いいのかそれでと思わなくもないが、この段階で情報を伝えるとか、よっぽど早々におぢさんに出てってほしかったんだね、アロイス。
相変わらず情報の使い方で人を動かすのがうまいなー。
まあ気持ちはわからなくもないから、ヴィーリから聞いた話を伝えておいてよかったと思っとくか。
台風一過な苦笑未満の共感が漂う中、ようやく王弟殿下が声をおっちゃんたちにかけた。
「カシアス、アロイス。ともに合力し、フルーティング城砦をよくぞ守ってくれた」
「勿体なきお言葉にございます」
「手柄は我々のみのものならず、魔術士隊のご助力あってのこととも心得ます」
「それは謙遜というものがすぎましょう、カシアスどの」
おばちゃんの声に、びくうっと魔術士隊の面々の肩が震えた。
「こちらの未熟者どもがヴィーア騎士団の方々に、たいっそうご迷惑をかけたことは、すでに聞き及んでおります。クウィントゥス殿下、このソフィア、魔術士団の名代としまして深くお詫びいたします。二度とこのようなことのないようにいたしますので、どうか」
「あ、いやソフィアどの、その件に関してはすでに当人たちからも謝罪を得ております。どうか御懸念なきよう」
「……『変幻』どののお言葉、魔術士団大隊長としてありがたくお受けいたします」
「ソフィア、先ほどの話を」
「心得ております。今後この者達は王都にて殿下の次命あるまで待機任務とし、親族にも情報を与えぬよう、箝口令を堅守させます」
「うむ。では、ベネティアス魔術士隊。久々の王都だ。その心身を休めよ」
「「「「はっ!」」」」
〔……なんであの大隊長さん、悔しそうにしてるんですかね〕
ひょっとしたら、ほんとはここで魔術士隊のみんなに厳罰をくらわせるとかして、殿下にでも魔術士団の公明正大さのアピールをするつもりだったのかしらん。
……いや、魔喰ライが生じて騎士隊や砦に損害を与えてしまったって大きな汚点が、そんな小手先対応でなんとかなるわけないじゃないの。
なのに、この状態でやっても、ただ団内に規律が行き届いてなかっただけだってことになると思うんだけどなー?
よくお話展開にある、『目下の身内の不始末を逆手に取って相手に食い込む』ようなことをやりたかったのかもしれないけどさ。
それをやるなら、『身内が迷惑をかけた相手が対処を決定していないこと』『迷惑をかけた相手に自分がメリットを与えなくてはならない』ことが前提条件だ。
この場合はカシアスのおっちゃん率いる分隊のみんな、特にギリアムくんに対するものだが、『ギリアムくんはすでにフェーリアイでアレクくんとベネットねいさんの謝罪を受けている』し、あの大隊長は『殿下に謝罪はしたけど騎士隊に直接謝罪はしてない上に、今後の利益供与を明言していない』んだよね。
それとも『謝罪=利益』とでも考えてんのかね?だとしたら、初期状態の魔術士隊の面々並みに、すんげー上から目線。
その尊大ぶりが、『迷惑』なんて軽い言葉ですませた『味方のはずの人間に火球を浴びせる』行動につながってると、なぜに気づかんのかね?
おまけに、騎士隊の面々は『許したと明言はしてないけど、城砦の防衛戦でへちょいとはいえ、それなりに助力は受けたしちゃんと仕事もしてたから、そこは認めてる。ついでに言うと実行犯であるベネットねいさんには心の底から謝罪をしてもらったから、このままなあなあな感じで水に流してもいいかな』ぐらいの雰囲気なのだ。
これは、騎士というのが仲間同士の鍛錬でも怪我をすることがあるのも関係しているのかもしれない。彼らにとっちゃ『魔術士隊の火球にうまく対処できなかったギリアムにも反省点あり』という感覚があるのかも。
ベネットねいさんを含め、魔術士隊の女性たちがまあまあ美人さんってこともあったりしてな。
〔ボニーさんがベネットさんの髪の毛燃やしちゃいましたしねー〕
う、うみ。魔喰ライのインパクトもあったし。
そういう現場の空気もわからず策を振り回すあたり、あのおばちゃんはあんまり人間関係の調整能力が高くない人みたいだな。おまけに名前負けして知恵が回らんみたいだし。
プライド高そうなだけ卵頭おぢさんより要注意人物かも。
〔その要注意人物さんが、顔を引きつらせた魔術士隊の面々を連れてきますよ?〕
……BGMにドナドナが似合いそうな悲壮さだが、ほっとこう。今のあたしたちにできることは何もない。
なにより『殿下』が彼らを認識し、直接言葉をかけている以上、あのおばちゃんだって、早々下手な手は打てないはずだと思うよ。隔離くらいはされるかもしんないけど。
心の中で合掌しながら見送っていると、長髪にーちゃんが忌々しそうに舌打ちをしそうな声で言った。
「わざわざあのような未熟者どもを殿下の御前に連れてくるとは」
「もともと魔術士団に無理を言ってお借りした人手ゆえ、連絡に齟齬があったのも仕方のないことかと愚考いたします。また、人を隠すには一隊の中という言葉もございます。どうかご容赦ください」
けろっとした顔で言ってのけるあたり、もともとあたしたちの目眩ましに魔術士隊の面々を最初から使うつもりだったのか、アロイス。やるな。
長髪にーちゃんははっきりと顔をゆがめた。貴族っぽいくせに感情がむき出しって、若いなー。
で、あんた、誰?
ローブ姿ではないが、腰以上ある艶やかな黒髪を額に嵌めた金属製のバンドで押さえ、杖を携えた文官っぽい姿がそれなりにさまになっている青年なんだが、……なんつーか目がきついんだよなー。途中からあたしたちを見下してる感が出てきてるし。
気配薄くしてたあたしたちを認識できてたあたり、そこそこ魔力感知能力はありそうだが。
「この先はわたしが直接話した方がいいだろう」
王弟がようやく口を開いた。
「彼はマールティウス・ランシピウス。ルーチェットピラ魔術伯だ」
……お?お。おおう。
つまり、シルウェステルさんちの現当主サマですか。随分お若いですね。
シルウェステルさん的には甥っ子にあたるのかな?アロイスより年下っぽいが、それでも子をつけたらヤがられそうなお年頃だ。
フードの影からしげしげ見ていると、殿下が片眉を引き上げた。
「その様子では、やはり見覚えはないようだな。記憶を失っているとアロイスからも報告があったが」
「そのように推察されます」
「失礼ですがアロイスどの、殿下の御前ですぞ。お戯れはほどほどにしていただこう。シルウェステル叔父上が亡くなられたということは悲しい出来事だが、まだ納得がいく。だが」
「マールティウス。つまり、そなたは証拠もなくアロイスの報告を疑う、と?」
「証拠ならございましょう!彼らがそれほど魔力を持っているようには、わたくしにはまったく感じられないのですが」
…………へえ。
〔生返事に(悪笑)とか(邪笑)とかついてそうな感じですよボニーさん!ここはやっちゃっていいですかね?〕
もちろん。あ、そーだ。
(ヴィーリもついでに、魔力を見せておいたほうがいい。あたしたちに見せた『ご挨拶』だと思って)
(人間相手にもいいのだな。ならば、そうしよう)
「ルーチェットピラ魔術伯どの、わしらになんぞ文句でもおありかの?」
笑みを含んだグラミィの声を合図に、あたしたちは全員放出魔力を調整した。
全放出なんてしないけど、あたしもグラミィも道中消耗した魔力分はとっくに回復している。
一人1000サージは越えている上に、ヴィーリの魔力はさらに底が見えないとくりゃ、ねぇ。
魔力感知能力のある人間からしたら、相当な恐怖だったろう。魔術伯さんの顔から血の気が引くのも無理はない。
まあ、最初ヴィーリにあたしたちが感じたのと同じ気分をたっぷりご堪能下さい?
アロイスがひっそりこちらに向けて片目をつむってみせた。自分の感情を抑え込んだ上で、魔術伯さんの反応を楽しみにかかるとは、相変わらずいい性格だ。
カシアスのおっちゃんは剣の柄に手をかけて王弟殿下を守る体勢になっている。
まーこの場合、剣を向けられても仕方がないわな。
魔力感知能力のある魔術師でなくても、このくらいの放出魔力があればそこそこの威圧を受けてしまうものだ。それを個室の中とはいえ、全方位に向けてやらかしたのだ、むしろ巻き込んですまぬとこっちが謝罪すべきだろう。
ちなみに放出してる魔力を収束させたり指向性を持たせたりしていないのには技術的な問題もある。
あたしやヴィーリほど、グラミィは魔力がきちんと練れていないのだ。『大魔術師ヘイゼル様』がそれではあかんでしょ。比較対象になりそうなものは見せないでよろしい。
「賢女さま。どうかお戯れはそのあたりで」
「む。アロイスどのがそう言われるならよそうかの」
しゅるしゅると放出魔力を押さえ込むと、魔術伯さんはようやく息を吐き出した。
『殿下』にもきつかったかもなーと見てみると、『おうぢさま』は、じつにおもしろそうな顔でこっちを見ていた。
ほんのり額に脂汗ういてるけど。
……つまり、表情筋を完全に制御できてる系の人だってことか。
こりゃあ、ホントにアロイスの上位互換っぽいね。
さて。交渉2ラウンド目といこうか、『おうぢさま』?
ちなみに1ラウンド目はアロイスと馬車の中でやりあった件だ。
お互いノーガードで殴り合った末に、夕陽に照らされて友情が芽生える代わりに信頼関係が構築される系の交渉(物理込み)だったけど。
〔ねーボニーさん。それって、ほんとに交渉って言います?〕
あたしの辞書には書いてあるよ?
〔それ誤植だと思いますせんせー!〕
誰や先生って。
閑話を書いているうちに、ひょいひょいと顔を出してきた『おうぢさま』がまた再登場です。
閑話の時間軸から数年後なので、王が代替わりした結果『王弟殿下』になってますが。
「ソフィア」というのは「智慧(の女神)」という意味があるようです。
まーグノーシス系の話によってはデミウルゴスなんつー「妬む神」の発生源でもあるようですが。




