王都ディラミナム
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
おまたせしました、第二章開幕です。
「……そして時の流れを遡ること今より五百八十九年、アデオダトゥス二世の御代に王都ディラミナムは創建されました。当時は東西双円により調和を示す意図が込められておりましたが二百三十七年を経てヴィケシムス一世の御代に南北に新たな双円が加えられ安寧の意が込められたのです。その後」
ガッタン!と馬車が揺れてエレオノーラの解説が不意に止まった。
……舌噛んだなあれは。本人ほんのり涙目になってるし。
〔よーやく静かになってくれましたねー……〕
うん、まあ、ほとんど情報のないおのぼりさん状態のあたしたちにとっては、歴史の一部をちょん切って詳しく説明してくれるって意味で、はとバスガイド並みには役に立ってたけどね。
……さすがに王都が遠くに見えました!ってドルシッラが言った途端に立て板に水だとは思わなかったや。
しかもアレクくんとベネットねいさんだけじゃなく、唯一の味方っぽいドルシッラまで『大丈夫ですか?』とも聞かないで、はっきりほっとした表情になってるって。相当ダメでしょ。
……ひょっとしたら魔術学院とかの学習内容丸暗記だったんじゃね?
あれだ、地方出身の人が東京に出てきたのを捕まえて、丸の内あたりで日本史の教科書から江戸城のくだりを抜粋して聞かせて悦に入る大学の先輩みたいなもんか?
〔……うわぁ。ありえないでしょそれ〕
まあイタい子ではあるよね。今は本人が痛い目に遭ったみたいだけど。
それはともかく。
馬車の動きが滑らかになったの、わかる?すごい音も静かなんだけど。
これって石畳が舗装されてるってことかな。
〔それにしても滑らかすぎません?〕
(石から人の気配を感じる)
……えーと。それって人柱とか人間を石化して使ってるとか、そういう怖いヲチじゃないよね。魔術で生成されてるってことだよね。
(百年はたっている。人の魔力は感じない)
……ねえそれって、昔の人が作ったものだから、魔力がすっかり周囲に拡散と吸収を繰り返して自然物と同じレベルになったってことだよね、ヴィーリ。
お願いだから、そうだと言ってくれなさい。
あたしの願いにヴィーリは答えず馬車から顔を出した。
「あの岩山がそうか」
岩山?
〔確かに岩山に見えなくもないですねー〕
同じくグラミィが眺めた王都の様子を添付画像のように心話で送りつけてきた。
さすがに骨なあたしが同じように頭蓋骨を突き出すって事はできないもんね。
……うん。確かに岩山っぽい。というか魔術で生成されてるせいか純白に近い色合いのため、寸詰まりな旧い形のマリッジケーキっぽくもある。
城塞都市風にも見えなくもないが、そう言い切るには砦成分が足りないように思ってしまうのは、国境砦を見てきたからだろうか。
〔いやあ、実戦的すぎるあそこと比べちゃだめなんじゃ……〕
そうかなぁ?
エレオノーラの献身的な解説によれば、四つ葉のクローバーのような形らしいが。
小高い丘というには低い岩山の上に尖塔があるように見えるのは……王宮、かなあ?
「王都は防衛のため、当時の魔術士全員がその全精力を傾けて基礎を築き上げたと言われていましゅ。城門は継目なしゅの岩壁の上に建てられたのでしゅ」
復活したのか、エレオノーラ。
舌噛んでたから自己治癒魔術の詠唱もできなかったろうに、妙なところで打たれ強いというかなんというか。
若干発音おかしいけど。
ともあれ、あの丘全部、魔術で生成された石垣ってことか。
……。
…………。
………………うーむ。
いや、確かに魔術士集団の共同作業で、これだけ大規模なことを長い時間かけてなしとげるというのは、すごいことなんだろう。確かに国家事業レベル。
普通に石積んでたら、ここまで岩石の質や種類、組成が完全統一されていることもないもの。
だけど岩や石で組まれてない石垣や城壁って、こんなに味気ない感じがするもんだとは思わなかった。
〔なんか、コンクリを打ちっぱなしにした建築物っぽく見えてしょうがないんですけどー〕
うん。あたしはぬりかべとかのっぺらぼうって言葉を連想した。
どっちにせよ中世ヨーロッパ感だいなしだね。ちょっと不気味なくらい。まだ齧歯類の国の方がフェイクにしてもそれっぽく見えるぞ。
その残念な外見はともかくとして。
防衛機能は一応考えられているらしい。
山の砦でも見たが、円を連ねたような緩やかなカーブを描いた城壁は完全に死角を殺す構造になっている。
城門へは緩い坂が築かれているが、それ以外のところは反り上がって城壁と一体化している。これ外敵の侵入防御としてはかなり効果的だろう。濠は遠目じゃ確認できないが、なくても継ぎ目のないつるんつるんな急勾配、上れそうで上れないという心理的な嫌がらせも兼ねてるって相当だろう。
〔性格の悪いボニーさんが相当っていうことは、相当ひどいんですね〕
……あんたの性格も相当じゃないか、グラミィ?
この世界に来てから変わったのか、それともかぶってた猫が外れて素が出てきただけなのか。
素地という意味では、この王都は決定的な欠陥があるような気がする。
ねえヴィーリ。こんなふうに魔術で顕界された岩山があった場合、水脈ってどうなるのかな?
もちろん、井戸用の穴は施工段階で開けようと思えば開けられるだろうけど、人造敷石――あたしのイメージでいうと、魔力成分100%なアスファルトか。
その下から湧いてくるような水、飲めるのかな?
飲みたいと思えるかどうかは別として、魔力の影響をものすんごく受けそうなんだけど。
この疑問の答えは後でドルシッラが教えてくれた。
そもそも魔術の生成物に含まれる魔力を気にする人はいないそうな。
顕界された生成物自体、自然物とほぼ同様の組成となるという前提があること、魔力量も自然物とほぼ同量の魔力を含むことが確認されてきたためだとか。
ついでにいうと、王都には上水路が存在するらしい。
ローマ帝国みたいな水道橋でも設けられてんのかと思ったら、まさかの埋設だという。
……まあ、オープンな状態で水を王都内部に流し込んでたら、そこが大きな弱点になる。
なにがどうどこで混入されるかわからんものね。
だからといって取水口から経路まで極秘って。それ、メンテナンス大丈夫なのかしらん。
また、基本的に水不足に陥りやすいため、貴族の中には水作成のためだけに魔術士を雇うこともあるという。
魔術学院の生徒達にとっても、いいお小遣い稼ぎになってるんだそうな。
杖やらローブやらがあるんだから、水作成の魔術道具ぐらい作れるだろうし、あってもよさそうなものだろうになーと思って聞いてみたところ、魔術道具も一部の魔術師にしか作れない上に結局魔力を必要とするため、魔術師でないと使えないものなんだとか。
外見だけじゃなくってヲチも残念だった……。
でもこれ、王都内では魔術特化型貴族と仲の悪い武力特化型貴族でも魔術に頼るしかないという状況が保たれる理由になっているので、王都は比較的魔術師にとっては住みやすいところなんだとか。
ちなみに肝心の水脈はというと、ヴィーリが見たところ、頑丈に基盤を作りすぎたせいでもともとあったものが王都の地下に限ってはまるっと潰れてしまっていたらしい。
なんだかなー……。
石橋を渡る前に叩き壊してどうするんだ、まったく。
城壁に近づくにつれて、粗末な小屋が目立つようになってきた。グラミィたちも顔を顰めてるが匂うのかもね。あたしにはわからんが。
〔悪臭に気づかないって幸せですねー〕
そうでもないぞ?自分に匂いがつけられててもわかんないんだもん。隠密活動にはつくづく不向きだ。
城門に並ぶ行列を通り越して馬車は進む。これカシアスのおっちゃんたちの同行者だからの特権だろう。身元が確かって大事だねー。
さて、肝心の街中はというと……うーん、中世ぽさが都市の中まで浸透してるのは予想してたけど、やっぱり見た目だけでも清潔じゃないなぁ……。
グラミィたちの顔を見ても相当臭そうだ。
あー、水で丸洗いしたい。高圧洗浄機ぷりーづ! ……て、なんだ。自力でできるじゃん。魔術バンザイ。
〔や、いきなりこんなところでやらないでくださいよ?!〕
だいじょぶだいじょぶ。やるなら自分の手が届くとこまでに決まってるでしょ。
〔大丈夫じゃないですそれ〕
そうかぁ?
お。豚発見。……って、あれ、豚?
〔なんか……足が長すぎません?〕
う、うん。
馬たちはだいぶ見慣れてきてたから違和感がなくなってたけど。なんつーか……ちょっとした小さめの馬よりも高いところに豚の顔があるとか、ちょっと怖いよ。思わず二度見しちゃったい。
しかも前足折って路上の何かに顔突っ込んでブヒブヒ言いながら食べてると……西洋ファンタジー風世界御用達の、あのモンスターが土下座ってるように見えてきてしょうがないんだが。
いわゆる豚鬼というやつである。
ちなみに、オークという言葉は古英語では悪魔、アイルランド語では豚を意味する、んだそうな。
オークという人型の怪物を生み出したファンタジー世界の御大はゴブリンとほぼ同一存在として扱ってるし、豚顔という描写もなかったのだが、繁殖力旺盛といった設定なども相まってどんどん豚っぽくされていった。らしい。
まあ……、実際、地球の中世ヨーロッパでは、その貪欲な雑食性のために都会で生ゴミや排泄物処理機能を任せてたらしい。肉を食べるためじゃなくってね。
だが、手当たり次第食べる習性の豚に人間の赤ん坊が食い殺された、なんて事例もあるようだけど。
〔マジですかそれ?!〕
うん、マジマジ。
ほんでもって食い殺した母豚と子豚たちが裁判にかけられた、なんて話もある。有名な動物裁判というやつだ。
なぜそこで人間が被告になったのと同じように裁判が成立したのかはわかんないけどさ。
母豚は主犯と見なされて鞭打ちの刑に、子豚たちは判断能力なしと見なされて無罪になったとか。
〔うはぁ……。中世ってばいったい……〕
ちなみに樫や楢といった樹木が食肉用の豚にどんぐりを食べさせる森の木々として重視されたこともあってか、オークというモンスターはそれらの木で作り出した人形という設定のゲームもあったかとうっすら記憶している。
どっちにしろ、下手に相手にしたくはない動物だ。
猪=家畜化される前の豚の原型がこの世界にいるかわからないけど、それに負けず劣らず物理破壊力ありまくりの存在なんだろう。
あの豚も猪みたいな派手な牙こそぱっと見にはなかったみたいだけど、家畜化された豚の歯だって襲われた人間が軽く死ねるようなもんらしいし。
〔そんなのに襲われたくないですねー〕
(わたしはまだいいが、この岩山にわたしの木は植えられないな。喰われてしまいそうだ)
そういう心配もヴィーリにはあったか。
そんな会話をしているうちにも、馬車は三台が余裕ですれ違えそうな道を通っていた。
土台から作られた計画都市なのに、いくつもの石壁で街並みが区切られていたり、道がぐるっとカーブを描いたりしてるのは攻められにくいための工夫だろう。ほぼ石造りなせいで、耐火性はバッチリっぽいけど。
確か、日本の城下町とかでもそんな仕組みがあったはずだ。
この王都が作られた時は乱世だったんだろう。
いやそれは今も、か。
なにせ、しれっと別の地方から攻め入ってこようとしてた連中がいたんだし。
あ。馬たちの視界に、なんか兵隊さんっぽい武装してる人がいると思ったら、小門発見。
まあ食糧だけでも、あたしたちが通ってきた道だけじゃ輸送しきれないよね。周囲に畑や村が広がってるのは都市に流入しようって貧民の受け皿ってだけじゃないんだろうな。
で、中に向かうにつれて富裕層、たぶん商人たちの住居が並んでいて……。
門を一つくぐると、このさき階級が違います、というのがはっきり雰囲気でわかる。
雑然としたにぎやかさは消え、たまに広場と通りの交点を足して二で割らないようなところを通ったりするが、塀で囲まれた広大な敷地に屋敷が建ち並ぶ。
このまま最深部っぽい一番高いところまで行くのかなーと思っていたが。
王宮らしい尖塔に近づいたと思ったら、また急カーブである。どこに向かってるんだこれ。
ぐるっと尖塔を回ったところで、ようやく馬車は止まった。
そこに立てられた平屋建ての大きな建物の一つに入るようにうながされた。
ここでたぶん馬たちともお別れのようだ。
クライ、スピン、オック、ブレイ、みんなありがとね。
(いい。ボニー、話できる)
(ブラシ)
(ボニー、マールム)
……オックの『声』にちょっとしんみりしたと思ったら、物欲満載なスピンたちの『声』に笑ってしまった。
じゃあ、またね。
カシアスのおっちゃんからもらった黒頭巾を覆面っぽくすっぽりかぶり、さらにローブのフードを深くかぶって馬車から降りる。
で、ここはどーいう施設なんだろう?都市の中にしちゃ、えらく広い場所だけど……。
フードをかぶった頭できょろきょろしていると、カシアスのおっちゃんが笑顔で声をかけてきた。
「騎士団王都本部へようこそ。まずはそれがしの上司にお会い願いたい」
〔騎士団!うわー! ……うわー。 …………。うわぁ〕
どしたよ、グラミィ?
つんつんと袖をひっぱってやると、グラミィは沈痛な表情であたしに心話をよこした。
〔ボニーさん、大変です。美形騎士がいません!〕
……思いっきり脱力するようなことを言うな。
思わず脳天チョップ(ただし骨)を喰らわせるとこだったぞ。
いや、グラミィの気持ちもわからんでもないが。
さっき陰険な目つきでこっちを見ていった、リアルオークっぽい見事な豚鼻金髪デヴなぞを見ちゃうとね。
でも、それを言うなら、カシアスのおっちゃんもバルドゥスだって騎士よ?アロイスがまだ整ってると言えなくもないぐらいだ。今は無精髭が浮いてるけど。
そもそも絵に描いたような美形騎士がいたとして、どーする気なのよあんたわ。
礼儀上は紳士対応してもらえても、絶対恋愛対象にしてもらえんのでしょうが。
〔どーしてですか!〕
よく考えろ、自分の外見。
あんたは、老女!ばーちゃんなの!
〔あ゛〕
今のあんたに恋心を抱いてくれる青年騎士なぞ、どんだけジュクジュクに熟しまくった熟女萌えなのかと。
外見がどんなに端正だとしても、そんな嗜好の相手に好かれて嬉しいか、元JK?
そもそも、今のあんたは『大魔術師ヘイゼル様』だ。
魔術士隊の話を鵜呑みにするなら、それこそ『かつて王子様に熱愛されてともに国境を越えて逃げてきた、魔術の才能に溢れまくった麗しき女性』なのだよ?
かなり、なれの果てっぽいけど。
それを知ってて口説こうってやつがいたら、よっぽど物好きか、思惑のある人間じゃないのかね。
〔そこですよ。『ともに逃げてきた王子様』がいないんです。どうしたんでしょうね?〕
……さあ。
でも、あの身体の人ん家にいたのはあんた一人だった。
そこはあたしも深夜のお散歩で確かめてきたから、間違いはない。
まあ、だけど訊かれる可能性はあるだろう。こっそり真実っぽい回答を考えておいたほうがいいよ?
〔……うう、わかりましたー〕
……しかし、『騎士団王都本部』って、えっらくざっくりした名称も謎だよね。アロイスとカシアスのおっちゃんだって、所属する部隊というより騎士団そのものが別っぽいのに。
このへんの疑問は後日カシアスのおっちゃんが解いてくれた。
確かに王都内に限っただけでも王宮づきの近衛騎士団とか、おっちゃんとこみたいに、各地に散って活動する騎士団が本拠を置いていたりする。
各貴族の手勢にほにゃらら騎士団と名前をつけだだけのなんちゃっても含めれば、結構な数の騎士団とか騎士隊があるんだそうな。
でも、それを全部王都内で面倒見切れるかっていうと、ムリ。
なので国に所属するいくつかの部隊はまとめてこの『本部』に本拠を構える決まりになってるんだそうな。
名目的には各騎士団の交流と情報交換、王都内の限られた土地の有効活用、予算の一本化などの理由が挙げられる。
確かに練習場や治療師の確保、武器や防具の規格統一は大事だろう。
だけど……。
一番重要なのは、この、目の前にいらっしゃる『おうぢさま』のめくらましなんじゃね?
さくっと王都案内。




