隔離
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
「ここはいい。狭い岩屋の近くにも案外過ごしやすいところがあるものだな」
……喜ばれてんぞおい。
さりげなくどころかあからさまに粗末な扱いで怒らせて帰ってもらうつもりだったのかもしれんが、残念だねバルドゥス。
まあ、そこそこ日差しの入る谷間というのは、植物に近しい存在らしいヴィーリには過ごしやすいのかもしれない。
アロイスたちに先導されて、砦より街道を下ったところから獣道に偽装された細い裏道をぐるっと降りてきたが、この谷あいには、砦の食料をまかなうために畑が開墾されている。
もちろん、小麦など賄いきれないものや手に入らないものは平野部から持ってきているのだろうが、野菜類は保存食状態のものばかりじゃ栄養不足にもなる。
なにより人間旨いものが食えなければやる気が出ないというのは、あまりどこの世界でも変わったことではないようだ。
〔で。ボニーさんが落とし物したのって、この辺でしたっけ?〕
ええそうですよ!
あたしが打ち出した氷刃は、この畑の谷上側に落ちていたのだ。野生動物を防ぐための柵を粉砕してたので、自業自得に泣く泣く修理いたしましたとも。涙出ないけど。
そしたら、ついでに頼むわとか言われて、その外側に穴掘りまでさせられましたとも。
害獣とか外敵用の落とし穴かと思って素直に掘ったら、下肥用と聞いてめっそり落ち込んだぞ。
まったく用がない身体なのに、いったい何が悲しゅうて排泄物処理にまで関わらなければならんのか。
とことん骨づかいの荒い人間しかこの砦にはおらんのかい。もっといたわれ!
そんなしょんぼりなできごとはともかく。
こんなバックヤードじみたところになぜヴィーリを連れてきたかというと、あのストーカー宣言のせいである。
名前を与えた後、ヴィーリを砦に入れるかどうかで大もめにもめたのだ。特にバルドゥスの反対すること反対すること。
……まー、そりゃもめるわな。
あたしが命名はしたものの、砦警備隊というか、アロイスの指揮する諜報部隊にとっては無関係な上に人外の存在。しかも魔力は膨大。
敵になる可能性は低そうだが、味方になる可能性はもっとない、第三者。
そんなもんを国境の砦とかいう防衛最前線に誰がさーどうぞと招き入れるかと思うよね。普通は。
あたしとグラミィがいるって時点で、崩れる主張だけどな!
だからといって、いくら国境側から人通りがないからとはいえ、そんな押し問答をわちゃわちゃと城門の真ん前の、しかも街道からも丸見えなところで続けられるかという判断は間違っちゃいない。
砦の、というか砦警備隊の管轄圏内で、なおかつヴィーリにいろいろ見られても問題のあまりなさげな場所、もしくは重要な物があまりないところへ移動させようというのも正しいのだろう。彼らにとっては、だが。
ちなみにこの畑と砦をつなぐ道はほとんどない。通ってきたように砦をぐるっと迂回するような裏道以外には、砦側の絶壁に数本かけられてた梯子ぐらいしかない。
一応収穫物を引き上げられるように滑車が設置されてはいるが、いざという時には畑を見捨てて、砦の中に備蓄した食料だけで籠城できるようにするための構造になっている。
ちらっと見たら、塀の修理のときにはあったはずの梯子も全部撤去されてたけどね。
とことんヴィーリを蚊帳の外というか砦の外に置く気でいるわけか。ぶっちゃけ隔離である。
本人(?)はまったく気にしていないけどな!
むしろ太陽の光が十分にあたる場所で気持ちよさげだけどな!
ヴィーリがこたえてない様子に、こっそりバルドゥスが敗北感を味わってるらしいのはともかくとして。
問題は、現状維持期間がどのくらいの長さになるか、だ。
なにせヴィーリはあたしかグラミィのどちらかの近くには必ずいると断言してくれたのだ。
つまりこのままあたしたちが砦の中に引き上げたら、追っかけてくること間違いなし。バルドゥスたちが阻止しようとするのも、ヴィーリに鎧袖一触されるのも目に見えるようだ。
かといって、半日や一日程度ならともかく、畑で何日も過ごさねばならんのはさすがに勘弁してほしい。骨づかいの荒い面々がどんな重労働を押しつけてくるかわかったもんじゃないからなぁ。
〔ボニーさん、よろしく~〕
こらっ!とっとと丸投げてくんなグラミィ。
〔だって、ボニーさんなら、昼でも夜でもかまわないじゃないですか?屋外でも平気ですよね? 〕
まーた案山子扱いかよ。あたしだってちゃんと疲れは感じるんだぞ。
というかせめて半日交替とかにしようよ。そうすれば魔術士隊にグラミィが絡まれる時間も減ると思うよ?
「それほど長いことはないと思いますよ。そろそろ王都への召還が決定すると思いますから、賢女さまご一行はわたくしたちに同行していただきます」
なんだ。雨が降ったら困ると思ってたからそれは助かるな、って、おい!
重要なことをなんでそうさらっと言ってくれるかな、アロイス。
「先遣隊がそろそろ今日明日ぐらいには到着すると存じます。出立は引き継ぎがすんでからになるので、二三日後になるかと思いますがご容赦を」
「……えらく手回しが早いのぉ」
〔王都って以外と近いんですかね?〕
グラミィの身体の人の家よりは遠いと思うよ?
「ええ、グリュスに誓約をかけてくださったおかげで奥の手が使えるようになりましたので」
畑の柵に腰をかけながらアロイスが鳥小屋を指さした。中にいるのは巨大な燕っぽい鳥だった。
なるほど、情報を重視する諜報部隊の奥の手らしい。たしか向こうの世界でも燕は時速80kmくらいで飛ぶとか聞いたことがある。
同じ速度と考えても、単純計算で10時間で800kmは飛べる鳥を使えば、情報伝達速度は馬よりはるかに速くなるわな、そりゃ。
……だけど、他国の侵攻という超重要な事にアロイスが動かしてたのは早馬だったよね。
馬じゃあ、どんなに急いでも一日50kmいけるかどうか。
それこそ最速の手段を使うべき事案じゃなかったのか?
……いや、待てよ。
一羽の鳥が行方不明になっただけでも、伝達しようとした情報がインターセプトされてもわかんなくなるという機密の問題もあるだろう。鳥がグリグみたいな魔物に襲われる危険があるってのもわかる。
だけど、グリグが砦にちょっかいをかけたことは自己申告によれば、ない。鳥頭っぷりを発揮しまくって忘却してるってことはあるかもしれんが、捕獲した時、どう考えてもアロイスはグリグを初めて見たっぽい反応だった。
なのにそれ以前に奥の手を使えなかった理由がグリグの存在になるか?
どう考えてもおかしいだろうが。
逆に考えてみよう。
事態を王都に告げるには、鳥を使わずとも十分間に合うと判断していたから、アロイスは早馬を選んだのだとしたら?
〔ええっと、つまり?〕
つまり、あたしもグラミィも、アロイスにとことんいいように踊らされたってことじゃないかというヤな推測ができるんだよね。
グラミィ、今からあたしの言葉をそっくり伝えてみてくんない?
「アロイスどのが鳥で送らねばならんほど急ぎの知らせとは、どのようなものじゃったのかの?」
「賢女様?」
「グラミィどの、ちょいとそれはこちらの任務に立ち入りすぎではねぇですかな?」
「バルドゥスどの、少し黙っちゃおれぬかの?わしらを掣肘しようと首を突っ込んできたのは、そちらの隊長が先じゃ」
真顔のグラミィに近々と立たれるのは、さすがに威圧感があったらしい。ほんのり魔力を発散してるってこともありそうだが。
バルドゥスが助けを求めるような顔つきになってるがこっちみんな。
あたしゃ止める気はまったくない。どころか一緒にほんのりじと目で見つめてさしあげてるよ?いや目玉ないけど。
やがて脂汗を滲ませたアロイスが白旗を揚げた。
「わたくしは、ただ現状を報告しただけですよ。ほぼ一撃で敵を撃退したということと、偉大な魔術師の助力があってのことだと」
「それだけではないじゃろ?」
「……ご助力を請うた魔術師も王都に同行すると」
外堀完全に埋めにきてんじゃん。それがあんたの目的か、アロイス。
仮にも他の国にまで出かけてって諜報活動にいそしんでた部隊長ともあろう人間が、情報収集でその鮮度と精度を上げる重要性を知らないわけがない。情報同士をつなぎ合わせれば大量の人員の動きなんてものは隠しようがないってこともだ。
おそらく、グラディウスなんたら国だったかに出兵の動きがあることは、とっくの昔にアロイスは知っていたんだろう。そしてその対応はあたしたちの前で斥候から報告を受ける前に始まっていた。そう考えれば不自然な動きにも納得がいく。
斥候の報告を受けたあの時、即座に王都に早馬を出すことにした、というのも半分は本当だろうが、半分はフェイクじゃないだろうか。
あたしたちを小競り合いとはいえ、れっきとした国と国との争いから逃げ出せないかのように見せかけて巻き込めば、必ずあたしたちは動く。自らの安全を守るために。
だがそれはアロイスに有利なように戦況を動かす駒になるということでもある。
砦や戦場どころか、おそらくは戦功報償の行われるだろう王都においても。だから同行も既成事実であるかのように報告したと。
部下も部下だが隊長も隊長で他人を利用することに長けてるあたり、ほんっとイイ性格をしてるよね、まったく。
さらに推測を進めると、アロイスがあたし…というかグラミィに目をつけたのは、あの裏切り者根こそぎ作戦の時だろう。
そこそこ損得計算ができて、しかも魔力もなみの魔術士よりも高く、自分にたりない力――魔術師としては申し分ない。
だけど、だからこそ『大魔術師ヘイゼル様』は、魔術師に接点のないアロイスが即座に味方として取り込むにはちょっと難しい。
ならば、味方にならざるをえない状況を用意すればいい。
それが効果的なのは、カシアスのおっちゃんに囮役を頼んだら、グラミィが協力者として名乗りを上げ、その従者として振る舞ってたあたしが釣れたってことで証明済みと。
……確かにまんまとひっかかりましたよ。ええ。二重の意味でボーンヘッドな自分に情けなくなるレベルでな!
ただ、アロイスにとっても予想外の出来事はあった。
骨格標本なあたしを見て、自身のトラウマを抑制しきれなくなったってことだけじゃない。
あたしがただの魔術の使える骨どころかシルウェステルさん(の骨)だったってこと、サージが魔喰ライになったことに加えて、グリグんを誓約で縛ったらヴィーリがストーカーになったでござる、ってこともあるか。
どれもこれも厄介すぎる。
自分の派閥なり部隊なりを強化しようとしたら別の派閥の紐つきだったとか。
さらにわけのわからん相手がくっついたとか。
そのへんも全部飲み込んだ上で、あたしらが協力したことも同行することも王都へのお手紙に書きこんだのかね?
どう考えても裏を隠しまくって単純に見せかけたさっきの説明じゃあ、最速の伝達方法を使うような報告内容じゃないものねぇ?
だとすれば、アロイスの背後にいるのはかなりの大物ってことか。
超早鳥便で送ったのは、国への報告だ。その内容が即座に協力者に確実に伝わるってわかってなけりゃ、まず書けないもの。
国の上層部を相手にするとか、ちょっと骨が折れそうだけどな。言い回し的なものだけじゃなくて、物理的にも危険だろうけど。
王都への同行を既成事実としてしまえば、あたしたちも応じないわけにはいかないだろうというアロイスの見込みも間違ってはいない。
多少ゴネようが想定範囲だろうし、それを飛び越えるとしたら越境して他の国に逃げ込むしかないが、今の状態でできるわけがないっての。
仮にも一国の軍に壊滅的打撃を与えた人間、の一部とはいえ、戦力いらっしゃーいと脳天気に受け入れてくれるような国があるかい。
攻め込まれたこの国でもない限り。
とはいえ、王都に行くのにあたしたちにメリットがないかというとそうでもない。
「こっちの世界で生身になる方法を手に入れる」という、あたしの目的の一つからすれば王都に行くのは悪くない手ではある。アロイスの上位互換っぽい大物を相手に陰険漫才を繰り広げなきゃならんとしても。
〔王都!王様とか王子様とか貴族の令嬢とか異世界ファンタジー系乙ゲーの舞台がようやくリアルに見られるんですね!〕
……グラミィも異存はなさそうだ、うん。なんか別方向に盛り上がってるけど。
「わたしは彼らについていく」
だよねー……。ヴィーリならそう言うよねー。知ってた。
だから、相手にされないからって、あたしたちまでやさぐれた目つきで睨むな、バルドゥス。元凶はあんたんとこの隊長だ。
「グラミィ殿、本当にこいつをつけて召還に応じるおつもりで?王都までついていかせて何をさせる気ですかな?」
「バルドゥス、おぬし、何か勘違いしとりゃせんか?何もさせないためについてこさせるのじゃが?」
「は?なんと?」
なんのためにグリグを置いてくつもりだと思ってるのさ。
トラブルを起こさないためだ。ヴィーリを同行させるのも同じ理由だ。
根別れしたというヴィーリの魔力は、そのせいで人型の森から人型の林ぐらいにはランクダウンしているというが、それでもあたしやグラミィと桁違いに多い。
行使する魔術の威力に換算したら、あたしはまず勝てない。地形が変わるどころか都市がなくなるレベルだもの。
その巨大な力を軍事的に利用することを考えると、バルドゥスが警戒するのもわからなくはない。
だけど、その後のことを考えるとヴィーリに何かをさせるのは、はっきり言って、悪手だ。最後の手段にしたいくらいには無謀なことだと思ってる。威力の問題だけじゃなくてね。
ヴィーリ自身は争い事を好まない。
プライドがないのかと思うほどすんなりとバルドゥスの嫌がらせを受け流してるのは、副長のやることなすことすべてが、ヴィーリの目的である『あたしたちについてくること』に関係がないからだ。
つまりは価値観の違いが衝突を回避していると言ってもいい。
それでもつっかかってるバルドゥスはあれか、好きな子にちょっかいかける小学生かと突っ込みたいが、それはともかく。
この状態で、『あたしたちについてくること』を阻害したら、ヴィーリがどう動くかマジで見当がつかない。価値観の違いが衝突の原因となることだってあるだろう。
だったらあたしたちの身近において、ヴィーリの好きなようにさせるしか手がない。ある程度信頼関係を構築できたなら、それなりにこちらのルールにも従ってくれるようになることを期待して。
そういうことだ。
問題は、森精のヴィーリが、王都じゃあたしたち以上に注目の的になるだろうということだ。だがそれはあたしやグラミィに対してアロイスがやったような、取り込もうという動きの対象になるということを意味しない。むしろバルドゥスのように警戒や排斥の対象として見る者がいて当たり前だろう。
人間というやつは集団でまとまり、異物と見なした者を排斥する傾向がある。
国の違い、性別の違い、髪の色の違い、階級、魔力の有無。
別にそこはどうでもいい。あたしらを巻き込まないでくれるなら好きにやってくれというのが本音だ。
だけど、このまま王都に同行したとき、人間と森の精霊という対立構造を作られるのは困る。人外カテゴリーにあたしも投入されたら、巻き込まれ不可避だし。
ヴィーリの魔力量を考えると、下手すると自衛されるだけで王都がなくなりかねんってわかってても、だからこそ攻撃行動を選ぶ人間だって出てくるだろう。仮想敵を実在化させることに利益を見いだすならば。
そしてあらゆるところに利益と損失を見いだすのが人間ってもんなのだ。
というわけで、ヴィーリの同行をスムーズに呑んでいただいた上で、王都でバルドゥスのような行動に出る人間がいた場合に止めてほしい。それが、アロイスたちに望むことだ。
取り込まれてあげるんだもの、そのくらいはしてくれるよね?
ついでに言うと、アロイスがあたしたちを嵌めてくれたんなら、今度はあたしたちがアロイスを嵌める番だと思うのだよね。
取り込もうとするならリスクも覚悟してもらおうじゃないの。具体的には王都に同行させるなら、王都でのケツ持ちをしてもらおうってことだ。
アロイスだけじゃない。その後ろ盾の人にもだ。
〔巻き込まれたら巻き込み返すって、大切ですよねー〕
百倍返しどころか十倍返しにもなってないけどな。
いやあ、あたしたちってやっさしー(棒)。
やや短めなところで切りますが、骨っ子のひっかきまわしはまだまだ続きます。




