お片付けまでが攻防です(その2)
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
青い空。
白い雲。
久々の遠出は魔術士隊の面々の精神衛生的にもよかったらしい。
やはりスプラッタな経験というのは非常によろしくなかったらしく、緑を見てほっと息をついていた。
リフレッシュできたようでよかったね。
確かに、軍がやってきたとは思えないのどかな情景だ。
ミイラ化した死体と石塊が点々と転がってる地面さえ眼に入らなければ。
……えー、現在交戦地帯というか、国境を越えてきた連中が石弾アタックを受けたあたりにやってきました。
砦からはグラミィといっしょにオックに乗せてもらってきたのだが、ちょっと手前まで来たところであたしだけ飛び降りた。はずみで備蓄から分けてもらった敷き藁をぎっちりねじって丸めて作った、かなり堅いドーナツ的なサムシングがポロリと落ちたけど。
……だだだって、グラミィを鞍の上に押し上げてもらって、あたしはその後ろにまたがって来たんだからしょうがないじゃん!
藁布団っぽいものでもローブの中に仕込んどかないと、オックをぶっすり尾骨で刺してしまうだもん。
「あの、骨どの?何をなさるおつもりかな?」
「心配せんでもええ。後始末じゃそうな」
というか、実質的には証拠隠滅です。
あたしがわざわざおっちゃんたちに同行した理由はこれだ。
〔なんですかそれ〕
アロイスにあたしとグラミィの能力を見せつけて、そうそう軽々しく扱えない相手だって思わせるためには、敵を砦の中の人数だけで追い返す必要があった。
ここまではいいよね?
問題は、裏切り者とただの劣化腐敗武官というべき横領だの強奪だのに手を染めてた連中の区別がつかないことだった。
ただのアホなら、敵が攻めてきてる、戦わなけりゃ命がない、という状況がわかれば逃げるか素直に戦力になってくれるか、どっちかだ。
だが裏切り者がサージ以外にもいたら?
下手すると籠城戦を覚悟してたら城門開けていらっしゃいませーと歓迎されたかもしれんのよ。
これは牢内に閉じ込めてても、戦闘で緩んだ隙に脱獄されたら起こりうる事態ではあった。
かと言って。警戒ついでに全員口がきけない状態にしとく、というのもやろうと思えばできなくはないし、食糧の消費が減るってメリットもあるが、デメリットも多い。特に誰が何をやらかしてたか、全部自白させる必要があるからねー。
まあこのへんはアロイスの判断だが、それにのっかることにしたからこそ、あたしも無茶をやらかした。
〔ああ、あの猛烈ホットなメントスコーラ弾ですか〕
……その言い方、間違ってはないがなんだかなー……。
まあ投石機というこの世界の機械を偽装に使いはしたけど。水蒸気爆発を起こす焼玉なんてもん、この世界には技術どころか知識的にもオーバースペックな存在だ。
本体そのものの殺傷能力が高すぎるのも問題だし、真似してただの石弾焼けば爆裂するから勝つる!みたいな錯覚起こされても困るんだよねー。
逆方向につっぱしって、わざと魔喰ライ作って投石機で飛ばしちまえ、というアホな発想をされても困るけど。
氷柱爆撃とかも魔術士隊の魔術を見るに、顕界箇所が認識できている範囲内ならどこでも可能ということはまずないみたいなので、ついでに隠しておこうかと。
〔なるほどー。……ひょっとして、証拠隠滅まで狙って仕込みを水系メインにしました?〕
いや?
仕掛けを考えてた時は、欠片も思わなかったな。
確かに溶けたり蒸発してくれたりすれば、後は隠蔽工作もしやすいけど。
そんな心話を交わしつつ、あたしは魔力を薄く広げてセンサー代わりにしている。以前グリグんが見せてくれた魔術以外の魔力の使い方の応用だ。
水蒸気爆発で飛散した石弾の破片を感知したら、そこへ移動。杖で接触して魔術で干渉、に加えて魔力だけぱくっと取り込んで砂にする。
傍から見ると杖でつつくだけで石を砕いて砂にしているという地味シュールな状況だね。
でもこの作業はグラミィにも任せる気はない。なにせ石弾は自分の魔力で生成したものなので、こうすると回復しやすいのだ。ほんのちょっとだけど。
……んーむ。こうやってみると、やっぱり周囲の岩と質感が違うから目立つかもなー……。
〔後で風でも起こして吹き飛ばせばいいんじゃないんですか〕
お。いーねーそれ。よろしく、グラミィ。
〔うわぁ、巻き込まれた〕
いやあ、魔術士隊に丸投げでもいいから、物理的痕跡は消せる限り消しとこうかと。
ついでに魔力もけちりたいし、あたし以外の魔力の痕跡を残しとけば時間稼ぎにはなるかなと。
〔物理的痕跡を追えなければ魔術解析だ、とならないといいですけどねー〕
たぶんだけど、その可能性は低いかな。
だってあたしが魔術として使ったのは石弾と水……というか炭酸水を生み出す術式だけだ。石弾はとことん実物を砕いて砂にして崖の下に吹き飛ばしてもらえば、炭酸が抜けまくった上に蒸発した水から何があったか推測するのは難しかろう。
そもそも向こうの軍にいたらしい魔術士も今のところ姿は見えないみたいだし、生成物がないかぎり魔力は時間がたてばたつほど散る。
今頃は、蒸発した炭酸水に含まれてたあたしの魔力も周囲の物質が含有してるものに紛れてこんでいることだろう。
まあ、アロイスの要請に応えなければ、こんなこともしなくてもよかったのになーと思わなくはないけど。
でもそれを言ったら、カシアスのおっちゃんに同行してこんなとこまで来なければよかったということにもなる。
けれどもそれはおっちゃんが大魔術師ヘイゼル様を訪ねてきた時点で詰んでた。
結論。こうなったのはなるべくしてなったのだ。
……それでも、どうしてこうなったと言いたい気分はあるけどさ。
死者を目の前にしちゃうとね。特に。
怪我の状態やミイラ化していないところを見ると、おそらく最初の水蒸気爆発に巻き込まれて、落馬したかどうかしたところに追撃の氷柱爆撃でとどめをさされたんだろう。
つまり、このあたしが殺してしまった人だ。
思わずかぶり物を取って、あたしは手を合わせた。
殺してしまったあたしがこう願うのもただの偽善でしかないだろうけれど、どうか、安らかに。
「おい、ボニー殿つーか骨。いきなり何しやがる気だ」
見開いたままの目を閉ざしてあげようとしただけですよ?
てゆーか、バルドゥス副長。アンタそれでも砦の中じゃ猫かぶってたんじゃね?ものめっさ口が悪くなってるよ?
「ボニーはまぶたを閉ざしてやろうとしたと言っておる。副長、おぬしは何をしようとしたと思ったのかの?」
「そりゃ失礼。塵にするのか干物にするか、最悪は仲間を増やすつもりかと早合点しました。すいませんね」
……けろっとヤなこと言ってくれるじゃないの、おい。
さすがはアロイスの副長やってるだけのことはあるね。そこまで無駄に最悪の斜め下を予想するとは思わなかったよ。
「ボニーは操屍術師ではないぞ。もしそうなら、今頃もっとマシな見かけになっとるじゃろ?」
いやそれこの無生物状態の死体からでも、魔力を吸おうと思えば吸えるってことは否定してないからね?
できなくはないけど。
……まあ、魔喰ライや魔物なみに、いわゆる魔術師の枠をはみ出てるのはとっくにわかってることだ。
そもそもあたしもグラミィも、最初からそんな枠の外にいるわけだし。
だからこそこの世界の魔術師が持つ禁忌なんてもん、最初っからあたしたちは持ってない。
……この先魔術師と会うかもしれんから、そこは気をつけないといかんところだ。うっかり禁忌を犯して警戒、抹殺対象に指定されました、なんてネタにもなりゃしない。
〔で、なんでボニーさんを非難してたあの人たちが率先して死体漁りをするんですかね?〕
しかもめぼしいものをひっぺがしたら崖から突き落としたよ、おい。
不法投棄反対。
〔いいんですかこれ?ボニーさんはほっとくんですかこれ?〕
落ち着けってばグラミィ。
カシアスのおっちゃんを見てみなよ、手は出さないが口も出してないでしょ?
つまりあれは砦警備隊の裁量範囲のことだ。
いくら国境に近いとはいえ、街道にこのまま死体をさらしとけば通行の邪魔だし、腐敗すればそこから病気が発生することだってある。だからほっとくわけにもいかないだろうけど、ランシアインペなんたら国の人間のもんじゃないから、丁重に埋葬するなんてことは正直やってらんないでしょうな。
稜線のこっち側に放り出してるところからして、最低限砦側の水脈には影響しないようには考えてるようだし。
〔じゃあ合理的な埋葬手段てことですか?〕
まあ、そういうことだね。
ついでに言うとだ、砦警備隊ってのは隠れ蓑で、彼らの本領は諜報部隊だ。
そんな彼らがだよ、目の前に仮想かどうかはしらないが敵国の兵士の装備一式があれば速攻自分たちのものにしてもおかしくないんじゃない?
いつか使うときのために。
〔使うとき、って……〕
まあ、敵軍潜入とか?
命をかけて彼らも仕事をしてるんだ、成功率を少しでも高めたいと考えての行動だと思えば理解はできなくても受け入れやすくはなるんじゃないの?
〔なんでそんなに平静に言えるんですか、ボニーさんは……〕
人間は死ぬからね。
飢えで、怪我で、戦闘で、病気で。
〔まるで見てきたように言うんですね〕
見てきたんだよ、グラミィ。
〔どこで?あたしと出会う前の、森の中ででも?〕
いや。むこうの世界の話だ。
〔…………〕
心話をつなぐことなく、あたしは忘れられない過去を思い返していた。
何度見ても慣れなかったけれども、あたしの力なんて何の役にも立たず、目の前で名前も知らない人たちが死んでいったことを。
銃で、地雷で、刃物で、爆発物で。
何よりも、悪意で。
そのままわりとすんなりあたしたちは円環の道に到達した。
いえーい、この世界での初出国だ。
〔こんなにあっさりでいいんですかね?〕
普通はよくない。
とはいえ、内通者を頼みにしてかうかうかと攻めてきたのはむこうの方だ。
ちょびっと国境の向こうをのぞくくらいはかまわないだろう。
ちなみに、魔術士隊の面々もげっそりした顔はしているものの、落ち着いている。
もうこのあたりにくるとミイラ化した遺体しかないってこともあるようだ。
あの血飛沫で塗りたくられた牢内よりはよっぽどマシだったらしい。
比較対象がおかしい?気のせいだ。
そもそもシルウェステルさんご一行の遺体というか遺骨の引き上げもあってたからね。少しは慣れたこともあるんだろう。
牢の中の掃除とか、料理とか、戦闘損害の報告書作成なんてことはできないんだから、せめて役に立ちましょうよとばかりに騎士たちの手伝いを始めたのは意外なことにアレクくんだったけれども。
そして、あたしたちは魔術士のローブに包まれた骨を発見した。
下半身だけのそれは、サージのものだろう。魔力が完全に物体状態に沈静化していることを確認すると、あたしは魔術士隊に後を任せた。
禁忌を破り破滅した裏切り者とはいえ、一度は行動を共にしてきた相手だ。遺骨を持ち帰るんなら、彼らがやるべきことだろう。
「この大剣は……。まさか、〈剛剣〉フォルティスか?」
折り重なるように斃れてた騎士の遺体を調べていたカシアスのおっちゃんは驚いたようだった。
どうやら国境を越えて音に聞こえた剣の名手だったらしい。
……まあ、グリグんに見せてもらった剣技を思えば納得だ。
そのくらいの腕がなけりゃ、人間やめてたサージを止めることはできなかったんだろうな。
フォルティスというその騎士の遺体は、丁重に遺品を剥ぎ取られ、円環の道の外へと運ばれ、崖下へ埋葬された。
つまりかっぱぎ不法投棄でしたよ以下同文。
生きてて身代金が取れそうな捕虜になるならともかく、死んでしまった者には用がないということだろうか。
せいぜいがおっちゃんが髪の毛の一部を丁寧に切り取って包んでたぐらいだ。
そんな感じで行きつ戻りつを繰り返して、ようやく円環の道の出口までたどり着いた時にはお昼を回っていた。
肉体労働している面々もさすがにここで昼食を摂る気にはなれないようだ。
〔なら、早く帰りましょうよー。あたしも喉渇きましたー〕
そんなふうに心話でグチっていたグラミィも、さすがに息を呑んだ。
国境を抜けると、そこは一面ガラスのクレーターになっていたのだ。
……いやー、グリグに見せてもらっていても、さすがに自分の視点で見るとインパクトが違うわー。
どうやら魔喰ライが、魔力を暴発させた結果がこれらしい。というか、魔物というより生物として生存限界を超えた上半身だけの機動はやはり時間制限付きだったのだろう。
……にしても、怖いなこれ。魔喰ライを作りだした軍が自滅したというのも、戦法どころか魔喰ライ自体が禁忌とされたのもよくわかる。
どんだけの熱量が発生したのだろう。山火事が起きてないのが不思議なくらいだ。木が生えてなかったから……いや、衝撃波で吹っ飛ばされたか、焼き尽くされたかだろうか。
あたしですらこんな現象は起こせるかどうかわからんぞ。
特に消耗しきってる今は。
あたしは他人から吸収でもしない限りまず魔力は回復しない。
今もグラミィから一晩の休息と食事で回復したぶんの魔力量の半分をもらってるだけだ。
魔力が減少すると、疲労感というかはあたしにもある。正直今はしんどい、きつい。
動きたくないでござるー、という気分だったので、砦から来る時もおとなしくオックに乗せてもらったくらいだ。
こっから1kmくらいしか離れてないんだけどね。
しっかし。
綺麗さっぱり吹き飛ばされてしまっていては、回収する遺品も隠滅する証拠もありゃしない。
というかだね、ガラス化したところに踏み込んだらどうなると思うのさ。
〔まず間違いなくガラスが割れますよねー。足型に〕
残った足跡をどう隠せと?あたしゃ知らんぞ。
そんな心話をのんびりと交わしていると、ベネットねいさんの顔色が変わっていた。
「ベネティアス、いかがしたかの?」
「魔力が……ほとんど感じられません。まるで牢内や墜落事故の現場のようです」
「なんだと。それは本当か、ベネティアスどの」
「ええ。生き物の気配が感じられないのも、おそらくですが周辺の物質からも魔力を一度形を保てるぎりぎりまで吸い尽くされた余波のようなものでしょう」
「そうなんですかい、グラミィ様?」
バルドゥスが笑顔で近寄ってきた。明らかに目が笑っていない。
「困りますなぁ。ご存じのことぐらい、あたしたちにも教えてくださいよ。お人が悪いにもほどがある」
……アンタとアロイスには言われたかねーや。
「バルドゥス、口が過ぎるぞ」
「へい、失礼しましたかね。あたしらにゃ、魔力なんてもんはさーっぱり感じられんものでねぇ」
ぶつぶつ言いながら副長がひきさがっていくと、今度はおっちゃんがグラミィに目を向けた。
「賢女様も賢女様です、なぜそれを我々に教えていただけなかったのでしょうか」
「……以前の状態を知らんのに、いいかげんなことは口には出せぬ。見極めた真実でもない法螺ばかりを語るのはカシアスどののいう『賢女』とやらの振る舞いとは言えんじゃろ?」
「賢女様のおっしゃることもこのカシアス、わからぬではありません。されど斯様な事態を察知なされましたら、我々にもお教えいただきたい」
「うむ、あいわかった」
だいぶグラミィの言い抜け方もうまくなったもんだ。
〔会話じゃなくって言葉尻を取られないようにする討論だと思えば、なんとかなります。このくらいは〕
嘘も真実もただの武器、話の筋道をひたすら通せば人の信頼度ってある程度動かせるもんだからねぇ……。
でも、日常会話がそれってのはキツイね。
〔そう思うんならボニーさんが変わってくださいよー!〕
どうやってだよ?!あたしゃ骨ですが。そもそも交渉役はあんたでしょグラミィ。
〔……ちぇー〕
不承不承グラミィが引き下がっていく。けっこう不満がたまってそうだな、これ。どっかで発散させたげられるといいんだが。
カシアスのおっちゃんは撤退を指示したし、あのバルドゥスも素直に従ってた。
かっぱ…いや回収した遺品を運ぶ都合上、徒歩で帰還しなきゃならん人間が出たこともあるだろう。魔術士隊とかね。
荷物運びに使われたのが不満だったらしいスピンたちは拗ねていたが、まあエドワルドくんがんばれ。ブラシかけでもして、機嫌をとってやっておくれ。
さすがにガラスのクレーターには気を呑まれたのか、円環の道ではほぼ無言だった騎士達も国境から離れるほどに気がほぐれたのか、会話が聞こえてくるようになった。
敗走か全滅かという被害の様子では斥候兵も残ってそうにないというのもあるのだろう。
カシアスのおっちゃんとバルドゥスが語る昔のアロイスの話とかを漏れ聞くのは楽しいものだ。
グリグに警戒はずっと頼んでたけど。
あたしもグラミィも正直本調子ではないので、道中はずっとグリグんに周囲を哨戒してもらっていたのである。
暗殺部隊の待ち伏せなんてもん、一回体験したら十分だ。
ちなみにグリグは砦を出たところで呼んで、騎士隊と警備隊の面々に挨拶をさせてある。副長はアロイスから聞いていたのか驚いてなかったけど、それでもやはり魔物だという警戒心はあったようだ。
それも、きゅっと頭を下げるというお辞儀で結構緩んでたみたいだけどね。意志が通じる相手というのはそこそこ交渉ができるはずだと思うからだろう。
わざわざグリグという手札をアロイスの部下たちにまで見せた理由は二つ。
一つは、うっかりグリグを砦の兵たちが普通の魔物だと思って攻撃しないように見覚えてもらうこと。
逆に言うなら、グリグがなにかやらかしたらあたしたちに教えてもらうことにしようかと。
〔ちなみに、やらかしたら?〕
大抵のことなら、まあ大目に見ようかと。
だけど誓約を破るレベルのことをやらかしたら、『逃げるな』と命令しといて、頭の羽をぶちぶちとむしる。
ハゲワシってこの世界にいるのかどうかはしらんけど。
〔うわぁ……〕
(や、破らない。抜かない)
うん。悪いことしなきゃハゲワシの刑なんて執行しないよ?そこは安心していい。
二つ目は、緊急時の情報伝達のためだ。
朝から――というか、昨日の遠距離迎撃の時からか――グリグには国境付近を見てもらっていた。
動きはなかったけど、円環の道にも入るつもりである以上、何が起こるかわからない。そんなわけでいざとなったら砦まで飛んできて、警報代わりに鳴いて兵を集めてもらうことにしようかと思ってた。
(それだけ?)
うん、頼んだ時に動いてもらえればいい。
正直グリグに長期記憶を期待してないというのもあるし、直接戦闘に飛び込めというのもありえない。
グリグの戦闘能力はあたしが見るところ、三次元機動を普通の鳥ではありえない速さとステルスで行える、というのが一番の強みだろう。
つまり、奇襲には強い。だけど一度認識されてしまえば、あたしでさえ受け止められたレベルだ。盾持ちの兵士に通用するとは思えない。
だから、そんな無茶な命令はしない。
(わかった)
……そういや、あたしたちにとっても、これが砦に来てから初めての外出だったんだよな。あたしはグリグに視覚共有してもらったりしてたから、あんまりそんな感覚もなかったけれども。
ちなみに、グリグんのねぐらって、どこ?
(あのへん?)
……こんな岩山にあるにしては、結構な森だね。
崩落でできた土砂に種が落ちたのか、あの穂先岩はともかくとして人間が歩いて到達できる最高点に近いというのに、灌木だけじゃないな、あれ。
そんなに高い木があるわけじゃないけど、見ているだけでも十分わかる。すごく生命の息吹が濃い。なんか森全体があたしを見つめ返しているようにさえ思えるほどだ。
生命を感じるということは、魔力が濃いということでもある。これなら魔力を大量にする魔物も住みやすかろう。
いいところだね、グリグん。
(うん、好き)
じっと見ていると副長が馬を寄せてきた。
「従者どのは闇森が気になりますかね?」
「闇森?」
「ええ、下流で暗森とつながってますがね、じつに立派なもんでしょ?だがまあ、あそこまで降りていくのは本職の狩人でも難しいらしいです。俺たちも行ったことはないですがね。実のなる木が多いようで鹿や熊が豊富だとか。うまくいけば食糧には困らずにすみそうなんですがねぇ」
取ってこいってことかな?だが断る。
「残念な話じゃの。目の前に肉はあっても口に入らんとはな。じゃが、すると木材は」
「山の下から持ってきてるんですよ」
そりゃまたお疲れ様な話だ。
不意に、緑の風が吹き上げてきた。
正面から砂煙を浴びて騎士たちが顔を顰める中、グラミィが悲鳴のような心話を伝えてくる。
〔なんですかこれ?こんな濃密な魔力、感じたことないです!〕
風というより物質化するレベルに濃ゆい魔力だ。深呼吸するような感覚でつい吸収しちゃったが、たった一陣の風で三分の一をきっていたあたしの魔力量が半分くらいには増えた。なんぞこれ。
〔あたしが聞きたいですー。うっかり吸収しちゃいましたけど!気分はなんだかすごいさっぱりしちゃってますけど!〕
魔力吸収をしてしまったとはいえ、不具合どころかすっきりリフレッシュ済みで好調と。
まあ、あたしらでほとんど吸収してしまったのか、魔術士隊は騎士たちと同じような反応をしてる。
つまり普通の突風ぐらいにしか捉えてないようだ。
……まさか、ね。
あらためてあたしは闇森をじっくりと見た。
生き物の魔力は感情によってゆらぐものだ。さすがにこの距離で個体を見ることはできないが、森全体の魔力のゆらぎから察するに……好意、ほどではないけど好奇心、かなこれは。
グリグ。ありがとう、って伝えておいて?
(伝える、誰に?)
風の主に。
裏サブタイトルは「国境へ行こう」です。
副長のキャラクターがイイ性格過ぎてだんだんおもしろくなってきました。
さて、「風の主」とは?




