ばーちゃんの中身
さて。
ばーちゃんの反応っぷりで、この家を見なかったことにして通り過ぎようかとも思わなくもない気分になってはいたんだけど。
確かめたいことがいろいろできてしまった。
それに朝が近いとはいえ、気絶したお年寄りを戸外に放置しとくわけにはいかんだろう。明け方には冷え込みがきつくなるんだろうし。たぶん。
ということで、家の中にお邪魔しまーす。
開けっぱなしの扉をくぐる。背負ったばーちゃんの頭をぶつけないようにしないとね。初めて会えた人間だし、そのくらいには気を遣っとこう。
初見で気絶されたけどさ。ふん。
……ふむ。入ってすぐが居間、になるのかな。でかめの暖炉には火が入ってないけど、煮炊きにも使える仕様っぽい。
その手前にロッキングチェアっぽいゆったりした感じの椅子があったので、とりあえずそこに、ばーちゃんをそっと下ろす。
ベッドがあればそっちに寝かせてあげたいけど、下手にプライベートスペースに踏み込むのもなんだし。
……しっかし、人気がないというか、冷え切ってるなこの家。
まあ、あの日本語大絶叫にも反応がなかったから、ばーちゃんの一人暮らしっぽいってのは、なんとなく予測はできてたが。
とりあえず、暖かくしてあげよう。椅子の背にかかってた膝掛けを上にかけてあげてから、暖炉から灰を掻き出して火を入れる……と。
その前に、腕に巻いてた布ははずしておかんとな。
替えがないから、汚れても燃えても困るしね。
「ん……」
どうやらばーちゃんご無事にお目覚めの模様ですな。いやあよかった。
あのままぽっくり逝かれたら、さすがに目覚めが悪い。
骨格標本状態になってからこの数時間、眠った記憶がないので、目覚めが本当に悪くなるのかどうかもよくわからないけどね!
(あの。どうも)
腕をひらひらふってご挨拶してみた。
ファーストコンタクトの反省から、しっかりフードをかぶって、腕の布も巻き直している。ぱっと見は怪しくても正体不明でもとりあえず人間、に見えるといいなぁ。
「……やっぱり夢じゃなかったんだ……」
しばらくガン見してきたばーちゃんが、五メートルくらいはありそうな長いため息をついた。
(えーと、あたしの声が聞こえてるって認識でいいのかな?)
「え。聞こえるも何も、喋ってるでしょ」
何言ってんの、という表情のばーちゃん。
……なるほどね。日本語でナチュラルに返事してきたってことは声が聞こえてる、それも日本語で喋ってると思ってるわけだ。
実は今のあたしは喋れない。
当たり前だよね、声帯も肺も横隔膜もその他もろもろ足りてないのに、どうやって声が出せるかっての。
骨同士がぶつかるカラカラって音は出せなくもない、って所までは道中で確認済みだ。
それでは、なぜ会話っぽい意思疎通ができているのか。
おそらくは、あたしが周囲を知覚できているのと同じ原理ではないかと思う。
ばーちゃんのお目覚めを待ってた時に、ぼろぼろになった足の布を巻き直して気がついたことだ。
足の裏にあたる部分の骨に小石が挟まっていた。
たぶん山を下りてくるときに入ったんだろう。
けれど、それまで痛みはなかったし、それは小石を取り除いても何も変わらなかった。
痛覚というのは身体および生命活動に対する危険信号だ。だから触覚のなかでは一番熱覚と同じくらい敏感なはずだ。
しかし、骨だけの指であっても握った杖の感覚はあったのに、小石の痛みは感じなかった。
ということは、今のあたしに触感というか皮膚感覚はあっても、体内に対する痛覚はないか、あっても極めて鈍くなっているということになる。
生命活動どころか皮膚もないけどね!
夜の山を平然と下ってこれるほど鋭敏になっている視覚や聴覚も、一見逆の現象のようだが、同じ説明がつけられる。
イルカや蝙蝠が超音波でものの位置を確認する、いわゆるエコーロケーションのように、あたし自身が、もしくは周囲の物や人が、発生したり反射したりしている音、熱、電波、その他何かをなんらかの方法で受け取り、それを五感に疑似変換して感覚しているのではないか、という仮説で。
痛覚が鈍くなっているのは、五感に疑似変換したところで痛みとして感覚すべき部位がないからと考えると理解できる。
火傷のような表皮損傷をのぞいて、痛みというのは腹痛のように、体内の異常に対して起こるものだからだ。
……ていうことは、あたしも骨折したら痛みは感じるのかもしれない。そう考えるとこの仮説、あんまり正誤を証明したくないなあ。
会話ができるのは、おそらくだが、これも感覚現象を逆転させれば説明ができるだろう。
気がついた直後、あたしは自分の身体が骨だってことにびっくりして絶叫を上げた。そう思った。
夜行性の鳥とか動物っぽいサムシングが大騒ぎして飛び立ったり逃げ出したりする音が聞こえたからだ。
あたしは声を出すことができない。
それなのに動物たちが逃げ出したってことは、あたしの脳内絶叫を音として認識していたということになる。
と、いうことは。
あたしが外に向けて発信した思考や意志は、相手の脳が受信した際に、聴覚刺激として疑似変換されていると推測できる。心話とかテレパシーってやつだ。
でなけりゃ、ばーちゃんからも母国語で反応は返ってこなかったはずだ。
つまり、この世界で言葉はわかんなくても会話に不自由はしないと。
会話してくれる相手に不自由しないかはさておき。
だけど、文字は理解不能だから勉強しないとならんってことか。ややこしや。
あー、あと、脳内絶叫でも聞こえるってことは、きちんと他者を意識して、外に向けて発信するかしないかを切り分けておかなきゃならんってこともだね。
会話の相手どうこうよりむしろ、思考がダダ漏れにならないよう気をつける方が大事かもしんない。
もう一つ確認しておきたかったのは、ばーちゃんが母国語と認識しているのが日本語だってことだ。
……はっきり言って、ばーちゃんは外見的には日本というよりアジア圏の一般的な人間イメージからは逸脱してるんだよね。
髪の毛真っ白だから元の色はわかんないけど。
目は灰色だし、お肌はミルクティっぽい色あいだし、彫りの深い顔立ちだし。
それでもこれだけ流暢に日本語を話せるってことは、異世界に転生した仲間っていうことになるのかな。
というか、先輩?
どんだけ長くこの世界で暮らしてるんだろう。
うまく知識を教えてもらえるといいんだけど。
なんだったら、困り事解決引き受けまっせ。もちろん有料で。
なにせ待望の会話ができて、しかもこの世界の知識を持ってそうな人間だ。ぜひとも仲良くしておきたい。
少なくとも、生きてるうちは。
(で、夢だとよかったってのは、どこらへんか聞いてもいいかな?)
骨に話しかけられたのが夢じゃなくって、ってオチじゃないよね。それだとハイさよ~なら~、と立ち去るしか何もできなくなってしまう。
どうかそんなことはありませんよーに。
「現実でがっかりしてるのはこの姿」
皺深いほっぺたをさするばーちゃん。
「な、ん、で、高校生のあたしがいきなしババアになってなきゃいけないのよぉー!!」
……。
…………。
……はい?
異世界転生ものの王道要素ぶち壊し、二つ目は「ヒロインポジションにばーちゃんがなる」です。