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一夜漬け準備の作戦会議(その7)

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

 夕食である。

 メニューは昼とあんまり代わり映えがしないが、空腹という至高のスパイスの前では、そんなことはたいして気にならぬものらしい。グラミィも魔術士隊の面々もせっせと手を動かしている。

 ……そりゃまーひたすら練習してたもんね。魔力(マナ)も消耗してるし腹も減ってるだろう。

 もっとも他のみなさんは、それより過酷な肉体労働にひたすらいそしんでたわけですが。

 あたしも含めてだ。

 あたしもだいぶ魔力を使った。あとでグラミィに分けてもらおう。


 食事が一段落したところでドルシッラが顔を上げた。

「不躾ながらグラミィ様にお尋ねします。わたくしたちの訓練は今後の戦闘を想定してのことと伺いました」


 まあそのとおりですな。それが何か?


「ですが、敵の眼前には出さないようにしていただくわけにはいかないのでしょうか」

 

 はぇ?

 

 ……えーと、盾や身を隠せる遮蔽がないところに出すのは危険だからやめてくれ、という意味ならわからなくもない。

 でもね、射線が通らねば火球も撃てないでしょ君ら。魔術で攻撃できないようなところにそれしかできない戦力を置いてどーしろと言うのかね。


「お黙りなさい。なんと言うことを言うのです、ドルシッラ」

「でもエレオノーラ様」

「わたくしたちはエクシペデンサ魔術副伯家の名を高めねばならぬのです。戦を怖れて武勲が立てられましょうか」


 ……。

 勝手に言い合い始めちゃったよ。隊長達も困っている……というか呆れてるな、あの顔は。

 ちなみにグラミィ。彼らの練習の成果はどうなの?


〔動く的に当てるという命題達成は、なんとかできました。でも正直そんなに飛ばせてません。50mいくかいかないか。なので、騎士に馬鹿にされてましたね。弓の方が精確に遠くまで飛ばせるぞって〕


 ……あー。そりゃあ戦術的には弓兵より前に出すわな普通。飛距離が短いのに後ろに下げてたら、盾になってくれてる味方を誤爆しかねんもんな。

 隊長達には伝えたの?あたしの考えも含めて。


〔ええ。だからボニーさんの策が頓挫したら、アロイスさんたちは籠城戦にこき使う気でしょうね。ドルシッラさんたちだって、戦うことを選んだんですし。自分でね〕


 逃げたい気持ちを邪魔されたからって、そうそう棘を逆立てんなよグラミィ。


「グラミィ様、わたくしもお尋ねしたいことがございます」


 ベネットねいさんの声に、あたしは眼窩を向けた。


「わたくしたちは実戦に不慣れです。ですので経験豊富な指揮官に従うのが道理というものだと心得ております。ですが、魔術士の運用についてはどなたにどれほどのご経験がおありなのでしょう。わたくしたちはこのままグラミィ様に従えばよろしいのでしょうか」


 ねいさんはねいさんで、指揮系統が統一されてないんじゃないかって不安があるわけか。

 確かに、砦自体の防衛はアロイス主体で、あたしらはお手伝い要員的立ち位置だもんな。どっちの命令を優先させるかくらいははっきりさせておいた方がいいかもね。


「わしは騎士をまとめたことしかないな」

「わたしもです。魔術士は魔術士を束ねる隊長に行動を任せるのが常でしょう。このたびは賢女さまにお任せしますよ」


 おっしゃ言質取れた。つまり魔術士隊はあくまでも騎士たちの下につくのではない、対等の協力者であるということになる。

 これ、地味だけど魔術士隊の能力を認めてくれたってことだからね。うまくベネットねいさんあたりが報告書にまとめてくれたら、そこそこ功績として評価してもらえる下地になるっていうことだ。

 そんなわけでグラミィ、魔術士隊は任せた。


〔あたしだって魔術士の運用経験なんてないですよー!〕


 まあがんばれ。


〔励ましが雑いですー!〕


 グラミィが心話で盛大に文句を言っていると、いつのまにかアロイスがベネットねいさんに近づいていた。


「ベネティアス。賢女さまに指示を願うことに、何か問題でも?」

「魔術士にとっては、人の生死を間近で感じる、このような大規模な戦闘のある場というのは不安定になりやすいのです。魔力酔いという症状についてはご存じでしょうか」

「いや」


 なにそれもっと詳しくよろしく。


 魔術師は、自身の体内にある魔力を操り、周囲の自然物からもある程度は魔力を吸い取ることができる。魔晶(マナイト)を少量の魔力と自分の血で励起状態にする(ってどういうことかはよくわからんけど)で吸収することもできる。

 だが、他人というか自分以外の生物から体内にある魔力を直接吸い取ることは普通ならまずできないんだそうな。


 確かにそれはあたしにもできない。かわりに術式ぶっ壊したり顕界を止めたりして、他人から排出された生魔力を吸収するってのは、ちょくちょくやらかしてるけどね。


〔ボニーさんは存在自体が非常識ですからー。この世界でも普通はまずしない、というかできないことでもどんどんやっちゃうじゃないですかー〕


 よっく言うよ。そのあたしに魔力を吸わせてるあんたが言えることかい、グラミィ。

 だが同意があっても、他人から吸収した魔力は、とれとれぴちぴち状態だと抑えるのに少々手こずるものではある。ましてや同意がない相手から無理矢理吸い取るとさらにびっちびっち暴れてくれるのだ。力尽くで押さえ込むのも、ちょっと大変。

 骨身……というか骨の身に沁みるほど、よーく知っているあたしが言うのだから間違いない。

 ……それを考えると。そんなに優秀でもない、ごくふつーの魔術師がだよ、たとえ同意があっても他人の魔力を吸収して制御しきれるもんなんだろうか?

 下手に暴走させちゃったら自分が危険になると思うんだけど。


 だが、その他者の魔力に対する難しさにも例外があるのだとベネットねいさんは言う。

 相手が生と死の境にある状態、つまり瀕死ならば、同意を得ずとも直接魔力を根こそぎに吸い取ることができるのだと。

 これは生物と無生物の魔力の質の違いらしい。

 熱を持ち流動し続ける生物の魔力と、冷たく静止した無生物の魔力。

 半死者というのはその均衡が破れ、生物から無生物になりつつある存在。

 だからこそ、魔力吸収を簡単にできる相手、なのだそうだ。


 ならば、死にかけている生き物から魔力を吸い取ればいいのでは?

 そう閃いたのは何百年か前の、髪の毛が薄くなり始めた上級魔術特化型貴族だったらしい。

 最初は小動物や家畜程度だったのが、次第にエスカレートして人間をも手にかけるようになり、領地から農奴どころか村役人までもが逃げ出していくようになった。

 それでもその所業は止まらず、他人の領地に入ってっては礼儀作法が学べて結婚にも有利と屋敷勤めを勧誘、金とドレスで釣ったせいで、ついたあだ名が『鮮血伯』だとか。


 ……どこのエリザベート・バートリだよ。はた迷惑なおっさんだな!

 そういやアレも血の伯爵夫人と呼ばれてたっけか。それ相応の貴族同士の血縁と地位があるからこそできるスケールの暴力とでもいうものがあるのかもしれない。


 確かに、この世界で魔術師がハゲる=魔力低下が目に見える、というのは同情できないわけではない。

 だけどそれなら最初から素直にヅラでもかぶっときゃいいだろうに、と部外者視点のあたしは思ってしまうのだが。

 そもそも、同じ魔術師相手ならば、何やって表面上は取り繕おうが、魔力感知でみーんなばれるんだろうし!


 で。

 戦乱が続いた時期に、その鮮血伯の故事を知ってたタチの悪い指揮官が、雇った魔術師に無理矢理瀕死の人間から魔力を敵味方問わず吸わせまくるということがあったんだそうな。

 まー、魔力切れした魔術師は一般兵士並みにも役立つとは言えん。活かせるかどうかわからん知識とプライドだけはあるけど、一般人より身体能力が劣ってるレベルの人間だもんね。

 魔術師を使い勝手のいい高めの個人戦力としか見ていない指揮官なら、その魔力量を単純に増量させることができるようなもん、吸われた人間が確実に死ぬとわかってても非常事態だからとやらせるだろう。

 助かりようのない重傷者に対する、苦患の時を少しでも縮める慈悲の一撃扱いになるという理屈も、つけようと思えばつけられる。


 だが、自身の魔力量よりわずかでも多く魔力を吸収した時、魔術師は魔力酔いを起こすのだという。

 軽くても、魔力量が増大することで得られる全能感で、理性の(かせ)が飛びやすくなるのだとか。

 症状だけ聞けば、まさしく酔っぱらいだ。


 結果として、指揮官に魔力を吸わせられた魔術師たちは、プライドのままに命令を無視して味方もろとも敵を殲滅にかかる者、自分の能力を誇示するためだけに限界を超える破壊力の高い魔術を複数顕界する者などが続出したという。

 しかも彼らは自らが創り出した被害者から、さらに魔力を吸い上げては魔術を連打し続けたのだとか。

 ヤなエネルギーのリサイクルシステムだなー……。

 戦場でそんなヒャッハーなトリガーハッピーを、いきなり起こされたらたまらんわな。主に味方のはずだった側が。


 この酔っ払い状態がまだマシなほうだという。

 ならば、重症だとどうなるか。


 答え。

 増えすぎた魔力を制御しきれずに崩壊するのだそうだ。

 その魔術師の人格が。


「……それが、もしや、魔喰ライと呼ばれるモノの正体なのか……?」


 額に手を当てたアロイスの声は震えていた。カシアスのおっちゃんは深々とため息をついた。


「『神槍ランシアにて封じられし魔喰ライの王コリュルスアウェッラーナ』な。『天を逆しまに裂く雷火発するは、魔喰ライの王なるコリュルスアウェッラーナが棲処。その目は地の者を見逃さず今も天空を巡る』……か。ただのおとぎ話だと思っておきたかったな……」

「ご理解いただけたようで幸いです。前線に立たぬことをお許しいただけますでしょうか」

「……魔喰ライを産まぬためともなれば、許さざるをえんだろう。だが、役立つところを見せるとおぬしは言ったな、ベネティアス。ならば不利を覆すだけの力を見せてもらおう」

「承知、いたしました」


 ……うまいな、ベネットねいさん。

 真っ向から対立姿勢を見せて自分の意志を通すんじゃない、情報を開示することでこちら側からも情報を提供させ、そして頭を下げるだけで、ドルシッラが望んだ立ち位置もあっさり手に入れて見せた。

 こりゃあ、魔術の才さえ伸ばせば万事うまく行くと思い込んでるエレオノーラと正面衝突を繰り返すわけだわ。

 たとえ貴族の地位を振りかざして配下に置けたとしてもだ。有能すぎて自分じゃ扱いきれない、と本能的に感じているのかもしれないが。


「ベネティアス。魔喰ライとなった者はどうなるのかの?」


 問いかけながらちらりとこっちにグラミィが目をやる。あたしに説明してやれ、という体裁での情報収集にもだいぶ慣れたもんだ。何せ魔喰ライなんて言葉、初めて聞くもんな。


「死なぬ限り魔力を貪欲に吸収し続けます。戦そのものをむさぼり、魔力を吸うために人を殺し、獣を裂き、大地を穿つ。そういうモノに成り果てるそうです」


 それが魔喰ライ。狂気に陥っているからこそ、まっとうなかけひきが通用しない。とはいえ、それまでに蓄積した知識を使いこなせないほど理性を失うかどうかは不明。

 部分的にでも魔力を制御することができれば、膨れ上がった魔力のせいで普通の魔術師と同じ魔術を顕界しても火力の高さは段違いになる。しかし、甘い制御は周囲も巻き込みちょっとした災厄になる。状況によっては、それこそ敵も味方も全滅という意味での勝者なき結末がありえるというのも頷ける。

 常識は通じず、脅威としては生半可な魔物以上。ちょっとした爆弾だね。

 少なくとも単純な損得では釣れなさげだ。あたしにとっちゃグリグんよりも手に余る存在かもなー、こりゃ。


〔ボニーさんにとってのグリグんの位置づけが気になりますー〕


 食いしん坊の鳥頭。それ以外に何が?


〔シンプルだけどひどいですね!〕


 心話のやりとりを続けながらも、グラミィは真面目に情報収集を続けている。


「正気に戻った魔喰ライはおるのかの?」

「存じません。わたくしの知識にはございません」


 魔術士隊の面々は魔喰ライどころか魔力酔いの状態すら、全員実際に体験したことも見たこともないという。

 ただ、魔術災害の戒めとして魔術学院で語り伝えられていることだそうな。


「まあ、ボニーの献策がうまく当たれば問題はなかろう。その場合、おぬしらが撃つのは敵兵ではのうて、石弾じゃからの」

「「「「「……は?」」」」」


 さらっと一言で大広間を疑問符で埋め尽くすなよグラミィ。


〔説明は全員にする必要ないじゃないですかー〕


 まあそりゃそうだけど。あ、ついでに例のも頼んどいて。


「おう、忘れるところじゃった。すまぬがなるべく新しい水袋と手桶と杯を一つずつ貸してもらえんかの?」


 ……唐突すぎるってば。さらに疑問符が乱舞してるぞおい。

説明回でしたね。

裏サブタイトルは「またもやメシ食う人々」です。

なんかしょっちゅうご飯食べてるシーンが多い一夜漬け準備でございます。

グラミィが用意させていたのは別にタライ代わりに頭に落とすものではありません。


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