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空の高みから(その2)

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

 あたしとシルウェステルは、それからも沿海部の様子をあちこち確認した。

 あれだけびっしりとドミヌス(海森の主)()()以上、そして彼があたしの頼みを受け入れ、船団の庇護をしてくれる以上、海の上はかなり安全なんだろう。と思う。

 問題は、寄港した時のことだ。


 ロリカ内海へ出るまでの間、食糧を現地調達で十分確保できていたとしてもだ。真水の補給はどうしても必要になる。

 いや、魔術で出すこともできるだろうけど、それだって魔力(マナ)というリソースが必要なんですよ。

 あれだけ大勢の魔術師を擁していることもあり、ランシアの騎士もグラディウスの船乗りも、彼らについての理解は深まっている。

 だから魔力が尽きるほど魔術師たちを酷使するようなバカはやらないだろうとは思うが、それでも遠距離攻撃能力のある魔術師たちが消耗した状態で住民から襲撃を受ける羽目にでもなってしまえば、不利なんてもんじゃない。

 寡兵という船団最大の弱点だけは、どうにもならないのだ。

 むろん、船足を速めて逃げ出すのなら、風の魔術という手段がある。強水流の魔術陣も渡してあるのだが、それだってリソースは必須なんですよ。


 魔力切れが生死を分けかねんという心配は、だが、杞憂だった。

 あたしたちは見た。大きな地方都市が、帝都レジナのように跡形もなく崩れ去っている有様を。

 沿岸部だけではない。内陸の属州もだ。


「……落ちし星ども(ラドゥーンたち)は、まこと容赦なくこの世の魔力すべてを強奪するつもりだったのだな……」


 唖然としたシルウェステルの言葉には同意しかない。

 いや、これ、この世界全土にラドゥーンたちの支配が広がっていたらと思うとぞっとするんですが。

 もしそうなっていたら、この世界を逃げ出し、別の平行世界を食い尽くすという彼らの目的は達成できていたかもしれない。

 すべてを喰らい尽くす飛蝗の群れか、それともお好きなものだけ偏食するケーキバイキングの周回おかわりかというやり方の違いはあれど、ラドゥーンたちも大食らいの魔喰ライ、ヘイゼルの同類だったということだろうか。

 彼女の同位体とでもいうべき存在であるあたしが言えた義理ではないかもしれないが。


 結果として、スクトゥム帝国は滅亡した。そう言ってもいいだろう。

 こまごまとした小さな集落の中には、魔力の強奪から逃れられたのだろう、人の姿が確認できたところもあった。けれどこの闇黒月から見る限り、破壊はあまりにも広範囲に及んでいたのだ。

 特にスクトゥム本国からもっとも遠いケトラ属州などは、アエスのような主要都市のみならず、そこへ通じる街道すら壊滅していたというね。

 爆撃でも受けたかのように、道がえぐれて溝状態になっているのは、おそらくだが街道に仕込まれていたベヒモスの魔力経路すら、魔力を吸い尽くされた結果なのだろう。


 唯一この被害の中でよかったといえるのは、あたしがばらまいたウィキア豆もおおかたが全滅していたということぐらいだろうか。

 が、ここまで行政、司法といった組織だけでなく、流通やマンパワーの流れすら破壊されつくしてしまっている以上、都市国家としての復興どころか、近隣の村々とのつながりを保つことすら難しかろう。


 それでも帝国が滅亡した以上、生き延びた人間が寄り集まり、時間を掛ければインフラは整えられる。

 結果、小集団が乱立すれば群雄割拠の時代が始まる……かというと、それもかなり微妙なところだ。


 魔力が失われるということは、地水風火すべてが衰弱するということでもある。

 もちろん、空気を大量に吸い上げたとしても、それで周囲がすぐさま真空状態になることはないように、スクトゥム地方の魔力が完全にゼロになったわけではない。

 それに、魔力はゆるやかに世界を循環している。

 いずれ魔力的に完全元通りとはいかずとも回復はするだろう。しかし、人の姿もまばらとなった現状を考えれば、飢餓と破壊を乗り越え、荒廃したスクトゥムの地が再び肥沃になったとしても。

 人口が増え、かつての活気を取り戻すには数世代、いやそれ以上長い時間がかかってもおかしくはない。


 それでも、再起の望みはある。

 魔力的な回復を早めるため、樹の魔物たちはせっせこと各街道に残った魔術的なしかけを破壊してくれている。あたしのしかけた魔術陣も、ベヒモスで構築された魔力経路も、やがて彼らに破壊しつくされることだろう。

 無駄な消費が止まれば、あとは魔力循環を自然に委ねるだけのこと。樹の魔物たちのみならず、普通の木々やその他生物の生命活動によっても、ゆっくりと魔力は巡り、広がり、混ざり合う。


 あたしもヴィーリたちにシルウェステルのお骨とともに降した黄金の枝を、必要なところに置いてもらうように頼んである。それもうまく使えば、早期回復の見込みも、まあ、夢ではないかもしれない。

 個人的にはそれでもグラディウスやクラーワの侵攻の方が早い気がしているんだけど。

 特にグラディウスの南方に多い小国あたりが真っ先に動きそうだ。

 が、彼らも国力がそうそうあるわけではない。国を大きくしたところで群島国家がせいぜいで、広大な荒れた土地を侵略で獲得したとしても、我が物として扱いきれるかどうか。

 つまり、取りうる行動としては略奪。次いで統治するための行政を置いての遠隔支配ってところだろうか。植民地かな。


 そんな分析が口からだだ漏れていたのか、奇妙な表情でシルウェステルがあたしを振り向いた。


「そこまで見えているのなら、諸国のスクトゥム侵略を阻止する気はないのか」

「ないよ。縁もゆかりもない国同士の揉め事にあたしはこれ以上容喙(ようかい)するつもりはない。そいつは地上の、生きている人間の領分でしょうよ」

「……そうか」


 即答すれば、少年の顔にはさらに微妙な影がさした。


 無情なことを言ってる自覚はある。

 いくら人が減り、不毛といってもよい土地になったとはいえ、他国が奪いにかかれば抵抗は生じ、血がまた流されるのは自明の理。

 そして一番酷い目に遭うのが、いつもどこの世界でも、社会的弱者であることも。


 だけど、闇森の森精たちが目論んでいた人間の完全支配は……魔力に任せた洗脳による統制といってもいい。

 それに比べれば、自由意思による人間同士の争いは、あたしにとって、まだ、なんというかマシなものなのだ。許容範囲といってもいい。

 だからあたしは手を出す気はない。

 それが、ディスプレイのむこうの紛争を他人事と眺めることに慣れきった、異世界人の冷淡さゆえだとしても。


「……ならば、わたしに預からせてはもらえぬか」

「シルウェステル?」

()神アルマトゥーラの炉()すら、夜には星にすら光を譲る。趨勢をとどめることはかなわぬ。それは承知している。だが無辜の民を見殺しにするのは、いささか心苦しいものがあるのでな」

「そりゃ、まあ」


 気持ちはわかりますとも。手を出そうとは思えないあたしだって、ほぼ確実に発生しそうな悲劇を、失われるだろう人命をしのびがたくは思ってはいるのだから。

 だけどさあ。


「お人好しがすぎるだろう?」

「……それを他ならぬあなたに言われるとは思わなかったな」


 シルウェステルはくつくつと笑った。ほっとけ。

 リソースを切ってまで不要な争いを阻止しようと思えないって段階で、あたしゃ自分がお人好しとも善人だとも思ってませんがね。


「わたしとて、ただ哀れみのみで、このようなことは言わぬさ。これは、義兄上(あにうえ)たちを守るためでもある」

「アーノセノウスさんたちを守るというと?」

「あれだけの被害だ。スクトゥムの民はまず食糧に困窮するだろう。船団を襲撃するとしたら、食糧を得んがためであろう。だが、命をかけずとも食が得られるとなれば、武装した船団に手を出すような愚行には走るまい」


 それはどうだろう。

 シルウェステルは胸を張ったが、その算段はいくぶん性善説が過ぎる気もすると思ってしまう。逆にあたしの方が悲観すぎるのかもしれないが。

 だけど人間、欲望のためならデメリット度外視で動くこともあるからなあ。

 この世界を、まだゲームの舞台と勘違いしている星屑(異世界人格者)が一人でも生き残りの中にいれば、なおのこと。

 それにだ。


「船団を守るためとはいうが、そちらには干渉しないの?あれだけ気にしていたのに」

「むろん、そちらからも目は離さぬ。だが森の御方(ドミヌス)の護りもある。スクトゥムの民が襲撃を企てるのなら、先手をとってわたしが潰す」

「ふむ」

「それに、わたしとて未来永劫他国の民に手をかけ続けるつもりはない。義兄上たちがロリカ内海を脱するまでとしよう」

「後は知ったこっちゃない……いや、それまでの間に、手筈を整えておける自信があると?」

「些細な頼みを託すには、それで十分だと判断したのだが」

「なるほど」


 あたしはうなずいた。


「そこまで言うなら、こちらからもお願いするよ。正直、あたしも森精たちを掣肘(せいちゅう)するのに手一杯なのでね」

「……それこそ、わたしにはできぬことだ」


 本音の欠片を吐けば、真顔になったシルウェステルは深々と頭を下げた。


 地上の様子を手に取るように知ることができる、この闇黒月(アートルム)の機能は確かに優秀だ。

 うっかりすると万物を見通しているように勘違いし、それだけの目を持つ自分が万能の存在となったような思い込みすら起きかねないほどに。

 しかし、闇黒月はあくまで精度のいい望遠鏡とマニュピレータ程度に考えるべきなのだ。北欧神話にあるフリズスキャルヴだって、すべてを意のままにやりおおせるような力を与えるものではなかったのだし。


 万能となるには後出しじゃんけんで確実に勝てるような能力だけでは足らない。成果を出すにはリソースが必要になる。それもすべてのありとあらゆることに対応し、万能であることを維持し続けられるようにともなれば、無限のリソースが必要になる。

 そんなもんの持ち合わせのないあたしとは、つけたくもない優先順位を命に貼り付け、切り捨てたくもない無辜無縁の衆生が死ぬことも計算に入れて、動くことしかできない。

 せめてより効率よく、犠牲者の数を少しでも減らせるものにしたいと願い、そのために考えは回しているつもりだが、完全になどできるわけがない。

 その罪悪感を少しでも軽くしてくれるのなら、大歓迎ですとも。


 スクトゥム地方全域、そして船団の航路区域に生息する樹の魔物たちのネットワークへのアクセス権限をシルウェステルに完全に移譲すると、あたしはさらに北へと目を向けた。

 闇黒月の機能と黄金の枝のおかげで、樹の魔物たちの存在する周辺ならば、ほぼ完璧な情報が得られるようになっている。おかげで、あたしが各地にラームスを挿し木してきたあたりなぞは、ほとんどすべての情報が、あたしの掌握するところとなっているといってもいい。

 加えて樹杖たちと幻惑狐(アパトウルペース)ネットワークはリンクしている。


 だが、幻惑狐が拾った情報を集約するのに、ラドゥーンたちの使っていた監視術式は微妙に使い勝手が悪い。

 視覚情報をまとめるのには便利なのだが、心話はともかく、会話は言葉ではなく音としか認識できなくなってしまうのだ。これは、幻惑狐たちにとって、人間の声はただの音にしか認識できないものだからだろう。

 けれど音がわかればこの世界のネイティブスピーカー、シルウェステルなら、あたしよりも必要な情報を取り出しやすくなるはずだ。


(((   )))


 他の地方の樹の魔物たちへ黄金の枝経由で接触すれば、闇森本体のみならず、各森精たちの持つ樹杖たちもひっそりとあたしを歓迎してくれた。

 一度彼らの森へと加えてくれた味方となったからには、情報セキュリティなにそれのフリーパス状態ですよ。ありがたいことに。


 しかしそれは、処理すべき情報が加速度的に増大するということでもある。

 結果、それらを表示している仮想ディスプレイもどきも増殖しまくるわけで。


「ううう、マルチタスクは苦手なんだよう……」


 つい泣き言も出るが、自分の前にも複数の仮想ディスプレイもどきを浮かべたシルウェステルは、反応すらしてくれなかった。勝手なものだがちょっと寂しい。

 いや理由はわかってるんだけどね。自業自得、因果応報、自縄自縛と四字熟語のいい見本ですから。


 スクトゥムに森精はほとんどいない。

 それは、以前ヴィーリから教えて貰っていたことだ。おそらくロリカ内海で繁殖し続けている海森の主が最大の勢力であるのだろうが、彼はすでにあたしとつながっている。

 だからあたしはグラディウス、クラーワ、そしてランシアの三地方に黄金の枝を撒くことにした。


 闇森は森精たちの一大コロニーではあるが、唯一無二のものではない。

 だからあたしは闇森以外の森精たちとコンタクトを取るために、黄金の枝を撒くことにした。闇森との足並みを乱すための準備ですよ。

 とはいえ、相手が森精であり、黄金の枝が伝えてくれるのも心話である以上、真実しか伝えようがないのだが。


 ただ、真実だけでも伝え方次第でいくらでもやりようはある。それに『闇森がランシア山を滑落し、多大なダメージを受けた』とか、『闇森の森精の中に、禁忌であったはずの過大な人間への干渉を行っている者がおり、闇森はその森精を擁護する姿勢を見せた』とか、真実にもけっこうやばげなものは多いわけで。

 ……これ、下手な小細工しない方が、勝手に闇森から離叛してくれそうなんだけど?


 くわえてもともと、精神的群体である森精たちの中にも、その集団の大小で相互関係に優劣が生じていたことも影響していたのだろう。

 じつにあっさりと、あちこちの隠し森に潜んでいた森精たちは、ヴィーリに伝えてもらった極大勢力だった闇森の凋落と失態の情報に飛びついた。

 彼我の比較はたやすく劣等感と優越感を生む。

 ……とはいえ、ちょっとちょろすぎません?かえって心配になるんですけど。

 

 人間を支配しようとする森精たちを支配する……とまではいかなくても、ここまで過剰な介入をしていることには、当然のことながら矛盾を感じずにはいられない。

 だからこそ、あたしの干渉はより隠然たるものになる。

 人間が上から押しつけてきたと思えば、森精たちは反発する。

 それこそ、闇森のように。

 渡す真実に見方の個人差程度の偏差を加え、誘導はするが、無理強いはしない。

 森精たちがその判断を、彼ら自身の自由意思で行ったと思うように。


 その一方で、あたしは樹の魔物たちにもこっそりと干渉をした。

 魔喰ライの王コリュルスアウェッラーナは、自分が魔喰ライとなってしまってからも、いやいっそう、より美しい自分の理想の実現とやらのために邁進していたこと。そして、闇森の森精たちが、まさしく現在進行形でそれをやらかしていたこと。

 加えて彼らが闇森を強制退避させるため、彼らの半身であったはずの、樹の魔物たちを盛大に痛めつけたこと。

 これらを情報共有と称して伝えたのだ。


 魔喰ライの王コリュルスアウェッラーナの被害を受けたのは、人間や森精たちだけじゃない。魔物たちだって狙われた。そのことは、以前混沌録でコリュルスアウェッラーナについて垣間見たときに知っていた。

 あとはそれをもとに、樹の魔物と森精の間にもひびをいれておくだけのこと。

 魔喰ライの王は森精の一人であったこと、森精たちは、必要がありさえすれば、樹の魔物たちに大きな傷をつけることすらためらわないのだということ。

 どれもこれも嘘は一つもない。


 やることはシンプルだが、あまりに量が多すぎた。

 あたしがすべての森精たち、樹の魔物たちを闇森から引き剥がし、新たなネットワークを構築しおえた時には、船団はすでにグラディウス地方を回り終え、アーノセノウスさんたちもランシアインペトゥルスの王都ディラミナムにまで帰還していたのだった。


 幻惑狐ネットワークの力を借り、間近で彼らの様子を見たあたしは後悔した。もっと早く船団の人々を、いやアーノセノウスさんの様子を確認しておくべきだったと。

 彼は……アーノセノウスさんは、あまりにも変わり果てていた。

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