一夜漬け準備の作戦会議(その6)
本日も拙作をお読みいただきましてありがとうございます。
更新できる限りはなるべく早くしていきたいと思います。
ストック?なにそれおいしいですかね?
そういえば、疑問があったんだけど。
グリグん、なんで砦を襲おうとは思わなかったん?
(森、肉、力ある。高い石、狭い。人多い。危険)
……えーと、森が住処としても狩り場としても好条件だったってことか。
それに対して、砦の中は……まあ、外部に対しては防衛上なるべく死角がない構造になってるし。
一歩中に入れば土地の有効活用というべきか、建物同士はわりとみっちみちに並んでるもんな。
空に向かって開けているところは訓練用の馬場か兵士の訓練場で、ちょっと離れているところは畑だ。確かに止まれそうな木もあまりない。
意外と臆病かと思うほどに慎重だな。
しかし、たとえ今牢屋の住人になってるような人間であろうと、兵士などが襲われていたら?
そして魔物の被害だと判明していたら?
だるだるにたるんでた砦も『魔物駆除』の名目のもと、一致団結して森を荒らし回ったかもしれない。
それを考えると、グリグの判断は正しいと言えるんじゃなかろうか。
知能が高いというのは、やはりそれだけでも長生きをして、強くなれるだけの素質となりうるのだろう。
ちなみに、グリグは夜目も利くそうな。いいこと聞いた。
いい観測手になってくれそうである。
そんなやりとりを心話でしながらあたしは荷物運びをしている。
改造箇所を三つ提案してみたら、とりあえず全部やってみよう、ということになってしまったのだ。
あたしが書いた投石機の柄の部分――腕木というらしい――を伸ばすという案は、やっぱり必要らしき長さの木材を一本の木から削り出すのが難しかったらしい。
木材を組み合わせて長くする木組みという技術自体がないのか、あっても木材が耐えきれないと判断したのか、そこまではあたしにはわからないが。
そのかわりに、長さを補うため、腕木の先端にフックをつけて、そこから石を飛ばすための頑丈な網を吊すことにしたとか。
……大丈夫かね。
うまいタイミングで石が外れなかったら大事だ。
下手なけん玉なみにふりまわした分の運動エネルギーが襲いかかってくることになるだろうに。
主に、投石機そのものと、その近くにいるだろう兵士のみなさんにだ。
……いざとなったら、あたしが網をぶった切るとか、なんか対応する必要があるかもなー。
〔グリグんが臆病なら、ボニーさんは心配性ですよねー〕
うっさいよグラミィ。
安全対策ってのはどれもこれも100%実現するもんじゃないんだから。おっちゃんたちには無駄に死んだり怪我したりしてほしくないし、あたしだって骨すら折りたくない。
だったら、できることは想定する状況を裏の裏まで考えることだ。
ちなみにグラミィはというと、魔術士隊に火球の練習をさせている。
どうやら彼ら、実戦でほぼ火球で攻撃したことがないらしい。
それは静止した的に命中させたり破壊したりする技術と経験はあっても、動く的に当てたことはあまりない、ということだ。
……そういやアレクくんの火球も、あたしや魔力操作で身体能力を引き上げてたわけじゃないグラミィですら回避できるくらい、詠唱長くてのろい火球だったもんなー。
ベネットねいさんがギリアムくんにぶつけたのも、あれ、剣の間合いより数十cm外なだけという、ほぼ至近距離だったし。
というわけで、まずはどうやったら確実に動く的に火球を当てられるか?という命題に対し、それぞれの考えた対処法をもとに各セルで討論してもらってから、実際に練習をし、魔力が尽きたところで改善すべき点を洗い出して、回復したらまた練習、という手順を踏んでいる。
四人で固めたら練習どころじゃなくなるからね。とはいえ、時間も場所もそう余裕があるわけじゃない。
そのことを強く言い聞かせて、一室にまとめておいたら、聞こえてくる互いの対処法のいいとこ盗み取りがうまいぐあいにできたようだ。
協調性は大事だが利害関係の一致の方がもっと効果的ということなのかもしれん。
段階を踏むのは結構めんどいが、これも魔力量というリソースの制限があるからしかたがない。
練習は最小火力でもいいのだが、何十発も連打してたらあっという間に魔力が尽きるもんね。
〔あたしたちぐらいに魔力量を増やせる方法があれば、もっと練習回数も増やせるんですけどねー〕
知ってる人が近くにいるなら聞けばいい。
あんたが言ったことでしょ、グラミィ。
うまくやったら、はらへり状態からガッツリ食いを繰り返さなくてすむかもよ?魔力を消費している以上、太るかどうかは別にして。
〔! やる気でましたー!〕
おー。やる気があるのはいいことだ。頑張れ。
……マジ頑張ってくれ。魔術士隊の四人もな。
ちなみに、動く的は石弾だ。矢はもったいないという意見があったからだ。
戦闘に備えるため、投石機だけじゃなく、砦に備蓄されてた武器や鎧ももちろん全部出して準備を進めているのだが、自分のコンディションもちゃんと確認しておきたいという声が多かったので、交代で戦闘訓練とまでいかなくても身体を動かしてもらっている。
その一環として、騎士のみなさんにも個人携行可能な投石器で遠距離攻撃の練習をしてもらいながら、魔術士隊にも的を提供してもらう。一石二鳥だね。
……弾の早さに目が慣れなかったり、騎士達とエレオノーラ達がほんのり険悪な雰囲気を漂わせてたりと、いろいろ大変だったようだが。
さすがにそこまで責任持てません。その場にすらいないんだもの、あたしは。
魔術士隊や腕木についての難航ぶりとは逆に、錘の方は意外と簡単に調整がきいた。
もともと、三角形の箱の中に石や砂を詰めてあるようなものなので、その中身を増やせば簡単に重くできるものなんだそうな。
ただし、何も考えずにフルに詰め込むのはまずいと言われた。
確かに重くすれば錘の運動エネルギー量を増やすことはできるが、今度は投石機そのものへの負荷がかかる。支点でもある支持架にかかる重みに耐えきれなければ、回転軸が折れかねん。外枠とぶつかる衝撃で腕木が折れることも考えられる。
それだけではない。
ただでさえ投石機を作動させれば、振り子運動によって、全体の重心は大きく移動するのだ。バランスが崩れれば、反動で投石機そのものが倒れたりひっくり返ったりすることもあると聞かされた。
塔の屋上という逃げ場がない所でそれは怖い。怖すぎる。
ただ倒れるだけでも怖いのに。
塔の下まで転落するかもなんて大惨事の可能性なんて、聞きとうなかったよ……。
それに、転倒を防ぐためには、支持架を安定させる必要がある。
だが安定させるのに脚の部分を大きく幅広くすればするほど、今度は投石機を操作する人たちが動ける場所がなくなってしまうのだ。
つまり、あたしがイメージしてたようにうまく投石機を使うには、塔の上という限られた空間に、投石機本体を持ち上げて設置する場所と、投げるのに使う石の置き場所と、兵士のみなさんの待機場所を確保しなければならない。
それを指摘された時には、さすがに頭蓋骨を抱えたくなった。
……あれだね、よく技術屋さんが一つの能力ばかり突出させたものを作っちゃうって理由も、やっちまった後の心境もよくわかったよ……。
運用ができるようにするには、あらゆる要素も計算に入れなきゃならんのですな。
でないと結局無駄になっちゃう可能性が高い。
そんでもって、今、この状況下で無駄にできるようなものなんて、いっさいない。
というわけで、投石機の部品を運ぶ前にもいろいろ準備が必要である。
まずは塔の屋上の出入り口を、あたしが壊すことになった。
きちんと石材でドーム状に階段の出口を覆ってあったのだが、それが今回は作業の邪魔になるのでしかたがない。ちゃんと足場を組んでる暇もないので、モルタルっぽい石と石のつなぎ材部分に魔術で干渉して脆くし、いくつか石を抜く。
開けた穴を足がかりに登っていき、今度は天井部分をごそっと剥ぎ取るあたしを見て、いっしょに屋上に上がってきてた兵士のみなさんが顎を落っことしていた。
確かにシュールな絵柄だろうが、しかたがないじゃないか。
重量軽減ができる今のあたしじゃないと、こんな荒技は無理なんだもん。
じ、自画自賛じゃないですじょ?
屋上が完全に真っ平らになったところで、その屋上の直径と同じ長さの木材を十数本並べる。屋上の補強と投石機の重みを分散させるため、あとは投石機を固定するためだ。
さらに、胸壁の狭間部分にはめ込むように、もっと長い木材を数本渡して置き、その両端に石をぶらさげて固定する。
これら両方の木材に投石機の支持架を固定させることで、重心が移動しても負荷は塔の構造上一番頑丈な壁の上にかかるようになる。はずだ。そうだ。
水平をとって、なおかつぐらつかないようにするために、そしてなにより狙いを正確にするためには、きちんと方向を定めてから、支持架の脚と木材をきっちり固定していく必要がある。
というわけで。
おーい、グリグ。出番だよー。
よろしく。
(よろしく、なに?)
…………をい。
ついさっき頼んだばっかりのことだぞ。
魔物といっても、知能が高かろうとも、やっぱりお前は鳥ジャンルだってことなのか、そうなのか?!
(あ!岩、道、飛ぶ、見る、わかった)
頼むよー……。
いっくら誓約で縛っといても、能力が高くても、事前の頼み事がすっこーんと抜けるようなザル型鳥頭ではさすがに困る。というか能力が高ければ高いほど困る。
連れて歩こうなんて考えないで、マジ正解かも。
(着いた。ここ、見る?)
うんうん、感覚共有してちょーだい。
……ちょうどグリグが止まってる木の枝が、槍っぽい岩山のほぼ真っ正面を向いていた。
なるほど、図面で見たとおり環状交差点っぽい感じがする。道幅が四車線くらいあるくせに舗装されてないから、岩盤とわずかな土がむきだしになってるけど。
アロイスの話によれば、この円環部分は各地方、諸国にとって完全に中立の場所として定められているらしい。
たとえばある地方から犯罪者として追われた人間がいても、この円環の道の上では取り押さえることはできず、逃走者が分かれ道に入ってから半日たたないと追うことができないという決まりになっているんだとか。
いかにも中世の慣習法っぽい。
……けど、こんな山まで逃げたり追っかけたりするような気合いの入った犯罪者も役人もそうそういないだろうにね。そもそも第三者がいないような場所で守られることなのか不安な決まりだね。
まあそれぞれの地方内でも、領地間にそういう場所が定められているのかもしれないが。
ともあれ、分かれ道に入れば実質越境者ということになるわけね。
グリグ、しばらくそのまま分かれ道をまっすぐ見ててちょうだい。
(わかった)
あたしは屋上の中心に立つと、国境の方を向いた。感覚を頼りにグリグとあたし、そして国境が一直線に並ぶように向きを微調整していく。
よし、ここだ。
杖をゆっくり振りかぶり、振り下ろすのにあわせて、印を兵士のみなさんにつけてもらう。
この線が投石機の中心軸と重なるように設置をしなければいけないのだ。
ありがと、グリグ。もういいよ。
(もう?)
またえらく驚いてるなー。なんでだろ?
後で他に何か頼むかもしれないけど、その時はまたちゃんと伝えるよ。
今度は直前に。
忘れられると困るから。
(わかった)
ばさばさ、とグリグが飛び立つ様子が伝わってきた。また森に戻るのだろう。
こっから先は、またもや荷物の引き上げや組み立て作業がメインになる。
うっかり力持ち認定されてしまったので、あたしに回ってくるのは基本重いものの担当だ。
面布状態で顔を隠した上に、裾をからげたローブという珍妙な姿で肉体労働やってます。肉体ないけど。
……まあ、戦力にもなるみなさんに下手な怪我を今されても困るからしかたないか。何やってんだろ自分と思わなくもないけどさ。
支持架を押さえていると、見る間に周囲に伸ばした補助脚とつなげ、自立するようになり、さらに材木にどんどんと固定されていく。
……なんかむこうの世界の高所作業車を思い出すね。
作業中に、にょきにょき脚を生やして車体を固定してるところに似てると思う。あれも重心が高くなるせいか、接地面を広くしてあったなー……。
次に、支持架同士をつなげる外枠と、それにつけるオプションを組み立てる。これが腕木を斜め45度くらいで止めるストッパーの役割を果たすわけだ。
……なにバーって言ったかな、昔の車のバンパーあたりについてたごつい部品っぽい。木製だけど。
激しくぶつかりあってもらわなきゃならんもんね。
あたしは塔の下へ降りた。
最後の腕木はやはり塔の入り口でつっかえてしまったので、外から引き上げなければならないのだそうな。
だけど、轆轤は使わなくてもいいんじゃないかと言われてしまった。
確かに轆轤は屋上にいる人間にしか動かせない。狭い屋上より塔の周辺のほうが広いし、集合できる人数は明らかに多いもんな。
というわけで、引き上げ要員のみなさんもすでに集まってくれている。
滑車準備よーし。ロープよーし。
んでは、腕木に掴まってと……。
重量軽減GO!
合図とともにロープを引っ張って、何十人もの兵士が勢いよく走っていく。綱引きというよりレースだね。
ちょ、ちょっと軽減かけすぎたかな?
魔力を減らしてスピードを調整するが、それでもからからという軽快すぎる滑車の回転音とともに、みるみる塔の屋上が近くなる。
危ないってマジで!
慌てて手をふるとメガホンみたいな拡声器で塔の下へ合図を送ってくれたが、もう少しで滑車に激突するとこだったぞ、おい。
胸壁の上に移ったところで、よっこらしょとそれまで掴まってた腕木を持ち上げる。もちろん重量軽減を使ってのことだけど。
そのまま屋上の中へ入ると、いっしょに作業してくれてた兵士さんたちがもう落っことす顎もない、という苦笑で迎えてくれた。
それはいいんだが。
あたし一人で支持架に固定するところまで持ってってくれとか。
ついでに固定するまで支えてろだって。
一応魔術師枠のはずなんだけどな、あたし。非力な骨ですとも。
一生懸命肉体労働を手伝ったんだから、ねぎらえとは言わん。
せめて、あとは任せろぐらい言ってくれたっていいんじゃないかね。解せぬ。
裏サブタイトル「プロジェクト×」をお送りしました。プロジェクトXではありません、×(バツ)なのです。
なんだかんだとかっこ悪くこき使われてます、骨っ子。




