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空の高みから(その1)

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

「少し、いいだろうか」

「なに?森精たちのことは、もう心配しないでいいと思うけど」


 あたしは内心慌てて向き直った。どす黒い笑みが浮かんでた自覚はあるから、なおのこと真剣な顔になったかもしんないる。


「それには感謝する。――その、重ねて願うのも忍びないので、かなうならば、ということになるが」


 歯切れ悪くシルウェステルは目をそらした。


「ランシアへ戻る者たちの――義兄上(あにうえ)たちの様子を知りたい」

「ああ……」


 あたしは気まずく仮面を掻いた。

 いっくらしょうがない状況だったとはいえ、何もかも放りっぱなしで、ここまできたからなあ……。

 敵国の心臓部までいっしょに突っ込んできた友軍の放置とか、たしかにまずかろう。


 おまけに、シルウェステルのお骨も地上に戻したし。

 黄金の枝と化した樹の魔物たちを、闇黒月にいるあたしたちとの繋がりを保ったまま、地上に降ろすためには必要な措置だったんだけど。

 あれで、あたしたち――あたしとグラミィの不在は、あたしたちを追っかけてきただろう味方や、魔喰ライの王コリュルスアウェッラーナ降臨からの一騒ぎを見て、近づいてきてたかもしれないスクトゥムの人間にはばれてしまった。

 ……ヴィーリたち、闇森の森精たちから疎外されてた者たちに状況説明したり、交渉したりするためには、どうしても必要だったんだよう!


 とはいえ。

 地上でやれることは、たぶん、もうほとんどない。

 あたしが関与できることというか、同じ(異世界人)として、始末をつけなきゃならんと思ってたこと――ラドゥーンたちの企みの一番でかいところを潰したり、ヘイゼルの無制限やりたい放題プランな人生設計を終わらせたり――ってことは、きっちり片をつけられた。はずだ。


 ま、まあ、コリュルスアウェッラーナの復活は止められなかったけれど、あれだって大食らいのヘイゼルが神器ごと喰らい尽くしたおかげで、復活の目はほとんどないと言えるだろう。


 そうなると、後に残っているのは、あたしたちが関わるのは正直どうかという案件しかないはず、なのだよね。

 帝都レジナが滅亡したスクトゥム帝国に諸々の責任を取らせ、損害賠償として端っこから領土を切り取り御免するなら、それぞれの国が、貴族が、どのくらいの割合で取り分けるか――なんてのは、国王の、あるいは領主の仕事だし。

 

 あとは自分で考えて行動しろ。それ以人間の問題には関与しないという、投げっぱなしジャーマン状態と言わば言え。

 そもそも、今のあたしは、コリュルスアウェッラーナと怪獣大決戦をやらかしたヘイゼルの状態から肉体を失っただけのようなものなのだ。

 肉体ありきの生命活動をしている並の魔喰ライでさえ、殺しきるのは可能であっても容易なことではないのだ。

 おまけに死に際には、魔力(マナ)暴発さえ起こすのだ。自爆オチなんてサイテーだろう。討伐してたら爆発に巻き込まれる側にしてみれば。

 付け加えるなら、魔喰ライの手強さはその保有魔力量にもよるのだが、ヘイゼルはコリュルスアウェッラーナすら圧倒したのだ。

 そのヘイゼルとほぼ同等の魔力を持ち、しかも物理的に殺すことは極めて困難なくせに、精神的には強靱とはいえない――下手すると彼女(ヘイゼル)以上に不安定なあたしやシルウェステルってのは、正直地上に降ろすわけにはいけない危険物なんですよ。自爆性能もたぶんお高め。


 だが、まあ、ヴィーリたちの力を借りれば、そんなあたしでさえ森精たちを押さえ込む程度のことはできたのだ。地上の人々には、えこひいきや肩入れを今後もしていく予定ですとも。


「いいよ、それじゃあ見てみよう」

「感謝する」


 内心を隠して返答すれば、ぎこちなくシルウェステルは頭を下げた。

 いくら隔意があろうとも、彼も それくらいにはアーノセノウスさんにも情があるということなんだろう。

 それが愛情か憐憫か、はたまた惻隠の情か別の何かはわからない。

 だけど関われなくなったあとも見守りたいと思うのなら、あたしは尊重するだけだ。彼の大事にするものは、あたしとのつながり抜きでも大切にしたいと思うものだし。

 

 互いのソファの間に仮想ディスプレイもどきを浮かべると、そこに映ったのは船団の様子だった。


 ローブ姿の一人はフードからこぼれた赤毛のおかげでコッシニアさんだと気づいたが、彼女は頭からフードをすっぽりとかぶって顔を隠していた。他の魔術師たちも同じだ。

 アロイスたち騎士はと見れば、彼らもまた、ありあわせらしく色合いは微妙にばらばらだが、白い布切れ端を左の手首に巻いている。

 あたしの視線に気づいたシルウェステルが説明してくれた。


「あれは服喪を現すものだ」

「……ああ。なるほど」


 アロイスたちが帰還しているのなら当然だろう。()ルウェステル・()ンシピウス上級導()しと、グラミィの死亡が伝わったのか。

 というか、グラミィの使っていた老女(ヘイゼル)の身体も、どうやら無事に死亡してくれたようだ。

 ありがたいことに。


 闇黒月の中には、なるべくヘイゼルの構成要素を置いておきたくはない。

 だからといって中身の亡くなった身体など、うっかりヘイゼルがあたしとシルウェステルという二人のセキュリティを食い破って、再生と復活を果たしでもしたら、いい依代にしかなんない。

 もし生命活動が止まらなければ、最悪あたしが手を下すことも考えていた。そうはならずにすんで、なによりである。


 アーノセノウスさんとクラウスの姿そのものは確認できなかった。かえってあたしは安堵した。

 船団のあちこちに、お守りのようにしかけてあるラームスの欠片たちが、視覚以外の情報も拾ってくれるので、一隻の船室あたりから極楽鳥花のような色合いの魔力が放たれていたのは確認できている。

 それに愁嘆場は苦手だ。


 もう船団は下流へと移動をしていた。ベヒモスの消滅した元丘陵地帯と、あたしとグラミィが一団から離れた地点との距離を考えれば、アロイスたちが馳せ戻り、船団に再合流して半日もたってはいまい。

 撤退を決め、行動に移すまでがおっそろしく早い。


 あたしはラームスの欠片たちの手助けも借りて、船上の人々をひっそりと観察してみた。

 アロイスたちランシアインペトゥルスの者ばかりでなく、ほとんどあたしたちと接点のなかったはずの、グラディウスの小国群の人たちまで沈痛な面持ちとなっているのは、貴重な戦力(あたしたち)が欠けたから、というのはうぬぼれだろうか。

 いずれにしよ帰途にも警戒が必要と考え、自主的に撤退を決め、警戒をしてくれているのはありがたい話だ。

 アーノセノウスさんは純粋に、ただ、シルウェステル・ランシピウスの死を悼んでいるだけかもしれないが。


「どうやら、ロリカ内海へ出るようだな」

「だね。コールナーがついててくれるのはありがたい」


 お願いはしたけれど、それには強制力などひとつもない。いくらフリーギドゥム海近くの低湿地帯をテリトリーにしているとはいえ、勝手の違うロリカ内海経由ルートに同行してもらえるかは彼次第だったのだが。


「一度承諾した以上、たがえようとせぬとは。律儀な一角獣(ウニコルレノ)どのだな」


 白銀の巨体がアビエスを下る船と歩みを揃えて移動していくさまに、感じ入ったようにシルウェステルは呟いた。


 なお、歩みを揃えてってのは、比喩でもなんでもない。

 コールナーってば、ほんとに川の水面をだく足と並足の半々みたいな感じで、船の脇をぽくぽく歩いているのだ。

 彼がついててくれるなら、アビエスの流れを遡り、もと来た川筋を辿ってイークト大湿原に戻ることすら難しくはないだろうけど。

 

「……船団に警告は飛ばせるか」

「ん……ああ、いけるね。へえ」


 ヴィーリは願ったように、アロイスに黄金のひと枝を託してくれたようだ。

 あたしがコールナーに預けていた樹の魔物たちの近くにまとめて運んできたおかげで、彼らラームスの欠片たちもあたしの森の一部となっている。


「では、ロリカ内海の様子を見せてはくれぬか」

「道先の情報を得て、斥候代わりを務めようと?」

「……そうだ」

「いいよ。ちょうどわたしもドミヌス(海森の主)の様子を見たいと思っていた、ん、だが……わあ」


 そそくさと視点を切り替えた。そしてさすがのあたしも唖然とした。 


「これは壮観だ」

「いや、壮観っていうより、ある意味バイオハザードっぽいんですけど」


 なにせ森になってしまったドミヌスってば、ロリカ内海を八割方自分で埋め尽くしていたのだ。


 闇森との交渉前に、あたしはドミヌスにも黄金の枝を降した。船団の帰還を助けてくれるよう依頼するためだ。

 おそらくだが、彼が快諾してくれたのは、できる範囲でいいからという制限をつけたためだろう。

 あと、黄金の枝に蓄積されている膨大な魔力を渡したせいもあるのかもしれない。対価というわけではないが、まあ心付けとか袖の下で物事が円滑に進められるのならば、悪くはないと思うの。

 そして潤沢な魔力というのは、樹の魔物たちにとっては自らを成長させるに必要不可欠なモノだ。


 でも、だからってこの繁殖状態はちょっとないでしょうよ。サルガッソー海かよ、ここは。

 言いたいことはいろいろ出てくるが……、でもまあ、これならロリカ内海を抜けるまで、船団の安全は保証されたといってもいいだろう。

 少なくとも、海の上では。

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