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EX.金枝(その5)

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

「そもそも、あなた方のひと枝(一人)が人間をたぶらかしていると、なぜわたしが知ることができたと思うのかな?闇黒月(アートルム)のおかげだよ」


 かすかに息を呑む音がした。落ちし星(異世界人)が地上を詳細に見ることのできる力を手に入れたのも、一時的なものではなく、黒き月を動かすすべを身につけたため。ということは。


「わかるかな?わたしは闇黒月の主となり、その力をすべて手に入れた。――見る力だけでなく、ね」

「返せ」


 歯を剥き出しにして森精の一人がうなり声を上げた。


「それはお前ごときが触れていいものじゃない。われわれのものだ」

「へえ?」


 声ははっきりと(あざけ)りの色を帯びた。


「つまり、黒き月を作り上げた魔喰ライの王コリュルスアウェッラーナは、凶禍はあなた方のひと枝だったと?」

「う」

「いやぁ、仮説に明確な確証をいただき、感謝の念に堪えないよ。今のわたしの表情をあなた方に見せることができないのが残念でたまらないくらいだ」

「ぐ……」


 嫌みを浴びせながらも、星は、そしてその憑代は不利を悟っていた。


 闇黒月をコリュルスアウェッラーナ一派が構築したというのなら、一度実物を作ったノウハウや構成時のデータは森精たちのもとにあるということになる。

 対して自身が持っている知識は、ヘイゼルの記憶を継承したにすぎない。

 分厚いエンジニア用の仕様構築手順書と、ぺらぺらなエンドユーザ用のマニュアルを比べるようなものだ。


 そして、もし森精たちが、彼らの持つ知識を用いて闇黒月に干渉してきたならば。結果力尽くで闇黒月から追い出されでもしたら。

 それは、自分だけではない。ともに物理的な存在とは言えなくなりつつある、シルウェステル・ランシピウスの消滅の危機だ。

 それをどう防ぐか。それもまた、闇黒月に達した者の命題であった。


 こちら側にアドバンテージがまったくないわけではない。

 森精たちにとってコリュルスアウェッラーナの存在は禁忌だ。ならばコリュルスアウェッラーナ一派によって作られたとおぼしき闇黒月もまた、存在自体禁忌となっている可能性が高い。

 その傍証が彼らの月の扱いだ。森精たちは紅金月と蒼銀月に言及することはあっても、闇黒月については不自然なまでに触れようとしない。どうしても言わねばならぬ場合ですら「アレ」扱いなのは確認済み。

 

 ただし、すでに禁忌を踏み越えつつある彼らに、それがどれだけ心理的抑制となるかは疑問だ。

 星への対抗策として、転移陣に犠牲を捧げながらも闇黒月へと決死隊を送り込んでくる程度ならばまだマシな方だ。下手をすれば自ら世界を損なう行為だとしても、もう一つ闇黒月を構築するべきだ、などとたわけたことを考える可能性すらあるだろう。


 森精たちは、しかし今この状態では、闇黒月のデータを得ることはできない。

 彼らの知識を蓄積している樹の魔物たちが、半身たる森精たちとの接触を断っているからだ。

 しかし、それすら完全な安心材料ではない。接触遮断も永劫ではなく、黄金の枝によってもたらされた魔力(マナ)と情報を処理しきれば、おそらくつながりは復活する。


 闇森ごと滑落したせいで樹の魔物たちも大きく傷ついていた。だから大量の魔力の提供はかなり心象をよくするものであったろう。

 だが、生存競争上優位となるような情報と実行手段を示したところで、森精たちとの完全な断絶を、あるいは樹の魔物たちが蓄積している情報の一部破棄を求めていたら、おそらく交渉は決裂していただろう。なにせ環境条件が一つ動けば、生存競争における優位性などすぐにひっくりかえるのだから。

 そもそも樹の魔物たちにとっても、森精たちは長年の半身であった。対してこちら側はと言えば、実績も何もない、たまたまこの世界へ落ちてきた星にすぎぬのだ。


 だからこそ、星が求めたのは均衡だった。

 森精たちが自分の首を絞められているように感じるように追い込んだのも、樹の魔物たちとのつながりが復帰する前に譲歩を引き出すための策の一つでしかない。

 森精たちは精神的群体であり、意思疎通の主な手段は心話である。ゆえに嘘を吐くことがきわめて困難な種だ。

 つまりそれは、ひとたび誓約を結んでしまえば、破棄されるまでは、人間のそれ以上に絶対的な効力を持つことになるということだ。

 いまここで条件付きとはいえ、相互不干渉を約定してしまえば、たとえ彼らが半身たる樹の魔物たちとのつながりを取り戻しても、いやだからこそいっそうそれは強固なものになる。

 そのためには、存在しない奥の手もをちらつかせもする。


「……とはいえ、鏡である以上、実像たるあなた方の動きにわたしは応じよう。梢が風に揺れるからこそ、影はざわめくものだ」


 先手は譲ってあげる。叩き潰されたければいつでもかかってくるがいいと解釈するのは自由だ。内心と無関係に挑発的な言葉に嘘はない。


「さあ、どうする?」

「……実を結ぼう(認めよう)


 苦虫を苦木の薬液で煮込んだものを口いっぱいに詰め込んだような顔で、森精たちの中でも年配と見える者が頷いた。


「確かにコリュルスアウェッラーナは、我々のひと枝であったと。光喰らう黒き月は、われらが(祖先)が作ったものだと。――しかし、今の主は外界より来たる星(おまえ)であると」

「へえ……それはそれは。ずいぶんと神妙だね」

凶禍(魔喰ライ)を産まぬを日と仰ぐ(重視する)ならば、当然だろう。なるほどわれらが(規律)も緩んでいたのやもしれぬ。これを慈雨(契機)として、新しき根を張らねばなるまい」


 かすかに森精の間から葉擦れのようなざわめきが起こり、憑代は意外そうな声音になった。


「では、現状を追認したら、次はどうする?」

「人間を惑わせたひと枝を森へ退かせ、二度と出さず()さぬ。それともひと枝を折らねば、星は満ちぬか」


 この一言で、はっきりと風向きが変わった。

 これまで反論と文句しか言わなかった森精たちが、はっきりと星の言葉を肯定したのだ。


 精神的群体である彼らは、個人への非難すら全体への攻撃と見なす可能性もあった。彼らすべてが敵となることを警戒しつつ交渉をしていたからこそ、星にはよく理解ができた。

 己が否と言えば、この森精は同胞を殺させるためであろうと本気で差し出すのだろうと。

 そしてむこうが自らの一部を切り落とすことを選んででも、対立を回避しようというのなら。こちらもまた、それなりの譲歩を見せるべきであろう。

 憑代は慎重に口を開いた。


「最初から、殺す気まではなかった。彼が(考え)断ちうる(改められる)のならば、そしてその風を吹き(撒き)散らさねば、それでよい」

断ちえぬ(変えられない)のであれば、折ると」


 憑代は沈黙したまま口角を吊り上げて見せた。

 それをどう解釈したか、森精たちはうなずいた。


「鏡というなら、そちらの葉擦れはこちらの風が起こすものであろう。なれば森は星と共に歩む」

「それは!」

 はっきりと森精たちのざわめきは異を唱える声に変わった。しかしそれは周囲に止められた。


「森は落ちし星に報いねばならぬのだ」

「そなたの言の葉を伝える枝ある限り、それはこの森にも届くだろう」

「……なるほど」


 憑代はかすかにうなずき、手を上げた。

 それが何かのきっかけであったように、さきほどまで途切れていた彼らの半身たる樹の魔物たちとのつながりが、ふたたび感じられるようになった。

 ほっとしたもりに、半身と共鳴するように憑代の声が響いた。


「ならば約定を。種絶えぬ間、わたしの側につくというものについては干渉も攻撃もしないことを。散った花も葉も、二度と枝には返らぬ。そういうことだ」

「……風よ流れよ(認めよう)

実は結ばれる(承認する)


 沈痛な表情のまま、森精たちはしてやったりと考えた。

 黒き月の権能を手に入れた星は確かに脅威だ。が、森には根がある。

 空から監視の目が注がれるというのなら、地下深くに潜ればいいだけのこと。


 どうせ、憑代となったひと枝(ヴィーリ)には次代がいない。そもそもあれを星に近づけたのは、すでに枝変わりがすんでいたからだ。

 その余命は二十年か、三十年か。いずれにせよそれだけの歳月を耐え抜けばいいだけのこと。

 枝が枯れ果てれば、星は憑代を、そして地上へ関与するすべを失う。


 たしかに人をたぶらかしたひと枝はやりすぎた。が、この世界を食い散らかした星々のように、あるいは永の懸案だったコリュルスアウェッラーナのように、この世界を脅かすものは多い。

 ならば、人の手を借りてそれらに抗うことは正しい。

 そして、寿命は短く、約定すら須臾に風化する人間は、同胞とは同等に信ずるに足らぬとあれば、森精たちが彼らを使役するのがただしいあり方というものだ。

 そう、森精たちは考えている。


「ならばこちらよりも(提案)を。コリュルスアウェッラーナの芽ぐむ前に摘むために、(理由)は水底に沈めん」

「……禁忌であると示さなければ、禁忌であるがゆえにあえて関与しようとする者を排除することができると」

「いかにも」

「……世界が異なっても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、どこぞの努力目標を設定意図とは180度四次元垂直方向にねじ曲げた解釈をするやつはどこにでもいるんかい……」


 憑代はみるみる呆れたような声音になった。その小さなつぶやきの中身までは森精たちには理解できなかったが。


「……ああ、確かに、顕在しているというだけで悪意の標的になる可能性もありうるだろう。ならばやってはならないと公表すら行わぬという判断に一理はあろう。ただし、あらかじめ禁忌に辿りつかせぬような手立てを講じること、禁忌に踏み入った者への処罰は必要だろうね。処罰の理由や内容を公表するか否かはあなた方次第だろうが」

()した木の()は地上に()ちるもの()


 頷きながらも森精たちはひっそりとほくそ笑んだ。木下闇(グレーゾーン)なぞはいくらでも葉の茂りよう(解釈)で変えられる。時を稼ぎつつも、彼らはただ閉塞の日々を送る気など欠片もなかった。


「では、――それらすべてをあなた方の半身たる樹の魔物たちに託そう」

「そちらの(森精)とその(樹の魔物)にも、等しき年輪(約定の記録)を」


 いっそ軽やかな声音で応じた森精たちに別れの仕草をした憑代は、ふと意地悪げな笑みを口元に刷いた。


「ああそうだ一つ言っておこう。あなたがたの半身、そしてわたしの側についたものたちの寿命は気にしなくてもいいよ」

「……なに?」

いかなる風か(どういうことだ)?」

「今日のこの約定は、あなた方の想像以上に永きものとなるだろう。だからわたしは、提案を受けてくれた樹の魔物たちがより幾久しく健やかに伸び繁るように知識を授けた」

「知識だと?」

「わたしの世界でもっとも早く、そしてよく生い茂る植物についてのね。――あなた方の半身は、これまで以上に繁栄するだろう」


 星は森精たちの顔をおもしろそうに眺めた。


 一般的に木よりも草の方が成長スピードが速い。が、それより早く伸びる植物がある。

 竹だ。

 伊達に庭に植えてはいけないと言われてはいない。その張り巡らされた根は極めて頑丈であり、他の植物の繁殖を拒むことすらある。

 闇森の植物相が単一化した時、はたして森精たちはこれまでと同じ暮らしができるのだろうか。


「そしてわたしの側についたものたちは、わたしを受け入れた。――森精は森精同士でしか子が生まれぬというのが常識らしいね?だけど、森精と人間の間に子が生まれぬというのが、この世界の(ことわり)というのなら。なぜ書き換えられないと思うのかい?」

「なに?!」

「新たな種が芽吹くというのか?!」


 森精たちは驚愕した。

 それでは、星の代弁者は一代といわず、何世代もこの世にあり続けるというのか!いずれは(自分たち)がこの世すべてを飲み込んで(掌握して)しまうのではなかったのか!


「それに、あなた方を離れ、わたしにつくと決めたのは、今、わたしの言葉を伝えてくれている枝ばかりではないのだけれど」

「なんだと!!」

「最後にもう一つ。豊饒をもたらすことができるのなら、なぜ不毛をもたらすことができないと思うのかな?」

「な……」


 それは。もしかして。まさか。


「待――!」


 愕然と伸ばした森精たちの手は、しかし黄金の光にもはや届かなかった。

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