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EX.金枝(その4)

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

 聞き慣れぬ言葉には、嫌な予感しかしない。


「何をする気だ」

「何をしたのか、と問うべきだね。――もっとも、あなた方にとっては落ちし星(異世界人)のつねと変わりはあるまいよ。膨大な魔力(マナ)とともに少々世外の理をもたらしただけだ」


 憑代の顔は黄金の枝に覆われ、口元しか見えない。だのに凶悪な笑みがさらに危機感を野火のように煽る。


「だ、だが、わたし/われわれは、枯れ枝(ヴィーリ)ではない!おまえとの接点はない」


 これまでに生きた者の身体を作り替えてしまうようなモノなどいなかった。しかし、病とは何かと接触しなければ起きるものではないはず。

 しかし、憑代の笑みは揺らがない。


「このように落ちし星と対話をしているだけでも、十分異世界の概念はあなた方に及ぶ。それも意図的に、積極的に送り込んだり取り入れたりしなければ、あるいは農業技術のような物理的な要素の大きなものならば、さして影響はなかったのかもしれないね。――だけど、状況は変わった。スクトゥム帝国で星屑(異世界人格者)たちが増殖し、異世界の概念はこの大陸に満ちた。そしてあなた方のひと枝に宿った滴は魔術を体得し、それを大いにいじり歪め矯めた」

「まさか。まことなのか」

「……あなた方のひと枝に伝えてもらったはずだが?信じられぬというのはあなた方の勝手だろうが、わたしは彼と――(森精の身体)に宿った星の滴(異世界人)と話した。あなたがた星と共に歩む者(森精)が、ほかの星々からどのような搾取をしてきたかも、彼は語った」


 木々の葉が一斉にしおれるように、森精たちは渋面になった。


「わかるかな?わたしが関与する前から、とうにこの世界は世外の理に触れていた。それは、さらなる世外の理を受容可能な土壌になっていたというわけさ」

「…………」

「それに。あなた方のその吸い吐いているものはいったい何かな?この世界はけっこう悪い空気には意識が向かないらしいね」

「!っ」

 恐怖のあまり、悲鳴のような甲高い声を上げた森精たちは一斉に黄金の枝をかざすモノから遠ざかった。がもう遅い。

 しかし、なぜ今になって、そのような事を黒き月(アートルム)に昇ったという星は言うのか。


「……まさか、わたし/われわれを使役する気か」


 病の中には陸にあって身体に溜まった水に溺れ死ぬものもある。星が意思ある病のもとだとするなら、それに知らぬ間に感染させられたようなものだとするなら。

 そしてその病が身体の情報を書き換え作り替えてしまうものだというなら。

 身体の自由、どころか、命すら星に握られたも同然。その意思一つでいつ奪われるかわかったものではない。恐喝道具としては最凶の部類だろう。


「は?なんであなた方と同類に堕ちなきゃなんないの。冗談じゃない」


 幹が折れた樹のような心持ちに陥った彼らの耳に、雷鳴交じりの重低音がとどろいた。


「わたし/われわれと同類だと?」

「自分たちと、自分たちではないものを分ける。それはいい。己が生きるため他者を攻撃し時に殲滅する。そこまではいい。木々すらもしていることだ。だが他者をそねみ、さげすみ、憎み、遠ざけ。支配を目論(もくろ)み、使役と収奪の対象とするあなた方のやり口をあたしは否定するというだけのことだ。コリュルスアウェッラーナと同じことをやらかそうとしている、その一点で」

「…………」


 病原体からも見下げ果てられる存在になっていると悟りながらも、森精たちはそれに憤る余裕はなかった。

「……ならば、わたし/われわれを殺す気か」

「いいや」


 声はなだめるようなものに変わった。


「安心するといい。病のもとといえどあなた方を殺す気はない」

「信じられぬ」


 その意思一つに生死のかかっている状態で、殺す気はないと言われても、安心できるわけがない。

 そもそも病とは木々であろうと生気を奪い、いのちのもとを吸い上げるものではなかったのか?!


「そこはわたしとあなた方のすれ違いだな。病原体も生物なのさ。家主を殺す寄生木(ウィスクム)がいるかい?」

「っ」


 笑いを含んだような声に、森精たちは言葉を詰まらせた。


「もう一つ教えよう。世外の理――むこうの世界での知識の中には、病気こそが多様性を生むことがあるというものがある。()入りの葉を見たことがあるかな?」


 まだらに葉緑素などが抜ける斑入りという現象が発生すると、斑の部分では光合成が行われなくなってしまう。

 人の関与しない環境において、この現象は植物体にとり、生存に不利となるものだ。

 だが、人は珍奇なものに希少性を見いだす。

 斑入りであることを珍重された園芸種などは、人の手によって種を増やされ、より繁殖するきっかけとなったりもする。

 だが、なぜそのような形質変化が起きるかといえば。


「子は親にすがたかたち、性質が似ているだろう?それは、形質の情報、身体の設計図のようなものを受け継いでいるから、というのがわたしの世界の知識だ。が、ごく一部の病原体――ウィルスは、それを書き換えることができるのさ」


 斑入りは突然変異だけでなく、遺伝的要因で発生することがある。その原因の一つがタバコモザイクウィルスといった病原体への感染だ。

 だが斑入りのような形質変化は、病原ウィルスそのものが体外に排出されても維持される。


「それも、ただ書き換えるだけじゃない。全く違うものの設計図の一部を――時には種すら飛び越えて書き込んだりもする」


 親から子へのDNA伝達による継世遺伝ではなく、ウィルスによるDNA転写により、その種にそれまでなかったはずの遺伝子、ひいては形質を獲得することもある。

 結果としてダニが恐竜の遺伝子の一部を受け継いでいた、などということもあったりする。


 おまけに、ただでさえ樹の魔物たちはたやすく形質変化を起こす。それはつまり自己進化速度が極めて速いということでもある。

 そこに世代交代のさらに早いウィルスを用いて遺伝子の水平伝播を起こせばどうなるか。

 それは、突然変異の発生速度を恣意的に定めることができるということだ。

 一代で、いやその一生のうちに複数の形質変化を簡単に起こすことができるようになるというのは、変動の激しい環境にすら適応可能な能力を獲得できる可能性が高いということでもある。


 環境への適応速度は絶滅と進化の分水嶺となる。後出しじゃんけんがどれほど複雑なルールで行われていても、勝ち筋をより早く見いだせるようになるのだから。


「……だから、作り替えると」

「そのとおり。だけどわたしとあなた方とのすれ違いはもう一つ。あなた方はそもそもわたしとの交渉を拒絶した。――ゆえに、今、わたしが交渉しているのも、求めに応じて干渉を行うのも、樹の魔物たちが相手だということだ」

「な…」

「待て!」


 星の憑代は森精たちの反応を黙殺し、傾いた大木の脇にみずからの樹杖から抜き取った金の枝を挿した。


 反応は激烈だった。

 枝葉だけでなく、最寄りの樹の魔物の幹にも絡みつくように根を伸ばし、びっしりと網目か血管のように張り巡らせてゆく。

 それとともにうっすらと黄金の靄のような光――魔力が周囲へと振りまかれ、あたりの草木を染めていく。


「何をする!」 

「言ったはずだ。わたしは、あなた方のひと枝に頼んだと。『わたしを伝えて』とね。彼らもまたわたしの提案を受け入れてくれたよ」


 枝から伸びた根は、じつにすんなりと樹皮に埋まり一体化して入った。それとともに振り撒かれた黄金の魔力を吸い込んだ木々の枝にも、黄金の葉が芽吹いてゆく。


「これは」


 寄生木か。森精の誰かが喘いだ。

 わたしを伝える。それは心話レベルでの情報や意思を伝達するということだけではなかったのか。


「いいや?樹の魔物たちの同胞だよ。――彼ら樹の魔物たちとは、どうやらいい関係が築けそうだ」 

「どう、ほう、だと?」

「かなうならば、あなた方とも善い関係を続けたいものだ。樹の魔物たちとはまた異なるつきあいになると思うがね」

「善いつきあいだと?」


 しかし、それは。


「月の高みからわたし/われわれを見下ろし、動きを統制しようとするのが!使役はせぬまでも支配と変わらぬではないか!それが善い関係だというのか!」

「おや」


 星は面白がるような声になった。


「それが、あなたたちがしようとしていたことであり、それを是としていたのだろう?人間を見下げ、たぶらかした人間を手駒に使おうとしていたのではなかったか?」


「っ」


 悔しげに唇を噛む森精たちに、星はさらに告げた。


「それを否とするならば、自分がされていやだと思う事を是としなければいいだけのことだろうに」

「……しかし、今のこの傷ついた木々たちに、これ以上重雪を乗せるわけにもいくまい」

「順番が逆だろう」


 声はあっさりと悪あがきを切った。

 確かに傷ついた樹の魔物たちは、これまでのように情報を処理蓄積することはできないだろう。それは確かに森精たちの自己認識である世界の管理者としての役目を果たすことも困難となるほどだったのかもしれない。

 だが森精の一人が人間を手駒とするために動いていたのは、その前からだったのだ。


「それに、わたしの枝は彼ら(樹の魔物たち)を癒やす。――だがわたしの目的はこの世界の管理者になることではない。あなた方に取って代わることでも、あなた方の上に君臨することでもない」

「ならば、その目的とはなんだ」

「わたしのままで在ること。――わたしは基本的に見るものであり、あなた方にとっての鏡になりうるものだ」

「鏡だと?」

「あなたがたがわたしたちを地上に落ちし星だと定義した。それゆえにわたしたちはあなた方のひと枝と出会い、ともに歩む者となった。だがわたしの世界では星は太陽と同じものなのだよ。――遠い遠いところにあるから、熱は届かぬ。かろうじて届く光すら、より近く強い太陽の光にかき消されることのない夜でなければ、生身の目では認識することすらできないが」


 これもまた異世界との認識の違いか。それがこの星の、闇森の想定を超える力の理由かと森精たちは考えた。


「そして今あなた方がわたしを樹を害する(きのこ)と称したから、樹の魔物たちにさらなる変質をもたらすモノとなった。――わかるかな?あなた方がなしたようにわたしは動こう。裏を返すなら、あなた方が動かねばわたしは動かない」


「……見るものであるというなら、ただ見続けていればいいだろう!」


 一人の叫びに賛同する気配がざわざわと広がっていく。


「余計な手出しはするな。黙って見ていろ」

「そいつはお断りだな。――基本的に見るものであるとは言ったが、それは見る以外の力がないということじゃない。わたしが金の枝を託した彼も伝えたはずだ。『落ちし星(わたし)は黒の月に達した』と」


 星が黒いとはいえ月になったというのは凋落か、それとも。

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