EX.金枝(その3)
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
火球を握り潰した森精たちは、揃って苦虫を口の中へ大量に押し込まれたような顔になった。
込められた魔力は確かに膨大。とはいえ黄金の枝は一本きり。ならば彼ら全員がかかれば、張られるであろう障壁もたやすく破れ、このうるさい羽虫を黙らせることができる。そのはずだった。
だが、黄金の枝はこれまで完璧に魔力の放出を封じていた。それを見ていたにもかかわらず、さらに隠し持っている可能性に思い至らなかったのは、迂闊にすぎた。
されどおのが失策を認めがたく思うのは、人も森精も変わりはない。不快の念が八つ当たり気味に他者へと向かうのもまた。
「あなた方以外にもわたしを受け入れてくれたモノたちは多いと言っておくよ。あなた方のひと枝であったヴィーリが、わたしの頼みや提案を受け入れてくれたようにね」
「……人間どもか。いじましい森の簒奪者どもが」
黄金の枝は、ただ膨大な魔力の容れ物というだけではない。あれだけの魔力を細枝に溜め込むことは、樹の魔物たちにも困難だろう。
大量の魔力を小さな物体状に蓄積するものといえば、魔晶というものもあるにはある。
が、あれは一度励起状態にしてしまうと、魔力放出は空になるまで止まらず、しかも放出しきってしまえば、わずかに鉱物が残るのみ。
しかし、あの黄金の枝は魔力の放出をぴたりと止めてみせ、しかもその後は樹杖に同調するかのように、周囲の魔力を少しずつ吸っては吐き出していたのだ。それも幾本もの枝を星の代弁者が隠し持っていることに森精たちが気づけなかった理由の一つではある。
魔力の吸収ができるということは、再蓄積が可能であるということでもある。しかも魔晶以上に使い勝手がいい。おまけに自律的な隠蔽機能まである。
価値を知る者にとってあの枝は、同量の黄金よりも、いや魔晶よりも貴重なものとなるだろう。
そのようなものを贈られたならば、人間たちが喜んでこの落ちし星の味方となるも当然。そう森精たちは憤慨しつつも納得した。
だが、声は不審そうな響きを帯びた。
「……なぜ、あなた方でなければ人間と思うのかな?」
「なに」
森精たちはいぶかしんだ。
骨の星は人の中にいた。ならばかの存在に力を貸すのは人間であろう。
いや。『北の一角獣は帰る』と、幹から離れた枯枝は言の葉を散らしてはいなかったか。『星の身体を守って』と。
「一角獣も蔦に絡めていたか!」
「いや、しかし魔物風情、たかが何頭絡め取ったところで、何の役に立つ」
「……そこがあなた方の想像力の限界か。まさか自分たちだけで森が成立していると思っているとはね」
「なんだと」
蔑まれたと思った森精たちは反射的に詰め寄ろうとした。だが、声は溜息交じりに呟いた。
「まあ、人間だって物理面だけに限っても、赤血球はおろか、ニキビダニだの腸内細菌だのの一つ一つまでひっくるめた集合体を自分自身であると認識し続けてられるかっていうと、けっこうグダグダだし。あなた方が人型の森と自己定義するのも、名詮自性なのかもしれないなあ」
「……お前は、いったい、何を言っている?」
「あなた方は、そしてわたしは何者かということだ。どこまでを自分であると定義しているかが曖昧でも、自我というモノはそこそこ確立できるといういい見本だね」
文字通り異世界の存在がまるで何を言っているのか、森精たちにはまるでわからない。だがわからないなりにも不穏さだけは感じ取れる。
要領を得ないまま、彼らは声の続きへ身構えた。
「わたしはおのが世界で学んだよ。人が意図して木々を植えても、それはただの林に過ぎぬと。だが、おのずと根を張った木々が集まっていれば、それを森と呼べるかと言えばさにあらず。木々だけでなく、さまざまな草や苔が生い茂り、それを食べる動物たち、さらにその動物を食べる動物たち、すべての死骸を分解して土へと返す昆虫や黴や蕈の類が棲みついているからこそ、森と呼ぶのだとね」
「……何が言いたい」
「森とは食い食われ、生まれ生き殺し殺されを繰り返しつつ、数多の生物が共に生きている状態――生態系もすべて含んだ概念だということさ。だからこそ、『豊かな森』という表現も成立する。膨大な種、無数の個体の集合体として森は在る。……そこはこの世界でも同じだと思ったが」
黄金の枝越しに――あるいは、天空のいずこかに存在する闇黒月から直接に――骨の星にじろりとその眼窩を向けられたように感じ、森精たちはその身を震わせた。
「多様な生命に溢れているということは、その個々に多様な意思があるということだ。それをなぜかあなた方はすべておのが意のままにできると思い込んでいるようだが。あなた方の意思が通るかどうかは彼ら自身の判断にかかっていると思わないかい?」
「……くだらぬ。いかに力が強かろうと、一角獣や四脚鷲などに考えらしい考えがあると思うか」
「だからあなたがたの考えに服従しろと。森すべてが帰順して当然だと、そう言いたいのかな?そいつは傲慢というものだろうさ」
むうと押し黙る森精たちを、冷ややかに声が撫でた。
「ついでに言うと、あたしを受け入れてくれたモノたちの中には、森の最大勢力もいる。樹の魔物たちというね」
「な」
息を呑む音がやけに大きく響いた。それをきっかけにしたように、怒号が矢のように浴びせられた。
「貴様、いったい何をした!」
「同胞満ちる地の外の森を穢したか!」
「人聞きの悪いことを言わんでもらおうか。わたしは提案し、彼らはそれを受け入れただけだ。――そちらのひと枝のようにね」
森精に憑りついたモノは、傲然と憑代の胸をそのこぶしで叩いてみせた。
「ふざけるな!その枯れ枝の身も今奪い返してくれる!」
森精たちは排除の意思を固めて、先ほどに数倍する数の火球を顕界した。
黄金の枝相手に威力が足りぬというのなら、こちらも森で対抗するのみ。樹杖を通じて吸い上げた魔力を注ぎ込み、受けきれぬほどの飽和攻撃をしかければ、今度こそ。
どれだけ黄金の枝を隠し持っているかは、たしかにわからぬ。が、全方位から火球を浴びせ続ければ障壁越しにも熱は届こう、魔術の操作が乱れたなら、それは顕界された障壁が破れるのと同義。
まずは一当てとかざされた火球の群れは、しかし黄金の枝を仮面としたモノへ解き放たれる前に消滅した。
「なにぃ!」
「どうした。いかなる風が」
いつものように樹の魔物たちに顕界を任せていた術式が、忽然と霧散したのだ。
ありえぬ異常事態に森精たちは一瞬呆然とし、そしてそれぞれの樹杖を凝視した。さらに杖へと呼びかける者がいる。揺さぶる者、叩く者。
やがて彼らは愕然とした。つながりを感じない!
これまで半身たる樹杖との間には、しっかりとした紐帯の存在を感じていた。だのになんだ。路傍の石を握っているかのような、この心許なさは。
うろたえる森精たちの一人が、元凶と思しき標的に叫んだ。
「貴様、我らが半身に何をしかけた!同胞満ちる地まで穢そうとでもいうのか!」
「話し合いをしているだけだ。――あなたがたの半身とも」
静かな一言の意味を測り損ねたような沈黙。
やがて森精たちは身震いをし、呆然と顔を見合わせた。中には樹杖を取り落とすどころか、放り出した者すらいた。
その反応も当然だろう。森精が精神的群体として機能しているのは、彼らの半身、樹の魔物たちが構築した精神的ネットワークあってのことだ。
それが彼らではない者の呼びかけに直接応じるとは、いや、彼らの意に従わぬ行動をこれほどはっきりと取ったのは、彼らの記憶にある限り初めてのこと。
まるで自分の腕が己と違う自我を持ち、しゃべり出したかのような不気味さしか森精たちには感じられなかった。
しかし、外なる樹の魔物たちだけでなく、彼らの森が――闇森を構成する樹の魔物たちが、月より声を届かせているモノの言葉に揺れているということは。
彼らを使役し傷つけてきた森精たちに、不満や反発を抱いていたならば。
樹の魔物たちの憤懣が限界を超えた時。何が起きるというのだろう。
それは、自分の腕がいつなんどき己を見捨てて逃げ出すか、あるいは抗うため己の喉を締め上げてくるかわからぬような恐怖すら感じるものだった。
「半身であるというなら、さぞかし強い信頼関係があるんでしょう?だったら彼らの判断を信じて待ってやってはいかがかな?」
「…………」
「まさか、己が意を押しつけたことしかないとでも?彼らの言葉に耳を傾けたこともないのかな?」
嘲弄の気配も失せ、ただただ呆れ果てたような言葉に森精たちは唇を噛んだ。
彼らにとってそれこそが当然だった。生まれる前から樹の魔物たちは共にあるものであり、その存在すらを自身の力だと無意識のうちに思い込んでいた。支えられている状態こそが正しいものだったのだ。
それがすべてあやまちだったというのなら。
今まで地面と信じて踏みしめていたものが、かつて神器がそびえていた中空の高みであるような心許なさに森精たちは身震いするしかなかった。
これは森精たちの秘事の一つではあるが、樹の魔物たちがいるからこそ、彼らは精神的群体として存在できている。それがばらばらにされてしまったということは、枯枝と見下していた憑代同様、闇森からつながりを薄くし、緩められ、その身体に閉じ込められるようなものだった。
彼らの価値観では、精神的群体から放り出されることを意味する。咎人への責め苦にも等しいものだ。
だからこそ、森の外へと送り出されるため、その処置を受けた者を追放刑を受けた者であるかのように疎み見下す風潮も生じ、それがヴィーリやメリリーニャといった森精たちに離叛を決心させたものでもあったのだが。
加えて彼らは魔術についてすべての知識――顕界すべき術式の知識、構築の際の魔力制御、その他一切を樹の魔物たちに頼っていた。森精たちは適切な術式を選択し、顕界するよう樹杖たちに命じればいい。魔術に熟達するとはこの手順に習熟し、より素早く滞りなく行うようにすることであると思い込んでいた。
それが樹の魔物たちの意思によって、顕界どころか術式の構築すら行えなくなってしまうというのは、森精たちにとって手足をもがれたにも等しい。
星の言の葉はある意味薬葉だったのだと森精たちは悟った。だが薬も毒と認識する者は恐怖を怒りにすりかえ、青筋を立て叫んだ。
「我らが半身をよくもたぶらかしおって!」
「わたしはただ彼らに利を示しただけだ。無理強いなど一つもしていない」
「ふざけるな!」
「本当の事なんだが」
声の主は嘆息した。
「あなた方の半身は賢明だよ。あなたたちより柔軟でもある。それこそあなた方の半身となることを選んだようにね」
森精たちには意味がわからぬことであったが、もともと樹の魔物たちが森で生活していた種族や魔物たちの中より森精を選び、精神的共生とでもいうべき関係を作り上げたのは、森精たちが他のものより自由に動かせる手足を持っていたからという理由も大きい。
魔術にしても同様、技術を作り上げて使うというのなら、その知識の蓄えはしよう。より有用なもの、有用な使い方を見いだすのならばそれを還元してもらえるように。
「そして己の欲に正直だ。あなた方同様に。だが彼らは他者の価値を貶めることで己の価値を上げようなどとたくらまぬ」
穏やかな声は、しかし痛烈に響いた。
「生存のための戦略は練るが、あくまで彼らは望みを己でかなえようとする。自分の繁殖は自力で行うものだとね。そのために他者を排除しようともする。が、行き過ぎれば己の身まで跳ね返るということもよく知っている。だからその結果、時に我と我が身を滅ぼそうと、他人のせいになどしない。実に潔いと思わないかい?」
ひるがえって、お前たちはどうか。
そう問われたかのように、森精たちは顔をゆがめた。
憑かれたひと枝の表情も変わらず、魔力を感知しても星の言葉に嘘は感じられぬ。
打ちのめされた森精たちは、しかし気づかなかった。
星の提案を受けた樹の魔物たちが闇森の外にもいる、というのは真実であるとしても。
無理強いをしなかったということは、提案を受けなかった樹の魔物たちもいるかもしれないという可能性に。
実際、あくまで森精へ憑りついたモノが樹の魔物たちに示したのは黄金の枝に込めた魔力であり、闇黒月から見ることのできたこの世界の現状であり、森精以外の選択肢であった。それゆえその提案を受けなかった樹の魔物たちもいないわけではない。
そのような樹の魔物たちを使役した森精たちが生じ、排斥にかかってくることすら、星の想定にはあった。からこそ森精たちには思考誘導をしかけもしている。
が、星は両者の接触を、排斥にかかろうとする動きを、それ以上阻止するつもりはなかった。
それらはあくまですべて選択したモノの選んだ結果にすぎない。意図と違う選択がなされたのもまた、彼らの生存戦略の多様性に変わるだけと考えたからだ。
ヴィーリに頼んだのが樹の魔物たちへの仲介であり、黄金の枝の配達であったように、断られた時には素直に引き下がると憑りついたモノが決めており、また服従を強制しなかったからこそ、選択を委ねられたモノたちの好感を引き出すことになり、圧倒的にその提案を受けるモノの方が多かったわけだが。
「……提案とやらを聞こう」
「あなた方へはすでに告げた。そしてあなた方はもう拒絶している」
不本意ながら、骨の星には歩み寄らねばならぬ。そう悟った森精の一人は不承不承に口を開いた。
が、ようやく己が裸であることに気づいた愚王たちへ、無情に声は告げた。
「魔喰ライの王の発生に被害をこうむったのは、人間や星と共に歩む者たちだけではない。この世界の万物だ。魔力を吸われ大地は荒れ果て、水は凍り風は絶え、火は失せた。飢えた動物は狩られ、暗き昼に日も仰げず木々は切り倒され、時に生きたまま燃やされた。――そしてそれは、魔物たちとて例外ではない」
そう、樹の魔物たちもまた、魔喰ライの王コリュルスアウェッラーナに直接間接さまざまな被害を受けたことを、その年輪に記憶している。
魔喰ライの王再誕の可能性ありと聞いて、危機感を覚えぬわけがない。
だがそれを知っているはずの森精たちが、樹の魔物たちの記憶を計算に入れなかったのは、彼らが魔物たち全般を軽んじていたためもあった。
魔物たちは、未来に対して備えない。予測もしない。
知能が低いわけでも記憶力がないわけでもない個体であれば、自分が受けた痛手は覚えているし、一度害意を向けてきたモノ、攻撃をしかけてきた相手のことは警戒もする。そのようなモノと再度出会えば、先手必勝とばかり攻撃もする。
が、飢餓を経験したからといって、冬でも枯れぬ草の種を蒔いたり、動物を集めて農場を作ったりはしない。ただ発生した現象に、愚直なまでに正面からぶつかり、耐えしのがんとする。
その気質を森精たちは無分別とみたのだろう。
しかし樹の魔物たちもまた、動物型の魔物たちほど自己主張が強くなくとも自己防衛本能はある。火が迫れば逃げ出すこともかなわぬ身を守るため、障壁の魔術を張ったり、咄嗟に燃えにくくなるよう形質変化を起こした枝を組み合わせ、即席の防火壁を構築したりもするのだ。
おまけにそれぞれの個体の寿命は一部の動物型の魔物たちより長く、また彼らは森という群体を構成する。それは個々の木々の記憶を森全体が共有し、しかも歳月の経過とともに蓄積されてゆくすべての記憶が連綿と受け継がれるということでもある。
知識を蓄積し技術を承継する記憶能力の高さは、学習能力の高さでもある。
加えて樹の魔物たちは形質変化を起こしやすい。彼らは寒冷なフリーギドゥム海近辺では常緑針葉樹のような形態になり、海に近ければマングローブ林のように塩分を効率的に排出できるよう、環境に適応するため身体のつくりから変えてしまうのだ。
むろん、樹の魔物たちも未来について備えることはない。しかし記憶された問題への対応パターンが豊富に蓄積されているため、それを組み合わせることで、自らの生存を脅かす問題が発生したとみるや、すぐさま解決への最善手が打てるのだ。
壮大な後出しじゃんけんである。
ならば、コリュルスアウェッラーナ再誕の可能性を警告示唆してやればいい。記憶にある被害を警告してやれば、未来の可能性は、今、そこに在る危険へと読み替えられる。
「結果、彼らはわたしの枝を森の一部として受け入れ、共生するという道を選んだ」
「……なるほど」
自嘲に森精の一人が唇を歪めた。
「つまり、わたし/われわれは、とうに星の罠に落ち込んでいたということか。いつからどう仕組んでいたかは知らぬが」
「何度も言うが、そうなってほしくないとは思っていたよ。――ただ、あなたがたはこの世界の管理者だ。そう自らを定義していた。わたしが殆いと思ったのはそこだ」
「それの何が悪い!」
「自己定義するだけならまったく悪くはないさ。そのために己の行動を律するというのも正しい。だけど、管理者といってもその身体は生身だ。生まれた以上老いもするし怪我も負う、病みもする。そして死んでいくものだ。他の生物同様に」
森精たちは高次存在ではない。
たしかに精神的群体であり、種族全体で記憶の承継を行うことができる以上、知的レベルの安定した維持が可能という点では、精神的にも高度に発達しうる可能性が高い、ということになる。それは個々の個体ごとに学習が必要であり、しかしその成果が世代交代でリセットされてしまう人間とは比較にならない。
魔力の使い方も半身たる森の魔物たちの余慶を得ているため、ずいぶんと効率的に体得できてしまう。身体強化も含めて考えるならば、魔術面でも身体面でも人間より遙かに優れていると言えるだろう。
だが、それでも個々の生命のあり方は人間とほぼ同じなのだ。
「けれどあなた方は、なぜだかそれを時に忘れるようだね。気づいているかどうか知らないが、人間をたぶらかして使役しようとする枝がいると指摘したとき、あなたがたは否定も疑いもしなかった。――とうに知ってたからじゃないのかね?そのように動いていた同胞の存在を。それをよしとしていたんじゃないのかね?魔喰ライの王の再誕につながると伝えた時には。だから激昂したんじゃないのかね?みずから規律を歪めてまで、その傲慢な自尊心に肥料をやっていたから」
「証拠もなく決めつけるか」
「性懲りもなく韜晦ではぐらかすさまを見れば、疑いは濃くなるばかりなんだけれど。違うというなら一言、言えるものならそう言えばいいだけじゃないのかな。嘘かそうでないかはっきりわかるのだから」
苦し紛れの反撃を一言で封じ、疲れたように憑りつきしモノは呟いた。
「『世界の管理者』大いに結構。だけどそれは『世界の代表者』と同義ではない。主語を大きくするな。わたしは誇大主語で自己主張する相手を信用できない」
「できない?」
『しない』のではなく、『できない』。
「肥大した自我というのは脆くなるからだ。――あなた方は『人間ども』と言った。『魔物風情』とさげすんだ。見下している相手の言葉など受け入れがたいだろう?おのれがよしとしているものでも謗られるおそれもあると思えば、否定批判は聞く前に拒絶したくもなるというもの。ならばあなた方ではないモノ、たとえばわたしの言葉はどれだけ拒絶されずに届くのだろうね?」
「…………」
「わたしは小心者だ。拒否られた時に何が起きるか、外れていてほしいという予測にも策を講じるほどに。ただそれだけのことだ」
森精たちは沈黙した。森の枝一つを折る程度のことを、いつしか森すべてを焼き尽くす火事のように考えていたこと、そしてそれをすっかりこの星に気づかされたためだ。
「ついでに言いたいだけ言わせてもらうなら、世外から来たわたしの言動が、この世界の、いいやあなたがたの管理への――そうだな、内政干渉だとでも言いたいのなら。あたしたちを巻き込まないで貰おうか。そもそも、内政とやらがが失敗した時、次に取るべき方策や、失われたときの非常マニュアルぐらいは作ってあって当然でしょうに」
「……わたし/われわれが枯れ果てる滅亡するとでもいうのか」
「かたちあるものすべて滅び、いずれの命あるものにも果てがある。万物はひとたび存在したなら消滅を免れぬ。わたしも含めて。だから余計な真似と知りつつ世話を焼いてみたわけだ」
「自覚はあったのだな。余計な真似だと」
一人の森精がゆっくりと憑りつかれしモノへと近づいた。
「ならばわれわれが拒絶したらどうする?」
「あなたがたはそれまでの存在だったと思うだけさ。人間含め他の存在を食い物にする傲岸な群れだったと。そして二度とあなた方との接触もしない。他の者たちには接しても」
「そっちこそ『世界の代表者』気取りではないか!」
即答にたまりかねたように一人が怒鳴った。それに追従する気配が広がっていく。
「いいや、樹液を吸い上げる寄生木だ!」
「むしろ木々を生きたまま腐らせる黴だ、蕈だ!」
「……そうか。それがあなた方の、わたしの定義か」
怒りもせず、星の憑代はにぃっと嗤った。その口が耳まで裂けたように感じたのは森精たちの錯覚だったろうか。
「あいにくだが、わたしは自分を世界の管理者と定義したことはないのでね。だからあなた方の定義を受け入れようじゃないか」
「なに」
「わたしをあなた方が樹を害する病とみなすのなら、その通りになってあげようというのだ。――一つ教えてあげよう」
さらに不吉の底は見えない。
「前にも話したか。わたしの世界では、病は星の影響でも起こるとされていたものもあった。菌や細菌よりもっともっと小さく、生身を持つものの身体の中に潜り込み、全身を作り替えてしまう存在――それをウィルスと呼ぶ」
自身の作り出した有害物質で他の虫や植物を寄せ付けないようにしたり、生えないようにしたりする働きを使うのを生物農薬といいます。
ですがセイタカアワダチソウは、自身の作り出した有害物質で自分も最終的には除草されるんだとか。なんじゃそりゃ。




