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EX.金枝(その2)

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

 夜空を北へ駆けたヴィーリが闇森に降り立ったのは、さらに翌日になってからだった。

 森がまるごと山肌を滑落しているさまに驚愕する様子も見せず舞い降り、厳しい表情を崩さぬまま、彼はさらに森の内奥へと歩みを進めた。斜めにぐらついていた一本の巨木に辿りつくやいなや、おのが樹杖を通して接触する。

 たちまち森の大気は震え、ぞろぞろと森精たちが集まってきた。

 巨木――闇森の樹の魔物たちの中でも、いっそう年経りて力のあるものを通じての呼びかけだ。緊急性が高いと判断するのも当然。

 とはいえ。


「代替わりのとうに終わった枯枝よ。いったいなんのつもりだ」


 森精たちにとって感情を面に出すことはあまり褒められた話ではない。しかし集まってきた者たちは、いずれも明らかに不満や怒りを魔力(マナ)の放出に任せて周囲へと撒き散らしていた。

 眉間に皺を寄せたその無表情は格別な不愉快を示すものであり、それとともにあえて口に言葉を出すのは、彼ら森精同士の中では、相手を心話すら使えぬ愚か者と見なしたというさげすみの表現でもあり、あからさまな侮辱行為ですらある。


いかなる冬(自分が)にも枯れぬ常若の身(特別な存在である)とでも考えているのではないか?」


 その誰かの声を風の誘いとしたかのように、次々と言の葉がはげしく散っていく。


「誇りもなく(異世界人)にまとわりつく(腰巾着)風情が」

「枯枝なら枯枝らしく、虫に食われ(きのこ)の床となり、大人しく地に朽ち土に返れ(死ね)ばよかろうものを」

「いや、あの枝は森の外で人間どもに混じったのだ。むしろここは火の餌となるがよい」


 森精たちがとげとげしいのも、ゆえないものではない。

 彼らすら想定もしていなかったような大量の魔力を叩きつけられたあげく、魔喰ライの王コリュルスアウェッラーナの封印は解け、神器は地より抜け出て空を舞い、山は崩壊したのだ。

 当然、闇森すら無傷ではない。


 彼らにしてみれば、すでに現状が非常事態なのだ。昨晩より一睡もせず対応し続けてもいる。

 そのさなかに、非常召集をかけられたのだ。

 どれほど重要かは知らぬが、現状より重きをなすとも思えぬわずらわしい問題を持ち込むとは。

 しかもことさらに騒ぎ立てているのは、ヴィーリとかいう名を星に付けられた相手である。


風も発す梢(発言権)もなきものを」


 誰かが吐き捨てたように、名付けをなされるほど人間や落ちし星に深く接触する枝とは、この闇森の内奥にあっては、すでにいつ森から切り落としてもいい存在でしかない。不快の念をあえて抑える意味も見いだせぬ。


 だがそのひと枝が屈辱に頬も歪めず、荒れた言の葉のふりかかるままに立ち尽くしているさまは、さらに森精たちをいらだたせるものだった。


 落ちし連星もまた、この闇森へと足を踏み入れたことがある。あれもまた極めて不快な存在ではあったが、それでも落ちし星とは魔力を大量にこの地へともたらす有益な存在だ。

 それに免じて、彼らには十分な配慮をしていたつもりだった。

 だが、この相手は星ではない。いくら連星を導くべく使わしたとはいえ、枝はどこまでいっても枝だ。ただの、価値の低い、森の一部(身内同族)でしかない存在だ。


 言の葉の嵐がおさまりかけ、戻ってきた者が心話を発した。


(危機を逃れた直後に集まっていただき感謝する)

「なんだ、そのしぐさは」


 感情を鎮め礼を尽くした心話も、事を荒立てまいと頭を下げるヴィーリのさまも、だがいっそう森精たちの気に障った。


「人間の水を吸いすぎ(に毒されすぎ)と見える」

「いや、そもそもあの星の風に煽られる(使い走りとされている)ままなのだから、折らんとする(責めるの)も哀れやもしれぬ」

「名付けられた枝ごときが」


 わざとらしいさげすみ交じりの冷笑が冷たい風のように吹き付ける。だがヴィーリは表情を変えぬまま口を開いた。


「かの星より風が流れた(情報提供があった)

「……その口で話すがいい」


 しぶしぶという口調で、強硬な意見を出していた一派が許可を出した。

 あの星が闇森に利をもたらしてきたことは間違いがない。なればいくらさげすもうとも、耳を塞ぐ真似などできぬ。

 とはいえ、心話で聞けばいっそう浸透は強まる。それは最低限にしておくべきだろうという判断である。

 だが不本意な空気は一瞬で消滅した。


「魔喰ライの王は滅し、滅したものもまた滅した」

「なんだと」


 失笑しかけた顔がある。あっけにとられた顔がある。証拠もなく信じがたいがゆえをもってあやまりと判じ、怒りの形相になった顔がある。いずれもざわざわと嵐に煽られる葉のようにざわめいた。


 たしかに神器は抜けた。それは闇森でも捉えていた。

 夜空に舞い上がった神器に、人の体と(おぼ)しきものが生えていたことも、それらが雲の海へとさかしまに沈んでいったこともだ。

 だが、その後何が起きたというのか。


 谷底へと滑落した闇森は、その最も高い梢からもランシア山の向こうまでは見えぬ。

 樹の魔物たちのつながりも断たれていては何も知ることができず、せめともと感知していた魔力は嵐を越えた乱れにいわば目を塞がれたような状態となり、ただただ戦々恐々とするばかりであったのだ。


 まさかこの永の星霜をおそれ憎み暮らしてきた、凶禍と堕したかつての同胞、コリュルスアウェッラーナが滅したとは。

 その魔喰ライの王を滅した者もまた滅したとは。いったい何があったというのか。

 半信半疑で、しかし先ほどとは比べものにならぬほど真剣に耳を傾けた森精たちは、次の言葉に硬直した。


「なしたのはかの双極の星の片割れ。かの星はまたこうも風を送った(伝えてきた)。『森のひと枝(森精の一人)星の欠片(異世界人格が)宿り、欠片は枝を枯らしてはまた別の枝へと滴り落ちて続けていた』『欠片滴りし枝を欠片より奪い返したものの、枝はおのずから枯れた(死を選んだ)』と」

「……」


 それでは、まさか森の同胞の中に星が宿っていた(異世界の者がいた)というのか。そしてあの骨の星がその身を取り戻したというのか。

 森精たちは、同胞の身体が奪われていたことにすら気づかなかった屈辱に唇を噛んだ。


「『見よ(ヴルタス)そして(アク)語れ(ルクウェレ)』。枯れる前に枝は星に風を託し、星は地に風を届けた」

「では、その落ちし星はどこにいる」


 直接話を聞かねばなるまい。心話しか話せない相手ではあるが、こらえて闇森の内奥に招かんと森精たちは考えた。

 しかし。


「落ちし星は黒い月に到達した」

「なんだ、と?」


 倦厭する相手であっても、森の同胞であるはずの相手の言葉だ。だが、何を言われたのか、森精たちはしばらく理解できなかった。

 嘘という概念は理解している。しかしそれは心話と魔力感知に長けた森精同士に通用しないものだ。だからこそ彼らは混乱した。


「かの星は黒き月の意味を知った。かつて森の(森精が)育みし槍(造った神器)が、月が、なにがゆえに作られたかを。そのための対価を。対価をいずれの大地が支払ったかを」


 信じがたいが、語られたことはすべて真実であるというのなら。

 それは、森精ではない、いいやこの世の人間ですらない者が、コリュルスアウェッラーナがいかなる存在であったのかを知ったということになる。

 種族の恥を暴かれた屈辱に、森精たちは顔を歪めた。


「さらにかの星は風を送った。『地上を見て知った。この森より南の地、人に魅了を行っているひと枝がいる』と」

「なに」

「『枝をとどめよ。さもなくば森はコリュルスアウェッラーナを再び産むことになろう』と」

「……われわれが再び凶禍(魔喰ライ)となると?」

「『なる兆候は示したとおり。ならぬ兆候は見えぬ』と」

「落ちし星風情が……」 


 重ねられた恥辱にぎりぎりと歯ぎしりすらこぼしつつ、彼らは一斉に空を見上げた。

 まだ夕闇の(かげ)りの遠い空に闇黒月(アートルム)は見えない。だが、彼らはそれぞれかつて見た骸骨の眼窩を思い浮かべずにはいられなかった。


「しかし黒の月に至ったというならば、この地にあの骨の星の力はもはや及ばぬのでは?」


 誰かのつぶやきが、わずかに彼らの思考を転じた。


「確かに。黒い月は地上を見るはたやすく、降りるは難い」

「人交じりどころか風すらそうそう届くわけもない」


 ならば島流しも同然。グラミィとか名乗っていた片割れの星がどうなったかは知らぬが、いかな星同士とて、月と地上で心話が通じるわけもない。月にともども赴いているというのなら、それもまたある意味好都合。

 風すら吹かぬ虚空で吠えたいというのなら、いくらでもそうさせておけばよかろう。これまでどおり、こちらに有用な(情報)のみ受け入れ、不要な風からは耳を塞げばいいだけのこと。


「星の力は届く」


 はや肩の荷が下りたような思いでうなずき合ったところへさらなる爆弾が投下され、森精たちはあらためてひと枝を凝視した。


「た、確かなる(証拠)は!」

「ここに」


 ヴィーリが取りだしたものは、黄金に染まった枝だった。

 色以外、特に変わったところはないものと見えたも数瞬。


「それは……!」


 動揺が広まったのは、その細い枝ひとすじから吹き出した魔力が、あまりにも濃厚で膨大だったためだ。

 わずかにそのおこぼれを得た巨木もみるみる生気に満ち溢れ――季節外れも甚だしい新芽が吹きこぼれさえしたのを認め、森精たちは悟った。

 数瞬でその噴出が止まったものも涸渇したからではなく、あえて意図して止めたのだと。

 そして魔力は今の傷ついた闇森を回復させるための、不可欠要素の最たるものだ。森精たちにとってそれは、喉から手が出るほどに欲しいものだった。


「星の身体も帰る。北の一角獣が守り海をゆく」

「東を通るのではなく?」

「なぜそのようなことを許した!」


 だからこそ、口々に怒りが向けられた。

 枝一本でこれなのだ。闇森の利を考えるならば、あの星の魔力を含むものすべてを持ち帰り、そして樹の魔物たちへその魔力を注ぐべきだろう。

 実際、闇森の中で生涯を終えた落ちし星は、その身体もすべて闇森の糧として有用だったのだから。


 それをわざわざ人間にくれてやるような信じがたい愚行をしでかし、しかも、魔物がその身を守っているというのはどういうわけだ?

 そして、なぜ咎められるべき枯枝ごときが、こちらを非難するような目で見てくるというのだ?


「人のみならず魔物も意のままに動かさんとす。それは森の(おきて)にあらず」


 魔物たちは個々に思うがままに生きている。ゆえに彼らが森精が命令によって動かせるような存在ではない。

 それでも、それゆえにこそ、十分な利があると見なせば、森精の忠告を理性的な魔物たちは受け入れさえもするのだ。

 だが、利害をぶら下げ魔物たちの判断を左右するだけでもたいがいだ。一方的に命令を下したところで彼らが従うわけもない。また生態系をあるがままに導くはずの森精がなすべきことではないと主張するのだ。この枯枝は。

 あまりにも正論。それゆえにこそ森精たちは激昂した。


「魔物の一頭や二頭、動かせずして何が同胞ぞ!」

「星の風を聞く。『森の掟は再びコリュルスアウェッラーナを芽吹かせぬためにあろう』と」

「この世の者ですらない星ごときの言の葉に揺れるか!」

「星なればこそ。この地に繁る森には見えぬものも見えるのだろう。――少なくとも、かの星はこの枝を託した」


 一人の森精がなおも言いつのろうとしたが、ヴィーリは吐息を一つこぼすと己の顔の前に枝をかざした。

 黄金の葉で森精の顔が隠れた瞬間。


「だのに黙って聞いてりゃ、わりと好き勝手な御託を並べてくれるじゃないの」


 呆れた声が響いた。歯切れのいいその口調は彼らのひと枝(同胞)の唇から出るものとは思えず、一瞬森精たちはうろたえた。

 だが顔のない者とは誰でもない存在でもある。ゆえに憑代となりうることに思い至った一人が叫んだ。


「……きさま、星か!」

「今喋っているのはね。身体は間違いなくヴィーリのものだ」

「同胞の身を奪うとは!」

「おっと。勘違いしないでもらおうか」


 声の温度が低下した。


「わたしは枝を下し彼に頼んだ。『わたしを伝えてくれ』とね。そのとおり、彼はわたしの警告をあなた方に伝えてくれた。代わりにわたしは彼に力を貸すと約した。『あなたが森を見限るような事があれば、わたしは彼の側に立つ』とね」

「なんだと」

「わたしは魔物たちにも命令なぞしたことはない。頼みごとをしたことならある。願いを伝えたこともある。だけどかなえてくれたなら、必ず相手には礼をした。ヴィーリにもそうしただけだ。あなた方、森精相手にもそうしてきたように」

「…………」

「だから正直この仕込みすら、念には念を入れすぎだと思っちゃいたのに」


 声がはっきりと侮蔑の色に染まった。


「まさか出番が来るとはね。あなた方がカナリアをうるさいと絞め殺す探鉱夫ほどに愚かだとも、たかだかひと枝に込めた魔力に目が眩むほど貪欲だとも思わなかったよ」

「我らを侮辱するか、この落ちし星風情が!」

「待て」


 激昂するものを別の森精が制止した。


「星よりの警告は受け取った。いずれ我らが風に加えることもあろう。それでよしとせぬか」

「それじゃあたるいしぬるい」


 森精の声を借りたモノは断言した。


「たる……?」

「あなた方の中に、すでに人間をたぶらかしその管理を不要に強めようとしている者がいるというのは、まさに昨晩、わたしも見たことだ。だがそれを自浄できるのはあなた方だ。あなた方だけだ。だのに、今すぐ動くつもりはないという。それでは手遅れになると言ってるんだ」

「……たしかに星も空に帰らば見るものは広がるのだろうよ。だが地上のことは我らが決める。そう、たしか落ちし星たちにも『余計なお世話』とか言うのではなかったか?」

「わたしの言葉で動く気はない、と。その慢心こそコリュルスアウェッラーナの新芽だよ」

「……意味がわかって言っているのだな」


 過去数千年もの恥部を曝し罵倒するような、森精に対する最大限の侮辱ともいえる言の葉。

 森精たちの目がするどく冷えたものへと変わっていく。

 だが、借りられた舌鋒は苛烈を極めた。


「あなた方のその森すら深く刈り込めば、世界は人の庭園よりもいじましいものとなる。そのくらいのことは、この世に落ちてきて二年も経たぬわたしですらわかることだ。そもそもあなた方の半身がそれを(うべな)うと思うか」

「我らの森を侮るか!」

「侮っているのはあなた方だろう。樹の魔物たちを杖となし、森となすだけに飽き足らず、枝を折り、根を抜き、葉を散らし、(そり)代わりにこのようなところまであなた方を運ばせた」

「…………」

「むろん、そうしなければ森がもっと損なわれていたかもしれない。ある意味では森を救う行為でもあったのだろう。樹の魔物たちを使役しただけでできたことでもないのだろうさ。だけどあなたたちが、星と共に歩む者が、己の森を痛めつけたことには変わりはない」

「…………」

「動けるほかの魔物ならば、牙を剥いていたかとうの昔に逃げ出してたか。だが動けぬ樹の魔物たちでも不満や反発を感じぬわけも、抗うことを知らぬ訳でもないぞ」

「――空と大地(平行線)だな」


 嘆息した森精の一人が手を上げた。

 その指先に一つ、二つ三つ――次々と小さな火球が生じていく。一つ一つの威力は控えめだが、いくつも重ねて打ち込まれては、いかに頑丈な障壁を築こうとも完全に防ぐことは難しかろう。

 それが、一人のみならず、つぎつぎと顕界されていく。


「認めよう、星よ。たしかにその目は遙か高みより見はるかし、その力は強大だ。だが愚かだな。わざわざその力の中継点が枯枝にあると教えるとは」

「…同胞(ヴィーリ)すら焼き尽くそうというのか」

病葉(わくらば)一枚から病が広がるというのなら、早く食い止めるために必要なことをするまでのこと」


 森の外なる星ごときにこの世のわざわいとなると騒ぎ立てられては、いくら人間など相手にはせぬとはいえ、森の体面に傷が付くようで不快にもなる。

 ならば葉一枚、枝一本程度。いや数本の木々すら森全体のために犠牲とすべき。そう確信した余裕の微笑みに、しかしぶつけられたのは冷笑だった。


「あまりにも予想通りだな。――その考えは人間の汚濁に浮かぶたぐいだぞ。ならばなぜわたしがその程度の考えすら読めんと思うのか。そしてわたしの枝を、なぜヴィーリが一本しか持っていないと判断するのか」

「なに!」


 森精たちは息を呑んだ。その内の一人は気がついた。

 ヴィーリの樹杖、その半身たる樹の魔物の葉に覆い隠されるように、黄金に輝く枝々が数本覗いていることに。

 

「そしてわたしが地上に下した枝は、なぜヴィーリが持っているもの以外にないと思うのかな?」

切りのいいところまでなので、多少短いです。

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