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理由

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

「別に敵に殺されかけてたとか、そんなぶっそうな話じゃないから。話の種になるとは思わないけど。それでも聞くかい?」

「あ、ああ」


 中腰だったシルウェステルは椅子へと座り直した。

 ……この『落ち着け』とか『まあ座れや』の仕草が通じたのも、概念汚染のせいかもしれないというのが頭の痛いところだが。

 それはさておき。


「あたしの暮らしてた国は、いろいろと自然災害の多いところでね。せっかく引退して、一般人として生活するには問題ないように、多方面にわたって、もろもろ万端手配りをすませたつもりだったけど。……結局、のんびり暮らせたのはほんのちょっとの間だったな」


 あたしは自分の手を見下ろした。

 視界の――認識の中で、小指だけでなく、手の甲どころか手のひらもじわじわと(しわ)んでいく。爪には筋が入り反り返り、皮膚も薄いくせに硬くかさかさしたものに変わりつつある。

 それらは、かつて見慣れていたものだった。


「はっきりしたことはわからないけど、たぶん、地震が起きたんだと思う。気がついた時には、暗い部屋の中で家具にのしかかられてた。色気のない相手に押し倒されたもんだと思ったが、そこから先は覚えてない」


 ほら、たいした話でもなかったでしょ?と冗談めかしてみたものの。


「……死が確定するとはそういうことか」

「もともと年齢(とし)が年齢だから、死にごろではあったんだけどね」


 あたしの身体はそのまま潰れたか、それとも身動きの取れぬまま火に炙られたか、泥水に沈んだか。

いずれにせよ瀕死になったからこその、幽体離脱の果てが、この現状なのだろう。

 肉体と精神がバラバラになる条件としては、死こそがもっともありふれていてわかりやすいものなのだから。

 ただ、普通なら精神自体もバラバラになってそうなものなんだけど。肉体と一緒に精神が死ねず、こんなところにまで辿(たど)りついたのは……さて、どこまでが偶然で、どこからが必然だったのか。


「もっとも、ヘイゼルが思っていた以上に強くて、あなたにもどうにも始末がつけられないってなことになってたら。命名封印も効果が薄かったら。あたしゃなりふりかまわず、もとの世界に逃げ込むことも考えてた」


 実際、シルウェステルが、侵蝕によりその身体を作り上げるまでは冷や汗ものだったのだ。

 舌先三寸ぶん回し、ヘイゼルの意識をそらし続けていたのはせめてもの支援攻撃のつもりだったのだが。

 いやもう、その時間の長かったこと!


「賢明な選択肢もあったのだな。では、なぜそうはしなかったのだ?」

()くなら彼女もがっちり抱え込んだまま、連れてくつもりだったからねえ」

「なに」


 実行してたら、ヘイゼルとあたしが溜め込んだ魔力(マナ)はどれだけあろうが、強制的に絞り取られていただろう。なにせむこうの世界にゃ存在しないんだから。魔力なんてものは。

 身体強化も魔力がなければできないのだから、あとは瀕死体が死体(確定)になるまでのカウントダウンにお付き合いを強制執行というやつだ。


 あの時点で、すでにシルバーコードはあたしが死にかけていた時点の、その世界以外の接点を剥ぎ取ってより合わせてあった。

 グラミィにやったげたようなインチキ臭い裏技なら、確かに数年前に戻り、瀕死になることも回避できるだろう。

 だけどあたしはそうはしなかった。あたしの身体を使って過去へ(さかのぼ)ることも、別の平行世界へ逃げ込むこともヘイゼルに許しはしない。

 ええ、確殺のための奥の手でしたとも。使わずにすんで何よりです。


「……死なばもろとも、というわけか。ひょっとして、そこまで織り込み済みだったのか。この身を生じたもの(ヘイゼル)との喰らい合いすら」

「最初っから仕組んでたわけじゃないけどね。でも、こっちの世界に、これ以上産廃の不法投棄なんてしとけないでしょ」


 多少なりともこの世界に、人々に、森精たちに、魔物たちに情ぐらいは抱いている。彼らの世界を害さぬようにと思うくらいには。

 ましてや、その産廃がもう一人の自分と言ってもいいような存在であるならば。


「始末の一つぐらいはしますとも。どうせ人間一度は死ぬんだ、だったらせいぜい有効活用しなきゃあね」

「だ、だが、もとの世界に未練はないのか。残してきた者はおらぬのか」

「置き土産はしかけといた」


 あたしは笑って、あえてニュアンスがずれた答えを返した。


「人がせっかく引退してのんびり一般人やってるのに、それでもちょっかいかけてくる大馬鹿者がちょろちょろ出てきて面倒だったからね」


 なお、しかけは多段型かつネズミ花火的自走タイプを条件式びっく(Jack-in-)り箱(the-box)仕様にしたてたようなもの。

 ヘルズクラウン(地獄の道化師)というクソだっさい二つ名で呼ばれてたやつの手口をちょいと拝借しただけなんだが、それでもあたしが握ってた情報が無差別爆撃の勢いで一斉にぶちまけられたら……。


 うん、延々燃えていた戦火のいくつかはふっとぶな。

 ダイナマイトで消火するようなものだから、もちろん再燃の危険もはあるとは思う。

 が、死人が生者の世界に最後っ屁以上の干渉をするのは違うと思うのだ。後はお若い皆さんでせいぜいがんばっていただきたい。


「釘を刺しといたってのにもかかわらず大馬鹿者を止めきれなかったか、あえて止めようとしなかった連中(上層部)に、重点的にお仕置きがいく(被害が出る)ようにしてきてあるから。特に問題はないかな」

「……そなたという者は……」


 あきれ果てたような口調だが、おそらくシルウェステルは、今自分がどんな表情をしているのか、まるでわかっていないのだろう。

 あたしが自身のシルバーコードをむしり取り、この闇黒月からの脱出手段を放棄したのち。あたしが彼の前からいなくなることはないと理解してから。ずっと、笑みが消えないでいることを。

 だけどあたしはそれに水を差す。むしろ液体窒素かもしれない。


「問題はなくても、未練も名残も残念もあるけどね」

「……そうなのか」

「あるに決まってるでしょうが。ないわけがない」


 生きている限り、後悔はつねにつきまとう。一つの選択肢を選ぶということは、他の選択肢の実現可能性を殺すということだからだ。


「この身を生じた者は消失した。生者として過去の時点に戻ることも可能だったのではないか」

「シルウェステル。より有利で、しかもできるからという理由だけで、あなたは自身の行動をすべて選んできたとでも?」


 そもそもすべての未練や後悔をすべて解消しようとするのなら、人間、生まれるところからやり直しでもしなけりゃ無理なのだ。

 それは、あたしがあたしであることを、あたしとして生きてきたことを、あたし自身が否定することでもある。生まれてきてすみませんとか太宰かよ。

 臨死状態になったこと自体は想定外だったが、それでもあたしはあたしの人生を生きたのだ。

 そして生を是とするならば、死もまた是としなければならない。それだけのことだ。


「では、なぜだ。なぜそこまでして死を選んだ」


 真顔に戻った少年はあたしを見つめた。


「どういう答えが欲しいかい?ほしい言葉を言ってあげよう」

「……嘲弄するか、わたしを」

「いいや」


 あたしはゆるくかぶりを振った。


「あたしの選択にはいくつもの理由があり、そのなかにあなたの求める答えがあるのなら、先に言ってあげようというだけの話だ」


 理由の優先順位なんて瞬間風速だ。潮目が変われば右も左もあったものじゃない。

 

「あたしが聞かなかったのも悪かったが、あなたは何を求めるのか、求めるものがあるならきちんと教えてくれという話でもある」

「…………」

「説明もなく突き放すその物言いでは『ここからとっとと出て行け』としか聞こえないぞ。自虐がすぎやしないか?」

「し、しかし」

「最初から言えばよかっただろうに。『一人はさびしい』と。『行かないでほしい』と」 

「言えばどうなる!」


 かっと青空色の目を燃え上がらせて、少年は叫んだ。


「わたしの言に命を賭けて従うとでもいうのか、それがそなたの罪悪感か!」

「たわけ」


 あたしは一言で切って捨てた。


「命じられたって従ういわれなどないね。あたしは確かにあなたに恩誼(おんぎ)悔悟(かいご)も感じてる。だけどそれは無条件の服従を差し出したわけじゃない」


 あくまでもあたしの自由意志なんですよ。恩返ししようってのは。

 良心の呵責(かしゃく)から逃れたい、軽くしてしまいたいという、どこまでも利己的なわがままにすぎない。


「あなたが狂うことを覚悟しているとふんだから、そうはさせたくないと思った。あなたが死ぬことを覚悟しているのなら、せめてやすらかに終わりを迎えられることを願った。それもたしかに理由の一つだ」


 ただ、それだけではない。


「……罪悪感ゆえでないのだとすれば、なんだ。同情か」

「他人の理由をそんなもん一色に染め上げようなぞとするな。自己卑下型かまってちゃんかな?」


 ざっくり抉れば痛そうな表情になったが、容赦はしない。

 ……少年の顔を悲痛に歪めるのは、正直趣味ではない。が、今後のことを考えるなら、自分が本当に求めているものが何なのか、その一部にだけでも彼を直面させるべきなのだ。


「あたしがこの状況を選び、この世界に残ると決めた理由はちゃんとある。だけどそれはシルウェステル・ランシピウス、自分の世界よりもあなたを選んだこととイコールじゃない」

「…………」

「とはいえ。あたしはあなたの側を離れず、裏切らない。――そう誓えば、安心するかな?」


 あたしの見たところ、シルウェステルの行動方針は、諦めと未練からなっている。

 生い立ちのせいもあるのだろうが、誰かにすがろうとしても手も伸ばしえず、こぶしを握り、唇を噛み。感情を殺していまだ求められてはいないものすら先回りして差し出し続けた。生き延びるために従順さを示し続け存在価値を作らんともがき、結果削られ疲れ果て。


 その上庇護は最弱の地位の押しつけの(いい)ともなる。

 大魔術師ヘイゼルの子――いや、クラーワヴェラーレは赤毛熊(アエノバルブス)の氏族が大罪人、イニフィティアヌスの子として、また彩火伯の血の繋がらぬ弟として、飼い殺しに近い扱いを受けていたのだろうという推測はもうできている。

 飼い殺しとは、どれだけ奮闘努力を重ねても認められないという状況のことだ。ならば置かれた立場も与えられた地位も、彼にとってはすべてただの束縛も同然。

 そこには、彼を肯定してくれるものが何一つない。彼がそう捉えるのも無理はない。


 だからこそ、シルウェステルは大きな精神的打撃を受けた年頃のまま、心が成長しきれていないのだろう。

 あるがままの存在をそのまま受け入れてもらえた経験が少ないから、好意に見える何かを差し出されても素直には受け取れない。ぼろぼろのずたずたにしてでも内側に何があるかと見ずにはいられない。猜疑(さいぎ)も突き放しも、心を預けた者の離叛(りはん)によって傷つくまいとする自衛策なのだろう。

 しかし、それでもあえて自己犠牲に傾こうとしたのは。


「シルウェステル。あたしも訊きたい。あなたは狂う覚悟をしていた。一人消滅を待つ気でもいた。だけどそれくらいなら、わざわざあたしを取り込まねばできなかったことじゃないだろう?」

「……それにも気づいていたのか」


 ゆっくり真顔に戻った彼に、あたしは頷き返した。


「ならば、瀕死体に戻るくらい確実に死ぬべき状況じゃなければ、あたしもここから出ちゃいけないでしょうが。あなたと同じ理由で。――再びヘイゼルが生じないように」


 ヘイゼル・ナッツ――己喰ライはシルウェステルの侵蝕により、その存在を書き換えられた。彼女の自我が消滅したことを、あたしも彼も確認をした。

 しかし、はっきり言って油断はできない。なにせ彼女の因子持ちなのだ。シルウェステルも、あたしも。


 シルウェステルは侵蝕によりヘイゼル身体を元に自身の身体を構築し、その魔力のあらかたを我が物とした。 

 あたしはヘイゼルのいわば同位体であるだけでなく、彼女と共喰い……というか、喰らい合いまでしでかした。

 そのせいで彼女の知識――つまり精神活動の蓄積――すら受け継いでしまっている。

 この闇黒月(アートルム)の操作方法まである程度理解できてしまっているせいで、平行世界を引き寄せ、もう一人の自分をこちら側に引きずり込むこともできちゃうだろうなあ、ということすら感覚的にだが、わかってしまっている。


 もちろん、彼女がしたように、地上に降り立つことも朝飯前。

 でも、だからこそ、ここから出て行くことはできない。地上に降りることもしてはならない。

 つながりが残っていたら、どんなきっかけでヘイゼル・ナッツ爆☆再誕となるかわかりゃしないのだ。


「だけど、悪いことばかりじゃない。ヘイゼルの因子持ちがあたしとシルウェステル、あなただということ」


 ……こうなると、結界だ何だのと魔術を使いまくって、徹底的にグラミィをヘイゼル・ナッツと直接接触しないようにしまくったのと、とっとともとの世界に還したことは、予想外のファインプレーだったかもしんない。

 彼女ではいくぶん精神的に弱いのだ。

 たかだか周囲から全否定されたくらいで死を選んでいては、ヘイゼル・ナッツなんてバケモノ相手に渡り合うなんてやってられないのだよ。人間なんてもんは。

 人間やめつつあるあたしがいうのもなんだけど。


「あと、あたしがもともと物理依存度の低い身体で地上を歩き回れていたってことも関係しているかな」


 あたしはシルウェステル・ランシピウスのお骨を拠り所として在った。

 だが、自己認識が身体感覚によって形成されている以上、物理依存度の低さは発狂危険性の高さに直結する。

 シルウェステル当人もお骨しか拠り所がなかったわけだが、彼はなぜか額に刻まれていた結界陣によって、徹底して守られていた。

 だが、あたしにその守護はない。


「あたしが発狂もせず安定していられたのは、なぜだと思う?」

「……自我を安定させてくれるものがあったということか」

「あたり。なんだと思う?」


 シルウェステルはしばらく眉間に皺を寄せていたが、諦めたように首を振った。


「他人。――自分とは異なる存在だよ」


 虚を突かれたように、彼はぽかりと口を開けた。


「肉体は卵の殻のように、内外を隔絶させ、『自分ではないもの』として外界への認識を支えることで自我を確立させている。他者の認識もまた『自分ではないもの』であり、『他者とは違う自分』という存在を強固なものにするものなのさ」


 それは、コップの水にコップそのものを『水とは異なるもの』として隔絶させ、コップがなくてもひとかたまりの水として維持するのに近い荒技だ。

 しかし、その無茶も凝固剤となるもの、あるいはその形を維持する力場次第では可能となる。


「人の振り見て我が振り直せというが、認識した他者の存在は鏡としても機能する。ただ、認識した他者に自身を寄せていけば、自身そのものが鏡像となる。それはコピー芸やものまねというあり方になるだろう」

「…………」

「別の他者認識の取り込み方もある。他人の目を気にしたことはないかな?他者の視線故に身を正す。人にどう見られているか認識することによって人は自分自身のあり方を定める。他者の価値観を取り込めば、それは自分の価値観の一部になる」


 よりよく見てもらいたいという欲求は、あるのが当然だ。しかしそれも行きすぎれば当人が自我を抑圧、変容させることにすらつながる。

 それが幼児期の躾や道徳性獲得といったレベルならいいのだが、行きすぎればさまざまな適応障害を生むように、下手をすれば、あたしもこの世界の人間たちが持つ『ランシアインペトゥルス王国魔術学院名誉導師のシルウェステル・ランシピウス』という存在定義、認識に塗りつぶされる危険があったのだ。

 それこそ、当のシルウェステルそのもののように。

 その危機を防いでくれたのは、この世界の人間ではないものたちもまた、あたしを認識し続けてくれていたからだ。


 森精たちは、あたしを異世界人の一人として。この世界の生命体の一体としての関心をもって。

 魔物たちは思考する『骨』としてあるがままに、中立または友好的に。

 そしてグラミィは、あたしを運命共同体(相棒)、ボニーさんとして。


「ああもちろん、シルウェステル。あなたもあたしを認識してくれていたわけだ。それがあなたのお骨の不法占有者として、だったかもしれないが」


 それもまたあたしは彼から受けた恩誼としてカウントしている。だからあたしはこうする。


「一人なら自己の拡散の危険があるが、ここにいるのはあたしとあなた、二人だ。さて、そこで問題だ。二人だったらどうなる?」

「……そこには相互認識が生まれる。他者の存在を認識すれば自我は拡散を免れ、る?」

「そういうことだ」

「まさか」


 少年は目を見開いた。


「わたしが狂わぬように、残ってくれたというのか」

「それもまた、あくまで理由の一つでしかないけどね。ついでにいうならあたしが狂わず、消滅しないためでもあるから、感謝はいらない。とっとと消滅したかったというのなら恨み言ぐらいは受け付けるが」


 シルウェステルは首を振ったが、これも万全の策ではない。あたしがざっと見ただけでも問題が二つある。


 生きている限り人は外界の影響を受けて変質を続ける。発達とか成長とかいうものもその一つなのだが、それは影響をおのがものとして昇華できるかどうかが問題となる。できなくなったら――互いの存在を受け入れられなくなったら、下手をしたらそれだけでも自我が崩壊しかねない。

 が、あわなくなったからチェンジってわけにはいかないんですよ、この状況。


 もう一つは、これがあくまで延命措置に過ぎないということ。

 同じお骨を拠り所としていても、シルウェステルにあたしの心話が届かなかったのは結界があったからだろう。それがヘイゼルに砕かれた以上、心話のやりとりと相互理解はこれからどんどん進んでいく。

 だが理解が同化の始めというのなら、それはあたしとシルウェステルの人格が融合し、じわじわと熱力学的な死へと向かう過程でもある。

 互いを他者として認識できなくなってしまったら、そこで終了なんですよ。


 それを防ぐのであれば、闇黒月の外へ情報をさらに求め、シルウェステルとの接触や会話すら極力減らす必要もあるのだろう。抱擁なんてもってのほか。

 だが、それもまたシルウェステルのあり方を考えるならば、彼の精神的バランスを崩す原因になりかねないというね。


 だからあたしはこんなことも言ってしまう。


「ついでにあたしがここに残ることを決めた最後の理由も言っておこうか。嫌だったから。それだけだ」

「なにを嫌がった」

「あなた一人を闇黒月の中に置き去りにすること」


 いくら自衛的自虐を重ねられてても、そんな未熟児を見捨てるような真似、やらかしたら後悔の種にしかならんがな。


「人を犠牲にしてのうのうと平和を満喫できるほど、あたしゃ人間が図太くできてないんでね」

「……やはり賢くはないな。そなた」


 シルウェステルは笑い、あたしは肩をすくめた。


「不満足な智者でいるより、満足した愚者でいる方が好みかな」


 何度も言うが、あたしは強欲なんだ。

 両手一杯抱え込んで、なお欲しい欲しいとこいねがい、伸ばした手から得ていたものがこぼれ落ちると理解しても、今一番欲しいものが手に入るのならばそれでよしとできるほどに。

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