一夜漬け準備の作戦会議(その5)
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カツンと音を立て、テーブルの真ん中あたりで小石が跳ねた。
カラカラと転がっていく小石を真剣な顔をして騎士のみなさんが見ている情景というのは、不謹慎かもしれんがちょっと面白い。
布越しだけど。
薄い黒布や手袋をカシアスのおっちゃんがくれたのは、もともとかぶってたフードがグリグのせいでぼろきれになったからである。
あたしが顔を丸出しにしていると、ぎょっとしたりする人が多すぎて、どうも都合が悪いらしい。
その筆頭がアロイスなのは言うまでもない。
……まあ、しゃれこうべが近くにあったら驚くわな。ふつー。
昼食前の大広間である。
朝食後に片づけてあったテーブルを少し早めに出してもらって、今は公開実験真っ最中なのだ。
端っこにいるあたしの手には、薪から適当な棒を見繕って、一本の大きめな木製スプーン……というよりは柄が長いのでおたまとか調理用シャベルに近い……と、その柄の根元でバッテンに縛ったものがある。
それを柄がテーブルにつっかえないよう、太めの薪を台にした状態で、小石をスプーンに乗せて、柄を叩いて飛ばしたところだ。
〔小石は同じのを使った方がいいですよね。飛距離をマークしときましょうか?〕
よろしく、グラミィ。
その間にあたしはずりずりと木製スプーンをずらしておく。今度は柄の中心よりちょっと先端に近いあたりが支点になるように。
〔準備いいですよー〕
それじゃ、行くよー。
てい!
先端が同じくらいの高さに跳ね上がるように気をつけて柄を叩くと、今度はテーブルの反対まで転がっていって……
あ。落ちた。
「見ての通り、わずかな調整でも投石機の飛びは変えられるとボニーは言っておる。柄を長いものに変え、より高いところに設置さえすれば、この砦からでも国境付近を狙うことは不可能ではない」
塔に上りながら聞いた話なのだが、この砦には投石機があるそうな。攻城兵器の代名詞みたいなものが城の防備用に備え付けられているというのも不思議な感じがするけど、相当小型な上に組み立て式のものらしい。
なぜかと言うと、いざという時に街道を見下ろす城壁に設置されることを想定して設計されているから、なんだそうな。
そう言われて、改めて塔から見下ろしてみれば、城壁の上、というか側城塔と歩廊がつながり、塔の屋上部と同じくらいの空間が確保されているのが確認できた。
確かに、城の弱点の一つでもある城の大門を防御できる場所に置くこともできて、なおかつ眼下の街道を狙って打ち下ろせる投石機があるなら、大量に石や土砂が飛ばせるようにしてあるのも納得がいく。飛距離がそれほど出なくても問題はない。
十分戦力になるからだ。
どんな大軍とはいえ単純に大量の石が狭い街道に集結した騎士たちの上に飛んでいくだけでも脅威だろう。
たとえうまく逃げられたとしても、砦側としては土砂崩れ状態になるほど街道を塞いでしまえばいいのだ。
国境を越えて続々と進軍してきたとしても、この砦を抜いて投石機を黙らせ、土砂を片づけない限り、敵は止まらざるを得ない。
もし籠城戦に持ち込まれたとしても、補給路は麓側にある裏門につなげられる。
蓄えられている糧秣以外にも十分な補給がある上に、王都との連絡も取り続けられる。
不安定な土砂の山を上ってくるだろう敵の相手をしながらでも、じっくりゆっくりその息切れを待つことができる。
……でも、それって結局、城壁の防衛機能頼みなんだよね。つまりは籠城戦。
悪手とは言わないが、国力も砦の戦力も消耗をできるだけ押さえた上で勝ちたいというアロイスの欲張りというか贅沢な狙いには、ちょっと遠過ぎる。
だが打ち下ろしのできる投石機があるならば、同じ武器を持っての打ち合いで反撃をくらう、ということはまずないだろう、というのがあたしの読みだ。
つーか、相手さんがこの岩山を投石機や攻城櫓を持って上ってきてたら、あたしはその根性に拍手するね。
持ち運びしやすいように加工済素材にしたって相当重かろう。どうしたってこの砦近くにまで持ってきたら組み立てないわけにはいかんが、丸見えになる。
それに移動式にしたって、組み上げたら重心はどこまで高く不安定になるかわかりゃしない。どんな大きな車輪をつけようが、このがたがたな岩の坂道や斜面を通って砦に近づけられるのは大変だと思うよ?
その前に谷底ダイブをやらかすに一票なくらいには。
『同じ武器での反撃をくらわずにすむ長距離攻撃』ができる『この世界の手段』。
ならば、それに手を加えれば『魔術でも武器でも反撃を喰らわずにすむ』ものになるんじゃないのかね?
というわけで、てこの原理の実験を加えた説明中である。グラミィが、だけど。
通常の設置場所である城壁の上は、国境付近に比べて低い。なので、せっかくの投石機も、このままでは打ち上げるかたちになる。そうするとどうしても飛距離が出ない。
届かない攻撃に意味はない。
結論として、唯一国境付近とほぼ同じ高さっぽくて、この砦の中で一番国境側にある、あの塔の上が設置場所としてはうってつけなんである。
しかし、隊長二人だけでなく、騎士隊の面々やアロイスの部下さんたちも難しい顔のままだ。
「効果的なのはわかりますが、塔の中を通して運ぶのは難しいのでは?部品に解体しても一つ一つが非常に堅く重い、頑丈な木です。あの狭い階段を持ち上げるのは……」
「ならば、階段を通らねばよかろう?」
「なんですと?」
むこうの世界で急激な経済発展をしている都市にいたときには、建築中のビルの最上階部分に、でっかいクレーンがつけられてたのをよく見かけたもんである。
で、今回はそれを巻上機とか轆轤とかいう器械でできないかと思ったわけですよ。
動力源、人力。
とはいえ高いところに物を運ぶのに、わざわざ全部手で運ぶなんて必要はなくなるし。
「まあ、塔へ何かを運び上げているというのが見えるのはあまり良いことではないからの。どうしても階段を通せない長い木材のみに使うことにすればよい。重いだけならどうとでもできるのでな」
「……なるほど、そうでしたな。魔術師ならば、そのようなこともできるのでしょう」
納得している隊長二人の背後で、魔術士隊が「ムリです、できません!」という顔で一斉に首振り扇風機と化している。
微風なんて魔術を使わなくても起こせそうな勢いに、さらにその周りにいる兵士たちが生ぬるい目になってるよおい。
ま、重量軽減というのは魔術というよりも、グリグのやりかたを見て覚えたあたしのアレンジあっての魔力の使い方だしね。彼らが使えなくても無理はない。というかやれと言う方が無理案件だ。
でも使える以上はなんでも使いますよあたしは。
これ以上死にたくないから。
「いや、魔術士隊には別のことをやってもらう。重量軽減をするのはボニーじゃ」
「……何を企んでおいでですかな、賢女どの?」
カシアスのおっちゃんが、にやぁっと笑った。なにその髭まみれのくせに小学生男子がいたずらを考えてるような顔は。
グラミィも同じような笑顔を返すのはやめい。
「企んどるとは人聞きの悪い。アロイスどのの望んだ通り、『王都の援軍が届く前』に、『敵が国境を超えたところ』で、『逃げ帰ってくれるような状態』を作るために必要な一手と思ってもらえんかのぉ?」
まず投石機の魔改造からとりかからねばならんというので、昼食後は大工仕事から始まることになった。
そのせいなのかどうなのか、テーブルに並べられたのは朝食よりもちょっと品数も増えた料理だった。肉や野菜を置かれた堅いパンは、皿がわり兼主食だ。副食を食べ終わったところで出てきたスープに肉汁が染みたパンを放り込んで、ふやかして食べるものらしい。
食事ができないあたしは、その間に投石機の魔改造に必要な情報を整理するようにと言われている。
無茶ぶりもいいところだ。
あたしはまだこの世界の字が読めないし書けないっての!
それに、もとの状態の現物か設計図ぐらい見ないことにはどうしようもない。情報が把握できないと困る、とグラミィ経由で伝えたところ、アロイスの部下さんたちが昼飯前の仕事とばかりに人海戦術で各部品がバラバラ状態で寸法を書き込んである図だけでなく、組み立てた状態の図まで探して持ってきてくれました。
書類管理がきちんとされているのか、それとも個々の事務処理能力がすごいのか。文官顔負けである。
騎士やその従士ですらここまでできると見せつけられたアレクくんの顔色がまたちょっと変わってたけれど、まあ、がんばっておくれ。
がんばらなければならんのはあたしも同じだけどな!
弾道計算なんてもん、どうやればいいのか、なんて知らん。あたしは生粋の文系なんだ。
なので、力学の知識なんてものは記憶の彼方に大半は消し飛んでる。それも中学レベルである。
まあそれでも知識は集めればなんとかなる。はずだと思いたい。
……えーと、今の飛距離の約1.4~1.7倍にしなければいけないということは、単純にてこの原理的に考えるならば、錘の運動エネルギーを飛距離に変える柄の長さもそのくらい伸ばさなければならないということになる。
それだけでどうにかならんかもな、これ。
そんなに長くて頑丈な材木が用意されているなんて思えないし、間に合わせとかいって生木を無理矢理切ってきても、扱いきれるかどうか。
当初考えてた案は、柄の部分を長いものに変える、というものだけだったんだが、代替案を考えておいたほうがいいかもしんない。
んー……長さを補う方向でいくなら、先端のおたまみたいなところ、弾や土砂を込める先端に、弾を入れた紐をひっかけておいて飛ばすようにするやり方があったかな。個人携帯用の投石器を棒の先端にくっつけた、スタッフスリングというものがあったと思う。
あれは腕の長さを棒で補うものだが、今の投石機の場合は柄の長さを投石器の長さで補うことになる。
それとも運動エネルギーを生み出すための錘をもっと重いものに変えるか、あたしが重量負荷を魔力で補うか……。
あともう一つ、いじれるとしたら外枠だろうか。
柄は外枠にぶちあたることで振り子運動を止め、中断された運動のエネルギーが文字通り抛物線状に弾を飛ばす。
外枠が投石機そのものの支持架と一体化しているので、今の状態では柄が地面と垂直になるまで止まらない。
だけど、斜めにした方が遠くに飛ぶはずじゃなかったっけかな。角度は45度だったか、75度だったか……?
〔なんですかそのピッチャーの物まね?〕
思わず腕を動かして考えてたせいか、グラミィからつっこまれた。
一生懸命考えてるんだよ!
懸ける命もあるのかないのかわかんない骨だけど。懸命にね。
しっかし……。グラミィ、あんたもなんでまた朝なみに大量の食事をたいらげてんの?工兵でもないのに大仕事に取りかからねばならん騎士の面々ならまだしもさ。
〔魔力タンク要員だからですよ?〕
なにそれ?
〔あの誓約の一件でも結構魔力を使ってますよね?ボニーさんのことだから、たぶんこの後もがんがん魔力使うんじゃないかなーと思って。必要になったら言って下さいねー〕
それは助かる。マジありがたい。
心話を交わしながら、あたしはがしがしと木炭のかけらで線を書き足していく。
主に横から見た組み立て図に、柄だけを伸ばすならこのくらいまで、角度をつけるならこれくらい、と書いていくのだが、文字など書けないので、長さや角度を表す記号をつけておくだけだ。
……表記だけ見れば、これも幾何学どころか合同や相似図形に首をつっこんだ中学生レベルだね。自分の理数系要素のなさにマジへこむ。
ま、まあ、そのあたりは隊長たちの経験知にたよることにしよう。
思いついた要素はとりあえず全部書きこんで……と。言葉での説明はよろしくね、グラミィ。あたしが思いついた案でも取捨選択は自由だからってことも。
〔わかりましたー〕
さーて、あとは……と。
あたしは指輪をちらっと見た。サージみたいな馬鹿が出てきても代理権などの条件を誓約に含めていない以上、あたしとグリグとの誓約をどうこうするということは他人には手を出せないはずだ。
が、その依代である指輪にちょっかいを出されてもおもしろくない。
というわけで、こっそり指輪は二つ作ってある。幸いというか、材料の粗砂はたくさんあったのもよかった。
右手の中指に嵌めたものは、わざと目立つように作ってある。
ちょっとしたメリケンサックなみの凶悪なトンガリ具合に仕上げたのだ。これで殴ったらダメージ高そうだよね~。
左手もやはり中指に嵌めてあるが、こちらはわざと薄く、その代わり骨の長さと同じくらいの幅に仕上げて、ほとんど目立たないように作った。
で、どちらも残ってた粗砂をさらに上からかけて干渉することで指の骨と接着、一体化させたのだ。
グリグの魔力もちゃんと両方に含まれている。どっちがダミーなのか魔術師でもわかりづらいように、という警戒のためだ。
これで両手の骨を同時に奪われるということでも起きない限り、あたしが誓約の指輪をなくすということは、まず起きない。
はずだ。たぶん。
だと、いいなぁ……。
それはさておき。
この後のお仕事にはグリグにも力を借りたいもんだが。
(呼んだ?)
おおう。
対面で心話してるくらいクリアな反応だ。これも誓約の絆によるものなのかな。
あたしから見て国境側の左ちょっと下あたりにほんのり温かみを感じる。距離はちょっとわからないが、慣れたらわかるかもな。
うん、呼んだ。グリグは今、どこにいるの?
(ここ)
心話とともに視界が180度以上広がる。感覚共有をした方がわかりやすいと思ったのだろう。
グリグが頭を動かすたびに鮮やかな深緑が広がる。森の中らしいが、風を感じているのも伝わってくる。
いいところだね。
(うん。グリグここ好き)
緊張はあるものの塔の上にいたときとは比べものにならんくらい、落ち着いた気持ちが伝わってくる。
やっぱり下手に住処から引き離さないで良かった。
と、そうそう。
グリグ、後で手伝って欲しい。あたしが呼んだら国境……じゃわかんないか、人が通る道にぐるっと取り囲まれてる、とんがった岩のとこまで行ってくんない?
(それだけ?)
……なんだかえらく驚いてるのが伝わってくる。なんでだろ?
でもとりあえず急ぎの用事はそれだけだ。
今のところは、それだけでいい。
頼まれてくれるかな?
(いい。わかった)
心話を切ってふっと思った。
飛んでる時もグリが視覚共有をしてくれるとしたら、リアルタイムドローン体験ができそうだなと。
しかし、問題が一つある。
グリグんは夜目が利くのかね?
あとで聞いておこうっと。
裏サブタイトルは「投石機魔改造」でした。
文系人間(?)が貧弱な物理や力学の知識で、弾道計算……。
無謀です。
というわけで、さりげなく異世界転生王道要素ぶち壊しをぶっこんでみました。
「チートは無理」
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