EX.無限から有限へ
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
複数の口から漏れる苦鳴は長く長く縒れ、言葉の糸となってゆく。
「どのようにして世界を人は認識しているかというならばまずは自我の問題であるしかし自我の構築は外的刺激を受容しうる感覚器と大脳の発達を待たずしてかなうものではないつまり精神的存在である前に人間は物理的存在としてのおのれを確立せねば自我の維持は不能である」
言葉は脈絡のない情報の洪水だ。苦しげに女怪の口は歪むが、洪水はなおも勢いを増した。
「星屑たちが自分の身体であるかのように乗っ取った身体を操れるのはタイムラグなしに身体を動かせるしかけあってのことでありそれを身体の持ち主の存在と考えられるなお喪心陣は身体の持ち主の意識レベルを低下させているがそれは逆を言えば知的能力を低下させたぶん行動能力に割り振っているともいえる」
「アバターとは行動的ゾンビの謂でありその中にプレイヤーが憑依しNPCとの交流を行うのがよくあるMMORPGの様式であるがその操作には習熟が必要でありより難易度の高いコンボ操作というものが必要となるしかしそのような習熟を自分たちが必要としないことをどう星屑たちは解釈しているのだろう」
「だ……」
「プレイヤーが行動的ゾンビの操作者であるならばNPCたちは哲学的ゾンビであると推測されるなぜならVWが現実に等しいほど精巧に作られるほどに矛盾が大きくなるからだその最大となるものはプレイヤーの存在自体だ馴染んだ者が一定期間は必ず姿をくらましあるいは二度とやってこないことを不気味に思い警戒しないはずがないからだ」
「矛盾を曖昧にする手段が単純思考に流れやすく位置づけた行動様式と人間の知覚操作であると考えるならば理解ができる人間すべてを意識的に知覚することも行動すべてに意味を持たせることもできない言い換えれば何も考えずに何かをすることが増えるように操作することは簡単である」
「だ……」
「自我の規定は言語化することはできないなぜなら言語は概念を示すものであり概念は一般化されたものでしかなくゆえに他の誰でもないおのれがなんであるかを表すことはできないつまりそれは自我の存在を外的に保証してくれるものはないということだ」
「黙れエエっつ!」
吠えた口の一つが肉片を吐き散らしながら吠えた。舌を噛みきったのだ。
「何をしたッ!」
「言ったとおりさ」
黒ローブが薄く笑った。見ればその口元は、歯も骨も半ば剥き出しの解剖模型状態から、じわじわと肉をつけつつあった。
だが返事をしたのは、黒ローブのその口ではなかった。
「あたしをまるごと食ってやると言い張ったんだ、ならどうぞはいあーんってね」
「やれるもんならやってみな。そう言ったとおり、あたしをあんたに喰らわせてやっただけだけど?」
「もっとも黙って大人しく喰われてあげるなんてこと、あたしは一っ言も言ってないんだけどねぇ」
ヘイゼルの頬にあった口が馬鹿にしたような口調でわめきたてる。その大声を止めようとしたのだろう。
だが女怪がぴしゃりと叩いたのは自分の顔だった。
「あたしを喰らおうというのなら、反撃されるぐらいは予測しておきなよ。お骨だったあたしよりも脳味噌空っぽなんじゃないのぉ?」
痛みに歪めたその顔の上で、額の口が嘲笑う。それに打たれた反対の頬の口が同調した。
「まったく、人の脳天から飛び出してきてアテナ気取りするくらいなら、よっぽどとんでもない真似でもしでかしてくるかと思えば、いやあしょぼいしょぼい」
「侵食して内側から気づかないうちに喰らわれてた、とかならまあ定番でも驚くけどさあ」
「こうも正面からくればがっちりやりあうに決まってるんでしょ」
「たとえば、相手の情報処理能力がシャットダウンしてしまうくらい大量の情報を送りつけてやるとか?」
次々と無数の口がわめきたて、ヘイゼルが動かしていた口が固まった。
「メール爆弾なの!」
「どっちかっつーとDDoS攻撃の方が近いと思うんだけど……ま、原理は同じだね。サイバー攻撃のノウハウ万歳」
律儀に返答すると、黒ローブの口元にはさらに悪い笑みが浮かんだ。
「さあて、どっちの情報量が多いかね?同じ身体を共有すれば、人格は情報量の多い方に統合されるとかあんたも言ってたけど?」
「そもそも単なるジャンクデータしか送らないとも言ってないしね」
「ウィルス送ってデータの書き換えしているかもしれないねえ。逆ハックなんて自我を直結してくれたらこんなに簡単に仕掛けられるんだけど」
「ほんと、なーにも考えてないだもん。まあ脳天なんてところに口があるくらいだし?脳なんてなくてもしょうがないよね」
「だいいち、胃袋の中に自分自身も入ってるってナニ?疑似餌にしても意味なくない?」
「チョウチンアンコウだってそんな馬鹿な真似をしないってえの」
「しかも疑似餌に感覚器を一極集中させとくとか。そのせいでグラミィの身体を地上に還すのも防げなかったんでしょ?」
複数の口が一斉に笑った。それもヘイゼルのように同じトーンでゲラゲラと笑うだけではない。
まるで複数の人間が一斉に笑っているような憫笑が。嘲笑が。失笑が。嗤笑が。
黒の月にこだまする。
「なんで、こんなに手こずらなきゃならないの!おとなしく喰われなさいよ!」
「やなこった」
ばりばりとヘイゼルが顔の口を噛み鳴らすと、一転して嘲声は過冷却水のように変わった。
「喰う気はあっても喰う覚悟はない。いや喰う覚悟もなかったんじゃない?」
「喰う覚悟も喰われる覚悟もなくて、よくまあ喰らってやろうなんて啖呵をきったもんだ」
「絶望させて抵抗力を削ぎ、そのプロセスすら愉悦とする」
「そのワンパターンなやり口からして、おおかた力任せのごり押しで挫けるような相手しか喰ってなかったんだろうけど」
「つまりなーんにも成長してないってことだねえ。あんたは」
「そんなに落ちてきた自分自身が羨ましかったんだ?」
「あんたに何がわかる!」
「わかるさ」
目の形の口をぱくぱくさせて――おそらく睨まれたのだろう黒ローブは、せっかく取り戻した顔の肉をさらに悪い笑みに歪めて、自分の口も開いた。
「推測ぐらいはできるのよ。何があったか。あんたが何をしたかぐらいはね」
「イニフィティアヌスの手記を読めばね」
女怪の舌が止まった。
「手記の日付からしてすべての満月の重なる三重合の直前、つまりあたしとグラミィがあの世界に落ちてくる少し前まで彼は生きていた」
「年老いて体調の悪化した彼は自覚していた。じきに自分があんたを遺して死ぬだろうということを」
「それはつまりヘイゼル――無自覚かどうかは知らないけれど、強力な魅了の魔眼の使い手を野放しにしてしまいかねないということ」
「生活に関することすべてを、イニフィティアヌスは一人で先回りしてやっていた。それはあんたに何もさせず、誰にも接触させないため」
「そして何も学ばず、無能であり続けるように誘導するため」
「「「それは愛ではなくただの計算」」」
「だけど自分が死んでしまったら、あんたがどう動くかわからない」
「だからイニフィティアヌスは保険をかけた」
「一つは手記。自分の死後、あの館に来た誰かにあんたを始末してもらうため、事の経緯と有用と思われる情報をまとめ書き残した」
「そしてもう一つは――あんた自身にしかけた」
「あた、しに?」
迷子のような声にもためらわず、黒ローブは言葉の毒杭を女怪の心臓に打ち込んだ。
「愛するというのは相手をすべて信じることじゃない」
「だけど愛されていると相手に思わせることができれば、信じさせることはたやすくなる」
「だから、どうするべきか。教えたんじゃない?――ぷちストーンヘンジの存在を」
「あたしも最初はお墓かと思ったんだけどねー。じっくりとっくり調べてわかったよ。あれは森精の遺物、魔術陣の一つだね」
「きっちり隠蔽陣まで仕込んであったせいで、うっかり間違えるとこだったわ」
びくりと女怪は身を竦めた。
「イニフィティアヌスはその発動方法をあんたに教えた。『長年解析を進めていた魔術陣が、老人を若返った状態で甦らせることができるものだと判明した』とか伝えれば、喜んで発動に協力するだろうし」
「なにせ魔術陣は、魔術師でなくても十分な魔力があって、方法さえ理解していれば、発動させることはできる――使いこなせるかは別物だけど」
「っな」
ヘイゼルは喘いだ。
「何を証拠に。そんなことを言うの!」
「たしかに手記には『あんたになにを指示したか』までは書いてなかったよ」
黒ローブは冷静に頷いた。
「だけど最初にあんたの身体に入っていたグラミィを見た時、えっらくきらきらした霞の粒のようなものを漂わせていたのよ。そしてそれはあのぷちストーンヘンジの場所もだった」
「あれは、魔晶――物理化するくらい濃密で純粋な魔力の細かい粒子だ」
「それも残滓だけで落ちし星の膨大な蓄積容量すらオーバーフローするくらいの量の」
「物質を魔力に変換させるような術式でも顕界しない限り、あんな純粋な魔力が一つところに、一人の人間に、長時間滞留することはない」
「それからこれ、なーんだ♪」
黒ローブが指輪を取りだして見せると、女怪の身体がはっきりと硬直した。
「暴いたの!」
「掘り返しまくるまでもない。構造解析の術式を使えばどこに何が埋まってるかぐらいはわかるんだよ。――もっとも、他の場所にも使いまくったからある程度のことはわかる。イニフィティアヌスの遺体がどこにもなかったこともだ」
「この世界の墓は――というか、人間の埋葬は基本的に土葬だ。むこうの世界レベルの火葬にしたって、お骨の欠片もなくなるってことはほとんどありえない」
「あんたが魔力をぶち込んで爆散させれば、たしかに一人分の人体なんて破片も残らず微塵に吹き飛ぶでしょうよ」
「だけどあんたはやらない。――いや、やれないよねぇ?」
「この世界に落ちてきた直後。捕獲しようとしてきた赤毛熊の氏族の人々を爆殺したあんたでも」
「自分を愛していた――と思ってた人間の身体を粉砕するとか」
「ならば一足す一は二。あんたの行動理由はあんたの定めたものではない」
指輪を己の指に嵌め、黒ローブは続けた。
「あの魔術陣はあたしも解析に時間がかかった。魔力吸収陣を組み込んだ複合陣形を知ってからようやくわかったけどね」
「まさか『ロスなく人間一人分の生命を魔力に変え』『その魔力であのぷちストーンヘンジ内にいる生命体を闇黒月に転送する』ものだったとは」
「そいつを発動させようというのがイニフィティアヌスの意思ならば」
「その意図は自分を魔力に変えて、あんたを闇黒月に送り込むか。それともあんたを魔力にして、自分が闇黒月の虜囚となるか」
「いずれにせよ、あんたを二度とこの世界に干渉できないようにするため」
「直接敵対行動に出られないのなら、せめてこの世界から追い出そう――自己犠牲も織り込んでやりきるとは、すさまじい覚悟だね」
憂鬱そうに黒ローブはヘイゼルの腕を掴む指に力を込めた。
「だけど、イニフィティアヌスが見落としていたことがある。たしかにこの闇黒月は世外に近く、地上に直接影響を及ぼすことは難しい。だけどそれはこの闇黒月の中では地上の理は通じず、おまけに他の世界により近いということ」
「だからあんたは生き延びた」
「だからあんたは別の世界の自分自身を喰らった。彼女たちがそれぞれの世界線で選択し、それによってさらに分岐し、生じていくはずの新たな平行世界の存在ごと」
反対の腕もみちりとつかみ止める。
「周囲の世界から維持に必要な魔力を集める闇黒月の性質も災いしたのかね?それを使ってあんたは地上からは魔力を喰い――他の世界からは、地上に落ちるはずだった星を、それも平行世界の自分自身だけより分けて黒い月に引き寄せた」
「自分自身食い放題って。人外のグルメかな?なあ、三重合の夜に何度も因果の糸を引き寄せて、自分を取って喰らう土蜘蛛の眷属。――だからあたしは、グラミィをためらいなく戻せた」
溜息に、じわりと黒い熱が籠もった。
「あんたがさんざん平行世界を引き寄せていてくれたおかげで、グラミィのもといた世界とそれから分岐する世界はずいぶんと近くにあった」
「おかげでグラミィを戻しやすくてねえ。――いろいろ小細工ができるほどに」
「ああ、あんたがわざわざ気にしてくれていたことだが、池に石を投げれば波紋ができるのは当然のこと。グラミィを戻せばどの時点であれ、ifはさらに分岐するんでね」
「たしかにグラミィを戻した世界では、5年前のグラミィはもう存在しない。できない。だけどグラミィを戻したことで生じた、『グラミィを戻さなかった世界』では、そっちのグラミィも変わらずに存在し続けていることになるんだよ」
「いやあ、心配してくれてありがとう?」
毒のたっぷり籠もった言葉に、シューッという、怒った蛇のような音がどこの口からか漏れた。
「そう怒りなさんな。むしろあんたは彼女に感謝するべきだ」
「感謝だって?」
「グラミィがあたしを汚い大人と認識してくれてたことにさ。――おかげであたしには枷ができてた。彼女に観測されないよう、ただの汚い大人と認識できる範囲に収まりきれるような言動をなすべき、というね。――だから彼女の前ではおとなしくしてたのよ。あんたと喰い合うときもだ」
ヘイゼルに返した笑みは言葉の熱とは裏腹に、触れたら凍てつき寸断されそうなほど、冷えた鋭利なものだった。
「やろうと思えばあたしはもっと汚いことができる。そうやってあたしはあたしの世界で生きのびてきた。あんたがイニフィティアヌスに白馬の王子さま役を強いて、無垢なお姫さま役になりきって、この世界ですごしてきた一方で」
「ほかの平行世界の自分自身たちだって、それぞれの人生をそれぞれ懸命に生きてた。――あたしはね、これでも怒ってんだよ」
「なにを」
「あんたが他の世界の自分自身を喰らい尽くしたことにだ」
わけがわからないという様子の女怪に、黒ローブは激情を込めてさらに言葉の剣を振るった。
「一つの選択は選んだ選択肢以外に存在した『ありえた可能性』を否定し消し去ることであり、そうやってすべての平行世界が自分を唯一無二として進んでいく。――そいつは、その世界の中にあっての自己責任だ」
「だけど、他の平行世界の自分自身を喰らい取り込むのは、他人に自分のデメリットを押しつけるのと同レベルでしょうが!」
後ろに下がろうとする足をヘイゼルは懸命にとどめた。
「そりゃあ他人を食い物にする心性も、見たことないわけじゃないからわからないわけじゃない。だが別の世界の自分にその負担を押しつけ食い物にするのは間違ってる――なにせ、平行世界の自分自身は、文字通り住む世界が違う存在なんだから」
「……なにちょっと上手いこと言ったような顔で言ってんのよ!あたしのものをあたしが使って何が悪い!」
ヘイゼルの憤懣を、黒ローブは鼻先で嗤い飛ばした。
「あたしのものだと言い張るなら、そもそもあんたは平行世界の自分自身のどこをどう喰らって、何をしてきたわけ?」
「どこって」
「グラミィへのやり口見てれば、他の自分自身も絶望させてから喰らってたんだろうけど。その感情だって上澄み程度なんじゃない?」
「そうでなけれりゃ魔力源か演算組織ぐらいにしか思ってなかったんでしょうけど」
「また見てきたような。……あんたが何を知ってるっていうの!」
「あんたをみればわかる。イニフィティアヌスをまだ愛している、あんたがそう思い続けていたのがいい証拠じゃないの」
「どういう、意味」
「あんたが自分自身を喰らい続けた意味はなんなのか。それを考えただけ」
ぎり、とヘイゼルの牙が軋む音が重なった。
「あんたは、グラミィが使ってたあんたの身体の代わりに、喰らった相手の身体を使ってた。魔力補給のために、他の世界の自分自身を消費した。それはわかる。だけど人間は米粒じゃない」
「自分の存在を維持するだけなら、どんなに備蓄が必要だったとしてもあんなに犠牲者はいらないのよ」
「――つまり、それ以外のところで、魔力なり人体なりを必要としていたということになる」
黒ローブの人物の顔に、もはや傷はない。
異形と化したヘイゼルの顔を凝視ししたまま質問は放たれた。
「ねぇヘイゼル。あんた、どれだけこの世界のループを繰り返した?」
びくりとヘイゼルは無言のまま身を震わせた。
「矛盾があるのよね。グラミィが入る直前まで、あんたの身体をあんた自身が使っていたのなら、この闇黒月の中に、あんなに犠牲者の残骸が積み上げられているというのはおかしい」
「で。その矛盾を解決する方法があるとしたら、むこうの世界の異世界ものでもよくあるご都合テンプレ、一定時間内でのループってやつなんだろうと推測がついた」
「ただし同じ時間軸の中で行ったり来たりを繰り返してるわけじゃない。時を戻せばそれまでに得たものすべてを失う、というのがループものの定番」
「知識なら脳内の妄想として片付けることもできる、それこそ蝶の羽ばたき程度の僅かな変数。だけど功績や物理的な蓄積が発生するというのはまずない」
「だのに、闇黒月の中には犠牲者の残骸が綺麗に片付けられていた。あまりに大量すぎて、魔力というリソースにするためのストックかとも思ったが、あの綺麗さはコレクションやトロフィーという位置づけの方が理解できるけど」
「つまり、あんたは平行世界にある地上とこの世界の闇黒月を往復することで、それだけの犠牲者を出すほどの疑似ループを起こしていたということになる。おそらくはあんたが地上に落ちてきてから闇黒月の中に戻ってくるまでの間隔で。――違う?」
ヘイゼルは無言のままだ。
「『反応すれば情報が読み取られる』って学習したみたいね。別に黙ってたって反応が全部消えるわけじゃないんだけど。――まあいい。むこうの異世界ものでループを組み込んだ話はけっこうあったけど、読むたび疑問に思うことがあったんだよね」
「『なぜ嫌なことばかり繰り返すんだろう』ってね。『どうせ何度も体験するのなら、失敗事例の試行錯誤ではなく、成功事例を飽きるまでリプレイしたほうが楽しいのに』」
「――もっとも、そんな話を作ったら話は展開せずキャラクターは成長しない。山もオチもあったもじゃない。ゆえに作品としては存在しなくて当たり前」
「でも、ただの目標のない逃避行動として考えるなら――ありそうで、やりそうな失敗」
「ええそうよ!それのどこが悪い!」
ヘイゼルの顔にある元の口から白いものがこぼれていく。牙の欠片だ。
「ハッピーエンドを求めて何が悪い!幸せになりたくて何が悪い!お気に入りの話を読み返すように!何度でも、幸せを感じたかったから!ここはあたしの世界だから!」
「それが、間違い」
低い声は絶対零度にまで冷えた。
「ここはあんたの世界じゃない。思い通りにしていい権利なんてひとっつもない」
「残機代わりに他の世界の自分自身を消尽し、何度試行を繰り返したかはわからないけど、あんたはぜんぜん変わっていない。イニフィティアヌスを盲愛したまんま。――だから、あたしは気がついた。あんたがずーっと止まってることに」
「いわないで!」
女怪は目の口を閉じた。
「いいや、言うさ。ループってのはメビウスであろうがなかろうが、かならず出発点に戻ってくるもんだよ?」
「変わらない、変われないということは成長しないということでもある。そうでなければ愛だと思っていることに固執などするものか」
「永久不変の愛なんてもんは、生身の人間が背負えるもんじゃない」
断言した黒ローブは邪悪に口角を吊り上げた。
「もっとも、あんたは『実は愛されるどころかずっと憎まれていた』と知ってしまった。ループはもう役に立たない――さあ、どうする?」
「あたしは……!」
白いワンピースの女性は、欲望を吐き出した。
「あたしは、もういらない。愛してくれないものなど、消してしまえばいい」
「そうしてすべてを上書きしてあげる。あたしを愛してくれるあのひとが出てくるまで!」




