一夜漬け準備の作戦会議(その4)
いや~、年度末は忙しいですね。
大変お待たせしました。
「あの、骨どの?ご無事……なのですか?」
心配してくれてありがとね、おっちゃん。
……そっか、火球とかの攻撃魔術で反撃してなかったから、結構一方的にやられてるだけに見えてたのかもしれない。
囮として行動することに、物理的には存在しない脳味噌を振り絞ってたからねー。
……いや、その前に。この塔の上で攻撃魔術を使うんなら、数秒後に消失するように術式を組まなかったら大惨事になるから。
打ち上げるくらいならまだしも、氷弾や火球を打ち下ろしでもしてみろ。敵が攻撃してくる前に、味方っぽいなにかであるはずのこのあたしが、城を燃やすとか穴だらけにするとかなんの冗談だ。
ただの利敵行為にしかならんだろうが。
「生け捕りにするばかりか、よもや手なづけるとはのぉ」
「いや、しかし!」
ボニーならばたやすく下せると思っておったがの、と付け加えたグラミィにカシアスのおっちゃんが目を剝いた。
「信用できますか、賢女さま。手なづけたとはおっしゃいますが、野の鳥や獣ですらそうそうたやすく人には慣れません。まして、魔物がひとたび捕らえられた程度で従うのでしょうか」
うーん。アロイスの疑問も確かに正しいんだよねー。
〔どうしますか、ボニーさん?〕
とりあえず印象操作でもしとこうか。
ほれ、鳥。あたしの指にあわせて頭を下げなさい。そうすればいいことあるから。
(?わかった)
キュルイ、と見た目よりかわいい声で鳴きながらぺこりとお辞儀する鳥さん。
……うーむ。四本足というところが見慣れんなー。
「ほお……」
「なるほど、これは。確かに狩りに使うフェーラよりも人慣れして見えますな」
複数の目から一気に非好意的なものが減った。
それに反応してか、鳥の方もゆっくりと冠羽が畳まれていく。
(これ、いいこと?)
まあ、その一部だね。睨まれるより落ち着けるでしょ?
馬たちもそうだが、彼らは同族だけでなく人間の感情にも敏感に反応しているらしい。敵対する意志や不穏な気持ちを持っていれば向こうも落ち着かなくなるし、逆もそうだ。
……怯えさせた骨が何を言うかなって?しょーがないじゃん!
向こうが餌扱いで襲ってきたんだもん。悪すぎるファーストコンタクトは不幸な偶然だったね(過去完了形)ってことにしとこう。
「では、こやつはボニーに預けるということでよいかの?」
「それがしは構いませぬ。アロイスはどう思う?」
「フェーラのようには我らが扱えそうにもありませんね。賢女さまがよろしいとお思いならば、大人しく引き下がることにいたしましょう」
あんがと、グラミィ。うまくまとまって何よりだ。
〔で、これ、どうすんですか。魔力をあげるとか言ってましたけど、そこまでして手なづけなきゃならない理由でもあるんですか?〕
いや、だって、いろいろ理由はあるでしょ。
空が飛べて、意思の疎通ができて指示を聞く、というだけで、使い勝手よさそうだし。
だけど、あたしの意志に従ってもらえないと、それ以前の話になる。
一応言質を取ったというか言うことを聞かせられる状態にはなったんだけれども、これは言ってみれば口約束レベルの状態だ。
野生動物の本能で動いてるから、魔力量の差と、あたしに一度負けたってことで大人しくなった、ってことになってくれればそれでもいいんだけど。
今ここであたしが心配してるのは別の人間にも負けることがあるかもしんないってことだ。それこそ敵を攻撃するよう命令しといたら、知らんうちにそっちの魔術師に返り討ちにされて、向こうに付いちゃう、なんてことになるのが一番まずい。
つーわけで。まずはこっちに逆らえないようにしたいんだよね。
なんかいい方法ないかね、グラミィ。
真名の誓約だっけか、あれくらい強制力のあるものだといいんだけど。
〔知らないことは知ってる人に聞きません?せっかく近くにいるんですし〕
「ベネティアス。魔物との誓約はどうすればいい、とボニーが訊いておる。教えてやってくれんか」
「……申し訳ございません。わたくしも、そこまで特殊なものについての知識はございません」
困った顔でベネットねいさんが首を振る。
エクシペデンサ魔術副伯爵家組は……あ、だめだこりゃ。展開についてこれてない。
「ならば、一般的な誓約はどう行うんじゃったかのぉ。真名の誓約とか言うておったか、あれに使っておった媒体は今すぐ手に入るものかの?」
「媒体……とおっしゃるのは誓紙のことでしょうか。あれは、魔術をもって主君に仕えることを誓約し、魔術士となる際にのみ使われるものですから、おそらくこの砦にはないのでは」
「確かに、この砦にはございませんな」
だよねー。魔術師が一人もいなかったもんねー、ここ。
領地防衛の要の一つである国境の峠の砦だというのに、戦力不足でもいいと思われてたのがよくわかる扱いだ。
平和ぼけもいいとこだわ。そりゃ腐敗もするのかね。
「ただ、誓紙は誓約に関わった者――提示者も受諾者も含めますが――の魔力を固着させることで、誓約の受諾者に誓約内容を履行する対象を特定づけるためのものですので、使わずとも誓約自体は可能です」
……えーとつまり、誓約の対象自体は誓紙の存在によって固定されていると。
例えばそれに、何らかの条件下で、ある資格者に代理権を与えるということも盛り込めば、代理権が行使できる、ってことになるのかな。
下手をすればサージがやったように、王や国への従属の誓約が、代理権を持つ人間へのそれにすりかえられるとか。
……抜け穴だらけでしょ、それ。
んなもん、危なくてこんなところで使えないわな、そりゃ。
数段階のセキュリティがかけられてるのかも知らんが、代理権なんてもんは、そうそうほいほい与えちゃいかんってのがよくわかったよ……。
「ふむ。ならば誓紙以外に必要なものを揃えねばならんの。アレクサンダー。必要なものはなんじゃったか。答えられるかの?」
「はい!魔力と真名です。誓約の提示者は誓約条件とともに魔力を与え、受諾者は忠誠の証として、自分の一部と真名をもって受け取ります」
自分の一部?
いきなりスプラッタな単語だねおい。
具体的にはどういうことよ?
かくりと頭蓋骨をかしげてみせると、ベネットねいさんが補足してくれた。
「提示者の魔力と混ぜ合わせ、固定するために魔力の多いものを使います。一番良く使われるのは血ですね。誓紙を使う場合は血判という形になります。次に髪の毛ですが、これは誓紙を使う魔術士などの誓約より、王族や貴族の婚姻に使われるものが多いと」
「はい、そこから先はわたくしがご説明いたします!」
貴族のことというだけで胸を張るなよ、エレオノーラ。確かに魔術士隊四人の中で、かろうじて貴族階級の端っこにひっかかってると言えなくもないのはあんただけだけどさ。
「貴族の婚姻の際には、相互に誓約を提示し、互いに受諾します。その際には揃いの装飾品を作り、二人の髪をより合わせたものをその空洞に納めたものを使います。装飾品は最近では指輪が一般的ですが、ブレスレット、ブローチ、メダリオンなども使われますし、古代の王と王妃は互いの冠に誓約を込めたとも伝えられております。また装飾品の紋章も時代の変遷とともに変化がございまして」
ようやく自分の輝く時がキター!とばかりにべらべらまくしたてられても困るだけなんだがなー……。
グラミィ、視野狭窄気味で自分のことしか見えてない彼女の相手は任せた。
〔任せないでくださいよー!〕
あたしだってやることあるんだもの。適当に相づちでも打っておけば、喜んでいっぱい喋ってくれると思うよ?
そこから有益な情報が得られるかは別だろうけど。
〔ちょっとぉぉぉ、ボニーさん!〕
さて。尊いグラミィの犠牲でわかったことを整理してみよう。
まず、やはり真名というのはそれだけで超重要なものらしい。それも魔術師だけじゃなく、王族たちまで束縛するものとして見られてる。これはちょっと覚えておいた方がいいかもしんない。
さらに、魔力の混合、というのが誓約には必要不可欠なようだ。
それも生の魔力じゃうまくない。
いや、生でもいいのかもしれないけれど、それでは魔術師でもなければ目に見えないようだ。
他人にも見えるようにしておきたい、しておかなければならない誓約の場合には、自分の一部を使わないといけないんだろうなー。
でもあたしの一部って、骨だし。
小指の先の骨とか外して使うのは、できなくはないかもしれないけどよろしくなかろう。
最終的にはシルウェステルさんのものはルーチェットピラ魔術伯爵家にちゃんとお返ししなけりゃならないと思ってるし、そもそも誓約のたびにミが削れてくってどーなのよ?
……ふむ。やってみるか。ぶっつけ本番だけど。
あたしは右手に魔力の塊を創り出した。粘土を作成した時の数倍の量だ。
それに気づいたのか、エレオノーラの声ももさすがに止まった。
そんじゃ、鳥。あたしの誓約を受け入れて、このおいしそーな魔力を少しずつでももらうか、それとも断って焼き鳥になるか、どっちがいい?
(骨こわい。魔力欲しい)
受け入れるのね。いくつか条件を出すから、それでいいと思うなら羽根を一枚ずつおくれ。
(わかった)
よし。
あたしは魔力の塊を分けて指先に纏わせた。
まず一つめ。あたしとグラミィの命令には必ず従いなさい。あたしたちがこの砦を離れても、あたしたちと離れることがあってもだ。
〔ちょっと待って下さい!連れて歩かないんですか?〕
あのね、グラミィ。連れて歩いてどーするよ。
あたしは敵が攻めてくるっていう、この場がしのげればとりあえずはいいんだ。
もっとはっきり言うなら、必要な時に必要なことにちゃんと役立ってもらえれば、それでいい。
というかね。連れて歩けばそのぶん餌代もかかるんだよ?
あたしもグラミィもほぼ文無しだ。カシアスのおっちゃんたちに頼るにしたって、この大きさの猛禽類が食べるに困らない肉を、そんなにずーっと用意できるとは思えない。
〔う……それは、そーですけど……〕
なにより人間食べるーとか言い出したら困るのは、飼い主扱いになるだろうこのあたしだ。
ついでに言うと、魔力も全部あたし頼みにされても困る。あたしもグラミィ頼りになるかもしれんのだし。
それにね、下手に王都とかに連れてってみ?
他人が持ってる魔晶でも発見したとたん、いただきまーすとかしそうだよこいつ。食欲と行動が直結してそうだもん。
だったら縄張りっぽいここの森かに置いとけばいいじゃん?
平穏に生活できてる場所からわざわざ引き離すのもどうかと思うし。
……それとも、グラミィ。あんたは向こうの世界から引き離された時と同じ気分を、こっちの誰かに味わってもらわないと気が済まんって?
〔そんな!そんな、つもりじゃないですよ……。ボニーさんがいいんなら、あたしはそれでいいです〕
わかってる。心情的に無条件に信じられるような味方が欲しいって気持ちはあたしにもあるから。
でも、適材適所って言葉はたぶんこの世界でも正しいはず。だったら能力にあわせて扱ったほうが、あたしたちにも相手にも負担にならない以上、味方で在り続けてもらえやすいと思うよ。
さて。鳥はこの条件を受けるかい?
(わかった)
人差し指に集めた魔力の塊をひょいと啄むと、鳥は自分の胸から羽根を一枚引き抜いてよこした。
これで誓約は一部成立、ってことになるのかな。とりあえず指の骨の間に挟んでおこう。
……を?
羽根の魔力とあたしの魔力が呼応してる。これが誓約の効果か。
魔力の流れを辿ってみると、羽根を通してあたしとこいつとの間にラインが結ばれてることがよくわかる。
これは遠くからでも呼びかけたり干渉することができる、ということか。
目を借りたりということは馬たちにもしてもらったけれど、その時の結びつきよりももっとしっかりした、やりとりする情報量も多くできる気がする。ひょっとしたら馬たちよりももっと遠くからでも、いちいち許可してもらわなくても全感覚共有できるんじゃないか、これ。
ちょうどいい。あたしが考えてた目的にぴったりだ。
んじゃ、二つ目の条件行くよ。あたしとグラミィの問いには、常に偽りなく不足なく答えなさい。
(いつわり、なに?)
……やっぱりか。
馬たちとのやりとりでなんとなく感じてたことだが、彼らには嘘をつくという概念自体が、おそらく、ない。
たぶん、同種族同士の意思の疎通の一部に心話を使ってるからなんじゃないかな。
彼らの心話は感情が伝わりやすい。強いものなら異種族の感情ですら共有しかねないほどだ。
あたしに対しては興味だったり好奇心だったり、最初から肯定的なものを向けてくれたから、こちらもほっとしてうまく心を開けた、というか心話も向けやすくなったんだけどね。
しかし、それは嘘をついたらすぐにばれるってことでもある。嘘発見器つけて会話してるようなもんだもん。
だから、彼らとの情報伝達での問題は、嘘じゃないけど本当のこと全部でもない、「情報の一部を隠匿する」というやり方だ。
これ、わざとやるとなると、嘘をつくのとおんなじで心話の都合上違和感が出るからすぐわかるんだけど。無意識だとめちゃくちゃ困る。忘れられてても困る。後出しじゃんけんされて勝てるかい。
んー、条件を言い換えた方がいいかな。あたしやグラミィの質問には常に不足なく答えること、あたしたちが要求した時にはあんたの記憶を全部見せなさい、ということに。
もちろん鳥の答えた内容に満足すれば、そうそう無茶なことを言うつもりはないけどね。
(…わかった)
中指先から魔力を啄み、羽根を寄こす。また魔力の流れが少し太くなった感じがした。
よし。三つ目の条件だ。あたしとグラミィの許可なく、この砦の中にいる人や物を襲うな。魔術師や魔晶ももちろんだ。馬もダメだからね。
馬も、とわざわざ付け加えたのは、たしか鷲獅子ってのは馬を襲う習性があったという記憶がほんのりあるからだ。
むこうの世界の知識なんで、こっちの常識と同じかというとちょいと疑問だし、そもそもこいつは鳥として見ればでかいが、でかくて足が四本あるってだけだけどな。
鷲なのに、四本足なのに、胴体はライオンじゃない!
よっしゃ見慣れたファンタジーキター!と思ったら、微妙に違うんでしょんぼりだったけど。
まあ、グリフォンではないんだから、この限りなくグリフォンのぱちもんが馬を襲った結果、ヒポグリフが誕生するとかいうことはないと思うんだけど、念のためだ。
馬たちはあたしにも友好的でいてくれる。傷つけるような真似はさせたくない。
(わかった)
鳥は薬指先から魔力を啄み、羽根を寄こした。
よし。この条件全部、一つでも破ったら焼き鳥にするかんね。
……焼き鳥かぁ……。
あ~、キンッッキンに冷えたビールで焼き鳥……おいしかったんだよねー。塩だけの味つけでもこう、脂のうまみが回って食べ応えがあって……。
むこうの世界にあったものをしみじみ懐かしんでいると、鳥の冠羽がまた逆立ってました。
いやだから。そっちが誓約を破らない限りしないってば。
それじゃ最後に、お前に名前をあげる。
真名と魔力、その両方をもってお前を縛ろう。
といっても、無理難題を命令することは基本的にはしないつもりだからね。メインの目的は、あくまでも敵対しないためのものだから。
うーん、何がいいかなー……。
残念グリフォン、グリフォンもどき、グリ……
決めた。お前の名前はグリグ。
(グリグ。わかった)
小指の魔力を啄み、羽根を寄こしたグリグは、まばたきを一つするとクゥと鳴いた。
よし、これで誓約はできた。
この名前が真名扱いになるとすると、隠して置いた方がいいかなー。
んー。
愛称がグリュスということにしとこう。グラミィも覚えといてね?
〔そこまで複雑にしなくてもいいんじゃないんですか?〕
念のためだ、念のため。馬たちだって略称で普段は呼ばれてる。だったら彼らより魔力量の多いグリグにも、それ相応のセキュリティが必要だと思うから、ってことで。
あたしはグリグの足を固めていた石をばらばらにした。
術式を使うと、生成物が後に残る。
できるのは、さらにそれに干渉すること。
組成を脆くして、粗砂レベルになったところで右手で受け、術式を編み上げていく。
〔何する気ですか、ボニーさん?〕
ん?
誓約を目に見える形にしとこうと思って。
この粗砂はあたしが顕界し、さらに干渉して固め、また干渉したもの。
つまり、あたしの魔力の影響をもろに受けている。
そしてグリグを捕らえ、逃げられないようにする間ずっと密着していたもの。
だからグリグの魔力もある程度は受けている。
これほどあたしがグリグを束縛した誓約を示す材料にふさわしいものはないだろう。
右手の骨の隙間からこぼれることなく、粗砂は中にグリグの羽根を巻き込み、収縮し、みるみる形を変えてゆく。
……これで誓約の指輪のできあがり。左手の中指にでも嵌めとこうかな。
んじゃグリグ。あたしが呼ぶまで好きにしてていいよ。誓約を破らないようにねー。
(わかった、骨)
……誓約結んだ後も、やっぱし骨呼ばわりかい。
あたしの憤懣がほんのり伝わったのか、グリグは慌てて翼を広げると魔力を展開し、軽々と飛び立っていった。
「賢女さま、魔物を自由にしてよろしいのですか」
「問題はない。ボニーが名づけた上に、その指輪にこめた誓約で縛っておる。この塔の中の人や物に害は加えん」
ボニーの許可せん限りはな、とグラミィが付け加えるとほっとしたような、警戒したような表情をアロイスは浮かべた。
ストッパーとしてそんなにたよりなさげか、あたしは。
……頼りないよね、うん。どーせ骨だし。
でも見てろよ?あんたの部下たちを使いたおしてでも敵を押し返しちゃるからな。
国境の向こうに。
サブタイトルを「てのりまもの が あらわれた!」にしようかどうしようかと、ちょっと悩みました。
新キャラグリグ、鳥なだけに鳥頭っぽい残念な感じの子になりそうですが、どうか生温かい目で応援してください。
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