閑話 正体
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
「辿りついたらぁ、教えてあげるぅ」
「辿りついたら、とは……?」
耳が慣れてきたからか、このよくわけのわからない場のせいなのかどうか。
あれほど理解しづらかった言葉の内容がきちんと認識できるようになったのは、まあいい。
だけど。
ねっとりとした声が童女のような口調で言ってきたことを理解した途端、あたしはこれまで感じたこともないほどの激情にかられた。
いまだに身体の震えがあちこち収まらないのは、謎女性がまだ発している強圧のせいもあるのだろう。
だけど白銀の髪の毛がみんな逆立っているように感じるのは、激怒のせい。
名前を聞いているんだから、ちゃんと答えろよ!というつっこみにも似ているが、その一方で会話する気はないんかい、それともいたぶって遊ぶ気かというむかっ腹がどうにもね。
だけど、あたしは感情の嵐を表には出さぬように押さえ込んだ。
激怒と同じくらい、今だに身体を震わせ、髪が太りそうな恐怖。
イークト大湿原サイズのマグマの上に張った薄氷を渡りきらねばならないような、危機感。
なんなら声と口調のちぐはぐさに感じる困惑も総動員して。
なぜなら、謎女性の反応が違うから。
あれだけ苛烈に……というか、元ラドゥーンたちやボニーさんを自動作業のように、いや、蚊を叩く程度の無関心さで排除したのと裏腹に。
彼女はあたしという人間を認識している。
あたしが何を話したのか、どう動いているのか反応をしている。
ならばあたしにできることは、――舌を使ってとことん足掻くこと。
「……なるほど。正解に辿りついたらその通りだと教えてくださるというのですね、ありがとうございます」
こちらに必要な情報を拾い上げ、少しでも有利になるように流れを運び、状況を好転させること。
だからあたしは丁重にお礼を言って頭まで下げる。
相手が魔喰ライの王でも歯が立たない存在であることにも。ボニーさんを攻撃した相手であることにも、今は心を殺して。
「手がかりを伺うことも、何度質問しても必ずお答えくださり、間違った答えを出しても咎めぬという許しもいただけるとは。まこと、寛大でおられますな。感謝いたします」
しれっと条件を上乗せだってする。厚顔に振る舞うのも計算の内だ。
もちろん、相手が相手ですから。不快に感じたと思った瞬間、プチッとされかねないという怖さはある。
だけどその限界くらいは見極められなくて、何がボニーさんの相棒と自称できるものか。
これまでだって、あたしはボニーさんの舌人として、いろんな交渉……というか、文句の矢面に立ってきたんだ。それも魔術師を軽視しがちな騎士や貴族、自尊心でぱんぱんになっているような相手とだ。
だから、多少はプチッとまでの限界は計れる。そのはずだ。
ならばやりますとも。たとえそれが綱渡りしながらギリギリのタップダンスをするような真似でもだ。
なにより、この状況はあたしにとっても都合がいい。言葉遊びのたぐいなら、まだあたしでも対応ができるからだ。
だけどこれが武力行使、会話というなら拳と拳で語り合う肉体言語オンリーなんて状況にでもなってみろ。あたしが木っ端微塵に消し飛ぶ未来しか予想できないんだけど。
かといって魔術勝負に持ち込んだところで、これまた話にならない。
なにせ、わけのわからんあの攻撃の威力を考えれば、警告ぐらいの意味合いしか込めてないような突っつきでも、こちらからすれば当たれば死ねる即死攻撃にしかならないとしか思えない。
そもそも向こうはあたしの魔術も涼しい顔で無効化してしまうような相手なのだ。防御も攻撃も魔術頼りのあたしが、回避行動すらろくに取れるわけがない。
ならば今あたしのできる最良の防御は――魔術であれ、直接攻撃であれ、むこうに武力での攻撃を打たせないこと。
「では、質問をいくつかさせていただきとうございます。まずはあなたさまががどのようなお方であるのかをお教え願えませぬかな?」
かすかに怪物は笑って頷いた。
どうやらあたしのやり方は、今のところ悪い方向にはいっていないようだ。
表情はともかく、あたしが丁重に敬語で接するたび、どんどんむこうの機嫌が良くなってきているのが圧の減少としてわかる。
だけどあたしが今、敬語を使っているのは、敬意を表しているわけじゃない。交渉を円滑にするため、敬意を表しているように見せるため。
そしてなによりも、すべてを客観視し、頭を冷やして少しでも足元を固め、ちょっとやそっとでは力尽くでひっくり返すことができないよう、相手の心に根を張るため。
つまりは、より有利な交渉をするための手段でしかない。そう割り切れば。敬語は道具だ。
ボニーさんいわく、敬語とは彼我の距離を取るための言葉、なんだそうな。
だから良かれ悪しかれ身近だったり、自分と対等の存在であると思えば敬語は取れる。
逆に自分とは違う身分や立場、自分との縁が薄い相手には敬語が増えて当然。いきすぎると全部に「お」を頭につけたり何重にもつなげるという、みっともない使い方になるとも説明してくれたが、それはともかく。
「履き物をお召しになられぬのはなぜでございましょう」
「落としたからぁ」
「それは……。ご不便でしたでしょう」
軽いジャブがわりに気になっていたことを聞くと、予想外の答えが返ってきた。
どこで、とか、なんで、と深掘りするのはやばい気配がする。面倒がられるとそれが拒否につながり、拒絶は一度喰らったらそこでアウトになりそうというのが、どうもね。
けれど、アウトになったとしても、起こりうる一番もよくないことなんて、あたしが殺されるぐらいだろう。
ただそれだけのことだと覚悟すれば、それ以上の最悪はないと腹が据わる。
……もちろん、もっと最低なことだってありうるのはわかっている。
最悪の想定なんてもの自体が、自分を宥め安心させるための材料でしかないってこともだ。
それでも、あたしの持ち札はこれしかない。ならばこれが最高最強の一手だと信じて突撃するしかないのだ。
敬語が不正確?使えれば問題ないでしょが。
「おみ足を痛められてはおりませぬか?」
「大丈夫ぅ」
いたわりととったのか、さらに圧が減っていく。
……なるほど、気の毒がられたり、心配されたりすると、それだけで機嫌が良くなるかまってちゃんなのか。
ならばこちらから示すのは共感を五割増しにしてやればいい。
破れたルーズソックス一枚というほぼ裸足のような状態でも怪我をしていない、つまりそれだけ物理的に強いのだから、そっち方面で攻撃をしかけるのも難しいかもな、という情報も手に入ったわけだ。
「お召し物も見かけぬものですが、すばらしゅうございますな」
この世界では、という言葉を飲み込んだ。
この世界にはないものというのは、世界の外を知っていないとわからないことだ。
「廃物利用」
「……さようでございましたか。倹約をなされるとはご立派な」
なんとか褒め言葉につなげれば、謎女性の微笑みは深くなった。
だけどその反応はどっちだろう。褒められたと感じての単純な喜びか、それともあたしを嬲るつもりあってのことか。
嬲るつもりというのなら、あたしがこの世界の人間でないとばれている可能性がある?
なんとか冷静にと自分に言い聞かせながらも、あたしは問答が与えたダメージをなんとかやり過ごそうとしていた。
……正直、あの制服を何も考えずに着られたのは、学校で過ごした最初の日だけだったろう。
異物として排斥されてなお、同質の存在であることを強制されるのは、吐き気がするほどの拘束でしかない。
それでもつながりだからと無理をして、し続けて、結局壊れたあたしは周りも巻き込んで壊すことしかできなかった。
裏切られた期待と踏み躙られた誇らしさ。
未練と葛藤、悲嘆は憎悪と自己嫌悪に混ざりきれず、いまだにいびつに固まったまま。
そんな感情の行き先の象徴ともいえる制服を、『廃物』と言われて、何も思わずにはいられない。
それでも、あたしは問いを続ける。
問いには答えてくれるというのなら、短い問いを矢継ぎ早に打ってみる。
「わたくしの問答につきおうてくださるのはなにゆえにございましょう」
「泣かないからぁ。泣けば飽きる」
「ではわたくしは泣かぬようにいたしましょう。ときに、あなたさまはどちらからいらっしゃったのでしょう」
「外側からぁ」
「この地の外側というとなんとも広うございますな。ならば外側からご覧になれば、この地はあなたさまにとっていかなるものとなりましょうや」
「ファンタージェン」
「……とは」
本気で困惑するあたしを見て、相手は面白そうに笑った。
「リトライの場所ぉ。――そうでしょう?」
もはや圧をほとんど感じないのは、謎女性の機嫌が良くなったせいか、あたしが慣れたからか。
それとも、圧されてばかりなどいられないからか。
いずれにせよあたしは警戒の上に警戒を重ねる。そうでもしないと平静を装った化けの薄皮なんてすぐに破れそうだ。
ファンタージェン。相手の言っているそれが、あたしの知っているファンタージェンならば。
それは、『物語の始まり続ける場所』のことだ。
言い換えれば、物語の終わりはファンタジーの中にはない。いつも現実、ということになる。
ボニーさんは言っていた。
ファンタジー、特に異世界ファンタジーは、やりなおしの物語なのだろうと。
主人公というアバターを通し、人が生き直しをするための。
しょせんこんなものかと人生の見通しがついたつもりで諦念に押し潰され、それでも違う人生を歩めていたら、歩んでいたらと決して現実にはできないタラレバに囚われた者の。
そういう意味では可能性と再生の物語でもあるのだろうと。
ただ、それが非現実的なまでに――それこそ、この世にあり得ぬほどご都合主義なだけで。
異世界とされるのは個々の願いが色濃く反映される場所。ただの自己満足のアトラクションはミラーハウス。映る者すべてが自分の鏡像。
モテたければハーレムが生まれ、恋愛体験が不完全だと感じれば強い愛とやらを求めて溺愛に沈み。
モブの立ち位置を嫌がれば主人公になり。ひとりぼっちがイヤだと感じれば大勢の仲間に囲まれ、パーティを組む世界を願う。
力尽きて横たわるのが死だというなら、人生は無力さへの苛立ちと後悔が残って当然。ならば時戻しもやりなおしも何度でも。
後悔を抱えて生きるくらいなら、人生を一からやりなおしたい。そう、今の自分を強く否定すれば、転生という物語が生まれ。
武器を振り回すことに抵抗があったり、体力に不安があるのであれば、昔話もびっくりなマジックアイテムや魔法が使えるようになる。
対等な人間関係を結ぶ自信がなく、一方的に支配下に置くことに満足したければ奴隷制度や従魔といった絶対服従者が生じ、それを仲間と呼んだりもするのだと。
……つくづく、異世界モノの作者と読者と出版業界に喧嘩売ってるような物の言い方だと、その時は思ったが。
ボニーさんの、その洞察にいくぶんの正解、もしくは共通理解が含まれているのならば。
「では、あなたさまはやりなおしを求めておられると?」
「お前は違うのぉ?」
いっそ無邪気に、こてりと謎女性は首を傾げた。
「さ……、わたくしにもやりなおしたいことは多々ございますが。このような身では、やりなおしなどとてもとても」
韜晦したふりで手を振ったけれど、半分は本心だ。
この世界がやりなおしの場所だというのなら。あたしやボニーさんはどうやったってあてはまらないからだ。
この世界で気がついた時には、あたしはばーちゃんの身体になっていて、真っ先に感じたのは虚脱だった。
これまでの人生に意味を見いだせなかったけれど、ここから先の人生には、可能性があった。少なくとも未定という価値があった。
だけどそれもすべては僅かな余生にしかならないじゃないかと。
ボニーさんだって、お骨な身体を気に入ってるわけじゃなかった。
そのお骨がシルウェステル・ランシピウスという魔術師であること、そしてその身分も有効活用はしていたけれども、受け入れていたことと、やりたいこと、望んだことはまるで違うはず。
そもそも人生やりなおしたい人間が、骨になるわけがないのだから。
やりなおせてませんからねそれ。つーか人生終わってますからそれ。
それとも、あたしも、ボニーさんも、人生そのものを終わらせることを望んでいたとでもいうのだろうか?
あれだけ状況を、最善手を数百手先まで読み続け、よりよい結果を引き寄せようと、ずっと努力していたボニーさんが死を願っていたというのは、それは侮辱だろう。
――かつて、手首を切り続けたあたしに対する評価ならば、ともかく。
……落ち着けあたし。むこうはあたしの魔術も一瞬で無効化してのけた相手だ。それも、どうやったのかさえ、あたしにはわからなかったレベルだ。
いくら最悪の事態を想定しても、無駄に怒りを表すな。敵対する態度と取られたら、こっちが選べる選択肢はゼロにされかねん。
押しつけてくる定義は、あたしとボニーさんには当てはまらない。故に論証は偽である。そう内心で吐き捨てておけばいい。
そう考えることにしていたのに。
「望んでないのぉ?」
だからさらに首を傾げるな。
「さようにございます」
敬語の皮が剥がれかかるのを貼り付け直せば、どうして、と謎女性は呟いた。
「ファンタージェンはやぁさしく甘いゆりかご。人形遊びは楽しかったでしょぉ?」
「……人形遊び?」
なんのことだろう。
「ずっと見ていたのぉ。まさか人骨でお人形づくり、なんて趣味の悪いことをすると思わなかったけれどぉ」
「は……?」
人骨の、人形。
まさか、それは。
「人形に全部汚いことは押しつけてぇ、すがってぇ、たよってぇ、守られてぇ。それが望んだ、居心地のいい居場所だったんでしょぉ?」
ボニーさんのことか!
あっさりと言い切られた言葉は、あたしを大きく打ち崩した。
ずっと見ていた?いやそこも疑問だけどそもそもだ。
ボニーさんは、独立した人格を持つ存在じゃなかったというのか。
あたしが、意のままに動かしていた人形だと?
だから、あたしはつねにボニーさんに守られていたとでも?
あたしは大きく喘いだ。鉄のような臭いが鼻につくが、呼吸を整えて、冷静にならなければ。
「そう、お気に入りの人形だったのねぇ?壊しちゃってごめんねぇ?」
神経を逆なでするような、罪悪感のかけらもない顔。というより、明らかにこちらの反応を楽しんでいる口ぶり。
あたしはかっとなった。その口で言うな。
「ボニーさんのことを……」
「ボニーさん?ああ、人骨人形にぃ、そう名付けたのぉ」
「イマジナリーフレンドだと?」
「だってそうでしょう?同じ色の魔力を纏う存在などぉ、そうはないものぉ」
たしかに、あたしの身体とボニーさんのお骨は、実の親子であるらしい。そして、血族はとてもよく似た色合いの魔力を持つという。
だから、あたしはボニーさんとあたしの魔力が、紫色を基調とした同じような色合いだと言われても、そうなのかと思うだけだった。自分の魔力が自分では見えづらいということもあったから、気に留めたことすらなかったかもしれない。
けれども、命尽きればその生物の魔力はあっというまに拡散するものだ。後に残った亡骸はただの物体が保有する程度の、僅かな魔力しか残らない。
もし亡骸に魔力が蓄積されたままだったら、肉料理で魔力を取り入れる、なんて発想だって出てきて、実現していて当然だろう。そんなものがないというのが反論の傍証になるだろうか。
まして、亡骸一体どころかその一部、骨だけならば、魔力などどれだけため込んでおけるものか。
だけどボニーさんはただの骨じゃない。この謎な相手が喋り散らす妄言のように、あたしが自分の魔力をつっこんで、いいように盾として使い回していた、意思なき操り人形でなどあるものか。
だから、きっと。
「炎で炙られた程度で、なんとかなるようなものでは」
「炎ぉ?そう見えたのぉ?そう?」
面白がるような笑みを深くして、謎女性はあたしにゆっくりと近づいてきた。それにつれてむうと生臭く、そして生暖かいものがまとわりついてくるような感触がした。
「では、あれは炎ではないとでも?」
ならばあの白炎はなんだというのだろう。
「あれはぁ、ただの魔力」
「魔力?!」
魔術とは術式を編み、魔力を流しこむことで世界の変革を行うわざだ。
だけど魔力はその原動力ともなる。それは魔術以前の魔法とも言える。
じっさい、四脚鷲のグリグんは魔力をばらまいてレーダー兼範囲型攪乱に使っていた。
一角獣のコールナーは水を、幻惑狐たちは土を。魔力を使い、それぞれの魔力と親和性のいい物質を操作していた。
では、魔物たちが魔力を使うようには、人は魔力をそのまま操作しないのか。なぜわざわざ魔術という技術を編み出したのか。
危険だからだろう。それも、ボニーさんの推論の一つだった。
人間にもパルのように、特定の物質などと相性のいい魔力を持つ人がいる。だけどその操作能力は――魔物やボニーさんみたいな規格外と比較してのことだが――ひどく低いのだ。
言ってみれば、魔物たちは重機のショベル先に筆をつけて書き初めができるレベル。ボニーさんはその中でも極細筆で米粒に文字が書けるレベルの変態さんだ。
だけどあたしたち人間はというと、おもちゃのマジックハンドの先に筆をつけ、縦横斜めのふらふらな線を引くことで、ようやく三十センチ四方の読めるひらがなが書けているようなものなのだろう。墨をこぼして手どころか顔にまでなすりつけてしまうような自爆もしょっちゅうで。
これにはたぶん、魔力を認識できる能力の違いもあるんじゃないかとボニーさんは言っていた。
生身の、人間という種の限界。
だから魔力を扱う補助として、魔術が発達したのだろうと。
線を引くだけだったら、定規を使えばいい。大量の水を管理するなら、蛇口や水門をつければいい。それだけの話なのだと。
だのに、術式を通さず、魔力だけを使っているというのか?!
「術式は」
「術式ぃ?あたしには必要ないものぉ。思惟は万物を想像し、創造する万能の力。全能の力をわざわざ捨てて、ただの物理法則に従う事象に変える必要はないものぉ。無尽蔵の魔力さえあれば、さらにたやすく世界は動く。その存在の形すら変えることもできるぅ」
傲然と言い放つが、それは車を動かすのにエンジンやモーターを動かすのではなく、直接ガソリン、いや水素ガスをぶっぱなす反動力で前進するようなものなはず。
だから森精の身体を乗っ取っていた『魔術師』は、魔力弾を飛ばすのにも魔術陣を補助に使った。それでも着弾後の衝撃波を回避したり、あるいは発生前に抑制したりすることはできなかった。
コントロールの難しさはもとより。
そもそも、どれだけ大量の魔力を持とうと、そんなことをしたらあっという間に魔力涸渇を起こすはずなのだ。
落ちし星と言われ、この世界の人たちとは桁違いの魔力を保有し、放出し続けているはずのあたしだって、一瞬ならともかく、続けてやれと言われたら、拒否案件ですよ。
そんな頭の悪いことをするのは思考能力のぶっ飛んだ魔喰ライぐらいなものだ。
魔力は存在の力だ。涸渇すれば命にも関わる。
だのに、それをやり続けているというのか。
「でも、そんな大量の魔力なんて、いったいどこから」
「簡単じゃないのぉ。世界をいくつか潰せばぎゅーっと搾り取れる」
「…………」
まるでレモネードの作り方でもあるかのように、気軽に言われてあたしは絶句した。
でたらめな魔力量。そしてむちゃくちゃな発想の違い。
たとえ同じ言葉を喋っていても、理解などできない相手だ。これは。
「光あれぇ、とあたしは言わない。言わなくてもこの魔力こそが光でありぃ、闇でありぃ、天でありぃ、地でありぃ、風でありぃ、火でありぃ、水であるぃ。特に、こういったファンタージェンではねぇ」
万能の存在だとでもいうつもりか。
「あなたは何者?」
「あたしはぁ、サンドリヨン。そしてその宝。金と銀とを降らせて纏うものぉ」
とうとう敬語もすっ飛んだあたしの前で、謎女性は幼女のようにくるくる回ってはしゃいだ。
「あたしは星。この地へ落ちてきた星」
その笑みは『うっとりと』とか『陶然と』という表現より、なぜだか『淫蕩』、という言葉を思いついてしまうようなもので。
そして、あたしは彼女の正体に気づいてしまった。
かつてこの世界に落ちてきた星の一つ。
その膨大な魔力を武器に、クラーワヴェラーレからランシアインペトゥルスを駆け抜け。
数々の逸話を残し、しかし現在となっては、あたしやボニーさんにすら、その痕跡は辿れないようになっていた、金と銀の二色持つもの。
空を塗りつぶすほどの膨大な魔力は紫闇色。ボニーさんの魔力と、つまりはあたし自身の魔力と相似た色合いも、同じ身体を持つ者と考えれば納得がいく。
「大魔術師、ヘイゼル……」




