閑話 災厄
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
〔グラミィ、ちょっと。大丈夫?〕
ボニーさんにゆさゆさされるくらいには呆然としていたらしい。
気がついた時には、ラドゥーンの二人も上空を見上げて口を開いていた。
「……なんだ?あれは、女か?」
「しかも、ありゃ制服?女子高生かよ?」
「はぁ?そんなのがこの世界にいるわけないだろ。一千万歩譲って異世界転移者だったとしても、なんでそんなのが空飛んで魔喰ライの王とタイマン張ってんだ」
「わけなんて知るかよ!つーか見分けらんないとかジジイ、老眼が進んでんじゃねえのか?」
彼らもパニックに陥っているのか、明後日方向にどんどん口争いが流れていく。
〔……よし。今だ!〕
って、ちょ、ボニーさん?!なんでラドゥーンたちに向かって走っていくんですか!
〔向こうも思考停止してくれてんなら好都合!ならばやるだけ、できることからコツコツと!〕
えええええ?
てかそのまま鎌杖を振り上げて――っ?!
「不意打ちのつもりかっ?!」
「見え見えなんだよ!」
じりじり後退してたからけっこう距離があったのに、ほぼ真っ正面から突進して途中で気づかれないわけがないでしょっ!
いや、どんだけ姿を隠せるようなものがあったとしても、ボニーさんが魔力放出を抑えようとも、足音だの全身にぶらさげた魔力吸収陣の気配だのまでは隠せないのに。
なのに、なに一人で突っ走ってるんですか!ったくもうっ!
マグヌス=オプスが右手を振るい、陣符をばらまく。生じた火球の弾幕をボニーさんが小楯のような形に顕界した水の板で迎撃しながらさらに前進する。火球の爆発で飛び散る水飛沫は目潰しのつもりだろうか。
水盾をわずかに抜けてきた火球すら、ボニーさんは鎌杖で斬り捨て――というか、圧壊?――消滅させていく。前に武器の扱いなんて知りませんとか言ってたけど、やっぱりあれは嘘なんじゃないかとちょっと思う。
そこに魔晶を握り潰した『魔術師』が時間差で鋭い結界の山を撃ち込む。が、それもボニーさんに届く前に術式を破壊された。
……あっけにとられた『魔術師』の顔は笑えるが、あれは魔力弾を打ち出す前にもあたしたちに撃ってきた魔術だ。ニードルガンとか言ったっけ。無数の針を山と打ち込まれるようなものだ。
ボニーさんにならって結界も複層構築するのが基本になってたおかげで、問題なくノーダメージにできたからいいようなもんだけど。うっかり結界一枚程度の防御しかしてなかったら、あたしもボニーさんもたぶん瞬時に削り殺されてた。そのくらいには凶悪な術式だが、術式破壊からの魔力吸収には打つ手がないらしい。やっぱり元から絶つ方式は強い。
とはいえ。
ボニーさんも、とっくにベヒモスの魔力を限界ギリギリまで吸収してたはずだ。こっちだって余裕がそんなにあるわけじゃない。
対抗策を失った『魔術師』に、ボニーさんがとうとう接敵した。
が、振り上げた鎌杖が空振ったのは、『魔術師』を引っ張って、後退したマグヌス=オプスのせいだ。それ以上距離を詰めさせないよう、さらに火球をばらまくあたり念が入っている。
……うん。ボニーさんもたいがい人外だけど、それに対抗できているあたり、マグヌス=オプスもたいがいだ。
で?こんなのと一人でやり合おうとか。何考えてんですかボニーさん。
〔い、いやー、あたし一人でやるつもりだったから、つい。というより、グラミィまで戻ってこなくていいんだよ?〕
ふざけんなし。いざという時に協力できなくて、何が相棒呼ばわりですか。
頼りないってわかってますけど、何度でも言いますよ。頼れと。無理はしすぎないようにと。吸収してる魔力だってキャパオーバーの危険もあるんじゃないんですか?人の魔力酔いの心配しといて自分はなんなんです?
……言っても無理するのはもうわかってますけど!
〔なら。攪乱と牽制を。ごめんよろしく〕
苦笑の気配とともに心話で送られてきた思惑を咀嚼しながら、あたしもラドゥーンたちに近づいていく。
「漁夫の利狙いかよ。シシャ」
「へー。この状況で横取りできるような利が残ると思ってるんだすごーい。自信過剰ってやつぅ?」
わざと棒読みな女子高生口調で煽りながらも、回避陣を刻んだ結界をボニーさんの前に張っておく。
あたしだって喋りながらでもこのくらいのことはできるのだ。
攪乱と牽制?やりますよ。主にこの舌で。
「てゆーかぁ。頼みの綱が上空で細切れにされてるみたいだけど?逃げなくていいのー?」
あたしは、ボニーさんの、舌人だ。
ボニーさんの代わりに舌を動かすのがあたしの役目。
ならば毒舌だって舌は舌だ、思う存分動かすに決まっている。動かせるモノはとことん使う。それがボニーさんに学んだことの一つだから。
「逃げようとしたって、シシャ、お前がそうはさせてくれないんだろう?」
「えぇー、ソフトクリームおぢさんが上ってきた方から降りられないの?なにその登場演出に命賭けてます感」
「そ、ソフトクリームおぢさん……」
絶句するのはそっち?
「だってぐるぐる巻きな髪の毛がまんまじゃん。マグヌス=オプスなんて名前よりもずっとわかりやすくね?」
そして『魔術師』はマグヌス=オプスの頭に目をやって吹き出すのをこらえるとか。
余裕があるのか、それとも危機感がないだけなのか。どっちにしろさらに距離を詰めるのには十分な隙を見せてくれてありがとう。
「……軽口は置いといてだ」
ずいずいとあたしも接近すると、さすがに我に返ったらしい。
無言で『魔術師』の脳天に拳骨をくれたマグヌス=オプスが、あたしとボニーさんへ目を配りながら口を開いた。
「オレたちをどうするつもりだ」
「どうしてほしい?」
「訊いてるのはこっちなんだが」
「そおねー」
あたしはちょっと考えるふりをした。
「煮ても焼いても喰えない人たちみたいだからー。森の民に渡したら、さぞかし喜んでもらえるんじゃないかなー?」
「……つながっていたのはそっちか!」
「あんたたちが手の者を潜り込ませてた国でもいいけどー。恨まれてるからねえ、あんたたち。一度殺しただけじゃ気が済まないって言われそうなんだよねー。……カリュプスでも探ろうかなー」
「てめえ……」
殺してから人格の移植をしてまた殺してあげる。そうあたしの言葉を解釈したんだろう。二人の目がだいぶまじになった。
なにせ彼らが自白したように、ラドゥーンたちがちょっかいを出さなかった地方はない。
なら、恨みを買った国すべてで処刑をされてもおかしくない、と考えたのだろう。
正直あたしもボニーさんもそんなつもりは欠片もないんだけど、けれどそんなことは彼らは知らないわけで。ならば自分たちの思考回路から演繹するならそのへんかと踏んでた。だから反応はやっぱりなーとしか思えない。
どうやら、星屑製造所なんて切り札が知られていると思えば少しは焦ってくれるだろう、と考えたのも当たったらしい。どうせスクトゥム帝国といっしょに切って捨てるつもりだったものだとしても。
〔最初っから捨てる予定だったものでも、強制的に捨てさせられると思えば惜しくなるのが人の心理ってやつだしね。……くる!〕
一瞬のアイコンタクトで動いたのは、今度は向こうが先手だった。
あたしを狙って連打する魔術は――やっぱり異世界人の身だしなみ的に身につけていたのね、無詠唱。さすがに二人がかりだと弾幕も厚い。
というか、ものすごく怖い。ボニーさんてば、よくこんなのに突っ込んでいけたものだ。
〔あたしだって恐怖心がないわけじゃないんだが……〕
それでもボニーさんは盾になり続けてくれている。あたしの張った結界を使いながらラドゥーンたちにぎりぎりまで近づいていっているのは、魔術の顕界を妨害するためでもある。
アイコンタクトなんてあたしたちにはいらない。心話のチャンネルがオープンになっていれば、互いに次に何をしようとしているのか、やりたいこと、狙っているのが何かは伝わっている。
……ええ、サポートしますともボニーさん。全力で。
ラドゥーンたちの誤算は、彼我の戦力の見誤りにあるんだろう。
たしかに魔術師一人と魔術師二人なら、魔術師二人の方が強い。
だけど接近戦闘のできない魔術師二人と、いろんなネタもしこめば接近戦闘耐性ありな鎌杖骸骨&遠距離なら攻撃も防御もそこそこできる魔術師の組み合わせなら、バリエーションが豊富な方が有利なのだ。
ボニーさんの受け売りだけど、魔術以外の戦闘能力が向こうにないなら正しいと思うの。
……しかしボニーさんてば、無茶をしないようにってあれだけ言ったのに、無謀なまでに攻め気が強い。
強引に弾幕を突き抜けてラドゥーンたちに近づこうとするさまには、不安しかない。
それでも見切りの差は魔力知覚の差か、それとも思い切りの差か。まるきり弾幕が仕事を成さないままにボニーさんは前進し、ラドゥーンの二人は顔を引きつらせながらも交互に引き撃ちを続けていた。
が、不意に『魔術師』がつんのめった。
いや。マグヌス=オプスが自分の盾に突き飛ばしたのだ。
そして体の崩れた『魔術師』を、ボニーさんは鎌刃で――
ひっかけてがしっと抱き留め、いやその両腕を拘束したところで。
そのおでこにキスをかましたのだ。そりゃもうがっっつりと。
……。
…………。
……………………。
……あまりの暴挙に『魔術師』は絶叫を上げ、隙を作って火球を打ち込むつもりだったのか、新たな陣符を取りだしたマグヌス=オプスも固まった。
これはひどい。なんて人道にもとる行為だ。主に絵面が。
〔おい。絵面ってなんですかい絵面って。こっちは歯をぶつけちゃってダメージきてるのに……〕
なにか文句でもおありですか?視覚的暴力行為者。
などと思わずつっこんではみたけれど、心話のおかげでボニーさんの行動理由はわかっている。
ラドゥーンたちは別の人間の身体に人格を移植したと言っていた。つまりそれは記録容量や魔力といったリソースをどれだけ使ったかはわからないけれども、基本は星屑たちの異世界人格召喚と同じといえる。
〔よし。やっぱり星屑たちの陣とほぼ同じ構造だな。これならいける〕
みるみるうちに『魔術師』の額に浮かび上がってきた魔術陣を確かめて、ボニーさんが安堵した。
目的が同じなら収斂進化によって、方法も同様のものに、少なくとも類似したものになるはず。
ならば、星屑と同じやり方で、その精神を黙らせ、身体の持ち主へと返すこともできるのではないか。
そう考えたボニーさんは、ラドゥーンたちの生け捕りをかねた一石二鳥を、彼らの身体が別人のものだと知ったあの一瞬で目論んだのだ。
そのため鎌刃部分も結界の形を大きく変えて、今じゃ厚みのあるものに変わっている。刃もないから切れないので、バトルフックのようになってると説明してもらった。あたしにはいまいちよくわからなかったけれども。
でこちゅーだって、もちろんただのおちょくりではない。生け捕りのための一手、直接触れることでボニーさんが『魔術師』のおでこに、そこに刻まれた魔術陣に魔力を流すための行為だったのだ。
……いや、『魔術師』の拘束と鎌杖で両手が塞がってるからって、そのなりふり構わないやり方はどうかと思いますけどボニーさん!
〔結果が出せるならそれでいいじゃん〕
過程も気にしてください!あと余裕があれば見た目も!
〔前向きに検討しておくこともやぶさかではないと回答するのはまことに遺憾ではありますが、忖度を尽くしてから次回臨時国会で論議いたしますー〕
次回臨時国会ってなんですか。
あたしの苦情もやる気のない適当口調でさらっと聞き流しながら、ボニーさんは懐からサークレットを出した。
『魔術師』の額に置けば、鎖がするすると頭に巻き付いていく。
やがて、白眼を剥いていた『魔術師』がゆっくりとまぶたを閉ざした。気を失ったのだろう。
人格封印陣は無事に発動したようだ。
「『さて。残りはマグヌス=オプス。あんただけだ』」
向き直れば、じりじりと後ずさっていた異世界人の魔術師は、これまで見たこともないような真剣な顔に変わった。
〔窮鼠猫を噛みかねないからね。気をつけて、グラミィ〕
そのくらいはわかってますよ、ボニーさん。
だからボニーさんが物理で牽制、あたしが後ろから魔術で支援するスタイルは崩さない。
というか、あたしたち二人がかりで追い詰めようとするのを逃げ続けてられるだけ、やっぱりマグヌス=オプスも強いのだろう。
むしろ『魔術師』が足手まといだった可能性も……?
陣符で火球をばらまくのはこれまで通りだが、薄くなった弾幕をカバーするためか、それに無詠唱で違う術式を混ぜてくるのがいやらしい。
時に結界での足止めを図ったりと、火力一辺倒じゃないあたりも、さすがは『魔術師』が師匠と呼ぶだけのことはある。
常に右へ右へと回り込みながらその戦術を繰り返すせいで、あたしたちの戻ってきた降り口の前まで来たときだ。
マグヌス=オプスがまたもボニーさんに左手で陣符を投げ……いや。陣符じゃない? 煙玉?
魔術全振りに見せて、物理的手段もきっちり使ってきたか。
そのもうもうとした煙にボニーさんが飲み込まれた瞬間。
「死ねぇ、シシャ!その名の通りになりやがれ!」
急に向きを変えて、マグヌス=オプスがあたしへと右手で投じてきたのは真っ黒な短剣だった。
だがあたしだって防御をボニーさんまかせにしているわけじゃない。自分の周囲にだって何枚か複層の結界を張ってある。
当然短剣は結界にぶつかり……結界がほどけて溶けた!
あまりの予想外に、あたしは目を見開いたまま動けなかった。結界のせいで多少短剣の飛ぶスピードも落ちたけれど、それはゆっくりとあたしへと飛んでくる刃を見続けていることしかできない時間が延びるだけで……。
〔くらえ、ゴぉm(著作権保護のため以下自主規制)の腕!〕
わけのわからないことを脳天気口調でボニーさんが言った。そう思った時には煙幕から突き出た骨が列をなしてあたしへ、いや短剣へと一直線に伸びて、叩き落としていたところだった。
く、鎖つきロケットパンチ?!
いや、ボニーさんの腕、というか全身のお骨が謎理屈で繋がってるせいで、すべての骨のつなぎ目が全方位360度可動するのは知ってましたけど!身長の数倍伸びるなんて知りませんよ!
〔自己認識を拡張すればこれくらい余裕なんだよねー、この身体。だけどネーミングは流星拳の方がよかったかな?〕
いやアレは連打パンチの軌跡を流星群に例えたものであって、お骨が降るように移動するボニーさんのソレとはぜんぜん違いますから!
反射的に突っ込みながらも、あたしはボニーさんに要請されたとおりに舌を動かしていた。
「『魔力吸収能力の高い武器を、物理的戦闘能力のない魔術師に使っての不意打ちか。悪くない手ではあるが、切り札のつもりだったのなら、前に見せた手札を使うんじゃなかったな。それも欠点があるようなものが何度も通用すると思っていたのなら、いささか考えが甘すぎるだろう?』」
「……欠点、だと……?」
短剣はよほど頼みにしていた一発逆転の手段だったのだろう。一気に枯れた声で、マグヌス=オプスはあたしの顔を睨み据えた。
「『人の手で投げつけたところで、銃弾ほど速度が出るわけもあるまい?投擲に適した形でもないしな。ならばこのように簡単に叩き落とせるというものだ。そもそも武器形態にするのなら、どんなに魔力吸収能力を高めても、持ち主を害さぬようにするのなら、柄部分にはつけられない。ならば柄以外、刀身などには触れなければいい。それだけのことだ』」
〔もともと妖刀とかの同類で、使い手に害をもたらす武器のたぐいだったのだけどなあ。ファンタジーでいう魔剣ってのは〕
なにやらボニーさんがぼやいているけれど、そもそも刀身に触れないよう叩き落とせるってのは、思考と同じくらい魔力操作速度がないと無理だと思うんだ。
ボニーさんにとっては、思考=魔力操作=お骨な身体を動かす運動能力、ぐらいの速さらしいけど。
「……へっ、これ以上つきあってられるか!あばよ!」
捨て台詞とともにマグヌス=オプスは身を翻した。ひたすら逃げ回っていたのも、あたしたちが後退しようとしていた山道へと逃げ込む予定と二段構えだったのか。
だがその髪の毛をぐるぐる巻きたてた彼の頭を――不意に出現した水の球が包み込んだ。
「べ?がぼらごぶべらっ?!」
陣符も何もかも放り捨て、慌てたようにマグヌス=オプスは両手で水球をかき回した。が、水球は風に押されたシャボン玉のようにぐにょんと少し形を変えるだけ。頭を振り回してもまるで無重力状態にでもあるように離れない。
〔あれだけ自分たちでも言ってたのにね。『獣使いを伏せていたのか』って〕
なのに、意識の外へとコールナーたちの存在を放り投げちゃった方が悪い。しかも彼らはただの獣じゃない。魔物ですよ。
そう、この水球はコールナーのしわざだ。
〔幻惑狐たちも(あしどめしっかりー)だって。とどめを刺すまでが遠足ですってことなのかな。けっこう容赦がないよね〕
マグヌス=オプスの背後から近づいたボニーさんが水球に腕の骨をつっこんだ。ほどけかけてゆらゆらしていた髪の毛を額から引っぺがすと、魔術陣に魔力が流れたのだろう。マグヌス=オプスは途端にびくんとのけぞった。
魔術陣が浮かび上がってきたその額にてきぱきとサークレットを装着させると、気を失ったのかくたりと垂れた頭をボニーさんは水球から引きずり出した。
べしゃりと水球は地面に落ちたが、それでもマグヌス=オプスは倒れない。
……幻惑狐たちときたら、水球が生じた瞬間、一匹ずつがそれぞれの足を担当して、がっちり土で固め上げていたのだ。
さらにその上からもう一頭が両足をまとめて固めておくとかね。逃走防止にしても厳重すぎるでしょ。
しっかし、ボニーさん。そのサークレット、ヴィーリさんからもらったのは知ってますけど。一つだけでしたよね。なんで二つもあるんですか。
〔作ったからね。練習も兼ねて。『魔術師』に着けた方があたし作ね。悶絶してたから、あたしのやつでも抵抗はしづらいだろうと思ったし、万が一なんか失敗してても、森精作が保険になるかなーと〕
そこまで計算してたんですか……。
〔しておきますとも。でもこれで、身体の持ち主が目覚めるでしょう。目的の一つは達成と〕
そう言いながら土錘を砕いたマグヌス=オプスを地面に寝かせていると、コールナーが鼻を鳴らしてボニーさんに顔をすり寄せた。
〔助かったよ、コールナー。本当にありがとう〕
(無茶をするな)
ほんっとにそれな。
あたしも力強く頷けば、ボニーさんは眼窩をそらした。
まったく、こンの人は……!
でもなぜコールナーはわざわざ水球を作ったんだろう?あれだけ大量の水を操らなくても、敵を窒息させることができるとか聞いたはず。
(力を入れすぎた)
〔ふむん。魔力過多の影響かな?けれど溺れる恐怖を感じるせいか、こっちに反撃しようという余裕もなかったみたいだな。無駄に攻撃されずにすむのはいい〕
(そうか)
そういう問題じゃないでしょ?てか恐怖を与える方法について真面目に考察しないでください!それもコールナーを撫でながらとか!コールナーも機嫌良くなってないで!そうか、じゃなくって!
〔ま、ともあれこっちはこれでよしと〕
いやよしじゃないです。ぜんぜんです。
ジト目で見れば、ボニーさんはあからさまに話題を変えた。
〔無力化したのはいいけれど!この二人を連れて逃げるのは骨が折れそうだ。というか。怪獣大決戦はどうなった?〕
そういえば……。
あたしも思わず空を見上げた。
どろりとした濃紫に染まりつつある上空に、いつの間にか二つの満月は中空高く上っていた。
それを背景に、さっきまで微塵に刻まれていた神器は――神器ごとぶつ切りにされれていた魔喰ライの王、コリュルスアウェッラーナの姿はない。
一番最初に刻まれたはずの穂先すら、姿が見えず。
(む。雲の中に何かいる)
雲の中?
コールナーの『声』に従って天頂を仰げば、雲の底を割ってぬっと逆さに姿を現したのは、プロエリウム――かつてのランシア山の頂上部分だった。
あたしは思わず望遠鏡術式を顕界した。そして理解した。そんなものがゆっくりと出てきたように見えたのは、巨大すぎるそのサイズによる錯覚ではなかったと。
天空高く聳えていたその先端部分を、コリュルスアウェッラーナと戦っていた人物が握っていたのだ。
もう片方の手に、魔喰ライの王の首と思しき白い物を携えて。
あたしは思わず倍率を上げた。月光に透けた濃金の長い髪を払えば、妖艶というやつなんだろうか、成熟した女性の顔が薄闇にも露わになった。
高校の制服がまるで似合わないほどに。
〔……イメクラのねーちゃんかな?〕
ボニーさんのつっこみがあまりにも的確すぎる。だけど、あたしもボニーさんも警戒レベルは最高度だ。
なにせ、その手に握っていたものの両方が、見ているうちにぼろぼろと風化したようにほどけ、灰も残らず消えてゆくのだから。
〔……なるほど。細切れになったのが落ちてこなかったのはそういうこと。そうでもなければメテオストライクの集中豪雨からの落下地域壊滅、ぐらいの被害にはなってたろうね。というか、最初に切り落とした穂先まで拾い上げてたとか。ご丁寧にもほどがある〕
いやなに落ち着いてんですかボニーさん!明らかにヤバい能力持ちでしょあの人。
震えながらもあたしは目を外せなかった。制服もそうだけど、その顔をどこかで見たことのあるように思われてならないのだ。
だけど、どこで?
疑問ばかりが増えていくうち、不意に視界の中の女性がこちらを見つめた。
その虹彩が青灰色であることすらわかるほど大きく目を見開き、唇が動く。
〔「ミツケタ」だって。深淵を覗く時深淵もまたこちらを覗いているのだ、ってやつかな〕
ほんとに危険がヤバくてデンジャラスに危なそうですよ。
コリュルスアウェッラーナ「台詞が一つもないまま倒された、神話的世界の危機の存在意義をどう思う……?(涙目)」
作者(……目そらし)




